· 

電通OBが上級ウェブ解析士になって

2018年6月18日 「マーケティングは組織革命である」 森岡毅

 

昨日読み切ったが、全く納得のいく話。世の中でホンモノのCMOと言えばこの人くらいしか

思いつかないが、やはりその通りだった。この人が言うマーケティング以外、つまり世の中の

殆どのマーケティングは狭義のマーケティングになるが、その通りだと思う。

特に共感できたのは組織の中の3つの呪いの指摘部分。

 

1:年齢差の呪い(年功序列などによって引き起こされる業務的非効率)

2:役割差の呪い(社長も平も仕事的には同列で言いたい事言い合えるか否か)

3:性差の呪い(男尊女卑など)

本物のマーケティングを実施するに当たって実は上記のような組織課題が大きな問題である

という指摘は目ウロコ。でも実感できる。この本、お薦めします。

2018年6月19日 「マーケティングとは組織革命である」 森岡毅

昨日に続き、本日もこの本の話。マーケティングの本なのだが、本当のマーケティングをするためには組織の在り方を徹底的に変えねばならないという、かなり本質を突いた内容。特に3つの呪いとして組織に蔓延る障害を指摘しているが、全く同感できるもの。その3つとは、①年齢差の呪い②役割差の呪い③性差の呪いというもの。特に①は年功序列が当たり前の古い組織だと知らず知らずの間に互いが気を遣い、その気遣いにより言いたいことが言えなかったりコミュニケーション速度が落ちたりそもそもコミュニケーションが出来ないという恐ろしいもの。これは自分も味わってきた。大きな会社では互いに気付かないうちにこの呪いに罹ってしまっている。

2018年6月28日 新丸の内倶楽部

この写真は私の勤める会社が入っている新丸の内ビルの

共有ラウンジにある個室。併設のカフェにコーヒー1杯を

注文するだけで予約できる。1人で予約しても5人で予約しても各自分飲料の注文をすれば予約できるのだ。

この丸の内で個室を気軽に押さえられるのは驚きです。

昨日はオンラインミーティングで2時間押さえました。

静かだし集中できるし即職場のデスクに戻れるし、良いことづくめです。いろいろな職場に勤務したが、丸の内はベストだと思う。街の雰囲気、いる人々、どれをとっても好きだ。

自分の苦手な街は、若い頃から変わっていない。渋谷が苦手

だなー。丸の内で勤務しているウェブ解析士はどれくらいいるのだろうか?関東圏内でのウェブ解析士生息マップがあったら見てみたいものだ。

2018年6月30日 ウェブ解析士と東京オリンピック

私の住むエリアでも東京オリンピックの準備が進んでます。

これは晴海の建設現場を豊海側から見たところ。

2年後のオリンピックでは風景がかなり変わっているだろうな。今日は猛暑です。先ほど図書館へ行ってきましたが

外はとんでもなく暑い。熱中症対策をして外出せねばヤバい

です。一旦帰宅して再度外出予定あり。

読書本を持って出かけるとしよう。

ハイ、出かけてきました。案の定、とんでもない暑さ。

用事を済ませ速攻で帰宅したら、超アンラッキー!自宅の

リビングの冷房がオーバーヒートで停止したではないか。

なんということよ!

仕方ないのでダイソンの送風機を稼働させてます。

現在21時になろうとしてますが、部屋の中はヌルいです。

2018年8月8日 「講師」という仕事

今迄の人生で講師業を長年やってきた。これは自分がやりたかったというよりも、その機会をいただいて広報・専門学校で

WEB制作やウェブマーケティングの話をしたことから続いてきた。特に電通で新規事業開発をし始めてから、講義内容はイノベーションや新規事業開発といった内容も加わり出し、大学の寄付講座や市民講座といったアドホックな場面での講義もするようになったのである。そのような経緯、実績もあって現在もお呼びがかかります。講義をするからには最新情報を仕入れなければならない訳で、自分としても情報整理と最新インプットを日々心がけている。これは結構大変。

ただし、9月から講師の仕事はかなりゆとりがある場合のみ、受けることにさせていただこう。本日は台風が来ているようだ。小雨が降っていて涼しい。そして風が強い。

2018年8月14日 お盆休み

私もお盆休みをいただいている。キチンと休まずして良い仕事はできない。若い頃はガムシャラに仕事をすることは必要だと

思う。が若い頃から効率よく仕事をしておけばどれだけの発展が望めたかを今にして思う。それができる人ならば経営者として成功できる可能性は高い。もちろん効率だけの問題でなく成功には気持ち、心が大切になるのは言うまでもない。

私が今までに見た大成功している経営者の特徴はとてもシンプルに共通している3つがある。この3つは誰でもできそうで

できないこと。逆にこの3つができれば少なくとも小さくは成功できる。

1:挨拶を必ずする(朝も昼も夜も誰にも)2:メールや電話には必ず即レスする(5分以内)3:必ず反省し正す(柔軟性)

1,2ができていない人は論外。これができていない場合は経営上問題があると思っていい。ディレクターとして、ウェブ解析士として多くの経営者、企業管理職と会うがこれらは間違っていないと確信している。

2018年10月23日 平成が終わったら

平成が終わったら、おそらく自分にも大きな転機が来ると思っている。予感がハッキリとある。会社を辞めた時に似ている。

自分の生き方の区切りを付けるのがそのタイミングなのだと思う。幸いどうやって生きて行くのか明確になり、より覚悟が

決まっている。これは人生においてやりたいことや、実現したいことから見出したのではなくその反対で、絶対にやりたくないことや生きていく上でのポリシーに反することはしたくないということが大きい。どういう人間にはなりたくないという

視点。そこから残るものが非常に重要だった。年を重ねるとネガティブな要素を認識することの方が、ポジティブなことを

目指すよりも重要になってくる。ウェブ解析はその中で残ったものの一つであり大切な一部だ。

2018年11月19日 プサン経由のソウル出張

昨日から何故か、プサン経由でのソウル出張で移動時間に8時間以上かかった。近いソウルが非常に遠く感じた。

まあそれは良いとして、ソウルの街は大型の商業施設の建設ラッシュが多いと感じる。インチョンのパラダイスシティも

かなり盛況のようだ。ウェブ解析に関してはどのような市場になっているのか訊いてみるとしよう。本日はスタートアップ

企業のカンファレンスイベントに参加スケジュールる予定。

 

