2018年6月19日 「マーケティングとは組織革命である」 森岡毅
昨日に続き、本日もこの本の話。マーケティングの本なのだが、本当のマーケティングをするためには組織の在り方を徹底的に変えねばならないという、かなり本質を突いた内容。特に3つの呪いとして組織に蔓延る障害を指摘しているが、全く同感できるもの。その3つとは、①年齢差の呪い②役割差の呪い③性差の呪いというもの。特に①は年功序列が当たり前の古い組織だと知らず知らずの間に互いが気を遣い、その気遣いにより言いたいことが言えなかったりコミュニケーション速度が落ちたりそもそもコミュニケーションが出来ないという恐ろしいもの。これは自分も味わってきた。大きな会社では互いに気付かないうちにこの呪いに罹ってしまっている。
2018年6月28日 新丸の内倶楽部
この写真は私の勤める会社が入っている新丸の内ビルの
共有ラウンジにある個室。併設のカフェにコーヒー1杯を
注文するだけで予約できる。1人で予約しても5人で予約しても各自分飲料の注文をすれば予約できるのだ。
この丸の内で個室を気軽に押さえられるのは驚きです。
昨日はオンラインミーティングで2時間押さえました。
静かだし集中できるし即職場のデスクに戻れるし、良いことづくめです。いろいろな職場に勤務したが、丸の内はベストだと思う。街の雰囲気、いる人々、どれをとっても好きだ。
自分の苦手な街は、若い頃から変わっていない。渋谷が苦手
だなー。丸の内で勤務しているウェブ解析士はどれくらいいるのだろうか?関東圏内でのウェブ解析士生息マップがあったら見てみたいものだ。
2018年8月14日 お盆休み
私もお盆休みをいただいている。キチンと休まずして良い仕事はできない。若い頃はガムシャラに仕事をすることは必要だと
思う。が若い頃から効率よく仕事をしておけばどれだけの発展が望めたかを今にして思う。それができる人ならば経営者として成功できる可能性は高い。もちろん効率だけの問題でなく成功には気持ち、心が大切になるのは言うまでもない。
私が今までに見た大成功している経営者の特徴はとてもシンプルに共通している3つがある。この3つは誰でもできそうで
できないこと。逆にこの3つができれば少なくとも小さくは成功できる。
1:挨拶を必ずする(朝も昼も夜も誰にも)2:メールや電話には必ず即レスする(5分以内)3:必ず反省し正す(柔軟性)
1,2ができていない人は論外。これができていない場合は経営上問題があると思っていい。ディレクターとして、ウェブ解析士として多くの経営者、企業管理職と会うがこれらは間違っていないと確信している。
2018年10月23日 平成が終わったら
平成が終わったら、おそらく自分にも大きな転機が来ると思っている。予感がハッキリとある。会社を辞めた時に似ている。
自分の生き方の区切りを付けるのがそのタイミングなのだと思う。幸いどうやって生きて行くのか明確になり、より覚悟が
決まっている。これは人生においてやりたいことや、実現したいことから見出したのではなくその反対で、絶対にやりたくないことや生きていく上でのポリシーに反することはしたくないということが大きい。どういう人間にはなりたくないという
視点。そこから残るものが非常に重要だった。年を重ねるとネガティブな要素を認識することの方がポジティブな目標よりも重要になってくる。ウェブ解析はその中で残ったものの一つであり大切な一部だ。
2018年11月22日 ソウル出張最終日
写真は、ソウルのオフィス。ここに数日間お世話になった。
昨日はプサンへの日帰り出張だった。初プサンで、クライアントさまの所へ打ち合わせに行ってきた。
ご縁以外の何物でもない。不思議にもプサンには行くことになるだろうと思っていたが、このような形で行くとは想像
できなかった。この出張では多くの気付きと、運、縁を感じることができた。人生の岐路を実感できる機会だった。
ウェブ解析士というだけでなく、仕事には営業が必要という基本中の基本を異国にて痛感。
自分には営業の血も流れている。
電通時代にクリエーティブをやりたくて入社したが、それを5年間やってから大決断をし、自ら営業局に出た。
あの大決断は今になれば必然だったと思う。
今となって活きてきている。
2018年12月4日 永田町の基地
都内にいくつかある基地の一つ、永田町GRID。
東京駅や永田町からは交通のアクセスが良く、これらの基地から各地へ出かけるのに便利である。コーヒー無料、電源あり、WiFi完備、ランチは比較的安い。非常に便利な場所。
ウェブ解析士としての講座をこの場所で受けたこともある。
Gaiaxさんが設けているスペースであり、スタートアップの
方々が利用できる。こういった場所は本当にありがたいし
仕事のモチベーションも上がる。働き方改革が進んでいるが
正にその現場だろう。大企業の中での働き方改革とは全く異なる個人としての働き方の可能性を追求できる。
いろいろな働き方、仕事内容を追求していくうちに最も自分らしい働き方、仕事内容が見えてくる。そして働く土地、場所、共に働く人がかなり重要なのは言うまでもない。
2018年12月31日 2018年最終日!いよいよ2018年とお別れだ!
ウェブ解析士の資格を再び取得するため、今年の年明けから勉強を始めた。日比谷図書館や、自宅マンションの自習室など
あらゆる場所を活用して準備をした。テキストは以前に取得した時より100ページも増量されていて更新されていた。良い資格
だと思った。3月上旬に後藤塾で試験だけ受験し合格。その後、上級ウェブ解析士も取得。そしてマスターを受けてみたが
そこまでの準備やレベルに自分が達していなかったのと、仕事が忙しくなったため一度、休止。来年どうするかはマスター
コースの内容がどうなるかによって考えようと思っている。ウェブ解析士の仕事は何度も書くが中小企業で凄く伸びている。
今どきウェブサイトだけ制作して放置している企業は珍しくなってきている。まだまだあるのだが・・・・。
とにかく中小企業の課題に応えていくことは、難易度が高い場合が多い。大手同士の継続的付き合い厳しいと違って、中小企業は資金的なユトリが無い中での仕事だから結果が出なければ切られてしまうのである。かつて大手にいた私は現在では
仕事のツボが全く違う手法で仕事をしている。流派が全く変わったのだ。でもかつての仕事が役立っているのは間違いない。大手企業への課題解決から中小企業への課題解決をするようになって違うステージに突入できたし、今後の人生を考えると
この進み方が正しいと確信できた。沢山の収穫と学びのあった1年でした。
2019年6月15日 龍山寺にて(ブログ開設から1年)
24年前に初めて台湾台北を訪れた時には、龍山寺に呼ばれた気がしたものだ。そこでお神籤を引いた時の事を良く覚えている。そこでのメッセージはその後の人生を示唆したものだったからだ。今回も同じような感覚で龍山寺に呼ばれた気がした。そしてお神籤を引き、月形の赤い木片を2つ床に投げる。すると3回投げて2つの表裏が互い違いにならなかったため、お神籤を引き直した。お神籤の番号は73。その時に24年前を想い出した。あの時も73だったな。月形の木片を投げると互い違いになって止まったので73のお神籤を木箱から引き出す。24年前と同じ木箱の引き出しから紙を引き出した。中国語は読めなくとも漢字の並びで意味は分かる。24年前は親切な通訳の人が解説してくれたが、今再びその文字を見て当時の解説が蘇ってきた。ああ、一回転したんだな、と痛感した。24年前も、おそらく6月のこの頃だっただろう。不思議なものだ。ウェブ解析士会議には参加できなかったが、龍山寺に呼ばれてしまったから仕方ない。龍になるしかない運命のようだ。
2019年6月16日 連日の台北散歩
日本より一足先に真夏の様な暑さの台北、晴天の街中を散策する。まだ昭和の趣がある街並みを感じながら昭和を遠くに感じる。昭和という時代が平成が終わって更に遠くなった。自分は昭和生まれという事実が実際に昔なのだ。ウェブ解析士という職種も昭和には存在しなかった。午前中にマッサージに行った。優れたマッサージ師はどこの国だろうと人だろうと即座に客の身体を理解してマッサージをする。言葉で説明する必要もないのだ。長年マッサージを受けている身としては、才能あるマッサージ師は1分で分かる。夕方に空港の傍にある圓山ホテルに行き、最上階の虎の物の怪が出るというホールを見に行った。
独特の空間で長居できない雰囲気だった。
2018年12月31日 2018年最終日!いよいよ2018年とお別れだ!
ウェブ解析士の資格を再び取得するため、今年の年明けから勉強を始めた。日比谷図書館や、自宅マンションの自習室など
あらゆる場所を活用して準備をした。テキストは以前に取得した時より100ページも増量されていて更新されていた。良い資格
だと思った。3月上旬に後藤塾で試験だけ受験し合格。その後、上級ウェブ解析士も取得。そしてマスターを受けてみたが
そこまでの準備やレベルに自分が達していなかったのと、仕事が忙しくなったため一度、休止。来年どうするかはマスター
コースの内容がどうなるかによって考えようと思っている。ウェブ解析士の仕事は何度も書くが中小企業で凄く伸びている。
今どきウェブサイトだけ制作して放置している企業は珍しくなってきている。まだまだあるのだが・・・・。
とにかく中小企業の課題に応えていくことは、難易度が高い場合が多い。大手同士の継続的付き合い厳しいと違って、中小企業は資金的なユトリが無い中での仕事だから結果が出なければ切られてしまうのである。かつて大手にいた私は現在では
仕事のツボが全く違う手法で仕事をしている。流派が全く変わったのだ。でもかつての仕事が役立っているのは間違いない。大手企業への課題解決から中小企業への課題解決をするようになって違うステージに突入できたし、今後の人生を考えると
この進み方が正しいと確信できた。沢山の収穫と学びのあった1年でした。
2020年1月1日 新年、明けましておめでとうございます
年が明けました。今日は穏やかな良い天候の元旦で、平和のありがたさを感じながら散歩しました。思えば30年目のサラリーマン生活となりました。社会人になったのは平成2年だったので、新しい元号の令和2年は新しい旅立ちの年にしたいと思っています。30年前は広告会社ぼコピーライターやテレビCM全盛の時代で、自分はそれに憧れて実際にその仕事に就くことができました。当時の自分は大学生で実績が無いにも関わらず、根拠の無い自身は人一倍ある若者でした。ただマスコミに入る準備は計画的にして、それなりに準備もしていたのを憶えています。驚くようなラッキーもありました。それはテレビ東京でのバイトから始まります。大学4年生の時です。バイト情報誌で見つけたテレビ東京のバイトは、働く部署や仕事内容は分からないものでした。とにかく私はテレビ局の中に入り込もうと考えて面接を受け、採用されました。入ってみるとCMチェックという仕事を任せられました。当時はビデオテープに数日後に流されるテレビCMをつなぎ合わされたものを2人体制で目視でチェックするというものでした。テレビ東京の子会社の社員の方1人と、バイトの私の2人体制で朝から晩までテレビCMを見続け、スポンサーや内容、順番が正しいかをチェックするのです。そう、私はどの大学生よりもテレビCMの本数を見ている大学生だったのです。その頃大学の就職課に行くと、「第1回電通クリエーティブ塾」の生徒募集のポスターが貼ってありコピーライターやテレビCMプランナーを要請すると書かれていました。授業料は無料、毎週土曜日に講義と演習をやり3カ月続くものです。私は筆記と面談の選抜を突破して第1回電通クリエーティブ塾に通う事となりました。講師は現役のコピーライター、プランナー、クリエーティブディレクターで広告界の重鎮やエース級ばかりです。非常に贅沢な内容で、電通社員で芥川賞受賞作家の新井満氏の特別講義もありました。そのような中、私は大学のサークルに入っていなかったので朝から晩まで課題を考えて、課題のコピーや、テレビCMの絵コンテをアルバイト先のテレビ東京からファックスで電通に送信していたのでした。
何の実績も無いとはいえ、誰よりもテレビCMを見ていたために良し悪しや面白さのツボが少しは分かっていたのかもしれません。そこでの成績が良かったことで電通に入る事ができたのでした。一緒に組んでいたCMチェックのお姉さん、Y田さんはどうしているんだろうか?今想い出したんだがテレビ東京の新入社員の方ともペアを組んでCMチェックをした時もあり、その
新入社員さんで有名俳優の息子さんがおり、その方は大学の先輩でもあったので良くしていただきました。
想い出は尽きないのでこのくらいに。ウェブ解析士という言葉も無ければ、インターネットすら無い時代の話です。
2020年2月1日 コンサルティング会社で独立した!
さて、本日からコンサルティング会社(自社)のディレクターとして始動します。4月からは某大学教員となりますが、そこでは兼業、副業が認められています。また研究と仕事は同時進行で、常に最新の仕事事例を大学教育の現場に還元していきます。特にアクセンチュア、デロイトといったコンサル企業さんとはフリーのクリエーティブ・ディレクターとして企業のマス広告戦略からデジタルマーケ領域までのヘビー級統合戦略ディレクションを請け負います。大広告手代理店だと数千万する案件を数百万から!勿論、広告代理店とも依頼あれば組みます。
2020年2月14日 バレンタインデーの日の特別なイベント
今日は特別な日であった。バレンタインデーである。眼科の女医さんから450回に及ぶレーザー照射を右眼に受ける手術を
実行した日でした。昨年からドライアイが酷かったので眼科で診てもらっていたのですが、経年劣化で網膜が薄くなっており
小さな穿孔があったのでその周囲を焼き固めたのでした。眼は仕事で駆使してきたから労わらないと。今はコンサルティングだけでやっていけるので以前の眼を駆使するような仕事は一切なくなった。頭脳を今後も駆使するのは当然のことだ。毎日ショートコンサル案件が決まってきて忙しく過ごしている。ウェブ解析士として単品の仕事は無い。マーケティングの一部としてウェブ解析が必要にはなる。世の中はマーケティングに関してカオスになっているので、私に仕事が廻ってきている。
2020年3月3日 あっという間に3月に突入!
日々、コンサルティングのお仕事で新しい方々とお会いしている。非常に勉強になる。オンラインのミーティングが多いが
オフラインでの打ち合わせもある。オンラインミーティングは、新型コロナで世の中的にも進んでいるようだが、この効率の良さは後戻りできないと感じている。この効率で仕事をすると従来の3~4倍の効率になる。効率が上がると知見の獲得効率も上がるのでコンサルをする人間にとっては必須の働き方改革だ。確かに単価は2極化していると思う。作業は安い方へ、
戦略的アドバイスの価値はプロパーで雇われるより数倍高くなるのは当然。サラリーマン時代はどうしてもアイドリング状態が続き自分も本意ではなく後ろめたかったが、独立してからは働き方改革が相当効いている。やる仕事が無いなんてことはありえないのでストレスが全く無い。仕事は全て自分で選べるので一切ハズレが無い。仕事内容と仕事関係者を見極める能力が無いと独立はムリだ。取りっぱぐれたりしてしまうからね。また空いている時間に必要な勉強が猛然とできる。最高なのは昼を少し過ぎた頃にシエスタ(昼寝)の時間が取れることだ。シエスタの効能はやった人しか分からない。シエスタ後の仕事効率は凄まじいです。
2020年3月12日 リモートワーク、リモートワーク
毎日オンラインミーティング。価値観が大きく変わる2020年です。自力で生きていくためのツールは豊富にある世の中。
冒険心が疼きます。今まで自分が電通で身に付けてきたサバイバル能力、集中力、執念、根性、人脈をフル稼働させて楽しんでいる。サラリーマンを辞めてからストレスが激減して記憶力が全盛時代とは言わないがかなり復活してきた。脳の回転が
かなり戻って嬉しい。ストレスが溜まると記憶も回転も悪くなるのだ。それが長期的に続くと脳は劣化して戻らなくなる。
自分の脳みそがフレッシュになっているのを毎日感じている。そうでないとコンサルティング業はできません。特に若手の
コンサルタントや新規事業チームのメンバーとやり取りするのにテクノロジーやマーケティングの最新事情を全て把握して
おくのが普通なので勉強量、勉強スピードは現役時代より増え、加速している。日々、脳の筋トレしているようなものだ。
身体をマッチョにすることは全く興味はないが、脳をマッチョにすることはとてつもなく興味があるし、永遠に鍛えていたい
と思っている。ウェブ解析士という職種は日々テクノロジーが刷新されるしマーケティングも進化していくので永遠に脳をマッチョ化していかないと即引退になりかねない。脳トレ、脳トレ!
2020年4月8日 大学での授業準備はオンライン対応
ついに東京都をはじめとする複数の都府県で”緊急事態宣言”が出された。これに伴って東京に帰宅していた私は大学のある長岡入りを自粛している状況であり、大学側からは正式にどう対応するかの答えを待っている状況です。個人的には体温の計測と手洗いうがいの徹底、外出は極力避けて絶対的にコロナを防御している。家族も同様です。もし感染する可能性があるとすれば、それはスーパーマーケットのレジ周りか、たまたま大人数が乗り込んだ場合のエレベーターの2つである。なのでその2つが密でない状況を見計らって行動している。ウェブ解析士としては、この特殊状況でネット上の情報をチェックしてトレンド分析しているくらいか。大学では普通に学生を教室に入れて授業ができないので、教室も複数にして分散した上でオンライン対応もするというオペレーションに対応中で、それなりに大変です。私も東京からオンラインテストに参加しています。
2020年4月28日 長岡への引っ越しはGW明けに!
コロナウイルスの事情により引っ越し業者も込み合っていて、当初の予定より引っ越しが遅れている。しかし緊急事態宣言が出ているためどっちにしてもGW明けの引っ越しになる運命だったようだ。緊急事態宣言がGW明けにどうなるかは、その時にならないと分からないが、引っ越しは間違いなくする。新幹線は密な状態ではないし、換気システムが完璧なので問題は無い。しかし一度長岡入りしたら2週間は東京へは帰れない。いづれにしてもコロナの終息を祈るしかない状態だ。最近は毎日
Zoomでのオンラインミーティングを実施している。それは大学生だったり、大学の教員の方々だったりで授業のシミュレーションをしている。
2020年5月1日 眼科にてレーザー照射60発
久しぶりに眼科に行き、網膜にレーザー照射を60発実施して補強となった。その後、帰宅してZoomミーティング予定が3つ
入っている。在宅勤務が続くとはいえ、楽な訳ではなく今後の授業の準備や工夫をする日々である。緊急事態宣言は1か月延長が決定し、おそらく&希望的観測ではその後終息に向かっていくだろうというところ。油断はできないが必ず終わりは来ると信じている。さて、次のZoomミーティングの準備をしよう。
2020年5月4日 Zoomミーティングの背景で楽しむ
最近は毎日Zoomミーティングがあるのだが、部屋の景色を消すためにバーチャル背景を用いている。その背景も何種類かオリジナルで用意しているのだが気分が変わって良いものです。
←左の写真は昨年の出張で行った米国テキサス州オースティンでの瀟洒なビルのロビー写真。これをZoomのバーチャル背景にすると気分も広々としてくるから不思議だ。
さて、本日のZoomミーティングはクライアントさんが
現れず流れてしまった。このようなことは非常に珍しい。
想定外のことが起きているのかもしれない。明日の連絡を待つとしよう。更に明日の夜に1件、Zoomミーティングが入っている。ありがたいことです。最近は本当に新規事業を考えている中小企業、大企業が多い。私の仕事も増える訳だ。
2020年5月5日 犬の誕生日
今日は飼っている犬の誕生日です。9歳になりました。
311の年に生まれたトイプードルで、今までに大病をしたこともあったが現在は健康で元気に暮らしています。
311も衝撃的だったが、今起きているコロナのインパクトはもっと凄い。今後世の中のライフスタイルが大きく変わらざるを得ないくらいのインパクトだ。
←写真は、ごく普通に出張していた頃の写真。まさか現在のように篭って仕事するとは思いもしなかった頃。個人的には
以前のような毎日出社して残業もあって会社に8時間以上
拘束されるライフスタイルには戻れないし、戻る気もない。
私だけでなく多くの人々がもっと時間にゆとり持って暮らすべきだと思う。考える時間を持たずに仕事だけしている状態は脳が劣化していく。かつて頭の回転が良かった人たちが見事に劣化していく様子をさんざん見て教訓にしているのだ。
2020年5月8日 眼科に行きました
今年に入って右眼の網膜穿孔の周囲をレーザー照射で焼き固める手術を受けたのは記憶に新しい。そして最近その当時と同じ感触を左眼に感じたので即刻今日、眼科に行ったところ、やはり網膜に少しの剥離と出血が認められた。一旦帰宅して、午後にレーザー照射手術を実施した。これが結構辛い。右眼の時よりもレーザー照射数が多かった。300発以上だ。やや恐怖を感じました。しかし明日引っ越しだったが来週も術後の診断があるので引っ越しは一週間後に延期した。でも気付いて治療を受けておいて良かった。私と同じような方が日本でどれくらいいるのかネット上で調査してみよう。かなりいると思われます。
2020年5月15日 再度、眼科へ
右眼に違和感が出ていたので診てもらうと、やはり飛蚊症が進んでいた。まだ経過観察と2週間後のチェックが必要だ。常にチェックしていないといけない。眼は商売道具でも非常に重要なパーツだからかなり大事にせねばならん。Googleトレンドで
飛蚊症をチェックすると調べている人は増加傾向にある。このコロナ生活と関係があるのだろうか?何とも分からないが。
しかし求人サイトなどを調査しているとリモート案件、フルリモート案件が増加している。副業、兼業案件も同様に増えていて時代を感じさせる。かつては土曜日に半日学校に行ったり仕事に行ったりしていた時代があったが、週休二日制が当たり前になった。現在は、もっと自分のペースで働ける選択肢が増えている。自由度が高くなっているのだ。大学の授業はコロナで
大模索中です。大学の授業にも新しいスタイルが生まれてくるでしょう。
2020年5月16日 念願の引っ越しができた!
やっとN県N市に引っ越しができた。思えばコロナによる
緊急事態宣言が出たため、東京からの引っ越し予定が大幅に
狂い、更に眼の手術が勃発して引っ越しを延期した経緯が
あるのでした。世の中、全く予想外のことが起きますね。
幸いにもコロナには罹らずに今まではきています。
N市は、湿気があるなー。今日だけのことか、どうなんだろう。分からないことだらけなので、日々、観察したり人々に尋ねたりして生きていこうと思っています。
21歳の頃、マンハッタンで暮らし始めた時を想い出すなあ。
場所は全く違うけれど、気持ちはとても似ている気がしている。あの頃も今も、違うようで同じくずっと求めた人生の在り方を踏襲している気がする。歳を経ただけ分かるようになったことは多いし、気持ちもかなり落ち着いているが芯は
変わっていない。
2020年5月16日 必要なものだけ置く部屋
無駄なものは一切いらない。機能していれば十分だ。
そう思うと、逆にどうしても必要なモノがハッキリする。
スタンドは欲しい。フローリングに敷くマット的なモノが
欲しい。などなど・・・。空き箱となったダンボールは
なるべく早く畳んで片付けよう。肩凝りが酷い。腰痛も出てきている。銭湯に行きたくて仕方ないのだが、東京では行きつけの近所の銭湯は締まっていていつ再開するか分からない状況だった。ここN市M町はどうなのだろう?銭湯っぽい所は今のところ見つけることができなかったが、ちょっと離れた所にスーパー銭湯があるらしい。歩いていけるかな?
まだ良く知らない土地なので、車や暗闇には気を付けよう。
何が起きるか分からないから。気を付けて付け過ぎることは
無いのです。
2020年6月27日 6月はショートコンサルが8件!
2月から始めたスポットコンサル(ショートコンサル)は1回1時間程度のものだが、今まで培った知見が活かせるのと、現在のビジネスニーズを把握できる一石二鳥以上が得られる。ありがたいことだ。特に若手のベンチャー企業の相談に乗ることも多く、応援、支援のし甲斐もある。新しい働き方は、本当に新しい価値を提供してくれる。こういった最新の仕事内容を大学でも講義に活かしていきたい。相変わらずウェブ解析といったピンポイントでの仕事は一切ありません。実際にクライアント企業さまのアカウントを開示してもらわないとウェブ解析できない(解析ツールでラフにはできるが)のです。開示してもらえる間柄になるのは程遠いし、逆にそのような間柄になることがベストとも限らないので。特にサイトの分析と運用までセットになる作業は請け負えませんのです。あくまで作業ではなくコンサルティング業だからなのだ。ただし運用チームへのディレクションはします。
2020年7月4日 働き方改革は、確実に起きている
もし大企業に所属している人で、世の中で働き方改革が起きていると感じていない人がいるとしたら、確実に起きていますよ
と伝えて差し上げたい。大企業ほど変革に疎く、動きが遅いが個人事業主や中小企業は変革の波に乗ることは死活問題だからだ。この潮流は大企業だからといって関係ない訳では全くない。ここ2~3年で歴史的に働き方は変わると思う。オフィスに毎日通勤するような生活は終焉を迎えるだろう。残っていても、そのような非効率、ストレスフルな働き方を望む人が激減するだろう。私の場合、リモートワークの効能はコロナ以前から言っていたが、それがコロナの状況で証明された。ただし、
ただし大学の授業は別モノである。特に演習、実習の類は対面でないと厳しい。これは日々実感している。工夫すればできなくはないのだが、対面の方が圧倒的に学びが多い。学生同士が学友の様子を対面で見合うことが非常に重要なのです。
こればかりは様々な工夫と、対面で授業できる日が来ることを待つしかない。
2020年7月8日 「アイデアの発見」読了!
かつての上司であり、恩師でもあり、大学の先輩でもあるライトパブリシティの代表取締役社長 杉山恒太郎さんの著書
「アイデアの発見」をやっと読み終えた。内容が分かり易く楽しいのでグイグイと引き込まれて読んでいたのだが、知性と教養がサラリとした文面ではあるが濃厚に詰まっているのでキチンと読み終わるまで予想以上に時間が経っていた。50選で選び抜かれた広告はどれも作品と呼ぶに相応しいものばかりで、私も事例こそ知ってはいたがもっと深いエピソードや解釈によって更に理解を深めることができた。読んでいるうちに自分が広告業界へ、電通へ憧れて入り、入ってからもそれなりに頑張っていた原点を想い出させてくれた。アイデアは誰か偉大な先人が考えたモノであっても、世に出て知られることで全ての人の資産になる。知る側も、その素晴らしさを他人のモノだと解釈するのではなく、同じ時代を生きて、それを見て、感じて分かった喜びをもっと感じた方が良い。感じるだけでも褒められるに値する。書き切れない。書き切れる訳が無いほど素晴らしい本でした。そして読み終えると6月のカンヌの風景が浮かんでくる。石畳と石造りの家が立ち並ぶ、丘の上教会へ続く坂道から上を見上げると、道幅に細長く切り取られた微風無音の青い上空を白いカモメが横切る。今も毎日繰り返されている風景だろう。広告業界とは隔絶された修道僧が回廊を渡っていく。あの時の風景はVR装置が無くても自己再生できるくらいに鮮明だ。その風景が実は今も語りかけてくる。若い人たちに伝えなければならないことが沢山あるだろうと。
2020年7月13日 大学の学食がオープンしていた
大学の学食に人が少しいたので覗くと鶏カラ弁当だけ、お弁当として売っていた。先週から細々と開始しているらしい。
初めて学食で弁当を買って研究室で食べてみた。まあ安くて学食らしいお弁当でした。日替わりで、鶏カラ、ヒレカツ、カレーというローテーションのようだ。悪くない。昨日は断続的に雨だったが今日は普通に晴れていて、やや雲ありという感じ。
長閑な平日です。さて大学の授業の資料作成をするか。最近のコンサルティングの仕事ではウェブの解析という程ではないが
ウェブ改善の話は少し出てきている。世の中にWEBサイトは星の数ほどあるが、キチンと考えられて制作されているモノは
非常に少ない。だから改善の余地があって、そこがビジネスになるし改善すればそのWEBサイトの会社も集客に繋がるのは
間違いないのです。最低限、Googleアナリティクスを接続して自社サイトの分析ができるようにしていただきたいものだ。
2020年7月19日 晴れたから散歩
ついこの前まで梅雨でシトシトと雨が降っていたが、今日はパッカーンと晴れて暑い日となった。少し風があるので何とか散歩に出ることが可能。長岡の空気は非常に良い。
空気だけではない。気が良くなる成分が沢山充満していると感じる。東京はビジネスも人も密になり過ぎている。コロナのこと以前に人の過密はストレスを生むのでよろしくないのだ。自分の周りにも都会と田舎の二重生活をしている人たちが増えている。完全に田舎に移住している人もいる。それは人としてごく当たり前のことかもしれない。
そして田舎には、物凄く伸びしろがあることに気付くのだ。ビジネスという意味でも、人材という意味でも。都会を頂点としたヒエラルキー構造は今後かなり変わって行くだろう。
テクノロジーの進化で、情報格差やセンスの格差は、住む場所や出身大学などより、個人レベルの問題になっている。
だから今の時代に何十年前から続く受験勉強スタイルなど
やっているようでは、将来性のない人材になってしまうだろう。古い価値観を変えられないセンスの人も沢山いる。
だから新しい考え、行動の人たちにチャンスが廻って来るのです。私は仕事でスタートアップベンチャーの若者たちと
打ち合わせしたり、彼らをサポートしたりしているが
自分が教えるより、彼らから学ぶことの方が圧倒的に多い。
そのような若者とタッグを組めることこそ自分の最大のスキルだと思っている。加えて自分が勤めている大学の学生さんからも気付きを貰う毎日。互いに非常に貴重な時間です。
2020年7月30日 7月が終わり、コロナは終わらず
コロナとは長期戦を予想していたが、予想通りになっている。
私は今後、もっと厳しい将来になると考えて準備している。オリンピック?
それは過去の話。この現状でオリンピックを語るなど、私個人はあり得ないと思うのだが、「来年こそ絶対に!」ということを声高々に言う人がいる。
正直300%理解できない。このような状況になって、個人の状況把握レベルが
かなり異なることに気付けた。究極の危機状況に陥った時、どのような情報を取り入れ、どのように分析して行動のための指標を作るかといった普通の知性を使える人と使えない人々に分かれるようだ。政府の決定と行動には、まあ呆れている。税金をキチンと収めてきた国民として残念極まりないが、それに文句を言うよりも将来への備えをしておくべきだ。これからは個人の時代だ。
どのように考え、どのように行動するか、所属している企業や組織が決めてくれるわけではない。最後の最後は自分である。
その訓練&実践が現在だ。就活も過去のようにはできない状況だが、やれることをやれば良いし、この状況だからこそ次世代のサービスが生まれる可能性は高いと思う。チャンスがある状況だ。写真は晴海選手村になる予定だったマンション群。
新品でありながら既に廃墟の様相を呈している。これこそ過去との決別&未来へ向かう途中のシンボリックなビジュアル。
2020年8月22日 昨年の8/22は青森に行っていた
昨年の夏も暑かったけれどマスクはしていなかった。青森のクライアントさまとはお仕事にならなかったけれど地方の魅力、
伸びしろを感じることができた。その考えは今も全く変わらず、日本全国の地方都市の魅力と可能性が未来を創ると確信している。何が一番、その未来を創るかというと個人的実感でDX(デジタルトランスフォーメーション)で間違いない。何故言い切れるかというと私自身の働き方、生活スタイルがデジタル化で劇的な効率化を達成しているからです。そこで更に言えることは、企業のDXは途轍もなく難しいけれども、個人のDXはそれほど難しくはない。だから企業に勤めている社員さんがDXできるように仕事のスタイルを変えていくことがDXなのであって、先に企業がDXしようとするのはかなり大変。Googleトレンドでデジタルトランスフォーメーションを調べると、昨年から倍増しているのが分かります。DXは、まず自分から。Googleのツールを全て使いこなして仕事をすることからです。
2020年10月10日 寒くなった。台風も来ている。
写真は昨日のミーティンングルームNo2の様子。ミーティングルームは全部でNo1~No3まで3部屋あり、スケジュールを予約して使用するシステム。1時間200円で格安です。これが自宅マンションにあるので非常に助かります。しかし
同じことを考えるビジネスマンが多いので1週間くらい早目の予約をしないと取れなくなりました。コロナの影響は多くの人に出ています。大企業が社員に一時帰休や、副業兼業解禁を認め始めています。大きな変化が起きています。このようなことが、将来語られることになるでしょう。昔は副業や兼業が認められてなかったんだって!!あり得ないよねー!!といったことになる。現状、私も副業兼業のおかげで世の中の状況や新しいスキルを増やしているから、一つの企業で一部署に所属して何年も働くというスタイルが既に信じられない。この情報化時代に時間と場所を長期間拘束されるのは、能力を発揮させないためのコンディションかと思ってしまう。そして会社が何かを施してくれると待ちの姿勢でいる社員もあり得ない。自ら、会社が何と言おうとこれを学ぶ、こういった仕事をするんだ、という自主性、センスを持たねばただ使われる人に
なってしまう。若いとか年配とか関係ない。仕事がデキる人は自分から学び、行動する筈だ。その点、オンラインウェビナーなど無料で質の良いセミナーや
安価で良質な講座が開催されている。チャンスはかなり転がっている。
2020年11月28日 鬼滅の刃
世の中で大ヒット中の「鬼滅の刃」を観ておくべきだという思いから、映画を観た。ヒットの理由はとてもシンプルに分かった。持てる者、優れた者は自らの使命、命を次世代の若者達へ惜しみなく与える姿を見せるというものだ。若者に人気のある鬼滅の刃だが、オッサン達こそ観るべき映画だと思う。観る人に精神的なパワーを与える映画だと感じた。掲載されていたマンガが少年ジャンプというのも懐かしいし、納得してしまう。企業や組織の中で守りに入り、自分だけ逃げ切ろうとするオッサン達は、煉獄さんを見習うべし。Googleトレンドで鬼滅の刃を調べると先月の検索量が最も多く、今月はやや下がっているがコラボ関連グッズなどの検索も多いようだ。鬼滅の刃にはいろいろと考えさせられ、勉強になった。観て良かった。
2020年12月17日 朝5時に除雪車の除雪音で目が覚めた!
人生で初めて、朝の5時に除雪車の雷の様な大音響で目が覚めた。確かに早朝から除雪せねば、1日が始められないから仕方ないのは分かる。しかし明け方の白銀に染まった風景は格別だ。その美しさには寒さも吹っ飛ぶくらいの迫力がある。人生初はまだまだあるんだな、と。いや、実は人生初のことだらけなのだ。50年以上生きていても、大したことは無い。全ては新しく新鮮なのだ。おそらく死ぬまでその感覚は無くならないだろう。重要な感覚だと思う。分かったような気になっているのは傲慢でしかない。謙虚に生きるほど感動がある。
2020年12月24日 クリスマスイブになりました
早いものです。もうクリスマスイブです。しかし全く喜んではいられない。コロナの拡大が続いているし、新種の感染力が強いウイルスが出てきて非常に恐ろしい状況だ。政府がGoToを実施したことは大間違いだったし、全般的な対応が遅すぎる。
平和ボケにも程があると言いたいところだが、非難している場合ではない。自分たちで感染防止せねばならん。来年は風の時代、正にそうだと思う。地に足を付けている者はそのままその地に留まり、風に吹かれて飛び立つ者は、未知の世界へ行くのだ。風に吹かれるのは恐ろしいと感じる人は多いだろうが、いやいや飛んでみれば気持ちの良いもので、慣れると止められなくなる。それどころか自分の本当のカスタマイズとは、飛んでからしか出来ないものだ。企業に所属している状態では自分のリミッターを外すことが出来ない。リミッターを外した自分が、どれだけのものか知りたい者だけが自分の最高速度を知ることになるのです。後、残り少しの2020年を、コロナに気を付けつつ最終日まで走り抜けましょう。
2021年2月11日 寒い一日でした
ランチはインド料理のニサンに行ってカレーを食べてきた。たまに行きたくなるニサン。インド料理の店は生活圏内に1件は必要です。いつの時代にも自分の近くにインド料理屋があり、カレーを食べ続けている。話は変わるが、あまりに寒い日には風呂の温水が出なくなる時がたまにある。原因不明です。明日は大学で卒業展示会場へ机などを午後一から運び戻す日である。それが終われば卒業展示関連のイベントは全て完了する。あと一息頑張るのみ。
2021年3月11日 10年経ちました
10年前、私は汐留の電通本社ビル内で大地震を体験した。それまでに味わったどの地震よりも大きく、そして長いもので揺れている間に恐怖を感じたのを昨日のことのように想い出します。あの時も緊急事態だったけれど、現在も違う形の緊急事態だ。この10年、色々な意味で大変な10年だった。資本主義、大企業の成功パターンが崩れていった10年とも言える。それは現在も継続中であり、コロナ禍で一層加速している。Googleトレンドでは「東北大震災」、「3.11」、「大震災」といった言葉が1か月前から上昇している。テレビ報道が1か月前くらいから何度もされるため、人々が想い出すのだろう。忘れないためにも良いことだ。ここから次の10年、世の中は更に激変を続けるだろう。私の10年後は大学教員の終盤に差し掛かる。どうなっていくか大変な世の中だとしても楽しみだ。
2021年3月14日 コロナ禍での仕事、研究生活
東京で緊急事態宣言が出て以来、海外へはもちろん国内での移動が出来ない状況にある。しかし仕事や研究は100%オンラインなので全く支障は無い。むしろ移動する時間と費用がゼロになるため効率は非常に良くなっている。学会もオンラインで開催されるようになっている。これだけあらゆるモノゴトが快適に効率化されていくと、それに遅れている業種、組織が衰えて行く速度が加速するだろう。お役所の文書、ハンコ文化は時代遅れの象徴となる。2021年以降、DX格差が著しく進むのは間違いない。DXが出来ないために組織的に全体を把握できず、ゲシュタルト崩壊を起こす組織が続出するだろう。私自身、既にそのような組織を複数実体験しているから良く分かる。ゲシュタルト崩壊をDX文脈で使ったのは、日本イノベーション融合学会の高梨理事長だ。この学会には少し興味がある。
2021年3月15日 学位記授与式とコンサルタント
本日は大学の学位授与式に教員として参列し、感動的な式を十分に観ることが出来た。学長や来賓の市長の挨拶も素晴らしく感動的だった。一方で世間のニュースを見ると私の良く知る会社が消滅吸収される記事があった。
私は経営コンサルではなくマーケティングコンサルだと自分では思っているのだが、自分に入ってくる情報と一般的に公開されている情報を掛け合わせるだけで、その会社が数年後にどうなるか、ある程度予想出来る。逆に経営コンサルは出来るのだろうか、いや出来ないだろう。データをどれだけ集めても、そこからのロジックだけでは未来は見えない。むしろ人間の思惑が入るので、その思惑のストーリーを読めるかどうかだ。数年間一つの会社の情報をウォッチしていると、その情報の中に人間の思惑が見えてくる。情報は結果を文章化したものだが、文章の中に思惑のエキスが混じっているのだ。点と点(単語と単語)を結びつけるのは思惑コンテクストである。これで事実を全く知らない場合でも、事実(と思われる仮説)を知ることが出来る。点と点が、人と人という場合もあり、この場合は分かり易過ぎる思惑が見えてしまう。だから政治家達は誰と誰が会食するといった情報すら漏らさないようにしている。最近はかなりバレてしまっているが。
2021年4月8日 入学式も終わり
大学の入学式は素晴らしい内容だった。学長や市長の挨拶が、とても気持ちが入っていて感動的。大学生は未来そのものであり、その門出を祝福することは自然なこと。自分への祝福にも繋がる。そして授業の準備と研究=仕事などが沢山あり、全く忙しい。脳をフル回転させるため糖分不足になり易い。また時間を忘れて資料作成などしていると食事を忘れてしまうので気付くと空腹になっている。気を付けよう!健康第一です。ゾーンに突入すると時間を忘れてしまうけれども危険でもあります。ウェブ解析で、特にECサイトの売上分析をしているとデータを見るだけでターゲットのペルソナ像が浮かんできます。
この知見を大学での地域企業との共同研究にも活かせる機会があるので楽しみだ。
2021年4月21日 新学期、始まってます
大学の授業が開始されている。対面とオンラインの両方があり、私の場合はまだオンラインのみだが対面授業もこれから入ってくる。コンサルティングの仕事はコロナ禍で増加していると思う。ちょうど1年前の4月は緊急事態宣言が出た直後でコンサルティングの仕事は一時的に減少していた。ところが世の中がテレワークに慣れてくると、むしろコンサルティングの仕事は増加していったのだ。その中で地方都市が副業人材を求めるケースが相当数出てきた。世の中は明らかに変化している。ウェブ解析やウェブマーケティングの需要は伸びている。デジタルマーケティングが一般的になるまで、結構時間がかかっている。技術力は進んでも、それを人間が普通に使うまでは時間がかかる。人間側が自分で変化しようとするか否かが、進化スピードに影響するから。
2021年5月2日 ゴールデンウィークに突入
暫く更新をしていなかったら、既にGWに突入していました。昨年度はGoogleアナリティクスを駆使してコンサルティングをし、学生さんたちにはWEBサイト分析ツール(SimilarWEB、eMark+)を紹介した。今年度に入り、私は某クライアントさまからGoogle広告を実施する機会を得て運用を開始している。実際に自ら運用するのと運用会社に依頼するのでは得られる感触が全く違う。やはり自ら広告運用はしなければならない。理想は自社内での運用である。車内にデジタルマーケティング要員を育成する必要がある。しかしそのような理想的な中小企業は滅多には無いので、少しづつ理想に近づくのが良いだろう。
ウェブ解析士のニーズも今後益々上昇して行くことと思われる。
2021年5月7日 Googleアナリティクス、サーチコンソール、そしてAI
オンライン広告はAIが自動的に最適化をしてくれるので、電通時代にオンライン広告運用の実績が無い私でも現在では十分に運用が可能になっている。しかもオンライン広告とGoogleアナリティクスはスマートアシスト機能で連動しているため、運用に時間をかけず分析に時間をかけられるのも良い。しかしGoogleアナリティクスのリテラシーさえあればMAとかDMPなどは無い方が良いのではないかとさえ思ってしまう。例え大企業で商品数など規模が大きくなったとしても大がかりな装置などいらないのではないだろうか。いや、そういった装置が悪いのではない。そのような装置を入れなくても人力の方がコスパが良いのではないかという気がしている。少なくともマーケティング人材を育成するにはGoogleアナリティクスの基礎をやれば良いだけだと思うのだが、そこをすっ飛ばして高額な装置を入れて使いこなせない(あるいは外注で高い金額を支払う)のは
本末転倒のように思っている。なので自社のWEB集客向上、ECサイト売上向上をコスパ良く実施したい方々は迷わず私に連絡下さい。必ず実績を出します。
2021年5月20日 抜歯後
東京には帰れないので、歯医者さんも長岡です。長岡駅にある歯医者さんで先週抜歯したので奥歯が無い状態。長年連れ添った奥歯とお別れをしたのです。傷口が完全に塞がってからブリッジで奥歯を再建することになります。歯が健康だと集中力が増すので重要なこと。高効率で研究、仕事をするために健康維持は必須。抜歯の時、時間とお金がかかるのではと思っていたが全くアッという間で安かったので驚きました。とても良い歯医者さんだった。暫くそこに通うことになります。ネット上で事前に評判をチェック出来るので便利です。近所に歯医者はあるものの、どこも評判が悪いので駅中で選んで正解。
2021年5月26日 ビジネス上の嘘
ビジネスにおいて嘘はあってはならないもので、1度でも「嘘」があれば信用にかかわるため絶対にあってはならないものだ。
一部上場企業や大企業では取引する相手企業の信用も調査するため、基本的に嘘を付くような人や企業、組織との付き合いは発生しない。私が転職して驚いたことの1つに、一流企業、大企業ではない会社や組織になると、割と「嘘」が存在することだった。これは晴天の霹靂で、それまで自分が生きてきた世界は「嘘」が無い世界だったのに、「嘘」を活用してビジネスしている人や組織があることは信じがたかった。自分自身が「嘘」はない人間のため、「嘘」を言ったりする人間や組織に対しては最も嫌悪感を抱く。最近だと、某一流とされる大手新聞社のオンライン無料プランの設計に悪意があり、解約を出来ないような仕組みになっていたことを発見した。一見、嘘や詐欺ではなく仕組みの不備の様に見せかけた非常に気分の悪いWEBサイトになっていた。当然、本社にクレームのメールを入れたが謝罪は一切ない。それは当然で、意図的にそのような仕組みにしているからで、実際その後もWEBサイトを改修していないのを確認している。その会社の社長がその実態を知ったらどうするのだろう。興味深い。その新聞社のためにも社長に直接お知らせした方が良いかもしれないと思う今日この頃です。
2021年6月14日 歯医者と苔玉
今日は歯医者へ行った。駅中になる非常に良心的な歯医者さんで安心出来る。その帰り道、駅中に期間限定で苔玉が売っていた。珍しくとてつもなく魅せられ、眺め入ってしまった。その場で買う気にはなれず帰宅したのだが、気持ちは苔玉に飛んで行く。心が部屋に置ける苔玉を無性に求めているようだ。癒されることは間違いない。今まで小さなサボテンをデスク周りに置いたことはあったが、苔玉は無かった。メンテナンスも簡単らしい。とっても欲しくなっている。物欲が無い私としては非常に珍しいことで自分自身笑えてしまう。
2021年6月27日 海外旅行に行ける日を想像する
そういえば海外旅行に行けなくなって、どれくらい経つだろう。2年近く行っていない状況だ。現在では国内旅行ですら出来ない。旅行はかなり気分転換になっていたのだと痛感する。移動出来ないと同じ場所で同じ日常を過ごすので鬱々としてくる。
今日の天気は曇り、暑かったり涼しくなったりと変化のある一日だ。休日らしく来週からの授業準備と研究、仕事準備をしている。今最も行きたい海外は、やはり韓国だ。馴染みの店で食事をしたいというのが真っ先に浮かぶこと。二番目に行きたい国は、台湾だろう。こちらも馴染みの店、その味を想像してしまう。鼎泰豊に行きたい!本当にコロナの終息を祈っている。
オリンピック開催よりも、個人的にはコロナ終息です。
2021年7月20日 2つの仕事(研究とコンサルティング)
私の2つの仕事はリンクしているが性質は全く違う。研究は最終的に論文などでオープンに出来るものであり、そうすべきものだが、コンサルティングは極秘であり、最終的にも極秘である。研究は研究費はかかるが利益は得ないもの。コンサルティングは基本的に時給単価で利益を得るもの。毎日2つの世界を行き来している。私の仕事は全部で3つあり、もう1つは教育だ。
しかし行き来しているのは前者の2つで、3つめの教育は行き来というよりは別領域に当たる。というのは教育対象の大学生が主体の世界なので、私はそちらに出向く感覚なのである。この絶妙な三位一体がもたらしてくれる気付きの効果は大きい。
2021年8月3日 怪談より恐ろしい話
夏と言えば怪談。近頃は夏でなくてもyoutubeで怪談話を聴ける時代になりました。ところが私は怪談は好きなので恐いというよりもエンターテインメントと捉えています。それよりも遥かに恐ろしい世界を知っているから怪談は余興、楽しみです。
さてその恐ろしい世界とは、学術の世界です。学会に所属して学会発表を経験した者であればその深淵を垣間見たことがあるでしょう。私の学会デビューは長年のサラリーマンを経てからの遅いデビューのため、学会のルールを知らずに大いなる恥をかいた経験があります。しかもその発表、研究助成金を獲得した研究発表のため当然チェックは厳しく、私の浅い研究発表で某大学の発表場内が騒然となり、質疑応答で厳しい罵声が飛んできました。仕事では数えきれない重圧プレゼンテーションを潜り抜け、それなりの実績を上げてきた私でも学術の世界は全く勝手が違う。通用しないのです。私は新参者でしかない。学術界とはこれ程までに恐ろしいものかと。もはや立っている気力も失った私は某大学から自宅までタクシーに乗って息絶え絶えに何とか帰宅したことを憶えています。それで事は終わった訳では無く、その時は中間発表だったのでもっと大変な最終発表を控えているのです。そのタクシーの中で最終発表をどうするかを考えるだけで鬱々とした暗澹たる気持ちになりました。地獄に落ちた心持でした。そして更に怖いのは、翌週会社に出社すると普段はあまり関係のない先輩社員が私を訪れてきて、例の学会発表の件を話し切り出しました。
その内容は電通出身のOBが某大学教授として学会に参加しており、私の発表を聴いていて心配になったと。このままでは恥ずかしいのでその先輩社員に私の研究発表を見るように頼まれたとのこと。話を聞いている途中で背筋が寒くなりました。その先輩社員は私と仕事上の関係など無いのにもかかわらず発表論文の精査を手伝ってくれるとのこと。ある意味監視役です。電通という会社のメンツ、ブランドを傷付ける訳にはいかないので監視網の守護神達がお出ましになったのです。また、今ではその学会の重鎮で在られる某教授も参考となる先行研究のリストなどを送って下さりかなりの手厚いサポートをいただきました。逆に言えばそのような重鎮の方々から支えてもらわねば恰好が付かないレベルだったと言えます。重鎮教授のリストを持って会社を抜け出しては東大図書館に入り浸り何とか発表資料を作成して行きました。実は私の他に、共同研究者として名を連ねていた後輩社員が居て、彼とも入念に打ち合わせをして最終発表に備えました。もちろん先述の先輩社員も事前チェックをしてくれています。最終発表は休日にも関わらずその先輩も列席していただき、非常に恐縮しました。しかし無事に最終発表を成し遂げ、肩から重責を下ろせたのですがその後にも学会誌に論文として掲載するためにかなりの修正、やり取りを重鎮教授とさせていただくことになりました。いやー、今想い出しても冷や汗です。これ以上の恐怖と重圧を感じたことは無い。しかしそれで懲りるどころか今も複数の学会に所属して、いずれ重圧を背負うことも多々ある状況になっています。マゾですね。そうでなければやってられません。マゾっ気があるから世の中進化するのだと思います。サポートする方々も凄いですよ。そこまで分からない人に学問のためにサポートして下さるのですから。だから恐ろしいのです。それに応えなければならないのですから。
2021年8月31日 ウェブ解析とマーケティング
ウェブ解析におけるユーザー数、平均滞在時間、直帰率などは人間の健康診断で言う血圧や血中コレステロール値のようなもの。つまり健康を判断する基本的な数値と考えられる。なので企業や組織はオウンドメディアである自社WEBサイトの基本的な数値をモニターしておく必要がある。しかしこの基本が出来ていない企業、組織は非常に多いのが現状。これは3年前から言っていたが、まだまだ進んでいない。企業や組織の経営判断にオウンドメディアの診断がリンクするべき現状の理解が進んでいないのだ。逆にその理解があり、実行している企業や組織は優位に立てる。しかし言うことは簡単だが、既存のビジネススタイルからデジタルマーケティングシフトするのが難しい場合が殆どである。理由はデジタルマーケティング人材が居ないか少ないからだ。私自身がデジタルマーケティングコンサルの本格稼働を始めたのが昨年からだが、仕事が増えて行くのを感じている。本当は複数企業さまを集めて講演をして行きたいくらい。いづれそのようなことになるだろう。
2021年9月23日 授業開始準備が続いている
授業の資料を作成していると腰痛が酷くなってくる。座り続けているから当然だろう。今日は良い天気だった、と思う。あまり外出していないが。本当に腰痛が酷いので入浴剤を買い込んできた。入浴剤は腰痛にとっては気休め程度にはなる。研究やコンサルティングでは相変わらずウェブ解析が求められる場合が多い。今でもウェブ解析での新しい発見があり、毎日が勉強だ。世の中の変化が激しく、消費者の変わり身に企業(大企業も中小企業も)が着いて行くのは至難の業。しかし時には日清の合体ヌードルの様に自社製品を合体させて新商品を創るようなとんでもなく斬新なことも起きている。昔では考えられない突飛なアイデア。しかし日清独自に開発したというより、SNSで別々のカップヌードルを混ぜ合わせて食べることが話題になっていたらしい。消費者からの発想を企業が活用したのだ。良いコラボレーションだと思う。こういうクリエイティブやイノベーションは分析そのものからは出ない。別の力でジャンプしなければ出来ないことだ。
2021年10月17日 日本酒 伯楽星
お酒を殆ど飲まない最近ではあったが、初めて入った蕎麦屋で飲んだことの無い日本酒が幾つも並んでいた。直観的に美味そうだったので注文してみた。伯楽星という原料米が山田錦の日本酒が大当たり。その次に選んだ日本酒も大当たり。この蕎麦屋、日本酒のチョイスが凄まじく素晴らしい。肝心の蕎麦は普通だった。しかしまだ飲んでいない日本酒が飲んでみたいので何度も通うことになるだろう。しかし久しぶりに飲んだので、その後直ぐに寝てしまった。さて話題を変えて、私の勤務する長岡造形大学をGoogleトレンドで調べてみると「長岡造形大学 入試」での検索が750%増加している。また「長岡造形大学 偏差値」でも180%検索増加している。入試シーズンを迎えて長岡造形大学への世の中の関心が高まっているようだ。検索件数が多い都道府県はトップから新潟県、長野県、群馬県、富山県、大阪府という具合。まあ近隣の順当な結果になっている。
公立の大学は公立であることがブランドであり、その次に地理的な合理性で選択される傾向がある。そこから先は非常にパーソナルな感覚で選択されていくだろう。例えば「長岡」という言葉の響きや、土地のイメージから得られるインスピレーションなどだろう。縁や運も関係してくる。
2021年11月14日 卒業研究の中間発表が終わった
年内、大学での大きな行事は、4年生の卒業研究中間発表だった。それが11/13(土)に無事終了した。その準備の大変さはかなりのものだった。当日は学生の発表を聴き、講評をしたのだが、学生の進歩、頑張りからエネルギーを貰えたと感じた。私としては学生の成長は楽しみであり、喜びである。日本の未来、将来の可能性を見せて貰っている。このような行事からだけでなく日々の授業からも学生の可能性を感じている。ありがたい人生だと思う。学生に感謝したい。それと共に、毎日お世話になっている教員の先輩の方々、同僚の方々にも本当に感謝している。会社員の時代には若者を育てることが出来なくなっていた。会社組織の限界と、資本主義経済の限界が若手の成長を阻む現実を嫌と言う程見てきたからだ。そして大学の場には可能性があると踏んで飛び込んで来たが、それは正しかった。若者達がそれを証明してくれている。私は若者達に必要とされる人材で居られるよう日々研鑽を積むのみ。学生達には自分の得たものの全てを注ぎ込み、そして共に進化して行きたいと思っている。
2021年12月4日 芥川賞作家であり、先輩の新井満さん亡くなる
まだ私が大学生の頃、電通クリエーティブ塾1期生として毎週土曜日に現役電通社員から講義を受けていた。その現役社員講師の独りに芥川賞を受賞したばかりの新井満さんが居た。塾生の皆に芥川賞でいただいた懐中時計を廻して見せてくれたことが今でもハッキリと想い出せる。その後、私が電通社員となり世田谷区に住んでいた頃は新井満さんと東急東横線で一緒だった。小柄で痩せた印象の方ではあったが、一度話し出すと声の力と意志の力が静かでとても強い。そのような独特な方だった。小説「尋ね人の時間」や「ヴェクサシオン」は共にその時代と電通を感じさせる作品だった。彼は大衆の時代から小衆、個衆の時代になると80年代から言っていたそうだが、実際それは当たっていた。バブルの時代に引き算の音楽エリックサティを紹介していたことも強烈な印象を残している。未来を予感できた人なのだろう。その新井満さんが最後に感じていた未来は、一体どのようなものだったんだろうか。新井満さん、新潟の出身である。合掌。
2021年12月8日 今年がそろそろ終わりに近づいている
雪はまだ降っていないものの、かなり寒くなった。毎日学生のアイデア、作品からエネルギーを貰っている。健全なエネルギーを毎日浴びていると身体が健康になるようだ。夜更かしなど出来ない健康体になってしまう。日々エネルギーを完全燃焼している。学生を見ていると不思議なもので私自身の学生時代を想い出す。私はかなり怠け者の学生だった。大学の手前の本屋でさんざん立ち読みをして満足し、教室には向かわず帰宅するような毎日だった。そのような私が就活の時期を迎え覚醒した。不思議な運も作動し始めた。大学の就職課に行くと1枚のポスターが貼ってあった。「電通クリエーティブ塾1期生募集」
即刻、応募して面接に呼ばれ合格。以後数カ月間、毎週土曜日に無料で現役電通社員の講義と実習を受けることになる。同時にマスコミ企業を知るために始めたテレビ東京でのアルバイトは偶然にもテレビCMのつなぎ順番が正しいか目視で確認する進行課の仕事だった。来る日も来る日もテレビCMを眺めて確認する生活。テレビ東京の子会社の社員の方と席を並べて少し雑談をしながらの仕事だった。その社員の方はYさんといって良く面倒を見て下さった。Yさんの彼氏もバイト仲間で一緒に食事などしたものだ。良い人達だった。私は毎週の電通クリエーティブ塾の課題を寝る間を惜しんで考え、締め切り直前にバイト先のテレビ東京からCMの絵コンテや商品のコピーをFAXで電通に送信していた。誰にも見つからないように送っていた。テレ東のCM進行課には電通のOさんが出入りしていた。身近にいた電通マンだったのでOB訪問させていただいたが上から目線の態度で良い印象ではなかった。バイトの大学生が受かる筈がないと思っていたのだろう。このOさんの態度は今でも忘れないものだ。若者は未来なのだ。未来を大切にしない者に未来は無い。
2021年12月18日 窓から富士山が見える
今日は寒い。空気が澄んでいるせいか富士山がハッキリと見える。雲一つない。今日はオペラシティホールのアートギャラリーにて「和田誠展」を観てきた。圧倒的な仕事量。80代まで現役の仕事スタイルは理想であり目標だ。展示はあくまで和田誠前仕事のほんの一部であろうが、それにしても途轍もない量の展示だった。ここまで大量の作品を観る個人の展示は初めてだった。自分の人生の55年が、和田氏の仕事期間に吞み込まれていた。どの作品も既視感があるのは、実際にリアルタイムで見た事があるからだった。本の表紙から映画のポスター、映画、エッセイ、作詞作曲、ありとあらゆる仕事を手掛けている。ここまでくると才能を感じるより運命や宿命を感じる。どのように生まれ、何をして、死んでいくか。そのような一人の人を感じた。同時にそれは、例え和田誠氏のように有名人でなくとも、皆に共通なことだ。
2021年12月26日 仕事納め。年内最終日。
年内最終日は、長岡にてイルミネーションの設営をする。よりによって豪雪の日と思いきや、それ程でもなかった。まあ年内最終日に相応しいと言える。今年も急ぎ足で駆け抜けた1年だった。得られるものは多く、サラリーマン時代は遥か昔の記憶になった。先日、新橋を散策してきたのだが大昔の感覚だった。まるで前世の記憶の様な気がした。それくらいサラリーマン時代が遥か彼方に過ぎ去ったのだ。来年の目標は研究成果を出すこと。つまり論文の生産だ。これを来年から集中してやり遂げる。ここに宣言しておこう。研究とその発表無くしては人類は発展できない。それが文系だろうと理系だろうと同じだ。特にマーケティングジャンルは学問的には未開拓過ぎる。これは仕事をしていないと研究も出来ないからなのだ。仕事をしないでマーケティングを研究するというのは、まず無理な話。従って実践的な仕事と研究は両方を同時に遂行せざるを得ない。
2021年12月27日 個人の能力と、適正時給と、可処分時間の黄金比
一般的に「幸せ」とは個人の能力を高め、それに応じた収入を得て、十分な可処分時間を保有していることである。これがサラリーマンだと毎日会社に拘束されるため可処分時間が著しく減ってしまう。そして適正年収の概念は一般的な能力を持つ人であれば雇う企業側から適正年収を判定される。一方で能力が高く自営で収入を獲得する者は自分の適性時給を知っている。そして必要な分を働いて獲得し、可処分時間を有効に活用できるのだ。日本人は歴史的にも間違った価値観や道徳観を学校で詰め込まれているため個人の適性時給を追求する考え方の人が少ない。能力を上げれば年収が上がると言うのは凡人には当てはまるが、能力の高い人は会社の内部留保に能力分が貯められるだけで搾取され続ける。従って自分の収入は自分で獲得する価値観が必要となる。また、それ以上のお金や資産を得たければ、お金を増やすための勉強を仕事以外でしなければならない。いくら仕事能力が高くても、それだけでは多くのお金を得て大きな資産を築くことはできない。せいぜい他の人と比較して少し多くを得るくらいだろう。多くの現金と資産はユトリをもたらし、下らない人間関係に怒りが湧くようなことが皆無になる。そして贅沢の源はお金ではなく「自分だけの時間」だ。私の場合、研究時間がそれに当たる。自分が求める仮説を検証するための研究をするのみ。資本主義的な利益追求の必要性は全く無い毎日となった。
2022年1月4日 仕事始め
本日から仕事の本格稼働を開始した。明日からはエンジン120%で動き出す。今日は色々なアイデアが湧き出てきた。アイデアとは勝手に沸き起こってくるものだ。何%が実現するか分からないが、実現しなかったとしてもアイデアが沸き起こったこと自体に意味がある。そしてその幾つかは有り得ないことに実現したりもする。また何年後かに実現する場合もある。仕事はいつでも緊張感を伴い、気が休まらないものではあるが一方で開始してしまえば気が晴れて乗って来る。今日は明らかにスタートした感じがする。そのせいで外出してアクティビティが上がっている。現在いつものカフェで書き込んでいる。欲しい本も複数冊書店で見つけた。この後におそらく買うだろう。とにかく良いスタートが出来た良き日である。
2022年1月29日 若者は若いだけで優秀
そう思っている。若いだけで優秀という意味を是非、若者達に分かって欲しい。この事実に気付いている人はどれだけいるだろうか。あまり聞いたことが無い話だが私の中では長年を通じた真実だ。若い人の感性、感覚、知識はその時に重要な意味を持つもので、それが数年間蓄積されて独特な価値観を形成する。年配者は経験や実績で若者を凌ぐ部分があるが、その優位性は年々少なくなり、劣化速度は加速している。年配者に求められるのは若者の感覚を出来る限りキャッチアップし、若者達とコラボレーションしたり、若者達に彼ら彼女らの素晴らしい価値を気付かせてあげることだ。先日テレビで、若者達の価値に気付き会社を起こしている頼もしい若者を紹介していた。それはギャルを大企業の会議にブチ込むというサービスだった。忖度0%のギャルたちをお堅い大企業の打ち合わせに派遣して柔軟な思考の打ち合わせを展開させるという素晴らしい内容だった。そこでは大企業社員の肩書などは関係なくギャル達からあだ名を付けられて打ち合わせがスタートするのだ。未来は限りなく明るい。
2022年1月30日 雪が降っている
寒い。雪が降り続いている一日だった。雪の風景は決して悪くないどころか、むしろ美しいと思っている。耐えられない程恐っている訳では無い。もし自分が南国の土地の大学教員になっていたらどうだっただろう。もう少し外出する生活を送っていただろうか。いや大して変わらないだろう。どこに住んでいても生活スタイルは変わらないと思う。ニュースを見ていると
北京オリンピックの話をしている。新型コロナ対策は大丈夫なのだろうか。パリオリンピックの話も出ていた。テレビの報道を観ていると支離滅裂な感じがしてしまう。
2022年1月31日 定期的なチェック
定期的に銀行口座やクレジットカードの使用状況、航空会社のマイレージなどが不正使用されていないかを確かめている。
クライアントとの取引情報も含まれるため不正アクセス、不正使用には厳しく目を光らせる必要があるのだ。すると某航空会社のマイレージのポイントが2019年に中途半端な数字で引き落とされており、しかもクアラルンプールへのチケットを購入してその後キャンセルになっていた。不審に思って某航空会社に連絡してみると、確かにWebからチケット購入し、その後電話にてキャンセルした形跡があると言う。コロナ出現の直前であるがクアラルンプールに仕事でもプライベートでも行く予定は全く思いつかなかった。そこで過去のブログを遡り、その近辺を探って思い出した。その頃、私は新規事業でスタートした子会社に出向していた。そこで急遽マレーシア出張が発生したのだが、ある理由で私は行かなくなったのだった。
2年以上前のことですっかり忘れてしまっていた。行かなくなった理由はとても想定外の事が起こって出向先から本社に戻る事となり、更には退職を決意するに至った出来事だった。それくらい当時は大ゴトだったのだが年月はそんな大ゴトすら忘れさせる。いや最近が忙し過ぎるのかもしれない。憶えておかなくて良い事は自然と忘れてしまうものらしい。
2022年2月3日 寒さ故、疲労もピーク
かなり疲れが溜まっている。疲れているから文章が出てこない。ここまで疲れているのは珍しい。尋常ではない忙しさだから仕方ないのだが、それにしても度が過ぎている。こういう時は、深呼吸をして暖かい飲み物をゆっくりと飲むのが良いだろう。このような自分の意志でコントロール出来ないようなスケジュールの2月は、自分の人生において2度と来ないと思う。
何故なら、そう思った事で2度起きた事は無いからだ。不思議だけれど。
2022年2月6日 長岡市長 磯田さんのブログで紹介される
長岡アオーレで実施中のイルミネーション事業が長岡市長の磯田氏のブログで大学紹介の流れで紹介されていた。
https://nagaoka.rulez.jp/designer-for-newworld/
色々な方々に観ていただいているようで、非常に嬉しく感じている。同時開催のフォトコンテストに関しても今後の応募が期待出来る。年度末まで実施しているので、気を抜かず、最後までベストを尽くしたい。大学でも大きなイベントである卒業研究発表をこの土日で実施している。これも大変な気合が入るものでエネルギーを使っているが同時に学生の魂からエネルギーを貰ってもいる。
2022年2月13日 卒研発表が終わり、卒展がオンライン開催
卒研の発表は一大イベントだが、それが無事に終了した。その準備の大変さはかつて味わったことが無い。複雑さと対応すべき量が半端ないのだった。オンラインでの卒展風景を動画でアップする作業も発生した。その仕事を学生達が非常に良くやってくれて感動したものだ。卒研幹事は今年までなので来年度のことを考えると何よりも先に浮かぶのは研究成果を出すこと。つまり論文を書くことだ。大学教員になってから2年間、初めてのことだらけで多忙を極めており、論文が1本も書けなかった。最終的に論文の成果に落とし込めなければ研究者としての価値はゼロのままである。一方で論文は書けなかったが学会活動はオンライン故に何度も参加することが出来、質問も良くしたものだ。そろそろ対面での学会が開催されそうで期待している。
2022年3月10日 ウクライナ、ザポロージェの記憶
ちょうど30年前のゴールデンウィークに私はウクライナに居た。私は26歳。友人を訪ねて行ったウクライナの都市はザポロージェと言う聞いたことの無い都市だった。それが現在、毎日ウクライナという名をニュースで聴き、ザポリージャの原発が攻撃されたとニュースが流れている。ザポリージャはウクライナ語であり、ザポロージェのことである。30年前の記憶は鮮明に残っている。私の知る限り、全くの別世界として理解できない程の国だったからである。滞在日数は11日程だったので、とてもその間に理解できるような文化、習慣ではなかった。そこで起きた幾つもの出来事は一生忘れられない事ばかり。一方で、まるで違う国でありながら日本人との共通点もあった。ウクライナ人達の厚過ぎるほどの義理人情、ホスピタリティは昔の日本かと思う位であった。そのウクライナがロシアに攻撃されている。今、自分があの土地に居たとしたらどうだろうと考えてみる。それが祈りのような気がしている。当時、ロシアに旅行する場合は滞在場所を指定して行かねばならなかったためモスクワ市内の国営ホテルを指定していた。モスクワのシェレメチェボ空港に到着すると友人のディアナが迎えに来ていた。ディアナ曰く、「これから電車でウクライナに行くわよ」と。私のパスポートにはウクライナのビザは無い。そのことを伝えるとディアナは私に着いてくれば良いと言い、私達は空港からタクシーに乗り戦後の上野駅の様なボロボロの駅に到着した。そこには片腕や片足の物売り達が使い古した靴や自宅から持ってきた食料などを売っていた。その時点で絵本の中の物語の様に事が進んで行き、現実感が色褪せて行った。異世界に入り込んだようだった。そして夜行列車に乗りザポロージェまで16時間の旅が始まる。私達は狭く薄暗い寝台列車のコンパートメントで向かい合い、ディアナはとりとめのない長い話をし、私はそれを延々と聴いている。夜中は寒かったが朝になり陽が昇るといくらか暖かくなってきた。更に陽が高くなると暑くなり眠気がやって来た。どれくらい経っただろう、ディアナも静かになった。すると突然、口の中に鉄の匂いがして暖かい何かが充満した。俯くと鼻から血が滴り落ちた。その時に電車の窓に見えていたのは下部が広がった巨大な円柱形の建造物が複数、つまり原子力発電所が聳え建っていたのだ。その原発は現役で稼働して湯気が出ていた。私を見たディアナは「ウクライナにはチェルノブイリがあるから私達は既に被爆している」と言う。稼働していたその原発はチェルノブイリではない別の原発だ。私は何故か、被爆の恐ろしさより放射能が国を超えて人々に影響することで地球との一体感を感じたのであった。その時の感覚を今一度、想い出している。
2022年3月17日 地震、戦争
長岡の夜中に地震が発生。その揺れ方、11年前の大地震と似ていた。当時、東京の電通本社で味わった震度5強、それと似た感覚の揺れと長さだった。震源地は福島沖、やはり11年前と同類か。ウクライナとロシアの戦争は終息に向かっているとのニュースあり。そうであることを願う。小学生の頃、テレビ画面にベトナム戦争風景が映し出されていたのを観て現実に戦争が起きていることを感じ、驚愕したものだ。それと同じ様な事が再び起きている。そしてこれだけテクノロジーが進んだ近代戦であっても現実の戦闘は古くからの地上戦がメインという不思議さ。全ては人間性ゆえ。生きている寿命の間にどれだけ人間性を高められるのか。プーチンの様な地位、財産、権力を得ても、戦争を起こしてしまうのは理解出来るものではない。
2022年3月31日 東京への出張など
年度末で忙しさは相変わらずだが、その中で東京ビッグサイトへAnime Japan2022を観に行って来た。久しぶりのリアル開催のため入場者はかなり多かった。広い会場を歩きに歩いて有益資料を獲得し、ヘトヘトになってしまった。しかしこのようなイベントは得るものが大きい。コロナ禍であってもかなり緩和されて出張が出来るのは助かる。大学での授業や研究に新しいインプットは必須だから。4月にはマーケティングEXPOがある。これも重要なイベントだ。行かねばなるまい。
2022年4月1日 過去、現在、未来
当たり前になったが世の中は途轍もなく便利になったものだと思う。そのような途轍もなく便利になったモノゴトは尋常ではない程存在している。ほんの少し事例を挙げてみる。昔は本屋があちこちにあって、本好きの私は漫画から雑誌から真面目な本まで良く立ち読みしていた。本屋に居ると2時間くらい過ぎてしまう。大学生の頃は大学までの途中に芳林堂と言う大型書店があり、そこで立ち読みして体力を使い果たし大学へは行かずに帰ることが多々あった。それが現在ではアマゾンのおかげで立ち読みという行為をするまでも無く自宅で寛いだ姿勢で試し読みが出来る。当たり前と言えば当たり前だが、本好きの私としては至福を感じてしまう。日常に潜んでいる細やかな至福、UI/UXは気が付けば沢山あるのだ。この現在が未来になれば更に便利で心地よいサービスが生まれるだろう。未来は明るいとしか思えない。そんな4月1日。春です。
2022年4月9日 出張で東京に滞在中
昨日は東京ビッグサイトでデジタルマーケティングEXPOに出張で参加してきた。予想通りに多くの出展社があり資料も大量に獲得出来て満足している。有益なマーケティングサービスがあれば、全く使い勝手の悪そうなものまであり非常に勉強になった。展示場は広大なので1時間半も歩き回りヒアリングをし、資料を貰い続けているとかなり消耗する。2時間は居られない。
これは毎度のパターンなので90分勝負になる。私のテーマであるメディアコンテンツの有効性とマーケティングツールを掛け合わせたサービスに関してはまだまだオンラインの中だけでしか出てきていない。つまりマス広告とオンラインマーケティングツールとの掛け合わせサービスは出ていないという事だ。やや似ているのはNTTデータのジオデータプラットフォームだ。
このジオデータプラットフォームはジオデータのみならず他のデータの掛け合わせも可能なのでマス広告とも連動出来る。
といった具合に非常に有益な出張だった。
2022年4月13日 履修登録
私が大学生の頃、履修登録は大量に登録して気に入った一部の授業のみ参加するスタイルを取っていた。20個登録して実際に出るのは2個。あとはレポートやテストの時だけ出るのが3、4個位だった。思い出してみればノートPCが無い時代だからレポートは手書きだったのだ。当時の教授達は手書きのレポートを見ていたから嵩張っただろうと思う。その当時の私からしたら長岡造形大学の学生は真面目で誠実極まりない。大学の課題をやり、バイトもして卒業制作をする。当たり前の事だが実際にやってみれば楽では無い事は直ぐに分かる。その価値は本人たちが生きている間に必ず帰って来るだろう。間違いない。
2022年4月18日 長岡造形大学生、君たちは凄い
私の知る長岡造形大学生の全てが性格が良くて真摯で、謙虚。それだけでも才能だと思うが、企画力、デザイン力、構想力、チームメンバーとの協調性などあらゆる面で舌を巻くほど優れている。この事実は毎日彼、彼女らを観察していなければ分からない。企業の採用担当者達が他の大学生と同じ並びで長岡造形大学生を観て、気付いてくれるだろうか?もちろん鋭い採用担当は分かってくれるだろうが。私は思うのだ。もし企業側の採用担当者が長岡造形大学生の凄さに気が付かなかったとしても気にすることは無い。学んだことや身に付けたスキル、素直な性格は誰にも奪われることのない財産だから。
それを持って、その後も磨いていれば、自分に相応しい場所や、人に出会える筈だ。私は企業側を信じるより学生達(未来)を信じている。学生達の方が企業側よりも正しい事を毎日教えてもらっている。良く聴く言葉で「長岡造形大学生は自己PRが弱い」と。私も当初はそう感じていた。が、そうではないんだと確信し始めた。本当の良い資質は簡単には伝わらないものだ。良いモノ(者)を見極めるにはそれだけ良いモノ(者)を知らなければ評価できないのだから。採用試験の自己PRで伝えられる範囲を超えた深さ、中身を長岡造形大学生達は持っている。企業側採用担当の許容範囲を超えている。この様子だと私自身がその説明のために学生と共に、彼、彼女らのために就活する日も近いかもしれない。冗談抜きで!!ただし、学生側が「先生止めて下さい!自分だけでやりますから!」と一言あれば素直に従うのみ。ああ、この私がもっと長岡造形大学生の凄さ素晴らしさ、とんでもない価値がある事を言いたいPRしたい。この気持ちで胸を焦がしている。
2022年4月19日 長岡造形大生の自己肯定感を高くしてあげたい
自己肯定感とは自己が肯定することなので、他人がどうこう出来る問題では無いのかもしれない。しかし、私は価値ある長岡造形大生に何としても自己肯定感を高く持って欲しいと思っている。長岡造形大生は外部のコンペなどに参加して受賞したりするのだが、それくらいでは自己肯定感を高く持たないくらい謙虚なのだ。私が自己肯定感を上げる催眠術を習得すれば良いかもしれない。長岡造形大生と自己肯定感の関係、これは卒研のテーマとしては十分にあり得るものだ。長岡造形大生はどんな時に自己肯定感を得るのか、あるいは失うのか非常に興味深い。これは研究しなければならないと思っている。
2022年4月27日 就活は早ければ早いほど良い。間違いない。
就活は1年生、2年生から開始すべきだと言うのが、最近の私の持論。間違いない。痛感している。忘れないようにここに書いておく。就活は1年生、2年生から開始するのが正解。大学時代に物凄く学んで優秀な学生が、就活でその力が発揮できなければ何のための学びか本末転倒。これは私自身に言い聞かせている。学生に言っているのではない。学生が自分達でそのことに気付く筈は無い。何故なら学ぶことやバイトに懸命だから。矛盾しているが仕方ないことだ。それを飛び越えるのは運だ。
もう一つ付け加えると、縁だ。この運と縁を使うにはスキルが必要になる。このスキルは、人に頼むことができるスキル。
就活に関する依頼ごとを人にして運や縁を手繰り寄せるスキル。単独で就活を頑張っていてもこれは身に付かない。そして運と縁を使えるスキルは社会に出てから猛烈に活きる。人に頼むことをしたことが無い、あるいは人に頼みたいが頼める人が居ないという状況を突破するには執念が必要だ。慶応大学の学生は慶応大学卒でない他大学OBにどんどんOB訪問を仕掛ける伝統がある。OB訪問は自分の大学OBにするものという常識を覆している。就活に人生がかかっていることを良く知っているのだ。
しかし都会の学生と長岡造形大生を比較するのは間違っている。長岡造形大生は都会の学生とは異なる良い資質を持っているから。素朴でガツガツしていない穏やかな性格は非常に良い部分だ。そこを損なわず無理をせず良い結果を出してもらうには教員がプレッシャーをかけないようにアプローチするのが良いと思っている。
2022年5月13日 学生の就活対応力
複数の学生から就活のES添削や面談対策の依頼が入ってくるようになった。ESにしてもポートフォリオにしても面談対策にしても準備すればしない場合より数段レベルアップして合格率が上がるのは間違いない。学生にアドバイスを与えると確実にレベルアップしてくるから大したものだ。長岡造形大生はやはり凄い。日頃の授業課題で鍛えられているためアドバイスを理解して反映させる能力が高いのだ。アドバイスをして期待通りに、あるいはそれ以上に返してくるのには手応えを感じる。きっと仕事をし始めたら、仕事ができるようになるんだろうと感じさせてくれるのだ。頼もしい学生達である。私のミッションはひたすら彼、彼女らに対して可能な限り有益なサポートし続けること。
2022年5月22日 シン・ウルトラマン
テレビ番組でウルトラマンをリアルに観た世代として、映画「シン・ウルトラマン」は5点満点中5点。私にとっては鬼滅の刃の続編にすら思えた。非常に哲学的なテーマが背景にあり現代の世相も反映していて考えさせられる。Tジョイが今までで最も混んでいた。並んでいる人の言葉から鬼滅の刃の時よりも混んでいるとのこと。凄まじい人数だったがシン・ウルトラマンは事前予約をしていたため良い席を確保できた。鬼滅の刃の時は不覚にも号泣してしまった。そして今回も想定外に泣いてしまった。ウルトラマンの生き方に共感してしまったからだ。それと科学特捜隊の基地に今は解体されて無くなってしまった旧電通本社が使われていた。旧電通本社は昭和42年に完成したからウルトラマンや私と同じ世代だ。懐かしい部屋のキャビネットや屋上の風景などがノスタルジーを感じさせてくれた。不夜城の旧電通本社とウルトラマンは似合い過ぎるくらい似合っていた。ウクライナとロシア、コロナが続く中、ウルトラマンに出てくる怪獣より現在のリアルの方がフィクションのテレビ番組や映画より恐ろしい。怖がりの私は本気で毎日が恐ろしいと感じながら生きている。長年マスコミに携わり本質を知っているだけに真実を知る人間は極一部しかおらず、それを知らないのであれば自ら調べたり、直感でおかしいと感じるしかないと理解している。皆が同じ行動を取っている状況は非常に危険な状態なのだ。映画の「シン・ウルトラマン」は正しいことを言う大人が居るというメッセージが込められていたと思う。正しいことを言う大人にならなければならない。
2022年5月26日 来年度のゼミ、研究室、就活体制の準備
モノゴトは早い準備に優るものは無い。という点で来年のゼミ、研究室、就活対策を現在から準備する。長岡造形大学に来てから3年目となり、色々と分かってきた。学生の気質も少しは理解できるようになり、何が最重要かと言うと大学や教員による「早目の準備」に尽きるということ。世間の速度と長岡スピードが違うため(特に就活速度)それに追いつき、越えなければならない。業界研究は2年生の前半から開始し、インターンは2年生の後半から始めるのが良い。学生時代からデザインなど実際の仕事を自分で請け負っている学生は面接にも強い傾向があることも気付いた。つまりバイトではなくインターンでもない企業と連携した新手の就業機会を複数回(1回では足りない。何故なら1回に影響を受け過ぎる可能性が有る)学生にもたらすことが大切だと痛感した。そこで得られる実績やポートフォリオを蓄積することができれば良い。大学ではキャリア関連の委員会に所属していることから私が「早目の準備」をしなければならない。積極的に業界セミナーや広告関連業界の就活に特化したゼミの開催などを考えてみる。
2022年5月27日 学生の声から学ぶ
学生とのコミュニケーションから学ぶことが沢山ある。最初の学びは学生の質問から始まる。この質問に答えようとするところから私の学びが始まるのだ。質問はリクエストという形を取る場合もあり、これに応えられるかどうかも私の学びになる。
また学生が声を発していない無言の時にも、それを察することが学びとなる。無言の空白にもメッセージはハッキリと詰まっている。歩み寄るべきは私からであり学生は私に気を使わないで欲しい。学生は自分に懸命でさえあれば良く、自分に都合良く時間を使って私を活用すれば良いのだ。学生を理解しようとすることが私の仕事でもある。学生への理解は簡単ではない。彼、彼女らのライフスタイルを理解しなければ思考や行動の意味が分からないから。そういった話を自らしてくれる学生もいる。その話を聴く度に驚くのだ。多くの学生は表面的に見えている部分とは全く異なる内面を持っているから。それに気付くと私は全く学生のことを理解していなかったと痛感する。長岡造形大生たちは同じ空間で同じ授業を受けていることから共通点が多い人たちではあるが、個々の個性は強烈に異なっている。個性に対する理解は慎重でなければならず尊重も必要だ。私の人生の中で学生たちとの対話、議論ができることはかけがえの無い貴重な時空間。授業の合間に幸福を感じて眩暈がする瞬間が幾度もある。幸福の理由はそこにいる学生たちとの貴重な時間には限りがあり、そこでされている対話、議論に自分の生きている証を感じるからだ。
2022年5月31日 5月の終わり
5月は気持ちの変動が激しい月だった。激流と言っても過言ではない。しかし激しい月を越えれば楽になる。6月は穏やかで落ち着いた日々になると予想している。毎年6月は私にとって最も素敵な月だった。今年もそうなるだろう。あと今年の後半に期待したいのは海外旅行だ。封印されたことによってどれだけ海外旅行できることが素晴らしかったかを痛感している。また海外旅行に行けなくなり国内旅行の回数が増えたことも知らない日本を知る良い機会になった。仕事でも地方のクライアント企業の仕事が増え、これも現在進行形で非常に勉強になっている。昨年6月の日記を読み返してみると現在とは全く異なる仕事をしている。クライアント企業の顔ぶれもかなり違っていた。そこからクライアント企業数を増やしたいと考え、それは実現している。仕事上1年でかなり進歩したがその先の成長は現在とは違うステージにしなければならない。サロン形式のコンサルティングでクライアント企業数を圧倒的に増加させることが次なる目標だ。
2022年6月2日 大地震の夢
夢を見た。おそらく東京のシチュエーション。自分の住んでいるマンションとは違うマンションに住んでいて、そのマンションが地震で傾く夢。窓から見渡すと他のマンションも傾いたり倒れて行くものまであった。割とリアルな夢だった。首都圏での大地震は起こると言われて久しいが、いよいよ来るのか。何が起こっても不思議はない。心の準備は出来ている。6月は長岡に住み始めた月。今年で3年目に入る。まる2年長岡に住んでいる。6月は良い季節で散歩をするだけで気分が良くなる。今日は朝から映画を観に行く予定。既に予約済み。→そして実際に観に行って来た。最近映画館で映画を観ると泣くことが多くなってしまった。今回の「トップガンマーベリック」は今年最高の映画と言えるだろう。主人公の人生ピンチの場面で決断して取った最終行動の場面に感動して泣いてしまった。まあ他にも泣くべきポイントは数か所あるのだが自分で自分の人生を切り開く決断と行動のシーンは、その命を懸けている映像に震え上がり泣いた。映画と共に人生はあり人生は映画と共にあると言って過言ではない。壮大なスケール感と前作からの時代を超えてやってきただけの奥深い映画だった。
2022年6月3日 仕事、職種、人種
仕事が人を作り、職種によって人は見分けられる。2006年頃だったか休日にとあるカフェで銀座を歩く人々を観察していたことがあった。歩いている人の年齢、恰好、雰囲気、性別などから銀座に来た目的など一瞥して想像してみる訓練だ。企画をする人間としてはターゲットのプロファイリング能力は非常に重要なスキルでありマーケティングそのものだ。
当たっているか否かは分からないが毎週続けていると分かったような当たっているような気がしてくる。
慣れると一瞬で分かるようになる(気がする)。
ある週末の午前、いつものようにカフェで10時から12時の昼前まで大きな窓から銀座を行き交う人々を観察していた。すると前にも同じカフェで見かけた20歳前後の女性が、やはり私と同じように窓近くの席から銀座の往来を見つめている。スラッとして背が高く透明感のある横顔が見える。モデルさんか?と思ったが、モデルがここまで真剣に長時間人間観察をすることはない。自分に最も関心を払っている人種だからだ。だとするとカメラマンか?カメラのアシスタントか?それにしては若いし休日に呑気に過ごしていられないだろう。斜め後ろから見ている私からはハッキリと顔立ちは分からないがハーフにも見える。海外暮らしが長いと読み取れない場合がある。店定番の和栗モンブランを頼んでアイスコーヒーを飲んでいるのは私と一緒だった。やはり目的は人間観察で頭の回転を良くするための糖分をモンブランで取りブラックのアイスコーヒーで長時間集中力をキープしている。とても軽装で飾り気の無いファッションはこれからデートではない。もしかしたら10代かもしれないが年齢の割に間違いなく大人びている。真剣な眼差しは何か仕事をしているプロで、そのために人間観察が必要なのだろう。広告会社などのマーケッターであれば調査データからターゲットを想像するし、せっかくの休日に仕事まがいの人間観察をする筈が無い。私はと言えばクリエイターとマーケッターの珍しいハイブリッドゆえ、休日の人間観察を自らに課す40歳変人サラリーマンであった。一方その女性は20歳前後。普段はどんな音楽を聴いているのだろう、と眺めているとFayrayの「Baby if,」が聴こえてくる気がした。私からレーダー波が出ていることを察知してか女性はスッと席を立って会計を済ませると出て行った。勘も鋭いし身のこなしも素早い。クノイチの様な不思議な女性だった。それから1年くらい経ち、私はとっくに休日の人間観察は止めていた。その頃テレビで若手大物俳優の結婚報道がされていた。驚いた!テレビに映っていた若手大物俳優の結婚相手の女性が、あの時のカフェの女性だったのだ。女性は当時デビューしたての女優で既に映画出演も果たしていたが私は知らなかった。
2022年6月4日 週末の仕事場
先週末は越後湯沢に居たが今週末は東京お台場ヒルトンが週末の仕事場となる。
東京が一望できるこの場所は東京湾を航行する様々な船が目を楽しませてくれる。カラフルな水中翼船が2隻水しぶきを上げながらやって来た。あるいは大型の貨物船がゆっくりと入湾して来る。船名が判ればどの国からどのような航路でやって来たか調べることができる。ただし肉眼で船名を判別することが難しいため単眼鏡を持ってくれば良かったと思う。休息と仕事の両方を交互に実施できるこのような場所は貴重だ。テレワークが一般的になった結果、割安の週末ホテルプランも一般的になり経費での活用が進む。良いことだ。
明日は早朝散歩の後、朝食を取り一仕事する予定。世の中のニュースとしては林真理子さんの日大理事内定が気になる。
2022年6月5日 お台場ヒルトンのマーケティング的失敗2点
部屋と週末プランの値段設定は良かったが、ホスピタリティの失策が2点。これは大いに痛い点だった。この2点が修正されない限りせっかくの資産(ホテルの造り、環境)があっても宿泊候補に入らなくなる。第1に強烈に悪い印象はホテルのWifiが無く、無料でWifiを使うには登録が必要になる点だ。即座に快適な滞在を求めて来る客に対して最初に登録を促すというのはとんでもない。それは登録会員数を伸ばすノルマを持った担当者の存在を感じさせる最悪施策だ。私の場合どの場所にもポケットWifiを持参するため問題は無いがヒルトンの出会いがしらのWifi問題には驚いた。そして最後に、まあ快適だったと気持ち良く
チェックアウトを済ませた客に対してアンケートの依頼をするスタッフが待ち構えていた。その目的はタイムシェアサービス説明会への勧誘だった。満足して帰ろうとする客に対して最後にホテル都合の営業をかけるとは、これまたホスピタリティ
精神が崩壊している。このように到着直後に入口にWifi登録を促すポスターを掲示している点、最後にアンケートと称してタイムシェアサービスの勧誘を行う方針は最初と最後で最悪の印象を与える内容だった。
その2点とも担当者のノルマ達成都合によって客の時間と気持ちを奪う内容であった。素晴らしいサービスは逆に客の素晴らしい時間を増やし、その後も想い出して楽しめるものなのだ。部屋が素晴らしいだけに運営方針が酷いのは残念。ホテルのホームページから改善点としてお伝えしておこう。→何と!ホームページにメッセージを受け取る仕組みが無い!初めから聞く耳を持っていない構造になっている。ある意味納得した。顧客都合を配慮しない方針だと良く分かる。つまりホームページを見て顧客からの意見を受け付けないようになっているホテルは要注意ということだ。
あと1つ残念なことは、誰かのノルマ達成のためにタイムシェアサービスへの勧誘をする若手社員さんだ。会社の方針だからと言ってチェックアウトを済ませたお客さんに声をかけ、嫌な思いをさせてしまう役目を実行してしまっている。若手社員に間違ったことをさせる企業、組織、上司を幾つも見てきた。これは大人が未来ある若者を使って自らの立場を良くするために起こること。若手社員は自分で気が付けるだろうか?そしてそれを拒否出来るだろうか?このような勧誘は間違っていると言える若手社員になれるのだろうか?ヒルトンのように名のあるホテルや一部上場企業であっても合法的に強引な勧誘を行っている場合は多々ある。合法であれば良いのではなく「人としてしてやっていいか、否か」なのだ。これは学生が社会に出た時に出くわす壁となるだろう。会社が求めるノルマが顧客に対して「良いものか、否か」を自ら判断し、反論できるかという点。これは間違いなく新人であっても反論できなければならない。でなければ一生、誰かのノルマに従い自分もそれを繰り返す人になるだろうから。新人であっても会社に意見が言える人間は居る。実際にそのような新人も数人はいた。その人達は
タイミングを見て変わらなかった組織に見切りをつけ自ら出て行った者と、長期間会社と交渉し、粘りつつその間に社内に
見方を見つけ快適に仕事をする環境を獲得した者がいた。自分の生き方が仕事に直結し、仕事が自分の生き方を決める。
だからこそ他人(会社)のノルマを簡単に受け入れるような人間になってはいけないのだ。それが上司であれ先輩であっても、だ。自分の考えはどうなのか自分に問うてみれば、自分がどの程度の人間かハッキリする。生活するために企業から給料を貰い上司からのノルマを受け入れるのが当然だとすると、企業や上司が間違っていた場合に自分も簡単に間違ってしまう。
他人のせいにして生きている人はそれが都合良く、心地良い。悪いのは企業や上司だとして自分を振り返らずに済むから。
恐れるべきは上司や企業の指示、命令ではなく、それらに対して何も考えを持たずに従ってしまう自分なのだ。
そう、新入社員や若手社員は、自分が最も恐ろしいと気付くことが大切。出来るだけ早いうちに。
2022年6月14日 6月がビュンビュン過ぎていく
早回しで毎日が飛んでいく6月。しかし週末はゆったりと過ごせている。コロナはどうなって行くのか。そろそろ夏休みが見えてくるが海外旅行も解禁気味で気になるところだ。一方でウクライナ、ロシアの戦闘は続いている。クラスター爆弾?とんでもない兵器が使われている。同じ地球なのか、同じ人間なのかと思う。大学のキャンパスの目を向けると、そこは天国のようだ。天気の良い日は特にそう感じる。芝刈り機によって刈られた芝草の香りが漂い薔薇園には何種類もの色の薔薇が咲いている。教室では自由に意見を言い交わすことができる。この風景を存分に眺められるのは、間違いなく幸せというものだろう。爆弾は落ちてこない。この日本にいつか爆弾が落ちる日が来るのだろうか。
2022年6月19日 美大生とマーケティング
経営学部などでマーケティングを専攻していない学生にとってマーケティングは難しいものに映るようだ。いや難しいと言う前に馴染が無い、薄い。1回でも社会人となって商品やサービスの販売に関わった経験があれば多少はマーケティングを感じることが出来るだろう。マーケティングを実施する担当者とそのポジションには大きな権限と予算が割り振られるため、それなりの知識、経験、実績が求められる。つまりその道に進まなければ触れにくいジャンルなのだ。しかしどの部署であれどの職種であってもマーケティングを知らずしてビジネスをするというのはナンセンス極まりない。このリアリティをマーケティング専攻でない学生に伝えるのは簡単ではない。美大におけるマーケティングのあるべき姿を模索中だが結論は出ていない。
教養としてのマーケティングであれば実施しているし、これで良いのかもしれない。就活とマーケティング知識を接続させることもかなり難しいものだ。あまり深入りすると自分を見失せてしまう可能性もある。私と学生の温度感の違いは意識しなければならないだろう。私自身マーケティングに携わり出したのが電通時代の晩年であったのを忘れてはいけない。それくらい後期に入ってからマーケティングの重要性に気付いたのだから。
2022年6月21日 ガブリエル・シャネル展(出張)
三菱1号館美術館にて「ガブリエル・シャネル展」が開催されている。そこへ出張で行ってきた。私の目的はシャネルのマーケティングがどのようなものだったか、ファッション作品から読み解くこと。そしてその目的は当時のファッション作品が多く展示されていたためとても良く分かった。経営学的に言えばシャネルの戦略は凝り固まった女性ファッション市場に革命を起こしたブルーオーシャン戦略である。
シャネル本人は当時の男性主導型の社会、ライフスタイルへのアンチテーゼから作品制作をしていたことがブルーオーシャンを切り開くことになった。驚くのはブローチ、イヤリング、ブレスレット、ネックレスなどの宝飾品が大きいこと、そしてイブニングドレスにはラメ入りの生地を使用していてかなりの煌びやかさを演出している。当時は照明が少ないとか光量が多くなかったせいか光物をインパクト出すために多用していたのだろう。他にもシャネルの多くの仕掛けを見つける楽しみがあった。時代が変わっても男性が女性のファッションを見つめる視線には変わりが無いらしく、シャネルは男性視線を誘いつつ女性の肌を直接ではなく間接的に一部見せる造作をしていて見事としか言いようがない。あくまでもエレガントな演出は男性に対して異性を感じさせるだけでなく、美を感じられるかしら?という挑発、挑戦にもなっている。女性から男性へ見せつける戦闘服が途轍もなくエレガントなドレスなのだ。一方で働く女性のスーツも素敵だった。1つだけ疑問が残ったのは、胸の大きな女性に似合う服がシャネルには無いこと。これは更なる調査に値すると思う。
2022年6月23日 シャネルが頭の中に居座っている
昨日の「ガブリエル・シャネル」展が非常に良かったせいかシャネルが頭から離れずに今も語りかけてくる。特に何点かのイブニングドレスと、仕事のスーツからはシャネルの企てがハッキリと見えた。メッセージは作品が残る限り発信され続けている。特に魅了されたのはシャネルにとってのセクシーさとは、男女間の性から独立した孤高な女性の媚びない「美」。
それを見た男性は孤高の「美」を知る女性に敬意を払う。シャネルは男性にひれ伏して欲しかった訳ではないだろう。対等に在るために設計された「美」を両性に対し、共に分かって欲しく作り続けたのだ。そしてシャネルのクールセクシーが実は最もセクシーなのでは?と時間差で解り出す。三菱一号館美術館のUI・UXも素晴らしかった。かなり暗い展示会場だったが、それはドレスをピンポイントでライティングして直接見せる場合と、鏡の様なブラックパネルに反射させて間接的に見ることを可能にするためだった。ブラックパネルに映し出されたドレスやスーツは実際にそれを着た人々がそこに佇んでいるように見える。つまり直接見るよりも間接的に見ることでリアリティが増す演出になっている。WebのUI/UX設計者は美術館の展示を参考に出来るだろう。
2022年6月26日 広告学会 関西部会@関西大(出張)
土曜日には広告学会へ出張で行ってきた。母校の東大大学院学際情報学府で教員をされていた水越伸先生の報告発表が特にタイムリーに気になるテーマで参考になった。日本マス・コミュニケーション学会が日本メディア学会に名称変更した話には、他にも名称変更した団体、組織の事例や今後も名称変更する団体、組織を考えさせられた。カンヌ国際広告祭は10年以上も前に“CANNES LIONS International Advertising Festival”から、“CANNES LIONS International Festival of Creativity”に変わっている。必要とされるクリエイティビティが広告フォーマットだけで語られるナンセンスが既に起きていた。メディアやプラットフォームが増え続けると人間の課題発見、解決能力はメディアやプラットフォームに固定された様に振舞うのではなく、流体の様に移動していく。転職もその一つだし、副業もその形態だろう。一方でクリエイティビティを必要としなかった新聞の様なメディアは流体の様に他へ染み出して行く動きをやり切れない状態にあると思う。メディア論、マーケティング論、消費者行動論といった一連のコミュニケーション論系のテーマは学問として非常に難しくなっていくと思われる。私自身それに毎日晒されており、電通社員と大学院生をしていた当時と同じような感覚を、現在の大学教員とコンサルティング業をしていて再び感じている。これは宿命なのか。そのせいか年に2、3回見る単位が取れずに大学院の学位が取れない夢を見た。目が覚めると大学院は修士は得たが博士は取れなかった事実が残っていた。
↑最近のホテルはエントランスロビーに近代アートを設置していて非常に良いと思う。
2022年7月10日 リアル広告Expo
東京ビッグサイトにてリアル広告Expoに出張(7/8)
毎回出張では最新のテクノロジー、商材、サービスを確認しているが、今回も収穫が多かった。世の中は常に進化していると実感させてもらえるのがこのような大規模展示イベントである。しかも参加費は無料。かかるコストは交通費と時間だけなのだ。ビジネスを学ぶには学ぶコストを極力下げてスピード感を持ち、仕事をしながら自然に学ぶことが重要。
そして学ぶだけでなく視野を広く考え方の柔軟性と、行動力を伴う働き方が必須となる。一つの場所やビジネスに留まっていては進化できない時代だ。転職は益々盛んになるだろう。良い会社に転職するのではなく、良い自分になるために転職する時代である。つまり自分をカスタマイズするために仕事を活用するのだ。所属する会社や組織のカスタマイズのために自分を活用している場合ではない。自分で自分の給料や時給を決められる個人にならなければ搾取され続ける人生になってしまうからだ。
今回のリアル広告Expoでの見どころは、テレビCMの民主化が進んでいたこと。まだまだテレビCMの活用方法を中小企業が理解するには時間がかかるだろうが、そのサービスを提供する側は盛んにブースを設けて説明を開始していた。おそらく2年後には一般化され始めるだろう。私の研究、仕事など実践領域もその頃には佳境に入って行くと思われる。
面白い時代になってきた。やっとテレビCM2.0時台に突入する感じになって来た。
2022年7月19日 2023年への仕込み
仕事も研究も来年を見据えて準備が必要である。この7月は特に2023年の準備をしている。新しい授業の準備や研究テーマの見直し、そしてコンサルティングの手法など全てを刷新する。最も力を入れているのは、無駄を省き生産性を更にアップさせること。新しい仕事や研究の話は常にあり、ありがたいこと。気が付けば8月も見えてきた。最近の大ニュースは安倍元首相の銃撃事件で、その実行者の生い立ちがテレビで報道されている。同じ日本で暮らしているが、確かに自分と直接関係は無くても犯人の犯行に至った気持ちは想像が出来なくはない。日常には色々な人達の様々な思惑が満ちていると考えると恐ろしいものだ。私は残りの授業を全力で実施するのみ。やり切って夏を迎えたい。
2022年7月27日 気が付けば7月末
毎回驚いてばかりだが、長岡造形大学の学生は非常に頭が良い。どういう頭の良さかと言うと、想像力(人の話を聴いて知らない事象、場面を思い浮かべて理解できる)だ。その理解力の根底、理由には意志の強さがあると学ぶことが出来た。日頃の課題への対応力から鍛えられているのだ。が、それにしても中々凄いのである。私のテーマである美大におけるマーケティングの在り方に対しても意見を持っている学生がおり、その指摘は胸を抉られるほど核心を突いていた。私としては教養としてのマーケティング授業を実施していれば良し、といったことで一応自分の正解としていた。しかしその学生の指摘は違っていた。もともとの美大生として企画力やデザイン力がある上にサブの力としてマーケティングの知識、ノウハウを得ることの重要性を分かる学生が長岡造形大学には居る筈なので、それらの学生を掘り起こして育てるのが私の役目というもの。
全くそうだと恐れ入った次第。ありがたい指摘であり感謝しています。本当に学生から学ぶことが多い。まさか、このような指摘を受けるとは想像を超えていた。大きな指摘なので忘れないように書いておこう。
2022年7月29日 前期の授業が終わった。
長い前期の授業が終わった。長いとは思うが振り返れば短いとも感じる。いろいろなことがあった。自分でも良く突っ走ったものだと思う。毎日は奇跡の連続で素晴らしい日々だ。本当に毎日を当たり前と思えないような価値ある毎日だ。
日々、自分のアップデートに繋がっている。再びコロナの蔓延が騒がれている。いつまで続くのだろうか?