2018年11月22日 ソウル出張最終日

写真は、ソウルのオフィス。ここに数日間お世話になった。

昨日はプサンへの日帰り出張だった。初プサンで、クライアントさまの所へ打ち合わせに行ってきた。

ご縁以外の何物でもない。不思議にもプサンには行くことになるだろうと思っていたが、このような形で行くとは想像

できなかった。この出張では多くの気付きと、運、縁を感じることができた。人生の岐路を実感できる機会だった。

ウェブ解析士というだけでなく、仕事には営業が必要という基本中の基本を異国にて痛感。

自分には営業の血も流れている。

電通時代にクリエーティブをやりたくて入社したが、それを5年間やってから大決断をし、自ら営業局に出た。

あの大決断は今になれば必然だったと思う。

今となって活きてきている。

2018年12月4日 永田町の基地

都内にいくつかある基地の一つ、永田町GRID。
東京駅や永田町からは交通のアクセスが良く、これらの基地から各地へ出かけるのに便利である。コーヒー無料、電源あり、WiFi完備、ランチは比較的安い。非常に便利な場所。

ウェブ解析士としての講座をこの場所で受けたこともある。

Gaiaxさんが設けているスペースであり、スタートアップの

方々が利用できる。こういった場所は本当にありがたいし

仕事のモチベーションも上がる。働き方改革が進んでいるが

正にその現場だろう。大企業の中での働き方改革とは全く異なる個人としての働き方の可能性を追求できる。

いろいろな働き方、仕事内容を追求していくうちに最も自分らしい働き方、仕事内容が見えてくる。そして働く土地、場所、共に働く人がかなり重要なのは言うまでもない。

2018年12月31日 2018年最終日!いよいよ2018年とお別れだ!

ウェブ解析士の資格を再び取得するため、今年の年明けから勉強を始めた。日比谷図書館や、自宅マンションの自習室など

あらゆる場所を活用して準備をした。テキストは以前に取得した時より100ページも増量されていて更新されていた。良い資格

だと思った。3月上旬に後藤塾で試験だけ受験し合格。その後、上級ウェブ解析士も取得。そしてマスターを受けてみたが
そこまでの準備やレベルに自分が達していなかったのと、仕事が忙しくなったため一度、休止。来年どうするかはマスター

コースの内容がどうなるかによって考えようと思っている。ウェブ解析士の仕事は何度も書くが中小企業で凄く伸びている。

今どきウェブサイトだけ制作して放置している企業は珍しくなってきている。まだまだあるのだが・・・・。

とにかく中小企業の課題に応えていくことは、難易度が高い場合が多い。大手同士の継続的付き合い厳しいと違って、中小企業は資金的なユトリが無い中での仕事だから結果が出なければ切られてしまうのである。かつて大手にいた私は現在では

仕事のツボが全く違う手法で仕事をしている。流派が全く変わったのだ。でもかつての仕事が役立っているのは間違いない。大手企業への課題解決から中小企業への課題解決をするようになって違うステージに突入できたし、今後の人生を考えると

この進み方が正しいと確信できた。沢山の収穫と学びのあった1年でした。

 

2019年6月15日 龍山寺にて(ブログ開設から1年)

24年前に初めて台湾台北を訪れた時には、龍山寺に呼ばれた気がしたものだ。そこでお神籤を引いた時の事を良く覚えている。そこでのメッセージはその後の人生を示唆したものだったからだ。今回も同じような感覚で龍山寺に呼ばれた気がした。そしてお神籤を引き、月形の赤い木片を2つ床に投げる。すると3回投げて2つの表裏が互い違いにならなかったため、お神籤を引き直した。お神籤の番号は73。その時に24年前を想い出した。あの時も73だったな。月形の木片を投げると互い違いになって止まったので73のお神籤を木箱から引き出す。24年前と同じ木箱の引き出しから紙を引き出した。中国語は読めなくとも漢字の並びで意味は分かる。24年前は親切な通訳の人が解説してくれたが、今再びその文字を見て当時の解説が蘇ってきた。ああ、一回転したんだな、と痛感した。24年前も、おそらく6月のこの頃だっただろう。不思議なものだ。ウェブ解析士会議には参加できなかったが、龍山寺に呼ばれてしまったから仕方ない。龍になるしかない運命のようだ。

2019年6月16日 連日の台北散歩

日本より一足先に真夏の様な暑さの台北、晴天の街中を散策する。まだ昭和の趣がある街並みを感じながら昭和を遠くに感じる。昭和という時代が平成が終わって更に遠くなった。自分は昭和生まれという事実が実際に昔なのだ。ウェブ解析士という職種も昭和には存在しなかった。午前中にマッサージに行った。優れたマッサージ師はどこの国だろうと人だろうと即座に客の身体を理解してマッサージをする。言葉で説明する必要もないのだ。長年マッサージを受けている身としては、才能あるマッサージ師は1分で分かる。夕方に空港の傍にある圓山ホテルに行き、最上階の虎の物の怪が出るというホールを見に行った。

独特の空間で長居できない雰囲気だった。

2019年12月30日 2020年以降は残業という概念が無くなる世の中にしたい

私が2019年までの人生経験で見てきた、日本企業が最も変革しなければならないと思う事は、ハッキリと1つ挙げる事が出来る。それは「残業」。残業はしないで仕事を終わらせない限り、生産性は絶対にアップしない。そして残業の多くの理由は

個人の問題だけでなく会社組織の構造や体制の問題が大きい。この場合、個人の生産性をアップしても追いつかない場合が

発生してしまう。残業という言葉や、習慣は無くなるべきだと確信している。自主的に好きでする長時間の仕事は残業ではない。夜遅くまで仕事に役立つことを自主的に勉強するのは残業ではない。自己投資である。一方、残業とはノルマ数字を上げるためにする作業が殆どだ。だからノルマ数字が自分の自己投資に成らない事であればその仕事をよくよく考え直すべきだ。