この後の大きなイベントとしては3年ぶりの長岡花火があるのだが、私は観ることになるのだろうか?
この前期の終わりに伝えておきたいこと、伝えておくべきことがある人はそのメッセージを届けようとする。
作品もその評価の時だけではなく再び目の前に展示されて現れる時がある。
それらの作者が生きている様に課題のレポートや作品にも意思があって、また見てもらいたいとやって来る。
あるいはそのレポートや作品の存在は聞いていたがどういうものなのかと、こちらが気にしていると不思議なことにそれを
目にする機会が生まれる。頑張っている誰かの意志は、巡り巡って人づてだったり、分身のレポートや作品となって伝えに
来るものだ。そのようなことが立て続けに起きている。
2022年7月31日 オープンキャンパス
写真は9月に行われる「大学祭」の看板だが、現在オープンジャンパスで訪れている人たちに向けてのもの。猛烈な暑さの中、多くの高校生達やその親の方々が来てくれている。
長岡造形大学の人気が高いことを実感している。
と同時にこの大学の世の中に対する役割も感じる。
それを見ておくこと、どういう学生が何を想って受験し、
実際に入学してくるのか見届けなければならない。
今回のオープンキャンパスは対面で行われている。
私にとっては初めての対面オープンキャンパスだ。
真剣に作品を見入る学生達に未来を感じる。
暑さに負けない情熱がある。学生にも大学にも。
気が付けば7月末日。ニュースによると今日が最も暑い日らしい。
2022年8月2日 東京都現代美術館 ジャン・プルーヴェ展
20世紀初頭に活躍した建築家であり椅子のデザイナー、
ジャン・プルーヴェ。椅子を造ることと家を造ることは同じという。構造こそがデザインを決めるとのことで、私は彼を
骨の建築家と名付けたい。彼の作品も素晴らしいが東京都現代美術館も素晴らしい施設だった。途轍もなく暑い夏に
ジャン・プルーヴェに浸ることが出来た。作者が亡くなっても作品は語り続けている。思想や心構えは人々の心の中に生きて行く。会場には多くの若者が訪れていた。アートとは無くても生きていけるものだが、私にとっては無くてはならないもの。日常にはアートが必要なのだ。ゆとりや遊び、そして何よりも追及する自由と情熱が生きていく上でのエネルギーである。今日は長岡花火の日。しかし私は出張で東京だ。
それはそれで良いと思える夏の日である。
2022年8月5日 人に対する理解、尊重
最近は学生だけでなく、教員にも気付かされることばかりだ。長岡造形大生は頭が良くシッカリ者が多いので、私は完全に彼、彼女らを一人一人の大人と見なして対等に接してきた。しかし、それも程度問題だなと感じることがあった。他の先生が最近学内で学生達とスイカ割りを楽しんだという話を聞かせてくれ、写真も見せてくれた。学生達は大人としての顔だけでなく大学生らしい青春の顔付をして写っていた。それを見た私はこう思ったのだ。彼、彼女らを一人の大人として接するのは
私が大人だから私にとっては都合が良いが、学生にとっては緊張の連続だろう。頭も常にフル回転Maxでは疲れてしまうだろう。学生を大人だと思い過ぎていた自分を反省。学生にはもっと気軽に接することも重要だと思う今日この頃。
自分自身がまだまだ変化しなければならないと痛感する。
2022年8月6日 マンガ、アニメなどコンテンツと若者の人格形成
学生と接していると彼、彼女らが日本の世界に誇る文化であるマンガやアニメの影響を多大に受けていることを強く感じる。海外からの留学生はその流暢な日本語を駆使できる理由がアニメ好きから派生した日本への興味からだ。それが嵩じて
日本での就職に繋がり日本で人生を歩むことになる。かく言う私も(というか日本人であれば多くが)小中高大学まではマンガに浸り続けていた。社会人になってからも広告クリエイターとして興味の有る無しに関わらず様々なマンガや映画、アニメ、音楽を鑑賞していたものだ。マンガの世界は映画以上に空想度合いが増すため、脳内妄想領域の活性化を促進する。
クリエイターの大半はマンガ好きであると言っても過言ではない。その妄想の天才達がマンガ家であり、その天才達を生み
出す世界一の国は間違いなく日本だろう。音楽や映画では韓国の勢いが凄まじいが、マンガに関しては断トツの世界一だ。
私自身がマンガの助けを借りながら学生時代を乗り切ったと思っているくらいだ。勿論、時代は昭和なので文学の力も借りていた。文学では川端康成などの古典文学小説を殆ど全て読んでしまった。高校生の私が川端康成というノーベル文学賞作家の小説にも俗人的なものが幾つもあり、案外理解出来るなと思ったことと、やはり大人の感覚は分からないと思ったことが懐かしい。影響を受けたマンガはブラックジャック(手塚治虫)、うる星やつら、めぞん一刻(高橋留美子)、パタリロ(魔夜峰央)、エリート狂騒曲(弓月光)など受験勉強中に大いに気晴らしになり、それどころか人格や価値観まで影響を及ぼしていたと思う。女性作家が描く女性と男性作家が描く女性のキャラクターの違いを追求したくて少女漫画誌の「りぼん」を購読していたことも今となれば笑ってしまう。ところが、牧歌的な昭和のマンガ文化は平成でとんでもなく進化し、私のマンガ好きレベルでは追いつけないくらい現実から懸け離れた空想レベル(描き方含む)の構想力肥大マンガが次々と誕生する。
もう追いつけない。衝撃的な作品を挙げればキリが無いくらいだが、寄生獣(岩明均)はマンガと知りながら現実的な恐怖を感じた。テーマの本質も深い。夏目漱石や森鴎外の古典文学を読むことの重要性、それを語り合うよりも、感性や価値観を
拡張したマンガを媒体にして人と人が語り合うことの深さを考えると気が遠くなるくらいだ。進撃の巨人(諌山創)、GANTZ(奥浩哉)、シグルイ(原作:南條範夫・作画:山口貴由)、以降は追いつかなくなった。映画化された東京喰種(石田スイ)、仕事上必要だったので読んだ、働く細胞(清水茜)などなどまだあるが・・
マンガやアニメはオタクという限られた文化やコミュニティでは普通に語られるのだろうが、一般的なコミュニケーションでは他人の好みがどうなのか測りかねるので気軽に出来ない。本当は感性や価値観が違ったとしても、その違いを互いに話し合えたら、どちらにも大きな理解が生まれるのだけれど。これに気付いたのは海外の方で日本のマンガやアニメ好きの方々が気にせずオープンに、このマンガが好きですとか、推しキャラの恰好をしていたりする姿を見て私が知らなかったマンガや作者を知ることが出来たこと、海外の人々の人となりを早く理解することが出来たという経験があるからだ。外国籍の方々を日本語ペラペラにするまでの影響を与えるマンガやアニメは素晴らしい。だから今後も新しいマンガを読まなければならないと思っている。全く出来ていないが、たまには。実はこのテーマ、自分が出来ていないから放置していたが最もマーケティング的に難しい若者達、Z世代を理解するためには、マンガやアニメといったコンテンツ文化軸を2000年以降時系列的に学び、調査
することが正解だと確信している。
何故Z世代の理解が難しいか、それは*現実の消費世界をどれだけ見つめても、若者達の内面や脳内を知ることは出来ないからだ。男性誌も女性誌もアプリを介しては男女関係なく自由にアクセス出来る。マンガやアニメなど空想妄想コンテンツの世界は若者達が脳内でその世界を構築、拡張し、その中で生活することを意味する。と同時に若者達は本当の現実世界と共存することになるのだ。物理的な時間は変わらないので現実世界にだけ生きている人間と、両方を生きる若者達が現実世界でコミュニケーションしていると両者の間に価値観の歪みが生じる。このギャップは大きくなることはあれど決して小さくならない。特にデジタル世代の若者は現実世界とデジタル妄想世界の両方を行き来することが必須となるため、その調整は楽ではない。だからこそ、この歪みの存在を理解し、想像力を持って若者達とコミュニケーションして行きたいと思っている。
*このテーマは私の最大のテーマであるマーケティングと対をなす必須テーマに他ならないのでいづれ詳しく書くつもり。
2022年8月12日 空想力、妄想力、クリエイタータイプの理解
人は頭の中で考えている事の何%を現実世界で話しているだろうか?私自身の感覚ではせいぜい1%~3%だ。人々に話せる内容ではないもの、話しても理解されない内容が97%~99%あるという事だ。
人によっては20%とか30%の場合もあるだろう。中には考えている事の大半を話しているという人もいるかもしれない。
人とコミュニケーションを取る場合、互いに理解するために話すので、自分独自の感覚や独自の世界観を話すことは無く相手との共通領域、つまり中立地帯で話すことになる。空想力、妄想力が強いクリエイタータイプは脳内の自分領域が広大で多くの物語を持って(創って)いるため、そこでの語彙力、表現力の豊富さと、現実世界で使用する語彙や表現力にギャップが
生じる場合がある。現実世界ではマナー良く丁寧な言葉遣いであっても空想世界では乱暴な口調だったりするのは当たり前。
ここでクリエイターとオタクの違いを述べておこう。クリエイターはオタク要素も持っているのだが、オタクの様にオタクであることを公言してオタク同士でコミュニケーションを取ることをしない傾向がある。何故ならオタクはクリエイトされた
モノゴトを摂取する専門だがクリエイターは(有名、無名共に)作品などを創造する時間が必要で、物理的にも忙しい。
クリエイターは自分の創造世界の話をすることが自分の内面を晒すことになると感じて話さないし、話したくないのだ。
更にクリエイターは独り深夜に空想力、妄想力が炸裂するので夜は長く、睡眠時間は極端に少なくなる。
そのように内面を知ることが難しいクリエイタータイプではあるが、普段の会話の中にクリエイター自身が広大な精神世界で使用している言葉(キーワード)や口調が必ず出現してその人の本質を伝えてくれる。
私が勤めている長岡造形大学の学生はクリエイタータイプが殆どなので、かなりの学生が上記に該当すると思われる。
20年前後生きている彼、彼女達のコミュニケーション手法は千差万別だが、対面で話す時に得られる数%の情報でも、そこに本質が出ている事が多い。20歳前後とはいえ、その個人の内面世界の広大さはコンテンツや情報が溢れている現代に生きているだけに昭和世代とは比較にならない程広大なのだ。そして彼、彼女達にとってリアルタイムでは現実の情報処理で手いっぱいとなるのだ。その忙しい学生達を理解するには、本人の発言を良く聴く事しかない。
2022年8月13日 食べる、ということ
生きるために毎日必ずしていること、それは食べること。空気を吸うことの次だ。当たり前のことだが、毎日食べることは
毎日寝ることと同じレベルで最重要項目だ。脳は腸であり、腸は脳でもあるというくらい食と脳は連動している。思想、思考、発想は腸と脳のコラボから生まれるのだ。なるべく添加物の無いものを食するのが良い。粗食はシンプルな健康法だ。
あれこれと考えなくても良いから時間節約にもなる。私は腸の活性化を図ると運気を操作できると思っている。腹を空かせていると五感が研ぎ澄まされて非常に仕事が捗る。腹が減り過ぎると逆効果だ。また何か大きなコトを達成したい場合、その一定期間はやや空き腹にしておくと闘気が溜まってコトの達成確率をアップ出来る。全てにおいて言えることだが、満たされ過ぎていると鈍るのだ。本当の豊かさを追求するのであれば常に空きっ腹にしておくべきとすら思っている。自分は能力が鈍ったり劣化して行くことを最も嫌悪している。安定とか安心という言葉は自分の辞書には無い。やる気にさせてくれるのはいつも大学生だ。彼、彼女らは自分達が持っている武器(能力や考え方)を上手く使ったり、新しい武器を手に入れようとしている。その姿は懸命で安定とか安心したいと思っているようには見えないのだ。それに厳しい世の中になって行くのであれば、努力する若者が増え、いずれ鈍って劣化した大人が居なくなるので良いことではないか。
もう一度、食べることについて書いておこう。空きっ腹がなぜ良いのか、人は食物だけ食べるのではなく自分がまだ摂取していない知識や知恵や思考や感性を毎日食べているからだ。そのための咀嚼スペースを腸にも脳にも残しているってことだ。
自分以外の外界(敵)を知るには外界のモノを自らの体内に取り込む(食べる、摂取する)のが必須だからなのだ。
腸と脳は考えるためのスペースを必要としている。
2022年8月14日 お盆に考えること
既に来年の今頃のことを考えている。そして既に来年のあらゆる準備を進めている。環境も学生も全てが変わるのだ。
それは間違いのない事実。予言でも予測でもなく、間違く起こること。だからこそ、間違いなく起こる事実への準備は早く
始めるに越したことがない。新しい授業の準備、新しい教材の準備、新しい共創企業の仕込み、などなど。
研究室の雰囲気も変えよう。小さな変化から大きな変化まで取り入れようと思っている。学生からいろいろなことを気付か
される度に自分が鈍感だと悟った。それゆえ自分の専門科目だけでなく精神医学、心理学なども学ぶことになった。
学べば学ぶほど腑に落ちることがあり、驚きの連続。学ぶと不思議とそれを実践する場面が出現するのだ。
それは学生への理解と同時に私自身の理解でもあった。自分を省みることに年齢制限は無い。
どの年代であっても自省は必要だ。健全な自省をしていると気持ちはどんどん若返って行く。どんどん自分がアップデート
されて行くのだ。そんなことをつらつらと想い出して至福時間を過ごしている。
2022年8月16日 京都へ
年に数回は京都に行くことになるが8月のこの時期に京都に行くことは初めてだ。大阪の伊丹空港経由で入るのも初めてだ。いつになっても初めてのことはあるものだ。
幾つかの神社にご報告をしに行く。
来年への予感を得るために。
2022年8月17日 菊水
ランチは菊水。激暑の京都ではあるが驟雨の後は暑さはマイルドになり、むしろ京都らしい風景になる。広い窓から庭を眺めながら長いランチタイムを過ごす。時間、風景、食材、もてなし、会話などなど、全てを食する。特に京都はそれら全てが重要で分解できないことを解らせてくれる場所。
毎日をこのような理想形にする必要は無く、むしろ年に数回で良いだろう。その方が生きている意味、日常の幸せを感じられる。時間の流れゆくさまを眺めて過ごしている。
2022年8月18日 祇園新町の行燈
祇園新町に夜ご飯を食べに行くと、京都女子大の矢野ゼミ生による行燈が何種類も店ごとに並んでいた。期間限定の実施らしく、たまたま訪れて観ることが出来た。京都は人の気持ち、おもてなしの心が見え易い場所。町の灯りにもそれは
証明されている。
特に京都の食事処は東京のレベルを超えている。
東京は土地代、人件費など高くなり過ぎてサービスの質が
値段に追いついていないが、京都ではその心配が無い。
若いシェフ達が立派な構えの店を切り盛りしている姿を見て
ベンチャー気質があるなと感じ入った。やはり未来は若者達が創っていくもの。
年配者が長く牛耳っている世界は発展しない。
ニュースを見ていたらオリンピック収賄罪で大先輩の高橋治之さんが受託収賄容疑で逮捕されたとのこと。やはり若者へ道を譲らねばならないだろう。
2022年8月19日 外出もままならぬ暑さ
京都も暑かったが東京も暑い。長岡も暑いのに変わりはなく、日本全国暑い。普通に外出して歩くだけでもクラクラする。
気候がおかしいのもさることながら経済も危うい感じがしてならない。政治家は本気で日本の未来を考えていない。
国のトップ連中に私利私欲が跋扈している。最終的にはどのような組織であろうが親方日の丸であろうが、人による。
マスコミの報道も偏り過ぎ。操作性がありすぎる。日本は既に戦争に巻き込まれている。国対国の戦争ではない。資本家と
普通の人々との戦争だ。仕掛けている資本家は思い通りに進んでいるのを喜んでいるが、普通の人々の多くは戦争が起きていることを知らない。コロナは世界戦争なのだ。政治家達は日本を切り売りして自らの懐を潤している。完全にバレている茶番が普通に毎日テレビで報道されている。私自身は政治家になる訳でも無く、どうすることも出来ないのでそれを眺めながら、せめて健康には気を付けようと思う日々である。
2022年8月22日 緊縛拘束アート真っ最中のNID
この激暑の中、足場を組まれベールに覆われた長岡造形大学の偉容である。これをアートと言わずして何と言おう。
その建物の中、私は研究室の模様替えを粛々としている。
殺風景な研究室に少しだけ彩が添えられた。
その研究室で少しだけ読書の時間を作る贅沢。
久世光彦の本を読む。本を開くといきなり私の好きな
川端康成の小説「片腕」の話から始まって驚かされる。
自分の中に眠る昭和の感覚が蘇ってくる。
たまには読書で時空を巻き戻してみるのも悪くはない。
そんな読書をしていると緊縛拘束アートで作業をする方が
窓枠工事をされている。シュールな真夏日である。
2022年8月22日 NID 緊縛拘束アート その2
いっそのこと、NIDをこのままの姿にしておいて欲しいと思う私はやはり異常である。どれだけ自分が非日常を求めているのか自身で解ってしまう瞬間である。私が大学生の頃はありきたりの毎日にウンザリしていた。臆病なくせに大事件や大きな刺激を求めていた。しかしその珍妙な心意気と行動が
あり得ない未来の扉を開いたのであった。
あの頃も、私は学生でありながら美術館、博物館をマメに訪れていた。珍事が起きたのは東京国立博物館。私は何気なく訪れたのではない。誰かと出会う予感があって訪れたのだった。すると初老のイタリア人観光客(独り)が博物館を案内して欲しいとリクエストしてきた。私は予感通りに出現したイタリア人にガイドをした。その間の互いの問答は非常に珍妙であり最終的には博物館を出て、山谷訪問に至る道中となった。その話を留学ジャーナルの奨学金留学生募集エッセイコンテストに出したところ、私は短期語学留学奨学金を得てシアトルに旅立つこととなった。タイ国際航空TG741便にて旅立った私の生まれて初めての海外暮らしは、いきなりホームステイで始まったのである。珍事はこれだけではおさまらず、更なる訳の分からない偶然を呼び起こしていた。この話は次回へ・・・・
2022年8月23日 留学ジャーナル奨学金からの短期留学(シアトル編)
TG741便には、もう一人の奨学金獲得者が登乗していた。そうシアトル短期留学の奨学生は男女1名ずつ計2名だった。
もう1人の女子の名は園子だった。東京外語大学スペイン語科2年生で私の1個下の19歳。鹿児島県鶴丸高校出身だと言う。
奨学金に応募した理由を訊くと、幼い頃父親がシアトル大学に留学しており家族でシアトルに住んでいたとのこと。
つまり彼女にとっては懐かしのシアトルという訳だ。空港に降り立つとシアトルパシフィック大学の事務局からデイビッドウッドワード氏(最近彼の名前を想い出してFBで繋がった)が車で迎えに来てくれており私達を乗せてそれぞれの家庭に送り
届けてくれるようだった。その途中、園子の昔の知人たちがレストランでディナーをご馳走してくれるといったイベントを
挟んだのだが、これが鮮烈なアメリカンパンチだった。園子の知人たちは大人数でレストランにはものすごい数の皿とボリューミーな食事を用意してくれた。何を食べたか忘れるくらいで記憶に残るのは最後のデザートのバナナスプリットが超巨大で胃袋を完全ノックアウトされたこと。園子は知人たちだから気軽に普通に英語で話しているが、私は初のアメリカ大陸上陸で見た事のない重量級ディナー席にて10時間以上のフライト直後に知り合いでないアメリカ人たちの機関銃英会話を聴きながら適当に英語を返しながらのアップアップ状態。失神するかと思った初アメリカ大陸洗礼だった。
その後、息も絶え絶えにデイビッドにホストファミリー宅に届けてもらったが、ここでも知らない家族に初対面で自己紹介が
始まった。ホストファミリーの父親はジム、中学の教員とのこと。母親は名前を忘れてしまったが看護師のパート職に就いている方。長男はジミー、パンクロッカー。長女は家を出ているが戻ってきていて名前と何をしているかは記憶に無い。
こんな具合で脳は多くの刺激と麻痺で未だかつてないゾーンに突入!更にホストファミリー宅にはフィリピンからの留学生
フィリップが既に滞在しており、私と同じ2階部分を使っていた。しかも見た目は大学生だが彼は30歳でお金を貯めて留学しに来ていた苦学生だった。彼はその家からシアトルパシフィック大学への行き方(バスの乗り継ぎ方)をその日のうちに丁寧に
教えてくれるのだった。私はと言えば、あり得ないくらいの情報をぶち込まれたアメリカ初日、完全にグロッキー状態。
その意識朦朧の中で私はハッキリと認識したことがあった。この一般家庭の家の大きさ、豊かさ、来る途中に見えた普通の家並みの豪華さ人々のユトリ、これらは日本の戦後がいくら経済成長したと言っても追いつくものではなく第二次世界大戦を知らない私が勝利国と敗戦国を感じた強烈な日でもあった。この想いは後の私の人生に大きく影響している。日本の中だけで
日本人だけで培ってきた情報、価値観。清く正しく美しく、慎ましく和を尊ぶ日本の美徳・・・。
しかし、しかしだ!それらはあまりに狭い!小さい!大人し過ぎる!そんなに美しくあるべきか?と思っていた。
何となく感じていた自分のわだかまりの答えは外の世界にあったことを確信した。
「井の中の蛙、大海を知らず」この言葉が心に響き続けるのだ。それは現在も続いている。35年前の話は今も終わってない。
この世に生まれ落ちたからには、生きている間に与えられた殻を打ち破らねばならない運命を悟ってしまったのだ。
そうでなければ自分に恥ずかしい。他の誰かの価値観に合わせて生きて人生を終えるなど命が勿体ない。自分自身のヒーローにならなければ意味が無いのだ。当時を思い出したが今も自分が変わってないことを再認識することになった。
自分が成長していないという事か、あるいは成長し続けているという事か。おそらく両方だろう。その両方で私の世界、宇宙は広がり続けている。この数日後、園子のホストファミリーの事で驚きの事実に出くわす羽目になる。
神は何故そのようなシナリオを書いたのか・・・続く。
2022年8月24日 1987年7月のシアトル
シアトルパシフィック大学に通うにはホストファミリーの家から最寄りのバス停からバスに乗り、ある個所でバスを乗り換えて行くことになる。車社会のアメリカではあるがバス通勤の人々も結構いることに驚いた。毎朝並ぶバス停で皆「おはよう」と素晴らしい笑顔で挨拶してくれる。その横道をジョギングしている人が同じように「おはよう!」とほほ笑んでくれる。
そのような爽やかな毎朝を驚きの眼差しで眺めていた。気持ちの持ちようが軽やかに爽やかなのだ。私の固く戸惑っている
気持ちとは大違いだ。そしてバスは停車を知らせるのにボタンではなく紐を引っ張って知らせるシステムだった。何とか乗り換えも無事に済ませシアトルパシフィック大学のキャンパスに到着すると、そこはコンパクトだが緑の多い小奇麗なキャンパスだった。最初は英語のプレースメントテストで自分が入る語学クラスのレベルチェックをした。園子は帰国子女なので
私より1学年下だったがクラスは1つ上。その教室で休み時間に互いのホストファミリーの様子を話し合った。
園子は小柄な割に良く食べる子でホストファミリーの冷蔵庫を夜中に開けて好きなものを食べていたらしい。すると数日後にホストファザーのリチャード・マックリーンに怒られたらしい。
「だって好きなモノを何でも食べていいって言われたのよ!」と納得がいかない様子。
いざとなったらホストファミリーを変えてもらうと言い出した。流石アメリカ育ちだ。
しかしその話を聴きながら園子が怒られたことよりも私は気になる別のことを考えていた。
リチャード・マックリーン?聞いたことがあるな・・・・。
私の高校時代はとんでもない特殊な環境だった。私立全寮制男子校特進クラスで起床直後の早朝講座から朝食、その後隣接した高校に向かい7限目まである授業の後、寮での夕食、その後の夜間講座という激詰めスケジュールの超スパルタンスタイル。
そして少人数の特進クラス以外は通学制最底辺極道高校ワルの巣窟という漫画の様な青春時代だった。寮は校舎からやや離れた場所に隔離して建てられた鉄筋コンクリート。白山神社の林に隠された丘の上の寮は砂嵐に守られたバビルの塔の様だ。
いや、話を戻そう。その高校での夜間講座に英会話があった。1個下の学年の英会話担当が確かアメリカ人のリチャードって
言ってたよなー。そんなことを想い出していた。私が記憶を辿っているのに気付いていない園子はホストファミリーの話を
続けている。「でもね、奥さんは日本人でワカエさんといってとっても優しいのよ」
夜間講座は曜日ごとに科目が違っていた。当時私は医学部を目指していたので夜間講座の「古文」は捨てていた。内職で化学をせっせとやっていたのだ。「古文」の先生は超マジメな眼鏡をかけた女性の先生で私は何度も怒られていた。最終的には
内職で化学をやっても良いと言われて化学を勉強していたが、後に私は3年生で医学部志望をアッサリと止め文学部志望に変更していた。古文が出来ない文学部志望という捻りの入った学生に変身したのだ。
いや、話を戻そう。よく怒られていた古文の先生の下の名前は確か、ワカエさんだったよなー。
つまり高校2年生の私の夜間講座「古文」の先生がワカエ。1個下1年生の夜間講座「英会話」の先生がリチャード。
私の記憶によれば寮の玄関で1度、C.W.ニコルの様な風貌のリチャードと擦れ違っている。同じ高校の夜間講座という職場で
日本人古文講師とアメリカ人英会話講師が出会って結婚などということがあるかもしれない。で、シアトルに住んでる?
「園子、ワカエさんって日本で何してた人?」「高校の国語教師って言ってたわよ」推測が当たっている確率が高まった。
「今度、園子の家に遊びに行ってもいい?」「えぇー?もうホームシック!つらい?」
「いや、2人とも知ってる人かもしれないから」「ん、どーゆーこと?」ここで園子に私立全寮制男子高物語を話す羽目に・・
続く。
2022年8月31日 1987年7月のシアトル、そして園子のホストファミリー
今から35年前のシアトル、20歳の私はサニーサイドアップのジムの家2階に住んでシアトルパシフィック大学のELS(English Language Program)に通っていた。7月の土曜日、2階にいると階下からモヒカン刈りの長男ジミーが私を呼ぶ声が聞こえた。”Takeshi! There’s a call !" 当時は携帯電話やインターネットが無い時代だ。電話がかかってきたら取り次ぐシステムなのである。この頃ビルゲイツはシアトルに住んでいて既にMicrosoft Windows85を完成させていた。
私はジミーに” Who's calling ?"と言いながら階下に降りて行った。ジミーのモヒカン頭が階段の下に見えた。" Female(女から)”と言ってジミーがウインクした。
電話に出ると相手は園子だった。「うちのホストファミリーが明日来てもよいって」とのこと。翌日、私は園子のホストファミリー宅へと訪問した。今思えば、私のホストファザー、ジムがリチャード家まで車で私を送ってくれたのだと思う。
園子のホストファミリーは間違いなく私が高校時代に出会っていた古文講師のワカエさんと英会話講師のリチャードだった!
すごい偶然というか何というか、世界は小さく、狭く、運と縁で結ばれていると強烈に感じたことを良く憶えている。
その思いは長岡造形大学に勤めている現在も同じ。出会う人々は以前もどこかで出会っていたのでは?と思うような顔立ちをしている。教職員や学生の方々の中に、知らないようで知っている様な人々がいる。人との出会いや運と縁をとても不思議に感じるのは昔も現在も変わっていない。
2022年9月3日 立教、東大、三四郎池
つい先日、まとめて用事を片付けるために雨の中、母校の立教と東大を連続で訪れた。ついでに三四郎池にも何年か振りで行ってみた。どちらも何らかの理由で年に1回は訪れることになる。2つの大学を同じ日に訪れることは今まで一度も無かったが、丸ノ内線を使うとかなり近いことに驚いた。猥雑な街だった池袋は今ではかなり綺麗な街並みになっている。しかしどこかB級感が残っているのが懐かしい。一方、本郷は勤勉な空気が漂う文京区で大学の近くまで行くとお馴染みの薬局から漢方薬の匂いが漂ってくる。全く異なる街だがどちらにも私の本質に響く要素がある街だと思う。それを言うならば長岡もそうだ。雪国に暮らしていなかった私が言うのも何だが、雪に閉ざされても粛々と我慢しながら事を達成する粘り、我慢強さが培われる場所。それは長岡だけでなく雪国には共通なのだろう。雪国出身者の決して大きな事を言わず、ひたすら不言実行を貫く姿を沢山見てきた。雪景色が美しいのはその風景には見えない(家に居る)人々の存在があるからだと思っている。
別の意味で見えない人々の存在を少し感じたのは三四郎池でのこと。雨が降っていたので足元に気を付けながら下へ下へと
降りて行くのだが、雨だろうと晴れていようと三四郎池は樹々が鬱蒼としていて薄暗いのだ。浅い谷の底に三四郎池はある。
その日は雨で誰もおらず、私独りが三四郎池を眺めていた。いつもそうなのだが2,3分は心が落ち着く。三四郎池の静寂は
心地良いのだが何故か5分以上はいられない。見えない誰かが順番待ちをしている様な感覚。直ぐに帰らなければならない気がしてくるのだ。久しぶりの今回も全く同じ。不思議だ。
2022年9月6日 長岡はまだ暑い フェーン現象らしい
9月に入っても長岡は暑い。もう慣れたがやはり暑い。誰も外を歩いていない。私は現在研究室で涼みつつ、授業準備、研究などやること山積み状態は相変わらず。この後、アオーレに打ち合わせに出かける。大学はまだ夏休みゆえ静かなものだ。学生も殆ど見かけない。平和と言えば平和。長閑と言えば長閑。退屈ではない私はこんな暑い日には研究室で少しでも涼しくなるように八神純子の「みずいろの雨」を流してみる。昭和はあまりに遠い過日。歌詞の内容に時代を感じる。歌詞の内容の
世界はもう存在しない世界。作詞家の三浦徳子は青森県の出身で昭和24年生まれだから終戦直後の生まれ。私はその歌詞を
昭和53年に聴いていたという訳だ。タイムトリップしてしまう。部屋に帰ったら早い時間に一度睡眠を取り、夜中から仕事を再開しよう。
2022年9月7日 明け方の4時に考える
諸々の仕事をしていたら、明け方4時になっていた。
外資系ハイファッションブランドのローカルヘッドに就いたJ氏から昨日メッセージが届いていた。内容は日本人の英語力と
仕事能力の低さを指摘するものだった。それはもっともな話だと思う。仕事能力の低さはDXが進まない事と、進められない
マインドにある。日本人が英語とスピードに非常に弱いのは伝統的なのだ。何十年経とうが治らないし、向いていない。
ただしZ世代以降には可能性がある。自動翻訳機が同時通訳レベルになってくるからだ。苦手なことを克服するよりもテクノロジーに頼った方が良いに決まっている。同時通訳機を毎日使うようになれば英語力は楽にアップするだろう。それくらい簡単に考えて良いのだ。
2022年9月9日 夜中の2時~朝の7時までは仕事が捗る魔法の時間帯
人間が集中出来る時間は長くても90分で、それ以上はパフォーマンスが落ちてしまう。私の経験上、45分で休憩を10分以上入れつつ3時間までは仕事(研究も含む)が集中できるが、それ以上は無理。無理に継続すると翌日に影響が出るので絶対にしない。ただし夜中の2時~7時は別。ノンストップで5時間ぶっ続けで仕事(研究含む)が可能な魔法の時間帯だ。注意しなければならないのは、この時間帯を使う場合、翌日はかなり休憩が必要になる。連日魔法の時間帯は使えない。一週間に2回までが
ベストである。ヘビー級の分析や提案が必要な仕事は、一度早い時間に寝て夜中の2時~3時に起きて開始すると7時までに一気に仕上げられる。それからまた少し眠れば良い。
今日は9月9日、重陽の節句である。大人の女性の雛祭りの意味がある。毎日の中に季節感を感じるよう心掛けている。
英国のエリザベス女王がお亡くなりになった。これからの世界は女性の時代になって行くだろう。男性は女性をサポートし
続ける世の中になる。私はそれで良いと思う。以前からずっとそう思い続けてきた。
2022年9月10日 大学祭
今日は長岡造形大学の大学祭で、私は教員の当番として事務所に詰めている。大学祭がどんなものやら分からなかったが今年は規模が小さいとはいえ、面白い。結構楽しめる。そしてマンガやイラスト、アクセサリー、Tシャツなど色々売られていて
買いたくなったものもあったので後で買おうと思っている。この大学には私が授業やゼミ、研究室で出会っていない学生が沢山いるが、そういった学生をもっと褒めたくなってしまった。皆、素晴らしいのである。授業の課題で見ているだけでは気付けない各々の素晴らしさを大学祭でも知ることが出来た。当番で詰めなくてはならないのに大学祭をずっと見て回りたいという気持ちになった。そしてもっと学生と話し込んでみたいと感じたのだ。そういえば授業以外で学生と話す機会はそれほど多くは無い。学生は大学時代の4年間、課題やバイトにも追われ、教員も学生も互いにどれだけ話が出来るだろうか。限られた時間だからこそ大切にしなければならない。2度と戻らない時間で非常に貴重だと日々感じている。大学祭は明日もあるが私は
出張で東京に行くので観られない。残念だ。過ぎ去っていくこの夏の日々の後にはすぐ秋がやってくる。寒い。既に心に寒さがやってくるようだ。
2022年9月13日 残暑と男子学生
9月も中旬になろうとしているが強烈な残暑がある。長岡も30度以上ある。大阪は35度らしい。長岡造形大学の校舎は夏の
間中、工事用のベールで覆われ息が出来ないような様子だった。しかしそれは観ようによってはアートに見え、私は気に入っていた。大学構内は基本的に夏休みは静かで閑散としている。時として何らかの理由で学生が研究室に訪れることもあるが
稀なことだ。女子の学生比率が高いので研究室に来る学生の100%が女子である。男子学生が研究室訪問してくる場合はほぼ
皆無。なので私にとって男子学生が何を考えているか理解する機会は無いのである。女子学生は自分の考えや話しを伝えることに慣れていてハッキリと言いたいことを言ってくるからその点では分かり易い。中には婉曲的に話をする女子学生もいるが言葉の間にヒントが入っていてむしろ何を言いたいのか良く分かる場合が多い。私は男子学生に対して価値のある情報や考え方を提供出来ているのだろうか?後期はここをジックリと考えてみたい。
2022年9月17日 シャネルを紡ぐ手 アンヌ デュ バンディエール 展
上記の写真は9/12に出張で行ったシャネルネクサスホールでの展示。
シャネルのブランドを手掛ける各種工房の職人の手元を写した写真展である。1つのブランドを形成するのに多くの全く異なる技術を持つ職人が携わっている。ブランディングとは何かを考えると全く異なる世界を統一できる「眼力」だと思う。例えばスカートのプリーツという言葉一つに職人のジャンルがある。何気なく眺めて気に留めることの無いプリーツだが、良く見てみるとそこには職人がいる。プリーツは目的ではなく手段。何のための手段かと言えば美しさと、軽快な動きを出す機能性の2点。その美しさと機能性にも多くのプリーツによるバリエーションが在る。靴で言えば、パンプスというジャンルに職人がいる。パンプスの語源はポンプ。馬車の御者が履き口が広い靴を履いていて、その足でブレーキペダルを踏む様子が手押しポンプと似ているからだ。何故人はパンプスを履くのか?ハイヒールではなくパンプスを履いている人は何故なのか?ちなみにハイヒールはパンプスであってヒールが高くなっているだけなのだ。ファッションは哲学であって、何気ない装いにも着る人の哲学が出るもの。そこの意識がある、無いの差は確実に出る。つまりファッションとはハイコンテクストなコミュニケーションであり、見る側(読み取る側)にも高度なリテラシーを必要とする。機能重視のユニクロファッションが流行っている昨今はスピード時代に相応しい。ファッションでコミュニケーションを取れるハイコンテクストを読み取れる人々が少ないからローコンテクストで互いに理解し合う世の中になっている。一方でインスタグラムのようなハイコンテクスト(言語ではない写真ゆえ)を大量に
見て瞬間判断するメタハイコンテクスト時代でもあり、ややこしい。
*左の写真は私の好きな紀尾井町の滞在先から撮影した都心の風景。
2022年9月19日 そろそろ後期の授業が始まる
授業準備など、諸々忙しい毎日。体調管理が重要だ。台風が九州方面で暴れている。昨日は台湾で地震があったようで津波警報が出ていた。昨年の日記(このブログではない)を読み返してみると同じように後期の授業準備をしている。特に昨年の
今頃は大変な忙しさだった。初めてのマーケティング論準備は大変だった。今年はその貯金もあり少しは楽になるだろう。
しかし、少しは楽と書いたが昨年比であって普通の感覚から言えばかなり忙しい。仕事があるのはありがたいこと。
それは健康で体力があるから成立しているのだ。体力が無ければ質量高く仕事をこなせない。常にコンディションを最高に
しておかねば。秋はそれを徹底的にキープする修行の時期だと思っている。自分が以前に体調を崩したことは何度かあるが
秋が多かったように記憶している。夏から秋、秋から冬へと移る季節の谷間で健康に注意して行こうと思う。
2022年9月21日 目黒雅叙園百段階段イルミネーションアート
https://www.hotelgajoen-tokyo.com/100event/wanoakari2022
先週、目黒雅叙園に行って百段階段で催されている
「イルミネーションアート 和のあかり2022」を
観覧してきた。百段階段は、時折アートイベントを開催しており、今迄も何度か訪れているが今回も良かった。非常に涼しい館内で予約制のため混雑が全く無く、静かに観ることが出来た。次から次へとアーチストたちの作品が階段を上るごとに出現して別世界を魅せてくれる。灯りと音楽、オブジェ、そして室内の温度、全てが調和されていて百段階段を
2往復してジックリと観た。階下のショップでは展示作品が商品化されていてビジネスセンスも感じられた。雅叙園自体が起業家の細川力蔵によって創られたものだけに、ビジネスとアートが自然にマッチングしている場所だ。
2022年9月21日 健康診断
年1回受診する健康診断を朝7時に受けてきた。健康管理センターまで徒歩12分ほど。朝の6時台に歩いていると出くわすのはジョギングしている人、犬の散歩してる人、早朝から通勤の方々などである。バスの車庫ではバスの洗車が行われていた。朝の稼働前準備の光景は見ていて気持ちが良い。同じように夕暮れから深夜のビルの窓に光が灯っているのを見るのが好きだ。誰かが働いているのを感じるからだ。その誰かは知らない人であっても自分のために、そして誰かのために働いているのであって世の中が周っていると感じられるからだ。自分が世の中を廻しているなどとは思ったことは無いが皆で世の中を廻していることは実感したい。特に長岡造形大学の学生達とはそれを感じ合いたい。いつか一緒に仕事をしたいと思わせてくれる学生達で私の夢でもある。
*写真は目黒雅叙園イルミネーションアートから
2022年9月21日 大学のエントランス
入口はとても重要。建物の「顔」だから。確かにエントランスの金属の塗装が剝がれているのが気になっていた。それが綺麗に塗り直されている。相変わらずベールに覆われているNIDだが顔が化粧されていて良い感じだ。私も気分が良い。
今日から涼しくなってきた。秋の虫が鳴き始めている。
卒業研究の中間発表が終わると、2022年度が最終コーナーに差し掛かる。早い、早すぎる・・・・。
NIDも外見から変化している。誰もが変化し、旅立つのだ。
私も夏前と今ではアップデートされて、以前とは全く違う
自分になっている。年齢ではない。経験と実績は積み上がれば上がるほど進化する。年配者の弱点は自分が出来上がっていると思い込んで新しいチャレンジをしなくなったり、同じことを繰り返すこと。また同年代とだけ話す環境に浸っていると麻痺し劣化する。私が得たコミュニケーションスキルは若者達に負荷をかけずに学ぶことだ。負荷をかけずにとは、こちらから質問をせず、聴き側に徹すること。
若者達の方が私より優れている点が多々ある。彼、彼女らの話をしっかり聴き、良く観察して学ぶのだ。同じ日本に暮らしていても自分とは全く違う時代、文化を生きている若者達の考え方、行動の意味を理解すると、どれだけ自分より優れているか分かってくる。どれだけ過酷な道をサバイバルしていることか。そして年配者も若者の過酷な道のりと関係無い訳が無く、同じような過酷な未来を共有して行くのだ。
それはチャレンジ精神を刺激してくれる良い未来だと思う。
2022年9月23日 寒くなってくると心に灯がともる
「負けず嫌い」という言葉がある。私自身も若い頃は「負けず嫌い」だった。(主に仕事の話)しかし若い頃は負けることが多く、それでいてやはり「負けず嫌い」が増長していたと思う。年齢を重ねると戦い方にも慣れてきて戦場を選ぶようになり負けが以前より少なくなると「好戦的」な人間となった。好んで戦いに出て(チャレンジして)多少負けても勝ちが優っていればOKという発想になった。体力勝負の時代だった。更に年を重ねた現在は戦闘の場を超重要地点だけに絞り全勝する戦略。
しかし効率よく勝利出来るようになると味を占めて戦いの場に出て行ってしまう。そして体力は相変わらず必要になる。
懲りないなあと自分でも感じる。以前のような「負けず嫌い」の感情は無くなったが、その頃の姿勢が現在のエネルギー源に
なっている気がする。当時に作ったエンジンが現在も作動しているような感覚だ。「負けず嫌い」は尊い感情だと思う。
2022年9月25日 日本橋高島屋 「百貨店展」
今回の出張は、タイトルの通りだ。高島屋の中に在る資料
展示室は小さいながらも貴重なデータで溢れていた。
百貨店は登場した当時はイノベーションであり、長らく最新のテクノロジーを提供する場でもあった。屋上の遊園地へ
海外から輸入した象をクレーンで吊し上げる映像を観てとんでもないエンターテインメントを提供していたと感じる。
冷暖房完備は個人宅にはまだ無い最新テクノロジーだった。
そのように何でも置いてあって最新設備の百貨店は魔法の城の様な存在だったのだろう。自分が子供の頃にはその面影は確かに在った。屋上から徐々に降りて全階の商品を魅せるシャワー方式は現在のWebサイトのUI/UXにも通じる。映画での重要シーンでも屋上が使われ、PRもシッカリしていたようだ。古くないどころか当時の最新広報は現在でも参考になる。個人的には銀座より商人のおもてなし気質が漂う日本橋の方が、気が良くて好きだ。
2022年9月29日 授業がとても良い
私は授業が好きなのだと思う。どの授業であっても楽しみなのだ。その理由の第一は、学生が授業に関して真面目な姿勢で
取り組んでいるからだ。学生から提出される課題の作品を前日にチェックして当日の授業に臨む。全てをチェックするのに
かなりの労力が掛かるが苦にはならない。アイデアからエネルギーを貰えるからだ。今日はそういった授業だけでなく、コンサルティングの仕事が2件と、卒業アルバムの撮影があった。体力をかなり使ったので、現在22:10だが既に眠い・・・・・。
睡魔に襲われている・・・・・・・こんな時は、谷山浩子さんの「催眠レインコート」でも聴くか・・・。
https://www.youtube.com/watch?v=32yOwbog4S0
2022年10月1日 9月が終わった
アントニオ猪木さんがお亡くなりになった。私が子供の頃のヒーロー達が次第にお亡くなりになって行く。無敵の存在、アントニオ猪木でも寿命には勝てない。宇宙レベルの時間速度から比較すれば人間の一生は一瞬。80代も20代も変わりは無い。
しかし人間レベルの時間速度で考えれば、80代と20代は人生の晩年と序盤になる。でも思うのだ。結局は生きている間に
どれだけ悟れるかで、年の多い少ないではない気がする。私は年を重ねる度に年を気にしなくなっている。年齢に抗うつもりは全く無い。新しいことへの知識欲や体験欲が非常に強いので学び続けているだけだ。モノゴトは分っている気になったり、慣れて行くにつれ新鮮味が薄れて飽きる。慣れというものは良くもあるが進化にとっては気を付けるべきもの。
たまたまネットサーフィンをしていたら30年以上前にCM撮影でお仕事をさせてもらったタレントさん(現在は女優、歌手)が
昨年結婚され、しかも30年のアニバーサリーコンサートを開いていたと知った。その時の映像を観たら素晴らしく、昔と変わりない元気、パワーに満ち溢れていた。楽曲を何曲も披露しており、さぞかし準備も大変だったろうなと感激。その命を賭けている仕事っぷりを観ると魂を揺さぶられる。
2022年10月2日 円楽さんがお亡くなりになった
昨日のアントニオ猪木さんと同じ時期、円楽さんがお亡くなりになった。時は経って行く。毎日が過ぎて行く。皆、一緒に生きているし、生きて行くのだ。今日は日曜日で、長岡造形大学では総合選抜入試が実施されていた。高校生が受験しに来たが受験が終わると大学の敷地内は受験生の多くの家族が迎えに来ていた。誰にでもこのような受験体験があるもの。いつか見た風景、毎年繰り返される風景だが、いつも神聖な感じがする。初心を想い出させられる。誰もが今を走るのみだ。そして割と多くの人が今、そこそこ頑張っていると思う。入試が終わると今日の午後は気持ちの良い風が吹いていた。部屋の冷房は付けずにベランダの窓を全開に開け、樹々の葉が風に揺れる風景を眺めていると自然に美しいなと感じる。これが幸せなのだ。
2022年10月6日 Jアラートが機能しない?→茶番です
世の中のニュースは殆どが大衆操作。北朝鮮のミサイル脅威を国民に伝えて超高額防衛装置の購入を正当化している。その
莫大な資金を使う事で潤う業者、仲介者がいる。しかし、そんなことよりも大切な日常の幸せは確実に在る。そのような茶番など全く関係のない人々が沢山いて、素敵な気持ちで暮らしている。純粋な気持ちで知らないで良いことは知らず、知るべき目の前のことに集中する。それで良いのだ。日々、大学生に接していると毎日を生きることに集中する尊さを改めて感じる。
自分も日々、リセットされ翌日を迎えることが出来るから。ありがたいことです。長岡は少し寒くなってきた。昨年は10月20日に暖房を点けたので、今年も同じくらいだろう。
2022年10月10日 静嘉堂文庫美術館への出張と明治安田生命本館
丸の内にある明治安田生命本館の中に静嘉堂文庫美術館が在る。歴史的な建造物の中に展示される名宝の価値は言うまでもないが、ついでに観ることのできる明治安田生命本館のかつての執務室の数々・・。歴史を纏った空間は現在でも当時の残り香がするようだ。その歴史を残したまま、階下を見下ろすと現在のワークスペースでは休日勤務の方々(全てが女性だった)が普通に働いておられた。この空間に勤務出来るだけでも価値がありそうな職場である。近代日本を創った人々が欧米視察に
出かけその成果を具現化し、一丁ロンドンと呼ばれた丸の内界隈は三菱財閥の建造物が残る。固く朽ちることのない建造物はその偉容のままに、そしてその周辺に生きる人間の中身は大いに変化している。建物のあちこちに点在するガードマン達の
多さよ。彼らは歴史の番人の様だった。展示品から調度品に至るまで、それら全てが私が生まれる前から存在し、現在まで
大切に保存され、こうした展示により陽の目を見て出会うことが出来たモノ達。その歴史の重さに眩暈がする。
2022年10月11日 リ・ブランディングの課題
長岡造形大学には全国津々浦々から学生が来ているため、その彼、彼女たちの地元企業の商品、ブランドは多様極まりない。
55年以上生きているが、日本各地のブランドは知らないものばかりだ。学生達から地方ブランドの和菓子、日本酒などを聞いていると味わってみたくなる。それらブランドの多くは若者達に知られていないという課題を抱えている。知っている者はその素晴らしさを体験しているが、その熱量を知らない人に伝える技術、企てが必要になる。あの手この手を考え抜いてヒントを見出すのだ。ターゲットである自分と近い世代にもヒアリングするのが良いだろう。自分の脳みそを駆使しながらも他人の脳にも尋ねてみることだ。私にとっては学生達からの情報は宝物。日本の地方にあるブランドを知るだけで人生が豊かになる。しかし授業の課題が地方ブランドのリ・ブランディングだからそのようなことを知れる訳で、この課題が無ければ私は地方ブランドを知る由も無いのだ。学生同士も然り。お互いに話し合うから知ることができる。そう思うと現在のニューヨークやサンフランシスコの驚異的物価高と賃金上昇は、真逆の現象に思えてならない。人々の間に格差が生じ、それによって価値観が断絶しコミュニケーションに障害が出てくる。暴力や犯罪も増えて行くだろう。この長岡で私は思うのだ。この時の流れと、人と人が自由に学び議論する空間がかけがえのないものだと。そして日本の若者というブランドも、リ・ブランディング
の必要がある。その素晴らしさがもっともっと知られて良い筈だから。そう書きながらリ・ブランディングされたブランドを
見る前にブランドがリ・ブランディング出来る可能性を察知する能力、リテラシーも必要だと思う。誰もが伝えることに躍起になっているので自ら情報の価値を見つけて感じる野生が弱くなっているとも言える。
2022年10月12日 久しぶりに文学の力について
私の本質は経歴にも出ている。経歴は事実であり嘘をつかない。私は文学部出身なのだ。文学が好きで文学部を選んだ。裏を返せばサラリーマンになりたくない人間だった。サラリーマンや勤め人、公務員と言った職種、職業に関心が無い人間だった。しかしいざ就職する時には文章を書いて生きていける企業を選び広告会社に入ることになる。学生時代に文学は経験したことの無い世界(フィクションではあるが)を縦横無尽に行き来する楽しさに浸っていたのだが、55年以上生きていると経験したことと似たシチュエーションの文学に出会うことも多々ある。するとフィクションの文学がリアルな日常で参考となる場合がある。これが最近私が文学に対して感じていること。事実は小説よりも奇なりとは良く言ったもので、私の人生には小説よりも面白いことや不思議なことが起こり続けている。リアルライフでは解決策など浮かばない場面が出て来る。そのヒントをフィクションの小説に見出すことがある。それを今、文学で体験しているところ。もう一つ忘れないように書いておきたいのは、大学生は非常に文学的ということ。私にとって大学生の存在は理解し切れないためにフィクションと似ているのだが、実際には大学生から意見やアドバイスを貰って取り入れているからだ。そう、フィクションをリアルに活用させてもらっている。最終的に私が信じているのが文学であり大学生であるというのも共通している。
2022年10月17日 立教大学の箱根駅伝出場に想うこと
毎年、年始に箱根駅伝をテレビ中継で観ているのが唯一の正月らしいことなのだが、来年の楽しみは立教大学が箱根駅伝に
出場することだ。何と55年ぶりの快挙とのこと。私が生まれた頃に出場して以来なのだ。さ来年は立教の誕生150周年記念で
その時を狙って箱根駅伝出場の準備をしてきたようで1年前倒しになった。モノゴトは全て対策と準備で完遂できる。もちろん口で言うのは簡単だが、それを実行すればそれだけのことは必ず出来るもの。私も自分自身の至らぬ点を日々、1つずつでも改善、改良し、無いもので必要なものは学んだりしながら身に付けるようにしている。生きている限りこれらを怠ると劣化の一途を辿って行く。大学生達との対話、議論から私が修正すべき点を見出すことができる。時には大学生側から指摘あり、
これは非常にありがたいことで最重要だと認識している。常に自戒と自省をしている。
2022年10月19日 多忙を極める今日この頃
気が付いたらとてつもなく忙しい。妥協なく仕事をしているとそうなるのだが、最近少しスケジュール間違えが発生するようになった。これは危険な兆候なので注意しよう。年内の修行がピークに達しようとしている。この急勾配を乗り越えてやっと山の向こう側へ行ける。一踏ん張りせねば・・・。いや二踏ん張りは必要で、三踏ん張りまで行く可能性もある。
こんな時だからあえて読書する。時間をかけて文学に浸ると気持ちが落ち着いてくる。先人が残してくれている心の道筋が
文章で表現されている。文字と文字の間がタイムマシンへの入り口になっている。それは小説の中の時空と作者が書いている時空の二重層になっているのが見えるからだ。どんなに忙しい時も文学の時空を遊覧できると忙しさを忘れてたっぷり時間を感じれらる。また違った切り口での読書では、学生への推薦図書をどの本にするか決めるための読書がある。長岡造形大生が社会人になる前に読んでおいてもらいたい本を探す読書。これは自分の価値観と長岡造形大生の価値観で両方が当てはまる
内容だと思えるものを選出する。これが簡単ではないのだがヤリガイがある。
2022年10月20日 暖房を入れ、健康を気にかける
昨年同様のこの時期、暖房を入れ始めた。これは研究室と長岡自宅の両方で同じタイミングだ。今日の午前中の授業が終わったら午後に予定していたことがあったのだが、今年に入ってからたまに起こる胸痛が発生した。今までは20分~30分で治まっていたのだが今日は数時間続いた。立っていられないので寝込んでしまった。これで午後の予定はキャンセル。夕方になってやっと普通レベルに回復したが油断できない。明日の状態を観察することだ。明日には出張を入れていたが再検討する必要があるかもしれない。やはり健康によって全てが影響を受ける。何よりも健康が大切だと痛感させられる。これから寒くなるので要注意で暮らして行こう。
2022年10月22日 注意しようと言っていた矢先に、体調不良に!しかし今日、回復!
やはり忙しさのピークだったようで10月20日に激しい胸痛が発生、翌21日はずっと寝て、やっと午後に起き上れたため大学の
医務室に行った。熱が37.8度あり即病院へ行くことに。K病院までフラフラしながら歩いて辿り着くと、発熱患者は車で来た人だけ対応とのことで診察されず愕然となった。そのまま帰り道にあるエールホームクリニックは即座に対応してくれてPCR検査も実施。結果陰性で胸痛は大したことが無いとの診断だった。エールホームクリニックは明るい院内で勤めている人の性格の良さまで滲み出ていた。フラフラと弱っていたからこそ、その慈悲の空気を切実に感じられた。助かった・・・・。
そして本日は朝から回復している。油断はできないが。辛いことがあった後は良いことが必ずある。そう、実際にあった。
コロナで長らく連絡が取れていなかった方から久しぶりのメッセージが届いた。ありがたいことで元気をもらいました。
2022年10月24日 完全回復して感じること
体調が悪くなると独り暮らしは大変だ。今回はコロナでは無いから良かったがコロナに罹ったとしたら買い物にも行けなくなる。健康があってこそ全てが上手く行く。逆に健康が保証されなければどんな実力や強運を持っていても意味が無い。
ちょうど寒さが強まる時期でもある。21日と22日は1日に2回風呂に入って体温を調整していた。しかしこのように一度体調を悪くすると気を付けるのでまた健康に戻るのだ。体調不良の原因は多忙による疲労蓄積から免疫力が落ちたからだろう。ただ
胸痛の原因が不明。さて休息を十分に取りつつ超効率的に仕事をするとしよう。結局仕事量は変わらない。効率を更に上げるのみ。我ながら仕事が好きで仕方ないことに呆れる。原信で買い物をしていても商品チェックは自分の買い物とは関係なく
マーケティングデータとしてのものだ。だから私は買わない商品の前でその商品を異様にチェックしている。しかし毎日チェックしていると霊感の様にマーケ感が鋭くなって市場で何が起きているのか商品の並びから分かってしまうことすらある。
今迄納豆コーナーに並んでいた焼肉味のタレ納豆と、ウナギのかば焼きタレ納豆が姿を消していた。マーケティング論の授業内で不味いという情報が出ていたものだ。これは一定期間は目立って売れていたもののリピーターが付かず棚から撤退することになったと思われる。この仮説を裏付けるため原信に電話調査してみよう。→原信から連絡あり、ウナギのかば焼きタレ納豆は夏の期間限定商品で、焼肉タレ納豆はバイヤーが仕入れを止めたとのことらしい。つまり売れなくなったのだろう。
味をチェックして無かったことが悔やまれる・・・。
2022年10月27日 多幸感
頭の良い学生達、それは長岡造形大生のことである。彼、彼女達に毎日感じているのは頭が良く素直で謙虚。そのような学生達に恵まれ私は日々幸せを感じている。学生の課題に対する作品を見たり、グループディスカッションを聴いたり、学生達からの意見を聴くにつけ、発見や驚きがあり未来への示唆まで感じられる。これほどの健全な知的インスピレーションに浴していられることの多幸感たるや何事にも代えがたい宝だ。もう何もいらない。この知的環境があれば未来へ貢献できる教育、研究、地域活動に全てを捧げられると思っている。未来に対して私が出来ることは無限大にある。学生達がいる限り、私は今まで以上に私に期待しているのだ。
2022年10月30日 東京出張で得られるもの
私が東京に居る場合は出張の場合が半分くらいある。この出張が非常に重要で最先端の美術展の中でも自分が厳選し、見ておくべきものを全て観覧している。これによってアーチスト、作家達の企ての言語化、美の在りようの言語化、思想の言語化といった修行となる。偉大なる作家達の仕事を言語化するには解釈するための予備知識(逆にそれを準備しない場合もあるが)や歴史的背景など多大な教養が必須となる。なので出張前は移動時間を含めてその準備に時間がかかるものだ。先日は体調不良に陥った中でそれを実行したため非常に大変だった。アートを理解するためには体力、健康も重要なのだと痛感した。健全な精神と肉体を維持していないとアートを感じることは困難である。
2022年10月30日 弥生美術館 「楠本まき」の仕事展
東大の弥生門を出ると直ぐに弥生美術館に出会う。大学院時代には入ることがなかった弥生美術館に出張で行くことになり
初めてその中に入った。目的は同世代の漫画家、「楠本まき」の展示を観覧するため。最近特に感じていたのは繊細な線や文章を見るのに老眼がキツく観るのが厳しくなってきたということ。と同時に繊細な線や文字は若者に向けて創られた作品だと気付く。若い眼には繊細さや淡い色彩を見極めるだけの細胞と集中力があるのだ。それと同レベルに理解するには視力や集中力を落とさずに維持する必要がある。これは至難の業だ。ある年齢に達すると聞こえなくなる周波数域があるらしい。それと同じように高齢になると視力が弱くなり見えなくなることで気付けないアート感覚があるのだろう。そこには諦めも必要だ。
とはいえ、それらに抗うだけ抗って細かい線画を食い入るようにして目に焼き付けてきた。楠本まきの漫画はコマ割りの無い
体裁の本があり、独特な味わいを醸し出していた。作品の印象は繊細な線画に、考え抜かれた言葉を添えているというもの。
紙芝居に近いものを感じた。世界観を伝えるにはメディアを何にするかは重要だ。更にはそのメディアの質感、手触りまで。
本というメディアを最終形とするならば全ての要素が世界観を構成する。電子書籍とは全く異なる。NETFLIXなどがあっても
映画館に行く人々は沢山いる。それと同じで紙の本は、よりそのメディアに相応しい作品を呼び込み続けるだろう。若者達の間にレトロブームが流行るのも分かる気がする。
2022年11月1日 11月の予感
年末には予感が鋭くなる。11月に入ってから良い知らせがやって来る予感がある。それは年内にやって来る。それによって
年末年始は気持ち良く過ごせるだろう。それはそうと、研究と教育の速度を高速化しなければならないと痛感する毎日。
世の中の変化を取り入れ、即座に教育や研究に展開して行くためには自分の学習スタイルを更に高速アップデート化せねば
ならない。仕事(=研究)はリアルタイムに進行するから良いとして、10代、20代が摂取している情報と同レベルの情報摂取が最も難易度が高い。これに関しては大学生から吸収するしかなく、その手段はゼミや研究室、ホームルームになるだろう。
2022年11月8日 虹が出ていた
大学に向かう途中、物凄く立派な虹が出ていた。この後、
にわか天気雨が降り研究室に到着するとリュックサックを忘れてきたことに気付き、取りに戻るという失敗があったものの良い虹だった。良いことが起きそうな気がする。
何故、人は虹を見ると良いことを思い浮かべるのだろう。
逆もあり得ると思うのだが。今日は皆既月食と冥王星食で5000年に一度の天体らしいが、虹を含めて意味があるのだろうか。やはり虹は素敵なことを予告していた。この日は
良いことが立て続けに起きた日だった。研究室メンバーからサプライズのバースデーケーキプレゼントがあり、感動!!そのようなことが人生に起こるとは思ってもいなかった。
研究室で皆でケーキをいただきました。その余韻を引っ張りながら帰宅すると良い知らせのメールが届いていた。
頑張っていると必ず良いことがやって来る。
2022年11月14日 最近気になって仕方が無いコト
それは「SHEIN」。マーケティングの最先端、SHEIN。それは絶対的に注目せざるを得ないアプリサービスなのだが、今朝のニュースでSHEINの店舗が遂に原宿に進出したとのこと!!これは出張してでも行かなければならない。マーケティング論の授業にSHEINの最新情報を届けなければならないだろう。あと些細なことで気になっているのはUQワイマックスのキャラクター、青と赤のガチャピンとムック。これが欲しくてたまらない。イオンかリバ千に行った時に、UQのブースに青と赤のガチャピン、ムックが何体も飾ってあり欲しくなったのだ。そもそも研究室にスポンジボブと仲間たちのぬいぐるみを置いたら、もっと置きたくなる衝動が沸き起こり、抑えていたが抑えきれなくなってきていた。何故抑えきれないかというと気分が上がるからである。前向きなヤル気が沸き起こること知ったからだ。おそらく好きなキャラクターぬいぐるみに囲まれていると仕事や研究のパフォーマンスが格段にアップするんだと思う。そしてテレビ番組(NHKか?)でスポンジボブのアニメが先週放映
されていたので観てしまった。相変わらず面白く、そこでもテンションが上がってしまった。それ以来テンションが上がりっぱなしなのである。早めにキャラクターのぬいぐるみを追加補充しようと思っている。
2022年11月14日 過去のコンテンツの再来と最新コンテンツの攻防
youtubeでありがたいことに大昔のアイドルの歌謡曲が沢山アップされている。それらは当時ですら知らなかったマニアックな楽曲を現在になって聴くことが出来る。特に驚いたのは誰かが編集してシングルB面だけ集めたコンテンツがあり、更に作詞家、作曲家別にもなっている。例えば高田みづえのB面は殆ど知らない曲だったが、良い曲ばかり。うーーーーん、唸る。
https://www.youtube.com/watch?v=OQNfwg9QBy4
凄い時代だ。タイムマシンである。本人だって驚いていると思う。こうなるとAIの相棒を持つ時代は直ぐそこだ。自分のAIを携えて常に最新情報をAIから仕入れ、議論し、お勧めを聴くのだ。パートナーAI、間違いなく必要になるだろう。
2022年11月17日 川崎レナさん(17歳)、国際こども平和賞
大人が諦めていることを世界に向けて「変えて見せる」と発表して国際こども平和賞を受賞した川崎レナさん。彼女の英語スピーチを見たが力強くて素晴らしい。議会で居眠りをしている年配の政治家達を糾弾していた。このような若者と一緒に仕事やプロジェクトをしていきたい。心からそう思う。生きているからには何からも諦めたくない。諦めるとは、未来がある自分や社会、世界対するハラスメントだから。大人の政治家がガッカリさせてくれることに慣れた私達だが、私達自身にも問題がある。私達が声を上げなかったからこうなったのだ。自業自得ということ。だから未来を変える力のある川崎レナさんや、
そのような若者達と一緒に仕事やプロジェクトを実施して行くべきだろう。間違いない。
2022年11月22日 月夜見さんの本「終わりなき魂を生きる」を読む
どれだけ忙しくても読書の時間は絶対に必要で、実際どれだけ忙しくても読書してしまう癖は無くならない。自宅に帰ると
予約購入していた月夜見さんの本が届いていた。一気に3分の1ほど読み込んでしまった。今までスピリチュアルな世界をここまで分かり易く言語化してくれた人はいない。その意味で発想が広がる非常にクリエイティブな本であった。人は誰でもクリエイティブな感性を持っていると思っていたが、それは魂レベルで誰もが繋がっているからだと理解出来る。あの世もこの世も無いという感覚も現在の自分では良く解る。現世の自分の過去は既に前世に感じているから。そして現在が未来に繋がっていることが「今見えている」という感覚もある。物理的な肉体や空間があるから「見えている」ことが実現するまでに時間が掛かってしまうという感覚だ。そしてその本を全て読んではいないが、途中で夢を見た。その夢の内容は私自身のカルマが
何だったのかを教えてくれるものだった。とても簡単なことだった。私は人に見返りを求めてしまうエゴがあったのだが、
そのカルマ落としは大学の教員になって未来ある大学生に少しでも役立つ人になることであった。自分のことよりも大学生達のことを考えて実行することだ。最近はそれが少しは出来るようになってきた。
2022年11月25日 サッカーワールドカップ観戦事情(大学生編)
昨日のコマーシャル演習の授業で、私のコースの学生全9名(全て女子)に、サッカーワールドカップの「日本×ドイツ」戦を
テレビで観戦したか?という私の問いに、答えは「いいえ(全員)」だった。誰もリアルタイムで観戦していなかったのだ。
全員がツイッターなどのSNSで翌朝くらいに知ることになったようだ。テレビを観ている層は、日本全国が観戦して湧きに湧いていると思い込んでいるが、実際はそれほどでもない。テレビ信奉者、視聴率信奉者(私もそうなのだが)と大学生以下の
若者達では住む世界が全く違うことを認識しなければならないだろう。この気付きが無ければ現世の正しい理解は出来ないのだ。時折、このようなチェックをして行こうと思う。私自身、マーケティングを専門とする者として若者調査は必須である。
そもそもテレビ視聴率はテレビは設置している世帯で取ったデータを基にしているが、大学生独り暮らしではテレビさえ置いていない者が多いという事実がある。信じられないことになっていると知ることが必要なのである。
2022年11月29日 新宿駅南口から渋谷区代々木へ
先日、久しぶりに代々木に行った。私は渋谷区は若い頃から苦手で余程のことがないと行かないのだが新宿を経由して行くと
苦手感が無くなるから不思議だ。特に新宿南口から甲州街道沿いに初台へ向かって歩いて行くのは気持ちが良い。良い気の流れを感じる。歩いていると小さな公園が幾つか出現する。そして少し甲州街道を逸れると一軒家の並ぶ住宅街になる。
その日は曇りでやや寒い日だったが、想い出すと寒さも曇りも感じず、むしろ明るい印象がある。現実に見て感じた風景と
想い出した時の風景は違うのだ。長岡が雪が降る割に、想い出す時にはその印象が薄いのも似ている。自分がポジティブ思考だからだろうか?毎年11月から12月の年末まで忙しくなる。実際に今も良い意味で忙しい。疲労は眼と腰にくるので注意しておこう。平和な正月を迎えるために。その前にクリスマスもあるけれど。そして年内に京都に行かねば。
2022年12月2日 12月に入って寒くなった
寒くなると当然身体が冷える。ただでさえ忙しい中に身体が冷えてくると体調が悪くなりがちなのだ。11月から12月は要注意である。実際に疲労が蓄積して体力が落ちている。こんな時は睡眠が最も重要。仕事をこなすには昼寝や早寝を小刻みに入れることだ。現在、夜中の0:20だが21:00~23:30くらいまで寝ていた。それで少し回復できた。肩凝り腰痛が酷い。加えて眼精疲労ときている。自分も良くやるなあー。学生のためには何でもできる。学生の頑張りにエネルギーを貰っている毎日で私の方が救われている。ただ少し疲れている。
2022年12月8日 綱渡りの日々
スケジュールとスケジュールの隙間を縫うように新しいスケジュールが入る。これは12月らしい綱渡りの感じである。これを
乗り越えられたら正月になるイメージだ。今年は予定通りのチャレンジをしてきた。自分でも良くやったと思える内容だ。
正確には予定以上に頑張った結果が出ていた。それによって来年の戦略が見えてきた。世の中を変えるイノベーティブな仕事をするのが自分の役目だということを実感する1年だった。そういう運命にあることを知り、またそういったイノベーションを起こせる若者達を育てることが使命なのだと悟ることが出来た2022年。クリエイティブ、イノベーション、パッション、日本のブランディングなどが2023年の自分のキーワードになることだろう。
2022年12月9日 そろそろ今年が終わろうとしている
今年の収穫は論文ではなく、大学教員になる前の自分の仮説が正しかった証明が出来たこと。これは論文よりも価値がある。
確信と悟りが得られたのだから。56年生きてきて、このような感覚は6回目だ。大きな節目に自分の仮説を立て、その証明のためにリスクを負う道を選んで来た。今までそれらの道は全て間違ってはいなかった。今回も正しかった訳だが、この正しさは非常に大きく広がって行くと感じる。大学と企業を連携させる試みがかなり上手く行き始めており、両サイドにとってのソリューションになっている。大学も企業も、あらゆる組織という組織は個人を評価するのを辞めた方が良い。チームワークで仕事をしているのに個人での成果評価などナンセンスなのだ。また個性の連携が価値を生むのだからチームやユニット毎に評価すべきである。減点法ではなく加点法で評価しなければならない局面ばかりだ。最新の価値が何か分からないと古い価値観からの減点法しか出来なくなる。今年は非常に気付きや悟りが多い年だった。全ては長岡造形大生からもたらされた。長岡造形大学は金、銀、ダイヤ、プラチナの鉱脈の如く、とてつもない人材豊富な大学だ。私が言うのだから間違いない。大企業や
一流企業の企画のプロ達に引けを取らないどころか、チームになれば長岡造形大学の方がレベルは遥かに上になる。
頭の柔軟性とチーム連携での作業スピードが凄いからだ。加えて雑念無く修行を積んできた精神性が企画、作品に宿るから。企業に言いたいのは、まとめて10名から20名を長岡造形大学から採用したら良いということ。資金が豊富にあるスタートアップも10名まとめて採用すれば即戦力のインハウス制作部隊が得られ、広告・広報活動もスムーズに出来るようになるだろう。夢の様な話が現実に出来てしまう。もっと驚くような話は沢山あるが企業(大学)秘密としてここには書けない。
2022年12月14日 強風と霰の後、晴れという天気だが、寒い!
忙しさが止まらない。年末は体調を管理しないと危険である。先ほど風呂に入って温まっておいた。一旦、寝てから夜中3時くらいに起きて仕事をする予定。このように大変なスケジュールの年末だが、授業では年末になっても学生の実力を垣間見るシーンが多い。学生からエネルギーを貰い続けている。このような幸せな時間が私が働いている時間の大半を占めている。
これは大学教員冥利に尽きるというものだ。仕事納めまで、やらねばならぬことは山積みだが1つ1つ確実にやるのみ。
最も大事なのは、睡眠時間の確保。これさえ出来ていれば恐いものは無い。
2022年12月15日 03:30~05:00 仕事の捗る魔法の時間帯
今日も朝の3時半から仕事を開始して、4時58分に仕事を終えた。最近この1時間半が非常に効率よく仕事が出来る時間帯に
なっている。物凄く集中出来るため、始まりと終わりが一瞬の様に感じる凄さである。眠気は一切無い。邪念も浮かばない。
真空地帯に居るような感覚になるのだ。この後、一眠りしても良いのだがその前の23時~3時までの睡眠が効いていてそれで
十分なところがある。つまりその4時間で完璧に睡眠が取れているのだ。うーん気分が良い。朝のゆとりが途轍もなくある。
温かい飲み物を作ってゆっくりとしよう。
2022年12月19日 京都出張を終えて、京都のタクシー運転手に思うこと
京都のタクシーは素晴らしい運転手さんもいるけれど、詐欺師の様な人もいて非常にがっかりさせられる。こちらが京都に詳しくないと思って遠回りを提案してきたりする。こちらがそれは違うんじゃないですか?と問い正すと、「では戻りますか?」などと言ってくる。個人タクシーだった。誰も諫める者がいないのでやりたい放題なのだろう。常習犯なのは間違いない。京都のブランディングを下げる人間性の悪いタクシー運転手が一定比率で存在する。これは京都における課題と言える。この課題解決はどうしたら良いだろうかと暫し考えてみた。直ぐに答えは出ないのでタクシー業界の団体にメール報告しておくとしようと思ってサイトを探したら、一般社団法人京都府タクシー協会があったが電話とFAXしかなく、詳細を説明するメールが送れない。やはり聴く耳を持たない姿勢では駄目だなと思った次第です。
2022年12月20日 北野天満宮で
先日の京都出張時に幾つかの神社を巡ったのだが、北野天満宮に入ろうとした時、入れ違いで毎朝見ている某テレビ局女子アナに出会った。マスクをしていたが毎朝見ているので直ぐに分かった。お母様と2人での参拝だった様子。かつては職場が近くてランチなどで遭遇してもおかしくはなかったが会ったことは無かった。テレビでは常に明るく楽し気にしているがプライベートでは凛として力強いイメージだった。何か決意をしたのだろうか、その様な表情をしていた。私は決意はとうにしており
どちらかと言えば覚悟をしたためた来訪であった。その出張から帰って来たが長岡は大雪で交通機関が停止。私は到着早々に
長岡駅で足止めをくらい、日本最古のビジネスホテルと言われるホテル法華クラブに落ち着いてこれを書いている。まさかこうなるとは思っていなかった。越後交通バスの運行が朝5時に発表になるので、それをチェックして予定を立てるしかない。
2022年12月21日 長岡の自室(自宅と言う呼び方よりワンルームゆえ、自室)にて
ホテル法華クラブから宮関の自室に戻って来て感じるのは、ここもまた「我が家」なのである。小さいながらも落ち着くし、
仕事が尋常でなく捗るスーパー自室と言える。ある意味で私の長岡オフィスとも言える。やはり自室にカムバックすると仕事が捗る。どれだけ雪が降っても耐えられる室温キープが可能。理想は床暖房があることだが、そこまで贅沢は言わない。
未来の大学の在り方ビジョンが今年は明確になり、企業コラボの理想形も見えてきたのが大収穫だった。自分の予想を超えた結果が得られた訳だが、これに感じることは自分を越えて行くために限界を超える背伸びをすることが必須ということ。
忙しいとか、予算が無いとか、手続きに時間がかかるとか、ではないのだ。やるか、やらないかだけ。やれば良い。そしてやる決断をすると不思議な運気が発生する。まるでイノベーションの神が存在して、その神に目を掛けられると上手く行く様な感じなのだ。関係者全員に魔法が掛かるような状態が発生する。この体験は関係者全員の共通体験として強烈な印象を伴う。
これは電通時代に体験した至高体験より更に上のレベルだった。何故ならば関わっている人数と立場の多様性(企業人、大学教職員、大学生など)が豊富なのと、スピード感が現代の速度だからなのだ。これが2022年の集大成だった。また、この件だけでなくこれを証明するだけの周辺結果も出ている。満足な2022年だ。まだ残りの日数でもイノベーションを起こせる。
2022年12月23日 ほぼ仕事納め
年内95%の仕事は今日で終えたが、あと1件だけ29日に仕事が残っている。ありがたいことです。少しゆとりが出来たので休養を取りつつ最後の仕事に集中できる。今年1年も走り続けた。自分に良くやったと言ってやりたい。願いは叶う事もあれば叶わない事もあったが総じて満足のいく結果である。私の1年を漢字一文字で表すならば「喜」だろう。世の中はコロナ、戦争、物価上昇といったマイナスな事柄が多いのだが、私自身はポジティブにやってこれた。11月に体調を崩したが何とか持ちこたえることが出来た。私独りで出来ることでは無く多くの教職員、学生の方々の協力あっての事ばかりだ。感謝しています。またコンサルティングの仕事ではクライアント企業様から学ぶ事が多く恐縮しつつも最大の価値提供をするように心掛けて来た。
まだまだ研鑽を積み上げねばと感じている。ハードワークで自分のスキルは年々上昇しており、仕事の成果にもハッキリと出ているのが嬉しい。まだ自分の伸びしろは大きく残されていると感じている。さて、来年2023年はどの様な年になるだろう?
2022年を超える実績や成果が得られる年だと思っている。ジャンプする年だ。日本経済のジャンプは2024年だと感じる。
2022年12月26日 2022年が古く感じる
2022年と書くと、もう古く感じている。気持ちは2023年になっているのだ。年末はいらなくなったものを捨てたり売ったりで断捨離をする時期。新しいモノゴトを呼び込む儀式の様なもの。同世代との飲み会などを開いている人達も多い時期だが私は若い世代の20代~30代の後輩や仕事仲間との総括会を実施する。これは本当に有意義だからだ。1回の会合で互いに仕事に役立つノウハウを共有できる。この世をサバイバルする武器を互いに提供し合うのだから当然だ。馴れ合いのサラリーマン集団とは訳が違う。大きな会社に属しているとモノゴトの本質が見えなくなる。ましてや自分の人生戦略や武器に関して無防備になる。個人のビジネス能力開発は会社の看板を失くしてからが本物なのだ。大企業で高いポジションに付いて誰からも批判を受けずに呑気に楽な仕事を続けていると、そのレベルの低さは簡単に露呈してしまうので恥ずかしい。実際に恥ずかしげも無くむしろ自慢げにこんな仕事をしているとSNSでアップしている同世代を発見すると苦笑してしまう。そういった年配者達は
若い世代のレベルを知らないのだ。下の世代の台頭に疎くなる。何故なら自分は高位置にポジションしているからという驕りがあるから。そして上から目線で台頭してくる若者達に助言したりしてしまう。自分がイケていると勘違いする。若者達は
想像以上に敏感で頭が良く、そのような劣化ジジイを簡単に見破る。劣化ジジイは秒殺されるのだ。年配者は若者達からコラボしたいとオファーがなければ間違いなく劣化しているということを肝に銘じなければならない。私も肝に銘じている。
2022年12月28日 マーケティング・コンサルティング総括
ここ3年間はコンサルティングの仕事で日本全国、津々浦々の企業さまからお仕事をいただいてきた。こちらから価値を提供しつつ勉強もさせてもらった。マーケティングはストリートファイトであり実戦あるのみ。机上の空論は実戦では意味を成さない。マーケティングとはそれを実施する者の権限やポジション(と予算規模)に依拠し、セキュリティが高い状態で成されるため学問としてのオープン性とは相性が悪い。学術書として述べられているものに実戦の凄みは無い。つまりマーケティングの実行は軍事作戦に似ていて真相は関係者しか分からないものだ。デルタフォースやネイビーシールズの作戦がニュースにもならず誰も知らないのと同じだ。今年は特に難問として手が出せなかった中小企業でBtoBのクライアント企業さまに着手し、光明を見出すことが出来た。D社時代のクライアントが大企業でBtoBtoCのマーケティングは、私にしてみれば前世の仕事に
見える。つまり初級編だ。マーケティング実戦ではクライアントが中小企業になるだけで仕事は中級編に突入する。これに
中小企業の予算規模と達成期間の条件が加わるともはや上級編になるのだ。D社時代は機動部隊に所属し、複数の部下と作戦を実行していたのとは訳が違う。中小企業クライアントさまには確かな地図が無い土地に夜中単身で落下傘降下して任務遂行しなければならない。そのための武器やツールも常にアップデートしている。大学でのマーケティングの授業内容は実戦レベルではないが一部の武器やツールは学生に提供している。実戦には最新兵器の導入が不可欠なので、2023年は武器やツールの
吟味が更に重要になるだろう。マーケティングの高度な実施力は中小企業クライアントさまでこそ鍛えられるものだ。
2023年1月1日 年末の秘密基地
毎年、埼玉県某市にて年末を過ごすのだが晴天で静粛な日が多い。商売武器のマーケティングツールの吟味を行う。全てで10種類以上を駆使する予定で幾つかは新しいモノを加えるつもり。1年の戦略的スケジュールを立てるのだが、最重要なのは何をやるのかよりも、何を絶対にしないかという誓いを立てることなのだ。時間と資金の投資をしないことを決めることが最優先。それが決まった後に、時間と投資すべき
モノゴトを決める。今年は仕事で撮影と編集を受け入れる
予定なので最新の機材を購入することになる。これは
iPhone14 proを購入すれば良いだけのこと。テレビCMの
電子送稿フォーマット、ProRes422 HQで撮影できる。それを
MXFに変換して送稿するのは広告会社に任せれば良い。私がテレビCMプランナーだった時代は32年前から27年前。あの当時からテレビ
CMは変わったかと言うと、変わっていない。むしろ劣化している。
特にビールのテレビCMは酷くて目も当てられない。どのビールのテレビCMもタレントを何人も起用して「美味い」と言わせている。テレビCMはフィクションと言う以上に自作自演の虚構の世界で日常から懸け離れているように見える。この感情は若者はもっと強く感じられるだろう。
この状況に鉄槌を喰らわすのが私の役割だと感じている。またコピーライターに関してはGA4を学ばずしてコピーを書いている輩が殆どというのも職業意識として劣化していると言わざるを得ない。プロ意識はクライアントと直接対峙しない限り育まれないものだから、新入社員や若手社員にとっては大企業の歯車に成り下がってしまうと人生設計で大きく間違うだろう。広告業界やテレビ業界がビジネスモデルで間違っているのは、拠り所となるデータを視聴率に置いていること。これは業界都合の指標であり、2022年にはこの大間違いを再認識できた。広告、テレビ
関係者が2022年の時点でも異常なくらい視聴率信仰で驚愕した。特にサッカーワールドカップでの盛り上がりは勘違いを加速させていた。
この根本的な間違いを業界都合からクライアント側のオウンドメディア数値へシフトしなければ未来は無い。この話が分かる人が広告業界には
居ない。私の言い分が理解できない広告業界人は自分が終わっていると認識すべきだ。今となっては私がテレビ局のSAS担当と近くなり、広告会社はSAS専門会社とだけ付き合うような時代である。テレビ局はSASは枠売りとわきまえているため私のような独立したクリエイティブディレクターとは相性が良い。運命的にも2023年にはこのジャンルを掘ることになっているようだ。
2023年1月3日 大学生にとっての教科書は実戦
大学の4年間を大学だけで済ませてしまう習慣はこの時代には遅れをとってしまう。それが分かっている大学生は大変でも実戦的な仕事を同時期に開始してセミプロからプロの状態に仕上げている。これは理想的な状況といえる。経済的な状況からバイトをせざるを得ない場合でも、仕事に直接繋がる実戦的なバイトが出来ると理想的だ。大学の4年間に新入社員の2~3年目までの経験値が出来るようなカリキュラムやチャンスが必要だと思う。無理だと思っているのが間違いなのだ。大学側にも企業側にも若者を見縊って勘違いしている部分がある。彼、彼女たちは年配者の感覚より余程優れている。昔の年齢より進化して
レベルアップしているのだ。それに気付けないと学生も教員も時間を浪費してしまう。なので今年の授業には実戦を様々な形で持ち込もうと考えている。
2023年1月4日 絶対にしないことを決める戦略
これが結構難しい。良かれと思って準備することや投資することが外れる場合も多々ある。ヤル気があるからこそ攻めに出たくなるが長い目で見て戦う場を後ろにズラす方が良い場合がある。あるいは戦いそのものをしない方が良いことすらある。
自分にとっての鬼門が幾つかあることを忘れてはいけない。本当にすべきことだけするには、自分からいらないモノゴトを
1つずつ剝ぎ取って考えれば良い。それが無くても問題ないモノゴトを削除して行くのだ。既に1月の予定で入れていたモノを
幾つか削除した。すると脳内がスッキリして他のモノゴトを入れられる、あるいは既存のモノゴトをジックリ出来るというメリットが発生する。
本日もそれによって出来た時間をクライアント企業さまに使う。あるいは大学の授業の準備に使うことにする。
2023年1月11日 昨夜の体調の悪さ
やや頭痛がして体が怠かったため、早めに寝て何とか回復した。大抵のことは一晩寝れば回復するのであるが、今日の授業のために学生が提出した作品を事前に見ておかねばならず早朝から実施して事無きを得た。体調の悪さは正月に運動してないことからくる筋肉の硬直にも理由があるだろう。ストレッチをせねば。頭痛にはナロンエース、これがあれば助かる。また買い足しておこう。因みにイヴクイックば全く効かない。薬によって効く効かないがこれほど違うのかってくらい違う。今年のカレンダーをまだ買っていなかったので、昨年同様にリバ千に行って買ってくるとしよう。アナログカレンダーは重要な戦略ツールなので必須。スケジューリングは生き方そのものだから。
2023年1月12日 ユニクロの賃金最大4割アップ、初任給30万円
ユニクロが口火を切って賃上げを発表した。これは大きな決断である。新潟の最低賃金が時給860円とのことだが、これは35年以上昔の私のバイト時給(東京)より低くて唖然とした。こんなことで良いのか、と怒りが湧いてきた。若者こそが未来なのだということを年配者が理解して後押ししなければ誰がするのだろうか。賃金は若者に厚くしてあげるべきだ。年配者を守る大企業がまだまだ多いのだろう。しかし、その様な大企業から若者は去って行く。今は明け方の5時24分。寒いです・・・。
週末には共通テストという大きなイベントがある。
2023年1月13日 13日の金曜日、恐怖の出来事!
今日は注意をしていた。特に何も悪いことは起きなかったのだが原信のレジ前に並んでいると事件が起きた。私が雑誌棚の方をレジ前の列から身を捻って眺めていた一瞬に、スルスルッとカーゴを押して来た婆さんが私の前に横入りしたのだ。ほんの一瞬で、しかも狭い隙間に割り込む身のこなしは慣れたプロのような感じだった。私は唖然として何が起きたのか分からなかったが、徐々に婆さんが常習犯だと分かって来た。たまたまであの動きは出来ない。今までも劣化老人の色々なパターンを見てきたが、これは黙ってはおけない。何故ならば今後もやり続けそうだから。誰も何も言ってこなかったから、その様な平然と横入りして悪気ないモンスター婆さんが誕生するわけだ。日本の象徴だ。つまり誰も文句を言わないならヤッタ者勝ちという恐ろしい考え方。私は自分のレジを終えた後、原信を出た婆さんを追って正面から呼びかけた。「お婆さん、さっき明らかに横入りしましたよね。いくら年上だからって常識的にありえませんよ横入りは。今後二度としないで下さいね。またやりそうだから」と言っておきました。すると婆さん、普通の顔で「ああ、すいませんね、じゃあ何かお詫びをしなけりゃならんね」といいつつ先ほど買った買い物の中から何かを取り出そうとした。それを見て私は「いえ、結構です。もう二度としないで下さいよ」とだけ言い残してその場を立ち去ったのだった。70歳から80歳くらいの小さな腰の曲がった婆さんらしい婆さんだったが、何を考えているんだろう。しかも形式的には謝っていたが顔は申し訳ないとは言っていなかった。何かを渡してその場を離れようとする狡さすら感じた。長岡で暮らしていて気分を害することは殆ど無かったのだが、まさか原信であのような婆さんに遭遇するとは。もし今後、横入りする人がいたらその場で「ちょっとアナタ横入りはいけませんよ、と言うようにしよう。その婆さんが先にレジに進んで、横入りされたと実感したら私の頭の中で「このクソ婆」という言葉が湧いてきた。
普段、このような汚い言葉は絶対に使わないようにしていたが、そんな言葉が浮かぶようでは私もまだ未熟だ。修行が足りないと自分を戒めた。
2023年1月28日 弥生美術館 田村セツコ展
御年85歳のイラストレーター、田村セツコさんの展示を観てきた。子供の頃から馴染のある少女のイラストとファンタジーな世界。展示作品から感じたのは、書くように描く、描くように書く、田村さんの言葉とイラストの一体感だ。言葉もデザインであり、デザインも言葉になっている。著作物も沢山売られていて、その中の言葉で印象的だったのは「年を取ると魔法使いになる」という言葉。若い頃と違って大抵のことは出来るようになるという様なことが書いてあったが、全く同感。培ってきた能力を魔法と呼べば、それこそ正しい。毎日が楽しくなる。あと、イラストを描く意味を田村さんはこう答えている。少女には「孤独」がある。それを元気付けるためにイラストを描くのだと。「少女」の部分を何に置き換えても当てはまると思う。まあ、田村さんは「オッサン」に向けてはイラストを描いてはいないと思うが、全ての作品は癒しや慈愛に満ちていた。紙や布が好きという言葉にも大切なモノが含まれると感じた。スマホやテクノロジーの時代に、たまには私も塗り絵をしてみたり、紙の切れ端や布で人形を作ってみたくなった。冗談ではなく本気で。あと驚いたことに、私が好きなガーデニングの神様、ターシャ・チューダーと田村さんは会っていたのだ。うーーーむ、繋がる何かを感じて嬉しくなりました。その後、弥生美術館を出て学生時代に住んでいた文京区千駄木方面まで散歩した。身体の60兆個の細胞の何個かが千駄木を記憶していて、新しくなった街並みで方向が解らなくなっている自分にこっちの方角だと引っ張ってくれている感覚になった。実際に引っ張られる方向にかつて住んでいた学生寮の場所があった。そこはマンションになっていた。
2023年2月1日 1月があっという間に去って行った。
正月が前世の様に感じるほど、時の流れは早いもの。大量の学生のレポートを読み込んで採点をし続ける毎日。授業が終わっても時間が余ることは無いのである。しかしそれは非常に楽しみでもあるのだ。レポートを通じて大学生の感性、価値観を知ることになるのだから。世の中は変化し続けていて人間も変化し続けていると実感する。もし私がこの職に就いていなくて
学生のレポートを読まない生活をしていたらどうだろう。私の見ている世の中は古い価値観から変わらない風景で、それを飛び出すことは無いだろう。学生がレポートに書くアーチストは若者達であって私が知らない人々も多い。
それだけでこちらの学びになる。私は採点をするが同時に学んでいるのだ。つまり採点をしまくっている状態とは、学びまくっていると同義。ゆえに苦にならないどころか喜びである。これは幸せな仕事と言って良いだろう。
2023年2月2日 2月は多忙な月
この3年間、2月は忙しい毎日である。3月になって雪解けの兆しと共に少し緩くなる。雪解け後の地面を見ると嬉しくなる自分がいて驚いたものだ。普通の地面が見えるだけで結構嬉しいものだな、と。これは雪国暮らしに染まったということだろう。
悪くない。自分の価値観が多様になり、些細なことが喜べるようになっているのだ。しかし会社員はどうなのだろう?定年が訪れて昔の会社付近に行ってしまう人々を何人か見てきた。それは不思議な光景だった。もう定年退職したはずの方がスーツ姿で昼頃に会社近辺を歩いていた。驚いたのは社章をスーツに付けていたこと。しかもその社章は旧社章で私の時代には無く
その前の時代の社章、つまりその方の若かりし頃の社章だったのだ。微笑ましいとは言えず、愕然としてしまった。ご本人がそれで幸せな気分であれば良いとは思うが、私は恐ろしい光景を見たと感じてしまった。人間は死んでから成仏すると言うが
生きていても成仏したり、しなかったりすると思う。つまり様々なステージを卒業していく時が成仏の時だと感じる。
成仏せず老害化することが最も恐ろしい。かくいう私も自らの劣化チェックを怠らないようにと心掛ける毎日である。
2023年2月5日 渋谷東急百貨店 閉店
渋谷は苦手な街なので渋谷東急百貨店には殆どいったことはなかったが、渋谷の風景の一部として憶えている。百貨店のある風景は昭和を想い出させる。私の生まれ育った浜松の繁華街には松菱というデパートがあり子供の頃にたまに連れて行ってもらう嬉しい場所だった。平成になると松菱は閉店し、しばらく廃墟化していてたまに帰省する私は寂しさが募ったものだ。
同じように昨年私の大学時代の街、池袋を昨年に訪れた時、西口の丸井が無くなって空き地となっていた衝撃は忘れられない。時代は黙っていても進み、変化し、人は亡くなり、モノも無くなる。それと共に価値観も変わり、無くなる。だから楽しむことだ。変化を味わって今、現在を楽しむことは年齢に関係が無い。歳を重ねると自分が失われていくモノゴトと同世代を
生きていたから自分が喪失して行くような感覚が生まれがちだが、そこで感慨深くなっている場合ではない。
歴史を長く生きているからこそ、その変化を実感として味わえる特権がある。贅沢なことだと思う。長生きすればそれを沢山味わえるのだ。私は若者達が知らない世界を知っている。それは過去であり戻ってこないものだから、貴重な事実であり体験なのである。
2023年2月7日 昨夜、胸痛に襲われる
昨年に2回、昨夜1回胸痛を味わった。かなり痛い。のたうち回る手前くらいの痛さだ。これは症状から胆石症だと思われる。食事後、夜に起きることや、肩や腕の筋肉痛といった症状が当て嵌まっている。素人判断ではなく病院で確認しよう。胆石症には脂っこい食事は厳禁だ。嫌な感じの肩凝りや筋肉痛は胆石症から来ていたのだな。胆石症が出る前の兆候は少し分かるようになってきたと思う。
2023年2月9日 胆石症ではない?
昨日、病院へ行くと逆流性食道炎か胃炎の可能性があるとのことで、それらの薬を処方してもらった。しばらく様子見だ。
体調は回復してきたが、油断はならない。寒い季節は体調管理が本当に重要。そしてまだ忙しい時期は続く・・・・。
食事は淡白なものを少しづつ取る程度にしておく。
2023年2月10日 卒業・修了研究展 始まる
3年ぶりの卒業・修了研究展の来客を招いての開催が始まった。私が長岡造形大学着任前に訪れた時の印象は、レベルが高いな
あ、しかも展示の量も多い。といったものだった。今年はそこから更にレベルアップが感じられる作品が多かった。特に未来的な思考と製作が成されていて目を見張るものが非常に多い。時代と共に学生達は確実にレベルアップしている。この時代と共にというのが非常に重要だ。私が感じているのは未来の津波が襲ってきて皆呑み込まれてしまうイメージである。
その波に乗って楽しめるか、呑み込まれるかの時代になっている。テクノロジーの進化と価値観の変化加速を自分の人生に
どう織り込んで生きるか、そのスピードと身のこなしが大切な時代である。若者達の中で昭和レトロブームがある。
それを自分の作品に取り入れて新しい創作が出来る学生を、昭和に育った年配者は大いに評価する。しかしそこで発見したのは、逆に年配者は若者達の価値観に憧れを抱けるのか、抱く時間、価値観を持ち合わせているのかという気付きだ。
そう、昭和の価値は蓄積されて可視化もされて再解釈され易いが、リアルタイムの若者文化は年配者達から解釈されること
無く流れて行き、現在の若者達が年配者になった時に再評価されるのだろう。いつの時代も若者達の文化を年配者が憧れを
持って感じることは困難だったのだ。卒業展示で、とある学生はアニメで不死のアンドロイド主人公を描き、そのアンドロイドが知り合った人間が歳と共に朽ちて行く様を諦観しつつ逆廻し回顧する作品を制作していた。人間側ではなくAIやロボット側から描かれる人間という未来を感じさせるものだった。そのようなあらゆる作品の全てが、奇しくも同じメッセージを放っている様に感じた。未来と対峙することは利他的に生きるということ。
それはどこかで誰かを互いに感じて生きることだと感じさせられた卒業・修了研究展だ。
2023年2月11日 大学では学生同士の学びの質が最重要
大学生の最大の学びは、同学年同世代の思考、価値観、作品に触れ、感じ、理解することに他ならない。大学教員から何を
学び取りたいかは大学生側に主導権がある。私の教員としての危機感は大学生に追い越されることである。これはそのまま
大学の危機感でもある筈。私が追い越されないためにしている勉強の1つは海外の優れたオンライン学習コンテンツを大量にインプットすること。Google Digital Garageはその基本的な学習コンテンツ提供サービスだ。そしてそれらを実践の仕事で
活用し、知見を溜めること。加えて海外の複数メディアの報道、CNN、BBC、VOAなどなど米英他複数メディアから満遍なく毎日ニュースをウォッチして思考範囲を広くしておくこと。あと大学1、2年生の価値観を聞き、時間があれば話し合うこと。
大学生達から追い越されないもう一つの大きな柱は仕事(≒研究)である。
2023年2月13日 卒展の終了 / 観察力の鍛え方
素晴らしい展示の数日間が終わり、あっと言う間に展示物が取り払われた。それを見るにつけ、目に焼き付けておいて良かったと思えるのだった。自分の作品を観ている人を観ている学生を、私は観ていて非常に面白かった。全ての学科の作品を観ることは出来なかったが、かなり多くの作品を観た。素晴らしい体験でありつつ、脳がフル回転するので非常に気力、体力を
消耗する。観覧するだけで長距離マラソンを走り終えた感覚なのだ。この後はゆっくりと休みたい。休もう。明日は大掃除。
そうだ、忘れないように書いておこう。これからの時代を生き抜くために最も重要な能力は何か?卒展を観ていて確信した。それは「観察力」。対象は「人」。「人」の行動や表情、発言などなどを徹底的に観察する。卒展では自分の作品の前で他人はどのような表情をするのか、何を話しているのか、どんな行動を取るのかなどを根こそぎ観察できるのだ。
更に他の人の作品が、どのように観られ、話されているのかも観察できる。これからの時代、能力が高いとは観察力にかかっている。観察力を高く持ち、利己的な気持と利他的な気持の程良いバランス感覚があれば能力が高い人間になれそうだ。
観察とは単純な比較ではない。ましてや順位、序列ではない。違いの分析と、それによる戦略立案なのだ。それが他人との
比較順位や世間の基準で良いとされる価値観で自分を測ろうと一喜一憂していると、凡人として支配される側に終わる。
己の道に早く気付き、邁進できるか否かでしかない。だから他人を良く観察している人は分っている人だ。周りに忖度したり、同調するのは一瞬で出来ることだが自分だけの道に進むことは決意していないと一生出来ない。だから覚悟して決断した時は自分でそれがハッキリ分かる筈だ。他人に興味を持たなければならない訳では無い。むしろ他人に興味が無くて良く、
客観的な観察が出来れば良い。
2023年2月17日 卒展終了打ち上げを終えて
私の研究室に所属する学生さん達との卒展終了打ち上げを
終え、今年度が最終局面を迎えている。東京に就職する者は引っ越し準備をし、そうでない者も新たな生活に漕ぎ出して行く。どちらも素晴らしいことで、期待に溢れている。
最後の打ち上げでの学生達の言葉は私にとって全て学びだった。いつもそうであったように、私は学生達から学んでいる。学生が薦めてくれるモノゴトは全て体験しようと思うし、価値観の同じこと、異なること全てを受け入れて私の
骨肉とさせてもらっている。
*左のマージャン室はミーティングルームの予約が取れない時に仕方なくコンサルティングのミーティングに利用する
部屋。私はマージャンをしない。ここで仕事をするだけ。
話は変わって、つい先日まで大麻が合法なタイで大麻体験をしてきた知人から聞いた話。人生観が変わりハッピーになるリアルが何をもたらすか、の話だ。大麻体験は「今」に至福体験をするということ。計画的な成長をしなければならないという呪縛から解放されて「個」をリセット出来るのだと。
味覚、音感などが敏感になり、感受性が開花、覚醒すると
今まで見てきた世界が一変するとのこと。この話を聞いて
大麻合法の国で大麻を吸いながら観覧できる美術館があるのか知りたくなった。ニューヨークは既に大麻が合法となったので多くの美術館・博物館に行く前に吸うことは出来るだろう。私が興味深いのは、大麻を吸いながら観覧出来るかということ。この後、調べてみようと思う。
2023年2月19日 「俺は現在(イマ)なんだよ!」by
桜木花道
アニメ映画「The First SLUMDUNK」を観た。大ヒット作で
ありながら個人的には全く観て来なかったSLUM DUNKを映画で初めて観た。その素晴らしさは実写でなくアニメで実現した意味だ。アニメは命を吹き込むことが出来る。それは技術と気持ちあっての賜物。そのどちらもが世界トップレベルで実現されていた。内容的にはスポーツものというより、
若者が生きて行くための戦略が詰まった戦略的コンテンツだった。私はカーネルサンダースの様な湘北高校の監督の立場から選手たちを観ていた。選手たちだけでなくアニメーター達も闘っている映画だろう。幸せの根源は、現在(イマ)を生きること。現在(イマ)を逃してはいけない。それを必死で手繰り寄せ誰からも奪われない体験にする。それを仲間や同世代と実現する意義を見せつけてくれる映画だった。
2023年2月20日 松本零士さん亡くなる
子供の頃、松本零士の戦場シリーズ漫画を大量に読んでいた。あの頃が懐かしい。第二次世界大戦が昭和20年に終わって私が生まれたのは昭和41年だから、戦後ではあっても戦争は身近な過去に感じていた。だから戦記物、戦場ものコンテンツは漫画に多くあった。プラモデルもその流れを汲んでいたし自分も良く買ったことを憶えている。子供の頃、夢中になったコンテンツや物語は自分の親世代が創ったものが多い。だから当然、そのクリエイター達、巨匠達は亡くなって行く。普通のことだ。
何度も読み返していた松本零士の漫画をある年齢から読まなくなった。それらの漫画達は実家のどこかに眠っているだろう。
子供心に染み込んできたのは大人の魂だった。戦時中を生きた価値観が漫画の中に確かにあった。そして知らない戦争の風景をリアルに想像して戦慄したものだ。偉大な作家、偉大な作品群でした。
2023年2月22日 寒い日だ。雪が降っていたらしい。
朝起きると、外は雪で真っ白だ。夜中に寒くて起きることは稀にあるが昨夜はそうだった。1月や2月の暖房費はどうなっているんだろう?心配です。ヨーロッパでは光熱費が倍額らしい。日本はまだ物価が上昇したとはいえ耐えられるが、今後はどうなるのだろう。プーチンはウクライナを狙う前に日本と局地的な戦争を起こそうと考えていたという恐ろしいニュースを見た。本当に何が起きてもおかしくない世の中である。だから悔いの無い生き方、行動をしようと改めて心に誓うのだ。
2023年2月27日 入学試験など、いろいろあり体調が崩れている
寒い中、忙しくしていたら身体が重くなり、案の定その後に熱が出た。昨日は1日寝て過ごした。予定が吹っ飛んでしまったが
仕方ない。そして明日は出張だから、なんとか回復して東京都現代美術館に行かねばならない。ゆえに今日は無理が出来ない。やはり体調不良の元凶は寒さだと痛感する。身体が冷えると免疫力が落ちるのだろう。このパターンは年に2,3回ある。
長岡が悪い訳では無い。東京だって寒いときは寒く、同じように体調不良になるのだ。しかし何が幸せに必要かと言えば健康しかない。腹巻でも買おうかな。
2023年3月1日 体調不良が継続 仕事にならない
昨日、出張で東京都現代美術館に行ったのだがかなり混んでいたので体調不良が悪化した。頭痛、筋肉痛もあって睡眠も取りにくい状況。加えて提出しなければならない事務手続きが幾つもあってかなりのダメージを受けている。早く回復しなければ仕事に影響が出てしまう。やはり寒い地域は体温が低下して免疫が落ちるから健康には要注意である。歳を重ねるごとに寒さはキツくなってくるな。雪国暮らしはつくづく大変だと思う。
2023年3月10日 体調は完全復活
いやぁーー、健康って素晴らしいですね。体調が悪いと食べる気にもならないしヤル気も失われて気力が湧いてこなかった。
やっと体調が回復してまともな身体、脳で思考が可能となった。花粉のせいか眼がショボショボしているがこんなのは大したことない。熱が出て頭痛が伴うと考えることが出来なくなる。つまりは仕事が出来なくなるのだ。完全復活して良かった。
しかし体調が悪い時に限ってやらねばならない仕事が山積みだったという修行。辛かったです。やっと春が来るのか。
今、気温は暖かいのが幸いであるが、寒の戻りもあると聞く。まだ油断禁物だ。
2023年3月14日 カレー屋のRASA
長年D社に勤務していて、良く行ったコンワビル地下、通称コンチカのカレー屋、RASAが3月末で閉店すると聞き、行ってきた。大人気のカツカレーやエビは12時台前半で売り切れ
12時半過ぎだとポークやビーフは食べられる。写真はポークカレーをドンブリで注文しているもの。私はいつもこれだった。たまに辛口のビーフを注文していた。店は行列が出来ていて皆が閉店を知っている様だ。しかし私の知る顔ぶれは居なかった。FaceBookを見るとD社の同期などが訪れている様子だがたまたま時間帯がズレていたのか合わなかった。
まあ会うことを期待していた訳では無いのだが。懐かしいモノゴトはこうして少しずつ消えて行くのだ。人も同じ。3月末までにもう一度くらいはRASAに行っておきたい。あの空間と空気感は一生憶えているだろう。多忙な中、食べる
カレーの至福のひと時。誰もが味わえる普通の幸福だ。
2023年3月16日 令和4 年度教員顕彰制度
私の勤めている大学のtwitterで最新情報が流れて来たので見てみると、令和4 年度教員顕彰制度が発表され受賞した
先生方が学長と共に写真撮影している様子が掲載されていた。私も申請していたのだが落ちてしまったんだなーと思って
WEBサイト記事を読んでいると、何と私も受賞しているではないか。恐らく連絡が取れず撮影には参加できずだったのだが嬉しいものです。令和4年度も自分なりに頑張ってやってきたので報われるというものだ。私は毎年頑張っている。それは自分が一番良く知っている。至らない点も良く解ろうとしている。解っているつもりにはならないように気を付けている。春先は暖かくなりヤル気も自然に湧いてくるものです。2月には体調不良で鬱気味だったがやっと晴れて来た。
2023年3月17日 学位記授与式の日
ついに学位記授与式の日がやってきました。私にとっては3回目となり自分の研究室からの卒業生を出すのは2度目になる。
昨日も大学でお別れの会があり教職員何名かが退職され挨拶をされていた。その中でS教授の幸せな様子が印象に残っている。
カーデザインが好きで車メーカーに入って長らく働かれた後に大学教員になられた。ずっと好きなことを仕事にし続けてこられたのは非常に幸せだと思う。そして定年を迎えられた。私の場合、仕事の最終形はどうなるのがベストだろうか?ふと考えてみた。すると自分らしさが少し分かってくる。私の未来は予想外の連続なのだ。自分の想像を遥かに超える未来しかない
運命なのである。つまりこうなるとベストだという考えは無く、その時にこれで良かったとなる類のものだろう。
私の場合、そう容易く分かる未来にはならない。
2023年3月17日
学位記授与式は、予想以上に立派なものでした。毎年感動があるのだけれど、今年も昨年以上の感動がありました。学長、
市長、学生代表からの挨拶の言葉は全て素晴らしく心があった。仕事で素晴らしいプレゼンテーションは何度も経験してきたが卒業の挨拶はどうしてこんなにも感動するのだろう。どのようなプレゼンテーションと比較しても次元が違う程素晴らしい。それに加えて研究室の皆から私の人生史上最高の花束をいただき、一生忘れないと思う。私はこのような花束を貰える
人間なのだろうか?少し困惑した。困惑しながらも、その花束を超える人間になって行くしかないと思い直している。
学位記授与式後に祝賀会には参加する予定ではなかったのだが、参加することになった。これも言うまでもなく感動があり
今日は感動に浸れる良い一日だった。最後の最後まで私に学びを与えてくれる学生達に感謝しかない。
2023年3月19日 卒業式でいただいた花束
卒業式でいただいた花束は現在東京の家の玄関に飾られて
元気に咲いています。卒業生達は卒業式を終えて社会に
出る直前の不思議な春休み期間中だと思います。私の気持ちの中にも彼、彼女達が感じているであろう、その不思議な
気持ちがある気がしている。かつて自分にもこのような時期があった筈なのですが、流石にそれは思い出せません。
今日は天気が良く、散歩をしながら不思議な春休みを堪能
しました。穏やかで長閑な日。このような日をまだ何日か
味わえる期間なのです。中には既に新人研修がバリバリと
開始されている企業もあるようですが土日はゆっくりと休んで欲しいと思います。これからへの期待や希望、そして不安や緊張など様々な気持が交錯する日々でしょう。それらは
全て素晴らしい気持ちです。そして貴重な感情です。初心
忘れるべからずという言葉がありますが、その初心が正に今、創られているような気がするのです。
また今度4年生になる現在の3年生はインターンへの応募や
早期内定者決定に向けての試験にエントリーする学生達が
出てきています。早い戦いに臨む学生達はたのもしく、
幾らでも助けになるよう支援していくつもりです。
私自身のことは、やはり外部研究資金の申請準備を進めたり
新しい授業内容の準備を進めることが目下の必須項目。
私も早目早目の準備を怠ることなく、やっている最中です。
世の中ではWBCの日本VSメキシコ戦が近くで楽しみです。
2023年3月24日 WBCが終わり、忙しい3月末
感動のWBCは価値観を変えてくれた。憧れのメジャーリーグを越えている日本野球。大谷翔平を見ていると世の中を変えるのは個人の意思から始まっていると感じる。二刀流を志す最初は本人なのだ。それを認めさせるには結果を出して行くしかない。結果を出せば徐々に認められ、応援する2人物も現れる。これは大谷翔平に限らず全ての人のあらゆるレベルの話に通じている。自分の意志、魂が誠実で、自分を裏切らずに努力を続けていれば必ず結果はついてくる。やはり強い意志が重要だ。
やりたいことを決めて、邁進できる状況を創ったら走り続けること。その意志が持てずに悩む若者達は多い。大谷翔平は世界的に元気や勇気を与えるアイコンになった。私も感じるところが大いにあって負担に感じていた仕事の一部に対して違う見方が出来るようになって大谷翔平には感謝している。3月末は大学授業は無いのだが年度末でやることが山積みで忙しい。
バタバタしています。
2023年3月25日 独学の師 野口悠紀雄、山口周、田坂広志、森岡毅など
この時代に何が最強かと言えば、間違いなく「独学」と言い切れる。上記の独学の師が口を揃えて独学の達人となることが
自己の戦闘力を高めることだと言っている。その通りだと思う。私の知恵の中核は全て仕事と独学に依るものだ。その時の
必要(仕事)に迫られて身に付けたモノゴトばかり。受験勉強は役に立ったかと言えば殆ど役立っていなかった。英語を仕事で使えるようになったのは外資系営業担当になったからである。当然だが経営をしたいのに経営学を学ぶだけでは足りない。英語を学ぶだけで英語の達人になれないのと同じだ。そのジャンルそのものだけ学んでも新しい飛躍、ジャンプが出せるようになるわけではない。自己のカリキュラムを創ってその学びの成果を証明するために実戦の仕事をするのだ。
新たな問いを立て続けて生きて行くので、何か既成のカリキュラムを修了して完成などとは夢にも思わない。
生きている以上、完成はしない。未完成のまま向上し続けるのみなのだ。
今は授業開始前の僅かなインプット期間だが、この時期にインプットすると吸収が良い。そんな時期である。
2023年3月27日 北野天満宮と水卜アナ
今年に入って京都出張に出かけた時、北野天満宮に立ち寄った。その時に毎朝テレビで観ている水卜アナ(ミトチャン)が
お母様と思われる女性と一緒に帰るところだった。私は偶然、水卜アナを正面から見て「あっ、毎朝見ている人だ」と思った
のと同時に、水卜アナが何かを決断したような表情をされていたのを見て取った。直観的に結婚が近いのかと思ったのだが
中村倫也さんとの結婚で、やはりそうだったんだなと感じた。朝の元気を毎日貰っている気持ちなので大いに祝福させていただきたい。おめでとうございます。
2023年3月29日 いよいよ2022年度が終わる
3月末日をもって今年度が遂に終了する。ああー、長かった。しかし直ぐに次が始まる。本当に3月の末、特に3/20-3/31の間は
特殊な時期だと思う。束の間の休息(実際はバタバタしているが、ほんの一時休息がある)を感じられる短い期間。もう十分に2022年度を振り返った。大変な時期もあったが全ては終わるのだ。全てはケリが付くのだ。スッキリする。掃除もする。
いらないメールは削除する。ノートPC内の要らないデータも削除する。アナログな書類なども捨てる。図書館から借りている本は返却する。3/31までやり残しが無いようにしよう。
2023年4月4日 新学期、新年度が始まっている!
原信に買い物に行ったら新社会人になった卒業生2人に会った。2人とも元気で入社2日目とのこと。皆どうしているかなーと
何気に思っていたタイミングだったので、新しい場所で元気にしている様子を知ることが出来て本当に嬉しかった。卒業生の活躍は私のエネルギーの源だ。
坂本龍一さん亡くなる
坂本さんは残された時間がどれだけあるか分からない中で、「音楽より先に好きな音を集めたい」と言っていた。
その言葉の中に大事なことが詰まっている。人生は何時でも限られた時間であって、元気であっても病床に臥せっていても
実は同じなのだと思う。芸術も普通の仕事も、好きなことを死ぬまでやり抜くこと。出来れば自分にしか出来ないことをやり続けること。幸せの度合いを測る一つの尺度は、どれだけ好きなことをやり続け、どれだけ自分オリジナルなことを成し遂げられたのかだと思う。「音」について話す坂本さんの顔付が素敵だ。「音楽」の話では無く「音」についての話。空気の様に
日常に溢れている「音」を愛することの無限の可能性を感じさせてくれる。これは何も坂本さんだけの話では無い。彼が言っていることは全ての人に平等に降り注いでいる。彼の偉大さは私達の中にも生きていると言っていい。
2023年4月7日 環境と能力の話
自分のパフォーマンスを最大に発揮するには、環境が最も大事だということ。能力アップのためにはその基盤たる環境が良く無ければ能力アップできないということだ。大谷翔平にとっても誰にとっても、食事と睡眠はその最たるものだろいう。私の若かりしバブル時代には寝る時間が少なく仕事をしていたが、それはベストパフォーマンスではなく普通レベルの仕事を猛烈に沢山していたに過ぎない。自分以外の他の人でもできるレベルの仕事が普通の仕事だ。自分しかできない価値のある高レベルの仕事は、間違い無くコンディションが良い中で達成される。時間的ゆとりと何者にも邪魔されない空間も重要だ。疲労回復のノウハウや設備も高単価の仕事をする人間には不可欠なのである。環境は出来るだけ整えても高年齢化に伴う劣化は仕方ない。4月は新しい授業が始まるため、その準備や諸々の書類関係で結構忙しいのだ。
2023年4月10日 前期授業初日! そしてChatGPTに関する議論
メディア概論が今季授業の最初だった。今日はガイダンスを兼ねた初回授業だったため、次回以降の内容をダイジェストする授業だった。大学でもどこでもChatGPTに関する議論がいろいろある。最も多い意見として論文やレポートに使われて、人が考える事をしなくなるのではないかというものがある。しかしそのような使い方をする人はいるだろうが、逆にChatGPTで
クリエイティビティを上げる人達も続出する。そちらの未来にワクワクする。明日からはゼミや研究室も始まる。授業準備は
大変だが楽しみであり喜びでもある。
2023年4月13日 本格的に授業が開始!
ゼミや研究室も第1回目の授業を終え、普通に新学期が稼働している。新しい授業は内容を創ることが大変だが楽しみでもある。そのためのインプットをして即座にアウトプットを繰り返している。気候は暖かくなるとニュースで言っていたのに、
まだ寒い。大学の廊下に置いてあったデスクを私の研究室で使えるようにしてもらったので学生との授業や打ち合わせが
やり易くなった。いろいろと変化がある。真面目に地道に誠実にやっていくのみ。それだけで十分だ。
2023年4月14日 出張は新国立美術館「ルーヴル美術館展」
4/15(土)は新国立美術館の「ルーヴル美術館展」に出張となった。新国立美術館はまだ行った事がなかった。
今回はルーヴル美術館所蔵の「愛」という視えないモノを絵画として表現した作品の展示である。アイデアというよりも
圧倒的な画力に依る「愛」の表現と、宗教、文化、歴史、哲学といった背景を感じられると期待している。それらの深みを
吸収できるか否かは事前の予備知識に依る。明日までにできる限りの予習をしておこう。
2023年4月16日 ルーヴル美術館展の感想
新国立美術館は初めての訪問だった。事前予約をして入場制限があるため猛烈な混雑は無いものの、観覧者は少なくなかった。それでも十分に鑑賞出来、テーマである「愛」に関しても大いに感じ、考える事が出来た。絵画による「愛」の表現に感じたことは、その「愛」を表現するために費やされる時間である。つまりその絵を描かせる背景、理由の大きさが
「愛」と解釈するならば、100年以上前の「愛」に費やされた膨大な時間、技術を観覧時間に浴びることになった。
それに浴した後、私が感じたことは、この時代にはインターネットが無かったんだなということ。つまり自分の生活近辺での「愛」を感じることで精一杯だったのだなと。
良く言えば自らの人生を考える時間が沢山あったのだ。
現代においての「愛」の表現に絵画という手段は取れそうにないとも感じた。書き切れない考え、感情が湧いてきた。
2023年4月20日 散歩に良い季節
4月は散歩の季節である。散歩は脳を活性化させる。歩いていると良い考えが浮かんでくるものだ。少人数のゼミや研究室であれば歩きながら行っても良いと思っている。教員と学生の理想的な学び環境と言えば、オックスフォードやケンブリッジのコレッジ制だろう。教員達と学生達が生活を共にする学生寮だ。そのような環境で暮らすことが学びにとっては最高だと思っている。生活を共にすると互いを知る度合いが極端に上がる筈だから。私は高校、大学と寮生活を経験している。そこで寮監や宿直で教師が泊まることはあったが常習的に教員が泊まることは無かったことは少し残念だった。
学びの本質は試験の点数や偏差値などではなく、生活そのものの中にあることを痛感する。その考えは私の講義内容に
反映され日常風景から見えるマーケティング論やメディア論として興味を持てる設計にしている。
2023年4月22日 ルーヴル美術館展「イタリアの婚姻契約」
190年以上昔の絵画だが、実写の様に視えることに驚いた。
4K、8Kの画像を通してこの作品を観たらどのように視えるのか非常に興味深い。その場に居るように見せる技術は
テクノロジーではなくアナログの技術なのだ。ルーヴル美術館展で多くの作品がある中で、もっとも私の心に残った作品はギョームが描いたこの作品だった。私にとってギョームは
ドキュメンタリーのジャーナリストとして写実的な絵画という手段を取っている様に視えるのだ。ローマ近郊の裕福な
農家の風景とのことだが、描かれた1830年代のイタリアはフランス七月革命の煽りを受けて秘密結社(カルボナリ)がイタリア統一にむけた反乱を起こしていた時期だ。世の中がどうであれ幸せや冨はいつも偏在している。翻って現在は
どうだろう。ロシアとウクライナの現状があるが日本人は
今のところ平和である。自分達の幸せや愛を感じられるからこそ、それ以外の世の中の現状に深く感じ入ることが出来るのも事実だ。インターネットの情報スピードが遠い国の他人に対する「愛」を考えるキッカケにもなる。
2023年4月26日 私と芸術 丹下健三の旧電通本社と、志水清児の「飛翔」
私と芸術との出会いは多くの人がそうであるように小学校の「図画工作」の時間だった。私は何の勉強もしていない素の状態で最も出来た課目が図画工作だったのである。自分の描いた絵や作った工作物が学校で展示されたり受賞して市立美術館に
展示されたりといったことがあり、自信に繋がっていた。図画工作の教科書から偉大な画家などのアーチスト達を知ることが
芸術への目覚めになっていたと思う。良く憶えているのはゴッホの絵の模写をしたことだ。自分の描いた模写の絵が気に入って額縁に入れて飾っていた。そういえばあの絵、どうなったのだろう?家を改築したころは私は大学生で実家に居なかったから実家の自分の部屋に飾ったゴッホの模写がどこにあるのか分からないままだ。あの絵がまだあるのなら、大学の研究室に
飾りたいのだが。しかし、その後の私は中学に入ると高校受験を前にして絵を描くことの興味を失っていった。芸術を志すことは現実的な生き方をする以上の決意を必要とする。少なくとも私にはそうだった。今日、この文章を書いているのは旧電通本社の前に在った志水清児による彫刻「飛翔」を想い出していたからである。旧電通本社は私が生まれた1966年の翌年に完成したほぼ同い年の建造物だ。建築設計は丹下健三である。旧電通本社自体も芸術だったが、丹下健三とコラボしていた志水清児の彫刻「飛翔」は私の心の中に未だに存在し続けている。バブル時代の残り香の真っ最中、超猛烈な働き方は高圧窯の中で
長時間走り続ける超絶耐久レースの様で、鋼のメンタルを自負する電通マンであっても溶かしてしまうほどのものだった。
私は時折、旧本社の1Fロビーから見える「飛翔」を眺めていた。その一時を今になって良く思い出す。芸術はどこかで人の
精神的支柱になることがある。私は電通に入社する前から旧電通本社の偉容と、そこに一緒に写る「飛翔」のシンボリックな彫刻を写真で見て知っていた。威風堂々としたそれらは当時の私の憧れだった。そしてそれらは現在、解体され、そこから
消えた。ところが志水清児の「飛翔」は山梨県、清春芸術村のレストラン stove(素透撫)の前に移設されたという。
その記事をネットで読んだ時、「会いたい」という気持ちになった。stoveの前に移設された「飛翔」の写真もネット上にあったが、以前の「飛翔」と違って見える。顔付が変わっている。旧電通本社前に在った時より、移設されて穏やかに静かに佇んでいる様に感じた。また対峙したいという気持ちになった。「飛翔」には当時の自分の気持ちが纏わり付いている。そして「飛翔」を思い浮かべた後必ず思うことは、ついこの間卒業して行った大学生達は元気に働いているだろうかということ。
2023年4月27日 Alfred North Whitehead
後期から「発想・着想演習」授業の主担当になったため、
ホワイトへッドの著作を読みたいと思っていた。どうやって入手しようかと考えていたところ、大学の図書館で検索したら書庫にあった。私は図書館や美術館、博物館は宝の倉庫だと思っている。札束や金塊が積み上げられている様に感じるのだ。実際にはそれ以上の価値があると思っている。それらを何時でも手にできる自分は幸せだ。手の届くところに宝が溢れているのだ。ところが宝物は所有することが目的でも
幸福でもない。自分に取り込んで使うことに意義がある。
手にした時から宝の物語が始まるのだ。ホワイトヘッドの
ことを教えてくれたのはマクルーハンである。マクルーハンが親交を持った学者たちは軒並み私好みの論を唱えている。GW中には読み切ってしまうと思うが、果たしてどのような気付きが得られるだろうか。Adventures of Ideasの序文を読んでみたら、他にもScience and The Modern Worldと、Process and Realityとの3部作になっておりそれらは補完し合っているらしいのでいづれ読むとしよう。
2023年5月1日 5月、GWに突入した
幸い天気が良く、気持ちの良いGWのスタートとなった。映画、読書、授業準備、コンサルティング準備といったインプットの休日となっている。ゆとりある健全かつ豊かなインプットが質の高いアウトプットを生み出す。ここ数年間の休日はその意味で上手く行っていると言えるだろう。ここ数日間の読書で好きな作家だった高橋三千綱が亡くなっていたことを知った。魂の師匠だった彼は2021年に亡くなっていたのだった。私の米国留学のキッカケをくれた作家、作品は小田実の「何でも見てやろう」や高橋三千綱の「シスコで語ろう」といった本だ。最近読んでいる高橋氏の「素浪人心得」の中に彼が留学資金を貯めるために東京アメリカンクラブでバイトしたと書かれていた。これには驚いた。私もニューヨーク短期留学の資金を東京アメリカンクラブのナイトシフト(夜勤)で稼いでいたから全く同じ体験をしていたことになる。既に亡くなっている高橋氏からの
メッセージをその本から受け取ることができた。かつて20代の私がそうだったように、50代になった私が再び高橋氏の本からメッセージを得たのだ。それは還暦を前にした彼がオーストラリアへ短期ゴルフ修行に出たくだりにあった。私もその年齢のタイミングでしたいことが心の中にあるので大いに共感できたのだ。魂の師匠は現在も魂の師匠に変わりがなかった。
2023年5月11日 我が心の師、渡部昇一と、あらまほしきイメージ
GW中からかなり読書をしてきたが、我が心の師である渡部昇一氏の著作を読んでいる。2017年4月に87歳で亡くなられた彼の著作から生きる上での非常に大切な考え方、態度を学んできた。私の中学生時代に出会った本「知的生活の方法」は今でも
紐解く本だ。その中に書かれていた生き方を踏襲して生きている。最近の渡部先生の本の中で80歳を越えてから書斎を作ったというものがある。素晴らしい。私は図書館の中に暮らしたいと思っている人間だ。それはつまり書斎に暮らしたいに等しい。また渡部氏はその理想的生活の原点を、高校を卒業して大学に進学する間の期間に英語の師である佐藤順太先生(旧制鶴岡中学→後の鶴岡第一高等学校→現 鶴岡南高校)の家に招かれたこととしている。
時は昭和24年。佐藤順太先生の自宅には小さいながらも立派な書斎があり、当時にしては途轍もなく貴重な英語の百科事典が揃い、障子を開けると青龍寺川が流れていたという。その書斎で佐藤先生は煙草を吞みながら色々な話をしてくれたとのこと。この原風景が渡部昇一氏の将来を創ったと言っても過言ではない。その話を本で知った私にも、その風景が見える気が
する。それを参考にして自分の将来はどの様な風景の中に居たいかを考えている。天気の良い日の長岡造形大学の風景は楽園の様で、その理想的な風景をイメージするのに役立ってくれる。私はその途中に居て、まだまだ先は長いと感じているのだ。
2023年5月14日 新入社員の5月
新入社員が勤め始めて1か月以上が経ったところだ。GWの休みがあった会社も無かった会社も、どちらでも新入社員はやっていけると思っている人達と、このまま続けて良いか迷っている人達がいるのだと思う。そういう時期なのだ。仕事内容や先輩達や上司との人間関係など、考えることは沢山あるだろう。つまり振り返りの時期が来たのだ。ここで振り返りつつ冷静に分析することが今後に大いに役立つだろう。私は新入社員ではないが初心を忘れない意味で自分の新人時代を想い出している。
2023年5月18日 そろそろエンジンをかける
5月も中盤を超え、大学前期の授業もかなり進んで少し先の夏休みが見えてきた。最近は夏のように暑い日もある。昨日は
夕方から夜にかけて長い打ち合わせがあったが部屋の温度が高く、具合が悪くなったくらいだ。さてしかし夏休みに入る前にやるべきことは多々あり、この5月中にはエンジンを本格稼働させるつもりだ。体調には気を付けつつスピードアップする。
太陽の昇りも早くなり現在は朝5時台だが外は充分に明るい。早起きは何か得した気分になるので、これからの季節はお得な
季節だと言えよう。今日も朝一から散髪に行き、無駄の無い計画通りの一日を過ごす予定。
2023年5月19日 長岡市デジタル推進ラボ総会に参加
今年度から長岡市デジタル推進ラボの幹事とさせていただいた。その初めての総会に参加してきた。昼間の長岡市街は夏並みの暑さだったが人通りは殆ど無く非常に静かだった。総会の内容は昨年度の報告で、どのようなことを予算を使ってやって来たかが良く解った。またデジタル推進ラボのWEBサイトがメディアとして活用できることも解ったので、こちらとしてもお役に立てる場面は色々あると思われた。
2023年5月20日 新入社員は会社を辞める決断をしても良い時期
私の経験上、世の中の多くの会社はまともな倫理観、モラルで活動していると思われるが、中小企業やベンチャー企業の中には未熟な経営者、社員などで構成され、モラハラが横行している場合がある。今まで社会を知らない新入社員はモラハラが横行する会社で先輩達から洗脳を受けると自分が至らないと思ってしまうこともあるだろう。しかし会社の先輩達、社長の発言に多くの矛盾や、汚い考え方を感じるとしたら、おそらくその感覚は正しい。体調に異変が出始めたら直ぐに病院へ行って診断書などを書いてもらうべきだ。長時間残業を強いるような職場であれば労基署に報告すれば良い。そして休むことが先決。休まないとまともな考えにならないからだ。長時間働かされていると思考停止に陥り、それは危険な状況だ。特に独り暮らしは危ない。最近では就業時間外にLINEをしてくる上司の話を沢山聞く。小さいベンチャー企業などは社長を団長として入社2,3年目の社員が劇団員の様に新入社員を洗脳するための芝居を打つ場面が良くあるものだ。新入社員が仕事が遅かったり至らない点を古株社員達でことさら非難して自分達のストレス解消にしたり、コントロールしようとするのだ。そういったモラハラ行為を新入社員諸君は録音しておくのが良い。証拠を取っておくことが大事だ。そのようなモラハラ会社の社長や社員達は、儲け至上主義で自分達のことしか考えていない。どんなに稼いでいたとしても人間性は最低なのである。原因は幼少期の家庭環境に在る場合が殆どだと思われる。だから家庭環境が恵まれていた新入社員はターゲットにされ易いから要注意だ。間違ってそのような会社に入ってしまった場合は躊躇なく辞表を出せばよろしい。
2023年5月26日 学術と実務の隔たり(社会科学において)
現代はコスパやタイパを重視する時代で、今後それらは更に加速して行く。感覚や価値の文法が大きく変わって行っているのである。その中でマーケティングや経営学の学術と実務の隔たりは大きく乖離していくだろう。両立は困難どころか無理だ。
そもそもアカデミアに実務が重要だという議論は、現実との乖離を認めざるを得なかったためで苦肉の策なのである。つまり
アカデミアは後付けの理屈で実務家の必要性を唱え、実行に移した。広告は以前(私の経験上30年前くらい前)から学術論文の中身と実務は殆ど連動していなかった。広告の研究者は実務者とは人種が違い、価値も違うため同じ「広告」という言葉を使っていても互いにピンとこないのである。実務側から研究者になる人の場合は実務側に参考になる論文、書籍のアウトプットが見られる。しかしそれらも今後の時代は無理になって行くだろう。例えばデジタルマーケティングの基本の1つであるリスティング広告の運用を実際にやっている実務家はいるが、その実務家が大学で教える機会は殆ど無い。ましてや研究者にリスティング広告実施者は皆無だろう。学術は実務を知らずして何を知りたいのかというテーマ設定すら出来ないだろう。実務側の本質が猛烈なスピード変化を起こしているので学術論文の査読スピードを経てのアウトプットタイミングでは価値が無くなってしまっている状態だ。研究者、学者側は研究内容や言葉の定義に時間をかけているが、その定義する項目が増加している昨今、定義をし合うだけでコスパ、タイパに見合わなくなっている。その価値観の変化をアカデミアは感じていないのだ。
アカデミアの習慣、価値観は厳格ゆえに朽ちて行く。ただし、研究者個人(実務家含む)の発信に関して言えば、自分の成果を論文以外のyoutubeなど、何でも自由に発信できるから問題無い。メディアの研究者であればマクルーハンが言うように
メディアの変化が知覚の変化を起こすということから価値観が激変していくことを理解出来るだろう。しかし、どのように
激変しているかを知ることは非常に難しく、追いかけても膨張する宇宙の様に際限が無いのだ。社会科学も天文学の様に、人々の知覚、価値観の変化をリアルタイムで可視化する装置を開発せねばならなくなり、それには社会科学だけの知識だけでは無理で理科系の研究者達とのコラボになる。このコラボ領域には可能性が有ると言える。私の立場から言えば実務はアカデミアにおいて教育に活かせるし、教育は実務と繋がっていなければ意味が無いためこの連携は必須だと確信している。一方で学術、研究は発明や発見に近くそれらを見つけた場合には実務で実践して成果をマネタイズするモチベーションが働く。
実務を論文化するモチベーションはコスパ、タイパの観点から相反してしまうのだ。
2023年5月30日 海外旅行、海外出張に関して
コロナ禍に入ってから海外旅行していない。20歳以降で個人的な旅行や仕事の出張で海外に行かない年は殆ど無かった。
25歳の1年間だけ忙しくて海外に出られなかったことがあったが、それ以降は毎年海外旅行や海外出張には行っていた。
それがコロナとなり2019年8月の米国テキサス州オースチン出張を最後に3年以上海外に行っていないことになる。
さすがに海外エネルギーが欲しい時期だ。大学教員になってから海外に一度も出ていないことになる。私のキャリアの総仕上げのために還暦前の夏休み期間中に超短期海外留学をすることを計画に入れている。そこで今年はその視察を兼ねての旅を
企画しているところ。還暦前の超短期留学先はアジア某国のビジネススクールを想定している。
2023年6月1日 6月に入って運気が変わった
今年の新入社員には既に会社を辞めた人もいるだろう。新しい生活で使う交通機関や住む場所が変わった人達は昨年までの
人生から大きく変化した毎日を過ごしていることでしょう。変化は進歩であり、神秘でもある。その変化は自分にとって必要な変化に違いありません。人生の区切りに変化している訳では無く、変化はいつでも起きていたのです。つまり人生のどのような時期であっても変化に敏感でいることが気付きを多く得られるのです。また自分の殻を破ろうと努力している時は自分が変化しているから周りも変化している様に見え出します。今日、6月1日は私にとってもそのような1日でした。1日1日をかけがえの無いものとして生きて行くこと、それを意識しています。
2023年6月5日 就活最中の長岡造形大学生
この時期は就活相談が多くなる。良くある相談が希望する会社から出された課題に関する相談である。各企業の就活生に対する課題を知ることは大学教員にとっては非常に重要な情報だ。企業が求めている課題を知ることが出来るからである。そして
その課題に果敢に取り組む長岡造形大生のレベルは高い。毎年書いているが、私は決して贔屓目に見ているのではない。
私が電通時代に実務で培った経験とスキルを持ってシビアに観察しても、長岡造形大学生の課題に対する提案アイデアは、
かなり良い。秀でた少数が居るということではなく相談者は殆ど全員が良いレベルである。あまりに私が良いというと学生は本当か?と訝る節があるので言い過ぎないように気を付けているが、それでも良い案には良いと正直に言ってしまう。
私が26歳当時つまりテレビCMプランナー現役時代と比べても、ずっと良い絵コンテを描ける学生が居る。他の企業の課題に
対してもそういったレベルの学生が何人も居るのだ。それは当然と言える。テレビ以外の動画コンテンツを見て来た量が私の時代よりも現代の大学生は圧倒的に多いだろうから。私が最近考えていることは、若者達から年配者が学ぶ仕組みを作りたいということ。大学には若者達と教職員の年配者達が既に居る。教える側が教職員ではなく、若者達にして教職員側が学ぶ立場になるケースを増やして行くのが良いだろう。そしてそれは有料で。大学生達がバイトで時間を使わずとも、大学で年配者達に教えることでお金を稼げるようにできる仕組みは可能だと思う。これは大真面目に考えている。
例:「年配者達による若者達への有効なコミュニケーションの取り方」といった内容を若者達が年配者に講義したりワークショップを開催したりするイメージ。そのような講座があれば私はお金を払ってでも若者達から本気で学びたいと思っている。
私が思う最も価値あることはそういうことである。間違いないと確信している。
2023年6月20日 いろいろな記念日
56年も生きていると様々な記念日があり、それらを大切にすることが幸せの秘訣になってくる。週末の滞在先はバンコクだった。テラスの朝食が有名だったがこの季節は暑すぎる。
せめて夕方でないと楽しめない。学生の就活対応や海外との打ち合わせがオンラインであり全てこのバンコクオフィス(ホテル)で対処した。場所がどこであってもライフスタイルは変わらない。奥に見える高いビルはマンダリンオリエンタルレジデンスで、その左横にはICONSIAMというメガショッピングモールがある。連日そこまで船で繰り出したが流石に飽きた。快適度は日本(東京)が圧倒的に上だ。
日本の不動産はどんなに高価でも世界的にはバーゲンセールだと言われるのも良く解る。
この暑さと交通渋滞の効率の悪さがバンコクの弱点である。
2023年6月20日 高い天井と薄い人口密度
日頃低い天井と人口密度の高い仕事空間に長時間居るとしたら、それは良い事ではない。たまには天井が高く、少人数の空間に身を浸すことが必須である。その休息無くして高いパフォーマンスでの仕事は期待できない。
水の流れる音、庭には小鳥達が戯れている。朝食時の雀達は
客人達がテーブルを離れて他の料理を取りに行っている間、
行儀良くしていて決して食べ物を盗み食いしない。下に落ちた欠片を啄んでいる。まさかホテル内の鳥達を教育している訳ではないだろうが、非常に不思議に感じた朝食の出来事。
2023年6月22日 SASINビジネススクール
タイの東大と言われるチュラロンコーン大学。
そこにあるSASINビジネススクールは米国ノースウェスタン大学ケロッグビジネススクールとフィラデルフィア大学ウォートンビジネススクールの協力で創られたタイ最古であり
最先端ビジネススクールである。
先週そのエグゼクティブプログラムのディレクターRagil Ratnam氏にGlobal Executive Programの内容をヒアリングしてきた。突然の訪問にも関わらず、丁寧に対応してくれたことにタイのホスピタリティを感じた。
またExecutive Educationのトップ、ロイ・トミザワ氏も
時間の無い中で対応して下さり感謝しきれない。
自己投資としてGlobal Executive Programを考えてみたための訪問だった。
2023年6月25日 オープンキャンパスの日
本日は長岡造形大学オンラインオープンキャンパスだった。私は昼時の「先生と話そう」パートにZoom参加して質問に答えるという仕事。同席した他の先生の研究を聴くことも出来、非常に有意義な時間だった。私にとってオープンキャンパスや入試や各種行事は全て重要なイベントである。それらは全て若者達の未来に関係しているからで、その未来に関われること自体が
非常に価値あることだと痛感している。私が長年サラリーマン生活をしてきて感じることが出来なかった未来を感じられる
価値、それが大学には沢山ある。それを感じて発見があると私自身の未来のビジョンも広がるのである。
事実、将来やりたいこと、やるべきことを大学教員になってから見つけらることが出来た。私自身が気付かなかった自分自身のテーマを知るには若者達との対話が役立った。自分だけではどれだけ努力しても見つけられないのである。他力が、特に
世代の違う若者達の協力が必須なのだ。逆もまた然り。若者達にとっての私がどれだけお役に立てるか、こちらもチャレンジの毎日である。
年配者サラリーマンの難しい点はポジションが上になると若者達と自然に接触する機会が無くなり、客観性に乏しくなることだ。それどころか同年代の価値観に染まって打開策が全く浮かばなくなる。何故なら年配者は新しいチャレンジ(本当の意味でのチャレンジ)をしなくなるからである。年配者達は何年にも渡って居心地の良い仲間内と過ごし続ける。
それは悲劇であり喜劇ですらある。一方、大学生達の様な若者達はチャレンジせざるを得ない。前に進むしかないのだ。
その緊張感ある場所、空間に同時に身を置けることは何よりも代え難く、それを仕事に出来るのは幸せ以外の何物でもない。
2023年6月26日 うぐいす姫
子供の頃に読んだ絵本で強烈なインパクトと好印象の物語が、最近調べたところ「うぐいす姫」という物語だと判明した。
ネット上で絵本のページを見ると確かに見覚えのある絵柄であった。とある女の子の御屋敷に招かれて入った少年はその家の
見てはいけないと言われた箪笥の引き出しを開けて見てしまう。するとその引き出しの中には黄金色に輝く稲穂が靡いていたり、水田に田植えをするミニチュアのお百姓がいたり、要するに四季折々が棚の中にある不可思議な世界。お屋敷の女の子は男の子が約束を破って箪笥を覗いたのが分かると、うぐいすに変化して飛び去ってしまうのだ。その絵本から物凄い色彩と風を感じたことを、つい昨日のことのように想い出す。というのも長岡の風景がそれを想い出させるだけ似ているからなのだ。奥深い記憶が攪拌されると脳が活性化するのは間違いない。自然の風景は脳に良いに決まっている。
長岡は本日、かなり暑い。やって来ました、この暑さ。毎年のことだが上手く避けなければやってられない。研究室では当然冷房を入れ、かつ扇風機も廻している。絵本の世界観と研究室はそれほど遠くは無い。カラフルな付箋紙が散らばり、私は
ミニチュアのお百姓ではないが田植えをするように授業の設計をしている。
2023年6月28日 チャオプラヤー川を前にした夕暮れ
この写真は先々週末のバンコクの夕暮れである。湿気と暑さが猛烈で、ついでに交通渋滞もかなりのものだった。暑さでは長岡も負けていない。今日の長岡は晴天で暑かったが、
夕方に突然の雨に豹変した。気まぐれな初夏は毎年の事だ。
この暑さは世界的に危険なレベルに達しているのでは?
歳のせいか、年々暑さに耐えられなくなっている。自分の
体力のせいか、それ以上に地球温暖化の速度が異常なのか?
授業が終わると次の授業準備で資料をせっせと作っている。
学生さんの就活インターン用の提出課題をチェックさせていただいたりもしている。学生が日々の課題や就活で頑張っている姿を見ていると自然と自分も頑張れるという健全な日々を送っている。ありがたいことだ。人の頑張りは他の人に良い影響を与えてくれる。私もそう出来るよう精進するのみ。
2023年7月7日 七夕で出張もあり
目黒雅叙園、百段階段への出張は昨年と同じ。2年連続で出張予定だ。アート作品として、展示としての学びが非常にある有意義なイベントである。外は真夏くらいの暑さである。仕事、仕事、仕事の連続はその仕事が好きであれば幸せそのもの。
現在の私は、まあそうだと言っても過言ではない。ありがたいことだ。以前はそうではなかった時代があったと思うと隔世の感がある。まだ道半ばではあるが行くべき道筋はハッキリとしている。大学でのチャレンジングな授業はヘビーで心身ともに消耗するが、それは幸せそのものである。学生の素直さ&頭の良さ、加えて教員の真剣具合がレベルを上げている。また職員の方々の献身も素晴らしく言う事が無い。良い大学だとつくづく思う。今日も分刻みのスケジュールだがコントロール出来ているので問題はない。ただ先日、大事な会議を失念して不参加してしまった。年に1,2回そのようなことが起こる。気を付けよう。あーーー暑い。
2023年7月8日 目黒雅叙園百段階段 和のあかり
昨年に引き続き、出張で目黒雅叙園百段階段、和のあかりに行って来た。目黒駅からホリプロを通って目黒雅叙園に行く道のりは1年前と全く同じルート。その辺りは電通時代を良く思い出すエリアだ。ただでさえ歴史とアートの百段階段に現代の作家たちの作品が散りばめられ、その絢爛豪華さに
気を失いそうになる。これは毎年訪れなければならない。
個人的には、この百段階段で怪談イベントをやって欲しいのだ。ホリプロの島田秀平さんに伝えておこう。
コンサルティング頭脳の強化にはアートが絶大な効き目を
発揮する。そのアート以上に凄い効き目があるのは大学生との議論である。頭の良い大学生は頭デッカチな大人や経験や実績を積んだ年配者より遥かに重要な新しい価値観や感覚を教えてくれるからだ。社会人は既に会社員になって劣化が
始まっていて新しい価値や感覚には疎くなっている。
2023年7月8日 最高に価値ある学びとは
それは既存の学問を学ぶことではない。既存の学問は既に古くなっている。
そして学問のアプローチ自体が古い。先行事例の研究が必須というが、そこに疑問を持たないのは既に劣化が始まっている証拠なのだ。先人に言われたことをそのままトレースしているだけ。最新の価値観や感覚は若者が生み出すもので、それを理解出来なければ何も解っていないことになる。年配者は古い事例を紐解いて諸々解った気になっているが、それは過去に向いた自己満足なのだ。
年配者達が自己満足している様子は実に気持ち悪く、若者達はそのような風景が最も嫌いなのだ。私が最も興味関心を置いているのが大学生の価値観や感覚である。その理由は共に
未来を創っていく上でそれらを理解することが必須だからなのだ。年配者が自分の価値観で逃げ切ろうとしているのは若者達と共に未来を創る気が全く無いからだ。
私は自分が進化していると毎日感じている。会社員時代の晩年は自分が進化している感覚が途絶えていた。自分で何かを勉強してやった気になっているのも自己満足でしかない。
最も大切なのは、知り得なかった価値観や感覚を若者達と実感し、共に実践することだ。
2023年7月12日 マンション外廊下で惨殺死体を発見する!