ノルマ数字と自分のやりたい事が一致していれば問題無い。一致させる事ができればラッキーだとは思う。経営において

ノルマ数字の達成がKPIになる事はまあ良いとして、KGIになる事には問題があると個人的には思う。そのような状況になると提供するサービスの質を棚に上げてしまって考えなくなる傾向が出るからだ。だから提供するサービスの質を数値化してKPIやKGIにすべきなのだ。社内内向きのKPI,KGI設定は会社組織を崩壊させて行く。外向きの提供サービスの質を目標値にせねば!!2020年以降は、より生活者主体の世の中になるため、数字を追いかける作業だけしている仕事は滅びていくだろう。

ウェブ解析士の仕事は、作業ではなくビジネスの本質をウェブから読み解く事なので、企業が提供するサービスに関して様々な角度から貢献できる筈なのだ。

2020年1月1日 新年、明けましておめでとうございます

年が明けました。今日は穏やかな良い天候の元旦で、平和のありがたさを感じながら散歩しました。思えば30年目のサラリーマン生活となりました。社会人になったのは平成2年だったので、新しい元号の令和2年は新しい旅立ちの年にしたいと思っています。30年前は広告会社ぼコピーライターやテレビCM全盛の時代で、自分はそれに憧れて実際にその仕事に就くことができました。当時の自分は大学生で実績が無いにも関わらず、根拠の無い自身は人一倍ある若者でした。ただマスコミに入る準備は計画的にして、それなりに準備もしていたのを憶えています。驚くようなラッキーもありました。それはテレビ東京でのバイトから始まります。大学4年生の時です。バイト情報誌で見つけたテレビ東京のバイトは、働く部署や仕事内容は分からないものでした。とにかく私はテレビ局の中に入り込もうと考えて面接を受け、採用されました。入ってみるとCMチェックという仕事を任せられました。当時はビデオテープに数日後に流されるテレビCMをつなぎ合わされたものを2人体制で目視でチェックするというものでした。テレビ東京の子会社の社員の方1人と、バイトの私の2人体制で朝から晩までテレビCMを見続け、スポンサーや内容、順番が正しいかをチェックするのです。そう、私はどの大学生よりもテレビCMの本数を見ている大学生だったのです。その頃大学の就職課に行くと、「第1回電通クリエーティブ塾」の生徒募集のポスターが貼ってありコピーライターやテレビCMプランナーを要請すると書かれていました。授業料は無料、毎週土曜日に講義と演習をやり3カ月続くものです。私は筆記と面談の選抜を突破して第1回電通クリエーティブ塾に通う事となりました。講師は現役のコピーライター、プランナー、クリエーティブディレクターで広告界の重鎮やエース級ばかりです。非常に贅沢な内容で、電通社員で芥川賞受賞作家の新井満氏の特別講義もありました。そのような中、私はサークルに入っていなかったので朝から晩まで課題を考えて、課題のコピーや、テレビCMの絵コンテをアルバイト先のテレビ東京からファックスで電通に送信していたのでした。何の実績も無いとはいえ、誰よりもテレビCMを見ていたために良し悪しや面白さのツボが少しは分かっていたのかもしれません。そこでの成績が良かったことで電通に入る事ができたのでした。一緒に組んでいたCMチェックのお姉さん、依田さん(だったかな?)はどうしているんだろうか?今想い出したんだがテレビ東京の新入社員の方ともペアを組んでCMチェックをした時も

あり、その新入社員さんで有名俳優の息子さんがおり、その方は大学の先輩でもあったので良くしていただきました。

想い出は尽きないのでこのくらいに。ウェブ解析士という言葉も無ければ、インターネットすら無い時代の話です。

2020年2月1日 コンサルティング会社で独立した! 

さて、本日からコンサルティング会社(自社)のディレクターとして始動します。4月からは某大学教員となりますが、そこでは兼業、副業が認められています。また研究と仕事は同時進行で、常に最新の仕事事例を大学教育の現場に還元していきます。特にアクセンチュア、デロイトといったコンサル企業さんとはフリーのクリエーティブ・ディレクターとして企業のマス広告戦略からデジタルマーケ領域までのヘビー級統合戦略ディレクションを請け負います。大広告手代理店だと数千万する案件を数百万から!勿論、広告代理店とも依頼あれば組みます。

2020年2月4日 ラクスルのTVCMセミナーに行ってみた

自分がTVCMをどう使うかとシミュレーションしていた手法とほぼ同じように、実際にTVCMを打っていたのがラクスルだった。とても有意義なセミナーなのだが人数制限があるせいかとても少人数だった。大手の広告代理店の方は殆どいなかったようだ。意外というか、やはりというか注目していないことが分かったそういった確認は重要である。分かる人にしか分からない領域だと思う。ラクスルは注目するだけではもったいない企業だと思っている。

2020年2月14日 バレンタインデーの日の特別なイベント

今日は特別な日であった。バレンタインデーである。眼科の女医さんから450回に及ぶレーザー照射を右眼に受ける手術を

実行した日でした。昨年からドライアイが酷かったので眼科で診てもらっていたのですが、経年劣化で網膜が薄くなっており

小さな穿孔があったのでその周囲を焼き固めたのでした。眼は仕事で駆使してきたから労わらないと。今はコンサルティングだけでやっていけるので以前の眼を駆使するような仕事は一切なくなった。頭脳を今後も駆使するのは当然のことだ。毎日ショートコンサル案件が決まってきて忙しく過ごしている。ウェブ解析士として単品の仕事は無い。マーケティングの一部としてウェブ解析が必要にはなる。世の中はマーケティングに関してカオスになっているので、私に仕事が廻ってきている。

2020年3月3日 あっという間に3月に突入!