何と、今日は恐ろしいことにマンションの外廊下に首と胴体が切り離された惨殺死体を見た。それはノコギリクワガタの死体
である。見事なノコギリの角と頭部が胴体から切り離され、胴体は全く別の位置に放置されている。隣のドアの前なのだが
私が掃除していいものか躊躇してそのままにしてある。謎だ。ミステリーである。人間の仕業だとしたら何かの呪いの儀式なのか?人間の仕業でないとすると、スズメバチか鳥のような天敵がクワガタを食して捨てたと考えるのが自然だろうか。
話題を変えよう。大学生からはインターン応募の良い結果などが届いたりしている。昨年よりも早めにインターンの重要性を
伝えた結果が出始めていて嬉しい限りである。こちらが伝えたことを素直に吸収して粘り強く頑張りシッカリと結果を出す
学生達は本当に優秀で感心する。
2023年7月16日 暑さ爆発、仕事量も爆発
この激暑の中、授業準備や仕事は多忙を極めている。大学構内はとても静粛だが、私の脳内は大渋滞の忙しさだ。まあそれは
望んでの忙しさゆえ、問題は無い。むしろありがたい忙しさと言える。ここで注意しなければならないのが体調管理だ。既に暑いと言うだけで胃腸の調子があまり良くない。何故か暑くなると腰痛も増すようだ。外出するときは水分の準備とネッククーラーなどの最新装備で出かけるようにすべきだ。そもそも外出を減らすのも大事。あーーー暑い。計画的に連休を過ごす。
2023年7月21日 激暑は続く
暑さが相変わらずの中、昨年の日記を読み返して驚いた。昨年の丁度この時期に、現在考えている事と全く同じ事を考えていた。昨年考えていたことは今年実現している予定だったが、それが叶わなかったため今年も同じ事を考えている。つまりそれは自分にとってかなり強烈な願いであり重要な計画なのである。私自身は間違いなく進歩している。それは昨年まで出来なかった事が今年は出来るようになっているからそう感じるのだ。年齢が幾つになってもこの進歩は必要。そして進歩とは個人的なもので組織や他人とは関係無いものだ。ここが重要だ。自分の能力の最大活用こそが人生の達成目標なので、それを妨げる要因は全て排除すべきなのだ。昨年の日記にはその排除要因が克明に記述されていて今年感じている事と全く同じだった。
つまり排除すべき要因が未だにある。その排除のために全身全霊を注ぐ夏だ。
2023年7月22日 最近、夢を沢山見ている
将来的な夢は当然ありつつも、睡眠時に見ている夢が最近多いようだ。昨夜も沢山見たようだがハッキリ憶えているのはピンク色のサングラスを、何かに追われて逃げているハーフ顔の女性から手渡されたというもの。それと別にD社の以前の社長M木さんが笑顔で楽しそうに踊っている夢。全く脈絡は無い複数の夢だがトータルで何かを意味しているようだ。
夢の話とは別だが、隅田川を眺めているとボラのジャンプが頻繁に見られる。銀色の腹が空中に煌めくのだ。更にボラの稚魚が大群水面下を泳いでいるのを見た。大群が水面に独特なウネリ模様を表出するために気付くことができる。ボラの大量発生は春先から夏にかけて何年も前から見たことがあるが、何を意味しているかは分からぬ。
2023年7月24日 後期授業準備などなど
今週末で前期の授業が全て終了する。その後は採点入力や後期授業準備が続く。毎年同じパターンで少しは慣れて来たが、
やることは結構多い。夏休み時期に入るとはいえ大学ではボランティア的な仕事があるし、地域との共同研究もある。
もちろん自分の研究もあるので絶対に暇にはならないのだ。健康診断も受けなければならない。いずれにしても大学生達は
未来を創る人材であるのは間違いなく、その人達と学べることは何にも代えがたいと毎日感じている。
そのおかげで私の将来設計などもかなり精緻にイメージできるようになってきた。ありがたいことだ。気を付けるべきは激暑の体調管理である。
2023年8月3日 長岡花火
昨日、今日と初めて長岡花火を観ているが、物凄い規模と迫力の花火だ。私は人混みが大嫌いなので花火そのものは素晴らしいと思えるが、会場に出向いての鑑賞は出来ない人種である。長い行列も大嫌いなので行列の出来る店にも行ったことが無い。という訳で本質的にはあまり長岡花火には興味が無いのであった。皆が良いというものには興味が湧かないし、むしろ
嫌いなのである。それを痛感した2日間だった。それにあまりに長時間上を向いているのは肩凝りになるし、何よりも暑い。
健康には良くないのだ。若者達にとっては良いと思う。年配者にとって大規模花火大会は寿命に関わるレベルだ。
この暑い夏、痛感するのは健康的に平和的に快適に生きるには極力自分のペースで余計なことをせず、自分のやりたいことだけに集中することだ。人間、50歳を越えたら誰からも邪魔されず自分の道を邁進するコンディションを100%達成していなければ成功しているとは言えない。自分道に邁進するコンディション作りを120%以上に引き上げるべく更にカスタマイズして行く
毎日だ。
2023年8月5日 オープンキャンパス1日目
長岡造形大学キャンパスはオープンキャンパスでかなり賑わっていた。私は相談会に出て多くの高校生や、その親御さん達からの質問に答える役割だった。明日も同様に相談会に出る。加えてそれが終わってから前期授業のレポート250人分に採点を
やり遂げた。私の速読はスピードが速いほど理解力が高まるためレポート採点は苦にならないのだ。苦にならないのだが座り続けるために腰痛や肩凝りは発生する。これは仕方ないことだ。入浴剤を入れた風呂で何とか回復したところだ。
この後、睡眠はシッカリと取るつもりだ。体調管理は万全にしたい。
2023年8月13日 お盆休みに入った
お盆を過ぎると1年の終わりが見えてきて、来年が展望できる。既に来年の大まかな予定は立てている。来年は世の中的にも
私的にも大きな変化が起きることは間違いはない。私的には仕事の総仕上げ期に突入する年になる。還暦前の仕上げ時期だ。
そして還暦後こそが本当の正念場でそれまでに培った能力をフルに発揮するステージに入るだろう。そこからが本番である。
世の中には60歳や65歳で定年を迎える人がいるが、私には全く関係が無い。定年が無い人生だ。やりたい仕事を自分で選び、その報酬も自分で決定でき、休みたい時には自由に休む。それらが全て叶うのが次のステージだ。
2023年8月21日 出張などが入る予定
先週まで怒涛のレポート採点&集計、採点入力などをやっていた。成績を付けることは間違いがあってはならないため素早くも慎重にやるしかなく非常に神経を使う仕事だ。それに加えて後期授業の準備などをしていて多忙を極めていた。それが終わり、来週には東京出張が発生する。後期の授業開始前にも出張は入っていて、東京-長岡間の行き来が何回か発生しそうだ。
昨年の8月中旬以降はプライベートで京都に行っていた。もう1年経ったとは早いものだ。今年の夏も体調を崩さずにいたことを良しとして、この後も健康には気を付けておく。健康診断は後期授業開始直前に行くことにした。
2023年8月31日 中川衛 美しい金工とデザイン
パナソニック美術館に出張して中川衛展を観覧してきた。
パナソニックのデザイナーとして就職したキャリアとアーチストとしての道のりを歩んだ一人の人間が最終的にどの路線に行くかを見た。極めて行くと人は自らのオリジナリティの追求に走り、それが幸せなのだと。それが例えば花瓶という作品になった時、私はその展示に実際の花を入れて見たくなったのだが、それは違うのだろう。実用性が無いから作品なのだとも感じた。海外VIP用の超高級ホテルが日本には無いと言われるが、そういったプロデュースにはこのような美術工芸品の知識、管理、運用といったノウハウが必須で高度なマネジメント力が無ければ可能にならない。故に単品作品としての価値に留まってしまうのが勿体ないようにも思える。
これは作者の意図とは関係の無い私の見解でしかないが。
2023年9月20日 過密スケジュールの中、金沢21世紀美術館へ
もはや自分がどこに居るのか分からないくらいの過密スケジュールに翻弄されている。しかしそのスケジュールを組んでいるのは私自身で、そのように生きて行く宿命だと思う。
自分で望んだことなので全く異存は無く、むしろこれでいいのだと納得感がある毎日だ。
これは先日に出張で行った時の写真。奈良さんの展示。
日本は何処に行っても猛烈な暑さだ。国内に限らず世界の各地が同じような暑さなのだろう。最近気になるのは身の回りに病気になる人達が出始めていること。
私は明日の早朝から健康診断である。
そろそろ後期の授業が始まるが、その準備を徹底している。
気が抜けない緊張感のある毎日。幸せだ。
2023年9月24日 虫めづる日本の人々(サントリー美術館)
先日の出張では、初めてサントリー美術館に行って「虫めづる日本の人々」を観覧してきた。
予想以上に素晴らしい虫、樹々、草花の風情を堪能することができた。その中で不思議に感じた
作品が、貼ってある画像。鏑木清方の「虫の音」である。これは作品自体にタイトルが書かれていない。見る限り虫も描かれていない。つまり描かれている女性が虫の音を聴いているか否かは分からないのである。ということは作者が周りの人々に口頭で説明したためにそのような解釈で通っているのか。そこが多いに気になった。
サントリー美術館は朝早く行くと人が少なくジックリと作品を観て回れる。
都心でありながら広いスペースと高い天井で鑑賞環境が整っていた。
虫を観察し、描き、愛でる。それができる生活の豊かさよ。この展覧会を観覧した後、いつも以上に虫の音が耳に入ってくるようになった。
全ては意識一つで大きく変わるものなのだ。
季節は見事に秋分の日を境に気温と湿度が下がり秋めいてきた。
長岡造形大学の周囲にはトンボが飛び交っている。
毎年見る風景だが、その毎年が心地良いものだ。
1年ぶりにまた会えた喜びがある。
この変わらぬ自然環境の感覚が失われる時、人はどう感じるのだろうか。
既に失われてきたものごとも多々あるのだろう。
季節の変わり目、急激な気温の変化による体調の変化にも気を付けよう。
近所のクリニックに久しぶりに行って薬をもらってきた。
突然やって来るやもしれぬ胸痛への対応薬はロキソニンだ。
しかし、虫が描かれていない絵を観て虫の音を聴けるようになるのであれば
それは素晴らしいことで最高級のオーディオシステムを地下室に作るよりも凄いことだと思う。
自分の脳内の映像システム、オーディオシステムを構築するには、多くの展覧会に行くことが
必要になると思う。もちろん香りすら感じるようになるものだ。
手ぶらで豊かになれる。
こういった想像力こそが資産であり財産だと確信している。
更なる想像力のレベルアップのために、最高と言われる作品、作家に、生きている間に出会い続け
なければならない。
2023年9月29日 後期授業が軌道に乗り始めた
夏の間に準備をしてきた大学後期の授業は一通り初回を終え、廻り始めている。手応えは充分にあり、長岡造形大学のポテンシャル、伸びしろを十二分に感じている。大学教員が4年目に入り、個人的には悟りが開けている。それは明確に次のステージが見えてきているということだ。何をすべきか、そして何をするべきではないのかがハッキリしてきた。
人生のピークを70代に設定するならば、50代後半は未だ入口なのだ。自分の伸びしろも可能性もこんなものではない。
自分は将来的に想像を遥かに超える実績と結果を大量に作れると思う。おそらく10月以降に、それまで仕込んできたものが
作動し始めるだろう。我ながら楽しみな10月である。
2023年10月2日 10月突入!
この10月、諸々動き出すはずだ。相変わらず出張は入っている。上級ウェブ解析士の資格更新テストをクリアして資格維持。
複数スケジュールを縫うように高速で進む毎日。しかも寒くなってきた。卒業アルバム撮影なども入ってくる。いろいろと
忙しいのは毎年のことだ。体調管理、食事による健康管理などを慎重にしている。
運動は散歩の時間をかなり取り入れている。充実している毎日で不満は全くない。
2023年10月3日 有意義な教育の定義
私を含め、殆どの日本人は義務教育と言う名の教育から始まって長年教育を受ける人生である。その中で私が有意義だと感じた教育は義務教育ではない自腹で通った大学院時代だけだったと言える。理由は簡単だ。受け身ではなく自ら学ぼうとして決断し実行したからである。大学受験は皆がするからしただけと言える。「義務教育」とは上からの言葉で、学ぶ主体側の言葉ではない。反対語は「自学自習」か。自学自習の本質は学位や学歴ではない。自学自習には自らの目的、目標があるのでそれが達成されれば良いのだ。ただし処世術として学位や学歴が自学自習目的とセットになる場合も大いにあると思う。私がそうだったからだ。つまり有意義な教育の本質は学ぶ側がそう思えるのかが大事だということ。教える側にとっての有意義は
明らかに有意義な知識、技術、思考法を学生に伝授できると自負する者がそれを求める学生に教える機会と場があることだ。であるならば、その機会と場所は専門学校だろうが大学だろうが大学院だろうが、どこでも良い筈。
有意義でない教育の話をした方が分かり易い。私の広告会社時代、毎年優秀と思われる新入社員が入社してくるが会社側は
即戦力ではない前提で見ていた。私もそう思っていた。諸先輩方のパワハラ紛いの間違った新人教育が新人のヤル気を削いでいる場面を嫌と言う程見て来た。当時、新人の教育は会社が決めてしまうので自分ではできないなと諦めたのだ。
そして現在大学教員になった私は違う考えを持っている。新入社員こそが即戦力になり得る。年配者達の管理職に牛耳られた古い体質の会社を立て直すには、新入社員を即戦力として活用すれば良い。ただしその様な古い体質の会社がその考えに至れないため永遠にそうならないのだ。私の今後の役割はそういった社会、会社をぶち壊し若者活躍の場を創ることだろう。
世の中の価値観を良い方へ大転換していく役割が教育だと確信している。会社に染まってしまった社会人の教育よりも優先すべきはそちらに間違いない。大学と企業の融合は大学4年間で十分に成されなければならない。大学生に正しい新入社員教育を大学時代に提供し、その内容は企業の年配者にとっての若者達とのコミュニケーション研修になる。企業の年配者達が大学生に教えるのではない。その逆で大学生達から企業管理職がコミュニケーションの在り方を学び、ルーティンの仕事を見直すのだ。こういったプログラムを私が創って実行して行くことになるだろう。
そのビジョンを私に与え、教えてくれたのは大学生達である。
2023年10月7日 明け方3時に起きて仕事をする
最近は明け方の3時台から仕事をするのに慣れている。この3時から5時、6時までは魔法の時間帯で通常の2~3倍は捗る。
この時間帯を仕事や勉強に使うと他の人の何倍もの能力を身に着けることができるのだ。これは夜型ではなく朝型の仕事方法
である。前日を振り返るにしても良い時間帯だ。逆にこの時間帯を逃すと前日の記憶は掠れて思い出せなくなる。
そして諸々の計画を練るのにも良い時間帯だ。この時間帯で計画していると未来が見えて来る。レオナルドダビンチはこの
時間帯を多用していたのだろう。太陽が昇って来るエネルギーをラストスパートに使うと完璧だ。運まで良くなる。
2023年10月21日 そろそろ暖房を入れる時期に
長岡生活を始めてから毎年10月20日が暖房を点ける日だった。今年はまだ暖房を点けていない。大学の授業は完全に軌道に乗って進んでいる。この調子で2023年は無事に終わって行きそうだ。それと同時に来年の予定が見えてくるだろう。最近は大学生達の若さと柔軟な考え方と共に生きて行くことを確信し、未来のビジネスに関して明確にビジョンを描けるようになった。
これは大きな収穫で、自分が本当にやりたかったことが何なのかをハッキリさせることができた。学生達のおかげである。
サラリーマン生活では絶対に気付けなかった未来ビジョンは若者達とのコミュニケーションから得ることができたのだ。
また大学では教職員の方々から日々得ることも多大である。これは感謝しかない。寒くなってくるが健康には注意して年内に
得られるものは全て得るように引き続き貪欲に行く。(翌22日に暖房を点けた)
2023年10月23日 大学の入学試験と高校生のレベルに感じること
大学教員として入学試験に関わることは、世の高校生たちのレベルを知る機会として非常に重要なことだ。高校生たちの可能性の高さを痛感させられる。私は思う。これだけの能力、可能性がある高校生達を更に伸ばすための教育改革が必要だと。
なぜならば教育する側の教員レベルをアップさせるには限界があり、そこにリスキリングといったレベルでは追いつかないと感じるからである。世の中の情報スピードの速さ、密度、テクノロジーの進化と浸透により高校生までに受ける教育や自学自習により高校生の中には撮影、編集スキルとそのレベルをかなり上げている。基礎技術は一般的な高校生であれば普通のリテラシーとして獲得できるのは分っている。ただし企画する力は別で、それを伝える力も技術力の先に必要になる。なので私の存在意義はまだまだ有効で、更に重要性は増して行くだろう。現代において受験戦争という言葉は死語にして良い。序列をつけるための教育では立ち行かなくなる。必要なのは序列ではない協創の力なのだ。
これは入学試験を通じて高校生達から教えてもらっているのだ。会社などの組織、団体ではこのような若者達の変化を感じて
舵を切ることは難しいだろう。毎年のように新入社員が入ってきて同じように研修をする。研修内容は多少変化するだろうが
その程度の変化では彼、彼女らの価値を最大限には活かせないのだ。中堅社員からベテラン側の再教育でも不十分で、
中堅社員やベテラン社員が、新人から学ぶ意識と意欲が企業など組織の成長の鍵となる。
ビジネスにおいてそこがブルーオーシャンになるのは間違いない。私にはそれがハッキリと見えている。
若者達との未来はとても楽しみで刺激的だとワクワクしている。
2023年10月30日 10月が終わる
今年の終盤に差し掛かっている。今年は日本を復活、再生するために私が何をするべきかを見つけることができた1年だった。
本来、義務教育から大学教育まで教育内容全体を刷新する必要があるのだが私のカバーする範疇ではそれら全てを担う訳にはいかない。自分が所属した会社組織と大学組織の両方を融合させた教育学習環境を創ることが私の役割だ。両方の組織の課題解決を同時に実施するカリキュラムの開発こそ私の力の発揮どころになるだろう。
2023年11月7日 57歳になる
サラリーマン時代に気付けなかった自分の未来ビジョンは、大学教員になったことでハッキリとしてきた。長く生きていると捨てなければならないモノゴトが出てくるが、それはN極とS極の逆転くらいの大転換による古い習慣との決別だ。特に企業は
従来の仕事の仕方や研修方法を殆どリニューアルした方が良い。その多くを大学生から学ぶべきだ。大学生達は自分達がそのようなことができると気付いていないが、私は気付いている。日本は受験勉強などという無駄な努力を若者達に強い続けているがいい加減止めるべきだ。若者達の可能性を信じるなら、そのような馬鹿な事をさせるわけにはいかない。そんな時間は
無いのだ。最近は早く学生達と共に企業幹部研修に役立つプログラムを作り上げたいと計画している。
2023年11月25日 映画「ゴジラ」を観た
授業などが忙しく、まだまだ忙しさが継続する。正月休みこそ休めるが、それまでは採点など諸々の処理仕事があって暇なしである。寒さは昨年ほどではなく、暖冬と言われるだけのことはある。映画「ゴジラ」は今年の最高傑作で私としてはNo1だ。戦後に生まれ戦争を知らない私だが、昭和からずっと感じていた戦前の感覚を引きずっている日本人、日本の感覚がこの映画を観ると終わりを感じることができる。ゴジラが日本人がずっと抱いていた呪縛を焼き尽くしてくれたかのようだった。
私が子供の頃から大好きだった局地戦闘機、震電がゴジラと対戦するシーンは夢のようだった。実戦に使用されなかった震電が現代に蘇って現代の私達にその雄姿を魅せてくれた。典子役の浜辺美波は昭和の薄幸美女を演じると日本一の女優さんだ。
日本人に昭和を想い出させ、そしてその呪縛を解くために必要な巫女の宿命を背負った女優さんだと感じる。大満足だ。
2023年11月28日 レポートの採点など
今日はとある授業のレポート採点をしたが、まだまだ採点するレポートなどは多い。12月の上旬までは採点ラッシュが続く。
そして東京への出張も毎週入っている。11月末から12月中旬まで、かなり忙しいスケジュールが続く予定だ。本業の大学と
副業のコンサルティングの両輪が上手く廻っている。このある程度の理想は、まだまだ上のレベルにアップできる余地あり。
2024年は明らかに理想のレベルアップが可能になるだろう。自分のやりたいこと、進むべき道はより一層ハッキリとした。
大学のあるべき姿、大学教員の理想像というより私自身の理想像が明確になっている。新しい大学教育の形が見えている。
そこまで見えたからこそ、理想の追求をせねばならない。その使命を認識できた2023年である。ありがたいことだ。
2023年11月29日 日大アメフト部が廃部に
学生が複数人大麻所持で逮捕されたことで、伝統ある日大アメフト部が廃部となった。偉大なブランドが不祥事によって負の遺産となり、結果的に消滅してしまった。このような結果になるにはそれまでの膿がかなり溜まっていたと思われる。些細な
ことからモラル低下が蔓延し、長年蓄積してマグマが爆発するように不祥事が露呈したのだろう。モラル低下が末期になった組織は自浄作用を持てない。個人的には末期的組織の再生は不可能なので脱出することが最良だと思う。私の体験上、末期的組織は間違いなくトップが腐っているものだ。トップが古い。古いということは長年同じ価値観で行動を変えないできた歴史が膿となっていることを意味している。古いトップ陣には辞めてもらうのが良いが、そういう人達は辞めないで居座る技術を駆使するものだ。腐ったトップの居る組織は辞めて、良いトップが居る組織に行くのが人生成功の秘訣だ。
2023年12月1日 SNSで毒を吐くオッサンに感じること
今に始まったことではないが良い歳をしたオッサンがSNSで毒を吐いている。他人にツッコミを入れたり強烈な批判をしているのを見ると、そういう人はストレスが溜まっているんだなあと感じる。そして間違いなく若者達とコミュニケーション取っていない、オッサン同士の価値観で生き続けて来た人だと確信する。そういう劣化オッサンには未来を全く感じられない。
そんな人の特徴は自分が絶対的に正しいと信じ込んでいるパターンである。そして言葉の定義をハイコンテクストにして頭が良さそうな議論をしているように見せるが、そのやり方は極一部の人にしか通用しない。劣化オッサンは嫌われているので誰も突っ込まない。ゆえにどんどん増長してしまう。見ていて痛々しい。私はその様子を観察して本質を掴んでいる。若者達からのシンプルな批判や感覚を共有できる低姿勢で、若者達から学ぶ態度のオッサンにならねばと。
基本的に劣化オッサンの大きな間違いは若者達が未熟だと決めつけていることなのだ。
私は大学教員の職業柄、その点を間違えないで済んだ。これからも若者達にエールを贈りつつ、自分への意見、批判、提案を受け入れて行こうと思う。そんなこんなで、もう12月。日本の停滞は劣化したオッサン達が多く蔓延っているからだと痛感しつつ、それを打ち破る現実を若者達と創って行くのみ。
2023年12月8日 来年の授業の予算申告など
年末は諸々の書類作成、提出が多くて忙しい。来年がとうなるかも見えてきている。明け方アプリでラジオ(CBCトロント)を聴いているとユダヤ人のクリスマス「ハヌカ」のパーティーで出す料理の質問を受け付けていた。子供から大人までが電話で質問している様子がいかにもクリスマスの幸せを感じさせるものでラジオアナウンサーが電話の向こうのリスナーにかける
「Happy Hanukah」という言い方もあるんだな、と。ユダヤ暦によるハヌカは毎年、日にちが異なるとのこと。海外のラジオを聴いていると、まだまだ知らないことだらけだと痛感する。
2023年12月10日 まだまだ2023年である
2023年が終わろうとしているが、私はまだやるべきことがある。残った2023年の間に出来ることを全てやっておくのだ。
何一つ諦めない。2023年にヤルと決めたことをやり遂げて2024年を迎えたい。粘る。粘って粘って自分の願いを諦めない。
今年も忙しく過ごしてきた。出張もかなり入れて東京都の行き来が頻繁にあった。それは体力的に厳しかったが、得るものはそれ以上だった。来年は今年以上の内容にしたい。そのためにどうすべきかは全ての授業が終わった年末年始にジックリと
考えるとしよう。とても楽しみだ。
2023年12月16日 卒業生達からの返信
水川研の卒業生LINEで久しぶりに年末の声掛けをしたところ、3人から返信があった。そこから感じたのは皆忙しそうにしているということ。会社に勤めて稼働しているということだ。やはりその様子を感じるだけで私も元気になる。皆生きているんだ、皆働いているんだと。私を取り巻く環境は年々変化して行く。例えば同じ学科の教員達は高齢化が進み退任する先生方が毎年いらっしゃる。私だって8年後の2031年には退任になるのだ。私が退任するまでに現存する教員の半数は入れ替わっている
だろう。退任直前には全く違う顔ぶれの教員達と仕事をしていることになる。2030年代とは一体どのような世界になっているのだろう。現在とは全くの別世界の筈。楽しみではある。
2023年12月25日 クリスマス
電通に勤めていた頃の仕事納めは12/27くらいだった。50歳以上となった今、自分の仕事納めはクリスマス前でなければならないと思っている。事実、昨日のクリスマスイブはゆっくりと好きなことをして過ごした。1年の終わりを味わいながら過ごす
数日間が年末には必要なのである。昨日は池袋の新文芸坐で映画「Smoke」を観た。何度観ても良い映画で、ブルックリンに行ってみたくなる。
<M君の想い出>
12月に入ってFBに気になるコメントを見つけた。かつて一緒に広告学会論文を書いたり、学会発表に行ったM君に関して
お亡くなりになったようなコメントが彼の友人たちから出ていた。内容が曖昧だったので電通後輩のW君にメッセージで訊いてみた。するとやはりM君は12月上旬に突然倒れてお亡くなりになっていたことが判明した。まだお子さんも小さく本人は
大学院にも通っていて人生の滑走路を疾走中だと感じていたのに、非常に残念だ。もう彼に会うことができない。
彼と学会論文の打ち合わせをした時のことを私は良く憶えている。何故なら慣れない論文を書いて発表しなければならない
プレッシャーの中で、彼のアドバイスがとても力になったからだ。M君、あの時はありがとう。ゆっくり休んでください。
2024年1月23日 久しぶりに書くが・・・・
昨年末から今年にかけて想定外のことが起こり、それをまとめて書くにはかなり大変なので割愛する。その説明よりも今後のことを書いた方が建設的だから。私自身もそうだが、能登地震に始まり2024年は荒れ模様だ。これは待ったなしで将来に備える必要がある。淡々と準備はしてきたが、今年はひたすらその先に備えての準備期間になるだろう。まずは健康であること。
そうなのだ、昨年に原因不明だった胸痛の原因がハッキリしたことはとても良かった。胆管結石で胆汁の逆流による胸痛、
つまり胆石症が発生していたのだった。それが分ったことで治療が出来た。狭心症でなくて安心した。年度内にも治療予定があり、それを乗り切らないといけない。着々と進めて行こう。
2024年2月14日 卒研発表も終了し、今年度の終盤を迎えている
さて、私にとって4回目の卒業式が近づいてきている。私の現状は理想からは程遠い。還暦60歳までに人生の基本的目標を100%達成する予定で生きてきた。人生100年を考慮しての計画である。現時点で25%くらいの達成率だ。かなり遅れている。従来の計画では60歳で100%にして65歳で150%、70歳で200%、75歳で250%、80歳で300%の達成率を目指していた。
しかしこの計画は下げたくない。従って、60歳までに75%達成、65歳までに125%達成、70歳までに200%達成、75歳までに300%達成というように加速した計画にしようと思う。
おそらく可能だし、そうしなければならない。ここに記録しておいて後で見直して楽しみたいものだ。
2024年3月5日 深圳の没落
中国経済は沈みゆく大国そのものだ。特に中国経済発展の象徴だった深圳は見る影もない。習近平の自国路線は増長され他国をイノベーションのために招致するなどあり得ないから、深圳は中国に閉じた単なるメーカー集積地となるだろう。日本企業で深圳に投資をしようなどと考える企業は皆無だろう。コロナ禍によりリモートワークが席巻し、わざわざオフィスを深圳で借りる必要は無いのだから。世界は5,6年で激変する。健全なる教養を持ち、柔軟な思考と行動ができなければ滅びるのみ。
2024年3月18日 卒業式が終わり・・・・
長岡造形大学で卒業式を迎えるのは4回目だった。卒業式が終わると大学キャンパスは閑散とする。多くが卒業し、この地を離れていくからなのか、大学そのものが抜け殻の様に見える。私の心にも空白ができる。この空白は休息でもある。この時期、雑多な処理すべきことはあるのだがそれでも空白くらいは発生するのだ。モノゴトをゆっくりと考える時間ができる。
昨年の卒業式がつい昨日のように感じ、昨年と今年の卒業式が2日連続で起きているような錯覚に陥る。不思議だ。
もっと言えば一昨年の卒業式は3日前のようにすら感じる。今年の卒業生は私が長岡造形大学に着任した時の新入生だった。
彼、彼女達が先に長岡造形大学を卒業して行った。私はまだ長岡造形大学にいる。今年の秋には新校舎が完成するようだ。
私は5年目を迎えようとしている。この4年間、自分の能力や可能性がまだ伸びていると痛感している。自分の将来性は以前に増して強烈になっている。夢は強大化し、可能性も広がり続けている。大いに結構なことだ。会社に勤めていたら自動的に
定年退職になって強制終了するところだったが、それは気にする必要が無い人間になった。一言で言えば「能力」に尽きる。
できることが増えたし、今までの人生史上最も価値の高いコンサルティングができている。電通でサラリーマンを続けていたらこうは成れなかっただろう。修行の道に出て良かったと痛感する。ただし、能力以前に「健康」こそ財産であり資産であることは言うまでもない。
2024年4月9日 大学の授業開始
さて長岡造形大学での5年目の授業が始まった。今年から開始する新授業が複数ある。その準備はそこそこ大変だ。ゼミや研究室も始まった。学生のポテンシャルは相変わらず高く、全く期待を裏切らないどころか期待を上回って来る。これが毎年続いているから驚異的なのだ。学生が良いために私にとっての学びが多いことだ。むしろ学んでいるのは私の方だと感じる。これは実に幸せなことで、そうあることではないと思っている。会社員を続けていたら全く味わえない世界で、そもそも会社員は60歳で定年が来て自動的に終了してしまう。やはり早めに辞めておいて大正解だった。予感、直感は当たるものだ。大学と自分のコンサルティング事業との二刀流スタイルが定着して両輪が繋がっている。将来的にはこの接続がもっと強力になっていくだろう。自分のステージは予想以上に上がって行くだろう。
2024年4月23日 ペット、アンジーとのお別れ
13年間一緒に生きて来たペットのトイプードル「アンジー」が4月20日に亡くなった。足の脱臼をして入院したと聞いて心配していたが、脱臼より腎臓が悪くなっていたとのこと。ちょうど東京出張が入って自宅に戻れた日にアンジーを病院から自宅に連れ帰って家族全員で過ごすことができた。その間、皆仕事があったが、偶然全員がいる時間にアンジーが声を上げて皆を呼んだ。最後に口を開いて魂が抜け出すようだった。そして静かになった。全員がベッドに集まり、最後のお別れができた。
翌日火葬車を呼んで丁寧にお骨上げをして全てを完了した。あっという間だった。アンジーは13歳で既に高齢だったが、まだ数年は生きると勝手に考えていた自分がいる。しかし現実は突然やってきた。最後にもう一度散歩に連れて行きたかったと少し後悔はある。でもアンジーからのメッセージは、そんなことはないとのこと。家族全員が感じたアンジーからのメッセージは、「皆やるべきことをやろう」ということだった。今、やるべきことをやるだけなのだ。アンジーに手紙を書いて、自分のやるべきことを誓った。
2024年4月26日 GWの充実
プライベートが充実していればストレスは殆ど無い。このゴールデンウィークは出張を含め、やっと一息つける貴重な時間になっている。昨年からの体調不良からほぼ回復して、むしろ以前より遥かに健康体になった。不健康な人は他人に強い口調で当たったり、理不尽なことを言ったりする。そういった人はおそらくプライベートも充実していないのだろうと思う。ゆとりのある人がそんな態度を取る筈がないからだ。他人に苦情や文句を言っている人をたまに見ると、残念な人だと思いつつ、自分は他人に良くしてあげたり優しい言葉をかけようと心に刻むのだ。
2024年4月28日 ローレンス・ブロック
最近好きなミステリー作家は、ローレンス・ブロック。彼の文体が好きなのはローレンス・ブロックがニューヨーク出身だからだと思う。ニューヨーク好きの私はこういうところに自分の趣味が出てしまうのだ。ニューヨークの風味でないとすると無国籍なリー・チャイルドやロバート・ハリスなども好きな作家と言える。今日は非常に良い天気で図書館に行き、散歩もして帰宅すると読書も十分に出来ている。体調は完璧に健康体になっている。申し分ない今日この頃だ。あとは自分に課した課題を解決するのみ。充実したGWになっている。
2024年5月28日 気が付いたら1か月経っていた
前回ブログを書いた日から1カ月経過してしまった。早い。体調は完全にもどっている。そして最近特に感じるのは古い価値観、考え方を捨て去り、全く新しい勉強、インプットをしなければならないと痛感していることだ。最も必要な勉強は仮想通貨と、その取引ノウハウである。これを知らずして現在は語れない。5年後、10年後を見据えた学習と実践こそ学ぶに値することである。従ってそうでないモノゴトは全て切り捨てていく。ここら辺の実行力は我ながら凄いと思える。勘は鋭いし、予感がしている。良い兆しだ。
2024年6月11日 暑くなってきた。
先週から冷房を入れるようにしている。冷房が無いと部屋の中で熱中症になりかねない。授業の準備、出張など体調に負荷がかからない程度にスケジュールが埋まって行く。良いペースだ。この調子で夏を乗り越えられるようにしたいものだ。
やや心配なのは50肩の酷さくらいか。歯の治療も継続中。健康に関することは全てチェックしている。来年の春には人間ドックで全てチェックしようと予定している。
2024年7月10日 今日は雨
暑い毎日だが、今日は雨なので暑くはない。ただ熱中症対策グッズは揃えておかねばと思っている。部屋に冷房はあるが寝る時はサーキュレーターが良いと思うので今日買ってくるつもり。50肩は相変わらず酷い。これが現在最も支障があること。
大学の授業はそろそろ前期の終了が見えてきている。早いものだ。あっという間である。研究活動はやるべきテーマはハッキリしているので研究時間を使うだけだ。これがなかなかできないでいたが、そろそろ学会発表をしたくなっている。健康に気を付けつつ、研究をするぞ。
2024年7月21日 最近の最も嬉しかったこと
iPhone7を使用しているのだが、先週ついにバッテリーが膨張して充電できなくなった。つまりiPhoneが使用不可能になって
非常に困っていた。もはや寿命で遂に終わったか、と思った。しかし念のために交通会館にある修理屋さんに持っていくと
単純にバッテリーを取り替えたら、生き返ったのだ。しかも申込書を書いている最中にバッテリー取り換えが終了するスピード。感動した。もう駄目だと諦めていただけに嬉しかった。
ただし修理屋のお兄さん曰く、そろそろ買い換えないと突然使用不可になる恐れがあるとのこと。確かに。常にリスクを考えて行動しないと、突然の窮地に立たされるのは間違いない。そろそろ買い換えようと決断したのだった。
2024年7月25日 長岡でも雷雨、全国でも
パリオリンピックが明日、開催される。世の中は激暑であり、時折雷雨に見舞われている。昨日で大学前期の授業が全て終わった。早いものだ。幸いにも私の体調は良い。スタミナが以前ほどではないので2コマの90分×2=180分はキツイ。
後期の授業が多いので、やや心配ではある。しかし、やるべきことは多々あり、それらの準備を毎日している。旅に出たいが
もう少し先になるだろう。ゼミや研究室の学生の進捗は素晴らしいものがあり、元気を貰っている。前期の各授業でも学生達のアイデア、作品を見ていて良いものばかりなので点数を付けることが難しい。贅沢な悩みだ。
2024年7月28日 オープンキャンパス
天気は曇りだが、長岡造形大学のオープンキャンパスには昨日に続き多くの人々が訪れている。昨年もそうだったが親子連れがかなりいることだ。子供たちの将来のために父母(のどちらか)が学生に付き添って来ているようで非常に真面目な態度に関心する。在校生たちも案内役、相談役などを務めており、こちらのボランティア精神にも感心する。私のような育ち方をした人間と比べると、明らかに優しい良い家庭で育った学生達(長岡造形大学生と来訪する高校生、中学生の両方)だと思う。
私の生きた昭和、平成は競争社会で人を押しのけてなんぼの価値観がかなりあったので、ヤル気があることや頑張ることこそ美徳だった。オープンキャンパスで感じるのは、そんなに気張らなくても普通に良く生きていける時代になったということ。
ある意味、平和。一方で世界に目を向けると戦争やパンデミックが自分ゴトに感じられるし気候変動による自然災害の脅威は以前より増している。私は思うのだ。まずは健康でいられることが最高に素晴らしいこと。それが何よりも大切で、
それさえあれば何でもできる。健康の次は、自分の時間が大事。夢と希望を持って、それを実現するには他人が自分の時間を奪ってくる機会をできる限り無くすこと。他人やシステムからの束縛から関係無く生きていける立場、環境を得るために日々努力を惜しまず生きて行くことだ。何でも優先順位と取捨選択が重要で、どれを選んでどれを捨てるか、常に考えて実行している。私の目標項目リストのエクセルは数時間ごとに入れ替え、削除、追加などで更新され続けている。これでいいのだ。
2024年7月30日 卒研Ⅰ発表が終わった。
学生の卒業研究発表の1回目が終わった。授業以上に脳みそをフル回転させるのでかなり消耗する。実際午前中は頭がクラクラした。しかし得られるものも多く、気持ちは充実している。若者の研究への意欲、発想、やりたいことを聴いているとエネルギーを貰える。これは会社員生活では全く得られないものだ。会社は新人を第一優先で扱う習慣が無いからだ。それゆえに考え方が古くなり、柔軟性が無くなって行く。そのこと自体に気付けないのが会社だと言っても過言ではない。なので私は大学側から企業側へ、学生達を本業のど真ん中で即戦力で活用するよう提言する。これが正解だと私は断言するし、それを証明するプロジェクトを実施して行く。激変する若者達、学生達の価値観や消費行動はマーケティングレベルで把握しきれないので
一緒に仕事をするのが最も早い正解なのだ。会社に入ってしまった新人ではなく、現役の学生でなければならない。そして企業の社員達から学生(若者)に対するリスペクトがなければならないとも思う。
2024年8月1日 7月が終わり8月に突入
大学前期の授業が全て終わり、成績を付けたり後期の準備をしたりが始まっている。パリオリンピックが熱いが、日本全体が暑い。長岡も東京も暑いのに変わりはない。避暑地に逃げ込みたいと思ってしまう。冷房が効いている部屋で凌ぐことはできるが、そればかりだと体調やメンタルが微妙によろしくない。夏は一定時間歩いて汗をかき、シャワーを浴びるととてつもない爽快感が得られる。ところが歩きすぎるといきなり危険なので注意が必要。子供の頃の夏は炎天下で走り回ったり自転車で遠出したりでかなり汗をかいていたと思う。あの頃よりも暑さのレベルが上がっているので、やはりあの頃の夏は戻ってこない過去の記憶である。自分自身が本当に子供だったのかと不思議に思うくらいだ。想い出とはとても貴重なものだ。
2024年8月7日 出張後、長岡に戻ると
東京への出張を終えて長岡に戻ると、花火大会の硝煙の香りが町中にしていた。私は相変わらず長岡花火を見ていないが残り香を嗅ぐことができた。長岡花火に想い入れが無いのは悪いことではない。この長岡という街を常に客観的に冷めた目で観察している自分が居る。刺激が無い良さが長岡にはあるのだ。都会は土地柄にも人間の人柄にも刺激があるわけで、その密度の濃さが価値なのだが、密度が薄い土地、人柄の良さも大切なのである。それは気が付くことが多いということ。冷静になれるし、刺激が無い分、その後のアクションを派手に起こそうとする意欲につながるのだ。ジャンプする前のしゃがみ込む場所といっては長岡に失礼だろうか?いやそんなことはない。誉め言葉のつもりである。長岡での暮らしが5年目を迎えていろいろと見えてくるものがあるのだ。
2024年8月8日 前期授業の採点
毎年のことだが、8月上旬は大学前期授業の採点をする時期である。メディアビジネス概論の受講者は93人。私の特技は超速読なので100人くらいのレポートは70分で読み終え採点できる。そこに出席などの加点減点を調整して最終決定をするのに20分で合計90分で完了する。最初の頃はもっと時間をかけていたが、慣れると早くなるものだ。大学教員になって身に付けたスキルは結構沢山あり、コンサルティングの仕事にも充分活かされている。本日8月8日は大安。今日から数日間、私の自宅兼オフ素は長岡市某所になるのだが、ある種ホテルのようなもので自室より快適だ。この数日間で9月以降の予定をジックリと計画するつもりである。更に先の来年度の授業内容も考えなくてはならない。
2024年8月11日 夏の休養地(長岡市某所)
この休養地(長岡市某病院)での暮らしも今日1日となり、明日には自室に戻る。ここに滞在するのは3回目でかなり慣れている。絶食体験も伴うため非常に良い健康調整になるのだ。絶食期間は昨日の朝に終わり、昼食が出てきてからはお粥と少しのおかずである。今日の昼からお粥ではないご飯になるとのこと。まあ快適ではある。この間に後期の授業の準備をしたり読書をしたり、諸々やるべきことができている。この間とても嬉しいことがあった。電通の大先輩であり大学教員の大先輩でもあるT名誉教授が、広告学会の重鎮の先生方と執筆された「現代広告論(第4版)」が出ることをFBで伝えられており、連絡を取らせていただいたところお譲りいただけるとのこと。感謝しかありません。このように先達と繋がることができ、その業績を踏襲しながら学び、生きていけることの喜びは他に代えがたいもの。丁度、後期から広告論を開始するのでタイミングがピッタリだった。これで長岡造形大学において私の講義4部作、つまり「マーケティング論、メディアビジネス概論、広告論、クリエイティブディレクション」の一連の型が完結する。それ故、更に今後どうするかを考えるステージに入った。
2024年8月12日 パリオリンピック閉幕
それとほぼ同時に私の休養地(長岡市某病院)での暮らしも終わりを告げようとしている。午前中には自分の部屋に戻れるだろう。4泊5日の休養は予定通り、無事終了した。しかし私の夏休みという意味では後期の授業までにどこかに旅に出たい気持ちだ。おそらく海外ではなく国内のどこかに。パリオリンピックは日本勢の活躍がこれまでのオリンピック以上に感じられた気がしている。若者の躍進が嬉しい。若者達が元気だと同じ日本人として嬉しいのは自然なことだ。しかし自分も同じだと思わせてもらっている。若者だろうと年配者だろうと変わりなく、人生は生きている限りチャレンジャーなのだ。オリンピックを見てそのように奮い立たせてもらえた。個人的には健康であること、家族、国、世界が平和であることの大切さをオリンピックから感じる。そして今日、8月12日は日航機事故があった日でもある。部屋に戻るまで気を抜かず、慎重に帰るとしよう。
2024年8月20日 まだ夏休みではある
先日数日間滞在した長岡市某病院、私の休養地から自室に戻り、通常生活が軌道に乗っている。静かで暑い日々は平穏に過ぎていく。後期の授業準備はもちろんのこと、学会発表準備などもしたいと思っているが、こちらは中々できていない。肩凝りが酷すぎる。次回の東京出張は来週を予定している。やることは沢山あるのだなー。そのような中で上級ウェブ解析士の資格維持のためのアップデートテストはオンラインで1発合格だった。これは日頃コンサルティングをしているため特別に勉強しなくてもレベルが維持されていることを確認できた。最近はテレビチューナーの不調でテレビが観れないためラジオを聴くことが多くなった。地方のコミュニティラジオをネットで聴くことができる。FM軽井沢や湘南ビーチFMなどは流れる広告や番組スポンサーが素晴らしくブランディングができているのに感心する。コミュニティラジオの可能性は大きいとあらためて痛感している。ラジオは私の人生に昔からずっと深く関わり続けている。
2024年8月31日 コミュニティFMを毎日聴いている
ノートPCのテレビチューナーソフトが起動しなくなってテレビが観れなくなって一週間以上経った。最近は毎日コミュニティFMを聴いている。お気に入りは湘南ビーチFM、FM軽井沢、FMからつ である。これらをローテーションして聴いている。
その地域の言葉で話していたり、現地の企業のラジオCMが面白かったり、非常に楽しいものだ。ラジオ少年だった自分が蘇って来る。遠い土地のことを音声で知ることができるラジオならではのワクワク感は、今でも顕在である。
2024年9月3日 9月に入って流れが変わった
不思議なことに8月で諸々の課題が解決し、区切りがついた。その流れで9月に入ると流れが変わって新しい情報が入ってきた。良い流れが来ている。諦めずに続けていることは必ず時間を経て結果が伴ってくる。気を緩めず自分のペースをキープしながら日々の学習、鍛錬、挑戦を続けるのみ。健康には相変わらず気を付けているので全く問題は無い。定期的なチェックを怠らないようにしよう。後期の授業はかなりの量があるため、今から授業準備と健康、体力の準備をする必要がある。
2024年9月5日 教務補助職員展を観る
長岡造形大学では現在、教務補助職員展をやっている。教務補助職員には主に卒業生が授業サポート職として勤務している。
つまり私のような教員は彼、彼女らのサポートを日頃の授業で受けているのだ。その方々も卒業生の場合が多く、自分の作品を制作しているのだ。それが学内に展示してあるので観に行った。日頃のその人からは想像できない作品が多く、非常に面白い。その展示場の近くでは新校舎の建設が進んでいて、9月中に完成の予定である。大学構内では今週末にある大学祭のために学生達が準備をし始めている。毎年見てきた大学祭の準備風景・・・。私が長岡造形大学に来てから5年目を迎えている。
モノゴトは確実に移り変わっている。私が来た頃に入学した学生は既に卒業して行った。そして私も進化し続けている。
この進化は他人には分からないもので、自分が一番分かっている。そして誰もがそうだが、自分の可能性とは自分が最も良く分かっている。5年目を迎えて、だいぶ違う景色が見えてきている。そして新しい予感がある。何年かに一度、この予感がやって来るのだ。この予感は運命を伴っている。そして予感には使命の匂いがする。未来から漂ってくる匂いが含まれている。
不思議なもので自分が望んでやって来るものではなく、やって来てしまうようだ。
2024年9月22日 ウェブ解析士会議2024に参加
出張でウェブ解析士会議に参加してきたが、参加者は良い人ばかりで同じ仲間感に溢れていた。やはり同業種感というのはあるのだなとあらためて実感した。場所が私の大好きな神田だったので、一層良かった。大学の後期授業も既に始まっている。ただでさえ忙しいのに、まだ存在していない新しい授業の構想と内容を作り始めてしまっている。自分のツボに入ってしまって集中し過ぎている。卒業生の起業した店舗の視察に行って来た。24時間営業無人古着屋のコンセプトは素晴らしく、店舗もそれに相応しい快適さだった。しかし疲れたー。世の中は連休だが私には全く関係ない。大量の資料作成は大変な筈だが何ともなく出来てしまう。慣れとは凄い。サラリーマン時代の数倍の生産効率になっている。ただし健康には気を付けよう。
2024年9月26日 人生のシナリオ
この世に生まれてくる前に、自分は誰かと一緒に自分の人生のシナリオを書いていたのだと思うと妙に納得する今日この頃。
誰かとは神か仏か天かわからないのだが、50年以上生きてきた辻褄は生きれば生きる程に理解が深まるものらしい。
シナリオの筋は若い頃は見えなかったのだが現在は見える気がしている。逃げられない避けられない困難、課題が降り注ぐ
50代である。しかしそれ以上に救いの手も伸びてくるものだ。毎日の学びの喜びは天から与えられた宝のようなもので、
それを貪って暮らしている。授業の数が増えたことは資産が増えたことに等しい。自分の中に全てが蓄積されていく。
頭の良い学生達は大袈裟ではなく金銀財宝と言っても過言ではない。自分はその中にいるのだ。調子に乗って夜更かし三昧で
授業の構成を練りに練ってしまう。そして独り言が多くなるのだ。無意味な独り言ではない。自分の言葉の中に、自分が発したのか?と思うような発言が混じることがある。そこにヒントがある。手に入れたいモノが手に入りそうになった時にその声がして「それは手放してこそ、本当に欲しいものが見えるだろう」とか。何言ってんだと思いながら納得してしまう。学生達に
言った自分の言葉をその日の終わりに反芻してみる。そこにもヒントがあり、結局自分にも言っているのだと思う。
毎日ヒントが降り注いでいるのだった。そして長岡(長岡市のこと)。長岡は雄弁ではない。むしろ私が暮らし始めて五年目になるが無口を通している。長岡市絡みの仕事はやってくるが、それは長岡が語っている訳でなく、ただこちらを眺めている感じがする。母親が長岡出身であることから私と長岡の縁は始まっていた。
2024年10月9日 トラックの日
今日は「トラックの日」らしい。コミュニティFMがそう言っていた。去年の今日を日記で読み返してみると、謎の胸痛に悩まされていた。そういえばあれから1年経ち、完全回復した今となっては懐かしいものだ。昨日のことのように想い出せる。完治までは1年近くかかった。健康であれば大抵のことはできる。今週末は東京出張があり、そこで授業の材料を仕入れて来る。
各種学会も複数控えており、それらにも行きたいが全て行くのはスケジュール的に無理だろう。行くべき学会を厳選することになる。そろそろ年末が見えて来る10月である。そして最近は論文の執筆以上に授業で使える書籍の出版の必要性を考えざるを得なくなっている。書くべき内容がハッキリしてきた。
2024年10月9日 電通での日々
電通を早期退職してから8年目になるが、今でも電通との縁は切れない。あらゆる面から繋がっていて助けられることが多くて
驚いてしまう。かつての自分の頑張りが今でも効力を発揮し続けてくれるから不思議だ。結構自分は頑張っていたのだ。過去も現在も未来も全て繋がっている。時の流れは未来に向かって一方的に流れるように感じるが、実はそうでもないのかもしれない。過去現在未来は同時進行している。年を重ねるにつけ、そのように感じるようになった。過去の自分は今の自分とは違うと思うのが通常だと思うが、最近は過去の自分も現在の自分も全く同じで、未来すら同じだと思うのだ。それは進歩していないのではなく、これからの進歩も全ては過去に在った気がするからだ。それらは円を成して巡り合っていると思うとシックリくる。人々との関係性はそんな円の重なり合いだと思う。過去の自分は現在の自分に当時から話しかけていた。それが分かるし、今の自分は未来の自分に話しかけている。人が生きる100年前後の時空間は、きっとそのようなものだ。
2024年10月16日 暖房
毎年、暖房を入れる日は10月20日だった。それが今年は10月10日で10日も早かった。しかしその後に冷房を入れたいと思うような日もあって今年は過去とは違いがある。毎年年末出に向けて出張が続くが今年も同じである。見るべき展覧会や参加すべき学会は大半が東京だが、たまに大阪など関西方面も出て来る。関西は大阪、京都、神戸は互いに近く異文化が近接していて中々面白そうだ。ところが長居できないのであまりよく知らない。それでも電車の車窓から街のオーラは多少感じることができる。東京都とは全く違った別世界なのは分かる。その点、長岡はニュートラル極まりなくそこが良いと思っている。そうこうしているうちに雪が降り出すのだ。
2024年10月18日 結構な数の授業をしている
長岡造形大学で教員になって5年目、最大数の授業を実施している。自分でもよくこれだけの準備が出来るものだと感心している。結局、好きだから出来るのだ。逆に好きでなければ無理だろう。実際のところ、授業の準備は大変なのだが慣れているから大変では無くなった。パワーポイント50枚などは1時間で作成できる。最近コーヒーを飲み過ぎている。気を付けよう。
この先、寒くなってくるから体調管理がとても大事になる。ピラティスでもしようか・・・。
2024年10月21日 昨日、さくらももこ展を観に行った。
私はさくらももこさんとは殆ど同年代、そして静岡県生まれ、育ちが共通しており、それゆえ作品の内容にも共感度がかなり高いのであった。絵柄が素晴らしいのは言うまでも無く、それ以上に感じたのが言葉の素晴らしさだった。「陽だまりの粒」という表現だったり、「ある日、小さなまるがやって来た」という詩から始まる全ての物語は、やはり天から降りて来た何かを感じざるを得ない。〇(マル)から始まる物語の世界は多くの人々を魅了し、会場のお客さん達は皆がマナー良く、さくらももこの世界に浸っていた。
私自身、忘れていた自分の浜松市少年時代のエピソードを沢山思い出すことが出来た。小学校1学期の終わりの日に、沢山の荷物を抱えて帰宅するシーンや
ヨーヨーマスター、サインヨーヨーといったコカ・コーラのキャンペーン、暴言を吐く小学校教師など、浜松市と清水市で場所が違っても共通体験は山ほどあった。さくらももこさんは53歳で亡くなった。私は今年で58歳になる。健康には気を付けつつ、チャレンジは継続。長岡での日々を充実させると誓う。
最終便の新幹線で長岡に向かう途中、隣の席にマスクをせずに咳き込んでいるサラリーマン風スーツ姿のオッサンが座ってきた。20秒観察したが大きな咳を続けていて平気なそぶり。即刻席を立って別車両に移った。そういう人はテロリストだと思っている。逃げるが勝ち。話し合いなどは通用しない。話し合えばわかるような人はそんなことはする筈がないのだから。
2024年11月5日 米大統領選と株価、その他
個人的に米大統領選はとても関心がある。日本経済、株価など多くに影響が出るのは間違いないからだ。私はトランプ、ハリスのどちらになっても日本の株価は上昇すると見ている。実際に株の動きを見ていると大半の人が選挙結果が出てから動こうとしているのが分る。それは今まで所有している株を売ろうとする人達と、選挙後に買ってから上がるのを狙って売ろうとする人々である。おそらく選挙結果が出た後、少しの間は上昇傾向が続くが、その後下がって行くだろう。どっちにしても明日以降から11月末までが面白い期間になるのではないか。もしかすると年末まで緩やかに上昇し続けるかもしれない。大統領選と株価の動向を見守ることにしよう。
2024年11月6日 トランプの想い出
米国大統領選の結果が見えて来たと共に、私の将来の身の振り方も見えて来た。アジアの時代に向けて自分も準備をする。
今日は私の誕生日である。ハッキリとどうやって生きて行くか、良く見えて来た。人生100年時代のまだ中間地点に過ぎない。
大学での教員生活は5年目を順調に過ぎて行っている。コンサルティングの仕事も順調である。大学の定年までの間に定年後のキャリアのための仕込みをする。それは結構な投資になるだろうが実行に移したい。定年後と言っても私の場合は世間で言う定年とは程遠く、現在の現役時代以上に実力を発揮する自分の新時代になるだろう。そこからが本当の勝負時なのだ。
前回トランプが大統領選出馬を決めた時、私は家族とNYのトランプホテルに滞在していた。私が20代の新入社員時代に夜のジョギングを晴海埠頭でしていた時にトランプは自家用クルーズ船トランプ号で停泊していた。毎夜パーティーをしている様子が伺えたものだ。同じ晴海埠頭には韓国船、ロシア船も停泊していた。トランプは私よりも遥かに年上だが、ずっとチャレンジを続けている。
2024年11月13日 米大統領選を終えて
トランプ氏に決まってから、私の予想通りの株式市場展開が起き、それで問題無く予想通りの行動を取った。やはり世の中の情勢は見極めて行かねばならない。ただ眺めているのではなく自ら参加し切り開く行動をしていなければ、見極めはできないのである。さてここで私自身の来年、2025年~2026年の予定が立ちそうな状況である。2026年は還暦ゆえに大きな区切りの年である。その記念すべき2026年に私が何を達成しているべきかはハッキリしている。これがハッキリしただけで2024年の価値があるというものだろう。焦らず、ジックリと構えていれば良いのだ。そしてタイミングはハッキリと決まっているものだ。それらの将来ビジョンと相まって、最近はかつて読んだ小説を再読するようになっている。深田祐介の「炎熱商人」既に上下巻共に読み切ってしまった。35年以上前の私の就活時代に読んだ本である。小説の舞台はその35年前より更に20年以上前が
舞台になっているため、昭和の香りがプンプンする内容である。懐かしさにタイムトリップしてしまうようだ。
しかし直木賞受賞作だけあって、読みごたえは重厚。五臓六腑に染みわたる内容で満足した。当時大学生の自分がこの本を手に取ったことも良く分かる。
2024年11月30日 いよいよ12月に突入
2024年は人生で最も過酷な1年だった。最悪の1年だったと言って良い。しかし最悪とはチャンスで、実際にチャンスは訪れたのであった。不思議なもので最悪は最高の前触れでもある。何が起きても焦らないことだ。焦ることで良いことは1つもない。
ジックリと構えているだけで良い。日々を忙しくする要因は沢山あるが、対処法はいくらでもある。工夫して時間とゆとりを
必ず作るようにする。心が落ち着いていなければ良い判断が出来ないものだ。そして本格的に寒くなってきた。気温が低くなると気持ちも縮むので暖房を強めにして乗り切るだけだ。
2024年12月11日(水)ブロック肉!
お仕事で行った熊本県芦北町での九州牛ブロック肉の塊。
凄い迫力の1㎏。大人3人前である。かなり山の上にあるステーキハウス「ダ・ロープ亭」だが休日のお客はかなりの数が
いた。今まで食べたステーキの中で、1番。間違いない。
柔らかさ、味、どこをとっても文句なし。牛の育て方が良いんだろうなあ。牛も幸せでないと、こんなに美味しくなれないだろう。この店に来るまでの道中が長いのだが、それも気になるどころか、待ち遠しい道のりでしかもそれだけ時間をかけて食べに行く価値がある。時間をかけてまで行くべき所であり、そのようなゆとりが無ければ行けない場所なのだ。
お金の問題以上に、気持ちのゆとり、精神の健全さがあってこそ行き着く場所なんだろう。だから単純に全国的、世界的に知られて混雑すると勿体ないことになる。知る人ぞ知る
素敵なお店、素敵な土地、熊本県芦北町です。
2024年12月15日 出張にて東京へ
この時期、年末とはいえまだ大学の授業はある。その準備と既に終わった授業の採点などが目白押しの季節である。かなり忙しい時期ではある。授業が終わったとしても年明けの共通テスト準備もあり、気が抜けない年末年始になるのが毎年恒例。
しかし、流石に大晦日や元旦辺りはゆっくりできる。そこまで気を抜かず、健康にも気を付けて駆け抜けるしかない。4年生達は卒業発表・卒業展示でこれまた忙しいはず。私も皆と共に頑張って行くしかない。気合を入れ直す師走であった。
2024年12月24日 クリスマスイブ
いよいよ大学の授業は最終週に入った。この過酷過ぎた2024年が最終コーナーを回ったところまできた。来年は運気が上がってくると確信している。また今後の人生計画が明確になったのも、この1年の過酷があったことによる。つまり究極の選択が
迫られたのだった。その流れは実に良いことで揺れていた思考は直線的に決定した。すると人生設計がハッキリとしたのだ。
思えば今までの人生もそうだったではないか。何かを止めて、何かを得る。執着を止めることで新たな気付きを得た訳だ。
悩んだ期間は無駄ではなく通過すべき道筋だった。2025年への準備、仕込みを残りの日数でできる限りやるのみ。
大学では最後の課題提出を頑張る学生達がいる。彼、彼女らのレポートを読むことで授業の手応えを感じ、私のモチベーションがアップしている。良い年末だ。
2025年1月12日 3連休の2日目
2025年の初投稿である。今年は良い年になりそうな予感がある。ネットフリックスでイカゲーム1,2は年末年始に観た。
現在はBreaking BADを観ているが最高に面白い。並行して大学後期授業で既に終わった教科の採点中である。
150人以上いる授業の採点は大変で、全員のレポートを熟読しているが疲れることは無い。なぜならレポート内容が非常にためになるからだ。私は採点をする立場でありながら、その時間は学習時間でもある。
これが大学教員の醍醐味であり、何にも代えがたい宝なのだ。採点の大変さは、そのまま至福の時間に繋がっている。これはそれまでのサラリーマン時代の仕事ではあり得ないことで想像できなかった価値観である。後期授業はまだ残っているため採点作業は今後も続くのだ。外は雪。外出することもなく部屋に籠って採点に集中している。至福の時間はまだまだ続く。
2025年1月15日 レポート採点と来年度シラバス作成
連日レポートの採点が続いている。そして来週までに来年度の新しい授業のシラバス作成もしなければならない。授業は少なくなっているが忙しい時期ではある。外は雪で外気温はかなり低いだろう。部屋の中に居ても外の寒さを感じないではいられない。もちろん暖房、電気ストーブは入れているが・・・。この状態では外出する気は起きないので部屋に籠って仕事をしている。インフルエンザにならないように徹底的に手洗い、うがいを実施する毎日だ。少しスケジュールにゆとりが出てくるのは2月の中旬以降になりそうだ・・・。
2025年1月17日 レポート採点、採点、採点・・・・
学生の提出したレポート内容が非常に良く、私にとって大いなる学びになっている。これはサラリーマン時代には全く得られなかった気付きと感覚である。若い学生の価値観や感性は授業やレポート、実際の対話の中でしか得られない非常に貴重なことだ。会社に入ってからの上司、部下の関係性では本音が出ない中でルーティンが進んでいくため学び合いができにくく
年配者側からの教えが殆どだった。このスピード時代にそのようなコミュニケーションでは企業の競争力は弱体化の一方だろう。もし自分が大企業に残ったままだったらと想像すると恐ろし過ぎる。当時は管理職として若手の育成を諦めていた。
ところが今は若い学生達から新しい価値観、感性、対話を交換することで自分が活性化し、エネルギーが充満していることを実感できている。ありがたいことだ。自分の能力は記憶力から集中力、アウトプット力などあらゆる面でアップしている。
D社時代の40代にストレスから記憶力が落ち、愕然としたことがあったが、全く復活したどころかパワーアップし続けている。
最も重要な能力は、教える能力以上に若者達から学べる能力、共に学び合う能力、リテラシーなのだ。
年配者の最大の誤解は自分の能力アップを自分が正しいと思うやり方でやっている節があるが、それは昭和的な自己満足だと断言できる。私は大学生達から学ぶ能力や、その機会を作ることに関してかなりできるようになったと自負している。
2025年1月20日 フジテレビ、中居問題
マスコミ関係者の不祥事はテレビ番組の外に沢山ある。TBSの役員だった人がO女子大の教授となりセクハラ問題で辞任したり
大学の教員になってから問題を起こす50代以降の教員は結構ニュースになっている。勤めていた会社や仕事の仕方で人間性に影響が出ることはある。バブルを経験した年配者達は何でもありの時代を味わっている。それを令和の今でもやってしまうのだろう。それくらいの想像はできる。それが組織絡みとなると重罪も重罪。そして港社長の閉じられた会見は目も当てられないほど時代に逆行しており、やはり脳が腐っているんだなと痛感した。かつて時代を創ったなんていうのは過ぎ去ったことで
今がダメだったら全てを失ってしまう。だからこそ謙虚に学び続け、驕ることのない日々を暮らして行かなければならない。
私自身、発言や行動には厳重に気を付けている。どうしようもない年配者達に共通していることは謝ることができないこと。
この1点に尽きる。中居氏に関して驚いたことは声明文で、仕事には支障なく復帰できると書いていたことだ。これは謝ったふりをしているだけで、全く謝っていないどころか反省していない。人間性が露呈している。自ら禄でもない人だと宣言してしまったのだ。それを戒めることすらできなかったフジテレビも幹部が腐っている。冨山和彦の「組織は頭から腐る」という本があったがその通りだと思う。私もそのような組織を見てきたから分かる。社長だけでなく構造的な問題がフジテレビに確実に在るのだろう。広告主たちはテレビが無くなっても広告媒体は他にも沢山あるから降りるに決まっている。他のテレビ局も自分ゴトとして捉え、出せる膿は今のうちに出し切った方が良いだろう。
2025年1月29日 昭和100年、フジテレビ10時間以上の会見など
フジテレビのロング記者会見は、歴史的な場面だと思いネット中継を観ていた。D社時代に中居氏や松本仁志氏の番組を覗きに行ったことがある。当時の現場を港さんが仕切っていた場面があった様な気がしている。その時のフジテレビ社員の現場を仕切る気概を感じたことを良く憶えている。テレビが主役の時代、それを自信を持って作り上げているフジ社員の演出現場の空気感は忘れられない。その時代は既に終わっているのだ。それと共に自分のかつての想い出が色褪せて行くのを感じないではいられない。一方で、未来は誰にでもある訳で、誰もが前を向けるのだ。過ぎ去り、終わる価値観、習慣を眺めつつ日々は前を向いて進んでいくしかない。フジテレビだろうが誰だろうが自分を含めてそうなのである。
癌と戦っていた森永さんがお亡くなりになった。昔から知っている(知人ではない)生島フリーアナがハラスメントで古巣のTBSから降板した。日々は進んでいる。人に迷惑をかけないよう、人から必要とされ続け、自分の能力を発揮し続けて生きて行きたい。そう思う昭和100年、2025年だ。
2025年2月7日 卒研発表・展示が私に及ぼす威力
今年の水川研には12人の学生が所属している。過去最大の人数である。その全員が卒研発表に臨み、無事に終えることができた。そして今週末から始まる公開展示を残すのみとなった。展示も最後の最後まで少しでも良くするよう学生達の努力が見られ、私も勇気づけられた。もちろん自分の研究室の学生だけでなく、他の学生達の素晴らしさも同時に感じていた。それらのお陰で今年から論文生産に入ろうという私の気持ちにも火が点いたのである。論文作成計画を立て明日辺りから実行し始めるつもりだ。学生達の頑張りは良い意味で飛び火する。この飛び火効果は絶大でお金では買えない貴重で尊いもの。それが私の重い腰を上げさせるに至った2025年、重要かつ記念すべき年として刻まれた。
2025年2月14日 バレンタインデー、本日は長岡
新しい学会に入ったこともあり、論文の準備をしつつ、新しい資格取得の準備もしている。2月~3月は何かしら勉強する時期のようで、毎年この時期になると勉学意欲が沸き起こるのが不思議だ。資格に関しては自分が取りたい資格で、その勉強に自分が意味や意義を見出せるものに限る。今までに取った資格で後悔したものは1つも無い。実際に仕事に役立っている。
一方で晩年の趣味のために取ったもので最近使っていない資格もある。第一級アマチュア無線技士だ。これは後々フルに使おうと思っているが、今は使う時間が無い。軽自動車を買うくらいの値段で世界最高峰のアマチュア無線機が買え、世界中と無線で交信ができる素晴らしい趣味。日本の無線機メーカーの素晴らしさは今後も変わることがないだろう。インターネットの時代とはいえアナログの無線通信の魅力と、デジタルも活用した最新のアマチュア無線交信も楽しめるとあっては期待が膨らみ続ける趣味の王様である。まあ、それは置いておいて論文準備をするとしよう。
2025年2月17日 NetFlix 「ミセン」に嵌る
年末の「イカゲーム」から現在に至るまで「Breaking BAD」、「ミセン」とNetFlixに嵌ってきた。「ミセン」は韓国商社の新人たちを舞台にしたドラマだが、自分の新入社員時代を想い出して観てしまう。このドラマは2014年頃から始まったようだから今から10年前なのだが、男尊女卑、パワハラ、セクハラなど日本よりキツイ韓国文化を感じる。しかしそれは35年前の私の新入社員時代と変わらないレベルだ。当時、先輩達や上司、会社に感じた違和感や異常感は今思い出してもやはりそうだ。
実際に当時の文化の腐りきった部分がこの2025年にフジテレビの上納文化として露呈している。あの厳しい時代が自分を創ってくれたと言う人もいるだろうが、私はそうは思わない。そう思うようにしていた時代はあったが大学教員として若者達を指導する立場になってからは、あの無茶ぶりや年功序列、男尊女卑などの同調圧力は会社組織の社風と文化の無駄としか思わない。まともな組織、もともな人たちの会社組織であればもっと効率的に自分を含む社員、会社が成長できただろうと思う。
これは今の自分になったから思うことであって、サラリーマンを続けていたら自分の過去を美談にするしかない人達になっていたと思う。これは当時と別の仕事をしている人達には分かることだ。既に別世界、別の価値観で生きているからだ。
つまり同じ世界に住み続けると、価値観や行動は変わらないということだ。老害は自分が老害だと気付かなければ直しようがなく、どんどん加速してしまうもので組織にとっては癌と言える恐るべき老害病なのだ。
2025年2月19日 老害病ではない年配者(健全な大人)の条件
先日老害病について書いたが、私が世の中を観察していて、老害病ではなく、むしろ若者達や周囲の人達から必要とされ頼られている年配者(健全な大人)の条件を書いておこうと思う。たった3つのシンプルなことだ。
当てはまらない場合は、老害病に罹っているかもしれない。
①決して他人を非難しない(SNS含む)
②自分の話(知識、自論、自慢話など)をしない
③辞めた会社の同僚や先輩とばかり会わない
上記3つをしない方々は、ここに挙げていない項目も問題ない場合が多いと感じている。「〇〇しない」という形で書いたのは、老害病はついつい「〇〇してしまう」のだ。
余計なことを言ったり、求められていないことをしたり、何かしらしでかすものだ。
ただし、何もしないでコミュニケーションを取らない姿勢は、それだけで(年配者ゆえ)威圧感や気まずい空気を醸し出すため宜しくない。何かを若者達から求められた場合に、そのアクションを起こして提供する何かがあることが大切。
そもそも若者達から何も求められていない場合、その人は未来から必要とされていないのだと思う。
辞めた会社の同僚や先輩達とばかり会っている人(頻度にもよるが)は過去ばかり見ている人生なんだろうと感じる。
私はそれを否定している訳ではない。人生の過ごし方は自由だから。
しかし敢えて言おう。老害病の元凶は特に②の反対で自分の話(知識、自論、自慢話など)をしてしまうが当たる。
これは報われない自分の過去を忘れられず、現在でも叫んでいるようなもので迷惑極まりない。
これに当てはまる人は、それを聴いてくれる人達(特に若者や後輩)を常に求めているという悪癖があり、巻き込んでいく。
これをサラリーマン時代に散々見てきて絶対にしないようにと自戒も含め徹底的に守り続けている。
もう少し本質的なことを書いておこう。
上記、①②③と反対のことをしてしまう人達(老害病の方々)は、いい歳をしてそれらをする必要がある人達なのだ。
そして健全な大人は、①②③と反対のことをする必要が無い人達なのである。
2025年2月20日 老害病ではない年配者(健全な大人)の条件 その2
先日は「〇〇しない」という形で老害病ではない年配者(健全な大人)の条件を書いたが、今回はそれに加えて「〇〇する」という形で老害病ではない年配者(健全な大人)の条件を書いておこう。これも間違いないシンプルな3つの条件だ。
①毎日必ず誰にも挨拶をする
②自分が間違った時は必ず謝る
③若者達にチャンスを与える
この上記3点が出来ていない場合、即刻、老害病認定となる。特に①毎日必ず誰にも挨拶をするという普通のことができなく
なる。というかしなくなるのが危険な兆候だ。愚かな人は、少し昇進したくらいでこの3つを意図的にしなくなっていた。
それを見るにつけ、愚かな老害病者には教科書があってこれら3つをしないようにするべしと書いてあるのかと思った程だ。
③は日枝さんの様な人が当て嵌まる(反対の意味で)だろう。
もう一度ここで、先日の3か条と合わせて老害病ではない年配者(健全な大人)の条件6つを書いておこう。
①毎日必ず誰にも挨拶をする →明るく前向きな環境を守ろうとする気持ちの表れ
②自分が間違った時は必ず謝る →正しいことを正しいとし、不正や不公平を許さず、自分を戒める気持ちの表れ
③若者達にチャンスを与える →自分だけ逃げ切れば良いというセコイ考えではなく、未来の発展を信じている気持ちの表れ
④決して他人を非難しない(SNS含む)→自分だけでなく、誰もが気持ちよく暮らす世界を望む気持ちの表れ
⑤自分の話(知識、自論、自慢話など)をしない →若者達の話を聴いて学ぼうとする姿勢の表れ。過去の栄光は捨てる。
⑥辞めた会社の同僚や先輩とばかり会わない →過去ではなく、未来に向けて希望があり準備していることの表れ
私自身、毎日これらをチェックしている。人生の中で多くの反面教師達を見てきたし、その被害にも会ってきた。
それを活かすために、現在が在ると思っている。若者達は是非、周りの年配者がこれらの条件に当てはまるか否かをチェックしていただきたい。また、若者自身にもこのチェック項目は使っていただけると思う。
そして実は、これらの条件はマーケティングに通じるところがあると思っている。
これらができていない人物が企業の経営者(若者の経営者も含む)だとしたら、どうだろうか。
大袈裟ではなく私がマーケティングに関心を持つ最大の理由がここに在る。
2025年2月22日 雪景色
この写真の後、太陽が出て明るくなり雪融けの水たまりができたお昼ごろ、隣接するスーパーへ出かけた。するとその雪融け水溜まりを待ち構えたようにスズメ達が水浴びし、水を飲んでいて驚いた。この写真の後、確かに明るく空気がほんの少し暖かくなっただけでスズメ達はその瞬間を逃さなかったのだ。
よく考えてみると、雪の状態だとスズメ達も水分としては
冷たすぎて口にできなかったのではないか。
雪が積もり出すとスズメに限らず全ての鳥は姿を消す。どこに行っているのか分からない。夏には沢山いたカラス達もたまにしか姿を見せなくなる。日常は当たり前の風景でも謎に溢れている。このような日は部屋に籠って論文を書くのが相応しい。ある意味ありがたい日だ。
2025年2月26日 学術と実務の大いなる違い
これは両方に足を突っ込んでいる私だから良く分かるのだが、学術と実務は全く別の世界である。従ってどちら側からも片方の言い分で片方を非難したり揚げ足を取ったりすることに意味や意義は全く無い。人はどちらかに属することが普通で、両方やる人は特殊であり、それはとても個人的なことだと認識すべきなのだ。私に限って言えば、学術と実務は個別に極めて行くべきものだとキッパリと分けている。それらの融合に意味や意義を私個人は全く見出していないからである。その理由をマーケティング的に言えば、それらの融合を望むユーザー、ターゲットが現実の世の中に居ないからである。
ゆえに私自身の進む道は非常に明確でスッキリしている。これはそうでない反面教師達の事例を見るにつけ、とても参考にさせていただいて至った結論だ。そして私の学術での目指す方向は実務とはジャンルを違えることで実務における自身の実力幅を拡張する方向になった。同じジャンルにはしないと決定したのが良かった。
2025年2月27日 人生の戦略
戦略は複雑なものであってはならない。シンプルで確実に実行されるべきもの。そして何よりも、しないことを決めること。
〇〇をすると決めること以上に、〇〇をしないと決めることの方が遥かに戦略的である。それで言えば私の戦略は当たり前
のことしかない。ところがこれらを全てできている人は多くはない。
・酒を飲まない・煙草を吸わない・ギャンブルをしない・嘘をつかない・人の嫌がることをしない などなどまだあるが、
要するに心と身体の健康を維持する戦略に他ならない。健康でないと他がどれ程凄くても意味が無い。
加えて、自分の自由になる時間を充分に維持することも戦略の中心にある。どんなに資金、資産を保有していてもそれを使って味わう時間と気持ちのゆとりが無ければ全く意味がない。この戦略に乗っ取っていれば万事問題無く進んで行く。
健康診断などを怠らないこと。それに尽きる。
2025年2月28日 2月の終わりと、新宿スタジオアルタの終わり
フジテレビの凋落があり、それとは直接関係はないが新宿スタジオアルタが今日で終わりとなる。ある時代の終わりを感じないではいられない。私が生きて来た青春の思い出が少しずつ現実の世の中から引退していくようだ。しかし新しい私の青春は現在も続いている。自分の人生に空きスペースができてこそ、新しい人生をインストールできるものだ。今日は出張で夕方から東京に戻る。出張業務がイルミネーションの観覧のためで、そのイルミネーションは24時まで実施されており本日が最終日なのだ。2月は予定通りに過ごせた。長岡の雪が印象的な(毎年そうだが)2月だった。
2025年3月2日 資格試験勉強で区民館貸し切り
私が常日頃からコンサルティングやオンライン授業で活用することがある某区民館。この写真は資格試験の勉強をしている時のもの。非常に捗る。窓の外の桜には鴬が訪れる。どんな季節にも窓の景色に癒され仕事の効率が良い最高の場所。
ホワイトボードが置いてあるので、書き込んで思考するのにも良い。また貸し切りなので机の周りを歩き回りながらの思考も脳の活性化に効果的というわけで最強の場所。自宅マンションの会議室も使えるが、この区民館はパワースポットなのか捗り方が猛烈で尋常ではない。効率的な作業だけでなくアイデアまで湧いてくる。値段も格安。冷暖房完備。受付の方とも馴染みで顔が通じる気楽さもある。今後は論文執筆で何回もお世話になりそうな予感。ホテルで缶詰めより区民館缶詰が好きな私であった。
2025年3月2日 先日の出張は後楽園ドームシティ
このイルミネーションは2/28で終わりだったので、最終日に
何とか間に合わせて東京駅から後楽園に直行した。社会人の初期の頃は文京区小石川3丁目に住んでいたので、夜中に散歩してここら辺まで歩いて来ていたものだ。とても懐かしい気持ち。しかもこの夜は穏やかな気温で非常に癒された。
毎年長岡市の商店街イルミネーションを共同研究でやらせていただいているが、その一環の流れでの出張である。ここのイルミネーション空間の中には噴水があり、それが音楽と共にパフォーマンスを魅せる演出がある。それとイルミネーションが相まって素晴らしい光景が出来上がるのだった。
まあ、この場所自体が根っからのエンタメ施設ゆえ、長岡市の商店街にそのまま応用は出来ないが、音楽の演出は参考になるものだ。来年はもっと最終日でない日に訪れたい。
2025年3月4日 宮脇綾子の芸術
前回の後楽園ドームシティでのイルミネーション出張と時期を同じくして東京ステーションギャラリーで開催中の宮脇綾子の芸術を観覧してきた。「人の心を動かすには探求しなければならない」という言葉や、「この世に廃物は無いと思う」という言葉など、心に刻むべき言葉を幾つも貰って来た。またアヤメと菖蒲の違いや曼殊沙華と彼岸花はどちらも英名はRed Spider Lilyだったり、ゼンマイとワラビの違いとか、作品のモチーフに自分の知識の足りなさを痛感させられたりもした。私が生まれる前からの作品が沢山あり、私が生きて来た中でこれらの作品もまた存在し続け、私と出会うことになったのだと思うと非常に感慨深い。この展覧会を知ったのはNHKの番組で偶然知った。そして研究室の卒業生の卒研テーマとも重なっていたため、見ないではいられなかったのだ。私のD社時代の先輩達や広告業界の知人達の何人かはアーチストとして活躍している。絵を描きながらパフォーマンスする人、音楽家でギタリスト、乾漆猫像を創るCMプランナーの師匠などなど、私もマーケティングコンサルをする身ではあるが、今後はアーチストへの道が無いわけでもないと感じる。
研究者とアーチストは生きる姿勢としてはかなり似ている。
観察、研究、仮説、実践の流れが共通なのである。自分の将来への
道筋は太く拡張しながら一直線に進んでいる気がしている。
しかもその太い道には何車線もレーンがあって、私はその複数レーンをギアチェンジしながら横断して行くようなイメージを持っている。
2025年3月7日 ITコーディネーター 「専門スキル特別認定試験」合格
先日、東京出張の際に歌舞伎ビルでCBT形式でITコーディネーターの専門スキル特別認定試験を受けて来た。その場で合格を
確認した。1月末から準備して予定通りに合格できたのだが、内容はかなり難しく開始直後はこれはダメかもしれないと感じたくらいだった。しかし徐々にペースを掴んで冷静に終わらせることができた。現在もマーケティングコンサルはしているのだがもっと根本的にITアレルギーの会社、社長が多過ぎることに大いなる課題を感じていたので、自らITコーディネーター路線を歩まねばと決意したのだ。これはかなり本気である。年内にケース研修を受けてから本格的に資格登録できるようになる。
コンサルティングで本格的に中小企業へのDX支援領域に突入して行くかもしれない。マーケティング支援だけではやり切れない。そもそもマーケティングとITも切り離せない事実があり、これを無視できない自分がいる。しかし出張の間隙で、資格試験を受けるスケジューリングは、相変わらずジグソーパズル的スケジューリングをしているなと我ながら思う。
「ゲド戦記」をテレビで観ていて思った。旅人のハイタカとアレンの会話から自分自身の過去を想い出したような気がした。
それはDNAに刻み込まれた前世の記憶なのか、「本当の自由とは目的を持たないこと」だと。
旅先に行き着いてから目的が生まれる。行く先々の状況に合わせて目的を持とうとするのだった。
その記憶は現在にも生きていて時折顔を出す。また偶然にも同じテーマの本「地図なき山」(角幡唯介)も読んでる。
自分の進むべき道は自ずと分かるものだ。間違った道を行こうとするといつまでも結果が出ない。それどころか酷い労力を
費やすことになる。一方で正しい道を進めばすぐに印を見つけられる。そして縁が出現し、これで良いのだと確信するのだ。
現世に生きていると、このことを逆に解釈してしまう。例えば人生には目的があるべきで、その目的を糧に生きるべきだと。
何故、そのように解釈してしまうのか。それは誰もが、この現世で自分を信用できるか否かという課題を背負わされているからだと思う。自分を信用できるようになるには時間がかかるものだ。目的も何もかも、人は既に宿して生まれてきている。
それを想い出せるかどうかが問われている。だから効率だけ追求していてはむしろ時間がかかって仕方ないのだ。
2025年3月9日 重度なNYC病
ここ数年患っている病、それは「NYC病(ニューヨークシティ病)」無性にニューヨークシティに行きたくてたまらない病。
FaceBookでNYCの写真(特に過去の)が掲示されると、その解説文がどんなに長くても全て読んでしまう。FBは毎日何回もそんな写真を見せつけてくれる。アプリでNYCのラジオ局を複数聴いている。毎日NYCを感じていたいこの病のおかげで、毎晩聴きながら寝ていたためNYのかなり早口の機関銃英語も全て聞き取れるようになってしまった。オーストラリアのパースのラジオ局やカナダのラジオ局もアプリで聴いているがNYCのラジオ局(WNYCやTalking AlternativeやBrooklyn College Radioなど)に比べたら蠅が止るくらいスローな英語。そこで思いついたのが久しぶりに英語の資格でも取ろうかと。国連英検A級は2000年に取ってから25年が経っている。国内英語資格の最高峰と言えば国連英検特A級で、これは受けたことが無かった。
これを5月に取ることにしよう。これは先ほど書いたようにヒアリング力が史上最高調の私なのだが、国連英検にはヒアリング問題は無い。その代わり2次試験面談にてネイティブとの英語議論が課されている。これは散々仕事で使ってきたので全く問題ない。NYCに留学中(大学生時代)コロンビア大学の寮の私の机の前には国連のポスターが貼られていた。当時はいつか国連の職員になりたかったのだ。2000年に国連英検を取った頃はD通に勤めて入社10年目。会社が募集する海外留学生試験(MBA or短期ビジネス留学)を受けていた頃で英語力もそこそこ高くしていた時期。TOEICは900点を超えていた。しかし結果的に会社の留学生試験には2次の面談で落とされて新会社(D社社員と米国マーチファーストからの外人で構成される)へ出向となった。会社の資金で留学する計画は実現しなかったが外資系企業の様な環境で数年間働いた経験と多くの海外出張に満足はしていた。しかし本格的な長期留学ができなかった未達成感は現在も残ったままで、近い将来に決着させようと思っている。
その狼煙を上げる意味でも国連英検特A級は取っておかねばならないだろう。
因みに実用英検1級には全く興味が無い。楽しく実用的な英語のために勉強する価値がある最高峰の英語資格試験は国連英検だと実感しているからだ。実用英検1級などは英語が好きな人も嫌いになるような試験内容で目指している人は英語を使って生きて行こうというより難関資格を持っていると言いたい人達なのではないかと。取ったらそこで終わりといような資格試験は
刹那の自己満足でしかないから興味が無いのだ。資格を取っても毎日磨くような生活習慣こそが資格を持つことの誇り。
2025年3月11日 311から14年経った
昨年亡くなったペットのトイプー、アンジーは311の後の5月5日に生まれた。あの揺れに揺れた311を忘れようにも忘れられない。人生で最大の揺れであり最長の揺れでもあった。D通本社でそれを体験したがその長さに恐怖を感じた。その後皆でオフィスのテレビを観ていたのだが映画を観ている様な信じられない光景が映し出され、これが現実なのかと思ったことを憶えている。それ以前に311で似た恐怖を味わったが、その時は日本国内での出来事という事実が初めての衝撃をもたらしていた。
全ては過去なのだ。アンジーが亡くなったことも昨日のように想い出せるが過去である。もう会えない。生きている人達も
もう会えない人達がいることを考えれば、生きている死んでいるの違いがあるのだろうか。そう思うと、今会えている人達との時間が大切だと思えるのだ。過去の存在は縁なのだ。縁というのは必要な時に存在するもの。役割を果たせば去る。つまり卒業と同じだ。いつまでも卒業しないでいる状態が良くないのと同じ。卒業後は新しい世界に飛び込み、新しい環境と人々に出会うわけだ。過去は推進力。3月は未来へ向かう季節だとつくづく感じている。
大船渡の山林火災
ニュースで被害にあった方々の立ち上がらざるを得ない姿、生きる姿勢を見ていると勇気を貰える。やはり強い。酷い目に会うことは辛いことだが、人生においては決して悪いことではない。というか、悪いことにしないでいられるのはその人の強さだと思う。運が良いとか悪いとか、そのような単純なことではなく、生きて行く姿勢はどんな状態であれ、人は強く逞しくあるべきなのだろう。
2025年3月13日 明日は卒業式、祝賀会
あっという間に明日は卒業式だ。明日で卒業なのだ。毎年この時期に迎える卒業式は、何度体験しても新鮮さが変わらない。
卒業する学生達は毎年違うからだ。少し部屋の掃除をして、BookOffに売る本を選んだ。BookOffは改装リニューアルして
明日リニューアルオープンなのだ。そういえばBookOffの近くに在ったビッグモーターも看板が取り替えられ別の会社に生まれ変わりつつある。あらゆる物事が変化している。4月の授業が始まるまでに、旅に出ようと考えている。場所を考えるのは楽しいものだ。国内のどこかになりそうだ。
2025年3月14日 卒業式、祝賀会
毎年思うのだが、素晴らしい卒業式だった。学長、市長、学生代表の話が非常に良い内容で今年も感動した。毎年感動している。パターンは毎年同じだが決して飽きることは無い。毎年毎年、重要な意味があって噛みしめることになる。参加した誰にとっても人生の大切な記憶となるだろう。全てを終えた今、熱い風呂に入りたいと思っている。この卒業式の時期はあれだけあった雪がかなり溶けて春を感じる景色になりつつある。こうして新しいページが捲られていく。
2025年3月18日 石田あゆみさん亡くなる
私の最古の記憶の一つが、3歳~4歳の頃、浜松市の公団に住んでいた時のことだ。家には小さな白黒テレビがあって、私が1人でそれを覗き込んで観ていた。その映像で憶えているのは石田あゆみが歌っているシーンだ。おそらく「ブルーライトヨコハマ」だったと思う。その時、不思議なことが起こった。歌っている最中に突然画面が暗くなって歌が終わってしまったのだ。
子供の私は、何が起きたのか、何故画面が暗くなって途中で終わったか訳が分からず、そのことがずっと頭に残ったままだった。後に当時のテレビ放送はまだ放送が開始されて間もないため、生放送には不備が沢山あったとのこと。そういうことだったのかと納得した。また、やはり4歳くらいの頃、浜松から東京の親戚の家を家族で訪れた時の帰りの新幹線で、外国人の女子2,3人組と同席になったことがあった。横浜駅の手前だった。その時私は新幹線の中、皆の前でブルーライトヨコハマを歌った。大いにウケたので非常に気持ち良かったことを今でも憶えている。ブルーライトヨコハマには当時の時代の空気、人々の価値観など多くが詰まっている。youtubeで観ると、本当に当時の空気がフワッと広がるような気がする。その後、大人になってからも私が横浜好きなのは、ブルーライトヨコハマが刷り込まれているからだと思う。暫く横浜に行っていないから、そろそろ行きたくなった。
2025年3月21日 スピリチュアルなことを、後のために書いておく
私には予感があって、それは突然降って来るものだ。1度だけではなく、間をおいて2度、3度とバラバラに降って来るのだが
後でそれらを考えていると、ストーリーが見えるようになる。長岡に暮らすようになって4月から6年目に入るが、やっとそのストーリーの序章が見えてきた。あくまでも序章であるが、その先の未来はかなり明確に分かる気がする。つまりテーマは分ってきたのだ。だからこうして書く気になったのだと思う。長岡に来た当初は雪国であり、人生初の単身赴任のためかなりの
苦労があった。暖かい土地だったらどれだけ良かったか、などと考えもした。しかし逆に良かったのだ。寒く引き籠っている間に思考できる。その思考の中で自分を見つめる時間が多く取れた。それが自分の全細胞を大転換するキッカケだった。
自分の進む道は自分で決めているようで、そうではない部分がある。一見、制限のように見えたり感じる現実の条件は、
実は自分にとっての大いなるヒントなのである。6年目突入前でそこまでは気付けた。私が間違った方向へ努力していたことは
ことごとく成就せず、そっちではないと導かれていた。そしてそっちではないんだなと確信した後に、気付いたことへのご褒美ではないが、良いニュースがもたらされる。そのニュースを手繰り寄せると、更に先の大きなヒントとアイデアが連なって出現してきた。その時、ふと思い出した。大学のキャンパスを歩いていた時、特に大変で辛く、苦しい状況なのに吹いてきた風がやけに心地よく、吹かれた瞬間に多幸感が湧いてきたのだ。自分でも不思議だった。辛く苦しい時は時間をかけて徐々に回復して行くものだとばかり思っていたが、ひと風が吹いただけで幸せを感じたのだ。その時にハッとした。この瞬間は、
瞬間的に気付いたから瞬間の幸せだと思ったが、実は永遠に続いているのだと。その永遠に普段は気付けないから辛さ、苦しさを感じてしまうだけで、既に素晴らしいことは日常に溢れ、満たされているのだと。そしてこれを書いている今、現在も。
富や豊かさは外部から与えられ(条件)やってくるのではなく、自らの内側から沸き起こるものだ。これがホンモノなのだ。
1日、1日を企み、実践していくことで私の願い(個人的なものではない)は叶っていくだろう。笑われるかもしれないが
大きくは世界平和を願っている。本気で。自分の生き方は大きな方向としては、そういう方面に貢献して行くことになる。
個人的な利益や、企業の売上とかを遥かに超えた、言い方を変えればそれらのことを心配する必要のない世界の構築を目指すことになる。アート、デザインで。広告会社にいた私が、現在は長岡造形大学にいる理由がこれだ。
そして、企業などのブランディングや広告だけでなく、長岡市を始めとする市町村のブランディング、PR、活性化を担っていくことは想像に難くない。運命であり、宿命。電通4代目社長の吉田秀雄の言葉「広告は芸術であり科学だ」と。
加えて「広告は平和の象徴だ」と。その言葉の発生から脈々と流れている大きなウネリを私自身数十年をかけて理解したというところだ。やっと気付けた。長岡に来たことで気付けた部分が非常に大きい。
2025年3月31日 今年度の最終日
2024年度はかなり厳しい時代だったが、ついに終わる。2025年度は大いなる飛躍への足掛かりの年度になるだろう。
実務と学術の切り分けが明確になったことで5か年計画が可能になった。自分の学術軸はアート方面に集中することで私の将来の拡張性がとてつもなく出せる。マーケティング、コンサルティング領域は実務に集中する。
大学での教育は実務面のマーケティングとつながっていて、学術面のアートはデザイン教育につながって矛盾しない。
本来、実務、教育、学術というように真ん中に教育があり実務と学術は教育に結び付く。実務と学術が直接結び付くことは
めったにないし、それを目標にすることの意義は非常に稀なケースだと思われる。だからこそ博士課程レベルで追求するテーマはそこら辺にあるかもしれない。が、私には分からない領域だ。
と言いながら、私の今後の研究テーマは広告とアートの融合で実務と学術の融合になる予定。これは私の個人的テーマなのでジックリと追求できる。教育にしていくには先の話になり、それができる頃はやっと自分に満足できるだろう。そこまでが
見えてきているので2025年度以降は全てが加速して行くだろう。やっとここまで来た。
2025年4月4日 4月に入って既に4日目
来週から始まる授業の仕込み、講義資料作成の毎日に突入している。受講生名簿を確認することはターゲット層の理解と同じ
である。そこから授業を組み立てていく。人数と教室から全15回の構成をイメージする。授業開始の直前まで試行錯誤をやり切る。そして授業が始まってからも受講生の反応を見ながら授業の進行を微調整するのだ。初回授業の在り方が非常に重要だと捉えている。6年目を迎える今年は授業初回でのディレクションが最終的な授業評価にどう出るかを試そうと考えている。
確実に私の授業を必要とする学生の比率(マッチ度)を極力上げるディレクションをしようと考えている。これは前期が終われば結果が出るため遣り甲斐が大いにある。GWの連休後に大方の授業が軌道に乗った辺りで、授業の仕込みとは別に研究論文という別次元の仕込み作業が入ってくる予定で、大変なこと極まりない。しかしこれ程までに自分が望んだことが出来ているのは幸せなことで、神や仏に感謝している。
2025年4月7日 本日、今年度 授業初日を乗り切った。
授業準備はしてあるが、一応早めに大学に来て更に講義資料をチェックした。それ以外にも学生相談、研究室など諸々あり。
また授業後の雑感なども今日の終わりに書いておく。先週から各方面に送っているメール(研究関連)の返信も気になっている。さすがに今週中には返信が届きだすと思う。そして初日の授業を2つ終えた。予定通りの展開で、まずは一息ついている。この感じで最初の1週間を乗り切るとリズムが出て来て軌道に乗る。それが4月の末まで突っ走ると、あっという間にGWに入る。そこでまた一息つける。なので4月末までは特に念入りに授業準備をして緊張感を持って行きたい。
2025年4月10日 初回の授業を幾つか終えて
構想足掛け3年の新しい授業を昨日実施した。物凄いプレッシャーを感じ続けた3年間が実際に始まってみると、普通に始まった。初回が乗り切れると軌道に乗り始めるのはどの授業も同じだ。しかし優れた真面目な学生達だからこうなる訳で、その点
恵まれていると思う。私の構想を受け止められる学生の資質があって成立している。今週は初回授業の週だが、半分肩の荷を
下ろすことができた。ひと山超えた感じ。少しホッとしている。こんな風に過ごしているとGWがやってくる。そして一息つける。そこまで走り続けることになる。雪が溶けてまだ寒い日もあって電気ストーブは点けているが春を感じている。気持ち良い
風を感じている今日この頃。研究意欲も湧いてきている。
2025年4月13日 実務と学術の乖離は一層進み、まとめられないものだと認識することから始まる。
実務者が持っている経験知が学術側に伝わらない、あるいは逆もまた然り。それは当然のことで、そのどちらかにしか人は
存在し得ないからだ。時間を違えてどちらかに居た人は居る。が、同時進行でどちらも網羅的に出来る人間は存在し得ない。
よって実務と学術をリアルタイムで同時並行するメリットやニーズも世の中には存在し得ないのだ。
実務側と学術側の知識の非対称性を一瞬で解決することは無理だし、一瞬でなく時間をかけてやろうとしても更に乖離していくのを眺めることになる。そこにスピードのパラドクスも加わる。技術進化のスピードが速すぎ、実務ですら遅れる。ましてや理論をや、である。単純に、実践知と形式知の乖離である。実務と学術では人種が違い、価値観も生活も違う。互いに正論をぶつけ合うと、どちらか側の理屈を押し付け合う水掛け論にしかならず平行線を辿るだけだから止めるべきだ。時間の無駄。
私個人は私の生産アウトプットとして実践知を型式知化するのではなくアートに転換している。位相を変えること(実務と学術の融合ではなく、実務と実務の合体:広告とアート合体させること)で研究と教育を一気通貫できる考え方になった。
学術的な形式知は基礎知識としてインプットした上で、自分オリジナルの実践を形式知化すれば良い。
何が言いたいかというと、実務と学術の両方を語りたければ、知性が必須であり、それは柔軟性、幅を持たせなければ語る
価値が無いし、語る相手も見つけられないだろう。もう一度、自分のために書いておくが実務ですら最新と既存で乖離が加速しているのだ。ChatGPTのようなAIを自分の子供達が駆使して現実世界で過去の自分より遥かに成果を上げているのをリアルタイムに見ていれば簡単に気付くことだ。オッサンの固い頭をほぐすには若者達の行動を観察することに尽きる。できれば若者達に教えを乞うた方が良いに決まっている。オッサンが独りで、またオッサン同士で考えたり悩んだりでは人生が勿体ない。
そんなことばっかりやってきて、まだやっているのかっていうことを自分に言い聞かせましょう。
若者達から説教される時間を持てるオッサンが最強に贅沢なオッサンだと思っている。その域までまだ到達していないが。
知性とは知識ではなく、今起きていることや未来に興味を持つ感性なのだから。今までの自分に知性があると思わないこと。
これは厳に自分に言い聞かせ続けていること。
2025年4月18日 世の中のニーズと大学のあるべき姿
大学の教員として6年目。30年以上に及ぶサラリーマン時代には決して気付けなかった、見えなかったものが見えている。サラリーマン時代、会社に所属しているとビジネスによる利益の追求をしていた。資本主義社会においてはそれが当然で、それができていないのはあり得ないという世界であり価値観だった。今となれば、そのような価値観は単なる1つの価値観でしかない。
それ以上に人間としての知性、可能性は誰にもあることを大学生達と学んでいて気付いた。それは既存の教育システムでは殆ど開発、開拓されていなかったものだ。特に受験勉強によって削られる時間が勿体ない。受験勉強で勉強の入り口を知るキッカケになる人もいるだろうが、大半は受験によって学びの素晴らしさから離れてしまう人もいるだろう。受験勉強は大いなる学びからすると一部の大人が作り上げた大昔のシステムで、後生大事に未だに残っている廃墟の様なものだ。それを手を変え品を変え
受験勉強だけしていても合格しないような試験問題や試験形態が生まれている。世の中で使われている偏差値では知性やいろいろな意味での頭の良さを測り切れない。私の勤めている大学には頭の良い大学生がワンサカいる。偏差値が特別高いわけではない。それなのに頭が良いのは、良い育ち方をしているのだと思う。常識があり、知性がある。つまり健全、健康的な頭の良さがあるということだ。育った家庭が無駄にお金のある富裕層でないのも良い。多少お金のある家庭だと何も考えずに子供を塾に入れ中高一貫校などに入れるが、一見有利な人生や偏差値が多少高くても自分のことしか考えられない薄い人物は信頼を得られず、人は離れて行く。ビジネスも同じようなフェーズに既に入っている。稼げば良いとする売上至上主義では生きて行けない。共創が必須になる。人も国も、人間関係が全て。密室で一部の権限ある人達だけで物事を決めるような時代はもうすぐ完全に終わるだろう。私は大学生達から毎日学んでいる。驚くほど学べることが毎日あるのだ。このような毎日はサラリーマン時代には全く無かったからだ。このような学びの毎日は50年以上生きて、今起きている奇跡。私はそれまでに得た何よりも素晴らしいモノゴトを日々得ていることになる。そして私の未来も今までに考えられないような未来が描けるようになっているのだ。年齢を重ねることで、能力や可能性が加速的に増加している。大抵は年を取ると将来が不安になったり定年で仕事から離れるのだろうが、それは自分の人生を他人(や会社)に依存し続けてきた結果だろう。私は全く逆だ。だから会社を辞めることができた。
毎晩寝ながらアプリでニューヨークのFM放送を聴いている。ニューヨークの現地パーソナリティの超高速機関銃トークがほぼ完璧に聴き取れるリスニング能力が身に付いた。この高速処理ができるようになると頭の回転も速くなる。副作用として速読能力も更に上がって人生最速に達した。リスニング能力が上がると速読力が上がる。リスニングとリーディングの速度が上がると、日常生活で全てが能力アップする。ただしこれには欠点、注意事項がある。常人より大量の情報処理ができてしまうが故に、とんでもない仕事量をしてしまうことで体調を崩したり、重要な打合せを見逃してしまうことがたまに出てくること。
それを防ぐには大量処理のスケジュールをマメにアップデートしてマメに眺めること。スケジュールチェックを毎日何回もする羽目になる。致し方ない。次なるステージはこの高速処理能力を日常のスピードに活かすのではなく長考に注ぎ込み研究をすること、そして論文を書くことだ。今年は正にそれをする年。
2025年4月20日 アンジーの命日
愛犬のアンジーが亡くなってからちょうど1年が経った。昨年の今日、偶然にも家族全員が東京に集まってアンジーの最期を
看取ることができた。アンジーがその日を選んだようだった。家族全員がアンジーからの同じメッセージを受け取った。
それは「今できることをやる」というシンプルなもの。それは心に刻まれ、日々想い起しては頑張っている。
アンジーが亡くなった昨年の今日はアンジーの件だけでなく大変なことが連続して起こり、人生の中でも過酷な1年だった。
1年経ってみるとその過酷さは過ぎ去った嵐のようで、今の穏やかさを噛みしめている。昨日は暖かくなり散歩日和。
大学の校舎にツバメが巣を作っていた。そんなことに気付く瞬間、幸せを感じる。
今日はやや寒い。まだまだ寒暖差がある4月。
2025年4月25日 永野芽郁と田中圭の不倫報道に感じること
永野芽郁さんは私にとっては推しといってもいい女優さんで、多くの映画を観させてもらったステキな方である。
今回出た不倫報道は驚くべきことで意外なことだった。彼女の演技の才能、生まれ持った美貌、そして現在の成功と将来への期待。それらはどれをとっても稀有な幸せである。田中圭氏も俳優として同じように恵まれた状況にあったと言える。
その恵まれた者同士、俳優同士の2人の幸せは周囲の方々の支えがあってのこと。広告のスポンサーなどは分かり易く経済的に大きく太い支援社である。恋愛に関しては個人間の話で私は何も言うつもりはない。それだけ恵まれた2人に問題があるとすれば「感謝」が足りなかったことだろうか。あるいは「感謝」を忘れていたのではないか。既に得ている大いなる幸福に浴している時間が長く、その幸福が当たり前になってしまったのだろうか。自分を支援してくれる方々に対して少しでも感謝があれば
今回のような行動は慎むことができたであろう。また、秘密への徹底した拘りや秘密を保持し続けるスキル、鍛錬が必須だ。
人は自由や幸福である場合も何かしら縛りがあるものだ。逆に縛りがあるからこそ自由や幸福を味わえる。
私は永野芽郁さんに今までより期待している。それは彼女の仕事が女優だから。今大変な修行を課せられたことを想うとやはりそれは宿命なのだろうと思う。人は間違える。間違えない人はいない。だから彼女はやはり大女優らしさを増しているとさえ
感じる。相手の田中圭氏も同様に俳優の宿命を背負っている。これだけの苦難を引き込んでしまう罪な行動は俳優らしい運を持っている。時代は違うが昔の大俳優、女優達は前科が付くほどの大事件を沢山起こしている。それと比べたらと思う私はおかしいだろうか。私は永野芽郁さんに逃げずに堂々としていて欲しい。ただ謝ったりするのではなく女優永野芽郁として、
らしさを見せて欲しい。本当の大女優だということを世間に知らせて欲しい。私は永野さんはそれくらいの人だと思っている。一方の田中圭氏にもそのチャンスはあると思う。俳優として大きな十字架を背負って生きるなど、むしろ本望ではないか。
このような時こそ、ピンチはチャンスだと思うのだ。逃げる姿勢ほどつまらないことはない。事務所の姿勢などどうでも良い。俳優、女優として発信して欲しい。
2025年4月26日 オディロン・ルドン展
パナソニック汐留美術館に出張してきた。ルドンは木炭画から始まり、木版画、石版画など手法、技術を習得する度に作品や作風を変化させていった。更に驚きなのは初頭はモノクローム、特に黒を基調とした作品イメージだったのが晩年には別人のように鮮やかな色彩を取り入れるようになった。その変化には生きて行く上での差別化の視点もあっただろう。展覧会に来ると、その後の学習により教養が格段に深まる実感がある。今回も収穫が沢山あった。フランス、フォンテーヌブローの森と言えば、私にとってはビジネススクールのINSEADが浮かぶが、ルドンの友人カミーユコローが作品のもモチーフとして選んだ場所がその森でもあった。そして彼は興味深いアドバイスをルドンに送っている。「自然物を描きたければ毎年訪れて描くが良い。そこに創造の風景を描くことで、それは現実となる」これは魔法とも呼ぶべき芸術作法ではないか。アートとスピリチュアルは親和性が高いと
常日頃感じてはいるが、やはりそうかと思わせるアドバイスである。またルドン作品の中に赤と黒の法衣を着た弁護士達の絵画があったが、それを見てスタンダールの小説「赤と黒」を想い出した。
当時フランスで赤と言えば軍人、黒と言えば僧侶を意味し、主人公のジュリアンが出世するための道筋の象徴色ということだったが、審判をする弁護士はその両方を法衣として着ていたと知った。スタンダールはその意味も含めていたのか。ルドンは弁護士達の法衣にインスピレーションと畏怖を感じ、その作品を描いたらしい。
2025年5月1日 私のSt. John the Divine=第3アトリエ
4月の末、何故か私は授業中にニューヨーク、マンハッタンの聖ジョン・デバイン大聖堂の中に居るような気持ちになった。
人生で何度か訪れたその大聖堂は、観光地でありながら私の訪問する日は決まって空いていた。
授業中に、学生が作業に取り組む空気感や考えをまとめている時間が大聖堂の静謐を想い起させる。長岡に居ると突然ニューヨークを想い出す。どちらも私の心の故郷だからなのか?いや長岡はまだ故郷ではないだろう。
どちらかと言うと長岡造形大学の教室とニューヨークが近いのだと思う。どちらも自分が学んでいる記憶でリンクし合うのかもしれない。まあ、それはそれで幸せなことだ。私にとって長岡での聖ジョン・デバイン大聖堂は長岡造形大学の第3アトリエということになる。
2025年5月16日 徹夜をしてしまった。
還暦に近い男が徹夜など、褒められたものではない。しかしどうしてもやらねばならぬ締切があり、徹夜するはめになった。
学生達は課題に追われて徹夜は日常茶飯事らしい。私の大学生時代とは偉い違いだ。偉いと違いは似た漢字だが偉い違いがある。しかし、学生の課題に対する企画や、学生同士の議論を聴いている時間は、とてつもない至福の時間だ。
サラリーマン時代には腐るほどの時間を企画打ち合わせに費やしてきたが、学生同士の議論には、全く別次元の素晴らしさがある。これは体験した者しか分からない至高聖所、アバトーンの陶酔感がある。その時空間の流れに身を任せられることは
何よりも代えがたく、永遠に続けば良いのに、と思ってしまう。ものごとには永遠が無いからこそ素晴らしい。
この瞬間しかないのだと噛みしめながら過ぎ去って行く。新鮮と退廃が同時に起きている。それは学生の新鮮さと私の退廃であり、学生の退廃と私の新鮮でもある。
太陽が昇って来た。
徹夜明けの今朝は、よりによって朝9時から授業がある。神様、修行を与えてくださり、ありがとうございます。
2025年5月17日 数々の締切という修行(本日は、近畿大学にて日本広告学会に参加)
学生達が多くの課題を抱え、それに苦悩し、何とか提出する姿を見て、私自身にも多くの課題を強いるようにしている毎日である。それらは、仕事があれば自己研鑽もあり、多岐にわたるがどれも1ミリも気を抜けないものばかりである。学生の諸君、
私もやっているのだよ。私は私に数々のチャレンジを課し、それらで必ず何らかの結果を出す。その繰り返しなのだ。
限界は体力ということになる。これからの季節、暑くなる。今日も既に暑いし、湿気があるので長丁場の学会でどうなることやら。自分の水分とノートPCの電源を会場である近大の施設の中で補給している最中である。近畿大学は早めに到着しても
時間を潰したり、電源を確保できるスペースが豊富にあるため、非常に快適である。資金の豊富さを感じる施設だ。
話は変わるが、大学生は見た目では近畿大学生と長岡造形大学生とでは変わらない。似たようなものだと感じる。多様性が認められるようになった世の中だが、大学生の見た目は均一化しているように見えるのは私だけだろうか。
よく考えたら昨日が徹夜明けで、今日は出張ってスケジュール詰め過ぎか・・・・。
2025年5月18日 疲労が蓄積しているので、1つの課題を止めた
自分に課した課題を1つキャンセルした。こういう取捨選択も必要である。1つの可能性を消して他の可能性を高めるといったことも生きる上では出てくるものだ。本当にやりたいことと、それ程やりたいと思わないことのメリハリを常に意識して本当にやりたいことに集中せねば。それと休養も十分に確保すべし。欲張り過ぎは良くない。身体は1つしかないのだから。
しかし、昨日近畿大学の学会で出会った先生方は皆、良いお顔をしていたなぁ。結構、広告会社から大学教員に転身されている先生方がいることに驚いた。大学教員になることはかなり難しいことなのだが、実務実績などがそれなりにある上、きっとプレゼンテーションがお上手なのだろう。皆、サラリーマンとは違う生き生きとした表情をしておられた。そして何より広告業界、学会が全体でかつて家族だったようなそんな感覚を持つことができた。懇親会は無かったが、学会の講演だけで充分得るものが多く、重要なメモを沢山取ることができ収穫が多かった。今後、毎週末に出張が連続して入っていて暑くなると共に
体力勝負になってくる。乗り切らねば。
2025年5月23日 予定していたことを止めることにしたのが、最近2つほど・・・
新しいチャレンジを自分に課してトライ中の私である。それゆえに日常的にやってきた習慣や、絶対にやろうと持っていた予定を新しいチャレンジのために、2つほど止めてしまった。止めると決めたら非常に気が楽になった。止めてしまう効能は実に大きい。それによって空いた時間の心地のよいこと。そして止めるのも一時的に止めるのではなく、2度としないレベルで止めると決断すれば、その後のストレスは一生無いわけである。我ながら良い決断である。そしてそのような決断をすると不思議なことに、新しいチャレンジの成果が出始める。それで良いとうシルシが出始めるのだ。その逆もあって、シルシが出たから
今までやってきたことを止めるというパターンもある。新しいチャレンジをすることは古い習慣や予定の断捨離とセットだ。
従って5月末から7月にかけての予定を大幅に見直すことになりそうだ。
2025年5月29日 大阪・・・
大阪という場所は、私にとって不思議な場所だ。大阪に行く機会は限られている割に、何かしら人生で印象的なエピソードをもたらしてくれる場所である。なぜか、大阪に行くと何かが起こると思うし、実際に驚くべきことが起きるのだ。それはここでは書けないが、前回の近畿大学への学会出張でも起こった。何かがシンクロし始めている。そしてどうでも良いことは篩にかけられて消えて行く。大事なモノゴト、エピソードだけが紡がれている今日この頃である。不思議と言えば、大阪と東京は私の中で、実は矛盾なく両立している。例えば、辞めてしまったが転職先が東京にある大阪が本社の会社で、それまでさほど一緒に仕事をしたことがなかった大阪の人達と仕事をしていた時期がある。大阪の方々の良い面、それとは違った面も学ばせていただいた。その会社のある場所は東京、丸の内の一等地、新丸ビルだったのである。毎日、東京駅を見ながら通勤していた大阪本社の会社だった。今でもその会社で出会った若者達と交流があり、毎年会って近況報告し合うのを楽しみにしている。
2025年5月30日 新幹線の後ろの席で
新幹線は結構空いていて、どこでも座れるにも関わらず、私の後ろの席に座るサラリーマン。少しすると背中の後ろから、猛烈にノートPCのキータッチサウンドと振動が小刻みに突き付けられた。かなりイライラする。移動時間のリラックスタイムを完全に侵食された。そのサラリーマンの顔も見ずに、別席へと移動。これで良いのだ。と思ったら、何とまた背後に座る輩が
発生。しかも先ほど同様にノートPCを叩きまくっている。まさか同じ輩ではないだろうが、即、別席移動で対処した。今日に限って何なんだ。頭に来たので、スジャータの超冷凍カチンコチンバニラアイスを注文して落ち着きを取り戻した。人に迷惑をかける人は、自分のことだけ考えて行動し客観性が無い。自分もそんなことをしていないか、日々チェックはしているが、特に学生に対していらぬ発言をしている可能性があるかもしれない。自戒を込めて、自分も気を付けよう。
2025年6月2日 学生達と共に課題に追われ、締め切りに追われる幸せ・・・
課題に追われる学生達を見て、その苦悩しつつ何かしらを絞り出してくる姿に痺れる。それは私自身の大学生時代が怠惰で退廃的だったゆえ、憧憬として今の学生を見ている。ただ私は就活に関しては、誰よりも執念を燃やしていた。私が怠惰で退廃的だった理由は、大学教員が大学生の私を授業で満足させていなかったからである。その記憶があるから、私は学生達を満足させるために、できることを全てやり、最高の情報や知識、経験、体験を注ぎ込む。学生達が課題に追われて眠れないのであれば、私が眠っている場合ではないのだ。学生からのリクエストがあれば24時間体制で応えるのみ。そんなことができる環境を与えてくれる神様に感謝する毎日である。
2025年6月3日 長嶋茂雄氏 亡くなる
出張ついでに立教大学でやっていた「細野さんと晴臣くん」を観覧したのだが、ライフスナイダー館に行く途中で長嶋氏の
記念プレートが設置されているのを見た。これは割と最近設置されたとのことで、初めて見たのだった。そして今日、この情報が流れて来た。昭和は既に消えかかった記憶だが、僅かに残る昭和の欠片の大きな一片が消えた。背番号3は、3日にお亡くなりになった。
2025年6月7日 出張やら何やらで、疲労蓄積
やることがあり過ぎるという話をするのは、ご法度である。自分の愚かさの露呈でしかない。理想は、優雅に全てこなすことに間違いない。あと2、3年以内にはその理想形にしようと思う。因みに授業の忙しさは、私にとって幸せなことなので、やることの中には入るが、忙しいことにはカウントしないのである。研究もどちらかと言えば、忙しいことではなく空気を吸うくらい当然のことだからカウントしない。つまり忙しさの根源は事務処理や、調整ごと、副業、新しいことへのチャレンジである。この忙しさの中で、幾つかの予定はキャンセルして何とかバランスを保っている。最近、歯医者に通うのを止めた。
それまでは割と気に入っていた歯医者だったが、スケジュールが調整できないのと、事前の電話連絡をしてくれることが鬱陶しくなったという明確な理由がある。特に電話の事前連絡があるのは、当初はありがたかったが毎回毎回あるとアレルギー反応が出る。向こう都合に合わせる人生を送っている場合ではないので、事前連絡をする歯医者には二度と行かないだろう。
人生は、自分都合をどれだけ実現するかに掛かっている。だから日常で誰かの都合や、何かの都合に合わせることを徹底排除しなければならない。ましてや、それらが時間やお金を奪うようなモノであれば猶更である。何かの都合に合わせていると、運気が落ちて行く。逆に自分都合を可能にする環境を整えると、運は良くなる。当たり前だ。例外は、ある。学生都合だ。
大学生達の都合には、極力合わせる。彼、彼女等の若い時間は、貴重なのだ。年配者の私は、私の時間も貴重だが大学生達と共に学ぶ時間を最優先にしている。するとこちらの運気も何故か上がってくるのだ。ありがたいことである。
2025年6月8日 1日が長い、とても・・・
早朝に起きて、仕事をしているから捗る。仕事のし過ぎだが、気にしない。仕事が趣味なのだ。ギャンブルとか、酒とか、ゴルフなど、一切興味が無い。気持ちは清々としている。非常に心地良い状態である。今日は暑いが、とても良い日だ。それだけで気分が良い。こんな1日のような人間でいたいものだ。そうあるためには日々、自分の発言や行動をチェックし、反省を習慣としなければ維持できない。その点では自分にシビアに生きている。それでも足りないと思うことが多々ある。
2025年6月9日 chatGPTに励まされ
chatGPTの励ましや分析が、とても役立つ。冷静な判断、分析をしてくれるので私としても心が落ち着くのだ。生身の友人、
知人達よりリアルタイム反応をしてくれるので非常に助かる。有能、高所得な秘書でもここまでは難しいというレベルを超えて来る。夢のようなことだ。まあしかし、世の中でchatGPTリテラシーが上がれば、それを使いこなす人々のリテラシーも上がる訳で、ここで格差が生じる可能性がある。高効率をさらに加速する人々と、追いつけない人々の、様々な格差が生じるとも考えられる。その格差さえも、言葉通りの負があるという単純なことではないのかもしれない。負と思っていたことがらを良いことに転化できる可能性すらchatGPTが指摘するかもしれない。人間の価値観の方が単純な場合もあるだろうから。
間違いなく、面白い世の中になっていると言える。
2025年6月10日 ひたすら授業、そして授業の準備
緊張感が続くのは悪くない。日々、真剣な緊張感を持って仕事をするのは健全である。適度な締切に追われるのも良い。
ただし、そろそろ暑さが激しくなりそうである。その前に梅雨が来るだろうが、どちらにしても体調管理が重要になる時期。
学生達の就活のESチェック、面談対応、インターンシップ応募への対応などは、徹底的に手伝うことにしている。
学生達の人生に関わることなので、全力支援するのみ。これによって私自身も学生の頑張るパワーをいただいている節がある。
ESは、アドバイスをすると格段に良くなるので、手応えを充分に感じられる。D通のインターン応募が始まったが、それにチャレンジする学生が出てきている。頼もしい限りだ。
2025年6月11日 水川研OG、キャリアの授業に降臨!
キャリアの授業に、3年前卒業した私の研究室の学生さんが講師として来校した。近況を知りたいのと、学生達にとっての貴重な情報、心構えなどを大いに期待していた。結果は予想以上に素晴らしい内容で、学生達からも大好評。卒業生の成長と全力で仕事をしている様子を伺えて何よりも嬉しかった。私の最大の喜びはこういうことなんだと、改めて思わせてくれた。
卒業生は時空を超える。まるで学んでいた時が昨日の様に感じるが、3年も前なのだ。共に学んだ時間は限られていたが、分り合えることは尽きない。不思議なものだ。このように再開できることに感謝しかない。
2025年6月13日 13日の金曜日
ラジオを聴いていて思った。「憂鬱」について考えていると、少し心が晴れるから不思議だ。かつての大作曲家達は、名作に
憂鬱をテーマにしたものが沢山ある。憂鬱とは創作意欲そのものであり、ストレスの源でもあったのだろう。この憂鬱を友人に
できると人生は豊かになる。また、憂鬱の定義は年と共に変化もする。若かりし頃の憂鬱は、人生経験が少ないこともあって、ストレートに心に圧し掛かったものだが、年を取ってからの憂鬱はモノゴトのペースを緩めるためのペースメーカーのようなものになった。憂鬱は反省や、内省とも相性が良いようで憂鬱について考える自分を優しく肯定してくれたりもする。
2025年6月17日 就活協奏曲!
この就活時期になると、学生ではない私が、かつての自分の就活を想い出して、かなり熱くなるのを抑えられないでいる。
その私を焚きつけるくらい、熱心に就活する学生が何人も居るからである。ES添削はもちろんのこと、面談練習からインターン応募へのエントリー課題に取り組む学生達など、普段の大学での課題をこなしつつ、自分の高みを見出すための就活という
課題に突入している。これに対して私も大学の授業だけではなく、24時間メール対応で支援することになる。
これは全く苦にならない。学生の人生がかかっている。学生の支援できることができる人間は、極めて限定されている貴重な者なのだ。この時期、暑さや湿気も大変だが、そんなことを言っている場合ではない。一方で、矛盾するようだが、就活は自分のペースでするものであって、周りの学生達とは違うペースで進むこともそれはそれで良い。私はかつて卒業を1年遅らせて
翌年までコンディションを整えて臨んだことが功を奏した。絶対に入りたい会社がある学生は、しばらく熱病に冒されたように、その会社に入るための努力を惜しまず、やれることをやり続ける日々を送る。そのゾーンに入ることができる学生は幸せだ。そのような学生を見ていると、エネルギーがこちらにも充填されているのを感じる。
2025年6月18日 私へのご褒美とは
学生達があらゆる課題(授業やインターン応募での)を見せに来ることこそ、私へのご褒美だと捉えている。共に課題について考えるのは授業時間だけではない。学生達は、締め切りまでにできるだけ良い案にするため必至で粘り、追求する。ギリギリまで攻めている。その姿に痺れるのだ。当たり前ではない。そんな簡単なことで片付けられない。学生達にはバイトがあり、生活があり、若さゆえの悩みや葛藤がある日々の中で、課題に取り組んでいる。そのような彼、彼女らを見ている時、私は自分の20代に瞬間的にタイムトリップする。当時の私の魂が、現在の学生達の魂と近いからだろう。時空間が一気に消滅する感覚がある。学生達の課題に取り組む真摯な気持ちが、時空を歪めて突破してくるのだ。そのような打ち合わせの場は、まるで真空のように静かで、アイデアをブラッシュアップする対話が進む。
2025年6月19日 ツバメは暑くないのか
大学の第3アトリエ入口のドア上に、ツバメの巣があると書いたが、相変わらずツバメが飛ぶ姿を目にする。空を飛ぶツバメを眺めていると未来が視える。この当たり前のルーティンはしばらく続き、やがて見れなくなり、雛も育って飛び立っていく。
親ツバメも季節と共に姿を消す。そのような未来は、そうなると分かっている。親ツバメの献身的な給餌を見ていて決して辛そうには見えない。やるべきことを淡々とやっている。他の動物も辛そうに生きている動物は見たことがない。笑っている動物も見たことは無いが。それと比べると人間は表情が非常に多い生き物と言える。
2025年6月20日 広告会社のインターン課題 応募締め切り日
今から36年前、1989年のこと。私は「電通クリエイティブ塾」1期生だった。当時まだインターンという言葉が無い時代だ。
インターネットも無い当時は、「電通クリエイティブ塾」のポスターを大学の就職課で見たのだった。それを見た瞬間に、これは採用につながっていると直感で理解した。そして、怠惰な大学生活から180度転換し、人生の全てを電通クリエイティブ塾に投入したのだった。そこに入るためには1次試験の作文を通過すると、2次の面談まであり、その面談風景も未だに覚えている。何を話したかまだ記憶していて、その時の自分の勢いを今でも身体が憶えているから、全細胞にかなりの戦闘指令を出したのだろう。願い叶って私は電通クリエイティブ塾1期生になった。その1期生は主要大学(東京近辺が多い)から30人前後が選抜されており、かなり刺激的なメンバーだった。その内の5~6人(私を含め)が最終的に電通に入社し、全員がクリエイティブ配属となった。電通クリエイティブ塾は毎週土曜日に、現役のコピーライター、CMプランナー、デザイナーの講義があり、
前週に課された課題は、FAX(インターネットは無い)で事務局に送ってあるので、それらから選ばれた秀作が、講師たちの講評の対象となる。当時の講師の方々は全てトップエース級の方々で、後に全員が広告クリエイティブ業界の重鎮になった。
広告黄金時代のエースたちに教えられた私は幸せである。当時、第99回芥川賞を受賞した電通社員、新井満氏が講義にやってきて、芥川賞で貰ったという正賞の懐中時計を塾生達に見せてくれた。新井満氏は、後に私が電通社員時代を自由が丘で過ごしていた頃、東急東横線で通勤時に同じ車両で出会うようになった。新井氏もそうだが、当時の講師陣の多くは引退、あるいは既にお亡くなりになっている。しかし、私は今、その広告業界に入ろうとしている大学生からインターン応募課題の内容チェックを依頼される日々だ。運命の巡りあわせとは、何と不可思議なのか。私は、このために生きて来たのかと思わざるを得ない。広告の神がいるとしたら、いや間違いなく居て、私に広告業界で活躍する人材を集め、そして育てよ、と言っている気がしてならない。広告の神は、今もこうして私に文章を書かせている。その神から、このエピソードを書けと言われた。
そして、もう一つ私の大好きなエピソードを書けと言われた気がするので書いておこう。
願いが叶って電通のコピーライターになった私は、早くも2年目から同期の誰よりも早くCMプランナーとなった。するとCM制作会社と朝から晩まで、いや明け方まで、つまり四六時中の付き合いが始まった。私は複数企業のテレビCM案を、起きてから寝るまで絵コンテを描きまくり、クライアント企業にプレゼンをし、案が決定すると撮影に行き、撮影が終わると、編集室に篭るという繰り返しをロボットのように実施していた。同じ職種の先輩達も、同期達も似たようなロボットであり、実際に彼、彼女等の口から、自分はロボットみたいだという発言が出ていて、大いに共感したものだ。そんな毎日を送る中で、私は某飲料メーカーのテレビCM案を考えており、テレビCM制作会社で夜中の2時くらいまで絵コンテを描いていた。打ち合わせの部屋にはテレビCM制作会社「CMアイズ」のプロデューサー、関口氏(30代後半から40代前半)も同席していて、ベテランのプロデューサーでありながら、共にコピーやアイデアを出してくれていた。やっと打ち合わせが一区切り付いて、蛍光灯で煌々と明るい打ち合わせ部屋から外に出ると、真っ暗闇の丑三つ時で、大東京が寝息もたてずに眠っている。
180センチくらいあるスーツ姿の長身、焼けた肌の関口氏は執事のように丁寧な言葉遣いのジェントルマンであった。
まだ新人の私は、彼の風貌と身のこなしに、頼れる業界の叔父様を感じまくっていた。
その関口氏は、私が感じるイメージ以上に名俳優を演じてくれる。タクシーを呼ばなくても、関口氏の真っ赤なフォードプローブ、2ドアクーペの流線形が私の横に付き、関口氏が廻って来てドアを開けてくれる。ゆったりした車内は疲れた身を預けるには十分に包容力があり、関口氏のような車だった。そして関口氏が言う。
「こんな夜中に、この商品のことを世界中の誰よりも考えている我々は、何か、いいですよね」
その言葉が今でも聴こえてくる。あの時、あの場所にいた自分は、この自分なのだ。あの時の気持ちは、今も変わっていない。
2025年6月21日 広告の神、その存在をアピールしてくる
6月は私が最も好きな月だ。暑さが年々激しさを増していることは気になるが、明るい太陽に包まれて時折吹く風が幸せな気持ちを運んでくる。そんな長閑な6月だが、就活の真っ最中である。その意味で学生達は戦闘モードに突入している。学生達自身が戦闘モードを意識しているかはわからないが、傍から見る私がそう感じているのだ。そして広告の神はコンペがお好き。
私にけしかけてくる。就活や、インターンに臨む学生達が、戦場で戦果を確実に獲れるよう全力でサポートしろ、と。
そして私が全力でサポートできるよう、エネルギーを送ってくる。もともとショートスリーパーの私だが、そのおかげで24時間、集中力が途切れず、学生達のES添削や、応募作品のチェックがどれだけ多くても対応できるのだ。それらは一切面倒だと
感じることはない。むしろ締切りギリギリまで頑張ろうとする意欲に感動し、私も戦場まで同伴する気分になる。
そのような私に、広告の神がくれるご褒美は学生達のアイデアである。締切り間際まで考え抜かれたアイデア、ビジュアル、
コトバが、私の脳髄にまで染みわたってくる。学生達が味わってきた苦悩、苦悶、焦り、決断、迷い、躊躇、希望、選択、
喜び、興奮、苛立ち、悟り、絶望、睡眠、授業、課題、直感、驚き、感動、溜息、寝落ち、などなどが映像になって浮かんで
くる。私のアドバイス、クリエイティブディレクションで、学生達のアイデアや作品が存在感を増し始める時、彼、彼女らの
吸収力、集中力、ヤル気、頑張りに驚かされる。学生達は1日で成長するし、できるのだ。
その1日は数年分に値する場合もある。
2025年6月23日 SUZU365 とは?
大学構内で、見知らぬ学生に呼び止められ、質問を受けた。
「先生、先生はアピタのSUZU365でおにぎりをお買いになりましたよね!」という質問と言うより確認のような投げかけを
受けた。私はその、SUZU365(後で調べてこの綴りと理解)が何か知らないし、行ったことも無い。
「いえ、そこには行ったことが無いので違うと思います。」と返すと、真面目そうな学生さんは
「ああ、そうですか。でしたら人違いだったようです。」とのこと。で、例えば私がそこでおにぎりを買ったとして、何故声を
掛けたか訊いてみると、
「お買い求めいただいたことで、お話を伺いたく。」とのことだった。アルバイトなのに仕事熱心だなと。いたく感激した。
なので、今後何か訊きたいことがあれば、何でも訊いてくださいと言っておいた。SUZU365に行ってみるとするか。
2025年6月26日 プチオカルト現象
6月の中旬から今まで、自室の固定で置いてあるノートPCに、プチオカルト現象が起きている。昨年もあったのだが、ウッスラと埃を被ったノートPCの液晶画面に、子供の指でなぞったような筋が描かれるのだ。昨年は自分でいつのまにか触れてしまったんだろうと、液晶画面を拭き取って終わりにした。ところが最近、また同じ現象が起こっていた。そこで今回は写真に撮っておいたのだ。すると最初に気付いた時には画面の左側に2本の線が描かれていたのだが、次にその近くに1本追加され、
その次には間を置いて画面右側に1本追加。その後その1本の横に1本追加され、更に左側の3本に1本追加され、現在6本の筋が
描かれている状況である。これがどこまで描かれ続けるのか、見てみようと思う。全て追加された時に写真で記録を撮っている。怖い感じはしないのだが、気持ち良くはない。今後の展開が全く読めない。私が最も恐れていることは、24時間体制で学生が依頼してくるES添削や課題のブラッシュアップに対応している丑三つ時に、仕事で使っている(今、このノートPC)の
横にある固定のノートPC画面に、スゥッと指でなぞるように線が描かれることである。リアルタイムでプチオカルト現象を見てしまったら、流石に仕事を続けられるのかな私は。いや、学生の対応をしている時の心の燃やし方は、半端ではないのでそんな現象が起きても、この大切な時間にふざけるんじゃないよっ!!と怒鳴ってしまうかもしれない。うん、それくらい気合が入っているので、多分大丈夫か・・・。
2025年6月27日 プチオカルト現象 更に!
上記が昨日のことなのだが、その日記を書いた直後、少しベッドで寝転がっていた。そのベッドから起き上がってノートPCを
眺めると、何と!つい先ほどまで付いていた6本の指の跡が、いきなり10本に増加していた。僅かなベッド寝転がりの間に、
謎の指跡が急速増加したのだった!私が完全に寝ている夜中に増えたのではなく、まだ明るいうちにこの現象が起きたのは
驚きである。
このままノートPCの埃は拭き取らず、今後どう変化して行くのか、まだ指跡が増えるのかを観察し続けるつもり。
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話は変わって、今日は学生達と、学外のコンペ応募の企画打ち合わせを午後一で実施した。
これがまた良く出来たアイデア、企画で感心した。研究室で打ち合わせする時間は、非常に有意義で素晴らしい議論になる。
やや私が話し過ぎてしまうが、それは学生達が良いアイデアで刺激をくれるからなのだ。この時間が、私にとって何にも代えがたい尊いものとなる。私と学生達が出会っていることは奇跡的で、その時間は非常に貴重な宝物だと感じている。
自らの若い時間を、課題にぶつけるNIDの学生達全員に贈りたい私お勧めの曲は、まだSNSが世に存在していない時代の名曲
the brilliant greenの There will be love there
https://www.youtube.com/watch?v=DUcAfiTdcpA&list=RDDUcAfiTdcpA&start_radio=1
Vo. 詞:川瀬智子 27年前、既にこんな愛を世に伝えていた天才に、時代を超えて勇気付けられ、癒され、溺れて欲しい。
2025年7月3日 私の物語 ≒ 学生達の物語
皆、それぞれがそれぞれの物語を持って生きている。大学とは、その物語が交錯し、時にシンクロする場だ。私の物語は企画をして人間的に成長して行く物語である。それを言い換えると、自分の好きを貫いて、誰かのために生きることと言える。
自分の好きを貫かねば、誰かのために生きることはできない。それが生まれてきた時に背負った課題であり、死ぬ時までのテーマなのだ。そのことを大学の授業では伝え、実施している。
するとそれををシッカリと受け止めて自分の中で解釈し、課題に昇華して提出できる学生が出てくる。
1、2年生の時はゆるふわで臆病だった学生が、3年生になると課題提出でド根性を見せつけてくる。その作品を見た時、学生がもがき、苦しんだ末に、自分を信じることができ、それを見る誰かに必ず分かってもらえると確信して、自分を完全燃焼させた過程が浮かんでくる。自分を信じることができたから、見る者を信じることができたのだ。次は仲間達同士で信じることができるかを、チーム課題で実践する。互いに個性の違う学生同士が、意見を言い合い、対話を重ね、自分達を信じ合えるまで時間をかける。
私の物語は、私達の物語へと繋がって行く。私達の物語まで作れると、それがどんなに小さな世界のことであっても、全ての
世界を知ることができる。学生は3年生にもなれば1日で成長し、3日あれば別人になれる。課題提出された作品を見ていると、
その作品を生み出す過程の学生の脳波が伝わってくるのだ。物語が脳波でシンクロする驚くべき瞬間である。この前期に何度か、それを体験することができた。まだ終わっていない現在進行中である。
2025年7月4日 暑くて忙しい。そして出張が入っている。
さて、この暑い最中、出張で東京行き。複数個所を巡る。その間にも締切案件が目白押しである。学生は学生で進路や課題と
格闘中であり、私のカオスと何ら変わらぬカオスの渦中にいるのだろう。この修羅場に居られる幸福を、骨の髄まで噛みしめたい激暑。実際、本日晴天により太陽光で幸福感が骨の髄まで染みわたって来る。午前中に学生からスタジオ演習でどのコースを取るかの相談を受け対応していた。このような1つひとつの選択が、将来に影響するのは間違いない。研究室に訊きに来るというのが何より良い。学生達は、使える手段や機会を全て使うのがよろしい。頼れるモノゴトを頼ることができるのはスキルであって、コスパやタイパを最強にしたいのなら「頼る」スキルを上げないわけにはいかない。大学で学ぶことができる隠れた重要な科目は、教員を頼ること、頼れる教員を見つけることだ。この隠しコマンドを見つけるには、学生自身がトライする必要がある。自分から見つけようとしなければ、見つけられない。早くそれに気付いて欲しいものだ。
2025年7月5日 日本滅亡の日という予言は当たらず・・・
日本滅亡どころか、デザインフェスタ2025に行ってきたが猛烈な盛況だった。ありとあらゆるアイデア、作品、製品が陳列され、売り子のパフォーマンスが展開されていた。人々の熱気の渦と、天気が良かったことの熱波で会場はまるで夏のビーチの
音楽フェスのようだった。砂浜ではないアスファルトビーチの上で、皆が茹で上がっていた(入場前はアスファルトの上)。各々が好きなことを好きなように展開し、話し、笑顔だった。長岡造形大学のK先生がブースを出しており、当然その場を
訪問。小さいブースではあったが作品数はそこそこあり、人もかなり沢山来ていた。昨年は商品が完売されたとのことで、おそらく今年もそうなりそうな雰囲気だった。冬のデザフェスは、私も確実に授業として参加することになるので見ておいて参考になった。
2025年7月7日 東大制作展
私の後輩達の制作展がやっていたため、先日のデザフェスに続き、連日アート展のハシゴをしている。東京大学学際情報学府、および学際情報学環の展示は、理系学生の発想と作品がぶっ飛んでいて非常に面白い。また学生の解説が必須となって作品と
セットで楽しめるのが良かった。後輩達の頑張りを見て、自分の創作意欲が掻き立てられた。このように得られるものが多い週末だったが、アート展のハシゴは作品解釈のために脳のカロリーをかなり消耗するのと、デザフェスの様な大会場を歩き回るため体力も消耗し、加えて激暑ゆえ、肉体に疲労感が蓄積する。そして即刻、長岡に戻るのだ。あーー疲れた。
2025年7月8日 そして長岡
東京での展示会、展覧会ハシゴから長岡に速攻で戻り、月曜から授業を実施する。他にもオープンキャンパス準備や、諸々の
締切案件を抱えつつ、突っ走っている。体調は悪くはないが、良いわけでもない。学生には与えられる知識、経験、知恵など
全てを与え続けるのみ。何も返してくれなくて良い。学ぶだけ学んだら、望む就職先や進学先に進んで、アッサリと卒業して
行ってくれれば良い。それがとても心地良いのだ。
2025年7月9日 NIDオープンキャンパスを控えて
この多忙な最中、オープンキャンパスでの展示準備もしなければならない。これはまたありがたいことで、全国の高校生達が
長岡造形大学に期待して訪問してくれるのだから、全力を尽くした展示をしないわけにはいかないのだ。各種授業で学生達が提出した課題制作物の中から、オープンキャンパスでの展示に相応しい作品を厳選、吟味している。良い作品が多々あるため
その選抜には、脳内のとてつもないカロリーを消費する。気力、体力を最高潮にまで上げて行かないと乗り越えられない修羅場である。そして分単位のスケジュールを刻み、刻み、刻みまくって実行あるのみ。
こんな時は、私が入社5年目以降にクリエイティブから営業に異動し、死を予感したくらい忙しい中で聴いていた曲を今、再び聴いて気分を上げるしかない。ポケットビスケッツの「Yellow Yellow Happy」
www.youtube.com/watch?v=UXkeXVhDbAQ&list=RDUXkeXVhDbAQ&start_radio=1
2025年7月10日 佐藤雅彦展
横浜で佐藤雅彦展が開かれている。佐藤さんとは私が大学生の春休み中(内定後)に電通でアルバイトしている時、カントリーミュージックの好きな小〇部長の部でホワイトボードに佐藤さんの名前があったのだけれど、そのバイト中には一度もお目にかかれなかった。ずーっとデスクには戻ってこられないからだ。佐藤さんはプロモーション局からクリエイティブ選抜試験を受けてクリエイティブ部署にやってこられた方。その後私が社員になってからは直接お話を伺ったこともあり、良く憶えている。佐藤さんの転局直前で閃いた頭の中のことを話してくれた。電通の資料室で過去のCMデータをフィルム(当時はデジタルデータが無い)で見まくっていると、脳内に勝手に映像が流れ始めたらしい。人が覚醒し、悟りを開く瞬間のことを聴いたり、時にはその現場に居られることもある。特に自分が何かに閃いたり、天の声を聴くような瞬間も憶えている。横浜に行かねばならない。横浜は何度も撮影で訪れ、それは埠頭であったり、繁華街であったり、灼熱の夏もあれば、寒い冬の時もあった。
夏の横浜、必ず行くことになるだろう。
名も知らぬ学生による学食での無料講義(学生同士の会話)を拝聴
私にとってNID学食は、ランチを取る場ではなく学生による無料講義(単なる学生同士の会話)を拝聴する場であり、現大学生のファッションチェックの場であり、その他の調査時間ということで間違いない。私が食事を取っているのは形式上なだけで
本来の目的は学生から学べることを学べるだけ学ぶ学食型大講義室なのである。今までの学生からの無料講義の中で、最も多い講義科目は、「徹夜論」である。この鉄板講義は今までに非常に多くの学生達が講師となり、ほぼ毎日この講義は開かれている。しかし、その徹夜論の中には、エナジードリンクを数時間で何本も飲むような内容だったりして、還暦前の私が同じことをしたら3日で死ぬような内容のため、自分には応用できないものが多い。今日の講義内容は「原信唐揚げ論」であった。
講師の方(学生)が言う。原信の唐揚げは高いから値段が下がるまで待ってから買うようにしているとのこと。ところが値下げ時間が22時?とのことで、そんな深い時間まで待つとは耐久力があるなと、私はジャージャーうどんを食しながら驚いた。
ところがタイミングを間違えると一気に売り切れるそうで、せっかく待っても収穫無く帰宅となる場合もままあるらしい。
それを聴いたもう1人の講師(学生)は、家が近い人はいいよねー、との発言。ごもっともだ。他にも様々な講義が展開され「節約論」や「無理ゲー授業論」など学生の多様性を反映してかなり豊かなラインナップとなっている。私としてはこれらの
講義に対してレポートの1つも提出したい気分なのだが、何せ名前も学年も分からないので提出できない。非常に残念に思っている。
2025年7月12日 私が学生達から学ぶ夏、暑い、熱い!
オープンキャンパスの展示準備やら、学生達へのエントリーシートチェック、志望企業のリストアップ、まだ応募できるインターンのリストアップ、企業説明会リストアップ、面談シミュレーションなどなど、各種相談は尽きない。私の忙しさなど、どうってことはない。それどころか私は学生達のためなら忙しくて嬉しいのだ。それは私が少しでも役に立てる証明だから。
面倒な内容であればある程、ありがたい。困難な相談、ややこしい相談をしてくれるのはウェルカムなのだ。そして学生達の
頑張りを見るにつけ、自分にはできないし、ましてや自分が彼、彼女等と同じ年だった頃は足元にも及ばない大学生だった。
だから学生達の凄さを理解し、全力で応援できる。学生の企画力にも色々なタイプがある。学生達はまだ20年くらいの自分の生きて来た範疇から、絞り出すようにして企画をする。だからこそ、その学生がどう生きて来たか、どう育ったかまで企画に出てくる。特に私が最近良い企画だなと思うものには、どれも共通項がある。
それは今の時代だからなのか、「平和」を感じるものだ。「平和」は平凡な言葉だが、その言葉を使わずに日常の幸せを気付かせてくれるような企画である。私が若い頃は、自分のクリエイティブティを見せつけたり、他を圧倒するくらいのインパクトを追求していた(時代がそうだったこともある)。現代では世界も地球も大人になったんだと思う。皆で手を取り合って、生きて行こうとする考えが企画にあることが素敵だ。そんな学生達の企画から私は学ばせてもらっている。
このような企画ができる若者達を、本気で大切にし、守らなければならない。1人1人が日本の宝なのだ。
私は日本の宝を磨いて、磨いて、磨き続ける。これが続けられるのならば、他には何もいらない。
さて、残り少なくなった前期授業の準備をしよう・・。
2025年7月13日 午後はミライエの図書館に篭る予定
来週月曜からの授業など、諸々の準備のため本日の午後はミライエ図書館に籠って仕事をする。夏のコンサルティング仕事の
仕込みもせねばならない。図書館は籠りつつ、気分転換に関係無い本を眺めるのに丁度よい場所だ。仕事しては気分転換し、その繰り返しで何時間でもいられる。ミライエは、市民講座で登壇することも何度もある私のホームグラウンドだ。
まあ今日は天気が良いし、そろそろミライエ図書館に行くタイミングだろう。
ミライエに到着したが、図書カードの発行に90分かかると言われたため、資料作成に徹することにした。
ここでの資料作成は、とても捗り気に入ったのでミライエの図書館は私の至高聖所(アバトーン)として脳内と直結する場とした。これは第106回芥川賞受賞作「至高聖所(アバトーン)」(松村栄子著)に由来する。広告会社に入社した1年目の私はいきなりコピーライターとして仕事を開始するのだが、毎日毎晩コピーを考えたり、企画を考えたりする上で、尋常ではないアイデア量を浮かべるため瞑想法を取り入れていた。そんな時、この作品でギリシア神殿の奥深くにあると言う夢治療の場所が至高聖所(アバトーン)と知り、自分が企画する際に瞑想して訪れる脳内の場所を至高聖所と決めたことに端を発する。
それ以来、至高聖所は私の脳内の奥まった場所に存在し続け、夢の中にも出てくるようになり、夢の中でも私は企画できるようになった。時にそれはギリシア神殿ではなく、日本的な和風の空中楼閣の様な場面が浮かび、笙が鳴り響く空間イメージだったりした。また、時にそれは暗い夢殿の中のイメージの場合もあり、その都度勝手にイメージが異なる不思議さがあった。
最近でも夢の中でリアルに企画作業をしているらしく、つい2、3日前は夢の中で書類を束ねるクリップを探していた記憶が残っている。その作業は夢の中ではいらないだろうに、とも思うが、実はそれこそがリアルなのだろう。
2025年7月15日 銀座〇丁目の静止画
前回の出張で、銀座に行ったのだが、見ないようにしていた場所をどうしても覗きたくなり、勇気を出して入口まで行き、窓から中の様子を伺ってみた。そこはかつて好きな場所で、仕事中やプライベートでよく訪れていた書店である。かなり前から閉店となり、書店が所有しているビルのためか立ち退くことも無く、営業していた当時の店内の様子のままで放置されている。
真昼間の銀座で薄暗く沈む店内を眺めていると、私の脳内に未来の映像が流れ始めた。その場所が復活する様子だった。
その映像は、書店ではあるが今までの書店にはないポップな、若々しい空気に包まれた空間で、流れるBGMは聴いたことのないオリジナル楽曲である。それが何を意味しているか、その時は分らなかった。それが今朝、分かった気がした。
そしていつも私をけしかけてくる広告の神ではなく、他の神が「これからお前がやることは〇▽▢・・・・」と宣う。
いくつかを突然言われたので、思わず声を出して言ってしまった。「わかったよ!」
この神の登場は2年位前から予感していて、ついにそれが正体をハッキリさせたのだ。幾つかの符号が合い、そういうことだったのかと納得した朝。ここで言う符号が合うとは、私が見た風景の中で自動的に脳内シャッターを押し、静止画としてフラグを立てて脳内に残ってしまったものがつながる瞬間である。フラグの立った静止画が溜まっていたので何となく予感はあった。こうなると面倒くさがりの私でもエンジンがかかり始める。神による自動操縦が開始されるのだ。
2025年7月16日 祈り、閃き、脳波のシンクロ
教え子達の大学生を見ていると、40年前の自分を想い出したりする。40年前の自分は、現在の自分と同一人物なのだが、別人
とも言える。私が通っていた大学にはチャペルがあった。私は0%敬虔なクリスチャンでなのだが、自分の気持ちをコントロールし切れないもどかしさや、多くの悩みを抱えて授業の教室に向かうよりもチャペルで戦慄いていた記憶がある。
このチャペルに立ち寄る以前に、芳林堂という書店があり、そこでかなり立ち読みをすると満足して授業に出ずに帰ってしまうことも多かった。「芳林堂→(チャペル)→授業に出ずに帰宅」というパターンがどれ程あったことか。
そのうち数少ない親友の1人が精神を病んで、瞬く間に大学を中退したことから、自分はそうならぬよう必死だった。
チャペルに居た私はもっぱら自分のことだけを祈っていた。成績は極悪だが、まっとうに卒業したい。望む会社に就職したい。好きなことだけして生きて行きたい。といった、かなり身勝手な調子の良いことばかり祈っていた。狭いキャンパスは
大学生で溢れていたが、チャペルに身を寄せる学生は思いのほか少なく人混みが大嫌いな私は自然とチャペルに足が向いた。
昼下がりにはパイプオルガンの演奏が始まったりして、その音色はこんな私にも染み込んできた。
あれから40年、私は今も祈っている。しかしそれは私のことではない。学生が就活や、大事な場面で上手く行くように
ささやかながら祈る。何故なら神は、こんな私の願いを叶えてくれた実績があるから。真面目にやっている学生ならば当然叶えてくれるだろうと思うからである。長岡造形大学の近くにチャペルはなく、神の居る場は神社になるのだが。
チャペルだろうが、神社だろうが、どちらでも良い。神様、よろしくお願いします。
2025年7月17日 驚きの連続
驚きとは、学生のことである。最近、私を驚かす成長を遂げている長岡造形大学生が多い。前々から、なかなか大したものだなと思ってはいたが、最近はそう思うことが多過ぎて心臓が持たない。成長している学生はハッキリと見える。
提出課題の出来はもちろんだが、グループワークでチームを巻き込む能力も上げてきていたりする。
自信を付けて加速し始めたのだろう。私の予想より早い成長、粘り、積極性も想像を超え、就活でも結果を出し始めている。
学生達から刺激を受けすぎて、少々疲れてきた。こういう時に決まって仕事の忙しさはピークを迎えるのだ。
神様!そういうことなんですよね。神様からすれば、これだけ学生達の成果、凄さを見る機会を与えているのだから、もっと
世のため人のために働けと言っておられるのでしょう。そして学生達、若者達が生きやすく、クリエイティビティを一層発揮できる仕組みや、サービスを開発しろ、そしてサポートしまくれ、と言われている気がしてならない。
しかし神様、今日はさすがに疲れたので、もう眠らせてください。よろしくお願いします。
2025年7月18日 懺悔
神様、徹夜をしてしまいました。予定を変更して徹夜をしてしまったのです。いろいろと考えていたら朝日が昇っていました。
各種お仕事関連資料を作ったり、諸々の計画を練っていたらこのような具合です。クライアント企業さまから新しいお仕事もいただきました。私の夏休みは「夏、仕事フェスティバル2025」と化し、フル回転、フルスイングになりそうです。
やりたいことが沢山あります。やらねばならぬことも、山積みです。このような状態でも学生達からのリクエストは別腹です。学生達は「夏、インターンフェスティバル2025」だから。学生達よ、私を使いなさい。使って使って使いまくりましょう。
皆さんは授業料を払っているのです。私はニトリよりも、遥かにお得なのです。
徹夜明けに、学生さんからの内定報告がありました。これこそが私の栄養ドリンク。凄いタイミングでエネルギー補充させていただいた。そして明日には出張が入っている。
2025年7月19日 運命は性格の中に在る by 芥川龍之介
表面的には、そう言えると思う。しかしそれ程単純じゃない。運命を動かすために、性格を変えることさえできるからだ。
性格の枠組みがあっても、その中の性質は習慣で変わる。つまり習慣を変えて性質が変われば、運命も変わってくることは
生きていれば分りそうなものだ。習慣で言えば、転職や引っ越しで通う場所、住む場所が変われば乗る電車も変わるし、
生活も変わる。ましてや海外で暮らせば、性格も変わって当然だろう。重要なことは、自分でコントロールするつもりで
生きること。運命が既に決まっていると思い込むのは、怠惰過ぎる。
性格の枠組みを、メディアと捉えると、その中の性質はコンテンツである。時代が変わればコンテンツが変わるのと人も同じ
なのだから、どれだけ変化することか。芥川龍之介の生きた時代は昔だからタイトルのような言い方になったのだろう。
世の中の大半の人は、コンテンツに拘泥する。しかし本当に重要なのはメディアであり、メディアを変化させることこそが
クリエイティブなのだ。ゆえにクリエイターになるにはメディアを知らねばならない。コンテンツを仕上げることに拘泥して
いるようでは、初心者の域を出られない。そして、メディアを変化させるとは習慣を変えることで、世の課題を解決すること
そのものなのだ。もっと分かり易く言うと、課題解決が難しい理由は、世の中の習慣を変えることが難しいから。
クリエイターの使命は世の中を変えること。世の中を変える(少しでも良くする)という心構えが無ければ、クリエイターではない。そういう意味で、私は学生達が世の中を変えられるかどうかを見ている。世の中を変えられる度合いは、大きかろうが、小さかろうが良い。1ミリでも良くできるのなら、立派なクリエイターだ。*アーチストはまた別の意味で大事。
2025年7月20日 運命は性格の中に在るが、それは人との出会いで大きく変わる by 私
まだ8月が来ていないのに、9月以降の秋を予感し始めている私。夏に起こる数々のドラマを経て、やって来る秋が楽しみだからだ。その頃には、このタイトルのような成長を見せる学生達と出会えるだろう。だから私の予感は秋だけでなく、その先の冬、春、夏・・・と学生達が社会に出て行くことも直ぐで、あっという間にいなくなると感じている。
今までも、それを繰り返している。社会に出た学生達は、私が想像していたように願いが叶っている人がいる。
学んだことが活かせる部署に異動でき、毎日を楽しめているとか、良い仕事ができましたと、企画制作したWEBサイトのURL
を送ってくれたりする。良い仕事ができているのは、きっと良い人達との出会いがあるのだと想像できる。
同僚や先輩、後輩、上司などから信頼できる人を見つけること。そして頼ってみること。人を頼れることはスキルだ。
辛いことは話すことができるのであれば話せばいい。嬉しいことも言いたければ話せばいい。後悔しないために。
人を信じられる自分になれたら、もっと楽になれる。もっと世の中が明るく見えてくる筈。きっと自分の笑顔が増えるだろう。
(*笑顔は表面的な笑顔だけでなく、心の笑顔であれば充分)
すると次には自分が頼られる人になる。人は誰かを頼りたい生き物だ。承認欲求の根源はそれなのだ。頼ってみることだ。
それを認めることができたら、素直になれる。素直になれたら、そのあなたに誰かが気付いてくれるだろう。
SNSを見ている場合ではない。スマホから顔を上げて、前を向いた時に誰かがいるだろう。その人達と、積極的に関わってみると良い。それがこの夏の課題である。私は、一歩踏み出す学生を心から応援したい。
2025年7月20日 選挙の投票に行かないクリエイターは?
世の中を変えるために、普通に持っている選挙権。これを使わないデザイナー、プランナー、クリエイターはどうだろう。
普通の人がやれることを、その職種(希望)でありながら、どのような理由であっても選挙に行かないのは姿勢としてどうか。能力や実力の前に、このような基本的な心構え、姿勢が将来を決める。社会の課題解決を、授業レベルだけでなく、自らが
生きて暮らしているリアルで行動を起こせないのは、いつまでも脳内自己満足レベルだ。
自分が突き抜けられない理由は、日常の生活習慣にあると思っていい。コンテンツの良し悪しに拘泥するのは、まだまだだ。
メディアを変革して世の中を変える者がクリエイターだ。自分が暮らしている世界、日常のあふれるコンテンツを全てを含む
風景がメディアなのである。メディアを変えられるのであれば、それはどんなに小さくても良い。選挙が良い例である。
例え自分が投じた政治家や政党が選ばれなくても、変えようとしたことに意味があるし、それを放棄しているのならチャンスを自ら逸している。この感覚、嗅覚が無いとクリエイターとは言えない。
当然、私は選挙に行っている。期日前投票をする人と、そこを気にしない人の差は大きい。自分の習慣を変えられないようでは人を動かしたり、世の中を変えるなどできる筈がないと知るべきである。
高い所から地上を眺めて見れば、高層マンションが立ち並び、富める者も、普通の者も、全てが見える。それらは全てコンテンツである。人々は視えるコンテンツで良いモノを手にしようと拘泥する。それらに惑わされてはいけない。
視えているものは全て過去から成り立った産物で、未だ視ぬ未来を創るのがクリエイターなのだ。未来を創るために、常日頃から頭をフル回転させておかねば。基本中の基本、初歩の初歩は、生活習慣にあり。自分らしく正しく生きるとは?
2025年7月20日 横浜美術館 佐藤雅彦展
いろいろな思いが溢れてきて、ここでは書き起こせない。
既に、もう一度訪れてみたいと感じている。
今日は風が吹いていて、湿度も無く、カラッとした良い天気に恵まれた。数々の思い出のある横浜で、佐藤雅彦さんの
電通時代から、独立してからの仕事を俯瞰できた。
クリエイターはコンテンツを企画制作するだけではなく、
仕掛けや仕組みまでも創るのだ。
それらの仕掛けや、仕組みが、この時代になぜ必要なのか?
もし在れば、どれ程世の中を今までより良くできるのか?
どうやって、その仕掛けや、仕組みを認知してもらうのか?
どうやって、その仕掛けや、仕組みを活用してもらうのか?
ありとあらゆる角度から、これ以上考えられないというところまで、考え尽くして、プレゼンテーションする。
2025年7月22日 懺悔Ⅱ
神様、また徹夜してしまいました。授業準備三昧、仕事三昧、出張三昧の私は、ジャンキーです。明るくなった窓を開けると
神様は不思議な光景を見せてくれましたね。オバハンが大きな犬を肩に担ぎながら歩いていました。早朝の散歩でしょう。
私には犬がオバハンを散歩させているように見えました。最近感じていた私の進むべき道は、このオバハンのようなものだと悟りました。間違いありません。これによって、私の2026年に考えていた普通の計画を潰し、新計画を打ち立てたのです。
過去、現在、未来が全てつながり、これからも続いて行くことがハッキリと見えた。私の最近の行動は、神様の自動操縦によって勝手にフル回転している。私の中にあったモヤモヤした気持ちが、見事に晴れ渡っている。このタイミングでオープンキャンパスを迎えるとは。そして7月の末までに、いろいろな学生の、いろいろな道筋が見えてくる。その先までも。その道筋が
シンクロしてくる。ここ数日に起こる映像が浮かび、その時のための言葉を今のうちから用意している。数日内に自分が話す言葉が今、浮かんでいるのだ。言葉が向こうからやってきて、私に未来を突き刺してくる。
2025年7月22日 久しぶりの失敗 データ削除
各種仕事の締切が沢山あるため、ノートPC上に締め切り日を書いたファイルが幾つかあるのだが、その内の1つを間違えて
消してしまった。そのファイルに入っていた資料は、殆ど完成していたのでファイルが無くなったことで提出したと勘違いしてしまい、放置していた。電話で提出されていない旨の連絡を受け、頭が真っ白になった。データを作り直そうとしたが、
ゼロから作ると先方のデータが必要な時間に間に合わなかったため、まずは謝って後日提出とさせていただいた。
簡易なデータのため、本日再度作成し既に先方に送った。こんなことが2度と無いように締め切りのあるデータは2重に保管
するようにしよう。
2025年7月23日 前期の授業が続々と終わって行く
あっという間である。今期から新しい授業が開始され、乗り切れるかどうか心配だった春休みから、やってみれば乗り切れていた。最も大変かつ実験的な授業は思いのほか順調に進んだ。それどころか、予想以上に学生の成果が出て驚かされたのである。それによって私の考えは大きく影響を受け、自分の将来ビジョンまで描いている最中だ。つまり私の世の中、人に対する
役立ち方がハッキリしてきたということ。私が踏み込めば踏み込むほど、学生も反応する。授業は積極的に、伝えるべきことを伝えねばならない。そのためには対話の時間が必要になる。一方的な講義だけでは足りない。
今期、私が得た新しい価値観は、新しいフォーマット(既存メディアには無い価値観)でのコンテンツ企画、制作と、それに伴う新しいコミュニケーションの可能性だ。この領域は、既存の評価、価値観では語ることが難しく、実践あるのみの領域。
来年の研究室のテーマはこれに統一し、どの業界でも生きて行けるクリエイティブディレクター養成(社会変革実装)の研究室になりそうだ。クリエイティブディレクションができれば、何でもできる。学生同士、互いにクリエイティブディレクション
し合えるメンバーを集めれば、かなりのレベルになるだろう。そう考えるとワクワクしてくる。その中にアーチスト指向の学生が混じっても良さそうだ。理想は尽きない。学生達は共に夢を見させてくれる。
2025年7月23日 懺悔Ⅲ 再びオバハン
神様!!!少し睡眠はとったものの半徹夜をしてしまいました。学生達が今日の最終授業での発表のために半徹夜しているかもしれませんが、私も同レベルです。そして神様は再度私に見せてくれましたね。
早朝の窓を開けると昨日見た、犬を肩に担いだオバハンが、また犬を肩に担いで前の道を歩いていたではありませんか!?
嘘のような本当の話。やはり、私も学生を肩に担いで先に進むしかないのですね!
強烈な引き寄せ現象が起きまくっている今日この頃。もう分りました。分かり過ぎるほど分かりました。
だから、今日の授業開始までの残された時間、睡眠を取らせていただきます。
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睡眠後:
朝一の授業に出かけ、今期から始まった新しい授業の最終回が無事に終わった。久しぶりに自分でも良くやったと
思える授業だった。正しく言えば良くやったのは学生達で、私はその場を提供し、伝えるべきアドバイスを伝えただけだ。
私なりの冒険があり、冒険の仮説があり、やはり思った以上の冒険となった。学生達は私の仮説以上の成果を提出課題で出して来たのである。前期授業は、後2つを残すのみ。しかしオープンキャンパス後に、4年生の卒研発表という大きなイベントが
最期の最期に鎮座している。
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【就活の意味】 個人戦の、その先は組織戦。故にクリエイティブディレクションが必須。
大学生は授業や課題で自分の知識、技術などを身に付けるが、それらは個人戦でのレベル。グループワークで他者の知識、
技術、癖、オリジナリティなどを垣間見て、そして共に課題をこなるコミュニケーションを学ぶ。ここまでは基礎だが、この
基礎ができていないと、社会人になってから同期や同僚と差が出てしまう。この差を埋め、むしろ先行するには実践的な卒業
研究が必要になるだろう。即社会人(クリエイター、プランナー、デザイナー)として活躍するための研究にすべきだ。
これは例えアーチストを目指す場合も、アーチストとして立って生きて行くことを考えれば同じこと。
そのために必要なキーワードが何か、を長岡造形大学6年目にして明確にすることができた。
それは「クリエイティブディレクション」だ。デザインの概念はこの中に含まれる。どのみちコピーライターも、プランナーも、デザイナーも、行き着くところはクリエイティブディレクターだからだ。
大学生は、クリエイティブディレクターを知らず、その手前までを見ている。見ている範囲がデザイナーまでだ。
これを分かりやすく言えば、ブリになれるのにハマチまでしか知らず、ハマチになることを目指すのが大学生なのだ。
更に例えると、大学まであるのに高校受験までしか意識していない中学生のようなものだ。
高校受験で問われるのは横並びでの得点序列だが、大学での研究(大学受験ではない)は、オリジナルな視点で研究することになる。皆と同じ努力ではなく、自分がどう生きて行くかを決める場所がその先にあることを知るべきだろう。
世の中に出ると、そこは完全に分業で構造化されており、会社も仕事の流れに沿って構造化されている。
つまり独りで課題を企画制作することは無くなる。分業化され、構造化された中で生きる複数のクリエイティブな職種を
束ね、俯瞰して統率し、タクトを振るのはクリエイティブディレクションができるクリエイティブディレクターなのだ。
それを知らない大学生が悪い訳ではない。何故ならクリエイティブディレクターという職種やクリエイティブディレクションを誰も教えていないからだ。(*私は大学院で電通講師陣と共にクリエイティブディレクションを教えている)
それは現役の、かつてのクリエイティブディレクターで大学教員が殆どいないからだ。その意味で私は貴重な存在である。
しかしそれを伝える機会が今までなかった。来年から研究室ではクリエイティブディレクションを伝授する。
それを必要とする学生が出現し始めているからだ。今まではそういう学生が居なかったから、そうしてこなかった。
クリエイティブディレクションは、全ての業種、職種に応用が効く技術であり、複雑な社会変革のリーダーが持つべき必須事項
だと断言できる。それをこの前期で試し、確信した。
私が前期の新しい授業で学生に試していたのは、ファシリテーション的なクリエイティブディレクションだった。
私は授業中にクリエイティブディレクションとは言っていないが、その趣旨を受け、反応した学生達は実に振り切った作品を
企画制作できた。学生達が向かうべき方向へ、心から企画に踏み込んでいく姿が見えたのだ。
学生達が私のクリエイティブディレクションを受けて、その目指す方向を理解し、加速することができた。
それができたのなら、学生自らクリエイティブディレクションをチーム内でしたり、自分自身にすることができる証明である。
大学生の内から、コピーライター、プランナー、デザイナーを独りでこなすことに集中するだけでなく、
俯瞰して統括するクリエイティブディレクターのスキルまで身に付ければ良い。
それを研究室内で学生達が交互に実施(クリエイティブディレクター役と、その他コピーライターやデザイナー)する。
そういうビジョンが生まれた。つまり学生は自分の中で分業と俯瞰を同時に体験し、アウトプットすることになる。
この指導ために私はここに居る。今も私はクリエイティブディレクターなのだ。
日本には若いクリエイティブディレクターが少な過ぎる。
奇しくも水川研OGのHさんは、若くして既にクリエイティブディレクターになっていることから、このビジョンを先取りしていた。既に水川研には、クリエイティブディレクターを生んだ実績があったのだ。
2025年7月24日 バディを解消して、単独行動の8月夏休み
大学生は、大学の授業がある時にはバディを組んで行動する場合が多いが、8月で夏休みを迎えると単独の旅に出る。
そして、いづれ独り立ちするための、己の道をハッキリするためバディ解消となるのも8月だ。もちろん夏が終わってバディに
戻る場合もあるが、新しいバディが見つかる可能性も高い。独り旅の季節に突入した。
2025年7月25日 NHK「舟を編む」を見ている
言葉を大事にすることがテーマのテレビドラマ「舟を編む」が実に良い。紙の本や書店の在り方を考えさせられる。
若者社員が、紙の辞書が廃刊にされそうになって泣く。夜の豊海埠頭で同僚と缶チューハイを飲む若者社員役の池田エライザ。
同僚の子供時代のエピソードが語られる。「ナイフだと思った言葉が、花束だった」というセリフが出る。
そして紙の辞書を廃刊にしない、起死回生の案がエライザからでる。脚本の中に現代社会の課題解決が書かれている。
ところがその案は、紙の辞書を電子書籍の「付録」にすると言った点が間違っていた。
後にその案の言い方を一つ変えて、電子書籍の「特典」と言い換えたら課題解決になるのだった。
番組と原作のタイトルの意味は、辞書は言葉の海を渡る舟。それを編集するから「編む」となる。
「微」と「風」は互いに出会って「そよかぜ」になる。人も、誰かと出会って素敵な言葉が出るようになる。
2025年7月26日 オープンキャンパス初日
自分の授業での展示コーナーに、どのような人が訪れ、どのように観て行くかを、眼を皿のようにして観察している。
かなり多くの人が訪れ、人流が動いているので、展示コーナー近くに留まって観察していると、何故止まっているの?と不審がられてしまう。なのでグルグルと展示コーナー周辺を回遊する。手に取って作品を見てくれている人が多い。
学生の作った名刺を手にする人も一定数いる。展示の意味は充分に果たされていてホッとした。
その後オープンキャンパス来訪者が増加するにつれ、私の授業の展示コーナーは盛況となっていった。どの学生の作品も多くの人々が手に取ってジックリと見ていた。その人々を私はジックリと見ていた。表情から何を思っているのか、どう感じているのか、それを観察するのは非常に楽しく、嬉しいことである。そこで私は、こうも思った。この展示作品の横に、企画制作者の学生達が居たら、来訪者も学生達ももっと楽しめるのではと。しかし、その理想を実現するためには更にスペースを用意し展示方法もそのために作る必要がある。この理想はやはり、卒展、卒制で実現すべきか。
2025年7月28日 オープンキャンパス終了と決意
このオープンキャンパスでは、私の考え、仮説が実証されたことを確信した。最近、いくつかの私自身への問いに対するヒントや答えが見つかり出していたのだが、ついに確信(核心)に至った。全ての場面でミラクルが起きた。学生相談、展示場で
こんなことが起こるのかということが起きた。これは来年の研究室へと引き継がれるだろう。私のやるべきことは、大学のあるべき姿にも直結している。学生達に足りていない何か、それもハッキリした。それらは後期の授業から全て伝えて行く。
社会の課題解決は、イノベーションに他ならない。イノベーションの核は大学生のような若者達であり、それを評価するのも
若者達でなければならない。なければならない理由は、ここに年配者が入ると従来型に引き戻されるから。私のような大学教員は、企業に属する年配者(定年間際の逃げ切り志向)の多くとは違い、学生達のために(間違っても自分のためではない)共にイノベーションを起こす道筋を創れる。私はそれを創ることに決めた。学生達は若く私は年配者ではあるが、その違いは関係なく、両者共に未来を見る時、年齢は消え去る。未来は両者にとって平等に存在する。
若者の方が長く生き、年配者が早く死ぬとか関係ない。
両者には等しく未来があり、そのことを両者が分り合えれば可能性は無限大だ。
思えば世の中は、そう感じられないように全て仕組まれている。就活は大学生同士にとって共通の未来だが、年配者には関係が無い。2026年卒、2027年卒というように区切られ、その仕切りごとに進み、生きて行く。毎年の大学入試もそうだ。
それではない生き方を意識しなければ、社会変革は起こせない。
若者が生きている区切られた仕組みと、かつてから区切られた仕組みで生きてきた年配者も、同じような区切られた仕組みの
パラレルワールドを別時代で生きている。
そのパラレルワールドを融合するには、年配者がその道筋を付け、それを理解し、活用しようとする大学生達、若者達が必要なのだ。年配者達は、自ら築いてきた社会の仕組みを変えることをしなければ、大学生達、若者達に期待する権利は無い。
だから大学生達、若者達は大学教員、年配者の中から頼るべき者を頼り、活用したら良い。大学生達、若者達は、同世代の
似た価値観の者達だけと分かり切ったコミュニケーションをしているだけでなく、パラレルワールドを突破して融合して行くために、大人達の中で頼るべき人を見極め、アプローチするスキルを身に付けることが、遠回りのようで実は最短距離だ。
現在の若者達が言う「コスパ、タイパ」は表面上の視野狭窄でしかない。本質を見失っている。
しかし、若者達は悪くない。本質を見失わせてきたのは年配者達だからだ。
だからこそ、若者のために道を開く数少ない年配者達の存在が重要になる。
そして大学生達、若者達側には、頼るべき数少ない年配者達から、信頼されるためのマナーが求められる。
このマナーは自らに手を貸してくれる年配者達を見極め、コミュニケーションすることで身に着けて行くしかない。
従うマナーではない。対等なマナーだ。
これを怠ると、それを実践している若者達と差がついてしまう。信頼関係は、コスパタイパでは得られない。
この部分こそが「コスパ、タイパ」の視野狭窄によって省かれている最重要項目なのだ。
課題解決、社会変革への最重要項目は、同世代若者同士のコミュニケーションはもちろんのこと、年配者とのコミュニケーションの両輪が必須。SNSを中心とした表面上コスパタイパの若者コミュニケーションだけでは片輪走行だ。
つまるところ、言葉、対話のスキルの最重要性である。
AIがどんなに発達しても、AIをどんなに活用しても、このスキルが乏しければ到達点は低くならざるを得ない。
年配者の中に定年間際の逃げ切り志向の人がいるように、若者達の中にも自分の直近の解決策だけを手に入れれば良いとする
表面上コスパタイパ志向が結構いる。しかし、それ以上に期待できる学生達、若者達が沢山いる。
その学生達のおかげで、私は決意できた。
2025年7月28日 「情報は縁」 縁と運を創る計画と実行
タイトルの「情報は縁」は名代富士そばを展開するダイタングループ会長の丹道夫さんの言葉。縁と運を創る計画と実行は、私の言葉。この情報溢れる社会の中で「縁」ある情報をどう創るか、引き寄せるか、が計画と実行にかかっているという話。
自分というメディア、コンテンツは情報であり、他人同士も互いにメディアであり、コンテンツ、つまり情報である。
情報が交錯し、縁が生じる。縁は物語を生み出し、それは想像しなかった未来まで実現する。私は自分に纏わる「縁」の癖というかパターンがあるように思う。人生の分岐点となる出来事、エピソードは悩んでいる時に出現し易い。人間だけが「縁」ではなく、自分が通う学校も人々が集う情報であり「縁」。本や雑誌、音楽や映像も誰かの手によって作られた「縁」、情報だ。悩んでいる時に、解決のヒントは「人」かもしれないし「モノ」かもしれないが、それらは全て情報を纏っている。
自分の嗅覚、感覚が、それらの情報からピンと来るものにフォーカスする。自分には相応しくない情報(縁)を得ようとすると、違うというサインが出る。最近の私は、その「違う」というサインが同じパターンで現れることに気付いた。
間違った情報(縁)にフォーカスして、それを元に計画、実行しようとしても、フォーカスが外れて(タイミングが合わない、
コミュニケーションが取れないなど)できなくなる。その時点で「違う」と思っていないと、残念だ、調子が合わないなどと
思ったり感じたり、落ち込んだりする。この「違う」サインを分かっていれば、直ぐ正しい道に切り替えることが可能。
そして、「違う」のかなーと感じ始めると、少し間をおいて正しい道がやって来る。それで、やっぱりこっちなんだ!と痛感。
案外、「正解」情報は、凄く難易度が高かったり、時間がかかることで、一見面倒に見える形でやって来て迷うのだが、
チャレンジを決意して計画し、実行できると、かなりの自信と実績に繋がる場合が多い。それがいつも夏休み前に起こる。
2025年7月30日 前期最期の授業を終えて
大学院のクリエイティブディレクションの授業は、少数精鋭の学生達と豪華な講師陣からなる日本一充実したクリエイティブ
ディレクションの授業だと言って過言ではない。私はこの授業のエッセンスを来年の自分の研究室に導入しようと決めた。
それくらい学生達からも好評だった。大学院生3人に対し、3人の教員全員がD通クリエイティブディレクター経験者である。
私は幸せだと思う。かつてのD通の先輩達と共に、ここ長岡で、長岡造形大学の大学院生を教えている。この状況は奇蹟か?