日々、コンサルティングのお仕事で新しい方々とお会いしている。非常に勉強になる。オンラインのミーティングが多いが

オフラインでの打ち合わせもある。オンラインミーティングは、新型コロナで世の中的にも進んでいるようだが、この効率の良さは後戻りできないと感じている。この効率で仕事をすると従来の3~4倍の効率になる。効率が上がると知見の獲得効率も上がるのでコンサルをする人間にとっては必須の働き方改革だ。確かに単価は2極化していると思う。作業は安い方へ、

戦略的アドバイスの価値はプロパーで雇われるより数倍高くなるのは当然。サラリーマン時代はどうしてもアイドリング状態が続き自分も本意ではなく後ろめたかったが、独立してからは働き方改革が相当効いている。やる仕事が無いなんてことはありえないのでストレスが全く無い。仕事は全て自分で選べるので一切ハズレが無い。仕事内容と仕事関係者を見極める能力が無いと独立はムリだ。取りっぱぐれたりしてしまうからね。また空いている時間に必要な勉強が猛然とできる。最高なのは昼を少し過ぎた頃にシエスタ(昼寝)の時間が取れることだ。シエスタの効能はやった人しか分からない。シエスタ後の仕事効率は凄まじいです。

2020年3月12日 リモートワーク、リモートワーク

毎日オンラインミーティング。価値観が大きく変わる2020年です。自力で生きていくためのツールは豊富にある世の中。

冒険心が疼きます。今まで自分が電通で身に付けてきたサバイバル能力、集中力、執念、根性、人脈をフル稼働させて楽しんでいる。サラリーマンを辞めてからストレスが激減して記憶力が全盛時代とは言わないがかなり復活してきた。脳の回転が

かなり戻って嬉しい。ストレスが溜まると記憶も回転も悪くなるのだ。それが長期的に続くと脳は劣化して戻らなくなる。

自分の脳みそがフレッシュになっているのを毎日感じている。そうでないとコンサルティング業はできません。特に若手の

コンサルタントや新規事業チームのメンバーとやり取りするのにテクノロジーやマーケティングの最新事情を全て把握して

おくのが普通なので勉強量、勉強スピードは現役時代より増え、加速している。日々、脳の筋トレしているようなものだ。

身体をマッチョにすることは全く興味はないが、脳をマッチョにすることはとてつもなく興味があるし、永遠に鍛えていたい

と思っている。ウェブ解析士という職種は日々テクノロジーが刷新されるしマーケティングも進化していくので永遠に脳をマッチョ化していかないと即引退になりかねない。脳トレ、脳トレ!

2020年4月8日 大学での授業準備はオンライン対応

ついに東京都をはじめとする複数の都府県で”緊急事態宣言”が出された。これに伴って東京に帰宅していた私は大学のある長岡入りを自粛している状況であり、大学側からは正式にどう対応するかの答えを待っている状況です。個人的には体温の計測と手洗いうがいの徹底、外出は極力避けて絶対的にコロナを防御している。家族も同様です。もし感染する可能性があるとすれば、それはスーパーマーケットのレジ周りか、たまたま大人数が乗り込んだ場合のエレベーターの2つである。なのでその2つが密でない状況を見計らって行動している。ウェブ解析士としては、この特殊状況でネット上の情報をチェックしてトレンド分析しているくらいか。大学では普通に学生を教室に入れて授業ができないので、教室も複数にして分散した上でオンライン対応もするというオペレーションに対応中で、それなりに大変です。私も東京からオンラインテストに参加しています。

2020年4月28日 長岡への引っ越しはGW明けに!

コロナウイルスの事情により引っ越し業者も込み合っていて、当初の予定より引っ越しが遅れている。しかし緊急事態宣言が出ているためどっちにしてもGW明けの引っ越しになる運命だったようだ。緊急事態宣言がGW明けにどうなるかは、その時にならないと分からないが、引っ越しは間違いなくする。新幹線は密な状態ではないし、換気システムが完璧なので問題は無い。しかし一度長岡入りしたら2週間は東京へは帰れない。いづれにしてもコロナの終息を祈るしかない状態だ。最近は毎日

Zoomでのオンラインミーティングを実施している。それは大学生だったり、大学の教員の方々だったりで授業のシミュレーションをしている。

2020年5月1日 眼科にてレーザー照射60発

久しぶりに眼科に行き、網膜にレーザー照射を60発実施して補強となった。その後、帰宅してZoomミーティング予定が3つ

入っている。在宅勤務が続くとはいえ、楽な訳ではなく今後の授業の準備や工夫をする日々である。緊急事態宣言は1か月延長が決定し、おそらく&希望的観測ではその後終息に向かっていくだろうというところ。油断はできないが必ず終わりは来ると信じている。さて、次のZoomミーティングの準備をしよう。

2020年5月4日 Zoomミーティングの背景で楽しむ

最近は毎日Zoomミーティングがあるのだが、部屋の景色を消すためにバーチャル背景を用いている。その背景も何種類かオリジナルで用意しているのだが気分が変わって良いものです。

←左の写真は昨年の出張で行った米国テキサス州オースティンでの瀟洒なビルのロビー写真。これをZoomのバーチャル背景にすると気分も広々としてくるから不思議だ。
さて、本日のZoomミーティングはクライアントさんが

現れず流れてしまった。このようなことは非常に珍しい。

想定外のことが起きているのかもしれない。明日の連絡を待つとしよう。更に明日の夜に1件、Zoomミーティングが入っている。ありがたいことです。最近は本当に新規事業を考えている中小企業、大企業が多い。私の仕事も増える訳だ。

2020年5月5日 犬の誕生日

今日は飼っている犬の誕生日です。9歳になりました。

311の年に生まれたトイプードルで、今までに大病をしたこともあったが現在は健康で元気に暮らしています。

311も衝撃的だったが、今起きているコロナのインパクトはもっと凄い。今後世の中のライフスタイルが大きく変わらざるを得ないくらいのインパクトだ。

←写真は、ごく普通に出張していた頃の写真。まさか現在のように篭って仕事するとは思いもしなかった頃。個人的には

以前のような毎日出社して残業もあって会社に8時間以上

拘束されるライフスタイルには戻れないし、戻る気もない。

私だけでなく多くの人々がもっと時間にゆとり持って暮らすべきだと思う。考える時間を持たずに仕事だけしている状態は脳が劣化していく。かつて頭の回転が良かった人たちが見事に劣化していく様子をさんざん見て教訓にしているのだ。