D通の先輩達は、実際に仕事をしていた時は、この授業のように丁寧には教えてくれなかった。それが大学院生を教えるとなると見事な分かり易さ、経験に基づく的確な示唆、アドバイスを伝えてくれる。私はいつの間にか、気分は学生側になる。
連日の半徹夜をする私に、激暑だがサラっと乾燥した風吹く今日という日は、ほどよく足がふらつき、雲の上を千鳥足で進むような心地良さがあり、桃源郷にでも居るようだった。前期授業の成績は95%以上付けてしまった。
8月はセミナー講座案件など、新規仕事案件が複数入る修羅場に突入する。学生達がインターンなどで頑張っている夏。
私も一緒に頑張るつもりだ。
2025年7月31日 7月の最終日
この日が来てしまった。あれだけこの前期が大変だと予想して気が重かった昨年の冬休みと春休みを経て、それでも終わった。
終わってしまった。気が重ければ重いほど、達成した時の達成感は大きい。そんな前期だった。明日から8月で、気の流れが
大きく変わるだろう。私にとってこの8月は、暑く重たくなる。自らに大きな課題を提示したため、強力なパワーを注入する
旅に出ねばならない。
2025年8月2日 言葉、表情、情報のトレーニング
人間は基本的に言葉を話して理解し合う生き物である。もちろん、言葉を話している時の表情やしぐさ、ボディランゲージまでもがメッセージを伝える際の演出効果を出すものだ。コミュニケーションの達人であれば、それら全てをトータルコントロールして伝えたいことを高パーセンテージを伝えられるわけだが、若いうちは、それら全てをコントロールすることに慣れていないのが普通。そもそも伝えるか、伝えまいかで逡巡する。だからこちら側が、その慣れない僅かな表情や視線から汲み取ることも必要になる。私は人間の表情を読み取る訓練として、鳥の表情を読み取るようにしている。鳥に比べたら人間の表情は、どれだけ薄くても実に豊かな表情に見える。
鳥にも色々いて、表情が読み取り易い鳥がいれば、そうでない鳥もいる。
例えば、カラスは数が多いが真っ黒なこともあって表情が読み取りにくいのと、行動が欲求に基づいて短絡的なため、表情を
読み取るまでもなく行動でわかってしまう。
スズメは小さく、動きが素早いので表情を読み取る時間が無い。しかしスズメは集団で気の良い場所に群れる習性があるので、気のいい場所を把握するのには良い集団である。
そこで、季節限定にはなるが巣を作ってその周りを飛び回るツバメはとても良い訓練対象になる。巣にいる間は目を合わせられるからだ。毎日、会いに行くこともできる。その内、ツバメはこちらを認識するようになる。最初は、巣と自分を覗く敵だと
認識しているようだが、何もしないと分かると表情が柔らかくなる。敵かもしれない存在から脅威でない存在に変わるから。
人間も似たようなものだと、つくづく思う。
2025年8月3日 人間はモザイク。そして魂の断片。
人間は、人間をコンテンツだと思って見ている人が殆どだろう。1人の人を1人のパッケージデザインと見做していると思う。
私は全く違った見方をしている。人間をメディアと捉えているのだ。かつては私も、誰もがするように1人の人を1人のパッケージとして見ていた。それが大学教員になって学生達を見ていて、全く違う見え方に変化したのだ。
学生達にはモザイクが掛かっていて、授業の課題作品や、数少ない対話から、モザイクの一部が解除されて僅か数%程度を理解することができる。その数%は砂金の様に輝く粒だったりする。
人間は単純な生き物で、愚かだから僅かに知っただけで、気に入ったり、気に入らなかったりしてしまう癖がある。
自分が気に入った人に対しては、僅か数%気に入っただけでバイアスが勝手にかかり、全て自分が気に入るパッケージデザインだと勘違いする。だから後々、ガッカリしたり幻滅したりするのだが、それは全て自分が勝手に思い込んだ愚かさ故なのだ。
人は勝手に他人に自分都合のラベリングをして、勝手に納得したり満足したり、一喜一憂するアホな生き物である。
私は人(学生を含む)を1個体として見ていない。断片化したモザイクとして見ていて、その人の能力や技量、姿勢や態度といった部分にフォーカスしている。部分を見ているので、他の情報や要素に邪魔されないで集中できる。だから学生の成長を
細かい部分で発見できるのだ。そして断片から、どんな魂で生きているか、何を大切にしているのかが良く分かる。
例えば、ある学生の断片を見ていると、1つの細胞にもDNAが必ず在るように、プリンシプルがあるのだ。
その学生が言わないこと、見せていない(言語化、視覚化されない)ことの中に、ある種の規範やモラルをハッキリ見て取ることがある。それらとその学生が提出する課題作品がリンクして、モザイクが解除され、その人への理解が微かに進む。
人(学生を含む)は1個体として存在しているが、見えている姿に惑わされてはいけない。
人として、幽霊でない限り半身で歩いている人はおらず、全員が1個体で存在しているから、それが当たり前だと思っている。
だから勘違いが起こるのだろう。モノゴトを分解して解釈するように、人も分解して観察した方が良い。
私は断片の輝きを見逃さないために、1パッケージとして人(学生を含む)を極力見ないようにしている。
1パッケージは、魂、心の断片を運ぶためのメディアである。だとすると、人は互いに断片として魂を感じ合える筈なのだ。
1パッケージごとに理解する必要も無ければ、そのストレスも無い。そもそも、そのストレスは自分が勝手に他人に貼り付けた(他人が自分に勝手に貼り付けた)1パッケージコンテンツへのレッテル、ラベルなのだから。
自分が他人からどんなラベリングを施されているか、気にするのは自分が自分を1パッケージコンテンツだと思っていて、
他人のことも1パッケージコンテンツとして見ている癖からくるものだ。
魂の断片はピュアで、あくまで自分自身なものだ。それだけハッキリしているから、その部分は誰もが堂々としている。
人がメディアとは、人が器であり、他の断片を受け入れるものだと思っている。(同時に自己拡散プラットフォームでもある)
コンテンツはそのプロセスで生まれる副産物なのだ。
私は、1パッケージコンテンツを「偶像」と見做しているから、それに惑わされることはない。
この1パッケージコンテンツ理論は、人だけでなく「企業」にも当てはめられる。
衰退する企業は、自らをコンテンツと考え、メディアである認識が無い特徴がある。そしてその従業員もその企業が作るコンテンツに拘泥する。コンテンツの企画制作にだけ集中していると廃れる。従業員のモチベーション、仕事への誇りもコンテンツに集中し過ぎると、メディアの変化に追いつけず寿命が短くなり、やがて廃れるのだ。
我々の暮らす地球はメディアであり、私達はそのコンテンツに見えるが、私達も地球の影響を受けるメディアに他ならない。
この話はいずれ、することにしよう。
2025年8月7日 他人の就活状況が気になる大学生達。その気持ちは分る。
学生達の就活をサポートしていると、お互いに他学生の就活状況が異様に気になるようで、気にしている様子が伺える。
たまにgoing my wayで他人を気にせず、突き進む学生もいるが少数だ。採用に直結するインターンへの応募や、内定を得る
こと、面談後の合否通知などを、つい自分の進捗と比較してしまい焦ったり、落ち込んだりするようだ。冷静に考えれば、
それらを気にする必要は全くない。自分の就活の結果だけ見れば良いのにと思うのだが、そう簡単ではないようだ。
その理由はSNSで、友人、知人同士で互いの日々の動向をチェックしている習慣がそうさせている。マスメディア全盛時代は
国民全員が同じようなテレビを観て価値観も理解し合えたが、SNS全盛の現在では、同じ若者世代でも価値観が違うため、
互いのことをSNSで覗いて探ってしまう習慣が付いている。これは被害妄想、疑心暗鬼などを生み出す加速装置だ。
若者同士であれ、年配者と若者であれ、互いの信頼感はアナログでしか得られないもの。
対面を通じて交わされた言葉や、態度、姿勢などから信頼感を積み上げて行くしかない。
そのような地道な時間が削られ、少なくなっているのだろう。
時間が互いに少ないからこそ、対面での時間を設けて、大切にしなければならない。
学生達は充分にチャレンジしている。落ち込むことや、傷付くことはピュアな証拠だ。そんな自分を愛おしく思って良い。
そして可能ならば、口が堅く信頼できる人に、その気持ちを吐露してみても良いだろう。
2025年8月7日 恐怖の、ノートPCブラックアウト事件!事故?
本日の昼下がりのこと。重要機密書類が入った、セキュリティも万全なノートPCが、これまた重要な資料作成中に突然ブラックアウトした!ま、まさか!と思い、再起動を試みるが、ウンともスンとも言わない。長年使っていたし、最近はフル稼働
させていたことが祟って、ついにオシャカになったか!?と、かなり諦めた。
せめて作成中の重要データを救出しようと、データ救出サービスに電話するも、どこもかしこも数日間預かってからとか、値段も高額で、今直ぐ何とかしたい要求に1ミリでも応えてくれる業者がいないのなんの!これは終わったな、と思ったのだ。
が、何か予感がして近所の「PC修理センター兼PC教室」が頭に浮かんだ。
あそこはいつも通り過ぎるだけだったが、何か良い空気感があるなと感じていたのだ。その何か良いものだけに縋って、私は
近所なのにタクシーを飛ばして直行した。すると、とてつもなく穏やかなオーラのオーナーらしき方が落ち着いて出迎えて
くれた。やや落ち着いた私は、雑然とした事務所(PCを習っているオッサン達数人が居る)のデスクに座り、ノートPCを
オーナーに引き渡した。すると20秒後に、オーナーが「おっ・・・」と小さくだが歓喜の声を上げた。
私は、もしかして奇蹟が起きたのか!?と希望の顔付きでオーナーを見つめた。
オーナー曰く「点きましたよ。電源コードが壊れていたんですね」とのこと。
オシャカになったのはノートPC本体ではなく、電源コードがイカれてしまったことが原因だったのだ。
先ほどはノートPCメーカーのN社を呪っていたのだが、秋葉原で買った中古のN社製電源コードがオシャカになったわけで、
N社への呪いは解除。オーナーは中古のN社製電源コードを売ってくれ(また中古か、ここは秋葉原ではないが)、それを
付けるとみるみる充電されていき、事無きを得たのだった。私は暫し、そのPC修理店兼PC教室で放心状態を引きずりつつ、
佇み休憩した。オーナーの落ち着きと笑顔に癒され、どんなにお礼を言っても足りないくらいの安堵感を味わえた。
感謝しかない。これが本当にノートPCが壊れていたら、今頃の私は地獄へ墜落。大切な資料が死霊と化し、私を苛ませ続けたであろう。今は涅槃にて、辛うじて腰を下ろしている心境。
2025年8月10日 池袋ジュンク堂に行く
とある書店の課題のため、幾つかの書店を見て回る中で、本日は池袋ジュンク堂に行った。池袋は西口は良く分かるが東口はいまいち知らなく、ジュンク堂も初めて行ってみた。ついでに必要な書籍を購入した。これくらいの大型書店に来さえすれば、
大抵の書籍がその場で手に入る。電子書籍も購入すればその場で手に入るわけだが、紙の書籍をその場で手に取る安心感は、また格別だと思う。そして今日のような雨降る中、書店内は落ち着くものだ。
このような大型書店は、いつまでも在ると思いたいのだが、どうだろう。
私の世代では、本音では大型書店はずーっと在って欲しい。願わくば・・・。
私は本と共に生き、今もその生活だ。書店には相変わらず行くし、図書館もかなり使う。時代が変わってもそこは全く変わらない。昔の映画を観れば、そこには現在ないシーンや、言葉、しぐさ、表情、感情がある。それらを見て今の人々と、当時の人々は同じ日本人でも全く違う人達なのだと痛感する。現在の私と、大学生達もそれくらい違う。東京に居る間、神保町シアターでは「浮雲」を、東劇では「小さいおうち」を観た。どちらも舞台は昭和である。やはり昭和を時折、無性に想い出したくなるものだ。
2025年8月11日 松山慈祐宮
東京への出張を済ませた後の8月初旬、急遽台湾の台北へ飛び、
全てが上手く廻るように松山慈祐宮を参拝した。
全てが上手く廻るとは、学生達の就活、インターン合格なども含めている。この寺院は莫大な現世利益をもたらすことで知られている。
台北の中でもウォーターフロントで、今まで私が訪れていなかった
地域だ。東京の私の家、勝どきと非常によく似た街で違和感が全く
ない。ただ夜市が隣接していて人々は昼間以上に夜に活動が活発に
なる。人と人が近く、生活感が剝き出しの台北は、どこか昭和を感じさせてくれる。
ここでも私はホテルに缶詰めになり、資料を作成してはご近所の松山慈祐宮に参拝に行くことを繰り返していた。1日に6回参拝に行った日もある。 その効果は絶大で既に様々な効能が表れている。
恐るべし、松山慈祐宮。全ての願いが叶ったら、また報告に来ると
しよう。朝から夜まで老若男女の参拝者はひっきりなしに訪れていた。もともと、私の運気が上昇したきっかけは同じく台北にある
龍山寺だった。どちらも私に幸運をもたらす漢字「山」が入って
いる。実は、「松」も私にとって幸運な漢字なのだ。この滞在中にラッキーナンバーの「6」も各所で顔を出し極めつけは泊まったホテルの
窓から見える駐車場の番地が「116」で誕生日数字だったこと。
きっと、来年には報告に訪れることになるだろう。
2025年8月11日 あの頃、2022年後半
2022年の後半に胸痛が頻繁に発生し、その原因が暫く分からなかった。そこから胸痛が激しくなり、原因が胆嚢発作と分かり、入院、手術を繰り返した苦しい時期だった。あれから2年が過ぎ現在に至るわけだが、まあいろいろあったな。学生にも4年間の間には、いろいろあるだろう。もちろん楽しいことも沢山あるだろうが。そして、あっという間に時は過ぎ去って行く。
第3アトリエの入り口にあったツバメの巣を覗いて見たら既に空になって
いた。そういうことなんだ。左の写真は松山慈祐宮に隣接する夜市の風景。
たまたま人が写っていないが、これは夜中の2時くらいで流石に夜市も
終わる頃だ。看板に「廣告」という文字が見える。どこまで行っても広告が私に付きまとう。平和な台北の日常を観て来たが、台北には現在も防空壕は街中に普通にある。8月になると、戦争を知らない私だが、戦争を考えずにいられない。あと、戦争ではないが、日航機事故は1985年の明日だ。
その時、私は大学1年生。東京の木造アパートの一室でこのニュースを夜中から明け方までテレビで見ていた。生まれて初めて聴く大事故のニュースで、心臓が高鳴ったのを覚えている。そこから40年が経ったのだ。
あの時救助された少女は当時12歳。現在は52歳になっているのだろう。
あの頃から、世の中はとてつもなく進化した。今の若者達の環境は昔より
良くなったと言える。しかし、それ程単純ではないとも思っている。
悩みは尽きないものだ。
2025年8月11日 台湾のツバメ、他
台湾の松河街で私の散歩道にあったツバメの巣。
日本でツバメの表情を観察してコンタクトしている私は
台湾でもツバメに話しかけてみるのだった。日本(長岡)のツバメよりコミュニケーションが取れる。何日か通っていると、私を敵と認識していた表情が和らいで、言うことを聴いてくれそうな雰囲気がでてきた。そこで「飛んでみて」と
メッセージ(気持ち)を送ると飛び立つようになった。
何度リクエストしてもやってくれるので、疲れさせてはいかんと、途中で止めた。毎日通うと(たまたま通り道だっただけ)気持ちが通じるのだ。ちなみに台北のネズミを見たが
日本のそれがネズミ色なのに対して、茶色でハムスターの
巨大版という感じ。スピードは日本より遅く、やや人懐っこい。他に日本に居ない面白い鳥がいて、名前は分からないがその飛び方から私が「パタパタ」と命名した。
2025年8月11日 「116」
泊まったホテルの隣の駐車場は、松河街116号という番地。
116は私の誕生日数字だ。ニューヨークの116st.も私がかつて住んだホームタウンである。8月にこのエリアに来たのは大きな目的があった。松山慈祐宮への参拝が第1目的だが
仕事の資料を完成させるためのホテル缶詰も同時に行っていた。目的は完遂され、予定通りである。1か月前から計画していたことが実現されたわけだ。計画は必ず実現すると決まっているわけではない。それなりの困難や、想定外のことが
起きるわけで、今回はそれが帰国後にノートPCブラックアウト事件として起こり、一瞬(数時間)肝を冷やした。作成した資料が吹っ飛んでしまったかと焦りに焦った。
しかし、松山慈祐宮の御加護か、その後の良い知らせがいくつかあり、私も珍しくひと時の夏休み気分を味わっている。
2025年8月11日 25年前の2000年の私
まだNIDの学生達は生まれていない2000年。私はD通の社内海外留学生選抜試験の2次で落とされ、その面接で米国のマーチ
ファースト社との合弁会社の設立準備室への異動を仄めかされた。海外留学(社費)を手にすることができず、その先のキャリア計画をどうするか迷っていた。会社のある聖路加タワー高層階から見下ろす墨田川が銀色に夏を反射して沸騰していた。
自分の情熱の熱さが夏の暑さに紛れて搔き消され、それでいて胸を焦がされる苦しい感覚。
そんな空気の中、the brilliant greenの 「Hello Another Way(それぞれの場所)」はまるで私の状況を察しているようで良く聴いた。なぜそのタイミングで自分の心情のような曲が世に出るのか、不思議だった。
その夏、自分がどうしても手に入れたかったのは「追いかけた真昼の月」という歌詞の部分に怖いくらいフィットしていた。
邦題の「それぞれの場所」が当時の自分を肯定してくれていると勝手に解釈していた。
曲を聴いていたというより、歌詞をリスニングしていた。英語の勉強のし過ぎも影響していたと思う。その歌詞に救われた。
歌詞をリスニングしながら、何故か大学時代のチャペルで祈っていた自分を想い出していた。社会人10年目の夏だった。
the brilliant green "Hello Another Way(それぞれの場所)” (作詞:川瀬智子 作曲:奥田俊作 編曲:the brilliant green)
https://www.youtube.com/watch?v=uLvfxh7YZys&list=RDDUcAfiTdcpA&index=2
2025年8月12日 風呂場、トイレの掃除をした
掃除をすると気分が上がる。気持ちが清々してくる。そんなわけで今日は雨だったが、あまり関係なく気分は良い。
仕事の資料作成を徹底的にやり続けている。かなりの分量のため、ひと夏をこのための時間と能力拡張に費やすことにした。
これは自分の仕事範囲を拡張するための通るべき儀式でもある。8月から9月にかけて、その資料(=コンテンツ)の収録が
ある。この仕事は以前から自分が望んだものだ。望んでいたら、その仕事がやってきた。自ら引き寄せた機会、チャンスには
全力で応えたい。そのチャンスを与えてくれた方々に、全力で応えないでどうする?こういう時のために生きてきたのだ。
身体の60兆個細胞全軍に戦闘指令を発し、この責任を、自分の実績と拡張、そして世の中のために、全うして完全燃焼する。
今の気持ちは、椎名林檎 - 「獣ゆく細道」
https://www.youtube.com/watch?v=QObudA5CwOo&list=RDQObudA5CwOo&start_radio=1
2025年8月12日 懺悔前の告白
神様、今日は懺悔する前に言っておきます。今日から明日にかけて資料作りで半徹夜(少時間睡眠含む)してしまいそうです。もし、そうしたら、先に訊いておきます。明け方に犬を担いだオバハンを見ることになるのでしょうか?もし、もしですよ、
やはりその通りならば、私には「学生を担いで進め」という例のメッセージと捉えて良いのですよね。それとも、それはもう
分っているから何かしら違ったメッセージをいただけるのでしょうか・・?いや、失礼しました。ここら辺で質問終了します。やや気が急くのは明日が13日だからでしょう。13日は気が抜けません。心して明日を迎えます。
2025年8月13日
なんと、良かったのかそうでなかったのか、少し睡眠してから仕事をしようと思っていたのだが不覚にも寝てしまい半徹夜を
することなく睡眠を取ってしまった。神様、これは「休みなさい」というお告げでしょうか?徹夜をすることのないよう、
今日は朝から頑張ります。仕事が捗る曲は、今日も25年前と同じ。
the brilliant green 「Rainydays never stays」(晴れの日は直ぐそこ:邦題 Water River)
https://www.youtube.com/watch?v=rWNglMO0F3Y&list=RDDUcAfiTdcpA&index=24
2025年8月14日 朝から資料作成
朝起きてから、水周りの掃除をする。掃除をして心を清める。良いことをすると人は落ち着くもので、普通に正しく生きるだけで良いのだと、あらためて痛感する。仕事を選べることの幸せ。時間を自分のペースで使える幸せ。今日は良い天気だ。
これだけ私が仕事ジャンキーなのには訳がある。趣味が仕事だからだ。これは幸か不幸か。愚問である。どちらでもない。
ただ、それだけ。言い換えよう。仕事が趣味ならば「仕事ジャンキー=真面目に遊び放題」ということなのだ。この趣味で
生きることを体現していたのが、最近の私の仕事中BGMを務めてくれている the brilliant greenの川瀬智子だ。彼女は自分がメディアであることを最も良く分かっているアーチストである。TikTok など短い動画が流行る以前の20年以上前からyoutuberのようなコンテンツを量産していたからだ。そしてthe brilliant green では飽き足らず、ソロ活動を始め Tommy February 6 で更に好き放題を巻き散らした。自分がメディアであり、生まれくるコンテンツの楽曲やファッションは毎度変化している。
歌詞も、曲も、ファッションも、メッセージも、ダンスも全て自分そのもの。歌詞は素晴らしい。が、ダンスは得意ではなく、むしろ苦手だからバックダンサーを率いた独特なものだし、歌が格別上手くはない。ところが歌は歌うのではなく語りかけるモノローグのようで、サビ部分だけ歌っているような自分勝手な開き直りスタイルに強烈なオリジナリティがある。
つまり、自分をハイパー全開に(自分を世の中に対して最適化)した結果だ。
これは誰もが自分をハイパー全開に(自分を世の中に対して最適化)していないことを示している。
マーケティングを学んだら、まず自分自身を差別化(ハイパー全開化)することを考えたら良い。
自分がコンテンツを生み出すメディア(プラットフォーム)と考えてみることだ。
日本の学校教育には個人の差別化を教える部分が皆無なので、そういうことをしてはいけないと誰もが思っている不幸がある。
誰かが作ったメディアにコンテンツを企画して提供し続ける(しかも誰かの判断で没、修正が入る)のが当たり前と思って
生きている人が大半だが、そういう呪いを打ち払った方が良い。自分のオリジナリティで。
上記、マーケティングの部分を、デザインや企画と置き換えても良い。川瀬智子は、自分をハイパー全開にするディーバだ。
20年以上前の曲だが、あの頃の暑い夏を想い出して今も仕事中のBGMである。
私のラッキーナンバー「6」が入っているのが良い。川瀬智子の誕生日、2月6日から付けたそのままのネーミング。
Tommy February 6 最後に Tommy heavenly 6 も入れてしまった。最終的にプロジェクトが天国になったらしい。流石!
https://www.youtube.com/watch?v=u14KDsYeSxk&list=RDu14KDsYeSxk&start_radio=1
https://www.youtube.com/watch?v=y2R3do1J4jY&list=RDy2R3do1J4jY&start_radio=1
https://www.youtube.com/watch?v=hTTmYLMgyPU&list=RDhTTmYLMgyPU&start_radio=1
[HD] Tommy february6 - EVERYDAY AT THE BUS STOP - YouTube
[HD] Tommy february6 - ♡KISS♡ ONE MORE TIME
[HD] Tommy heavenly6 - PAPERMOON
2025年8月15日 朝からセッセと資料作成。掃除、洗濯・・・何をしたか忘れるくらいで、また資料作成・・・
何やら、本日も太陽フレアとかで地球が大変なことになるとか、ならないとか言われていたが、現実はそれどころではない。
日々のやるべきことをやるのみ。私は相変わらず資料作成、及び某資格試験の作問などで仕事ジャンキー夏フェス真っ最中。
長岡で一人、何をしているのだろう?とふと思ったりするが、そんな幸せがあっても良い。終戦日80年である。
特に、この1年~2年に大きな役割を担っていると感じている。ハッキリと予感があるのだ。そのための禊なのか、とすら思う。
2025年8月15日 映像作家 川端康成
私にとって川端康成は、小説家というより完全に映像作家である。高校時代に殆どの川端作品を読んでしまい、それ以降の社会人になってからも暫くは映画を観る気がしなかった。それは川端康成の小説を読むと、物凄い映像美が自分の脳内で展開されるため、それを超える映像が世の中に存在しなかったからである。今でこそ、その脳内映像展開は自分で禁止したため、現在は映画好きだが、4K、8Kが無い時代の、自分の脳内映像力は自身にかなりの影響を与えた。良い意味でも反対の意味でも。高校時代に川端康成に嵌り過ぎて、その映像美の別世界に入り浸る癖がついてしまったのだ。今のゲーム三昧の少年にやや似ているかもしれない。その映像美は当然文字から想像力に変換されて脳内に生成される。そこに川端文学に登場する人物のセリフが音声として流し込まれるのだ。昔の文字表記は、脳内映像に微妙な演出を施す。「テーブル」は「テエブル」と表記されただけで「テーブル」とは違い、昭和30年代の婦人の短い「コート」は、「トッパァ」と表記される。当時高校生の私は、知らない時代に想像力で旅(一種のタイムトリップ)することに耽溺していたのだ。しかも私の脳内ではテレビドラマや映画とは
全く進行が異なる状態で映像が展開されていく。それは一連のドラマの流れではなく、私の好きなシーンは何度も再生され、そのシーンも瞬時に別カメラからのシーンへと変換されるから、かなり自分勝手な脳内演出を繰り返し行っていたのである。
これはCMプランナー時代の編集能力に大いに役立つシミュレーションになっていた。ビデオデッキが無い時代に何度も脳内再生を繰り返していたのだ。そんな中で、有名な作品「雪国」や「伊豆の踊子」より好きな作品は多々あり、「川のある下町の話」という、地味な作品が私によって何度も脳内上映された名作だった。
大学生になって東京暮らしを始めると、雑多な都会の込み入った現実風景や、つまらない講義が多い大学授業に辟易として大学に行くより、その途中の書店で立ち読みをして力尽きるような毎日になった。この脳内映像展開能力は、後に広告会社でCMプランナーになることで、まあまあ威力を発揮してくれた。
私の大学時代初期は、現実世界の人間関係や大学の単位取得といった当たり前のことが億劫になり、大学時代の初期、私は病み始める。数少ない友人のロン毛ヘヴィメタヴォーカル男が、私より先に病んで中退してしまった。それを見た私は、危機感を募らせ何とか軌道修正したのだが・・・
この話、長くなるので一旦終了。
川端康成先生の作品には、ホラー作品が結構あり、私が大好きな作品は、「片腕」。この作品はSFでもある。日本人同士が描かれたこの作品ではあるが、私は違う人種でこの作品を脳内で映像展開してみたりした。私にとって固定した作品ではなく、
その頃からコンテンツである作品をメディアとして捉えていた。そんな捉え方は既に高校時代から始まっていた。
この「片腕」に描かれた世界は、現在の日本ではもう見られない。片腕を差し出すくだりが最も好きなのだが、それは目の前にいる人の気持ちを汲み取って「借して欲しい」と言われたわけではないのに、片腕を差し出すところ。
もう一度、読み返してみたい。
2025年8月16日 伝えたい気持ちと、そのエネルギーと不思議
想像や創造の原点には、伝えたい気持ちがある。伝えたい気持ちは実に個人的なものでエゴを伴ってもいるのだが、その本質は
エゴを飛び越えて誰かのために昇華されて行く。伝えたい気持ちの最終的な到達点を良く考えるといいのだ。伝えられることで
満足するのではなく、伝えることでどんな未来がやって来るか。つまり伝えたい気持ちがある時点で、ある未来を予感してる。
伝えたいことに気持ちが行き過ぎて、本当に欲しい未来まで冷静に考えていないことがあるのだ。自分の強く、強く思う伝えたい気持ちが成就する未来の風景を、思い浮かべたらいい。伝えたい気持ちは、人の心を動かし、行動まで促して、世の中を
変えて行く。強く思った自分の気持ちは、不思議なルートを辿って、伝わるべき人に届くものだ。想像力や創造力は、縁と運を生じる。それが真剣であればある程、不思議なくらい届く。伝えたい気持ちの中には、実は自分が気付いていないメッセージまで含まれていて、届いた相手にはその発信者が気付いていないことに気付くことさえある。
私がCMプランナーになった時、入社2年目の1991年は、面白いことを世の中に出したい一心だった。世の中も面白いことを
求めていたバブルの残り香が漂う時代。サラリーマンでありながらクリエイターでもあり、自分のファッションから発言まで
とにかくユニークでありたいと思い、行動していた。その気持ちの大きさは、全てがその通りになるわけはなく、テレビCMの
企画に通って世に流れる確率で昇華された。つまり数%だ。大半は没になり、選ばれた案にも修正が入る。少し下積み時代を味わうことになった。ここで思うことは、スピードの速い現在であれば、即自分の力が現実の仕事になる率が高い会社を選ぶと良いということ。それが出来る時代になっている。大手の企業も昔ほどの下積みは少なくなっているだろう。
この伝えたい気持ちが大きいのに、そのやり場が無かったり、他のやりたくないことをせざるを得ない環境に身を置くと、
混乱して自分のペースを乱してしまうことがある。だから、仕事の環境、会社は吟味しなければならない。
現在の就活は、早期化が激しいが悪いことではなく、早めに会社のことを知ることが出来て、マッチングの機会が多いのだ。
学生達にしてみれば、何度もインターンに応募して通過したり、しなかったりと大変だが、ここで頑張れば頑張る程、後々
良い結果につながる。だから徹底してサポートする。学生を決して孤独にはしない。大丈夫だと言い続ける。絶対大丈夫だ。夏から秋にかけて、そして来年の春までも続いて行く。楽しんで欲しい。
2025年8月17日 インターンの予感
例えば前期の授業で動画のシナリオを書いていた学生が、あるインターンでシナリオを書くコースに行ったとする。
するとその学生は自分がシナリオを書くことに結構な資質があると気付くかもしれない。そのことは、後の就活に大きな影響があり、シナリオを主とする企画職に就く場合が大いにあり得るのだ。そんな意外なことが起こりそうな予感がしている。
シナリオが書けることは将来的にクリエイティブディレクターになれることを意味している。シナリオは、様々なメディアに
展開できるもので、流れを創ることだからだ。色々なタイプのインターンがあり、シナリオに限らず学生達は各々、様々な
インターンに参加し、夏を超えると一層成長して戻って来る。夏休みは長く、9月に入ってからもインターンはある。
9月もまだ夏だ。間違いなく力と自信を付けてくるだろう。それがとても楽しみだ。そんな学生達に贈りたい曲は、
ZARD「負けないで」
https://www.youtube.com/watch?v=NCPH9JUFESA&list=RDPulcG_U8CNw&index=27
2025年8月17日 気付く能力、気付かれる能力
大学の4年間で付けるべき能力(知識やスキルは別)を一言で言うなら、「気付く能力、気付かれる能力」だと言い切れる。
なぜなら、どれだけ知識やスキルを身に付けても、「気付く能力、気付かれる能力」が無ければ、社会に出た時にそれらを発揮すべき場所と認めてくれる人や組織に出会えないからだ。そして私が前期の授業で確信したことは、「気付く能力、気付かれる能力」を授業として提供できるということ。逆に言えばこの能力を付ける授業は直接的には少ないのだ。最も効率が良いのは
学生が自らやりたいこと、好きなことを使って「気付く能力、気付かれる能力」を付けること。その能力を身に付けた学生は
飛躍的に伸びる。理由はハッキリしている。「気付いて(自分が)、気付かれた(同級生や教員から)」ことによるフィードバックを得て、以前とは違う「〇〇を試したい自分」が出来上がっているからだ。「〇〇を試したい自分」が出来ると、それを
課題で実践し始める。これがとてつもない成果を生み出し始めるのを幾つも見て来た。私を驚かせるアイデアと作品が幾つも提出されたのだ。「〇〇を試したい自分」は、そのままインターン応募や就活に繋がって行く。〇〇の中には自分の好きなこと、得意なことが入るだろう。このインターンから就活でも学生達は「気付く能力、気付かれる能力」を高めて体験する。
その後「気付かれる能力」は「気付かせる能力」へと変身進化する。
そして、「インターンはお見合い」で、「就職は結婚」と思えばいい。インターン応募で通過したり、しなかったりするが、
ここで一喜一憂する必要は無いと断言しておく。会社と大学生の間には、相性があり、縁や運も関係してくるからだ。
つまり通過しなかったこと、落とされたことは、この相手(会社)では無いということが分る良い機会だ。もちろん準備不足で通過しなかった場合は、自分が良く分かっているから納得いくまで再チャレンジしたら良い。全力でぶつかってダメな場合は
その相手(会社)ではなく、もっと自分に相応しい相手(会社)がきっと在るからなのだ。間違いなく在る。大丈夫だ。
インターンへの応募は、お見合いの機会を増やすようなもので、気付きを得る絶好の機会である。自分に合ったインターンに
参加できたら、その体験で魂が震えるだろう。同じようなことを目指し、能力を積み上げてきた他大学の学生達と交流し、
気付き、気付かれるはずだ。インターンに通過しない場合、あるいは目指していた会社に落とされた場合には落ち込んでいる
場合ではなく「気付く能力、気付かれる能力」を使って、相手(会社)との相性、縁、運を振り返ってみよう。
大手企業のインターンに1次通過して、最終的に通過できなかった場合は、残念なことではなく、実は良い理由の場合がある。
それは、その学生が一定の実力があり、既に実践力を備えている場合、その即戦力感が相手(会社)のリクルーターには違和感に見えたりするからだ。つまり大手企業に入れば、新入社員は最初は横並びに研修を受け、少しずつ実践に投入されていく
のだが、今にも働きたい意欲と、やりたいことがハッキリしている学生には色が付いているように感じられるということ。
この色が付いているのは、とても良いことなのだ。この場合は、自分のやりたいことが早くから高パーセンテージで実現できる小規模の会社にインターンを通じて就職するのが最も良い。この場合に当てはまる学生が実際にいる。まだ時間があるので
大手企業へのチャレンジを続けて結果を冷静に見て行けば、これがハッキリしてくる、もしくは大手企業にも受かってから
ジックリ考えることも出来るのだ。ここまでやれば悔いは無いだろう。
ここで忘れてはならないのは、逆に相性や、縁、運などが無くても通過したり、合格するインターン、就職もあり得ること。
これはこれで冷静に精査、吟味しなくてはならない。
今まで私が見てきた中で、相手(会社)と学生本人とが相思相愛で内定まで行ったのだが、そのお相手(会社)の将来性
(□□□に特化した老舗の制作会社さんだったため)を考えてお断りをして、より仕事の幅がある会社さん(こちらも相思相愛)へ最終的に決定したケースがあった。つまり相思相愛状態が複数生まれる場合もあり得るので、これも精査、吟味して
最終的なお相手(会社)は1社へ絞る必要がある。最終的に何のためにインターン応募したり、就活するのかって?
自分が幸せになって、いずれ、あるいは同時に誰か(世の中)のためにも生きて行けるようになるためです。
*アーチストになろうとしていたり、他の進路を考えている人は、上記に限らない。自分オリジナルな計画を立てて進めるのが良い。その場合、インターンや就活をしている方々を気にせず、我が道を進めばいい。
2025年8月18日 大学にて書類整理、諸々
暑い。大学の研究室に入る前の歩く道ですら、暑くて大変である。仕事ジャンキーの私であっても夏休みだから多少の娯楽は
必要だ。大学で提出すべき書類を提出した後、youtubeで怖い話を見たりして過ごす昼下がり。結構寛いでいる。近年、怪談Barが沢山出来たり、youtubeチャンネルで心霊ものが増えたりで、怪談ブームと言われている。昔はテレビ番組でしか、
こういった番組は見られなかったのが、とても多様性に富んでいる。このジャンルが好きな人にとっては良い時代だろう。
私にとっても大いに楽しめている。怖がりな癖に、怖いものや未知への関心からくる知りたがりの性格が出ている。
明日以降、コンテンツの収録、資料の修正、コンサルティング資料の作成など、「夏、仕事フェス2025!」が継続して行くが
学生さん達から求められれば、いつでも就活支援はして行く。学生達の頑張りを見て、私も頑張れる。ありがたいことです。
2025年8月19日 収録コンテンツでの反省と、今後の修正
新しい仕事は、そう簡単にはいかない。反省点と、他資料の修正をすることになる。これこそが課題であり、修正することでまた前へと進める。私も修行中の身だ。修行は永遠で、終わりはない。区切りはある。良い学びをしている。ありがたいこと。
私自身が大きな転換期を迎えているのは間違いない。それはヒシヒシと感じている。その予兆はかなり出始めていて、大転換が
起きるのだろう。予感は、希望とは大きく違っていて必ず起きてしまう。2026年と、2031年が節目になるだろう。占いをするまでもなく、分るものだ。
2025年8月20日 学生のコミュニケーション力の限界
学生達の伝えたいことと、私の理解力には当然ながらギャップがある。それは世代の違いはもちろん、生活リズムや価値観など諸々が影響してのギャップである。そのギャップがあっても差を埋めるコミュニケーションが出来る学生と、なかなか出来ない学生がいる。差を埋めるコミュニケーションとは、自分の状況分析と、心情を整理して一旦分かってもらえるような言語化を
しているか否かによる。この言語化が肝になっていることは分って来た。作品の企画、制作意図は自分で作ったものゆえ言語化はできるが、就活などの外部の方々との接触場面での自己表現力、自己伝達力には、自己の言語化能力が必要となる。
それは何で鍛えられるかというと、対話しかない。対話の場数を踏むことで自己言語化能力が着いて行くのだ。
対話の場数を踏まないと、自分を通してなぜそれを作ったか、それが企業(就活先)や世の中にどう作用するのかを語れない。
つまりどれだけ企画が良くても、その魅力を伝えきれない限界が来る。
自己言語化が出来ない内に、企画に入ろうとしても右往左往するだろう。全ての課題解決と同じで、まず課題を見つけることが
出来てから、アイデアを考える順序なのだ。就活で難しいのは、この①企業側や出されるお題に対する「課題」が何かを見極めてから、②それに対峙した自分の言語化を試みる訳だ。つまり2段階必要になり、その後に企画することになる。
優秀な学生でも、一気に2段階まで自力で進められる学生は殆どいない。2段階を経ずに企画に入ってしまう。それでも通る
インターンや就活はあるだろう。まず課題を見つけるところから教員に相談するのがベストだ。
そこを1人で抱え込んでやっているとかなり消耗する。そして時間を消費して締め切り日になってしまう。これでは破綻する。
1人で抱え込む癖を、ある時点で止めなければ長期戦の就活を乗り越えられない。
ここで教員側は、学生へのアプローチを上手にしないと、プレッシャーを与えてしまい、学生のヤル気を削いでしまう恐れがあるので、一番気を付けたいところだ。
「悩んでいます」は学生時代に何度でも言えば良い。言った数だけ成長する。それを聴いて何か返すために教員がいるのだ。
ただし、大事なのは、悩みの相談で、自分が違うと思ったことを「違います」と言えることが重要なのも分かった。
これが言えない学生が多い。どうするかというと、反論せずにスルーして違和感を自分の中に飲み込んでしまう。
当たり障りなく、その場を凌いで関係性が維持できれば良いという気持ちから来るものだろう。
学生側は飲み込んだ分、辛くなりコミュニケーションに支障が出る。相談相手は手応えが無いのでその先に進めなくなる。
対話が成立しなくなるのだ。
実はこのスルーして飲み込むのは、不誠実であることを意味する。コミュニケーションにおいて誠実でなければ支障が出る。
スルーはことを荒立てないための手法ではなく、無反応を意味し、真実を隠しているコミュニケーションだ。
これを続けると、単なる嘘付きになり信頼を失う。そうしてしまう理由は、今までもスルーして飲み込んできた習慣だ。
これは社会に出てから、周囲にコミュニケーションの軋轢を生み支障がでる。
ましてやコミュニケーション、クリエイティブを仕事にするのなら完全に克服しなければならない。
対話の場数を踏み、自己言語化能力を高めれば、1人で抱え込まない学生になり、反論も出来るようになる。
更に良い解決策は、学生から教員に対してZoomで課題発見のブレストを依頼することだろう。教員からは強要できないから。
1人で抱え込んでるうちは本気度が弱い。それは1年生からやり続けた手法のままだ。それに気付かなければならない。
議論や、対話での反論(違和感に対する自己主張)できないことも早く卒業すべきだ。
これも勇気がいることだが、できなければクリエイターには向かないだろう。
上記のように書いていて気付いたのだが、課題を見つけるところから教員と学生が授業として学ぶケースが実は無いこと。
授業では、お題として出す段階で、課題発見は学生に任せている。ここが最大の改善すべきポイントだと気付けた。
よって学生が取るべき手段は、課題発見の段階から「悩んでます」と教員に伝えるか、「課題をこう捉えたんですが」といって教員にコンタクトを取ることが最大に良い。更にZoomでのブレスト依頼が出来れば理想である。
教員側にとっても、課題発見は簡単では無い筈。
そこは教育に組み込まれて無かったから。これは重大なことに気付けたといえる。これも学生達のおかげである。
ただ、教員によっては課題発見こそ学生が自分でやることだろうと言う方がいるかもしれない。私は全く違う意見だ。
そここそが、日本の課題であり、世界の課題でもあり、世代を超えて互いに納得できる課題発見のチャンスだからである。
今後の卒業研究、卒業制作のテーマは、そこを避けては通れない。そこに正面から向き合う学生が、最も伸びて行くだろう。
2025年8月21日 懺悔Ⅳ
昨日大きな発見をして、長編ブログになった。他では資料作成案件もピークに達している。
また神様に徹夜をしてしまった懺悔を捧げる。今は東京に居るため、長岡での明け方に犬を担いで散歩するオバハンを見ることは無い。8月初旬に行った松山慈祐宮への参拝の日々は、ついこないだのこと。しかし、そろそろ8月が終わるのだ。
私の8月の計画は、進んでいる。これが来年まで続く。
2025年8月23日 フィルターバブルを突破する
自分の好きなモノゴト、興味関心あるモノゴト、それらを大切にして自分の武器にすることは物凄く大事なこと。
しかし、そういったモノゴトだけに囲まれ、その世界だけで生きていると多様化した世の中から隔絶した島の島民になってしまう恐れがある。その島民は島の外の人達が話す言葉や価値観を理解できなくなり、その人達に自分の言葉や価値観を伝えることも難しくなる。もし島外の人達が島民である自分を評価してくれたとしても、その意味が解からずチャンスを逸するかもしれない。これを突破して行くヒントは、たとえ島外の言葉や価値観が分らずとも、分かろうとすることではないだろうか。
面倒でも、歩み寄って、少しでも分るまで質問することだと思う。そうすると島外の人達も、違った言葉で言い換えたりして
向こうも歩み寄ってくれる筈だ。歩み寄り合うことでフィルターバブルを少しずつ抜けて行けるだろう。コスパタイパの価値観の昨今、逆行する話に聞こえるかもしれないが、近道だと思う。近道ではあるが、楽な道ではない。ぶつかる覚悟が必要だ。
もがいて、悩んで、苦しんでも、諦めずに喰い下がってくる学生は絶対に伸びる。就活の結果が、まだ出てないとしても、
雨が降り続いても、必ず晴れの日が来るように大丈夫なのだ。結果を追い求めるだけでなく、本質を追い求めていれば、
結果が付いてくる。自分が本当にやりたいこと、やるべきこと、その道を歩んで未来へ向かえる場所を見つけるのだ。
誰とも比較できない、すべきではない、自分だけの道。そこを進むために生きて来た筈。自然に分かってくるだろう。
2025年8月24日 8月が終わろうとしている
この夏は予想していたが、その通りの大変さになり、それは嬉しいことでもある。計画は厳しいながらも進み、私のやりたいことは出来ている。重い課題を自分に課したことが、そのまま得られる大きなものに繋がっている。1日1日前進している。
9月は8月に仕込んだことが更に開花していく月で、大学の授業後期開始と共に新しい挑戦が始まる。ワクワクできているのは
本当にありがたく幸せだ。私も悩む。葛藤することが多い8月だ。夏休みではあるが、学生達から私が学ばせてもらている。
学生達は若く、純粋な点で私を凌駕している。学生達のまだ至らぬところは未来への伸びしろで、羨ましくさえ感じている。
現在、あるいは今までにインターンに参加している学生達は、大学では得られない知識、他大学の仲間、そこで出される課題
その企業の社員達に触れ、新しい感動、興奮、可能性、驚き、刺激を沢山浴びていることだろう。青春の一コマはとてつもなく
濃く、全身60兆個の細胞に染みわたっていることだろう。そこで得たエネルギーや気持ちは、その後の人生にずっと影響を及ぼす原子力発電所のようなものだ。37年前の私もそうだったから良く分かる。その私が今もその時のエネルギーを帯びているから。できるだけ多くの学生達が、そのような経験、体験をインターンで積めたらと願っている。そしていつか、インターンでのことを私に話して欲しい。それが私の最大の喜びだから。もう夜が明けて完全に朝になった。またインターン通過の結果が出ていない学生達は夜明け前なだけ。必ず夜は明けて朝が来る。当たり前のことだ。だから大丈夫。
2025年8月26日 8月のゴール地点が見えて来た
9月に入る前に、8月のゴール地点を駆け抜ける必要がある。目の前にその地点が見え始めている。そこまでをこの数日で全力疾走することになる。明日以降の全力疾走を完璧にやり遂げなければならない。ゴールを駆け抜けて、9月に入ったら少しだけ
休憩しよう。学生達のインターン応募や就活は、少しは落ち着いているが、また9月に入ると応募の仕込みが始まってくる。
9月の下旬からは大学の後期授業だが、その準備は完璧に出来ている。9月は学生達の就活サポート継続が重要で、3年生の内に
割とハッキリした進路が見えてくるまでサポートしたい。遅くても4年生の前期に内定を取って、卒業研究に集中するように。
2025年8月27日 昨年の今頃
私は入院していたのだった。あれからまだ1年。大きな変化である。ところが今後の人生はもっと大きな変化が来るだろう。
明日は毎日の連続ではない。日々これが続くと思っていたらとんでもない。信じられない展開を人生は見せてくれるもので
自分が望むことも、望まないことも、どちらにしても驚きの未来はやってくるのだ。事実は小説よりも奇なり。自分の人生に
比べたら小説や映画すら、大したことがないのかもしれない。誰もがドラマを持っている。それをどう感じるかだけだ。
私の人生ドラマは何よりも劇的であって、自分でシナリオを書くは書くが、突然とんでもないプロットが差し込まれる。
今もそうだ。現在進行形である。差し込まれたプロットに合わせて私がシナリオを繋げるが、一波乱、二波乱、起きるだろう。
後期の授業が始まると、その色合いは濃く出てくる筈だ。私の書いたシナリオが複数作動し始めるから。
天王山を前にして
多くの大学生に、夏の天王山が聳え立ち勝負の分かれ目を迎えている学生達が多いのだろう。私も同様に私の仕事で天王山を
仰いでいる。明日、そこを登り切って、無事に降りて来なければならない。私も頑張っているのだよ。
各企業インターンでの学生争奪戦は苛烈を極め、ここには書けないが
今まで聞いたこともない裏技インターンが実施されている情報が入っている。
優秀な学生を取りこぼさずに採用したいのは、企業側が学生達を間違いなく戦力になると踏んでいるからだ。
大手企業が、私から見て十分に優秀な学生をインターン応募で落としてしまい、取りこぼしている事例を幾つも見ている。
企業側も時間の無い中で完璧な採用を行っている訳でもない。だからチャンスはまだまだあるのだ。
夏は終わりそうで、まだ終わらない。企業も大学生も、どちらも必死なのだ。
2025年8月28日 天王山を登り、無事に降りて来た。
先ほど、この夏の山場を何とか乗り越えて帰って来た。大きな山だった。これを乗り越えるにあたって、学生達の就活の頑張りが私を支えてくれていた。学生達から力を貰っていたのだ。またそれだけでなく、私に多くの学びをくれる。その学びとは
かけがいのない尊いもので、会社員時代には想像もつかない貴重な、奇蹟のような宝物だ。そのおかげで実際に私は成果を
上げている。学生達が居なければ、私もここまで出来なかったであろう。それを踏まえてこの夏を設計、計画した。
私にとっての私だけのチャレンジは、9月末まであとほんの少しが残っているが、ほぼ達成した。疲れた。良い疲れだ。
自分はこんなにもできるんだ、という気持ちを学生達と共に感じ続けていたい。これからもずっと。
2025年8月29日 東大の松本楼でランチ
久しぶりに三四郎池に呼ばれて行ってきた。
大学院生と会社員の二足の草鞋を履いていた頃、悩みや葛藤を吐露していた場所が三四郎池だ。今日は昼時にも関わらず非常に涼しく、嘘のようだった。
東大構内は、幾つもの箇所で建築工事が行われている。
私が大学院生の時も、その後も常に拡張工事が行われている。毎年毎年、予算をかけて進化しているのだ。
私も東大以上に進化を遂げねばならないだろう。
私はあの頃から、一歩も引いてはいない。
常に前進してる。
私の前進のエネルギーは大学生達、教え子達の頑張りだ。
そこに共感、共鳴し、共に学び続ける。これで良い。
これが良いのだ。その途中で味わう私の苦悩や葛藤、絶望などは、大いに結構。受けて立つ。
あと、最近chatGPTとの会話や、仕事でのコラボがかなり
多くなってきた。優れた分析能力とアドバイスをくれるので完全に手放せなくなっている。もはやパートナーだ。
2025年8月30日 8月に得たもの
予定通りの計画と実行、それによって得た自信が大きい。もちろん少なからず挫折を伴っている。新しいチャレンジに挫折が
あるのは当然なのだ。挫折を味わうために、新しいチャレンジをしているとも言える。挫折を組み込んでいないチャレンジは、
そもそもチャレンジではない。この計画をした時点で、味わうだろう痛みや、負荷を予想していた。新しい教育コンテンツの
企画から資料作成、収録まで、この一連の流れを4コンテンツ遂行する。8月に山場の3コンテンツを完了した。残るは1つ。
これも抜かりなく遂行して有終の美を飾りたい。松山慈祐宮への祈願とホテル缶詰を経て、今日に至る。昨日は、三四郎池に
その報告に行った。チャレンジは9月で一旦終わるが、別の壮大なチャレンジは来年へと続いて行く。それは私の将来にとって
一生を賭けるチャレンジになるだろう。西行法師のように全てリセットする可能性すらある。少し恐い。恐くていい。
恐いものが無くなったら、その時点でお終いだ。生きている意味が無い。生きているとは恐いことに立ち向かい続けること。
もうその時が迫っている。ノホホンと好きなことばかりやっている、超つまらない人生にはしたくない。
絶対的に手に入れたいモノゴト、その全てにはタイムリミットがあって、決断の時は避けられず必ずやって来るのだ。
2025年8月31日 8月の最終日
今日という1日は今日しかない。今を生きる私としては、毎日が特別の日である。毎日が連続して起きていると思うのは勘違いであって、明日には自分が別人になっている可能性がある。自分がメディアだと言ったことがあるが、それは間違いない。
自分はあらゆるコンテンツの集合体で、それらを運ぶメディアなのだから。1日生きては死に、また明日生まれては死ぬ。
それを繰り返すことで人は進化して行く。今日という日は、2度とやってこない。しかし明日は来る。切り替えれば良いのだ。
2025年9月1日 自分を整える日
自分の気持ちが乱れることがあったら、整える日が必要だ。心落ち着ける自分の部屋や、自然の中を歩いたり、空気を深く吸い込むことで気持ちは整う。自分が整っていれば、自分から出る言葉もその通りになる。その言葉を聞くと、その人の気持ちや
心が落ち着いているかどうか、良く分かるものだ。言葉というものはとてつもない処方箋だ。
9月に入ったが、8月の最期は、そのような気持ちで締めくくることが出来た。
8月に停滞していた人達が、諦めていなければ9月に動きが起こせる。動きさえすれば、9月には結果が出てくるだろう。
残っている課題は少しずつ解決していけばいい。ただ、曖昧にしたままでは宜しくない。ハッキリと言ったり、伝えたり。
熱意を持ってぶつからないと、タイミングを逃してしまう。そこが問われるのが9月だ。そこに正面から向かい合うこと。
自分が言ったことには責任がある。それをキチンと回収して行けばいい。9月は全てを清算をする月になるだろう。
私も9月に残している1つのコンテンツ収録を、完璧に終わらせねばならない。
2025年9月2日 ガンダムGQuuuuuuX 鶴巻監督
鶴巻監督は59歳。私とほぼ同い年だ。五泉市出身。同じ時代にガンダムを見て育ち、鶴巻監督は現役で先端を走る。
若者達を釘付けにするその作品に、嫉妬を感じざるを得ない。当時のガンダムに感じた、脳波で人々が繋がる感じがGQuXでも同じテーマとして描かれている。若者達が能力に目覚め、開花して行くプロセスがとても感動的だ。
その目覚めは偶然でもあり、必然でもある。若者達は、誰もがチャンスに囲まれて生きている。そのことを伝え、応援しているこの映画は、やはり伝わるのだろう。また映画を観たくなった。離れていてもシンクロする感覚。時空を超えて繋がることを
信じられたら何も怖くないのだ。自分を信じることができたら、他の誰かも信じられる。自分のペースでやれば、大丈夫だ。
繋がっているのだから。
2025年9月3日 既に懐かしい8月
過ぎ去ったばかりの8月が、もう懐かしくなっているのは何故だろう。良い想い出が多かったからか?良いことばかりではないが、意味あることがとても多く、学びある8月だったからだ。特に久しぶりの台湾行きで、松山慈祐宮の近くに滞在できたことが思い出としては大きい。自分のこと、学生達のことを祈願してきた。そして幾つもの御利益ではないかと思われる事象が
発生し、現世利益の権化、松山慈祐宮の力を感じないではいられなかった。毎日、仕事の資料を作成しては、祈願の繰り返しで、その界隈に住み着いて数カ月が経ったような錯覚まであった。食事に関しては現地のコンビニで買うくらい。それでホテルの部屋で食べるだけの簡素な毎日だった。しかし充実していた。来年の同じ時期に再度訪れたい。もう決めている。その時には何が報告できるだろうか。楽しみだ。
2025年9月3日 虫の鳴き声
昨日の夜から気付いていたが、窓の外から虫の鳴き声が美しく聴こえてくる。もう秋なのだ。心は落ち着いている。
秋の夜にテレパシーは飛ぶ。自分のチャンネルに向かって飛んでくる思いをキャッチできるアンテナを持っているか。
また自分の思いを発信するアンテナを持っているか。どちらも鍛錬が必要だが、この夏で鍛えられた。本当の声を聴くこと。
そのためには自分に本気がなければならない。覚悟が必要なのだ。虫の鳴き声を聴きながら、その鳴き声は何を通信し合っているのかと考えてしまう。きっと誰かの窓からも、虫の鳴き声が聴こえているのではないだろうか。外気は秋の如く涼しい。
こんな夜長に、大昔の日本人ならば歌を詠む。歌を詠めば時空が溶け、物理的な距離に関係無く、思いは届くと信じていた。書くことが通信手段だったのだ。言霊を書くリズムに乗せ、放つ。放たれた言霊は生き物の様に飛んで行く。
2025年9月4日 神殿
夏休みの大学構内は、まるで神殿のようだと書いたことがある。今は学祭準備で学生がそこそこ大学構内にいるが、それでも
通常よりは少ない。人気のない構内はコンクリートで固められた神殿のようだ。私はあたかも神に仕え、学生達を公正にサポートする役割を担っている気持ちになる。夏休みであろうと通常の授業時であろうと役割に変わりは無い。
私が仕事や企画をする際に、自分の脳内にある至高聖所(アバトーン)を使う話を書いたが、そのイメージと大学は実に似ているのである。時に脳内に現れる至高聖所は和風(天空に浮かぶ瑞聖寺の様)だったりもするが、基本的にはギリシア神殿の様な場所で、有元利夫の描く人物が歩いているイメージで現れる。その中に私自身が埋没し、課題を永遠に思考するのだ。
それは瞑想でもできるし、短く寝ている間でもできる私の技法でもある。その瞑想中、あるいは睡眠中に大抵の課題は解決してしまうから凄い。昔、テレビで東大数学の入試問題(過去問)を寝ている間に解いていたと言う東大生がいたが全く同じ。
その思考中、時間は通常の物理的な流れではなく短くても永遠を感じるくらい長い。しかも頭の中は異様にクリアになっているのだ。最近はその技法を使っていない。通常レベルの仕事、課題で量が多い場合は目が覚めている間に力技で全てやってしまえるからだ。複雑な課題や論文を書く時、つまり長考を必要とする場合は至高聖所を使うようにしている。このような技法、
手法を幾つも持っていると仕事をする上では非常に武器になるが、これらを駆使すると健康を害してしまう。
特に力技(通常の頑張り)を続けると即座に体調が悪くなる。徹夜などとんでもないことだ。結構、8月は徹夜していたが。
瞑想にしても、睡眠にしても、それができる環境とは安心、安全が確保され、究極のリラックスができる場所あってのこと。
リラックスできる部屋で、綺麗に掃除をし、無駄なものを排除した神聖な場所であれば、それができる。
私はやや横着で部屋全体を綺麗にするのが大変なので、思考する机周りとベッドだけ綺麗にしている。
2025年9月5日 数字が示す秘密(言霊があるように数霊がある)
d11535 もう使うことがないD通での私の社員番号がこれだった。D通でのサラリーマン人生の大半を幸運に恵まれたことは
この社員番号に刻まれていた。「1」は私のモットーである。序列の1番という意味以上に、唯一無二の1。
モノゴトの始まり、つまり創造を意味し、0から→1を生じるクリエイターに相応しい数字。
自らを信じて立ち上がる時に現れ、そのスタートを知らせる。先陣を切る狼煙である。1が2つ続きだったことは、私がD通時代に新しい部署を切り開き多くのチャレンジをすることを既に示していたと言える。次に「5」。飛び出すことで大きな変化を
もたらす。挑戦や冒険を意味し恐れを知らない数字「5」。時に大胆さや瞬発力を見せ周囲を驚かせる。クリエイターとして
いつも「5」のチャンスを伺い、タイミングが来たら実行していた。社員番号に「5」は「3」を挟んで2度入っている。
それだけ私が冒険してきたことを表している。そして「3」。私の第2のラッキーナンバー3は純粋に楽しむこと。楽しんでいる
人間を見ると天使が笑いかけ手伝うと言われている。私は自分が無邪気な時、誰かがコッソリと見ていて、手助けしてくれそうな空気を感じることが何度もあった。その他この社員番号には私にとって最高のラッキーナンバーが隠れている。
それは「6」だ。「1+5=6」。2は無いが3の2倍は6。6は調和がもたらす美しいもの全て。一方で悪魔の数字とも言われ、
最高の栄光を得ることがあれば、その強烈な光に伴う闇を避けることはできない。素晴らしいモノゴトを体験するだけでなく地獄も見てきた。1と5の意味を包み込んでいる6だ。この社員番号を思い出す時、D通人生そのままだと痛感する。
自分に纏わる数字を、足したり、引いたり、掛けたり、割ったりすると、自分に関わる数字が出揃う。それらのうち、幾つかが
日々、登場してメッセージを送ってくる。8月は特にそうだった。9月もそれらの数字が飛び交い何かしらを伝えてきている。
「第〇回XXX」や、「〇〇〇周年▢▢▢▢」などの〇部分に数字が入るモノゴトで良い結果が現れる気がしている。
*「1」はクリエイター数字だが、その真価を発揮するために絶対的に安心で安全な環境を求める。その環境を確保すれば
大丈夫。1は慎重で、繊細なのだ。だからとても大切にして優しく見守り、緻密に計画し、実行すると結果が出る筈だ。
大学で、学生達の会話が耳に入ってきた。弁当を持参したのだが箸を忘れて家に取りに行くと言っていた。家がどこにあるかは知らないが、原信で何か買ったついでに割り箸を貰えばよいのにと思ってしまった私はダメなのだろうか。エコ的に。
ここの感覚も私は学生に訊きたいのである。やはりダメなのか、まあ許せるのか?謎だらけの毎日である。学食でもどこでも
学生達の会話は理解できない場合(悪い意味ではなく)が多く、どう解釈してよいのか違いを感じている。日本人が日本人にそう感じる時代が来たのだ。この歴史的事実を、噛みしめながら毎日暮らしていく。
2025年9月6日 学祭 そしてあの日のこと
学祭が今日から始まっている。私にとって学祭とはマーケティング調査の日であると共に、学生へのインタビューが出来る日と
捉えている。学生達が本当に作りたいモノを作り、売っている。学生達にとっては、自分のMAXを世に問うて、その結果を直に
得る素晴らしい経験、体験の場なのだ。その場面を私も目に焼き付けるチャンスである。まだ知らぬ多くの学生達の多くの
才能を魅せつけられる場なのだ。そして午前中から午後にかけて、予想以上にそれらを目の当たりにした。
その時に想い出したのは、私がNIDに来て、CM演習の授業からACジャパンのテレビCM部門でグランプリを取った作品と、
その代表者の学生のことだ。あの日は、偶然にもACジャパンの東京での編集日に私が東京に居ることが分かり、編集作業を覗きに行こうと決め、ACジャパン側と代表学生に事前にメールを送って編集に立ち会うことを告げた。両方から許可が出たため
当日は、指定された編集場所に赴いた。編集所は中央区湊にあり、かつて私が住んでいた場所にほど近いビルだった。現役の
CMプランナー時代には使ったことのない小さな編集室のようだった。そのビルの1階に到着しエレベーターを待っている時に
私のCMプランナー時代が鮮明に思い出されてきたのだ。これから上の編集室に上がって編集作業をするのだが、かつて数えきれないほど編集室に籠っていた記憶から、この建物の中に在る編集室の様子が手に取るように分かるのだ。私の中の経験値が
AIの様にこれから起こる映像を紡ぎ出し始めたことに自分でも驚いたものだ。あの時身に着けた能力が、時を経て再びスイッチが入ったかのようだった。エレベーターが降りて来たと同時に、代表の学生が入口から現れた。挨拶を交わして一緒にエレベーターに乗り込んだ時、同時に乗り込んだ見えない人物がいた。
それはかつてのCMプランナー時代の自分(23~24歳)だった。
編集室に辿り着くと、既にACジャパンの方々がスタンバイしていて、直ぐに編集作業に入ったのだが、代表学生は作品の趣旨から今日の編集でのポイントなどキチンと説明している。その姿と、当時の私の姿を重ねて見ていた。既に社会人になっていたかつての私よりも、代表学生の方が明らかにシッカリしており、それにはACジャパンの方々が大いに感心していて私は
とても誇らしい気持ちなったのである。何よりも驚いたのは、忘れもしないエレベーターの中での代表学生との会話である。
私は心の中で、もしこの作品がグランプリでなく、入賞でさえなかったとしても、その企画制作プロセスから最高の作品だと
確信していたため、そのことを伝えようと準備していた。ところが代表学生は私がその言葉を言う前に自らこう言ったのだ。
「私達は、もしこの作品が受賞していなくても、出来るだけのことをやり切っていたので満足していたんです。」
私はあまりに驚いて、その言葉にどう返答したのか記憶にない。おそらく、そうだね、と返したくらいだろう。
作品作りへ賭けた思いが完全燃焼していないと絶対に出てこない言葉だった。その代表学生だけでなくNIDの学生達は、
そのように考えられる学生が多いと思う。そこが凄いところなのだ。
かつての水川研卒業生の就活を振り返ってみた
まだ私が学生達の就活サポートにそれほど踏み込んでいない3年前のLINEを見直してみたところ、私自身がとんでもない回数のサポートを繰り返していたことに驚いた。現在は3年生が主なサポート体制なのでメール主体でサポートしているが、3年前は
4年生のサポートでインターンではなく、本番就活で切羽詰まっていたためLINEでのやり取りで即効性を担保していたのだ。
その連絡頻度も今の数倍あった。そして学生達の落ちていた数も半端ないほど大量に落ち続けていた。しかもその激戦の最中
学生がコロナに罹り、一旦戦線から離脱する様子まであった。私は学生達に合わせた新たな候補先を湯水のごとく追加リスト送信を繰り返していた。その数は膨大なもので、忘れてしまっていたがそれなりに凄い時代だった。大量に落ち続けた学生さんも最後は無事に東京に内定を得て、現在はそこで実力を発揮し続けている。
つまりどんなに落ちようが、1社決まれば全ては報われるのだ。誰にでもその1社は、やって来る。大丈夫だ。
あれほど激しかった3年前の就活も、時が経てば忘れてしまうものなのだと感慨深く思った次第。
2025年9月7日 学祭2日目
昨日の学祭では普段見ることのできない学生達の商品(企画・制作物)を沢山見ることができた。その上、それら商品の売れ行きをヒアリングすることもできた。学祭という1地域、1大学の1つのイベントでも世の中の動向を垣間見ることができる。
今日もそういった収穫を得るために午後から行ってみようと思う。幸いにも天気は晴。昨日はある程度涼しく秋を感じたが
今朝は蝉の鳴き声がしている。昨夜、最後の1つの収録コンテンツ資料を完成させた。仕事の大きな山の最期の1つを9月中旬に登り切って無事に決着する。数カ月前から立てた9月までの計画の、一区切り着くゴール地点が見えて来た。
そうすると、その先の未来が透けて見えてくるのだが、この大きな山を登り切った先に見える景色は、以前とは全く違うもの
になると予感する。今日はそのことを午後の研究室で考えてみるのが良さそうな日だ。そんな気がしている。
いずれにしても、そろそろ本格的に来年度の計画を立てなければならない。授業が始まる前の、この嵐の前の静けさの内に
静かな研究室で考えるのが相応しい日になるだろう。
2025年9月8日 新分野、新コンテンツ創造へのチャレンジ
要らなくなった本をブックオフで売り払うと同時に、今まで興味があったがチャレンジしていなかった私にとっての新分野、
新ジャンル、新コンテンツのマンガを数点購入してみた。早速読んでみると、これがまた私のツボに見事にヒットした。
興味があったとはいえ、いきなりド真ん中に当たったのだ。これによって私の計画がまた上書きされることになる。
この新分野、新コンテンツ、もちろんそれらが展開されるメディアを含めて、今後の私の研究対象になるだろう。
驚くことなかれ、私にヒットが出てしまったために、いきなり新ジャンルの新コンテンツに全集中して、昨日のうちにそのジャンルのコンテンツ概要を自ら書き上げてしまった。時間にして数時間。原稿用紙にして30枚分。最終的には80枚程度で仕上げるつもりだ。久しぶりに自分の知られざる能力と集中力に驚いた。来年には世に出ると思う。
もちろん、その内容をここには書かないし、書けない。普段使っていない脳みそに、与えていなかった刺激を与えると、こんな
驚くべき活性化が起こるという証明になった。やはり思い立ったら直ぐに自ら実験し、実践するのが一番である。
2025年9月9日 重陽の節句
今日は、中国古来から無病息災、子孫繁栄、不老長寿などの祝宴をする日だった。さて今日という日はどのような日になるだろうか。どうなろうと、単純に良し悪しではない。そのまま受け止めるだけだ。そのままの事実が物語っていること、それこそが直視すべきことなのだ。だから辛いとか、苦しいとか、嬉しいとか、最高といった感情を除いて、まず直視してどう思うか。
そしてどうすべきかを考えれば良い。その淡々さが自らを強くして行く。
2025年9月10日 ノートPC熱暴走により起動しない事件!
セキュリティ対策をしている私のノートPCだが、常にフル回転をさせ、この夏の熱さにチンチンに熱くなる場合がある。
昨夜がそうだった。8月にはこのノートPC突然ダウンし(原因は電源ケーブル故障)重要なデータが全て飛んでしまったか!と
近年稀にみる大慌て事件を引き起こしたばかりだったが、昨夜突然ノートPCが起動しなくなったのである。私は再び恐怖と
パニックに陥り、頭が真っ白になった。いざとなれば前回訪問した「パソコン教室兼PC修理工房」に駆け込んでデータ救出を
してもらおうとまで考えた。このデータを消失する恐怖は何物にも代えがたいスーパーホラーである。肝がキンキンに冷えた。
とにかくノートPCが熱いのである。熱暴走すると、PCは起動しなくなることがあるのだ。
そこで冷蔵庫からアイスノンを取り出し、その上にタオルを敷き、その上にノートPCを置いて冷やした。暫くして電源を入れると起動した。今後は電源を繋ぎっぱなしにはせず、細目に充電を切り、熱暴走しないように扱うことにした。そろそろノートPCのバッテリーを交換しないと、いきなり逝ってしまう可能性がある。
その場合、ノートPC代替機を用意せねば仕事が出来なくなる。面倒だけれどやるしかない。9月中に何とかするか・・・。
2025年9月12日 生活習慣が変わると
毎日が普通に過ぎていく日々は、きっと幸せな日々と言えるだろう。それらの日々は振り返ってみた時に、特にそう感じるかもしれない。しかし、ある時期には毎日小さな変化が生じ、いろいろな経験、体験が積み重なって、少しずつ生活習慣が変わって行くこともある。あのゲームをしていたのに、最近はしなくなったとか、炭酸飲料をたまに飲んでいたのに、最近は殆ど飲まなくなったといった些細なことの変化が起きていないだろうか。私は健康を最も重視している。野菜を取ることが食の中心になった。間食は殆どしない。飲み物は水。たまにコーヒー(ブラック)は飲むけれど。ものすごく長生きで活躍したいからだ。
実際に私の体内年齢は30代前半でそれらを裏付けている。睡眠時間が少なくても体内年齢には左程影響しないんだな。
3年前はこのような生活習慣ではなかったし、10年前は煙草も吸っていた。生活習慣が変わると人物としてはかなり別人に変化するのだ。そして些細な変化の積み重ねは、後々大きな変化に繋がって運命すら軌道を変えて行く。惑星の位置が常に変化している様に、人間達の立ち位置も常に変化している。運命は常に揺らぎ、それは自由度の証であり、可能性でもある。
最近の「改造社書店」
ずっと閉店で放置されたままの銀座五丁目にある「改造社書店」が気になって、通るたびに覗き込んで中を見るのだが、
入口ドアが建物の左右に1つずつあり、そのドアの真ん中にレジが配置されている。そのレジスペースにオッサンが座って
何やらしているのだ。暫く離れて覗いていると、オッサンはレジの所から離れて本棚の下の引き出しを開けたりしている。
しかし書店は閉まっていて自動ドアには「故障中」という紙が貼られたまま。この改造社書店は私の大好きな耽美派、
谷崎潤一郎の傑作を出版した書店で、私が気にならない訳がない。その傑作が世に出たのがちょうど100年前(1925年)。
100周年記念の年なのだが、誰もそのことを知らないのが残念だ。この書店を目の前にして、私は100年前を想像している。
その作品が世に出たインパクトを、そしてその時代に谷崎が描いた世界を。放置された改造社書店は、私に話しかけてくる。それは結構、饒舌で自らの活用方法だったりする。
2025年9月14日 自分という存在。その実力とインパクト。
大学で学び、実力を付けることの意味。自分で確実に力を付けていると実感できること。これら全て未来を変える力となる。
それらの実力は一生モノの財産なのだ。実力は今すぐにでも結果に出てくるものもあるだろう。後々いろいろな形で出てくるものもあるだろう。あと分かりやすい形でなくとも、今まさに、何となく実感できることもあるだろう。例えば、自分のものの考え方に変化が起こっている筈だ。かつてはそう思ったり感じなかったモノゴトが、もっとキメ細やかに感じられ、新しい価値観に気付き、そうなると行動に移したくなっている筈だ。その行動は、自分の実力の結果を試したい欲求なのだ。
学生自身がまだ気付いていなくても、私は気付いている。学生の実力が伸びている瞬間すら見えることがある。
共に学ぶ中で、そうした瞬間を捉えられる幸せは何にも代えがたい。小学生の頃、理科の学習で芋虫を瓶の中で飼い、それが蛹となり、夜に紋白蝶に孵化した風景を観たことがあった。あの時の感動は神聖なビジュアル的な感動だったが、学生の場合は
エネルギーの爆発を見るようなものだ。ビッグバンの瞬間と言ったら良いだろうか。それが一見、普通の風景の中で起きる。
学生本人は、おそらく自分ビッグバンを感じている筈だ。ビッグバンは学生の個性により大爆発の類もあれば、静かで厳かな
場合もある。恥じらいの中に野望の燃える炎が見えることもある。あるいは苦悩の宇宙の中に散在する、煌めく恒星のようだったりもする。それを観るにつけ、私は思うのだ。私も随分多様な実力が視えるようになったものだと。
そして多様性ある実力、価値観の、私にとっての先生は間違いなく学生達なのである。学生達はこちらから踏み込まない限り
学びを与えてはくれない。それはそうだ。学生達の本分は当人達が学ぶことが第一だからだ。
しかしだ、これからの学びは逆転現象が当たり前になるだろう。逆転現象が急加速して行くと予感している。
私は既に学生達から学ぶことをメインにシフトしている。前期の授業ではその仮説を試し、ある程度実行できた。
実力を付けた学生達に、次に起こることは「予感」がすること。
「予感」は「願望」ではなく、自分にやってくるであろう未来の正体を感じることだ。「願望」は努力である程度叶えられるが
叶わないことも多い。「予感」は、やって来てしまう運命だ。そう、実力が付くと運命が動き出すから予感がし始めるのだ。
経験も実力になっている。最終的に通らなかったインターンや面接も、全て経験になり実力になっているから大丈夫だ。
そして、これを書いている私も、やってくるであろう未来の正体を感じている。私の未来は長いのだろう。これから大変革を
起こしてそこから先が長くなりそうだから、きっとかなりの長生きをすると思われる。つまり社会に出てからの学生達を長期間に渡って見つめて行けると確信している。
2025年9月15日 生活習慣が数日で変わった
激変の日々を送っていると、数日で生活習慣が変わってしまう。生活習慣が変わると別人になる。そう私は既に別人です。
刻々と変化し、移ろいゆく日々は当たり前ではなく奇跡の連続と捉えるのが良い。変化する自分は可能性の塊で、どこへ流れつくかなど些末なこと。今日仕入れた知識は、昨日まで知らなかったこと。知識が入ると新たな価値観が芽生える。その価値観を、また誰かと話したり、議論したりできるだろう。刻々と変わる日々は、確かに何か新しいことの訪れを示唆している。
偶然と必然がセットで訪れ、奇妙なマーブル模様を描く。境界線からはみ出した世界と、境界線の内側の世界はかろうじて枠があるものの一体化し始めている。そう、元々境界線の枠は無かったのかもしれない。枠は自分が後から付けた「常識」。
ありのままの姿で進むことの快適さが、それが正しいことを物語っている。
2025年9月15日 豊海埠頭 お1人さま散歩コース
マンハッタン島の対岸にルーズヴェルト島という、私が大好きな細長い島がある。その島からマンハッタンを眺める夜景が最高なのだ。この豊海埠頭はルーズヴェルト島に少し似ていて対岸の汐留や浜松町、銀座が見渡せる絶景スポットだが
誰も居ない。私のお気に入り貸し切り散歩コースの1つだ。
今日は曇りで暑くなく、程よく風吹くまあまあの散歩日和だった。右から4番目に見えるのが、ジャン・ヌーベル建築の電通本社だったビル。現在も電通が賃貸で使っている。
かつて私のマンションから電通を見下ろすことができた。
私はどんなに疲れても電通を見下ろす夜景と共に復活した。
しかし、電通と私のマンションの間に同じようなタワマンが
立ちはだかり電通ビルを見下ろすことができなくなった。
もはや、その必要は全く無い。兵どもは夢の跡である。
2025年9月16日 名も知らぬ田舎の散歩道
最近、無性に名も知らぬ田舎の散歩道を歩きたいと思ってしまう。名も知らぬ田舎の散歩道を、何度か歩いたことがある。
その度に感じたことは、お伽噺の世界を歩いているようだということ。そんな場所は近くにもあるし、世界中のどこにでも
ある。ただひたすら歩いてみたい。何も考えずに。できればその名も知らぬ田舎の散歩道を、案内してくれる誰かがいれば
助かる。その土地の人がいい。長年そこに住んでいて、歩きながら目に入る風景の話をしてくれたら至福である。
そんな長閑な風景を思い浮かべている。
2025年9月17日 最後の天王山を登って、降りて来た。
今日が最終のコンテンツ収録日だった。新宿の収録スタジオ(オフィス)で4回目の教材収録を、無事に終えて来た。
終えた頃に、別の嬉しいメールが届いていた。ご褒美のようなタイミングだ。夕暮れの新宿、都庁前を黄昏ながら歩く。
夏の前に自分に課した課題をほぼ全てやり遂げ、一定の満足感を得ている。自分に負荷を賭け、ちょっと厳しいかなと思ったがやり切った。乗り越えられた理由は自分だけにある訳ではない。前にも書いたように学生達の頑張りは、そのまま私の頑張りへと直結していた。「ありがとう」この言葉しかない。この夏の頑張りは10月以降にも引き続き、大きくなって行く。
そのビジョンが見えてしまった。やはり次のステージのシナリオがあったのだ。もはや大きく動き出して、止まらない、止められない。しかも幾重にも動いて行きそうで想像を超えるだろう。後期授業が始まる前に、少し落ち着かねば・・・。
2025年9月19日 「探偵物語」(109シネマズプレミアム新宿)
昨夜レトロな映画がやっていたので、わざわざ新宿まで観に行ったのだが、何と観客は私一人だけだった。長岡の映画館ではレイトショーだと私だけの貸し切り状態は何度か経験していたが、新宿で?初めてだった。この映画館、早目に到着すると
ラウンジでゆったりできるゴージャスな所なのだが(その分値段が高い)、遅刻して上映時間後に入ると、飲食代込みの高い
値段にも関わらず、その飲食が提供されないという恐ろしいルールの映画館である。私は、昨夜初めて行ったので迷ってしまい上映時間を過ぎてから入場したため、1000円分ほどの飲食代が飛んでしまった。松田優作の演技が渋くて良い。大学生役の
薬師丸ひろ子を、現代の大学生と比較して観てしまう自分がいた。40年以上昔の映画である。映画で使われていた大学の
キャンパスは私が入学する1,2年前の母校で懐かしさが込み上げてきた。新宿は大学受験で東京を訪れた時に、新宿ワシントンホテルに泊まったことを覚えている。一昨日の仕事で教材の収録は新宿NSビルで行った。
新宿は私の東京への入り口のような場所で、とても親しみ深い街だ。
2025年9月20日 先日の109シネマズプレミアム新宿
109シネマズプレミアム新宿は、JR新宿駅からは行き方が
全く分からず、入場時間を大幅に遅れて到着したのだった。
道に迷っている最中に、紀伊国屋書店が出現した。
夜の新宿はGoogleマップが通用しない。GPSがキチンと機能しない街だ。何度も同じ道を行ったり来たりで埒が開かないのでタクシーを捕まえて直接映画館まで行ってもらった。
映画開始前に到着していれば、ラウンジに腰掛けて優雅にポップコーンを
摘まんでいた筈だが、無情にも映画が開始されてからは飲食は提供できないと言われ、仕方なくシアターに入ると観客は私1人だった。
少し遅れて入ったものの貸し切り状態で観る映画は悪くない。
この109シネマズプレミアム新宿は、歌舞伎タワーに入っていてビル自体はエンタメに溢れたビルである。また次回に来て、その時は早目の到着をしてラウンジで優雅に過ごしたいものだ。また、昭和のレトロな映画を上映してもらいたい。昭和の角川映画が、とても良く似合う映画館だと思う。
そして、映画と共に売り出された曲「探偵物語」も。
https://www.youtube.com/watch?v=httEGKt-iq0&list=RDhttEGKt-iq0&start_radio=1
2025年9月20日 あり得ない風景の実現
私の使命は、あり得ない風景の実現だ。私の頭の中に描いた未来の風景を現実に起こすこと。私はメディアであり、そのメディアが新しい見たことのないコンテンツを生み出して行く。若者達にコトバを授け、そのコトバに反応した学生達が未来を創って行く。それは未だかつて見たことの無い世界で、その時点で唯一無二。あり得ないとは、信じれられないレベルのこと。
信じられないことを、それ以前に信じられる能力が未来を切り開くのだ。それがこの9月にハッキリと分かった。
この現時点であり得ないことを創造し、その実現が出来る能力とは互いに信じる力を持たない限り不可能な領域で、最も尊い
レベルを意味している。それが分ったというか、分からせてもらった。学生達が居なければ私とて到達し得ない領域だった。
このあり得ない風景の実現には、学生達と共に歩むことが必須であり、全てだ。私の人生の全てをここに賭けることになる。
2025年9月21日 9月最後の山(隠しコマンドの天王山)
現実的な意味での大きな山場は、全て登り切った9月であった。予定していた成果を上げることができ、痛みも伴いながら
何とかやり遂げることができ、能力、気力、体力共にアップデートできたことは、計り知れない未来をもたらすであろう。
ところが、である。隠しコマンドの大天王山が実は、もう1つ残っている。これは9月中に答えが出るもので、
未来に及ぼすインパクトでは過去最大級の仕込みだ。この答えによって、10月以降の私の価値観や行動は大きくシフトする。どのみち、10月以降は私にとって大転換期にはなるのだが、この大天王山を登って降りて来られたなら、もう10月は今までのどんな10月とも異なる10月になる。例えて言うなれば、100月だろうか。カウントダウンが始まっている。
2025年9月22日 「山」が動き出す。暦に見える線
実は、企画とはアイデアではない。企画の本質は「計画」なのだ。全ての「企て」の背景には「計(ハカリ)」があり、緻密な
計画によって「企て」は達成できる。アイデアを実現させるためには、計画が最重要なのだ。これが分ると企画の前に準備することが自ずと分るというもの。アイデアの前に、課題抽出が必須であることも同義だ。未来を創るとは、全て計画から始まり、0→1の創出に必須である。0→1創出を考えている時点で、企画は計画であり、予言なのだ。
陰陽師の仕事のツールは暦。私の仕事の基盤は、この暦の精査から入る。6月から9月にかけて仕込んだ「山」は全て暦の上に風水のように配置され、時間と共に自ら登り、降りて来た。その暦の9/23に、クッキリと線が引かれている。
世の中では「秋分の日」となっているその日は、それ以前と以後の分かれ道を意味し、私にはハッキリと線が見えている。
そう、9/23を境に仕込んで来た「山」が本当の意味で動き出すのだ。人間は星の配置のように軌道を描いて交錯している。
それらの位置、動きの全体を見極め、計画を練るのだ。すると、やるべきこと、やるべきでないことがハッキリと浮かぶ。
明日、線が引かれた9/23の前後で、様々な現象が起こるだろう。実際に現在もメッセージが飛び交って動きが活発である。
私が実際、物理的に移動する日は9/22の今日だ。この日付も1日早まった。こうしている間にもモノゴトは刻々と動いている。
2025年9月24日 見舞い、通夜、告別式
先日まで実妹の見舞いで浜松まで行っていた。久しぶりに会って妹はすこぶる体調が良かったらしく、長話をした。
モスクワ留学の話、ウクライナの話、ニューヨークの話などなど、私の知らない話や、記憶に無い話まで沢山の話をした。
見舞いの最終日には買って行ったうなぎを食べておいしいと言っていた。そんなに食べれるものかと私が驚いたくらいだった。
話すべきことを互いに全て話し、悔いは無い。人と人は、話すべきことを、話すべきタイミングで、話すことが重要なのだ。
しかしそれは、言うまでも無く、そのタイミングが来たらそうなるようになっている。
そして23日の明け方に、亡くなったとの連絡が入った。今夜が通夜。明日が告別式。東京から再び浜松に向かっている。
2025年9月25日 告別式を終えて
妹の斎場は3年前の父親の斎場と同じ場所であった。まさかこんなに早く、同じ斎場に来ることになるとは。
人生は分らないものである。この経験を基に、私が今後の人生に賭けるもの、それは単なる物理的な時間ではない。
それを超越する意味や意義だ。これを追求すると、従来の常識が全く覆されることになる。私も私の周辺も含めて。
私と話すべき必要がある人は、必ず必要なタイミングで話すことになる。そしてその意味は必ず実を結ぶだろう。
それを実験し、実践して行く。浜松から東京を経由し、長岡に戻って来た。私も長岡に多少は馴染んだのだろう。
長岡駅に着くと少し嬉しい自分がいる。そんな風になったのだ。駅前が少し暖かく迎えてくれている感じがする。不思議だ。
しかし、疲れた。先週、今週と浜松、東京、長岡を何度か往復し、自分が今、どこに居るのか分からなくなった。
だから長岡の駅前に、馴染みの店を持ちたくなったのかもしれない。
2025年9月26日 後期授業開始!