2020年5月8日 眼科に行きました

今年に入って右眼の網膜穿孔の周囲をレーザー照射で焼き固める手術を受けたのは記憶に新しい。そして最近その当時と同じ感触を左眼に感じたので即刻今日、眼科に行ったところ、やはり網膜に少しの剥離と出血が認められた。一旦帰宅して、午後にレーザー照射手術を実施した。これが結構辛い。右眼の時よりもレーザー照射数が多かった。300発以上だ。やや恐怖を感じました。しかし明日引っ越しだったが来週も術後の診断があるので引っ越しは一週間後に延期した。でも気付いて治療を受けておいて良かった。私と同じような方が日本でどれくらいいるのかネット上で調査してみよう。かなりいると思われます。

2020年5月15日 再度、眼科へ

右眼に違和感が出ていたので診てもらうと、やはり飛蚊症が進んでいた。まだ経過観察と2週間後のチェックが必要だ。常にチェックしていないといけない。眼は商売道具でも非常に重要なパーツだからかなり大事にせねばならん。Googleトレンドで

飛蚊症をチェックすると調べている人は増加傾向にある。このコロナ生活と関係があるのだろうか?何とも分からないが。

しかし求人サイトなどを調査しているとリモート案件、フルリモート案件が増加している。副業、兼業案件も同様に増えていて時代を感じさせる。かつては土曜日に半日学校に行ったり仕事に行ったりしていた時代があったが、週休二日制が当たり前になった。現在は、もっと自分のペースで働ける選択肢が増えている。自由度が高くなっているのだ。大学の授業はコロナで

大模索中です。大学の授業にも新しいスタイルが生まれてくるでしょう。

2020年5月16日 念願の引っ越しができた!

やっとN県N市に引っ越しができた。思えばコロナによる

緊急事態宣言が出たため、東京からの引っ越し予定が大幅に

狂い、更に眼の手術が勃発して引っ越しを延期した経緯が

あるのでした。世の中、全く予想外のことが起きますね。

幸いにもコロナには罹らずに今まではきています。

N市は、湿気があるなー。今日だけのことか、どうなんだろう。分からないことだらけなので、日々、観察したり人々に尋ねたりして生きていこうと思っています。

21歳の頃、マンハッタンで暮らし始めた時を想い出すなあ。

場所は全く違うけれど、気持ちはとても似ている気がしている。あの頃も今も、違うようで同じくずっと求めた人生の在り方を踏襲している気がする。歳を経ただけ分かるようになったことは多いし、気持ちもかなり落ち着いているが芯は

変わっていない。

2020年5月16日 必要なものだけ置く部屋

無駄なものは一切いらない。機能していれば十分だ。

そう思うと、逆にどうしても必要なモノがハッキリする。

スタンドは欲しい。フローリングに敷くマット的なモノが

欲しい。などなど・・・。空き箱となったダンボールは

なるべく早く畳んで片付けよう。肩凝りが酷い。腰痛も出てきている。銭湯に行きたくて仕方ないのだが、東京では行きつけの近所の銭湯は締まっていていつ再開するか分からない状況だった。ここN市M町はどうなのだろう?銭湯っぽい所は今のところ見つけることができなかったが、ちょっと離れた所にスーパー銭湯があるらしい。歩いていけるかな?

まだ良く知らない土地なので、車や暗闇には気を付けよう。

何が起きるか分からないから。気を付けて付け過ぎることは

無いのです。

2020年5月19日 近隣の調査(散歩)

引っ越し後、少しずつ周りの様子が分かってきた。特に生活必需品を揃える場所を行き来するのみであるが、その生活圏は

必要不可欠な所ばかり。スーパー、大型商業施設、薬局、とまあ大きくこれくらいだろう。本来職場の大学はコロナ閉鎖のため構内に入れない(特に私は東京から引っ越したため2週間は大学に入れない)のだ。昨日は昼休みに県立近代美術館に行ってみたのだが、たまたま休館日で残念だった。かねてから行ってみたかった山本五十六記念館は、まだ閉鎖中とのこと。

近隣の調査(散歩)といっても、自転車すら無いので徒歩で行ける範囲になる。今日は午前中から午後にかけてオンライン授業が連続しているため外出していない。しかし窓の外で街路樹の伐採か、芝生の刈り取りか何かで大きな騒音がしている。
これは自分の授業中まで長引くと、音声に入ってしまうから風呂の中からオンライン授業か、と思っていたら止んでくれた。

ホッとした。しかしいつ起こるか分からない芝刈りか伐採の騒音は、起きた場合に急避難場所(風呂場)からのオンライン授業に切り替える訓練が必要だ!

2020年6月27日 6月はショートコンサルが8件!

2月から始めたスポットコンサル(ショートコンサル)は1回1時間程度のものだが、今まで培った知見が活かせるのと、現在のビジネスニーズを把握できる一石二鳥以上が得られる。ありがたいことだ。特に若手のベンチャー企業の相談に乗ることも多く、応援、支援のし甲斐もある。新しい働き方は、本当に新しい価値を提供してくれる。こういった最新の仕事内容を大学でも講義に活かしていきたい。相変わらずウェブ解析といったピンポイントでの仕事は一切ありません。実際にクライアント企業さまのアカウントを開示してもらわないとウェブ解析できない(解析ツールでラフにはできるが)のです。開示してもらえる間柄になるのは程遠いし、逆にそのような間柄になることがベストとも限らないので。特にサイトの分析と運用までセットになる作業は請け負えませんのです。あくまで作業ではなくコンサルティング業だからなのだ。ただし運用チームへのディレクションはします。

2020年7月4日 働き方改革は、確実に起きている

もし大企業に所属している人で、世の中で働き方改革が起きていると感じていない人がいるとしたら、確実に起きていますよ

と伝えて差し上げたい。大企業ほど変革に疎く、動きが遅いが個人事業主や中小企業は変革の波に乗ることは死活問題だからだ。この潮流は大企業だからといって関係ない訳では全くない。ここ2~3年で歴史的に働き方は変わると思う。オフィスに毎日通勤するような生活は終焉を迎えるだろう。残っていても、そのような非効率、ストレスフルな働き方を望む人が激減するだろう。私の場合、リモートワークの効能はコロナ以前から言っていたが、それがコロナの状況で証明された。ただし、

ただし大学の授業は別モノである。特に演習、実習の類は対面でないと厳しい。これは日々実感している。工夫すればできなくはないのだが、対面の方が圧倒的に学びが多い。学生同士が学友の様子を対面で見合うことが非常に重要なのです。

こればかりは様々な工夫と、対面で授業できる日が来ることを待つしかない。

2020年7月8日 「アイデアの発見」読了!