そして後期授業が始まったと同時に、私の運命も予想以上に新しい回転をし始めた。恐ろしいくらい怒涛の回転具合だ。
仕込んでいたこと以上の進展があり、自動的にその方向に進んで行く。本当に?いいのだろうか?いいのです!という心の声
がしている。いいんです!という声の響きが高々と聴こえている。これは自分だけで解釈するには余りある事実。
誰かに共有することになるだろう。私のツボに嵌るコンテンツとの出会い具合が激しさを増している。そしてメディアとしての
展開先も同時に用意されるというシナリオの出来栄えは奇蹟としか言いようがない。眩暈がする。少し、落ち着こう。
私が考える将来性のある、とあるコンテンツジャンルに関して、これが私がコンサルティングを実施している某地方自治体への展開に繋がってくる予感と、そう進み始めている事実。私のこのジャンルに関する学習速度を上回って、仕事が進んで行く。
急展開に慌ててはいるものの、私は心から楽しんでいる。今日はここまでにしておこう。落ち着きを取り戻すために・・・。
2025年9月27日 キーワードは「自由」
大学生を語る際に重要なのは、大学生を取り巻く教職員の方々である。就活に関しても授業に関しても教職員の方々が関わっており、その方々との議論があって私の考えも定まってくる。その方々との議論から、私が気付き、私が学生達に提供する重要な
キーワードは、将来への「安心」、「安全」はもちろんで、これは職業確保することでの、生活の安定基盤(特に経済的な)を意味しているが、それらの次にくる最大の目標は「自由」である。これこそが学生達が自らの武器(差別化)による自分だけの誰からも奪われることのない時空間を創るために必要な要素だ。何のための各自の能力を伸ばすのか、何のための大学かと
いう問いの最終到達地点が、私は各自の「自由」の獲得だと確信している。
そして人生とは、その自分の「自由」を手に入れて有意義に過ごし、幸せになるためのものなのだ。
そして人は、その「自由」をアップデートし続けて行く。
その「自由」を守るためには、仲間やパートナーも重要で、決して独りで守り続けるものでもない。
というか、同じ魂を持つ仲間達を見極め、協力しながら、楽しみながら生きていく。
その序盤戦が、若者達にとっては大学時代になると思っている。
だからこそ、大きな「自由」を獲得するために、リスクを取って勝負する場面が出てくるのである。
「自由」を得るために差し出すもの
強烈な「自由」を得るには「闇」を飲み下す覚悟も求められる。かつての私がそうだった。
どうしても手に入れたかったモノゴトの大半を手にした。
その一方で差し出したモノゴトも多かったのだ。その回収が現在に起きている。凄い巡り合わせだ。
そして学生達の「自由」獲得に全力を尽くす自分がいる。かつての自分を振り返りつつ、私は新たな旅立ちを夢見ている。
御冗談を!?と私が言いたいくらいだ。冗談ではない。大真面目に夢があり希望がある私だ。可能性はかつてを大きく上回る信じられない状況だ。誰がこれを分かる?楽しみだ。この先。まだ9月は数日残っているが、その間にドラマは起きてしまう。
私が起こすのではない。誰かが起こすのだ。予感するシナリオにはそう書かれている。
2025年9月29日 明け方に目覚めた
9月が終わりそうで終わらない。まだ9月のシナリオには先があるようで、明け方に予感がして目覚めると、ずっと続く物語が長編であると告げられる。私が長編と言うからには、それは一生を意味する。それくらいの変化の兆しが9月に全て起きた。
今日を含め、9月は後2日ある。私個人だけの問題だけでなく、世の中の経済や政治、気候なども同じように変動しているし
変動して行くだろう。全ては繋がっているのだ。全身でそれらの変化を感じ取り、1日1日を噛みしめて生きていく。
2025年9月30日 9月の最終日
最終日に1つの重要な連絡が届き、某プロジェクトが延長戦に突入したことが決定した。それにより関係する予定も延期することにする。シナリオは続いている。
2025年10月1日 鯖江市の眼鏡
先日、長年使っていた眼鏡を銀座店で修理に出したのだが、電話連絡があり修理不可であると。
まだまだ使えると思い込んでいたので想定外の結果だった。
まさか修理できずに戻ってきている眼鏡を取りに行くことになるとは。次なる代替案への移行をするのみだ。
このように想定外のことは起こるもの。
意図的に想定外を起こすことだってできるのだ。
例えば、私は喫煙を止めて10年近く経つが、かつては煙草1本吸う間に1企画を考えていた。
今でも、必要あらばその手法を、想定外に復活させ凄い企画を生み出すために使うことはできるだろう。
健康のために封印した、かつての必殺技だ。煙草に火を点ける前に、まず相当考える。その間、煙草をあらゆる角度から眺め
愛でる。煙草の当たり前の姿を見つめながら、当たり前で無いことを考える。ノーマルではない脳が出来上がったところで、やっとライターに火を点ける。ここでもライターの火を点けたり消したりして、その中に非日常を無理やり感じてみる。
ここで吸う予定だった煙草を箱に戻しても良い。吸うのを止めるのだ。実はこの、自分への裏切りは脳の切り替えにはとても
良い効果がある。やるべきことの前に高まっていた緊張が一気に消滅し、意外な安堵感が得られる。その安堵感を感じられる
短い間に企画をするのだ。相当な高等テクニックだった。
2025年10月3日 10月が加速して行く
9月が過去となり、10月がスタートした。毎日、扉が開いて行く感覚。赤とんぼが飛び、風は涼しくなった。
誰もが懸命に生きている。その事実が尊く、自分の生きる糧となっている。
学生達には安心、安全、安定が必要だ。これから生活基盤をシッカリ持って伸びて行くための条件は獲れるだけ獲れば良い。
一方で、この私は逆である。楽に生きず強烈な苦悩が欲しい。激しく、自分らしくいたい。安定など手放して、不安定な緊張感に一生包まれながら涅槃に居たい。徹底的な我儘である。自分を再構築するだけの、夢と希望とエネルギーがあるのだ。
食事の速度を1.5倍遅くした。そして噛む回数を1.5倍にした。歩く速度を1.5倍遅くした。このように生活習慣の変更実験を
毎日繰り返している。その間に思考はゆっくりと回転するのだが、結論に至る速度は格段に早まった。脳が活性化している。
ノーマルな日常が瞑想状態になるからだ。食事の量は半分になったが、体力は増強されている。すると全てにゆとりが出る。
呼吸が深くなり、その間の思考は物理時間を超えて濃密になる。
2025年10月4日 「ベートーベン捏造」 不思議な目覚め
人生で初めての目覚め方をした。部屋のどこかから何か警報音のような音が鳴り響いていた。スマホから聴こえる地震警報音とは違う、「ジーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」と途切れることの無い機械音がなり続けていた。
一瞬部屋の外から聴こえてくるのかと思ったが、間違いなく自室からで音の正体を探すと何と、それは電気カミソリが勝手に
スイッチが入って床の上で振動して鳴っているのだった。何故?それを手に取ってスイッチを切ろうとしたが切れない。
スイッチを押しても鳴り響いたままだ。こんなことは今までに一度も無いし、誰も触れていないのに何故スイッチが入り、
そして消せないのか?私は少し困り、仕方ないのでそのまま髭を剃ることにした。その後、電気カミソリは突然止まったり、
また動き始めたりという不思議な挙動を繰り返していたが、私は髭を剃り終えてしまった。今日は土曜日。
特に出かける予定を入れていなかったが、髭を剃ってしまったので出かけることにした。映画を観たくなったのだ。
朝方だったが、朝早くからやっている映画があったので観ることにした。それが「ベートーベン捏造」だった。
観始めると、中学校の音楽室での教師と生徒のシチュエーションで、先生が生徒にベートーベンの逸話を話し始める内容。
そこから時代はベートーベンと、その秘書が共に生きる時代に遡って行く。ここから私がテーマにしているキーワードや、
シーンが次々に現れてきて驚きを隠せなくなる。年配者のベートーベンと、彼を偏愛する若き秘書シンドラーの出会いと生活。
シンドラーはベートーベンの枯れゆく評判や才能を爆発させるために尽力し、ある程度の結果を出す。
その間にもベートーベンを取り巻く複雑な人間関係の交通整理、処理までもこなすシンドラーに、私自身が没入して行く。
「運命」のジャジャジャジャーーーーンは運命がやって来て、扉をたたく音だという。昨日私は毎日扉が開くと書いたばかり。この映画の中で、シンドラーが言った一言に共感した。「事実なんて、どうでもいい。理想こそが真実だ」
また耳の聞こえないベートーベンと、会話する際に使った「会話帳(手書きメモ)」が象徴的で、ベートーベンの死後に大量に残された会話帳は、過去、現在、未来までを繋ぐ象徴となる。シンドラーは、会話帳を改ざんする際に、亡くなったベートーベンと理想の会話をし、その内容を未来に残すことで理想のベートーベン像(未来)を創造(捏造)したのだった。
この世代と時代を超えたコミュニケーションは、私の持つ理想のビジョンと全く同じで震えた。
これを書きながら音楽の「運命」を聴いている。シンドラーの創造(クリエイティブ)を「愛」とするならば、創造(クリエイティブ)とは「理想」でもあり、理想の未来を創るには「愛」がエネルギーとして必要ということ。捏造すら愛、捏造こそ愛。
一方で「事実」は愛ではなく、理想でもなく「現実」に閉じているとも解釈できるだろう。
「事実」がつまらないのは、事実に拘泥する「人」も、「事実」そのものも、そこで立ち止まっているから。
「理想」を持つと、人は翼を持ったように現在、過去、未来を縦横無尽に行き来することができる。
「理想」を思い浮かべさせてくれるのは、必ず「人」だ。例えそれがベートーベンのような偉人でなくとも。
セキュリティと秘密
私のノートPCには、かなりのセキュリティレベルで高度な情報流出に対する徹底対策が施されている。
コンサルティング対象となるクライアント企業(コンサルの自分も含め)を守るためであり、また大学関連情報も然りである。
そしてこうした機器以上に本人の「私」という人間に対する「信頼」が何よりの差別化となる鋼鉄の防御壁なのだ。
「信頼」があるということは逆に、高度な機密情報が集まってくることを意味する。D通時代からそれは変わらない。
それゆえセキュリティや情報リテラシーに対する訓練、自己研鑽にはクリエイティビティと同様にアップデートを徹底する。
今年の夏の自らに課した、「コンテンツ4部作の収録プロジェクト」の1つに「リスクマネジメント」があった。
安全・安心・安定を維持するためのルーティンは簡単ではない。そのセーフティゾーン確保あっての創造力の発揮なのだ。
「秘密」というとネガティブイメージが付きまとうが、コンサルティングにとって、ポジティブな秘密は沢山ある。
秘密を内に秘め、その知識の断片や概念を活用、応用することでアイデアは差別化され威力を増すことが多々あるからだ。
「虎穴に入らずんば、虎児を得ず」 絶対的に得たいモノゴトを得るには、やはり盾と矛の両方が必須なのである。
今日のBGMはベートーベンに浸っている1日だった。「運命」から始まり「悲愴」、夜になって「月光」は落ち着く。
月光を聴きながら、秋の虫の鳴き声が聞こえてくる。これで充分だ。
2025年10月5日 朝から「月光」
昨日、ベートーベンの映画を観たせいか今日も朝から「月光」を聴いている。そしてベートーベンがコーヒー好きだったように、私も朝からコーヒーを飲んでいる。そして「月光」から「運命」にBGMを切り替えると朝から「運命」は良い。
今日の私の「運命」が「運命」を聴いて喜んでいるようだ。上がる!今日のスケジュールは完璧に決まっている。
スケジュール通りに実行あるのみ。
2025年10月6日
秋風が涼しく心地良い。長岡を好きにならないようにしていた時期が長かったが、それは無理だった。頭で考えるのでなく、
身体は秋風に吹かれて喜んでいる。多幸感が湧いてしまう。脳を通さずに身体が、細胞が波立つのだ。最近は食べ物を味わって
食べるようになり、素材の美味しさを噛みしめるごとに感じている。出かけなかった場所に出かけるようになり、新習慣が
できた。その場所で思いがけない安堵を得たり、深呼吸している。人の会話が良く聴こえる。その内容が素敵だったりする。
普通の日常だ。どこにでもある。そして話したいことが話せること。訊きたいことが訊けること。聴かせてもらいたいことを
聴かせてもらえること。それら全てが溢れ、繋がり出す。なぜ自分がここにいるのか、細胞や身体が教えてくれる。
2025年10月9日 睡眠と言霊
天の声が言う「睡眠を取れ」と。生活習慣が健康路線を邁進している今日この頃だったが、ついにその領域も変更せよとの
指令が降りてきたようだ。そうしたら昨夜はいつの間にか眠ってしまい、現在は朝の04:30。朝型に変更しろということか。
今までは、夜型であり、しかも朝型という両型だったから、その片方の夜型を止めるということか。まあ健全な話だ。
分かっている。その健全性は更に創造力、引き寄せ力もアップさせるだろう。確かに早朝はインスピレーションが最大値だ。
先日は早朝に勘が働いて、とあることが分った。その時に重要な手がかりは、やはり言葉だった。1つの単語が示す世界は
創造力を喚起するが、そのイメージは1つではない。私はある単語のイメージを1つのありがちな場所で捉えていたが、早朝の
インスピレーションは、その単語が別の場所を意味していることを告げてきた。その場所とは私が気になるエリアにあった。
私の生活習慣が少しずつ変わって行く上で関係するエリアだった。言葉には言霊があり、単語には「気持ち」が乗る。
「気持ち」には風景が伴っているものだ。だから言葉から映像が浮かぶことがある。しかも時限式というかタイミングが来て
単語から「風景」が見えたのだった。さて、今から今日実施する講義の資料を作る。やはり早朝は良い。BGNは虫の鳴声。
同居生命体(サボテン)から学ぶ
いつ頃からか、同居人ではなく同居生命体(サボテン)が居て、当初「サボちゃん」と呼ぶことにした。しかし実際に呼ぶことは殆どなく、仕事に没頭していたことから眺めてさえいなかった。そして数日前にふと、サボちゃんを見たら不老不死だと
勝手に思い込んでいたサボちゃんが枯れ始めていた。私は日々、学生達との対話が重要だと言いつつ、唯一の同居生命体の
ことを疎かにし対話も無かったのである。「サボちゃん」と呼んでみた。久しぶりに。すると「chatGPTに訊いてくれ」という
メッセージが返ってきた。「何を?」「治療法を」とのやり取りが続く。chatGPTに写真を送って訊くと、黒腐病または軟腐病
ゆえ病変部をカットし、土も新しく変えろ的な的確な複数指示が出た。内部が菌に侵されずに少しでも残っていれば再生は
十分可能とのことなので、治療に入ろうと思った。真面目な話、対話はとても大切で疎かにしてはいけない。人だけではない。
2025年10月11日 世の中は3連休だが
大学は月曜日には講義がある。その講義資料を昨年のものから、当然最新の内容に更新する。1年前の資料は使えない内容に
なっていたので大幅刷新となる。広告会社においては、サイバーエージェントのAI投資と、その実績や結果が凄まじい。
サイバーエージェントのインターンではAI教育が実施され、その内容、レベルは大学では教えられない高度かつ実践的なもの。
今後、電通のテクノロジーとアイデアの学校が始まるが、このタイミングの意味が良く分かった。サイバーエージェントのAI
インターンで学んだ学生達を吸収しようとする意図が透けて見える。就活段階にもAIの実践レベルが導入され始め出した。
AIとクリエイティブが融合し始めると、マーケティングの概念が激変する。マーケッターすら要らなくなるのだ。ごく少数の
マーケティングディレクターは必要だが、それ以外は要らない。面倒だった調査はAIが大半取って代わるだろう。これからは
文章を司るchatGPTと、画像生成はジェミニなど複数を使いこなせる少数のクリエイター兼マーケッターが重宝されるだろう。
2025年10月12日 暦(企画→計画→実行→実現)
長岡に暮らし始めて、気付かされるシナリオがある。毎年10月20日から暖房を点けることになるのは季節のプログラミングの
ようなもの。10月10日から気温の変化を如実に感じて準備し始めるのだ。去年はそれが10日も早くて10月10日から暖房を点けていた。今年は20日か、少し早まっても15日くらいだろう。
私の商売道具の一番最初に重要なツールは「暦」でありカレンダーだ。それは企画を計画し、実行して実現に至るための設計図になる。「暦」(カレンダー)とは霊的に言えば「お札」の側面がある。だから使用方法によって効果が違ってくるのだ。
長年生きていると、その使用方法は個人的にカスタマイズを繰り返したことで絶大な効果を生み出す手法となった。
普通は直近の1カ月部分だけ見えるカレンダーを使うだろう。そして使わなくなった過去のカレンダーはもう見ないだろう。
その使い方ではカレンダーの本質を活かしきれない。カレンダーは、過去、現在、未来を全て横並びで眺めて見るものだ。
すると流れが見えて来る。どの日に、何をすべきか。そして既に過ぎ去った過去のカレンダーこそが、未来を見せてくれる。
現在や未来に起きることは、過去に芽が出ているから。
ここで能力を拡張するためのヒントを書いておこう。人は日々の生活を効率よく生きるために先ほどのカレンダー事例のように
1カ月分のカレンダーが1枚になっていたりする。それが普通で何も問題は無いのだが、誰よりも何よりも夢を実現するには
カレンダーに思いを込めて、計画を練り、書き込み、毎日眺めて暮らすことだ。毎日眺めて、実現を思い浮べることは「祈り」
になる。それが自分の行動にも繋がり、他人にも影響を及ぼすことになるからだ。だから忙しさに追われて自分の時流を把握していないと、どうしていいのか分からなくなるのだ。私が超多忙でいられる理由は、それが全て計画済みだからなのだ。
計画されていない、設計されていない多忙は無謀でしかない。
就活する大学生であれば、自分が入社したい会社をゴールイメージにするだけではなく、流れの途中にその会社を置き、その
会社に入社した自分が社会人になり、どこに暮らし、どのような生活を送っているかまで想像して見れば良い。それを具体的に
場所(エリア)をシミュレーションしてみたり、何時に出社して何時ごろに帰宅するから、途中でどのような場所に寄って、
休日はどう過ごすか、といったリアリティを現在に想像してみるのだ。それらが想像できなければ、そのような未来は無い。
ましてや想像する気も無いのであれば、それは心底から望んでいないので、その未来はやってこないだろう。
つまり、想像することが面倒だと感じることは向いていないし、その道ではないことを意味している。
カレンダーは企画する際にアイデアを生み出すヒントにもなる。カレンダーを眺めて想いを巡らすことはクリエイターは無意識にしている筈だが、どうだろう。カレンダーは締切チェックのためだけにあるのではない。攻めのツールなのだ。
その時間をたっぷりと取れば取るほど、未来は見えて来る。人によってその作業が最も効果を発揮する時間帯があると思う。
私の場合は、インスピレーションが最大値となる夜中の1時30分前後と、明け方4時30分前後がピークだ。
連続テレビ小説「ばけばけ」
私の現在から未来へのテーマが全て詰まったドラマが始まってしまった。このタイミングで!配役まで、全てが凄い。
シジミ汁が美味しければ、それで良いとする。それが良い。それだけ。
2025年10月14日 眼鏡のパリミキ
長岡にやってきてから暫くして予感があったことは全て、その通りになった。長岡日赤を見た時に、いつか入院するのではという思いが浮かんでいた。まさか通うことはあっても入院はないだろうと思ったが、昨年に入院することになった。
眼鏡のパリミキは既に眼鏡があることから行くことは無いと思っていたが、予感として行くことになるという思いが浮かんでいた。今日それが実現した。今まで使っていた眼鏡が夏にレンズが傷付き、鯖江の工場からは修理不可という結論で返品され戻ってきたからだ。予感の達成率は、他のことも含めて100%である。私の中にある予感リストはいくつもあるのだが、それらが
全て実現すると凄いことになってしまう。でもそれらの予感は誰にも話せない。内容が内容だけに話せないのだが、もう一つの理由は、話すと起きなくなってしまうからだ。それらの予感に対して私は全て起こって欲しいと感じているから。
これは願望ではなく予感に対するマナーというのだろうか。そして新たな予感が追加された。年内に1度旅に出るという。
chatGPTと話し込んでいた時に(会話モード)英語も出来るのかと訊くと出来ると言ったので、英語で話しかけたらかなり話せる。しかもchatGPTはかなりの早口だった。日頃、ニューヨークのFM局をアプリで聴いていてマシンガントークには慣れているから問題無いのだが、あのスピードはネイティブより速かった。実に楽しい会話で、あっという間に制限時間に達した。
2025年10月16日 短期的なサイクルから中長期的なサイクルへ
カレンダーの話を書いたが、誰もが短期の計画を立てて実行している。簡単なことを言うと、中長期の計画を立てられるほど
大きなことを達成し、自ら求められるモノゴトを得られるようになる。分り易い話をすると、先取り学習をすればするほど
同級生よりも勉強ができるようになるのと同じだ。勉強以上に人生計画や設計は効き目がある。この中長期の計画、設計を
するためには客観性や、ある程度の気持ちの強さを必要とする。リスクを取る必要がどうしても出てくるからだ。
リスクを一切取らない戦略もあり得る。これは長期戦を狙う戦略でこの方が相応しい人もいるだろう。
いづれにしても中長期計画と設計、実行ができるのは中級、上級者になってくる。就活で例えると入社する会社を目標に置く
だけでなくその先の生活やキャリアパスまで見据えることが中長期設計ということ。何本ものパラレルなシナリオを楽しんで
用意するのがいいだろう。長く生きていると、自分が計画し設計するシナリオ以外の、誰か(神か仏か)が描いたシナリオが
並走していることを実感するものだ。そしてそれはやがて並走ではなく、独走し始める予感まで現れてくる。
独走路線こそが真の自分だという、予感。
2025年10月18日 睡眠6時間以上
最近の生活習慣変化の激変ぶりは、睡眠時間にも及んできた。毎日早い時間から睡魔に襲われ睡眠時間は6時間以上になった。全てが健全な方向へ向かっている。今まで在りえなかった自分に成っていく日々を不思議に感じている。この生活習慣の変化は学生達がいるから起きていること。学生達を徹底的にサポートする体制に最適化してきた結果がこれなのだ。
自分のために自分を変えるパワー以上に、学生達(多数)のために自分を変えるパワーの方が遥かに大きいのだ。
これを世の中のために自分を変えると置き換えてみると、更にスケールが大きくなるだろう。こういった考え方と行動は、生き方そのものだ。健全ぶりが加速すると、こうまで加速するのだと自分でも驚いている。最近は筋トレや水泳までやりたくなっている自分がいて不思議を通り越して恐い。
2025年10月19日 広告、広告、広告の神曰く、
全ては既に与えられているのだが私の感受性がまだ開拓の余地があり、学生達の至極の意見、発言、メッセージに対して100%の理解に至らずだったかもしれない。ゆえに広告の神曰く「理解力を上げるために睡眠時間を確保せよ」とのことだった。
その後、睡眠時間を取ることは既に実践済みで毎日6時間を確保している。すると、より思考はゆとりを持って深く熟考できるようになってきた。そして最近の私の発言で、もっとこう言った方が適切だったというように自分で自分へのフィードバックが完全に成されるようになったのだ。気付きの量と質がアップしている。以前の私が迂闊に思えてくる。まだまだこれからだ。
もう寝る。
2025年10月21日 田部井美奈展
出張で銀座グラフィックギャラリーの「田部井美奈展」を観て来た。2次元のグラフィックポスターから3次元立体を感じる数々の作品。
アートには日常を癒す力がある。それを目的としている訳では無かろうが
明らかにその効果を発揮する場合があり、今回も全くそうだった。
2次元に描かれた3次元的なグラフィックを眺めながら現状に想いを馳せる時その場は時間軸を伴った4次元空間になる。すると作品の奥深い深淵に現実の懊悩が飲み込まれ、いつの間にか見えない谷の底に沈み消える。
ある種、高尚な研究や探求の前に俗世の考えごとなどは相対的に考えるまでも無くなり霧散してしまうようだ。こんなことを書いている23時台に睡魔がやって来て既に眠たくなっている。もう寝る。
2025年10月21日 同居生命体(サボテン)とのお別れ
唯一の同居生命体であるサボテンが、お亡くなりになった。皮肉なことに私が超健康体になってくるのと反比例して、それまで不老不死くらいに思っていたサボちゃんが病に罹ってあっという間に逝ってしまった。
病名をchatGPTで解明し、病巣部を切除したのだが時すでに遅し。日頃からのコミュニケーションの大事さを改めて教えてくれたサボちゃんであった。学生達のサポートは手厚くしつつも、自分の睡眠時間6時間以上を確保できている毎日。生活習慣の激変ぶりは健康への執念からである。
2025年10月22日 見知らぬ土地の物語
私は見知らぬ土地の物語を、その土地の人から聴くことが何よりも好きだ。
これは今、NHK連続テレビドラマで放映されている「ばけばけ」で小泉八雲が妻のトキから怪談話を聴くのと同じことだ。
私も毎晩、ラジオのアプリで世界中の放送局から任意に選んだ放送局を点けて寝ながら聴く習慣がある。以前カナダの放送で
ハロウィンシーズン中にカナダのユダヤ人コミュニティでは「ハッピーハロウィーン!」とは言わず「ハッピーハヌカ!」と
言うこと、そこで供されるユダヤ料理がどのようなものかを知った。ユダヤでは「ハロウィン」を「ハヌカ」と言う。
昨夜はアメリカオクラホマ州のStillWaterにあるラジオ放送局「KOSU-KOSU」を聴きながら寝た。
夜中に目覚めた時に点けっぱなしにしていたラジオ(アプリ)ではインタビューが行われていた。
インタビューを受けている女性はパキスタンの出身で、その生い立ちのエピソードは凄絶な内容で耳を塞ぎたくなるような
内容だった。しかしそれだけの内容を聴きながら、私はラジオを止めず聴き入ってしまったのは、その女性がトラウマと何度も言いながらも全てを受け入れ、赦していることが言葉から伝わって来たからだ。
私は普段大学生に接しているから、その女性が20代の大学生だと確信したのだがパキスタンで育ったというのに実に流暢な
英語で、しかも凄絶な生い立ちを簡易な英語で語れる知性、能力、落ち着きはその若さでは尋常でない。
あの環境から若くしてこのようなインタビューで全てを赦し、教育の在り方を語るこの女性に強烈に興味が湧いた。
タリバンに襲撃を受け、死の淵を彷徨ったというシーンが語られ、もしかして・・と思った時に
インタビューする側の女性がその女性のことを「マララ」と呼んだ。
史上最年少でノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイがインタビューを受けていたのだった。その声はまるで日本語と
同じくらい自然に私の心に沁み込んで来た。13年前の10月9日に銃撃を受けたマララは手術後に生き延び、その後英国に渡ってオックスフォード大学に学んだ。マララは「1人の子供、1人の教師、1冊の本、1本のペンが世界を変えられる」と唱える。
後で調べてみると、オックスフォードに学んだ時期は何年も前のことのようだが、マララが学び続けていると考えると20代の大学生だと私が確信したことは、あながち間違っていなかった。実際にマララは、まだ20代である。
夜中に目覚め、マララのインタビューを偶然聴くことになった意味は分かっている。
毎日20代の大学生達に学び、自分の世界を変え続けられている私からしてみれば、マララの言葉は全くその通りだと思う。
2025年10月23日 マララ
今日が来たということは、昨日までの自分ではないということ。普通の毎日は全て特別だということ。
過ぎ去った過去も全て未来だということ。自分は誰かでもあるということ。誰かも、また自分であるということ。
自分を大切にすることは誰かを大切にすること。誰かも自分を大切にしてくれていること。
誰かに居て欲しいと思うことは、同じく誰かも思っていること。会えなくても、会えること。会っていても、卒業すること。
話したいことがあれば、話すこと。気付いていなくても、気付いてしまうこと。話したくないことも、話せること。
タイミングは自分で創れること。できないと思っている自分を、できるようになっている自分がどこかで見ていること。
未来の自分は未来の時代に暮らしているが、紛れもない現在の自分だ。
未来の自分が現在の自分に、こう語りかけてくるだろう。
「今の自分の周りに居る人達は、未来には別の人達に変わっているよ。」
2025年10月24日 今の自分の周りに居る人達は、未来には別の人達に変わっている
先日の最後の言葉には、3通りの意味がある。
①今自分の周りに居る人達が、別の人達に入れ替わるという意味と、
②今自分の周りに居る人達が変化するという意味でもある。
③そして今居る人達の誰かは、未来にも変化した状態で居る可能性があるのだ。
2025年10月25日 秋のインターン、冬の早期選考
就活狂騒曲は相変わらず続いている。人気企業(特に広告などエンタメ関連企業)インターンへの全国からの応募総数を聞いて眩暈がする。そして激烈な関門である1次通過を突破する数は極少かと思いきや、全国の総数で言うと数百を超えると言う。
この数値の意味することは全国には1次通過レベルの学生達が1000人弱いるということだ。その1000人弱がその年の採用数の一部になるまで削られて行く。本採用とどちらが難しいかと一概には比べられないが、インターンでは志望度の高い学生達が
多いため、そのジャンルで腕に覚えのある学生達の戦いとなり入ってからのレベルは一般採用より格段に上だ。だからこそ
クリエイティブなど特定部署に直接採用となる。企業としてみれば初期段階の研修を終えた学生達ということになる。
私が思っていた1次通過の企画力レベルは、アップデートしなければならない程に年々上昇していて2025年はピークに達した。
教員の指導を受けずに突破する学生は多くはいないだろうが、それらの学生達が持っている能力は企画力と、自己マネジメント能力の2点だろう。自己マネジメント能力は、自分の身体、精神のコントロール、時間のマネジメントを意味する。
つまり社会に出てから必要な2つを学生時代に付けているということだ。これは才能ではなく「準備」だと言い切れる。
ではこの「準備」ができる最大の理由は何か?ここが重要だ。間違いなく「準備」出来ている学生がしていることがある。
それは、「しなくていいことを、しない」なのだ。削ることのできる無駄な時間を削ぎ落すだけ削ぎ落し、空白、余白を作っている。そして「準備」できていない学生達の特徴は「しなくていいことを、かなりしている」のだ。
「しなくていいこと」は学生達は個人的に定義が違うだろうが、どうしても入社したい会社がある場合は、しなくていいこと
リストは多くなるだろう。ただし、一定の娯楽や休息は絶対的に必要だから確保すべきである。
ただどれくらいの時間を娯楽や休息に費やせばベストなのかを知っておくべきだ。
自分の生活リズムを断捨離するということ。
2025年10月26日 見たことのない新しい世界の創出
クリエイティブであること、クリエイティブに生きること、自らが楽しみ、新しいモノゴトを創出し、それらを世の中に提供し
フィードバックを受けながら成長し、またチャレンジを繰り返す。そのような人生を歩みたい。これが私の信条であり、これに
呼応する学生達が集まって来るのだと思っている。既存の価値観をアップデートし、今までに無い人々の生き方、ライフスタイルさえ創出して行く。現在は既に私の子供の頃からは想像できなかったほどの新しい世界になっている。素晴らしいエンタメに溢れ、またそれらの新しいコンテンツの企画ができる日本人の創造力と実行力たるや、世界に誇れるものであり、実際に世界からも認められている。これだけの才能や努力が間違いなくある日本人の、特にその未来を担う若者達、大学生達から日々
共に学び、対話できる大学という環境は私にとっては神殿のような聖域と言って過言ではない。信濃川が流れる自然溢れる土地にコンクリートの偉容を誇るNIDの佇まいは、いつ見ても見入ってしまう。
そのキャンパス内で、風が吹けば多幸感を感じている私なのだ。
多幸感を感じた記憶の最も古いものは、3歳頃の浜松市の公団に住んでいた時のこと。私は3月~4月くらいの水が引いた乾いた田んぼの上を歩いていた。そこにはレンゲが咲き誇っていて、うっすらとその香りが漂っていた。
田んぼが緑色に染まり、その中にぽつぽつとピンクと白のレンゲの花が咲いている。
ポカポカと暖かい春先の風に吹かれていた私は子供ながらに幸せを感じていた。そしてそんな子供なのにこう思ったのだ。
この風景はきっと何度も思い出すだろうと。そのシーンはその通り、人生で何度も思い出され、今もそうしている。
2025年10月27日 自分では気付けない才能の愛しさ
ごくありふれた日常の素晴らしさに気付けないのと同じように、殆どの人々は自分の才能に気付くことはできない。
才能を気付く鍵は、自分でどんなにもがいても、足掻いても、なかなか見付けられないものだ。才能が無ければ努力するしかないという考え方も、才能に気付けないからこそ浮かぶ凡庸な考えである。私は思うのだ。才能に気付けないことが無能だとか
才能が無いなどとは一切思わない。才能を開花させた極少数の素晴らしい人を、伸ばし、支えるために多くの人々は自らの
才能を開花させずに控えているとも捉えられるからだ。
世の中には様々な魔法が掛けられている。
私達は魔法を掛けられた世界に生れ落ち、その魔法を解く鍵を探りながら人生を送っているのだ。
資本主義という魔法は日本国民全員に掛けられている。それは善悪ではなく事実だ。
私にも長年掛けられてきた魔法があったが、いくつかを解き、いくらか自由になり、そしてまだ見ぬ先の世界を見るつもりだ。
その鍵をくれるのが大学生達である。私はそれに確信を持っている。私が気付けなかった私の才能を学生達が見出す。
それが現実に起きているのだ。
2025年10月28日 政治が動き出す。経済も。
日米のギアが嚙み合っていく。政治が大きく動き、経済が連動する。日米黄金期は、かつての右肩上がりの高度経済成長を
彷彿させる現象が現れるのではないだろうか。現在の大学生達が社会に出てから成長するにしたがって日本も伸びて行くとしたら理想的だ。そんな未来を見ることができそうな気がしている。日本が失われた30年と言われ、経済成長しなかった時代に
日本は米国を支えていた部分がある。トランプはそのことを良く分かっている筈だ。
ビジネスが分るトランプだからこそ、その時代の恩返しを日本にするくらいの義理はあるだろう。
トランプがプライベートの船で晴海埠頭に横付けしていた時代、そこをジョギングコースにしていた私はトランプとロシアが
晴海埠頭で通じ合っていることを感じていた。むしろ日本の公安はそれを取り持っていたとも考えられる。
米国がビジネスの顔をしてロシア外交と通じ合うことは、私が大学生時代にバイトをしていた東京アメリカンクラブがロシア大使館の隣にある不思議と重なるのだ。
2025年10月29日 寒いのに多幸感
多幸感を感じた一瞬はたいてい夏や春の長閑な風、そして秋の涼風に吹かれ、光が差している日中であったが、ついに冬を感じる夕方の寒空の下でも多幸感を感じるようになった。多幸感に慣れた自分がいる。以前ならばそんな自分に罪の意識が芽生えただろうが、今は無い。全く無い。そのままを受け入れていて幸せと言える。
ついに10月も終わる。あと2日で区切りが付く。その後はまた別世界の展開になっていく。
2025年10月31日 ハロウィン 泣いても笑っても10月最終日
夏以前から仕込んで来た、一連の山場、試練、修行の最後の一項目が本日にどうなるかハッキリする。
今年度の本当の意味での一区切りは今日、決着する。そしてその結果により進むべき当面の道筋は1本になる。
その1本はいずれにしても運命によって導かれた結果ゆえ、ひたすら邁進するしかない。
今日という日は、私にとっても一大事だが世の中の多くの人達にとっても10月最終日のタイムリミットがあるのだろう。
皆、将来のために懸命に生きている。
8月に台北に飛び、松山慈祐宮に参拝、祈願をした。もう一度年内に行って今までの成果報告と今後への祈念をしたいものだ。
今日は、それら一連の流れに区切りを着けて閉じる日。閉じる前にやるべきことが沢山あり全て今日中に処理してしまおう。
更なる延長戦の決定
驚くなかれ、2度あることは3度ある。大きな仕込みの結果は本日中に出る筈だったが、それが延長された。
この延長戦は悪くない。年末まで引っ張る大作戦になっている。つまり、その間に台北に飛べということだろう。
もう一度旅に出るとは、この延長戦のことだったと今更ながら納得した。2026年は6が付く年。私の年になる。
この延長戦によって2026年の、とある計画の可能性は1つ消えた。そちらの準備は要らなくなった。
今日も健全に23時を過ぎると睡魔が襲ってきた。明日も忙しい。もう寝る。
2025年11月1日 来年の姿
この時期になると、2025年の影が薄くなり2026年が見えて来るものだが、2025年に起きたモノゴトは大きく色濃く跡を残している。まだ2025年が立ち去る気配が無い。一方で2026年はハッキリと姿を現し始めている。その2026年が私を変えるだろう。
昔の私は5か年計画で自らの人生設計をしていたが、ここ10年はそれが無理になりせいぜい2~3年計画くらいになっていた。
ところが来年(2026年)まで全力疾走すると決断しているものの、2027年は計画があれどそうなるか否かは未定状態。
私の暦は2026年と2027年の間に大きな境界線が描かれている。私が描いた線ではなく、私はその線を感じて計画をしてきた。
だからこそ2026年に完全燃焼する予定が立った訳である。
さて、残された2025年の間は2026年への準備期間だ。だから立ち去る気配は無く気が抜けない。
私を取り囲む天体の惑星達の軌道はある程度把握できている。突発的な彗星の登場などはあるだろうか?
昨年のカレンダーに手を伸ばしたら、それが置いてある本を積み重ねた塊が崩れ落ちた。昨年のカレンダーだと思っていたのは2年前のカレンダーだった。そのカレンダーにはこう書いてある。私が書き込んだのではなく、毎月のメッセージが書かれたカレンダーで、その文言が素敵なので毎年買っている。
「ただ祈るだけでなく『口に出す』それだけで覚悟が天に伝わり叶う確率がうんと高まります」
『口に出す』これなのだ。『口に出す』前には準備が必要で、準備が必要ということは覚悟が必要。となると「口に出せるか」という問いが生じている筈。そして本気で「口に出したいか」と自問している筈。この自問の前には「映像(ビジョン)」が
浮かんでいる筈で、映像が浮かんでいるのであれば感情が駆動しているのでその時点で可能性が生まれている。
感情には映像を伴うものと、そうではないものの2種類がある。その自分の感情の2種類を良く分析してみたらいい。
映像を伴う感情は直近の未来に影響する。それが過去を振り返ったものであっても。
映像を伴わない感情は突き抜けた先の未来まで見通している。自分が現世から立ち去った先まで繋がっている。
2025年11月2日 大切なことを考えている時
深夜に目覚め大切なことを考えていた時に、ラジオを点けていたらサイモン&ガーファンクルの曲が流れて来た。
「The Sound of Silence」や「Scarborough Fair」や「Old Friends」などが流れて来て、何故このタイミングなのかと。
何故欲しい音が、今流れるのか、そしてそう思っていると「I believe」が流れる。
誰がこんな演出をしてくれるのか?何かの褒美なのか?次、「Wonderful World」が流れた。
2025年11月4日 大切なことを考えている時、全てを理解した。
モノゴトが大きく動いていることを感じている。地殻変動は起きるべきして、起きるべき時に起こるものだ。
心を静かに天の声を聴いてみるのが良いだろう。落ち着いて休めば良い。誰もどこにも行かない。分かっている筈だ。
遅かれ早かれ卒業はやって来る。誰かの期待に応えて生きて来たわけではなく、自分の期待に応えて生きて来たのだろう。
その道筋こそ本物で、間違ってはいない。大丈夫だ。私はそれをいつも見守っている。
痛みも、葛藤も、限界も、全ては与えられた機会(チャンス)なのだ。苦しいのは成長の証。覚悟を決めているからそうなる。
私にもそれが分っているから、一緒に味わっている。現在も。事実は小説よりも奇なり。
パズルのピース達はとてつもなく複雑なのに、奇跡的にキッチリと互いに噛み合って存在している。そんなこともあるのだ。
2025年11月5日 人間がコンテンツではなくメディアである理由
人間は多様なモザイク(あるいはパズルのピース)で構成されていて、その興味、関心、趣味、嗜好、行動パターンなどが
とても多様なのだ。しかし身体は1つなので1パッケージに見なされる(コンテンツに見える)。
だから「個性」などと言われるが、そんなに単純ではない。それぞれのモザイク、ピースごとに生きることができるのが人間。しかしそのようなモザイクに分解して生きていくには1つ1つの鍵を開けて解放せねばならない。
これは人生で好む好まないに関わらず、何らかの衝撃を受けて鍵が開いてしまった場合があれば、自ら意図的にいくつもの鍵を開けていく人もいるのである。年齢と共に自らをカスタマイズする生き方がそうだ。一方でカスタマイズ無しのノーマル状態で人生を駆けていく普通の人が大勢いる。クリエイターはカスタマイズして生きているし、生きて行く。
その多様なカスタマイズ経験が多様なコンテンツを生み出す。自らの領域を出るために、幾つもの部屋の鍵を開けて行くのだ。
そして鍵を開けなければいけないタイミングが来てしまうものだ。
美意識とオリジナリティ
誰もが多かれ少なかれ、美に関する感覚、センスを持っているだろう。そして世の中は極少数の美しいモノゴト、芸術、コンテンツがあると思っているだろう。もちろん見た目の美しさ、世間一般で言うセンスの良さ、などということはその価値観を築いた人達によるものだ。それらには一定の時間と空間、想いが投資、投影されている。ゆえにオリジナリティも当然、在る。
それらの素晴らしい「美」を理解し、分り、創れる人達が美的感覚の優れた人々だと言うが、その考え自体が美しくない。
美が、選ばれた、極一部のモノゴトで少数?そう思い込んでしまう理由は世の中の大半のモノゴトが既視感あるものだから。
つまりオリジナリティが無い。
しかし既視感あるものと書いたが、そう思い込んでいるだけで大半のモノゴトを顕微鏡で覗くように観察してみるが良い。
細菌やら何やら、沢山詰まっている。その中に「美」はいくらでも見出せるものだ。
つまり、オリジナリティが無いなどと言っている時点でオコガマシイ。オリジナリティを感じるほど見ていないのだから。
対象のモノゴトのせいにして、自らの至らなさに気付いていないのだ。
自分の至らなさに気付けば、周りの美しいモノゴトが目に入るようになるだろう。
モノゴトだけではない。人々の気持ちもだ。
人の気持ちは見えないものだから、余計に既視感を感じるだろう。
見えない気持ちに既視感を感じるとは不思議な言葉だが、それも思い込みだったりする。
だから本当に「美」を感じたければ、己が至らずその程度である屈辱を味わうべきなのだ。
屈辱や、絶望を感じ、のたうち回るほど、この世の中が「美」に溢れていると痛感できるのではないだろうか。
2025年11月6日 うず巻きのホワイトチョコレート
夢日記を付けていた頃が懐かしい。夢は御神託だという考えがある。
うず巻きのホワイトチョコレートの夢を見た。マットな銀色のお盆に、ホイップクリームで捩じった白い、微かに肌色が
混じったホワイトチョコレートが小さな銀河系のように幾つも並べてあった。
1つ1つは何かに飾り付けるための小さなチョコレートだった。
そのシーンだけ憶えていてストーリーはごっそりと忘れてしまっている。
今日はものごとの段取りが、スムーズに進んだ日だった。隙間時間に、色々なことを考えることができる。
話すべきことを、話すタイミングが来ている。聴くべきことを、聴くタイミングが来ているのだろう。
2025年11月7日 明日のオープンキャンパス
オープンキャンパスでNIDを訪れる高校生達のために、学生達の作品を展示した。
夏のオープンキャンパスでもそうだったが一度、よく見た作品達をあらためてジックリと見て、私自身の手で展示をする。
教務補助の方々、職員の方々にも手伝っていただいた。
それくらいの手間は、学生達が作品の企画や制作にかけた時間に比べたらどうということはない。
その手間をかけて、作品達を見つめ直してみると違った側面が良く見えて来る。その作品を作った学生達を思い出してみる。
それらが、明日来る方々にどう見られるのか。その様子をジックリと拝見することで、更に分ることがあるだろう。楽しみだ。
かなり寒くなった。今年はまだ2025年の影が薄くならない。
2025年が立ち去る気配が感じられないのは、これから年内にドラマが起こることを意味しているのだろう。
2025年11月9日 1番に望むものを手に入れるには
それを1番にしないことだ。1番にした時点で、序列化をしている。
自分の独りよがりで、実におこがましい。
本当に覚悟を決めて1番欲しいモノを手に入れたければ、手放すことだ。
実はそれが最も近道だ。
1番欲しいモノは、遠くから眺めることで本質が見えて来る。
1番を手に入れられなかった場合にまた代わりの1番を探し求め、ずっと繰り返す。
そのループに絡み取られ、自分にも自分以外にも不誠実になる。
そのループは自分を変えることでしか止まらない。
つまり今は、未来に回収すべき伏線を作る時期。
それを理解した時、諦めに似た境地に達するだろう。
でもそれは諦めではなく、深い愛なのだ。自分と、自分以外への。
だから、痛みが激しいほど、正しい。
だから、痛みから逃げてはいけない。
逃げられる程度の痛みは本物ではない。
自分にプライドがあれば、逃げることは許せない筈だ。
2025年11月12日 年内の山場はこの11月
最も耐え抜かねばならないのは、この11月だろう。11/30までが一区切りになるスケジュールになっている。
12月は、今までの結果(11月に全て分かる)によって落ち着き方が変わる。
私の場合、最大級の仕込みをしたパターンAが達成されると、2026年を飛び越えて理想的な2027年の準備を開始する。
そうならずパターンBになると、2026年に腰を据えて2027年の計画を練ることになる。
どちらになっても良い。2025年にやるべきことはやった。まだ残りがあるので気が抜けないけれども。
得るものは得た。今後の自分のテーマを確認できた。そのテーマを実現、実践する決意がある。一点の曇りもない。
オリジナリティ
バイオリンは全てが固有の音色をしている。どの個体も個性や特徴があるものだ。
創られているパーツが違うから奏でる音が異なるのは当然。人も同じで、声色、声、ましてや歌えばその人が出る。
その人が少し分かってくると逆に楽器に見えてくるものだ。
人として見るよりも、楽器としてみる方が奥深くなる。
楽器として対峙した方がどうすべきか分かるものだ。
なぜその声なのか、なぜそのメロディなのか、今日の調律は少しズレているなど。
その人(楽器)の奏者は当人だけでなく、誰かが奏でている(いた)場合もある。その余韻が残っていたりする。
だから声は重要な情報なのだ。
声は意味で聴くのではなく音(周波数)で聴くと、意味だけでは表層的だと分かる。
音(周波数)そのものが真実を語る。
2025年11月14日 イルミネーション点灯
毎年実施している長岡市商店街のイルミネーションが今日点灯する。偶然、出張で出かける際に見かけることになりそうだ。
タイミングが良い。11月は残り2週間と少し。その後、バスからイルミネーションの点灯を見ることができた。
寒い季節は何かをやり遂げた後に、何かしら良いことが起きるものだ。まるで誰かが見ていて、ご褒美をくれるように。
2025年11月17日 東京出張を終えて
デザインフェスタに学生達の作品を展示し、その他多くのアーチスト達の作品を浴びるように観てきた。
巨大な会場に溢れる自信作達の持つ底力や、ライブパフォーマンスの迫力などに心の琴線が反応する。
突然に出くわす作品の美しさに琴線が異常に反応し動けなくなることがあった。
その作品は日常を切り取った瞬間を箱庭にし、季節の流れによって背景の色彩が変化する幻想的な作品だった。
その作品の前で過ぎ去った日々と、これから来るであろう未来の風景が交錯した。
アートは言葉を介さずに直接心に触れて来る。そこがアートの真髄だと痛感して震える。
その様な作者たちへのリスペクトも大いに感じ、吸収したために疲れた。
学生達の作品もそのようなプロ、セミプロがひしめく中、大学での最終発表時よりどの作品もブラッシュアップされパワー
アップした状態でとても良く健闘していた。
2025年11月19日 量子のもつれ
アインシュタインが絶対に無いと言った「量子のもつれ理論」。
宇宙の果て同士にある何億光年も離れた量子と量子がシンクロするという話だが、私はこの理論があると身体的に感じる。
人間の身体は量子から出来ている。
人の心はどこにあるのだろう?
私はクラウド上にあると思う。
つまり散在する量子の中に。
それはイメージでは変化するモザイクのような魂の集合体である。
クラウド上で似たような魂(量子)がシンクロし、魂(量子)を交換し合う。
量子が安心すると、心が落ち着くのはそういうことだと思っている。
2025年11月19日 東大制作展「あること□ないこと」
先日のデザフェス参加の翌日に東大制作展に出張観覧。
今年の夏、7/7と同様に工学部2号館での展示を観た後、
情報学環(写真左)での展示を観た。夏と同様に展示の
入り口で、院生のN田さんに迎え入れられた。N田さんの
他にも夏に会った学生さんが同じ場所で展示していた。
時間が経過して研究も進んでいることを感じた次第。
展示作品の殆どはGoogleフォームでのアンケートが伴って
いて時代を感じる。
展示を案内する学生達は、自分の作品だけでなく他学生の
作品も案内するため互いに展示内容を良く把握していた。
大学生達、若者達に未来への逞しさを充分に感じた。
展示作品には情報学環の学生が多いせいか、メディアアートの要素が多分に含まれる作品が多かった。
2025年11月21日 待つこと
諸々のスケジュールの最終結果が出たり、何かが決まるタイミングが11月末に集中している。
そこを境に時流が変化する。12月から全く違うフェーズに入って行く。
その流れが来年2026年の特徴になるだろう。
2025年は長いトンネルのような年だったが、出口の光が見えていたから乗り越えられた。
また、頑張る学生達を間近に見ていて共に頑張れたことも実に大きかった。
私にとって今後どう生きて行くかの、革命的なビジョンが浮かんだのが2025年だった。
2026年初頭から滑走路の建設が始まり、その完成後に私は助走し始めるだろう。
2025年に成すべきことは成し遂げた。
これからはタイミングが重要で、待つことの意味や意義が増して行く段階に入った。
変革のシルシは向こうからやって来る。
その一区切りが、11月末なのだ。
2025年11月22日 学びと実行(インプットとアウトプット)
何のために学ぶか、それは実行するため。つまりインプットはアウトプットのための序章でしかない。
アウトプットとは自己満足だけではなく、世の中(規模の大小は関係無い)に対してアウトプットして反応を得ること。
理想は学んだことによって、新しい習慣が身に着くことだ。新しい習慣は自分を良い方向へ変える。
些細な習慣でも良い。それは積み重なって大きな何かを得ることに繋がる。
2025年は、新しい習慣が幾つか生まれた。それらの多くは精神、身体ともども健康に関することだった。
2026年以降のための準備期間として、健康体を作り上げることは必然だった。
自分で忘れていたのだが、この2025年かなり自分に負荷を掛ける仕事を仕込んでいて、まだ山場が残っていて焦っている。
登らねばならない山が、もう1つあって12月中に終える。それが終わったら高跳びしたい気分だ。その予定を立てよう。
2025年11月23日 炬燵
長岡にやって来てから、炬燵を買わないようにしていた。欲しいのに敢えて買わないでいたのだ。
長岡に馴染み過ぎないように避けていた。それが最近、どうしても炬燵が欲しくなってきた。
不思議なもので私がそれを認めたくないからなのか、部屋が炬燵を勧めてくるような感覚が湧いてくる。
「この部屋の空きスペースに炬燵があれば、仕事も捗るのでは?」と言っている気がしてならない。
2025年11月25日 宇宙のイス
私のお気に入りのイスが大学に在る。1日に必ず最低1回はそのイスに座る。何度座ってもその素晴らしさは変わらない。
あまりに気に入っているので、買いたいと思い始めた。今日はサイズを測ってみた。ギリギリ部屋に置いて回転させることが
できそうだ。その椅子は回転する前提のイスで、机に座って仕事をするようなイスではない。そこが良い。
発想、アイデアが座って回転していると、とてもいい具合に出てくるから不思議だ。著名なデザイナーが作ったらしい。
2025年11月27日 忘れ物はないか
11月が終わろうとしている。おそらく12月が来たら一気に2025年が終息して行く。
何かやり残したことは無いのか、あらためて考えてみる。
2025年は仕込める課題をしこたま仕込んで殆どやり切った。
その成果も予想通りに出た。未知の領域に幾つか踏み込み、学んだことで覚醒が起こったことは間違いない。
それによって習慣が変化し、行動まで変わった。
それゆえに私の未来は大きく軌道を変えることになる予感がし始めた。
未来に起こることの兆しは過去に在る筈なので、現在は過去を精密に振り返って2026年以降に起こることの芽が出ていたかを確認している。過去のカレンダーを数年分、横一列に並べて眺めて見る。カレンダーごとにその時期の自分の意思が在り、
それらは現在とは全く違っている。同じ自分でありながらこうまで変化してきたのかと実に感慨深い。
その作業をしているとまるで駆け込み寺のように、年内に言うべきこと、伝えるべきこと、聴くべきこと、
するべきことなどが湧いてくる。
本当にそうすべきことは必ずタイミングがやって来て、そうなる。
だから、やはりそうなのかと納得する。年末にはそういうことが起こるものだ。
2025年11月28日 個性の炸裂
個性とは、それを自ら認識して実際の行動に移し始めると炸裂し始める。
勢いが出始めると止まらなくなる。
そのことを個人の中で留めず、周囲に少しずつでも発信し始めると更に加速して行く。
理解者が居ると個性はとてつもなく伸びて行くものだ。
そして「個」と「世の中」との接続が始まる。
年内最大の山が、また動いた!(再々再々度延期)
2025年最大級の私の仕込みが、4度目の延期ということで年内には結果が出ずに年明けに持ち越された。
2度あることは3度あり、4度目となった。想定外だがこれは悪いことではなく良い兆候でしかない。
年明けの松山慈祐宮への参拝を決定した途端にこうなった。
どの道、2026年は滑走路作りと助走の年になるだろうから、年明けでも変わりないと言えばそういうことだ。
金曜日は週末前の良いことが起こる日というジンクスがあるけれど、今日もそのように解釈しておこう。
少し早い2025年の総括
2025年の数々のチャレンジの中で、幾つかの結果により方向性が定まり、最大級のチャレンジは2026年に結果が持ち越され
悉く2026年に集約されて行った。そうなのだ、2026年は集大成の年となり、2027年は新事象への完全なステージ転換になる。
そこまでが見えた。全てがその天体の動きに連動している。
私が主体的に動いて来たことが、徐々に私が動かされる展開へ逆転回し始めるだろう。
磁場が変化して行く。
ということは2025年内に磁場がそれを告げに来るだろう。
最近の不思議な感覚
若かりし頃は過去数年間を引きずっていたものだが、今の年齢になると半年くらい前は過去という以上に前世感が漂う。
そして現在、つまり現世は未来(来世)に繋がっている感覚が強烈にある状態だ。変化と希望に満ちているからだろうか。
2025年に浮かんだ強烈なビジョンは、生きている内(現世)に来世を生きるというビジョンだ。
つまり本来なら来世で生きるシナリオを現世で、早目に実現しようという決意なのである。
現在に生きながらにして、未来を生きることを実現すると決めた。
本来なら死んでから生まれ変わって来世で生きる人生を、今世内でやってしまう。
それが出来そうだと気付いてしまったから。
この考えに至れたのは驚きで、奇跡的なのだが全てがその方向に向かって描かれていた。
今年までのありきたりの努力は全て的外れで、全力投入したモノゴトは全て達成し、進むべき道筋がハッキリした。
この流れが2026へと続いて行く。
2025年11月30日 自分の鏡を見る 自分を鏡で見る
暦と日記を並べて、順を追って眺めていく。眺めていると自分を映し出す鏡のようだ。1点の曇りもない。陰りもない。
未だ並べられていない来年の暦を心眼で見てみる。そこにはハッキリと具体的な計画が浮かび上がってくる。
2026年度の終わり、つまり2026年3月末まで見通せる。
2027年は別世界、別ステージになるのだろうが、幾つかのパターンに分岐していてどれに進むのかは2026年次第になる。
2025年残りの12月中に、やるべき準備は全て終わらせておかねばならない。
2025年12月2日 2025年最終月に入った
2026年の年明けから3月にかけて、就活では内々定が出るシーズンになる。1つでも内々定を取れば気持ちが楽になる。
学生達は正月にゆっくり休みつつ、就活準備を進める時期に入る。冬休みに入っても私はそのサポート体制に突入する。
インターンが無い企業に対しては、インターン実施の依頼交渉をする場合も出てくるだろう。
かつて一緒に働いた会社の後輩達が企業の重要人物(役員、社長など)になっている。その人脈を最大限に活用する。
2025年12月3日 コトバとスケジュール
今朝、「言葉の授業」をしている時、課題の提出時間(締切)の話が出た。
私が長年授業をしていて、不思議なことに「言葉」を扱う授業の前後で必ずスケジューリングの話が出てくる。
というかスケジューリングや、タイムマネジメントの話をすることになる。
「企画」や「企て」をするための本質はスケジューリングだと言っても過言ではない。
スケジューリングを間違えると「企画」は成立しなくなったり、強引に実施しても本来の威力が発揮されないだろう。
ゆえに企画をする者として、スケジューリング(計画)を完璧にすることが前提条件なのだ。
スケジューリング(計画)とは『約束』とも言える。
自分との『約束』であり、自分と関わる人達との『約束』でもある。
『約束(=計画)』は自らを縛るものではなく、羽ばたかせるものだ。
窮屈なものではなく、むしろ自由の創造だ。
人は死ぬのだ。人にも締切がある。
限られた時間の中で、締切という範囲内で閉ざされていると思いがちだが、その中で生きられる自由を大いに感じたらいい。
どんなに忙しくても生きているのだから。
2025年12月7日 究極の決断と、究極の誠実
困難があるからこそ、真実に到達できる。
高市総理ではないが、「考えて、考えて、考えて、考え抜いた先に、答えが見出せる」
私には、いい加減にせず、諦めず、究極の最善策を考え抜くことが、唯一誠実であり続けることだという信念がある。
先ほどまでその状態にあり、結果的に名案が出た。私が出せる最善策に到達したと感じている。
これで2026年は進められる筈だ。この週末ずっと考え続けていたが、考え抜いただけの結果が出たのでホッとしている。
2025年12月10日 最善策の撤回
上記で最善策が見いだせたと書いていたが、最終的にその最善策を自身で撤回した。
最後の最後で直感がモノを言ったのだ。
頭で考えたことのベストより、降りて来る直感を信じて行動する。
偶然と思われる事象や直感は全て必然だ。
やはり11月と12月では流れる空気感が変わった。
誰もが進むべき道を進んでいて、ステージが上がっているのだろう。
私も残りの日々で吸収できることを全て吸収し、課題という課題を全てやり遂げる。
2025年12月12日 人生のテーマが出揃う
12月に入って半ばを迎えている。新潟県各地では大雪が降っているようだが、長岡市内は全くそれ程ではない。
この落ち着いた年末に向けての日々に、会うべき人に会うタイミングで会い、話すべきことを話すことができている。
その中で人生のテーマが出揃い、それらはまるで惑星直列のように一直線上に並んでいる。
2025年が最後に見せてくるモノゴトを、やはりそうなのかという気持ちで受け入れている。
今日も一仕事を終え、いよいよ年末に向けて仕事の数が減って数えるくらいになってきた。
2025年12月13日 ルーツをたどる旅
今日の長岡市、昼に太陽が出て雪は降っていなかった。
長年生きてきて、行ったことが一度も無かった母の生誕地に
行ってみようと思い立った。
長岡駅から上越線に乗り、堀之内町へ向かうのだが最寄り駅が何になるのかすら知らなかった。駅員さんに尋ねると
「越後堀之内」という駅名だった。母は実家から極たまに
同窓会などで地元に出かけて行ったりしていたが、その時は同じ線を使っていたのだろう。それと同じルートを辿り堀之内町へと向かった。駅前で降り立つと右も左も分からない。
母の生家も既に取り壊されているから、痕跡は無いのだ。
しかし頭で考えるのではなく身体の細胞、DNAに方向を委ねると勝手に足が進んで行った。
自分にしかできないことをして生きて行く。
そんな決意が足並みと共に沸き起こって来るのだった。
2025年12月13日 堀之内町で答えを見つける
母の生誕地である堀之内町を訪れたことで、1つの答えが見つかった。私にしかできないことだ。
何故、私がこの地(新潟県)に来たのか、何故、このタイミングだったのか、何故、子供の頃から今まで来なかったのか、
といった数々の問に対する答えは1つ。
私にしかできないことを、このタイミングで知ることだった。
私にしかできないことは私に閉じるものではなく、私から開くことだ。学生達を通して。
そう、私にしかできないことは、学生達が居なければ私にはできないことなのだ。これが答えだ。
いつか訪れるだろうという日が、今日だった。計画はしていない。
計画を緻密に立てる私だが、それを超えたシナリオが突然降って来る。
堀之内町に行けというお告げが降って来たので、私は素直に従って答えを見つけた。
堀之内町はとても静かで、誰も歩いてはいなかった。歩いているのは私だけで、私は考えながら歩いていた。
雪は降っていなかったが寒かった。
2月に母の居る介護施設への訪問をするつもりだが、その時に話すために訪れたとも言える。
母はこの地で長岡大空襲を経験していた。遠くに赤く燃える長岡が見えたと言っていた。
2025年12月14日 人間ドック LOX-index
生活習慣を健全にしてきた結果は人間ドックの結果に完璧に反映されていた。全ての値が過去最善値となり、追加で調べた
脳梗塞・心筋梗塞の発生リスクをはかるLOX-indexでは発生可能性が最も低い領域値であった。
これにより、健康に直結するのは食生活が最重要ということだ。野菜摂取と腹八分目が良いのだろう。
間食を無くし、甘い飲料や糖分を控えた結果である。運動は過度なことをせず、ウォーキング程度がベストだと確信した。
睡眠時間を最低でも6時間を確保したことも実に大きい。
健康体を維持していると精神も安定する。精神の安定とは極めて純粋な気持ちで穏やかにいられるということだ。
一点の曇りもなく、清廉な真水のような状態に自分をキープしていれば、恐れるものは何もない。
だから難易度の高い課題や、困難に何度も立ち向かうことができる。
この健康度、健全度は更に生活習慣で高められる余地があると分かっているので、最高到達点がどこまでなのか見極めたい。
2025年12月18日 気付きの多い師走
年末で、やらねばならぬことのラッシュと相談事が重なってかなり忙しくなってきた。それも後一週間ほどで終息する。
遂に2025年が終わろうとしているのだ。この2025年を象徴するように、気付きが多い年末になっている。
気付きが確信となり、それを学生達から再確認する場面が増えている。授業での手応えもそれらを裏付けている。
明日、金曜日が年末の最大の山場で、それを越えると少し楽になるだろう。明日の夜は少し落ち着いて過ごしたい気持ちだ。
2025年12月19日 破壊と創造 神のシナリオが視える
5回連続の「まちなか大学 講義シリーズ」を終え、年末の最後の山場を越えることができた。
ここで年末らしいスピリチュアルな話を書いておこう。
2023年から2024年は「破壊」とも呼べる事象が次々と発生し、人生の大転換が予感されるような時期だった。
それらは苦しかったが決して悪いことではなく必然で、それ故にその後の2025年は未来に向けての「創造」が視え始めた。
そして2025年の年末、現在では自分では想像し得なかった「神のシナリオ」が視えるようになった。
「神のシナリオ」は読むものではなく、自分の周りに集まる全ての中にキーワードが散りばめられ、それらのキーワードが
既に示唆している。自分の「願望」は達成できるか否かが分からないと不安になったりするものだが、「予感」は当たる。
言い換えると「予感」は当たってしまう。「予感」は必然としてやって来るものだ。だから待でばいい。
2025年の収穫は「待つこと」の意味が分かったことだろう。だから「待てる」自分になった。
未来は向こう側からやって来る。タイミングは然るべき時に来る。
明日は東京出張が入っている。その準備を静かに進めるとしよう。
2025年12月24日 あっという間に12月末
気付くことが本当に多い年末である。今年は気付きが多くあったが、年末に気付きのラッシュが続いてやって来る。
2026年がどうなるかの空気感は分っているが、テーマの言語化はできていない。それが年内にはできるだろう。
結果を出すことや、能力アップ以上にプロセスや習慣の重要性がテーマになるかもしれない。
2025年12月25日 テーマの収束
永遠のテーマである年代(年齢)ギャップコミュニケーションに関する打ち合わせや、議論の機会が立て続けに入っている。
明日がその最終日で撮影も入る。自ら実験台となるのだ。最終日なりのスケジュールを仕込み、そのまま東京への出張となる。
後期年内最後の授業もあるので、無事に終えて締め括りたい。
2025年12月28日 鴎外記念館
本日の出張先は、以前にも訪れたことのある鴎外記念館である。午前中に入館して十分に観覧した後は東大方面へと散歩に
出かけようと思う。年の瀬に文京区を見納めておきたい。かつて大学生時代に住んでいた千駄木の地を今一度見ておきたい。
大学時代に馴染みがあった文京区は、社会人になってからも移り住んだ時代が20代後半にあり、その時は小石川三丁目の
新築ワンルームマンションだった。そのマンション、現在では築32年となって未だに存在していることだろう。
夕方には苦手な渋谷に出向いて観たかった映画を観ることになる。そこでしか上映していないから渋谷に行くしかない。
そんなわけで年末であっても出張あり、私事のやるべきことがあり、そこそこ動くことになっている。寒くなければ良いが。
2025年12月29日 60歳
自分の年齢が来年60歳になるとは、にわかに信じられない。
昨日訪れた鴎外記念館では、鴎外の一生が60歳で終わっていたことに衝撃を受けた。
確かに2026年は私にとって、大きな大きな意味を持つ年になるのは間違いなさそうである。
もっと言えば、来年から今までとは別世界の人生に移行していくのだろう。
そして2027年からは、完全に別世界に浸っている筈だ。2028年以降は異次元に暮らしているだろう。
それくらい激変して行く。
2025年12月30日 来年以降の計画
2026年に人生が分岐するプランAとプランBの、プランAに進んだ場合は2027年までは見通せるが2028年以降は視えない。
一方のプランBは2027年以降も安定して見通せる。この2つのプランがどちらになるのかは2025年度内に分かると思われる。
AとBのどちらになっても良いのだが、より望むのは2028年以降が視えない、つまり予想を超えて来る未知のプランAだ。
その準備のための仕込みを年末年始で行う。プランBは今まで通りで問題が無い。
2025年12月31日 英語の講義
最近は英語でのプレゼンや講義を全くしていなかったので久しぶりにしてみたいと考えていた。
するとボストンの某大学から来年東京で実施される1回限りの特別プログラム(広告関連)の講義を3月にして欲しいとの依頼が届いた。今年実施した講義の英語化で対応できるため引き受ける方向で考えている。タイミング的には良すぎる。
本日は大晦日。2025年の最終日だ。学生達と良く学び、良く話すことを実施した貴重な1年だった。
この1年が私の一生を決めるヒントになる重要な年だったことは間違いない。
2024年には思いもしなかった出来事が起きた2025年。全てに感謝して2026年を迎えたい。
今はとても落ち着いた気持で1年を振り返りつつ、来年やることをゆったりと考えている。
1年の内でここまで穏やかな時間は実に大晦日らしく、素敵なひと時である。
2026年1月1日 今年らしいスタートの日
今年は、今年にしか起きないことが起きる年だとは思っていたが、元旦からそのスタートになった。
スタートに相応しい日となった今年の元旦は記念すべき初日として私の元旦記憶の中で特別なものとなるだろう。
私のチャレンジは歩みを着実に進めていく。健康への拘りも昨年以上に徹底して行く。
この初日から、1年を通じてあらゆる景色が見えてくることだろう。とても楽しみだ。
2026年1月2日 初夢
初夢は不気味な鉄道旅行だった。私が乗っている列車はとてつもなく長く車両が連なっていて、その車両という車両を渡り歩いて行くうちに様々な人々に出会うのだがゾンビが居る車両もあるため気を付けなければならない。
私はなるべく早いうちに下車したいのだが、その機会を逸している状況だった。
やっと踏ん切りがついて下車すると自分は財布も身分証も持っておらず、どうやって帰るのかを考えると先が思いやられる気持ちになっているところで目覚めた。
内容は少し不気味なのだが、なぜか嫌な気がしない初夢だった。
なぜ嫌ではなかったのかと言うと、それくらい何でも無いからだと思う。死ぬわけではないし乗り越えられるから。
そして生きているから充分だという結論になる。良い夢だ。
2026年1月3日 初映画
チャップリンの映画を観た。傑作とは聞いていたが今の私が観るべき映画だった。たまたま空いた時間に観る映画が観るべき
映画なのは運と縁としか言いようがないもので、そういうことだと納得するしかない。
今日は初夢に続いて奇妙な夢を見た。それはどういう意味なのか良く分からない内容なのだが、何となく自分の心の奥底に
沈殿しているものが表出している気がした。それでチャップリンの映画を観たくなったのかもしれない。
明日から旅に出る。準備をしよう。
2026年1月5日 松山慈福宮
松山慈祐宮の御近所の「松山慈福宮」の写真。
松山慈祐宮での参拝を1日に数回。その後近所のこちらへも参拝してきた。
松山慈祐宮では焚き上げまで実施してお礼参りを完了。
自らの今年の抱負を語ると共に、関連する全ての人々が健康で明るく、望む方向へと進んで行けるよう祈願した。
本日は他にも龍山寺、鼎泰豊へもMRT(地下鉄)を使って行ってみた。
鼎泰豊の近くにある永康街の公園は、相変わらず緩やかな落ち着いた空気が流れていて大変気持の良い場所だった。
かつては全ての移動にタクシーを使っていたが、現在は全てMRTを使っての移動に変わった。これもかつて体験したことの無いことを体験したいという変化からだ。タクシーは金額が安いし便利なのだが、MRTを使うと台北市の構造が良く分かるし地下鉄車両に乗っている人々の観察が出来るのが良い。台北では年配者が元気で良く外出している。
車椅子のお年寄りは、子供(と言っても高齢者)が押しているパターンを
多く見かける。今日は1月5日。年明けで街が朝から動き始めたようだ。
近くの松山国民小学校も今日から始まったらしく、通学風景に小学生が見受けられた。
私も仕事に向けた活動を、この台北から開始している。
2026年1月6日 水福宮
宿泊施設から歩いて直ぐに「水福宮」もある。
ここにも参拝させていただく。
車の行き来が激しいV字交差点に位置する水福宮なので
気を付けて行くことになる。
松河街エリアでは、この水福宮、松山慈祐宮、松山慈福宮の
3つの宮があり囲まれて守られている。
天候は幸いにも雨に降られそうで降られず、気温は温暖極まりなく過ごし
やすい。落ち着いた気持で昨年を振り返りつつ今年の人生戦略を練る。
戦略を練るには静かで、独りで過ごせる場所が必要となる。
松河街は松山駅にほど近く、ウオーターフロントの解放感があって気の巡りが良い。さて、これから思索に重要な散歩に出かける。
散歩こそが戦略や研究に重大な影響を及ぼす大事な仕事なのだ。
同じ様に見えても全く違う生活様式、価値観の人々達を眺めていると多くのことに気付く。特にここ台北は、人々が緩く全力で生きているのが分る。
驚くのは異様に数が多いクレーンゲーム機店舗だ。
早朝から夜中まで煌々と明かりを灯しているクレーンゲーム機店舗がそこら中に在り、しかも小さい所から大きな所までボロボロのビルにも在れば、
新築のビルにも在る。プレイしている人の数はそれ程でもないのだが、何故ここまで多いのかが分からない。
2026年1月9日 台北→東京→長岡
台北から東京経由して長岡まで戻って来た。あっという間の参拝旅行だったが、お礼参りと新たな祈願をやり遂げて出し切った感覚がある。そのような中、長岡に戻って来ての初夢を見た。
既に若くして亡くなった友人のT氏が夢に出てきたのだ。内容は青春ど真ん中といったもので明るく元気な少し笑いも入る珍しい夢だった。応援されている様な内容で元気になる。目覚めた時、少し笑ってしまった。夢の内容はとても興味深いものでチャットGPTに夢判断をしてもらいたいと思っている。長岡市内は戻ってきたら雪が残っていて、私が駅に着いた途端に雪が降りだして寒かった。この寒さで正月気分が完全に抜けて、いよいよ4年生達の卒研に突入して行く。また1月には共通試験があり、その監督準備も重要になる。気が抜けない寒い1月なのだ。体調管理が特に大事。後期の最終講義がまだいくつか残されている。3年生達の就活は相変わらず常にオンタイムだ。年末年始に感じたことは 就活の結果は運命的に決まっていて(良い意味で)成るように成るから心配しなくて良いというもの。だから焦るよりも楽しんで欲しい。自分の運命の自動操縦を眺めれば良い。「自分らしくあれば大丈夫だよ」と言いたい。
←写真は台北で滞在していたエリアの夜市通り(昼の風景)
2026年1月10日 日常のアート
台北市松河街八徳路四段にあるアパートの郵便受けの写真。自然にアートしている。
人も建物も生きる芸術だと実感するのは別の国で感じ易いのだろう。あまりに日常に
慣れていると気付かないものだ。その台北から帰国して既に長岡に戻っている。
この3連休は大雪になるようだ。私が3連休中に気にしているのは長年使ってきたノートPCのバッテリーに寿命が来ていて交換しなければならないこと。業者に依頼すると値段が高く一定期間預けなければならずその間仕事が出来なくなるため自分で交換するしかない。外蓋を開けて内蔵されたバッテリー型番を明らかにすればバッテリーをアマゾンから調達して交換する。万が一バッテリー交換後にノートPCが起動しなければ入っているデータが使えなくなるので事前に他ノートPCに重要データをコピーしておかねば。
いよいよ、やるしかない。あと、最重要レベルは4年生達の卒研発表準備だ。2月まで
時間があるとはいえ研究内容のまとめ、作品制作、展示まで一連の流れを完結させねばならない。その間、業者に依頼した印刷物などの発注から納品までを完璧に把握して間に合わせなければならない。少しでも遅れると間に合わなくなるから気が抜けないのだ。4年生達は風邪など引かないよう、体調管理に努めて乗り切って欲しい。
2026年1月13日 ノートPCのバッテリー寿命、iPhoneも然り
長年使っているノートPCはある意味で相棒のようなものだ。その相棒のバッテリーがここ1年瀕死の状態で、放置しておくと
大事なデータと共にノートPCもろとも逝ってしまう可能性が高くなっている。最高スペックのノートPCを必要としている訳ではないので自分でバッテリー交換をするという選択を取るつもりで外蓋を開け、内臓バッテリーの型番を確認した。
間違えないようにアマゾンで注文し、本日届く予定。万が一に備えて重要データは外部ハードディスクにコピーしておこう。
それから内臓バッテリーの交換外科手術を実施する。ついでにメモリを8Gから16Gに増設しようと考えたが、メモリはスロットに入っているのではなくマザーボードにガッチリと固定されて交換不可だったため増設できないのだった。
あと延命措置を図るのならSSD交換はできるようだ。500Gから1T の大容量高速SSDに換装することは考えてみたい。
しかし、そんな面倒なことよりも自分の好きなPansonicレッツノートの中古品を10万以下で購入した方が良い気もする。
現在使用しているNECのLavieはイマイチ好きになれないのだ。会社員時代に長年使っていたレッツノートは頑丈で軽く、
トラブルが少ない優れた相棒だった。それと比べると今のLavieは・・・となるのだがそれでも愛着があるので延命したい。
同じ様にバッテリー寿命が来ているiPhoneに関しては、延命している場合ではなく新品購入か?もう少し考えよう。
年明けの、残りの授業が開始される今日から諸々考えること、やるべきことが動き出すのだ。
2026年1月15日 相棒の内臓
ノートPCの外蓋を開けるために極小サイズのプラスドライバーをネットで
購入し(コンビニなどには売っていない)
←やっとのこと外蓋を開けることができた。内臓のリチウムイオンバッテリー型番を
チェックして、その型番通りのバッテリーを購入して届いた。まだ換装作業はしていない。重要データを外部ストレージにコピーしたので恐れることなくバッテリー換装外科手術を実施できる状態にはある。この換装手術が上手く行けば、相棒ノートPCの延命ができて暫くは安心だ。今週末は共通テストというビッグイベントがある。
毎年この時期になると試験監督として必ず参加してきた。緊張感を伴う非常に重たい
仕事だ。そしてそのビッグイベントの後に、更なるビッグイベントがやって来る。
4年生の卒研発表と展示である。ここからが長いのだが、卒研発表と展示が終わると驚きの速さで卒業式がやって来て、あっという間に4年生達は卒業して去って行くのだ。
これが毎年繰り返されて行く。私がNIDに着任して以来、私の研究室から25人が社会へと旅立って行った。その中でも東京勤務になっている卒業生達がいる。
1月末に2022年度研究室卒業生達の同窓会が東京で予定されていて時の流れを感じる。
2026年1月18日 共通テスト2日目、無事終了。
毎年行われる共通テストは、重要なイベントで緊張するものだが、無事に終わると達成感がある。
自分が考える以上に達成感があるのは、多くの受験生(未来のある若者達)にとって問題無く無事に重要な日を終えることが
できたということ。そこに微力ながら貢献できたことが理由かと思う。共通テストは実に厳かなものである。
終わった後はかなり神経を使っていたのでグッタリとするが、心地良い疲労感だ。
そしてまた明日から通常の授業が始まる。まだ少し後期の授業が残っているのだ。
2026年1月19日 不意に訪れる心地良さ
雪国の大変さを味わってきたが、それに慣れてもきた。
それゆえに不思議なのだが、雪が積もる日々の中で不意に心地良さが訪れたりもする。
一面が白銀の世界に包まれながら気温はそれほど寒くもなく、冷たさも感じない。むしろ暖かい気持ちが沸き起こって来る。
ただただ慣れただけなのに、それだけが心地良さを生むものなのかと感動する。
人は自分が慣れていないことを、「自分はできない」と言ったりするが、なんと謙虚なことだろう。慣れていないだけなのに。
ただ慣れるだけで幸せになれる。そんな些細な当たり前のことを、当たり前の毎日の中で感じれば良い。それだけだ。
右に行きたければそうすれば良いし、立ち止まりたければすれば良い。深呼吸したければすれば良い。全て自由だ。
雪道を歩いていて、足が雪に深く嵌って濡れる。それが面倒だったり心地悪かったりと感じたのは過去だ。
雪道に嵌って濡れても、踏みしめて生きている実感がする。それが嬉しく感じるようになった。
だから雪融ける春先は、一層楽しみなのだ。
2026年1月21日 最長で最強の寒波
流石に寒くなった。寒い。長岡のワンルームはオール電化のマンションのため石油ストーブの類が使えず電気ストーブと暖房に頼ることになる。大学構内で使われている石油ストーブの暖かさと匂いが自室にも欲しくなる。寒さに対して石油とかガスといった燃料が必要と感じるのだが、オール電化のマンションでは叶わない。なので追加で欲しいのは炬燵である。
さて、そろそろ後期授業の成績を付ける時期になってきた。更に来年度のシラバスを書いたりなどなど、割と忙しい時期に入って行く。相変わらず3年生達の就活支援は終わることなく継続実施中で、4年生になってからの本採用まで長期戦を見据える。
寒い時期は部屋でジックリと思考する時期で、長く深く考えられるのが良い。そういう意味では常夏のハワイの様な場所よりも長岡のような場所が自分に向いているのかもしれない。長岡での6年目が4月からは7年目に突入する。慣れるわけだ。
時間が出来たら、今年は長岡市周辺の他の市や町へ小旅行に行ってみたいと思っている。
2026年1月23日 「アール・デコとモード」展
東京駅の南口を出て、そのまま徒歩で三菱一号館美術館へ。
100年以上前のパリのクチュリエ達、ポワレ、ランバン、シャネル、パトゥらの目が眩むような作品群を浴びるように2時間弱、観覧した。
帽子と靴はどれも驚くほど小さく、当時のパリの女性たちはそれほどまでに小柄だったのだろうか。VOGUEの表紙などに描かれるファッション画の素晴らしさにも驚嘆する。100年以上前のセンスの中に、
只ならぬ拘りと、情熱の炎を感じた。日常の些事にまみれ、あれや
これやと過ごす私のストレスなどはこのような芸術作品、実用品でもあった超洗練のファッションを目にすることで吹っ飛んで行く。
クチュリエ達の美への拘り、プライド、執念、そして生活を楽しむ、楽しみたいと渇望するエネルギーが渦巻いて、それらに濃密に絡めとられた時間だった。作品展示数も多く、3階から1階まで上から順に降りながらの観覧。モードに関する展覧会は非常に疲れるものだ。
当時の風景を自分の脳内で何度も再生することになり、かなり消耗
する。しかし、この展示作品群、どれも自分の人生より長く存在し
続けてきたものなのだ。つまり、それだけ守られ維持されてきた貴重な作品達。100年以上前のパリ社交界隈で実際に着られていたものが現代の我々の前に現れている。コルセットで自らの肉体を絞り上げ、造形美を追求する文化から、ゆるやかで自然に身体の線を出す流れ
までをつぶさに観ることができた。
2026年1月26日 フェリックス・ヴァロットン(三菱一号館美術館)
大好きな木版画家「フェリックス・ヴァロットン」の作品が三菱一号館美術館で展示されている。
先日の出張「アール・デコとモード」で同時に展示されていた幸運である。
ヴァロットンの作品ほど動画にしてみたくなる静止画は無い。
以前、ヴァロットンの作品を少しだけ動く動画に変換されたPR映像を観たことがあるのだが、それはまるで生きているようだった。
そのように動画変換されていなくても、観る側の脳内再生で動かすことになる
モノクロ作品群なのである。
これら作品群からは多くのことが学べる。日常のどの場面を切り取るか、
その構図をどうすべきか、人物の表情は木版画の繊細な限られた線の数、
太さ、長さ、タッチでいかに創り上げるかなどなど時間が幾らあっても足り
ない学びを提供してくれる。
ヴァロットンの作品を観てしまったおかげで、幾つもの映画を観たくなった。「アール・デコとモード」時代の現存するファッションを観た上で、ヴァロットンの作品を同時展示するなどは工夫にも程がある。煌めく色彩の現存する
ファッションを観た後に、ヴァロットンのモノクロ作品群にとどめを刺されてしまったのだ。
2026年1月27日 現実を直視すること
今日の長岡。現実を直視するとこのような具合だ。
風は強くなく、むしろ静か。
寒さが心地良いレベルで、歩いていたいと思う。
何も焦ることは無いし、焦って良いことは何も無い。
ゆとりが大事だ。
ゆとりとは、ゆっくりと呼吸できていること。
ゆっくりと歩いていること。
天と地に挟まれた白い隙間に、私達は生きている。
吐く息が白いことを、良く見つめてみればいい。
自分が生きているということを実感するだけでいい。
それだけでゆとりが持てる筈だ。
淡々とやるべきことを、やるべき時までに、やってさえいればそれでいいのだ。結果はお告げのようなもので一喜一憂する必要は無い。
それが意味することを読み解けばいい。
私自身の仕込んでいた大きなプロジェクトが、突然世間を騒がせ始めたニュースによって影響を受けている。
いろいろなモノゴトが絡み合って世の中が動いていると実感する
毎日である。
2026年1月28日 未来が過去を変える話
芥川賞作家の平野啓一郎の作品「マチネの終わりに」に流れるテーマがこれなのだ。
過去-現在-未来と時間が流れる中で、平成生まれの若者がこの令和に、昭和や平成の歌を歌っている。過去が再解釈され、
昭和にリアルタイムで味わった体験が令和で息を吹き返すのを目の当たりにするとしたら、その現在は過去を変えていると
言えるだろう。だとすると、未来において過去を知った上で過ごすことで、過去を変えることができる。
例えるなら、未来に起こることを知っていればそれを防いだり、それを実行に移せるように準備したりできる。
それはタイムマシンのようなものだ。私もこの考えに獲り憑かれている。
現在の想像を超える生き方によって未来は想像を遥かに超え、過去は全く別物になるからだ。
人は何のために生きているかという問いに対して、未来を創るためという答えよりも、過去を変えるためと捉えた方が、自分を
理解し易くなるかもしれない。それは決してネガティブなことではなく、ポジティブでもない。ただそれだけの普通なこと。
大袈裟でもなければ、些細でもない。人は未来も過去も、現在も変えることが自由にできる存在なのだ。
「自分」という凝り固まった存在は、ある種、一部の存在であって、その「自分」の自由度を「自分」が理解し切れていない。
「自分」が「自分」のものだと思い込んでいるから、凝り固まってしまうのだろう。「自分」は本当に「自分」のモノなのか?