かつての上司であり、恩師でもあり、大学の先輩でもあるライトパブリシティの代表取締役社長 杉山恒太郎さんの著書

「アイデアの発見」をやっと読み終えた。内容が分かり易く楽しいのでグイグイと引き込まれて読んでいたのだが、知性と教養がサラリとした文面ではあるが濃厚に詰まっているのでキチンと読み終わるまで予想以上に時間が経っていた。50選で選び抜かれた広告はどれも作品と呼ぶに相応しいものばかりで、私も事例こそ知ってはいたがもっと深いエピソードや解釈によって更に理解を深めることができた。読んでいるうちに自分が広告業界へ、電通へ憧れて入り、入ってからもそれなりに頑張っていた原点を想い出させてくれた。アイデアは誰か偉大な先人が考えたモノであっても、世に出て知られることで全ての人の資産になる。知る側も、その素晴らしさを他人のモノだと解釈するのではなく、同じ時代を生きて、それを見て、感じて分かった喜びをもっと感じた方が良い。感じるだけでも褒められるに値する。書き切れない。書き切れる訳が無いほど素晴らしい本でした。そして読み終えると6月のカンヌの風景が浮かんでくる。石畳と石造りの家が立ち並ぶ、丘の上教会へ続く坂道から上を見上げると、道幅に細長く切り取られた微風無音の青い上空を白いカモメが横切る。今も毎日繰り返されている風景だろう。広告業界とは隔絶された修道僧が回廊を渡っていく。あの時の風景はVR装置が無くても自己再生できるくらいに鮮明だ。その風景が実は今も語りかけてくる。若い人たちに伝えなければならないことが沢山あるだろうと。

2020年7月13日 大学の学食がオープンしていた
大学の学食に人が少しいたので覗くと鶏カラ弁当だけ、お弁当として売っていた。先週から細々と開始しているらしい。

初めて学食で弁当を買って研究室で食べてみた。まあ安くて学食らしいお弁当でした。日替わりで、鶏カラ、ヒレカツ、カレーというローテーションのようだ。悪くない。昨日は断続的に雨だったが今日は普通に晴れていて、やや雲ありという感じ。

長閑な平日です。さて大学の授業の資料作成をするか。最近のコンサルティングの仕事ではウェブの解析という程ではないが

ウェブ改善の話は少し出てきている。世の中にWEBサイトは星の数ほどあるが、キチンと考えられて制作されているモノは

非常に少ない。だから改善の余地があって、そこがビジネスになるし改善すればそのWEBサイトの会社も集客に繋がるのは

間違いないのです。最低限、Googleアナリティクスを接続して自社サイトの分析ができるようにしていただきたいものだ。

2020年7月19日 晴れたから散歩

ついこの前まで梅雨でシトシトと雨が降っていたが、今日はパッカーンと晴れて暑い日となった。少し風があるので何とか散歩に出ることが可能。長岡の空気は非常に良い。

空気だけではない。気が良くなる成分が沢山充満していると感じる。東京はビジネスも人も密になり過ぎている。コロナのこと以前に人の過密はストレスを生むのでよろしくないのだ。自分の周りにも都会と田舎の二重生活をしている人たちが増えている。完全に田舎に移住している人もいる。それは人としてごく当たり前のことかもしれない。

そして田舎には、物凄く伸びしろがあることに気付くのだ。ビジネスという意味でも、人材という意味でも。都会を頂点としたヒエラルキー構造は今後かなり変わって行くだろう。

テクノロジーの進化で、情報格差やセンスの格差は、住む場所や出身大学などより、個人レベルの問題になっている。

だから今の時代に何十年前から続く受験勉強スタイルなど

やっているようでは、将来性のない人材になってしまうだろう。古い価値観を変えられないセンスの人も沢山いる。

だから新しい考え、行動の人たちにチャンスが廻って来るのです。私は仕事でスタートアップベンチャーの若者たちと

打ち合わせしたり、彼らをサポートしたりしているが

自分が教えるより、彼らから学ぶことの方が圧倒的に多い。
そのような若者とタッグを組めることこそ自分の最大のスキルだと思っている。加えて自分が勤めている大学の学生さんからも気付きを貰う毎日。互いに非常に貴重な時間です。

2020年7月30日 7月が終わり、コロナは終わらず

コロナとは長期戦を予想していたが、予想通りになっている。

私は今後、もっと厳しい将来になると考えて準備している。オリンピック?

それは過去の話。この現状でオリンピックを語るなど、私個人はあり得ないと思うのだが、「来年こそ絶対に!」ということを声高々に言う人がいる。

正直300%理解できない。このような状況になって、個人の状況把握レベルが

かなり異なることに気付けた。究極の危機状況に陥った時、どのような情報を取り入れ、どのように分析して行動のための指標を作るかといった普通の知性を使える人と使えない人々に分かれるようだ。政府の決定と行動には、まあ呆れている。税金をキチンと収めてきた国民として残念極まりないが、それに文句を言うよりも将来への備えをしておくべきだ。これからは個人の時代だ。
どのように考え、どのように行動するか、所属している企業や組織が決めてくれるわけではない。最後の最後は自分である。

その訓練&実践が現在だ。就活も過去のようにはできない状況だが、やれることをやれば良いし、この状況だからこそ次世代のサービスが生まれる可能性は高いと思う。チャンスがある状況だ。写真は晴海選手村になる予定だったマンション群。

新品でありながら既に廃墟の様相を呈している。これこそ過去との決別&未来へ向かう途中のシンボリックなビジュアル。

 

2020年8月7日 梅雨が明け、激暑が訪れる

大学前期の授業も終盤に差し掛かっている。全ての授業がオンラインで実施された。私の大学教員人生のスタートが全てオンライン授業というのは時代を象徴している。以前からオンラインミーティングをかなりの頻度で実践していたため、左程の苦労は無かったが、対面での授業よりもかなり疲労度が高く、授業準備にも手間がかかる。それは良い意味で新しいリテラシーの向上だと思っている。対面でないコミュニケーションは効率良い部分があるので、リテラシーを高めることで生産性を上げられるのだ。ただ実習は厳しい。対面でないと伝えきれないスキルも沢山あるからだ。多くを学んだ前期であった。これからは教育だけでなく研究生活にも没頭することになるため、この夏は勉強、研究、大量のインプットに費やすことになる。贅沢な時間の過ごし方だ。当然、並行してコンサルティングの仕事も実施していく。最新の情報、実践が教育と研究に直結するからだ。そのためにもコロナ対策を万全にして体調を整えて行くべし!