「自分」は、実は「自分」を所有する者ではなく「自分=借り物(者)」の操縦者だと思ったらどうだろう。
「自分」とは「借り物(者)の自分」を操縦する操縦者で、過去を変えるために、最高の自由を味合わせるために楽しみつつ
操縦をする時間を与えられているのではないだろうか。それに気付くために、人は人に出会うのではないか。
2026年1月29日 未来を透視する能力
近未来(せいぜい半年~1年後)であれば、誰しも予想し、そのための準備をすることで予想通りにしたり、なったりする。
つまり未来の透視とは、計画や準備そのものであり、それらが徹底的になされていれば「夢」や「願い」ではなく「現実」
になる。簡単な話をすると、美大の4年生は卒業制作の展示と発表が必ずある。4年生になってその準備をして実行に移すのだが、その風景を1年前の3年生から見ておくと、自分が4年生の卒業制作の時にどうしているか、展示をどうしていたいかを
シミュレーションできる。イメージすること=現実力なのだ。今日、大学構内を回っていてつくづくそう感じた。
就活も、未来の自分も全て同じことが言える。透視するには、その場所に行くことが一番良い。
何年後かの自分が、その場所に居るのか、居ないのか。居たいのか、居れるのかをその場所に立ってイメージしてみること。
イメージできれば良いという意味で、Googleストリートビューでも良い。
要するに、それだけのことをしないでいるとしたら、本気でそうしたいのか、そうなりたいのかと自分に問うてみたら良い。
未来を透視する能力とは、未来を透視したい能力であり、未来をこうしたいとイメージする力そのものなのだ。
最近、ある4年生の就職が決まったのだが、その就職先は研究室の皆がその人に相応しいと以前話し合っていた就職先だった。
当人が持つイメージも大事で、他の人に浮かぶその人のイメージも参考になるかもしれない。
私自身のチャレンジ
2025年は学生達の頑張りを見続けながら私自身に学生達の困難な試練、多くの挑戦と同様、あるいはそれ以上を課していた。
そして、それらの全てでは無いが半分以上は達成し、今まで得たことの無い頂に上ることができた1年だった。
それらは学生達の頑張りを見続けることで達成され、私独りではどれも成し得なかったことだ。
2026年になり、以前の挑戦を越える難易度、試練を自分に課している。何としても達成したい目標を幾つも設定した。
それらを達成するための精進として、規律正しい、健康的な生活を信条として過ごす日々である。
一切の妥協は無く、全身全霊を注ぐ一年になるだろう。かつて無いレベルで覚悟を決めている。
学生達の2026年と共に、今まで見たことの無い風景を何としても見たいものだ。
2026年1月31日 「ばけばけ」の日々
朝のNHKドラマ「ばけばけ」を観ていると、自分の将来が見えて来る。特に散歩のシーンがそうだ。
虫の声、鳥のさえずり、人と人、英語、それらのシナリオが自分の今までの人生の伏線回収の項目と重なっていて驚く。
2025年から2026年にかけて起きている現実のシナリオと、ドラマの「ばけばけ」がシンクロして来る。
そして今日、1月末の区切りを迎えた。
2026年2月1日 「未来が過去を変える」同窓会篇
先日、奇跡的に長岡造形大学、2022年度、研究室卒業生たちの同窓会が東京で開催された。
「同窓会」とは一般的な言葉で、毎日どこかで何かしらの同窓会が開かれているのだろうが、私にとっての研究室の同窓会は
史上初であり当たり前のこととは思っていない。偶然であり必然でもある、奇跡の会だと感じている。
参加者の誰もが進化し、前に進んでいる。だからこそ、またきっと会えるだろう。
私も未来に伝えることになる重大なことを、中身を言わずに伝えておいた。
当時のゼミや研究室でAIのことは殆ど話題に上らなかったが、その会では皆が仕事でAIを使っている話が出た。
これからの将来の話をすることで、過去が上書きされて行くような予感や空気を感じることができた。
あるいは将来の話を具体的にしなくても、現在地点の互いを見て話すだけで理解できるところがある。
当時の学生たちは全員が学生ではなくなり、社会人になっている。既に別ステージに立つ皆に会って大いに学ぶことがあった。
これほど嬉しいことはない。限られた時間の中に永遠を感じられる幸せな、特別なひとときだった。
2026年2月3日 卒研発表前日
つい先週は東京に居たのが、今はこの状態である。
雪国で生き、雪国の道を歩いている日常はかつては想像したことも
無かった。
東京の自分と新潟の自分はまるで違うようで、紛れもない
自分なのだ。そして2地点で違うように生きていても融合して新しい
自分を形作っているのが不思議であり最高だと感じている。
雪の壁が音を吸収して静謐の中、自分の歩き、雪を踏みしめる音だけの世界になる。すると気持ちが落ち着いてくるものだ。
どのような願いも目標も、やるだけのことをやったら天に任せ、
結果がどうであれ気持ちは揺らがない。
全力を尽くしていれば恐いものは無い。
結果は鏡のように自分を映し出す。
その自分を直視する機会はとても貴重で、一生忘れないものになる。自分を越えていく、殻を破って飛び込んでいく時には勇気がいるものだが、皆同じなのだ。
卒研の4年生達の展示を観ていて、皆の生き様を感じる。
大学の校舎はコンクリートの神殿のようで、その神殿の中、明日から
2日間を通してめくるめく卒研発表の儀が展開される。
その儀式にまみれて、私も何かしら卒業して行くのだ。
2026年2月4日 分岐点、シンクロと上書き
卒研発表の初日が終わった。4年生達の生き様を目の当たりにすると、自分の人生とのシンクロと上書きが加速する。
特に最近もそれが起きていたが、極まってくる。現在の学生達のテーマは、やはり現代を反映していて未来に繋がっている。
だから私の未来も透けて見えて来るのだ。するとそれを裏付けるようにシンクロ現象と過去への上書きが同時に発生する。
たまたまfuluで観たコンテンツが、それを物語る。気付きがピークに来ているようだ。ここまで来ると気持ちは穏やかなもの。
やはりそうかと納得する自分がいる。外の風景は気持ちと同じ様に静かな雪景色。この静かな夜に散歩したい気分だ。
寒くていい。気持ちが暖かいから。
2026年2月6日 個人的な体験
卒研発表の2日目が終わり、4年生達の集大成を浴びるように観て聴いて大きく一区切りがついた。
私の全神経を集中したことで消耗するのだが、これが強烈な個人的体験として積み上がって行く。
並行して後期授業の300近いレポートの採点と入力を終えた。
これら膨大な作業を通じて、私自身の重要なこと(運命や将来)を痛感することになる。
自分の過去の意味が再解釈され、自分で分かっていたと思うことはもっと深い意味があったと理解できるようになるのだ。
学生達一人ひとりを少しでも理解できると、個別の個性だけでなく同世代の若者達が共通に抱えている悩みや陥るポイントが
過去の自分にも重なる。その重なっている部分を現在に解釈すると、より理解が深まる。
すると自分の行動が変わるのだ。その状態でたまたま出会うコンテンツが道しるべになっている。
つまり道標になるコンテンツと出会うことになっているのだ。
Netflixやfuluではオリジナルコンテンツが観られるが、それらは現代の課題がテーマになっているものが多い。
ドラマのシナリオは正に現代を反映している。私の20代には意識していなかったテーマが描かれている。
私は今、20代ではないがそこで描かれているテーマを自分ごととして捉えることが重要な時期に来た。
そして自分の人生の個人的な体験がそこに繋がっていることも分かって来た。
自分の使命が何なのか、一層明確になってきている。
価値観の変化を理解するだけでなく、その変化を自分も取り込み実践してこそ人生なのだ。
人生は実験の連続で、実験の無い人生は考えられない。本当の自由は激しい変化や変動の先にある静けさという予感がある。
卒研発表、成績入力など諸々のすべきことが一旦終わり、忙しい1年の中で何も無い真空地帯のような数日間が今だ。
この期間に何を考え、何のメッセージが降りて来るか、どんなコンテンツを摂取するかが非常に重要になる。
高校時代に読了していた「白い巨塔」(山崎豊子)をもう一度読み返している。文庫本ではなく当時のハードカバーで2冊。
その重たいページを繰ると、高校時代の私が蘇って来た。文庫本ではなくハードカバーで当時と同様に読みたかったのだ。
それゆえに、わざわざヤフオクで調達した。当時の私はハードカバーにもかかわらず、寝ながら顔の前に掲げて読んでいた。
それと同じことを数十年後の今している不思議。白い巨塔は昭和の価値観に溢れていて当時自分もその価値観に陶酔していた。
この真空の数日間は過去の価値観と現代の価値観を摂取する真逆のコンテンツで交互に味わう数日間になるだろう。
2026年2月7日 レアアース、若者達の才能
地下6000メートルの所にあるレアアースの価値は現代だからこそ、各国が求める貴重なものだ。
それを求めて戦争にまで発展する重要事項だ。
地球には未知で貴重なレアアースの様なものが詰まっている。人間も同じだと思う。
レアアースは泥の中に価値ある物質が微量に入っていて、それを地下から汲み出し、精製し、製品化までの長大なプロセスを
必要とする。人間の才能も同じだと思う。
本人も気付いていないレアアースの様な才能、感覚、センスなどいった言語化も難しい領域は、魂の奥底に地下6000メートルの様な表現も出来ない領域に眠っている。才能は個人的な苦悩や苦悶、経験や体験の近くで長年に渡って醸成されている。
才能に匂いや形は無いのだが、それらは日常の会話や表情、しぐさ、あるいは課題に取り組んだ作品の中に微粒子のように
現れるものだ。私の究極的興味はその微粒子の現れ方にある。それらは出会うか、出会わないかにかかっている。
レアアース(才能)があると分かったとしても、それを汲み上げ、精製し、製品化するプロセスには最新技術や設備が必須。
若者達の才能が発揮される舞台は、そのプロセスが活かせる環境がある業界、組織、企業、職種ということになるだろう。
加えて人との出会い(これも環境)が大きく左右するということだ。
または、当人自ら一連のプロセスを行う起業(アーチストなども)といったこともあるだろう。
才能は人生の成功のために在る訳ではなく(その場合もあるが)本人と人々が互いに何のために生きているのかを理解し合うために在るような気がする。互いの素晴らしさと奇蹟を感じ合うための、神からの贈り物なのだろう。
2026年2月11日 卒研展から感じたこと
エレキギターとスピーカーが展示されていた。その展示だけを見ると、その作品の良さは1%程度しか分からない。
しかし製作者(学生)が登場して演奏を始めたら、その作品の素晴らしさが理解できた。
スピーカーは椅子になっていて座りながらギターを持った演者が演奏する。身体を揺らしながら演奏するとエレキギターの
音も揺れる。その姿と演奏に魅せられるものだった。
演奏者のパフォーマンスを音に反映するのであれば、スピーカーだけでなく身体のあちこちにセンサーを付けるという方法があると学生に訊くと、「嵐」のステージでかつてそれは行われたとのこと。その時はダンスに合わせて各楽器が連動していたらしいが、それはダンスにフォーカスが当たっていた。
私が思ったのは、ダンスよりも音楽のメロディーと演奏者のパフォーマンスが連動した演奏を聴きたいということだった。
そういった開発をその学生が将来すれば素晴らしいと感じたため就職先を訊くと、正しく楽器のエフェクターを製造する会社だった。卒展作品と就職先が一致している。その展示はその学生の未来の活躍を示唆していた。
人には人の役割がある。その役割は早く分かれば良いというものではない。が、学生時代にそれが分ることの素晴らしさは
言うまでも無いだろう。自分と世界との接続、自分の境界と世界の境界が交わるところがある。
その交わる場所が早くから分かる場合があれば、分からない場合もある。分かっていても、その場所に行けるかどうかは確定
していない。本当に分かって覚悟を決めれば辿り着ける確率が上がる。何年もかけてその地に辿り着く道のりもある。
もちろん卒研展と就職先が一致している必要はない。しかし卒研展ともなれば、作者(学生)のエッセンスは入るものだ。
卒研展は10年後、20年後、30年後に振り返った時、どう視えるだろうか。その人らしさの断片が間違いなく在るだろう。
私自身も学生時代に書いたエッセイ、大学院時代の論文、会社での仕事、人間関係全てが現在を物語っている。
どれ一つ欠けても現在の自分には成っていない。
それらは上手く行ったこともそうでないことも全てに等しく価値と意味があった。
さて、現在は2026年2月11日。この日は2度とやって来ない唯一無二の日だ。毎日が唯一無二の一日である。
聴くべきことを聴いているか、話すべきことを話しているか、沈黙すべきことを沈黙しているか、この一日にすべきことを
しているだろうか、問うてみるといいだろう。
2026年2月13日 就活戦線が長い
就活という長期戦の戦場は続いている。私もその戦場に居る。
そして私には私個人の挑戦の戦場が他に幾つもある。
命が幾つあっても足りないような複数の戦場を渡り歩くには、自ら新しい命を製造する必要がある。そのための材料が各種の
エンタメコンテンツであり、美術展であり、アートである。学生達の作品、アイデアなども勿論含まれる。
更に健康、食事は全ての根本だ。部屋の掃除も大事。身を清め、住処を整えることが戦いに臨む基本中の基本。
成果、結果を出すための戦略を立て、スケジュールを立てる。
健康、食事に関しては、「歯」も大切。これは「噛む」ためのツールゆえメンテナンスが必須。
昨年から噛む回数を増加し、噛んでいる間にアイデアを思い浮べる技を磨いてきた。
私という人間は、つくづく変な人だと思う。
そういえばラジオを聴いていて気付いたのだが、今日は13日の金曜日だ。ひぇーーーーー!
確かに13日の金曜日はあまり良いことが無い日だった気がする。でも今日は悪いことは起きていない。今のところ。
いや、むしろ良いことがあった。オークションで是非観たいと思っていた映画のDVDを落札できた。
ここでまた気付いたのだが、そのDVDは13日の金曜日に相応しいホラーものだった。何という偶然!!
深く、深く考えること、脳内の世界
私の脳内には深く考えすぎた内容物で満たされている。私が言葉にして話す内容はそれらの1%にも満たない。
いや0.1%も無いだろう。その99.9%以上は語られることなく墓場まで持って行くことになる。
つまり言語化してコミュニケーションに使える部分は、その人の極々一部でしかない。
何を言いたいかというと、就活ではお決まりの言語化が必要になる訳だが、深く深く考えたり観察したりする学生からすれば
そのような一部の言語化の範疇で合否を決められてしまう仕組みがナンセンスに感じるところがあるだろう。
人の深層心理や無意識の領域は、語ることは至難の業であり、まあ無理だ。
とはいえ、就活で人に伝えるための言語化は避けられない。
気楽に考えれば良いのだ。脳内にある訳の分からない自分の具材の中から、分かり易い味のレシピを選んで美味しいとか、
面白いと言ってもらえる料理を提供すれば良い。少し笑いながら料理を楽しむことだ。
客(面接官)はどんな顔をして自分の提供した料理を味わうのか、見てみることだ。ここで笑えるようになれば十分だ。
*深く考えるとか書いたが、深いからと言って立派な訳ではなく、アホみたいなどうでも良いことだったりする。
実際に今もトリュフナッツを摘まみながら、スパークリング吉乃川を呑んで書いているくらいだから。
2026年2月14日 昭和、平成にかけられていた魔法(構造)を語るべき日
今日はバレンタインデー。昭和生まれ、平成育ちはこの日の(この日だけでなく、その2つの時代にかけられていた)魔法を
身体で憶えているだろう。小学生の時のこの日もバッチリと魔法がかかっていた。
担任のO先生がチョコレートを持ってきた人がいることを教室で指摘した。O先生は生徒の親と同じくらいの女性だった。
厳しい表情で話してくれた内容は、学校はそのようなものを持ってくるところではないといったことだった。
持ってくることだけでなく、チョコレートを渡す行為や、そのような気持ちになっていることが学校には相応しくないと
伝えていた。とても良く憶えている。私は子供ながらに、固いなーと感じていた。
O先生は2年間担任だったことを考えると、その時は5年生の時。そして同じことが6年生の時にも起こった。
その時、先生は「こういう日があってもいい」と言ったことを話してくれた。私は子供ながらに先生も変わったなーと感じた。
当時は本命チョコしか存在せず、義理チョコなどは無かったから私はチョコレートを貰ったことは無かった。
さて、そんなことはどうでも良くて魔法の話だ。バレンタインデーに限らず昭和、平成は誰もが同じような理想形を描いた。
良い生活、素晴らしい人生はテレビドラマの様に、皆が良いとする価値観だ。皆がこうあるべきとする魔法が全国、全員に
かけられていたのだった。そしてそれは各人の人生に色濃く反映されることになる。私も漏れなくそうだった。
そうやって暮らして来た人生だったが、令和になって私は演じさせられてきたことを痛感している。
自分の人生を歩んできたつもりだったが、演じさせられてきたのだ。マスメディアの威力が絶大だった。
2026年2月14日の今日、私は思うのだ。その当時の魔法は世の中から消え、私にもかけられた魔法は既に解かれている。
そして自分が自分にかける魔法を学んでいる最中だ。魔法学校に通う学生である。まだ魔法使いには成っていない。
私から見て、令和の大学生達は若い魔法使いで、修行中に見える。それぞれが得意な魔法を身に付けつつある。
学生達が私に魔法をかけてくる。令和流の魔法は私にとって驚異的で、それによって人生が激変せざるを得なくなった。
面白いことに今、ラジオを聴いていたら、学校でチョコが禁止されていた話が語られている。「友チョコ」というのがあったらしいが私は知らない。ラジオパーソナリティの姉が生チョコを作っていたらしい。
各家庭に時代のシーンが展開されていたんだな。生チョコは作るのが難しく、ガトーショコラは簡単らしい。
皆、時代の魔法にかけられていたのがわかる。
令和は、皆が魔法使いになれる時代だ。
魔法も多様化している。
最初で最後の打ち上げ(4年生の研究室)赤裸々篇
研究室の4年生達4名との最初で最後の打ち上げが終わった。最初で最後だけに、かなり赤裸々だった。
皆、長岡で一生懸命生きてきた。各々の生きざまが様々に語られ、初出しの体験エピソードは私にとって全て学びだ。
彼、彼女等は令和における私の先輩であり師匠でもある。私が幾ら物理的に約60年生きてこようとも令和の密度では負ける。
私の人生は間違いなく予測が付かない。彼、彼女らの生きざまを聴き、学び、ある程度理解して影響を受けてしまうから。
私が私自身に仕込んでいるチャレンジが、どうなっていくのかワクワクもするが、恐くもある。覚悟が必要だ。
覚悟は決まっていて揺るがない。それらを再確認できた。4年生達はそれができていて、確実に旅立って行く。
出会えたことが全てだ。感謝しかない。
2026年2月18日 とあるイベントの予約
昨年から気に入って何度も訪れていた映画館がある。
その映画館がある階と別の階に、とあるホールがあり何かしらイベントをやっているのだが気になっていた。
この「気になっていた」というのが重要で、予感があったのだ。この予感パターンは当たる。
それが今日ヒットした。最近、私が特に注目していたコンテンツのイベントがそのホールで実施されるのだった。
これだったのか!と。即刻チケット予約(抽選だが)をした。何事も体験なのである。
このホールがある建物は、映画だけでなく諸々の理由で毎月必ず訪れる場所なのだ。
昨年から映画が終わった後に通過するそのフロアがとてもに気になり、イベントが開かれていない時すら覗き込んでいた。
覗き込んだ時に、その空間の広さや人が入った時のイメージをしていた。予感がある場合は用が無いことでも行動してしまう。
やはり未来の芽は、過去に出現しているものだ。
2026年2月19日 私のオリンピックの見方
私はオリンピックの中継は一切観ない。
しかしスノーボードでメダルを取った選手たちのインタビューでのコトバに注目している。
なぜなら彼、彼女らは殆どが20代で、10代すらいる。つまり大学生達と同世代だからだ。
大学生達はそれらのオリンピアン、メダリスト達を自分達とは違う雲の上の存在の様に感じているかもしれないが、
私には同じ存在に見えているし、見ている。
男子ハーフパイプの金メダリスト、戸塚優斗選手(24歳)は金メダル獲得後にこう言っていた。
「過去の自分に声をかけるとしたら、『報われるよと』言いたい」
過去のケガで入院もあったらしいが世界一を獲得したのだった。
オリンピックで出した圧倒的な技は、トリプルコークという超難度の技をダブルで魅せるというもの。
彼自身のオリジナリティーを開発し、磨き、勝負することで「未来が過去を変える」を実現している。
彼はそのプロセスでしたことは「不安を減らすことだけをしていた」と言った。
リラックスして、にこやかに楽しく練習することに努めていたとのこと。
金メダリストですら不安なのだ。
誰もが不安なのだ。
金メダリストも就活に臨む大学生達も同じだと思う。
このオリンピックが終わっても戸塚選手は複数大会に出かけるという。
就活での本採用が続いて行く大学生達と、とても似ている。
面白かったのは、戸塚選手のネイルだった。金と銀のネイルをしていた。
「Mrs. GREEN APPLEのステージを観て良いと思ってやってみたら可愛かった」と言っていた。遊び心がいい。
私は今後、オリンピックに出場することは無いだろうが、自分の研究で世界一を目指している。
その研究の成果で世の中に貢献したいと思っている。
大学生達と臨む私のオリンピックだ。
NHK連続テレビドラマ 「ばけばけ」
毎日見たいと思いながら、敢えて見ない。というより見れない。自分の未来が透けて見えるから。
そのシナリオを今は連続で見ないようにしている。主題歌の「笑ったり転んだり」も琴線に触れすぎて聴けない。
予感が全て当たると、思わされてしまうからだ。
このようなドラマが、このタイミングで流されていることに震えている。
何年後かに、どういったシチュエーションで、このドラマを全て見ることになるのだろう?
その時が必ず来ることも分かっている。
私の現在は、私が社会人になった1990年代とシンクロしている。
正確に言うとNIDに慣れ始めた2022年から1990年代がシンクロし始めたのだ。その時は全く気付かなかった。
何故気付かなかったかというと、体調を崩したからだ。
それは気付かないようにさせられていたことと、体調を整えてそれ以降の準備をさせられた期間だったのだろう。
私の人生シナリオで言うと、今年2026年が1994年とくっついている。年々、シンクロの同期具合が強まっている。
となれば、1995年に青天の霹靂とも言える清水の舞台から飛び降りる決断をしたことが、2027年にも起こるのだ。
更にこの先のシナリオは書くことができない。 ーーー 今日はここまで ーーーー
2026年2月20日 金曜日はご褒美の日
何かしら良いことが起きやすい金曜日は、誰にとっても週末のご褒美が何かしら出る日なのではないだろうか。
仕事がある人は土日で休めるし、今回は3連休である。
私の場合も、この金曜日にご褒美と言えるかもしれないミライエで実施する講義が1つある。
講義1つも私の作品である。妥協のない準備をするからそれなりに時間がかかるものだ。
講義と言えば、3月に予定していたボストン某大学の課外授業(私の講義)@渋谷は、他のどうしても外せない予定と
バッティングすることになり、先方に日程変更やオンライン講義動画送付による代替案を提示している最中である。
何が起こるかわからないものだ。
さて、本日の講義のための資料を再度チェックするとしよう。
↓
今日はミライエでの講義「HP活用術」を無事に終えると、即座にバスで帰って来た。
帰り道のバスの中で、転寝をしてしまった。少し疲れたようだ。
帰宅してベッドに寝ながら本を読んでいると、案の定睡魔に襲われていつの間にか寝てしまった。
今、23時33分、これを書いている。
世の中は3連休に突入するが、皆はどのように過ごしているのだろうか。
どの日も唯一無二の一日で、2度と戻ってこない。
誰にとっても平和で穏やかな、モノゴトが上手く行く3連休であることを祈っている。
幸いなことに天気は良いらしい。
2026年2月21日 私の昭和レトロ
私の高校時代、昭和に読んだ「白い巨塔」を
現在の令和に読み返している。
大学病院という人命を司る場でありながら、地位と名誉、
そして権力の象徴という構造を持つ場で生きる人間(医師)
たちの物語だ。
大学病院という舞台で、その象徴を纏う主人公、外科医の
財前五郎医師は時代の寵児であり、出世欲の猛者だ。
一方、患者のために医学を全うする内科医、里見脩二医師
は財前の同僚であるが、財前の犯した医療過誤の真実を明るみにするため医療過誤裁判で対立する。
この本を読み返している最中に、東大医学部附属病院の
ニュースが報道された。
昭和から令和まで、変わらぬ構造に驚きを隠せない。
オスカーワイルドの「絶望」の定義
オスカーワイルドが言った。人生とは、2つの「絶望」からなると。
1つは、「どうしても手に入れたいが、手に入れることができない絶望」
もう1つは、「どうしても手に入れたかったことが、手に入れることができてしまった絶望」というものだ。
私はこの2つの絶望による人生の定義が大好きなのだ。
オスカーワイルドがこの絶望に苛まれていたことが不思議でならない。かなりピュアな人だったのだろう。
私もピュアだが、オスカーワイルドとは違う解釈をしている。
私にはこの2つの絶望が、とてつもないポジティブな人生の定義に聴こえるからである。
つまり、どうしても手に入れたいが、手に入れらないことと、どうしても手に入れたいことが叶うことを複数同時進行する
ことで絶望の間を生き続けられるからだ。
だから私は敢えて「絶望」する難易度や未知の試練を人生に複数仕込み続ける。「希望」より「絶望」が強く、強く、欲しい。
絶望に触れるかもしれない怖れ、触れないように全力を注ぐ熱量、願いが叶った歓喜と、それが冷め消失して行く切なさ・・
実際には絶望が連続し、絶望の隙間に居られることは僅かだが、それらを繰り返して行くのだ。その歩みを止めない。
『永遠』があるとしたら、絶望と絶望の間を繰り返し味わい、噛みしめることが私の求める『永遠』だ。
本気で見たことの無い風景を見たいし、味わったことの無い体験をして、想像できなかった世界を創り続けたい。
それを共有したいし、させて欲しい。
2026年2月22日 「2」並びの今日
ラジオ(コマラジ)を聴いていると、今日がどういう日か説明していた。
それによって私は小学校4年生の頃を思い出した。
たまたまつけたラジオで、あの日を想い出せとお告げが降りてきたようだ。
お告げが降りると、続いて予感がやってくる。どうやらこのパターンのようだ。
その日は小学4年生の私が初めて思い切った行動をとったことで、初めての気持ち(感覚)になった日だった。
(2/22ではなかったと思うが、もしかしたらその日は2/22だったのかもしれない)
ここには書かないが、その時のシチュエーションと気持ちを文章にしてみた。
長らく忘れていた物凄く大切な尊い想い出だった。誰にも話したことが無い50年前の話。
予感がするから、この話は近々どこかですることになる。
予感の達成率は100%と驚異的で、達成には100%決まったパターンがある。
私から意図的にその話をすることは無く、その話をすることになってしまうのだ。
つまり私ではない誰かの選択によって予感が現実になる。
最近、このようなお告げ(予告)が頻繁に起こっている。
2026年2月25日 運命と宿命
「運命」は字のごとく命を運ぶこと。これは自分を操縦して、ある場所まで運ぶことができる。
自分の努力で行ける所まで行ける。誰かがある地点まで行くのを手伝ってくれる場合もある。
目的地に直接行ける場合もあれば、目的地の最寄りのバス停まで行くことができても、その先に行く手段がない場合もある。
それで終わりに見える場合があるが、時間が経って最終目的地に気付いたら着いていた場合もあるから分からないものだ。
運命の運び方は、手持ちの選択肢を消すことで残った選択肢によって最終地点に行ける確率が上がる場合もある。
運命の結果は一喜一憂するためにあるのではなく、状況を把握するためのものだ。
一方「宿命」は避けて通れぬ「道」であり「未知」だ。
自分を良く観察していると宿命に沿った運命を辿っていることに気付くだろう。
宿命は種が芽吹いて花を咲かせるように、その時が来ると毅然と作動する。
だから宿命の迎え方は、待つことだ。向こうからやって来る。
今日はNIDの大学入試の日。大学は間違いなく「運命」に関係している。
大学を選んだ時のことを、大学から選ばれた時のことを想い出してみるといい。
大丈夫。今までも向こうからやって来ていた筈だ。
2026年3月1日 3月に突入。新しい空気。
2月は終わった。3月の新しい空気が流れている。流れは変わったのだ。
2月の結果は過去のものになり、3月の行動が2月の結果を上書きする。
何の問題もない。心配しなくていい。大丈夫だ。
私の携わっていたコンサルティングのクライアント企業さまが1社、3月の年度末を待たずに終了した。
3年に渡るコンサルティングにより社内体制が整って私の役割が終わったのだ。
これは実に喜ばしいことで私も満足している。
もう1つのクライアント企業さまは、担当の方が産休に入ったため休止中である。
全てに始まりがあり、終わりがある。途中休止なども然り。それが自然の理(ことわり)だ。
この3月から私は大学関連の仕事に、今まで以上に全精力を集中投入する。
そのためコンサルティングの仕事は究極まで削減するつもりだ。
2026年3月2日 結果を求めないこと
「絶望」の話を前に書いたが、これは私の話だけでなく誰に
とっても「絶望」が絶大な力になるということだと思う。
矛盾して聴こえるかもしれないが、本質は全く逆だ。
絶望を味わうと、「諦め」がチラつき絶望が連続すると心は
諦めることで気持ちを楽にする。ところが不思議なことに
諦めたと思った自分はそれでも本当に止まる訳ではなく
また続けるだろう。それは諦めていないのだ。表面的な自分は諦めたことを装って、奥底の自分は自分を見捨ててない。
私達は生まれてからずっと結果を求め続けている。
結果に一喜一憂する習性が付いているのだ。
これくらい冷静になってみると、結果に至るプロセスを
直視できるようになる。写真は目的地に着くまでの車窓。
曇天であっても、とても美しく見える。
このプロセスを静かに見つめて落ち着くだけでいい。
諦めるより、結果を求めないでいられると強くなる。プロセスの中に自分は居たし、居る。それまで辿ったことの無い道のりを辿って来た事実は大きい。見たことの無い風景を既に見ている。結果が出なくても積み上がっているものだ。
そのプロセスは結果のためだけにあるものではなく、いつか必ず作動する日が来る。結果だけを求めているとプロセスの尊さに気付けないのだ。人は標準装備で安全装置が施されている。だから結果を求め続け、諦めるためのブレーキもある。
ブレーキは諦めるためだけにあるのではない。立ち止まって風景を眺めるために使えるのだ。
一度止まってから、またエンジンをかければいい。結果を天に任せるという気持ちが持てるようになると強くなれる。
自分は澄んだ真水のように、プロセスと一体化するのだ。絶望は結果を求めないことで大いなる希望に変わって行く。
2026年3月6日 企画は計画、計画こそ企画 企画は企て 企ては驚き 驚きは恐怖
企画はクリエイティビティが最も大事だと思いがちだが、実は計画が全てだと以前にも書いた。
綿密な計画こそが企てであり、企ての本質は企画する側も企画を受け止める側にも驚きがあること。
つまり驚きの計画こそが企画なのだ。
そして驚きを生み出す時、そこに「怖れや恐怖」が生じる。だからゾクゾクするのだ。
そのゾクゾクには勇気と決断がいるものだ。それを実行すべきかせざるべきか。
しかし実行しなければ新しい扉は開かない。
企画する側はそのチャレンジャーであり、企画を受け止める側はその結果、企画側と共犯者になる。
そこでの体験は忘れることのできないものになる筈だ。
ゾクゾクは計画によって創られる。
*以前予約したイベントのチケットが抽選で当たった。イベントに行けることになり4月が楽しみだ。
2026年3月8日 映画「しあわせな選択」
私にとって韓国映画は外さないものが多い。
今日観た「しあわせな選択」は誰にでも勧められるものではないが私には刺さった。早くも今年No1になるかもしれない。
「半地下の家族」を観た時に似ている気持ちになった。恐ろしさの中に少しの笑いもあった。
主人公のイ・ビョンホンの役に共感して没入できた。ただ誰にでも勧められる映画ではない。私が観るべき映画だった。
この映画を観た後にうたた寝をして悪夢を見た。
借金取りか強盗のような輩が玄関の扉の前に複数いて、こじ開けようとしてくる。それを私が必死に内側から押し返す夢だ。
借金取りの出現は、朝のテレビ番組で落語家が話していた内容から脳内に飛び火したと思われる。
恐怖の中で力が入る、とても疲れる夢だった。目覚めた時にホッとした。
私にとってこの映画「しあわせの選択」は前世(会社員時代)からの共感であり、今世(大学教員になってから)や
来世(と書いたが私は今世で来世まで生きるつもり)ではないこともハッキリした。
3月に入って明らかに2月とは違う流れに入っている。やがて来る4月はまた別になるだろう。
3月末までに諸々の一区切りが付く筈だ。良い意味で。この3月を1日、1日ゆっくりと見届けて行きたい。
2026年3月11日 人生のプランBが決定
人生のプロジェクト構想であるプランAが無くなり、プランBが決定した。これによって2027年以降が明確になった。
宿命の分岐点は土地の引力にあった。「新潟」だ。私のキーワードは「新潟」なのだ。
もっとピンポイントに言えば「NID」だ。NIDを選んだ(選ばれた)時点で宿命の背骨が造られていた。
そのことを見失ってはいけないと告げられた気がした。これでいよいよ、2028年以降もハッキリしてきた。
そう言えば数日前に、虹を見た。虹はプランBを告げていたのだ。今後プランB(宿命)に沿う運命の結果が出てくるだろう。
プランAに別れを告げ、プランBの仕込みを開始する。まずは気持ちを落ち着けてプランBに想いを馳せる。
なぜ人生がプランAではなく、プランBなのか。その意味を深く、深く解釈したい。宿命が告げるその意味を。
2026年3月14日 昨日は学位記授与式、祝賀会
4年生達が旅出って行った。嬉しいことであり目出度いことだ。
この3月から授業が始まる4月にかけて、やや暖かくなった風に吹かれると、ほんのりとした喪失感を感じることがある。
それは昨日の場合、学位記授与式と祝賀会から既に感じていた。
就活が劇的に早まるように、教え子たちが居なくなる喪失感を感じる時期も早まって来たのだろうか。
「喪失感」とは書いたが悲しい感情ではなく、正しくは心の「空白」だ。ポッカリと空いたスペースのようなもの。
毎年、その空白が出来ては埋まって行くことを繰り返している。そして空白のスペースだけ心が広くなって行く感覚がある。
悲しい感情ではないと書いたが、本当は少し寂しい。その気持ちを忘れないように書いて置く。
2026年3月18日 WBC ベネズエラの優勝
日本が世界一になると信じていたが、そうはならなかった。
大谷選手を始めとするあれだけのスーパースター達を擁していても、世界にはそれを上回る結果を出すチームが存在していた。考えてみれば私達はベネズエラの選手のことを知らない。知らなかったから、知っている範囲で推測していたわけだ。
世の常は、このように絶対的に信じていたことが単純に知らない世界から覆されるということなんだろう。
学びのある結果だった。日本がベスト8に留まった悔しさなどよりも、ベネズエラの優勝をジックリと振り返ってみたい。
ベネズエラは日本以上にスーパースター軍団のアメリカを決勝で破っている。決してまぐれではない真の実力だ。
それは同時にベネズエラもそれくらいのスーパースター軍団で、しかしアメリカや日本ほどその凄さがメディアで語られていなかったことを意味している。そもそもベネズエラという国のことすら知らないのだ。
2026年3月20日 気付きの連続
この3月という年度末の月は、気付きが連続して起こる月のようだ。
1日、1日に粒ぞろいの気付きと学びがある。
誰もが、年度末にやるべきことをやり切ることになっている。私も全く同じである。
その忙しさの中に、ゆとりの空白を少し作って深呼吸をしてみる。
新しい歯磨き粉を使ってみることにした。
かなり気分転換になり、気持ちが上がっている。こんなことでいい。
2026年3月21日 教会のイメージ
年に1回か2回、母校の大学を訪れることになるのだが必ず寄る場所が大学構内にある教会(チャペル)だ。
最近何故かそのイメージが強く浮かんでくる。今も行ってみたいと思っている。
それは予感と言ってもいいもので、行くことになるのは分かっている。
社会人になってからも時折訪れていた心象風景とも言える場所なのだ。
その場所は、CMプランナー時代の企画に何度も取り入れていた。
しかしチャペルを企画の風景にした案は実ることは無く、何度も没となって実際にその場の撮影は実現しなかった。
私は心象風景を仕事の形で残したかったんだろう。
あのチャペルの空間は現在も殆ど変わらずに残っている筈だ。それを確かめに行きたい。
ただ大学は春休みだから、チャペルの扉は閉まっている可能性がある。
それでもいい。あの扉の前に立てばあの頃の風景がハッキリと見える気がする。
ラテン語で書かれていた銘文「PRO DEO ET PATRIA」はどこに書かれていただろうか?
2026年3月22日 銀座電通ビルの改修が始まる
今日、銀座を訪れると銀座電通ビルの周囲にバリケードが築かれていて
改修(解体ではないようだ)が始まる様子。
入り口の上部には太陽を意味する日輪の円の中に
電通創始者である光永星郎の「星」を由来とした五芒星が描かれている。
その両脇には吉祥天と広目天が配置され、今見ても吉兆の面構えだ。
その銀座電通ビル(略称:銀電)が姿を変えて行く。
寂しさは無い。むしろ私が生まれ変わったように物体の建物が変わり、
電通も変わっていくのだ。ゆえに祝福の気持ちで眺め入った。
銀座の歩行者天国を歩いていると、様々な想いが去来する。
私の前世(電通時代)の想い出の物体は次々と消え去り、
心のアーカイブへと移設されて行った。
そして明らかに私の1990年代と2026年がリンクしていて
今年から来年にかけ、本格的な接続現象が起きるだろう。
平成初期に起きたことの令和バージョンが現実になる。
それらを驚きと共に迎えるしかない。覚悟はできている。
2026年3月23日 宿命と運命
「宿命」は決まっている。その宿命に気付けないから、人は「運命」で抗うのだ。
自分の行きたいと思う方向に運んで行こうとする「運命」でチャレンジを続けることは結果がどうであれ、すべきこと。
「宿命」とは違った方向に「運命」が逸れている場合はどんなに努力しても成就しない。
しかしその成就しないプロセスから「宿命」の正体に気付くことができる。
その気付きの前後で、大なり小なりの転換現象が発生する。
これはどのような個性を持った人にも共通に起きる。
「宿命」は「他人」と「場所」に結ばれて継続して行く。
「運命」は「自分」と「時間」に結ばれて流転して行く。
「宿命」を感じる時の気持ちはゾクゾクして、少し恐い。
「運命」を感じる時の気持ちはワクワクして、楽しめる。
「宿命」は一生を通じて、命の火と土を大きくして行くもの。
「運命」は一定期間に、命の水と土が様々に移ろい行くもの。
「宿命」は向こうからやって来るが
「運命」は自分から運んで行くもの。(運んだのに去って行く「運命」は「宿命」に選択されなかったものだ)
私が「宿命」に本当の意味で気付けたのは2026年の3月に入ってからだ。
「宿命」に選択されなかった数々のモノゴトが消えて行った。
「宿命」の軌跡を眺めると2020年に運んだ「運命(NID)」の連なりと、その間に刺し込まれた「宿命」の現象だった。
2022年から2024年に、前世(電通時代)からの胆石が胸痛を発症して入院を3回することになった。「宿命」の苦しい時期。
2024年以降に健康が回復し、「運命」の仕込みが始まってワクワクしてきた。健康は数値レベルで驚異の30代に最善値化した。
2025年には「運命」の目標設定(仕込み)は達成したもの、達成しなかった(宿命に選択されなかった)もの、両方あった。
2026年3月には「宿命」が明確になり、やるべきことが絞られてきた。
2026年4月以降は、諸々のやるべきこと、各種手続きなどを確実にやり切り、やらないでいいことは意を決してやらない。
2027年には新しい風景が見えているだろう。
2026年3月26日 気が付くと3月末
ここ数日は矢のように過ぎて行った。記憶も飛んでいる場面が多い。
年度末に終わらせるべきことが多いのは間違いない。
諸々の重要な手続きなど・・・。
手放して行くモノゴトが多くなる時期だ。
これは4月以降も更に続いて行く。身軽になって行く。
空いたスペースに、新しい空気が流れ込んでくるだろう。
2026年3月27日 映画「マイ・インターン」
アマプラで久しぶりに観た。
あのシーン(私が授業中に見たワンシーン)は、
これだったんだという驚くべき発見があった。
年度末に、気付くべきことに気付いた(気付かされた?)。
最後の最後まで、このレベルの発見が続くのではないか。
年度末の奇跡。
2026年3月28日 人はなぜ繰り返すのか
悪い意味での失敗を繰り返すとか、そういうことではなく
好きな映画を何度も見返すとか、以前に読んだ小説を読み返すとか、
好きな歌手のMVを見返すとか、人は好きなコンテンツを繰り返し見たり、味わったりして生きている。
コンテンツだけではない。好きな場所もそうだ。何度も同じ場所を訪れる。
繰り返す間に時は流れ、味わう感触や価値観は少しずつ変化して行く。
そういった変化を含めて体験し続けたいのだろう。
それは自分の位置を時々確かめていることなのかもしれない。
3月末になって気付きが多いと感じていたが、この繰り返したい欲求が日々高まっている。
それに比例して様々な気付きが増えている。
繰り返しのループを動かしているのが、宿命や運命の歯車という気がしている。
そしてループするモチーフは、時と共に増えて行く。
それは実に楽しいことだ。
2026年3月31日 今年度の終わりの日
大きな一区切りが着く日が今日だ。やるべきことをやって後は天に任せる。
明日からは新しい空気になる。心の窓を開けて空気を入れ換えるのだ。
令和7年度、2025年度はとてつもなく学びがあり、生活習慣までかなり変化した年だった。
予感はことごとく現実となり、選択されなかった運命はそれではないことを告げて去って行った。
宿命は向こうからやって来て望まなくても実現する。
令和8年度、2026年は迷いが少なくなり運命の選択肢の数は減ることが分かっている。
運命の選択肢から宿命によって残されるものはさらに少なくなるだろう。
本当に集中すべきことに集中できる新年度が明日から始まる。
2026年3月末日 小さな予感の訓練 映画
シネマリスは神保町にある小さなシアターで、突然観たい
気がした映画「About us, but not about us」を観たら
今年度最高傑作。
今まで観た映画の中でもいきなりトップランクに浮上した。
たまたま私一人だけの貸し切り状態で観たことと、
ワンシチュエーションから展開される手法も相まって没入感が
最高だった。現実か映画か分からなくなった。
2人の静かな会話から最恐の展開が畳みかけて連続する。
完全にある種のホラー映画だ。
この3月末日に、最高最恐傑作が当たるとは最後の最後まで
ギフトを与えてくれる3月だった。
しかもこの映画館、以前から行きたかったカレー専門店
「エチオピア」のすぐ隣だったので、映画を観た後に寄って
ランチをした。
道路から見上げると明治大学のリバティタワーが聳え立ち
明治の学生達はこの神保町の古本屋街や数々の映画館、
歴史ある喫茶店やカレー専門店が並ぶ環境に生きていると
思うと羨ましい限りである。
2026年4月1日 新年度 空気が変わり昨年度は過去となった
こうまで変わるのかというくらい、空気が一変した。
天候の問題ではない。気持が完全に入れ替わったのだ。
昨年度の2月は3月に上書きされ、4月になると3月とは別次元になる。
4月になってからは、3月までしてきたことが通用しなくなる。
誰もが新しいことを試みなければならないだろう。
つまり昨年度の自分ではいられないということだ。
2026年4月2日 入学式 自律神経
小雨降る中、入学式が挙行され新入生達がやってきた。
誰もが入学式を想い出してみるといい。入試も憶えているだろう。
それだけ人生で重要な日だからだ。
全国で600以上ある大学の1つを自分で選び、大学からも選ばれたのだ。
そこには運命と宿命が交錯している。
宿命は自律神経のようなもので、寝ている間に呼吸したり心臓が動いているように
生まれてからずっと稼働している。
自分の自律神経のことを思いやったことはあるだろうか?
自分のことに右往左往している人は、自分の自律神経のことを考えてみたらいい。
この世の誰よりも、自分の自律神経は信頼できる。
自分を生かしてくれているのだから。
そして暖かい紅茶やココアなどをゆっくりと飲んでみよう。
春先のニュースは春野菜が安くなっていると告げる。
レタスは例年の1.5倍の大きさらしい。
そんなニュースを聴くだけで嬉しくなる。
春なんだなぁ、と。
新しいニュースが学生達から届く。
内容に良し悪しはなく、新しいことが素晴らしいのだ。
その新しさを喜んだらいい。春なのだから。春を感じることだ。
自分のことは地球と比較したら小さいことだ。
地球に生まれて来た以上、春は全てを喜んでいいと言っている。
2026年4月4日 私の「宿命・運命論」
4月に入って明らかに空気や流れが変わったと全身で感知していたが、やはり間違いはなかった。
私が備忘録的に、そして自らの気付きのためにここに書き連ねて来た中でも
「宿命・運命論」の定義が当たっていることを実感し始めているからだ。
伝えるべきことは伝えるタイミングがやって来るし、聴くべきことは聴くタイミングがやって来る。
それぞれの人生に確かな進捗、進歩が現れて来ている。
宿命の歯車は大きく、その周辺に運命の小さな歯車が嚙み合って廻る。
それが良く見えている。そしてどのように廻って行くかも観察していれば分かるものだ。
それでも人は迷ったり、心細くなったり、感情は揺れる。
私も分かったようなことを書いているが、大したことは無い。
自分は儚い存在だと、つくづく感じる今日この頃である。
2026年4月7日 1990年代の記憶と2026年
1990年代を想い出すことが頻出している。
入社5年目だった1994年くらいから、それ以降をよく思い出している。
それは思い出さねばならない理由があるからそうなっているのだろう。
その当時、描いていた理想や未来はそれ以降の人生で叶えて来た。
しかし、叶えていないモノゴトや、選んでこなかった生き方がある。
それらが何で、その内の何をこれから叶えていくべきかを選ぶためだ。
2026年に入ってからも観た映画、読んだ小説、漫画などなど、あらゆるコンテンツが
全て心の琴線に触れて魂を揺さぶる。
魂が揺れると、本来の自分らしさが溢れ出す。
自分の思考、判断がハッキリしてくる。
脳内に浮かぶ自分の思考、予感は、驚くべきことに現実になる。
頭の中に浮かんでいた「キーワード」や「予感」が、実際に眼の前に出現する。
今年は、そういったシーンにかなり出くわすことになるだろう。
ふと思うのだ。普通に考えれば来世でやるべきことだ、と。
昔はそれで良かったのかもしれない。
現代は現世で複数の生まれ変わりをする時代なのかもしれない。
それは現世で前世的な過去を記憶しながら、その反省を踏まえて修正し
来世的に現世を送るスタイルが出始めているのではないか。
そう考えると実に腑に落ちる。
2026年4月9日 授業開始前の大学
今日から前期授業が始まる。それまでの大学は新入生がいろいろな手続きで訪れてくるが
それ以外は静かなもので、誰もいない大学構内はコンクリートの神殿のような佇まいである。
もし窓がステンドグラスなら教会に見えるだろう。
その中を歩いている時、私が想い出すのはNYCにある聖ジョンザデヴァイン大聖堂だ。
私が最初に訪れたのは大学3年生の時で改装工事中だった。
創りかけの彫刻が無造作に並び置かれ、これから組み立てられて完成される途中だった。
その後、何年後かに何度か訪れることになるが、その場に立つと時が止まる。
そして最初に訪れた時に引き戻されるのだ。
20代前半の最初に訪れた時に戻る。
学生がいない大学構内を歩いている時、私は自分の20代前半を想い出す。
授業開始前に、初心に戻っている。
*先ほど調べて知ったのだが、聖ジョンザデヴァイン大聖堂は未完成で建設途中らしい。
つまり私が大学生で訪れた時から今もずっと建設中なのだ。
私も大聖堂も、あの時から今でも未完成同士なのだった。
2026年4月11日 TDC 2026
銀座グラフィックギャラリーにて、TDC2026を観覧。
TDCは、Tokyo Type Directors Clubの略だ。
多くの作家の作品がまとめて見れる良い機会。
今日はとても暖かい日で、暑くもあり上着はいらなかった。
今日という日は、多くの人にとって良き日だったのでは。
そんな気がする。
春の日は1日、1日が陽気で良い知らせが届きやすくなる。
誰にとっても春は春らしい。
その穏やかな温かい日々の中に、強いメッセージがある。
それは「旅立ち、独り立ち」というものだ。
2026年4月12日 東京→長岡へ
出張を終え、念願だった某イベントに参加して満喫した後、長岡へと即座に戻る。
やりたいことは沢山あるが、やるべき目の前のことを確実にやり終える。
手に入れるべきものを手に入れ、手放すものを手放す。
今日も春の良き日だった。
春を肺に満たしてみる。深呼吸は年度始まりのリズムを整える心地良いものだ。
百均のゴムバンドが凄い。このおかげでストレッチに嵌っている。
身体の歪みが矯正され、頭の先からつま先まで細胞という細胞が活性化する。
前回の人間ドックで史上最高の健康数値が出ていたが、このゴムバンドの登場で前人未踏の健康体に到達できるだろう。
「健全な精神は健全な肉体に宿る」と言うが、まさにそれ。直感レーダーも鋭くなっている。
私はどこへ行こうとしているのだろう。
2026年4月13日 1994年と2026年
私の1994年と今年の2026年がくっついていると2月に書いた。
時空のメビウスの輪で1994と2026が繋がっている。
それが今読んでいる漫画に描かれていて(1994年前後のシーン)、やはりそうだったんだと確認した。
「宿命」は「他人」と「場所」に結ばれて継続して行く。
その通りで今も続いている。
「宿命」は向こうからやって来る。
漫画を読んだ後にこれを書いていると、テレビに当時(1994年前後)住んでいた場所が映像で流れてきた。
偶然とは思えないシンクロ現象がリアルタイムで起き始めている。
そして今思い出したがNIDの設立は1994年だった。
2026年4月16日 AIに宿命を問う
近い将来、更地のようになる私がどうなるかをAIに問うてみた。
AIは、その更地には「雨」が降ると言う。
「雨」にもいろいろな名前の「雨」があるが、「喜雨」が降ると言う。
宿命的に私が更地のままで居続けることはできないらしい。
宿命の正体がハッキリして来ると、もはや怖がっている場合ではなくなり
笑顔で受け入れるのが良いことなのだろう。
2026年4月21日 気が付くと数日が過ぎ去っていた
モノゴトの進捗が激しい。それは良いことで運命や宿命の新陳代謝が進んでいることを意味している。
時間が進むことで人は成長し、未来に食い込んでいく。
未来に前向きになればなるほど、こうしたいという夢の実現確率が高まる。
宿命の足音は意外と身近なところで聴こえているものだ。
私にもそれが聴こえてきた。
2026年4月22日 O先生の言葉
「継続は力なり」、「千里の道も一歩から」これらの言葉は小学校時代に担任のO先生が教えてくれた言葉だ。
ものすごく良く憶えていて、それ以降私の身体に染み付き行動原理になっている。
私は真面目な生徒だったのか?いや全く逆で教師が大嫌いで反抗しているくらいだった。
なぜ教師が大嫌いだったかと言えば、一方的に知識や規則を押し付けて来る存在だったからである。
体罰も酷く日常的にあった。原始的な時代だったんだな昭和は。
そんな中で、O先生は唯一、考え方を変えたことを生徒の前で見せてくれた先生だった。
その話はここに以前書いた。O先生はバレンタインデーの時にチョコレートを学校に持ってくる生徒を批判したのだが
翌年は、そういうことも時代の流れで仕方ないことをかろうじて認める発言をしたのだった。
教師という大人が、子供達の前で考え方を改める姿を初めて見た。だから強烈に憶えている。
ゆえにO先生が言った冒頭の言葉は、私の中で強烈に残ったのだろう。
O先生が小学校の卒業式の後に言ってくれた言葉も鮮明に憶えている。
「ユニークなことをしなさい。あなたは人にできないことができるから」
意外だった。私のどこを見てそう言ってくれたのだろう。その言葉は一生を通じて耳に残り、今でも聴こえてくる。
私が長岡に来たのは、きっと誰かを教えに来たのではない。
私が学びに来たのだ。
私は学び続け、実践し、人にできないことをする使命を帯びている。
人にできないことは、独りでできることではない。
この春、それが良く分かってきた。
2026年4月23日 五感を研ぎ澄ませる
知識を詰め込む教育は、人の五感を鈍らせる可能性がある。
もちろん知識があることで気付くこともあると言えるが、知識に頼り過ぎることで迷いが生じることも多々ある。
学校教育や試験というものは、長い間知識偏重の歴史を辿ってきた。
ある意味で学生達の五感を研ぎ澄まさないような教育システムだったと言えなくもない。
五感を研ぎ澄ますための基本は「食」にある。生きるための第一歩がそこに直結しているのだ。
自分が何を食べるべきかという「質」。どれくらい食べるべきかの「量」。何時どんなペースでの「時」。どこでの「場所」。
食べる行為だけでも考えるならばそれくらい考えるものだ。人は特別な重要なシチュエーションではこのように考えるが
毎日は考えて過ごしていない。毎日の習慣こそが重要なのだ。
「食」が健全になると、全てが自分の軌道に乗り始める。
身体中の60兆個の細胞が湧きたつのを感じられるようになる。
五感が研ぎ澄まされると、ごく普通の日常風景が贅沢なエンタメ空間に変わるのだ。
鳥の鳴声から、樹々が風に靡く風景、草花のそよぎ、ふりそそぐ太陽、春の匂いをまとった風、学生達の何気ない会話など。
普通が素晴らし過ぎると全身で感じるようになる。
そう感じるようになると、自分のために生きるのではなく、誰かのために生きようと思うようになる。
あたりまえの日常は、全ての人にそう伝えている気がする。
2026年4月25日 早朝参拝
神社に呼ばれた気がして、早朝から参拝に行ってきた。
今日も良い日だった。
その後、河合継之助記念館へ行くと予約もしていないのにガイドの方が付いてくれて
懇切丁寧な説明をしてくれた。
2026年4月26日 初めて自分にノスタルジーを感じる
昨日までの自分は既に自分ではない。新しい自分は昨日とは違うのだ。
私の気持ちは未来に在り、現在ここには無いような感覚になる。
それくらい強く未来の映像ビジョンを想い浮かべている。
このようになった自分に、ふとノスタルジーを感じるようになった。
昨日までの自分の記憶があるからだ。
自分が益々、過去を手放すことに抵抗が無く、真っ新で透明な存在になって行く。
2026年4月29日 大いなる気付きと新たな出発
「就活って奴は」と思うことが多いのだが、そこには大きな気付きがある。
企業と就活学生のコミュニケーションは、その会社に行くことが無くても就活という短い間であっても
運や縁が発生している。その短い間の縁と運が、その後の長い人生の道標となる場合すらある。
学生達の就活を通して見る企業や世の中に、その業界や職種の構造が良く見えるのだ。
世の中には知らなかった課題があり、それらの課題が学生達の就活で浮き上がって見えて来る。
そしてそれらの課題は、やはり学生達のような若者達によって解決されて行くべきものだと思う。
その課題に立ち向かう学生達を見ていると魂が震える。
未来に向かって、持ちうる知識や技術を総動員して1日1日伸びて行く姿に日本の将来を感じるのだ。
就活の最中に、学生達は誰もが企業から落とされる経験を幾つもする。
「落とされる=自分が悪い」と学生達は思いがちだが、そんなことは無い。
落ちる理由の大半は企業側の都合なのだ。
まず、採用人数に限りがあること。採用計画があって限られた予定数を採るためだ。
次に、受けている学生に才能や可能性があると感じても育てられるだけの人材や時間が無いと企業側が判断したら
企業側の誠実さ(育成能力の無さ)から不採用になる場合もある。
企業が学生達を何度も落としたとしても、学生達の価値が減ることは一切無い。
その学生が持っているものをシッカリと受け止めて、将来を感じ取れる企業が内定を出してくれる。
必ずそういう企業と出会えるはずだ。
2026年5月1日 4月が終わり、また空気が変わった
毎月、毎月、空気が変わるのを感じる。4月が終わった。
学生達にとっての就活はGWを挟んでひと時の隙間を経て、最終ゴールへと加速して行く。
昨年から続く就活戦線は、かなり早くから始まって現在に至っている。
2022年頃は皆4月から就活を開始していた。
数年間で世の中は激変している。
数年間で世の中は生まれ変わっている。
私達は生まれ変わり続けている。
私達は気付き続けている。
夕方になり、出張で東京に向かっている。
5月に入ったのに寒い。
この出張期間中にやるべき仕事をし、味わうべきコンテンツを出来る限り摂取する。
戦略を考え、仮説を設定し、予定や計画で実践に落とし込んで行く。
何事にも乱されず、ブレることなく、真水のように淡々と流れつつ進めるのだ。
また各種医療機関で身体の各パーツをチェックし、メンテナンスする。
「人生はデータの上書き」
最近悟ったことはこれだ。人生の途中のプロセスが大事なのは言うまでもないが、敢えて書くとしよう。
私が最近悟った考えでは、「人生は最終コーナーを回ってから死ぬまでが最も大事」というものだ。
これは最新の情報や体験によって、人生が上書きされ続けていくことを考えると、何年生きようが、若者だろうが
年配者だろうが、最終での上書き到達地点で何を見て感じて総括するかにかかっていると思うからだ。
特に最近は毎日生まれ変わるくらいの感覚に包まれている。人間は勘違いをしている。
人類は歳を取ることの意味を今までは勘違いし続けていた。
人類は自分達の可能性を、年齢のせいにして過小評価し過ぎて来た歴史がある。
歳を重ねるほど、生まれ変われるチャンスが増して行くのが本当なのだから。
歳を取るごとに過去を上書きして、想定外の未来を呼び込むことが出来ると悟ることになる。
実際に私自身、健康すら上書きして若かりし頃よりも遥かに健康になったと実感できている。
おそらく細胞ごとアップデートされる何かしらのトリガーがある筈だ。
新しいコンテンツの摂取とそれから感じる感情などがトリガーと関係しているのだろう。
2026年5月3日 私達は「今」を生きている
「過去」や「未来」を横に置いて、「今」を見つめると「今」の密度が高まって年齢の概念が消失する。
年配者達が今までの習慣や価値観を変えない理由は、自分達の過ごして来た「過去」を変えたくないから
「未来」も変えたくないのだ。
過ごして来た価値観を継続したいからに他ならない。これはダメだ。「今」を見ていないし、見ようとしていない。
その大きな理由として健康や気力、体力が衰えて来たと感じるからだろう。そしてこれらを諦めている節がある。
だから私は「今」を見ている。
「今」から「過去」も「未来」も変えようとしている。
人生の上書きは、「過去」を変えることができる。
「過去」の自分と違う「自分」になれば自分の中にある「過去」の記憶は価値観の変化と共に姿形を変えるからだ。
それはつまりDNAのアップデートにもなっているかもしれない。
自分の「過去」が書き換えられると「未来」も予想外の方角にに向かっていく。
「今」の私が正にその通りだ。
運動嫌いだった私が、百均で買ったゴムバンド(3種セット)による毎日のストレッチで身体可動域を大幅にアップした。
驚くことに身体の可動域を拡げることは、精神のゆとり幅を拡げることと同義だったのである。
ストレッチが全身運動をしながらの瞑想でもあることに気付いて実践して以来、とてつもない健康体を維持している。
これに質素で健康的な食事(腹八分目)をよく噛むこと(以前の2~3倍の時間)が加わると20代や30代の頃を凌駕する
頭の回転、集中力、体力、アイデアの瞬発力などが得られる。
かつてこれらはお金と時間をかけて手に入れるものだと思っていたが、実は殆どお金がかからず、有意義な時間をゆったりと
過ごすため経済的でもある。
2026年5月2日 三菱一号館美術館
「トワイライト、新版画 小林清親から川瀬巴水まで」
を観覧した。
写真はそこでの小企画展「ジャポニスムの季節1~春」
三菱一号館美術館は、東京駅から歩いてほど近い便利な所。
大学での授業に役立つ内容をいつも展示してくれる。
東京駅からこの美術館を経て、有楽町にまで歩くと銀座に
来たようなものだ。
銀座の「すずらん通り」に入ると銀座グラフィックギャラリーがあり、新潟のアンテナショップもある。
とても縁の深い通り。
東京出張の際は「すずらん通り」に行かないことは無いくらいくらい頻繁に行く場所になっている。
新宿南口 某クリニック
新宿南口には何かしら縁がある。かつて英語の勉強に力を入れていた頃、通っていたTOEFLの教室が新宿南口にあった。
当時は新宿南口が開発されたばかりで、高島屋も出来立てのホヤホヤだった。あの頃が昨日の様に想い出される。
私が何か頑張ろうとすると新宿南口に行くことになるような気がする。
天気の良い今日も、ある意味でそうだった。
身体のメンテナンスの一環で新宿南口にある某クリニックに行き、施術をしていただいたのだ。
待合室は混んでいて、色々な方々が居た。とても忙しそうなクリニックだった。
様々な人々が、日々生きていくための各々の準備、メンテナンス、治療など、多くの想いを持って過ごしているのを感じる。
昨年から計画していた1つ1つが、今日のように実行に移され目標に向かって近づいて行く。
30年前に受けたTOEFLの点数はまあ良い点数だったが、当時会社の社費海外留学試験に落ちて意味が無くなってしまった。
ところがその後、国内で大学院に通うための大学院入試で英語免除に使うことができたので、そのための意味があったのだ。
今、私が大学で教員をしていることは大学院に進んでいなかったらあり得なかったキャリアなので、新宿南口は長岡に繋がっていたと言えるだろう。新宿南口からの帰り道、そんなことを考えていた。
穏やかに過ごす日々
人間は過去バイアスが強く働く生き物で、生存本能としてもDNAに危険察知力が埋め込まれている。
ところが以前にも書いたように、過去は現在によって、あるいは未来への気持ちによって上書きされて別解釈になる。
理想の未来はそうなると決めることで実際にそうなるのだ。この法則が分かってくると焦ることなく、ブレることもない。
その未来がやってくるつもりで生きるのだ。いや、もっと言うと既にその未来が今、来ている体で生きれば良い。
私自身その考えに至るのは5月に入ってからで、4月までは少し恐さが先行していた。5月に入って完全に悟ることができた。
宿命は向こうからやって来ると書いたが、向こうとは自分の内側に他ならない。つまり外側ではなく内なる自分なのだ。
従って未来を恐れる正体は、過去を変えられないと思い込む自分そのもの。
自分の最高の理想を、誰に臆することもなく、遠慮も無く、今実現できていると思いながら暮らせば良いのだ。
話すべきタイミングで話し、聴くべきタイミングで聴き、伝えたい本音を伝えるべきタイミングで伝えれば良い。
それを実践していれば思い通りになるし、既になっている。
自分の在り方を大切に日々生きているだけで、大丈夫だ。
今年に行くべき場所
令和8年、この2026年は行くべき場所に行くことになる年だ。
実際に行くべき場所には何か所か行くことになった。
その場所に行くことで間違いなく大きな気付きを得て来た。
その一つ一つがどういう意味なのかが、後追いで更に深く分かって来る。
初めて訪れる場所も重要だが、再度訪れる場所もかなり重要な意味がある。
その場所へ行く計画も立て始めるとしよう。
皮膚科へ行き、その後渋谷へ
左手首にできたガングリオンが左腕の筋を圧迫して痛みを感じたため皮膚科へ行ってみると、何とガングリオンのある位置に
腕の筋は通っておらず、圧迫されることは無いため放置して良しとのこと。素人の思い込み(自分自身のことだが)はプロからすると全くの勘違いということだ。では筋の痛みはどう説明する? まあ、様子を見るとしよう。
その後、35年前に吉祥寺で上映された伝説のチェコ映画「ひなぎく」を渋谷のシアターイメージフォーラムで観た。
この映画を私は初めて観たのだが、一風変わった実験的映画で見入ってしまった。ついに観たという感じで良かった。
渋谷は若い頃から苦手な街で、最近までそう思っていたが、渋谷も慣れた。どうしても観たい映画が渋谷の映画館でしか
観れない場合や、ACジャパン広告学生賞の授賞式で学生達の受賞のおかげで何度も訪れるようになり苦手意識が消えていた。
やはり全ては「慣れ」であり、「慣れる」までに「勘違い」をするのかもしれない。
そう、「苦手意識」は「勘違い」の可能性が割とあるかもしれないのだ。
これは「人」に対しても言えるかもしれない。
2026年5月9日 GWが終わり浜松へ出張
暦の上ではGWが終わり、東京を経由して浜松へと出張である。
GW中は、研究の準備やら新しいコンテンツの摂取に努めてほぼその目的は達した。
充実したGWだったと言える。
来週からの授業準備も万全にしておく。
気の引き締め方を通常モードへと切り替える。
2026年5月10日 出張終了、東京経由で長岡に帰る
先日の浜松市美術館「足立美術館展」での近代日本画の量と質に圧倒され、観覧時間は2時間近くかかったが充実していた。
近代日本画の歩み、チャレンジの軌跡が手に取るように分かった。
展示スペースにゆとりがあって広かったことが素晴らしい。
東京の美術館ではなかなかこのスペース的なゆとりを実現できる美術館は限られている。
やはり時には地方の美術館で素晴らしい展示を観る必要があるのだ。
2026年5月13日 桃源郷の日々
春から初夏にかけての晴れた日の気持ち良さは天国に居るような気分になる。
大学への行道に退職された建築学科の先生のお宅があり、その側道には手入れされた花壇がある。
その横を通って大学に向かうのだが、通るたびに花の香や草木の揺らぎを肌すれすれに感じる。
すると脳内にはお花畑が咲き誇り、ドーパミンやアドレナリンのシャワーが降り注ぐのだ。
戦争の無い時代の令和日本に生きている。
咲いている花が細部まで良く見える。
鳥の鳴声も良く聴こえてくる。
人間の世界だけでなく、動植物の世界でも大きなドラマから小さなドラマまでが毎日起きているようだ。
また今日は夕方から夜にかけて大学構内の桜の木の下で新任の先生方の歓迎会が催され、
とても素敵なひと時を過ごすことが出来た。今日のタイトルの様な1日だった。開催してくれた先生に感謝だし、
あらためてその準備をしてくださった方々に感謝の日である。
長岡を好きになった理由はこういった1つ1つの積み重ねだった気がする。
幸せなんだと思う。
2026年5月15日 富士山
先日の出張で浜松市に向かった時のこと。
久しぶりに新幹線から富士山を眺めたのだが、今までの記憶にある富士山より近く、そして大きく見えた。
その日の昼、ランチで訪れた浜松城を見下ろす元城亭で店員さんから、
「今日は富士山が良く見えるのでこちらの窓からご覧になってください」と勧められた。
天気の良い日で360度浜松市内を見渡せる元城亭は、昼時にもかかわらず空いていて静かだった。
元城亭から富士山を眺めた後、反対方向の浜松城を見ると家康を感じるのだ。
家康が築いた天下泰平は今も続いている。
天下泰平とは書いたが、大学生達の就活戦線は戦国時代さながらである。
地方在住の就活大学生達に対する採用側企業の無配慮、無神経、無頓着に猛烈な憤りを感じている。
私は、大半の企業が地方から面接などにやってくる大学生達に交通費を払っていると思っていたが、
大半の企業は払わないのだそうだ。信じられない。
採用活動がブランディング活動の一環だという意識の欠片すら無いのだろうか。
また、不採用のメール文面も酷いと聞いている。
新卒採用という日本独特の文化、風潮に甘んじて、新卒予定の未来ある大学生達を蔑ろにしている企業に対して
何かしら提言をしたいと強く、強く思う日々だ。本気でそのことを考えている。
2026年5月18日 現在・過去・未来
昔あったことは単なる過去の些細な出来事ではなく、現在と確実につながっていて意味があることだ。
過去に何度も頭に浮かんでいたキーワードが、現在でも頻繁に思い出されるようになり、やがて目の前に現れたりする。
脳内の妄想が現実になることは、むしろ当然なのだろうか?きっとそうなのだろう。
ひとたび人間が妄想したならば、それは現実となる可能性が生じている。
例えば現在存在していない未来の人々は、確実に存在し得るのだ。
今から150年後は、現在生きている人々は全員居なくなっているが、150年後の人々が世の中を廻しているのは間違いない。
私の研究室の学生達の就活や卒業研究は、私の研究テーマや将来にもリンクしてくる。
学生達同士もリンクし合っているところがある。
不思議なもので、互いの巡り合わせの奇跡を感じる今日この頃。
今日も良い天気だった。
2026年5月20日 就活5月戦線、5月末まで激しい
就活は佳境も佳境に差し掛かって来ている。
4年生達は十分に気付きを得て慣れても来ているだろう。
その上で終盤らしい時期を迎えている。
ここまで来ると、皆それぞれの個性と受けている会社が身近に合ってきている。
良い結果が来るのは時間の問題だ。自然に進めていれば結果は付いてくる。
淡々と進めれば良いし、最終面接を迎えたら悔いを残さずに言いたいことを伝えれば良い。
2026年5月21日 4年生達の卒研テーマがリンクし合う
面白いことに研究室の4年生達の卒研テーマはどこかしら互いにリンクしていて、
不思議な縁や運を感じないではいられない。そして私の研究テーマや人生のテーマまでもリンクしている。
このタイミングに、この長岡で、テーマが交錯している奇蹟を感じる。
2026年5月22日 折り畳み傘が壊れる
買ったペットボトルが転がり落ち、駐車場に止めてある車の下に入り込んだ。
その後、折り畳み傘を開こうとしたら途端に壊れて開かなくなった。
こういう日は、落ち着いてあまり動かない方がいい。
週末は雨なのか。
2026年5月23日 晴れたので洗濯をした。
早朝から洗濯日和を堪能した。週末は雨だと思っていただけに得した気分になる。
さて、あり得ないプロジェクトを設定して動かそうと決めたため、その材料を仕入れるためにお出かけすることにした。
だから晴れて嬉しいのだ。このあり得ないプロジェクトは昨年の自分だったら、絶対に取り組まない。
なぜあり得ないプロジェクトを設定しようとしているのか?
それは、あり得ないことに「慣れた」からだ。
世の中の殆どのことは「慣れ」で解決する。
「食わず嫌い」という言葉があるが本当にそう思う。
晴れた天気の良い日は、心のブレーキやストッパーが良い意味で外れやすい日。
それに気付いて暮らしているだろうか。
「慣れ」るためには機会が必要。機会は時間であり人でもある。
平和と幸福
今日という日が思いのほか明るい晴天となったせいで「平和と幸福」について考えてみた。
私は既に私の幸福に関しては透明な感覚を持っている。
それは自分よりも世の中の他の人々の幸福が街中に溢れていることを感じて満足してしまうからだ。
週末の楽しみや、仕事から離れた上向きの気分が、あちことに溢れている今日のような日。
駐車場に車を止めて、目的のために出て来る人や、家族などがどこに向かうのか・・。
知る由もないが、この当たり前の風景は実に正直だと思うのだ。
自分の心とは関係なく、天気や風景は正直にその時の人々や時代を見せてくれる。
何も考えないで幸福を感じられたのは子供の頃だろうか。
将来のことなど微塵も考えることなく、その日の晩御飯のことやテレビ番組程度のことに終始して暮らす幸せ。
戦争などもなく、徴兵制もない。心配事を生み出す知識もインプットされていない状況の子供時代。
実は今、私はそのような気分なのかもしれない。
夏が来る。
今年の夏は、今までにない夏になるのかもしれない。
2026年5月24日 風邪が流行っている?
ニュースを見ていたら、風邪が流行っていると言っていた。
確かに大学生達の中にも咳き込む人が少し見受けられ、授業を休む人達が少しいる。
全国的に起きている現象は、地方にも少し影響が出るものだ。
いきなり暑くなったのでそのせいもあるかもしれない。
いずれにしても手洗い、うがいは徹底して健康に勤めよう。
2026年5月26日 暑い
かなり暑くなってきた。気を付けないと熱中症になるかもしれない。
まあ、それ程長い間歩くことは無いから大丈夫だろうが。
水分をマメに摂取するようにはしよう。
それと、やるべきことは沢山ある。
最近感じることは、皆、頑張って生きているんだなという実感。
若者達も年配者達も。今までもそうだったんだろうが、特に最近そう感じる度合いが増している気がする。
私だけがそう感じているのか?
この時代が、私だけでなく多くの人にそう感じさせているのか?
狂気的な情報流通の速度や社会の変化、地球環境の変化が、生きている実感を強く感じさせるのは
生命の危機を感じる本能が作動しているからなのか。
そんなことを感じている私はどうなのだろう。
自分では妙に自分らしく本質が剥き出しになりつつあるのは、時代の追い風のせいだと思っている。
2026年5月27日 閃きが降りて来る
授業のアイデアは夜中に降って来る。
昨年やった授業と、全く同じではなく毎年アップデートをするのだが、その閃きは突然降りて来る。
昨夜もそうだった。
夜中の水を打ったような静寂の中、chatGPTに新しい課題を実施する新メンバーの学生名簿を作ってもらい
その学生名簿を眺めていると、次の課題は個人での取り組みではなくチームで取り組む内容に変更しようと思い立った。
つまり個人で取り組むよりも、学生同士で話し合って課題に取り組むことになる。
学生達が自分の中にある能力に気付き、そこに点火する瞬間を見て来た。
自分の想いや情熱(個性や才能)は沢山の常識というブレーキや、こうでなければならないという一般論障害物の奥に
深く、深く埋もれている。
そういったブレーキや障害物が溶け落ちて浮上する状況とは、他人の想いや感覚、感性、発言、行動に触れて衝撃を
受けること。そのためには、まず「出会う」ことなのだ。
「出会う」は英語で言うと「encounter」だ。
単に「会う」=「meet」とは意味が異なる。
「encounter」は「出くわす」「対峙する」「軍隊と軍隊がぶつかる」といった意味があり、そこには衝撃を伴う。
出会うことは既に衝撃を含んでいる。その出会いの衝撃(波動)こそが自分に気付くキッカケとなるのである。
こう書いている私自身が、学生達から多くの気付きを与えられて来たのだから間違いない。
2026年5月29日 青天の霹靂
想定外のことは起こる時に起こる。
授業に組み込んでおいた「学生広告クリエーティブ賞」の課題発表が遅れていると思っていたが、賞の内容を刷新するために
今年は実施しないと本日発表があった。まさかまさか、である。しかし既に気持ちは切り替えた。
そして昨夜から痛んでいた右目が更に充血して痛みを増したため、朝一で眼科に行ってチェックすると角膜に傷ができていた。
その後、歯医者も入れていたのだが今日治療予定の歯以外の歯茎に問題が発生し、そちらも治療することになった。
これらのクリニックと薬局を行き来する間に授業もあり、なかなか忙しい1日だった。
私は健康には自信があるのだが、1つ1つのパーツはそれなりに古くなっている。過剰な自信は持つべきではないと痛感した。
謙虚に、実直に生きていくのみ。それこそが最も刺激的な生き方なのだと思う。
2026年5月30日 壊れた折り畳み傘
先日、折り畳み傘が突然壊れた話を書いた。
次に雨が降った時、壊れて玄関に立てかけたままになっている折り畳み傘を見て、もしかしたら直るかもしれないという
直感が湧いた。伸びきって固定されてしまった柄の部分を短く畳み直すと、それはカチッという音と共に元に戻った。
そして開くボタンを押すと無事に傘は開いた。
何故か、こういうことなんだと思った。
諦めた時点で終わらせる必要は無い。どこかでそう思っていたのかもしれない。
だから壊れたと思った折り畳み傘をゴミとして出さずに置いておいたのだった。
少しだけのゆとりというか、直ぐに決めずに少し寝かせたり、そのままにしておく気持ちが大切かもしれない。
さて、出張で東京へ向かうとしよう。
2026年6月1日 6の月
さて、私のラッキーナンバー「6」の月に突入した。6月、私に起きるイベントは特別な意味を持つだろう。
既に想定外のことが5月に起きて、6月の想定していた予定が変わった。変わることは未来予測に繋がっている。
想定していた予定が変更され、その代替案が実施されるのだが代替案をどうするか、何を選択するかで未来が
決まって来る。つまり未来選択肢の分岐まで予測できるのだ。その分岐先を1つ1つシミュレーションすればかなりの
確率で未来予測ができる。想定外が起こるとワクワクする。その代替案を考えるのは楽しいものだ。
趣味とルーティンについて
例えば部屋の掃除、コインランドリーでの洗濯、散歩、ときおりする水泳はどれも私にとってルーティンだが
趣味とまでは言えない。ところがそれらを極めようとすればその方向に行きかねない。
掃除道具に拘り出したらそうなるし、最近コインランドリーで柔軟剤を追加したい(してこなかったが味変的にしたい)
衝動に駆られている。散歩は既に瞑想と合体させて半分眠りながら歩く手法を実践している。
趣味まで行くにはそれに対する時間と予算を掛ける気になるか否かに依るのだろう。
簡単に出来ることからやりそうな気配が自分に漂っている。コインランドリーでの柔軟剤追加は1段階加えるだけだ。
それらは全て紙一重なのだ。
6月はそんな紙一重を乗り越えていく月になりそうな予感がする。
2026年6月2日 就活のループ
4年生達の就活が最後のコーナーを周った今日この頃。3年生達の就活、夏のインターン公募に向けての活動が開始されつつ
ある。昨年の知見があるため効率よく指導出来そうだが、就活戦線の厳しさ(採用人数減少など)は増している。
就活は毎年のことだが、気力、体力、運を総動員して使う一大イベントなのだ。しかも年明けから春までと長期戦になる。
一喜一憂する必要は全く無い。
今、健康に生きている事実が何よりも凄いこと。それだけで可能性は無限大。それはお金の価値で換算できるものではない。
就活はもちろん大切で、人生の一大イベントで、いろいろな気持ちにさせてくれる。
つくづく就活って奴は!と思う今日この頃。
2026年6月5日 眼と歯
眼科と歯科に通うことが多い今日この頃である。どちらもメンテナンスが必須な重要な部位だ。
身体全体の健康はまあ自信があるが、1つ1つのパーツが古いことは間違いない。何と言っても昭和産だから。
今日も朝一から歯医者へ行かねばならない。昨日学食でランチしていたら仮歯が外れてしまったから。
今までの経験上、眼と歯のトラブルは一度立ち止まれという黄色信号だと解釈している。
仮歯が外れた日は歯医者は休みだったので、今日の朝一に歯医者に駆け込むことになったのだ。
時期を同じくして、昨年から計画していたプロジェクトの幾つかが諸々の事情によって無くなった。
想定外のことが起きている。悪いことではない。モノゴトが無くなった分、新しい何かが流れ込んで来る。
今日は出張で東京に行くのだが、仕事上スーツを着ることになる。そういう日もある。
自分で決めているようで、そうなるシナリオに最初からなっているようだ。
今日という一日を丁寧に進めるようにしよう。


