2020年8月22日 昨年の8/22は青森に行っていた

昨年の夏も暑かったけれどマスクはしていなかった。青森のクライアントさまとはお仕事にならなかったけれど地方の魅力、

伸びしろを感じることができた。その考えは今も全く変わらず、日本全国の地方都市の魅力と可能性が未来を創ると確信している。何が一番、その未来を創るかというと個人的実感でDX(デジタルトランスフォーメーション)で間違いない。何故言い切れるかというと私自身の働き方、生活スタイルがデジタル化で劇的な効率化を達成しているからです。そこで更に言えることは、企業のDXは途轍もなく難しいけれども、個人のDXはそれほど難しくはない。だから企業に勤めている社員さんがDXできるように仕事のスタイルを変えていくことがDXなのであって、先に企業がDXしようとするのはかなり大変。Googleトレンドでデジタルトランスフォーメーションを調べると、昨年から倍増しているのが分かります。DXは、まず自分から。Googleのツールを全て使いこなして仕事をすることからです。

2020年10月10日 寒くなった。台風も来ている。
写真は昨日のミーティンングルームNo2の様子。ミーティングルームは全部でNo1~No3まで3部屋あり、スケジュールを予約して使用するシステム。1時間200円で格安です。これが自宅マンションにあるので非常に助かります。しかし

同じことを考えるビジネスマンが多いので1週間くらい早目の予約をしないと取れなくなりました。コロナの影響は多くの人に出ています。大企業が社員に一時帰休や、副業兼業解禁を認め始めています。大きな変化が起きています。このようなことが、将来語られることになるでしょう。昔は副業や兼業が認められてなかったんだって!!あり得ないよねー!!といったことになる。現状、私も副業兼業のおかげで世の中の状況や新しいスキルを増やしているから、一つの企業で一部署に所属して何年も働くというスタイルが既に信じられない。この情報化時代に時間と場所を長期間拘束されるのは、能力を発揮させないためのコンディションかと思ってしまう。そして会社が何かを施してくれると待ちの姿勢でいる社員もあり得ない。自ら、会社が何と言おうとこれを学ぶ、こういった仕事をするんだ、という自主性、センスを持たねばただ使われる人に

なってしまう。若いとか年配とか関係ない。仕事がデキる人は自分から学び、行動する筈だ。その点、オンラインウェビナーなど無料で質の良いセミナーや

安価で良質な講座が開催されている。チャンスはかなり転がっている。

2020年11月28日 鬼滅の刃

世の中で大ヒット中の「鬼滅の刃」を観ておくべきだという思いから、映画を観た。ヒットの理由はとてもシンプルに分かった。持てる者、優れた者は自らの使命、命を次世代の若者達へ惜しみなく与える姿を見せるというものだ。若者に人気のある鬼滅の刃だが、オッサン達こそ観るべき映画だと思う。観る人に精神的なパワーを与える映画だと感じた。掲載されていたマンガが少年ジャンプというのも懐かしいし、納得してしまう。企業や組織の中で守りに入り、自分だけ逃げ切ろうとするオッサン達は、煉獄さんを見習うべし。Googleトレンドで鬼滅の刃を調べると先月の検索量が最も多く、今月はやや下がっているがコラボ関連グッズなどの検索も多いようだ。鬼滅の刃にはいろいろと考えさせられ、勉強になった。観て良かった。

2020年12月17日 朝5時に除雪車の除雪音で目が覚めた!

人生で初めて、朝の5時に除雪車の雷の様な大音響で目が覚めた。確かに早朝から除雪せねば、1日が始められないから仕方ないのは分かる。しかし明け方の白銀に染まった風景は格別だ。その美しさには寒さも吹っ飛ぶくらいの迫力がある。人生初はまだまだあるんだな、と。いや、実は人生初のことだらけなのだ。50年以上生きていても、大したことは無い。全ては新しく新鮮なのだ。おそらく死ぬまでその感覚は無くならないだろう。重要な感覚だと思う。分かったような気になっているのは傲慢でしかない。謙虚に生きるほど感動がある。

2020年12月24日 クリスマスイブになりました

早いものです。もうクリスマスイブです。しかし全く喜んではいられない。コロナの拡大が続いているし、新種の感染力が強いウイルスが出てきて非常に恐ろしい状況だ。政府がGoToを実施したことは大間違いだったし、全般的な対応が遅すぎる。

平和ボケにも程があると言いたいところだが、非難している場合ではない。自分たちで感染防止せねばならん。来年は風の時代、正にそうだと思う。地に足を付けている者はそのままその地に留まり、風に吹かれて飛び立つ者は、未知の世界へ行くのだ。風に吹かれるのは恐ろしいと感じる人は多いだろうが、いやいや飛んでみれば気持ちの良いもので、慣れると止められなくなる。それどころか自分の本当のカスタマイズとは、飛んでからしか出来ないものだ。企業に所属している状態では自分のリミッターを外すことが出来ない。リミッターを外した自分が、どれだけのものか知りたい者だけが自分の最高速度を知ることになるのです。後、残り少しの2020年を、コロナに気を付けつつ最終日まで走り抜けましょう。

2021年2月11日 寒い一日でした

ランチはインド料理のニサンに行ってカレーを食べてきた。たまに行きたくなるニサン。インド料理の店は生活圏内に1件は必要です。いつの時代にも自分の近くにインド料理屋があり、カレーを食べ続けている。話は変わるが、あまりに寒い日には風呂の温水が出なくなる時がたまにある。原因不明です。明日は大学で卒業展示会場へ机などを午後一から運び戻す日である。それが終われば卒業展示関連のイベントは全て完了する。あと一息頑張るのみ。

2021年2月14日 久しぶりにテレビのサザエさんを観て驚いた

サザエさんは私の10代の頃の日常であり、当時の価値観は全くサザエさんとシンクロしていた。が、令和に入って見たサザエさんは殆どが違和感だった。まず黒電話の登場と、携帯電話が存在していない世界。波平の年齢を調べると現在の私と同じ54歳とのこと。フネさんは52歳の設定だと。自分が波平の年に追い付いたが、波平と私は違い過ぎる。時代が変わると人間の中身も大いに変わる。他の人はどうなのか分からないが、私個人としては昔が良かったと思ったことは一度も無い。未来の方が楽しみなのは若い頃から変わっていない。長生きもしたい。生きていればいるほど楽しいことや新しい可能性が増えるという考えだからだ。たまに長生きはしたくないという方がいるが、私には全く理解できない。人の価値観はかように違っている。

サザエさんをGoogleトレンドで調べると、昨年の3月末から4月頭に検索量がピークに達している。番組改編時期だからだろう。いつまでサザエさんが放映されているか、これは歴史的な興味でもある。サザエさんの公式サイトをウェブ解析してみると安定したアクセスがある。こちらもウォッチしていこうと思う。

2021年2月17日 ウェブ解析の重要性

Googleアナリティクス、Googleサーチコンソールどちらもウェブ解析には重要な無料ツールです。クライアント企業さまの

ウェブサイトを分析、解析すると、大いなる気付きや発見がある。世の中の企業という企業、あらゆる組織という組織は自分たちのウェブサイトをもっと分析、解析しましょう。まだ自社ウェブサイトを活用出来ている企業、組織は少ないのでチャンスです。自社内にウェブ分析、解析が出来る人材を養成しておくことが理想です。毎日その重要性を感じています。何年やっていても分からないことは沢山あります。毎日勉強です。

2021年3月9日 長岡の雪解け

つい先日まで雪が降っていたが、道路が見えるようになってきた。雪が減ったのを見るだけで気持ちが明るく暖かくなるのを感じた。雪国で暮らすとこのような気持になるんだなあと。やはり新しい土地で暮らすと新しい発見が沢山あります。この写真は数日前のものなので、現在はもっと雪が減っています。長らく雪の下になっていた草や芝生が広い範囲で出現しております。コロナ禍は依然油断できず、ましてやオリンピックなどと大きな声では言えない状況。

私としては卒業式、入学式といった行事をどうするのかが気になっています。

多くの人々に影響を及ぼしているコロナ。いつまで続くのでしょうか。コロナ禍に入ってから、どれくらいのオンラインミーティングをしてきただろう。

1000回を超えることは無いが、それに近い700~900回は実施している。

対面での打ち合わせもあるが、非常に少ない。コロナの終息を願う毎日です。

2021年3月11日 10年経ちました

10年前、私は汐留の電通本社ビル内で大地震を体験した。それまでに味わったどの地震よりも大きく、そして長いもので揺れている間に恐怖を感じたのを昨日のことのように想い出します。あの時も緊急事態だったけれど、現在も違う形の緊急事態だ。この10年、色々な意味で大変な10年だった。資本主義、大企業の成功パターンが崩れていった10年とも言える。それは現在も継続中であり、コロナ禍で一層加速している。Googleトレンドでは「東北大震災」、「3.11」、「大震災」といった言葉が1か月前から上昇している。テレビ報道が1か月前くらいから何度もされるため、人々が想い出すのだろう。忘れないためにも良いことだ。ここから次の10年、世の中は更に激変を続けるだろう。私の10年後は大学教員の終盤に差し掛かる。どうなっていくか大変な世の中だとしても楽しみだ。

2021年3月14日 コロナ禍での仕事、研究生活

東京で緊急事態宣言が出て以来、海外へはもちろん国内での移動が出来ない状況にある。しかし仕事や研究は100%オンラインなので全く支障は無い。むしろ移動する時間と費用がゼロになるため効率は非常に良くなっている。学会もオンラインで開催されるようになっている。これだけあらゆるモノゴトが快適に効率化されていくと、それに遅れている業種、組織が衰えて行く速度が加速するだろう。お役所の文書、ハンコ文化は時代遅れの象徴となる。2021年以降、DX格差が著しく進むのは間違いない。DXが出来ないために組織的に全体を把握できず、ゲシュタルト崩壊を起こす組織が続出するだろう。私自身、既にそのような組織を複数実体験しているから良く分かる。ゲシュタルト崩壊をDX文脈で使ったのは、日本イノベーション融合学会の高梨理事長だ。この学会には少し興味がある。

2021年3月15日 学位記授与式とコンサルタント

本日は大学の学位授与式に教員として参列し、感動的な式を十分に観ることが出来た。学長や来賓の市長の挨拶も素晴らしく感動的だった。一方で世間のニュースを見ると私の良く知る会社が消滅吸収される記事があった。

私は経営コンサルではなくマーケティングコンサルだと自分では思っているのだが、自分に入ってくる情報と一般的に公開されている情報を掛け合わせるだけで、その会社が数年後にどうなるか、ある程度予想出来る。逆に経営コンサルは出来るのだろうか、いや出来ないだろう。データをどれだけ集めても、そこからのロジックだけでは未来は見えない。むしろ人間の思惑が入るので、その思惑のストーリーを読めるかどうかだ。数年間一つの会社の情報をウォッチしていると、その情報の中に人間の思惑が見えてくる。情報は結果を文章化したものだが、文章の中に思惑のエキスが混じっているのだ。点と点(単語と単語)を結びつけるのは思惑コンテクストである。これで事実を全く知らない場合でも、事実(と思われる仮説)を知ることが出来る。点と点が、人と人という場合もあり、この場合は分かり易過ぎる思惑が見えてしまう。だから政治家達は誰と誰が会食するといった情報すら漏らさないようにしている。最近はかなりバレてしまっているが。

2021年3月31日 年度最終日

年度末の最終日はなかなか天気の良い日となった。暑い。新学期が始まる。春の新しい空気感は良いものです。年度末最終日も各種打ち合わせ(オンラインと対面の両方)が入っている。忙しい。2020年度は最初から最後まで、そこそこ忙しかった。

しかし、コロナ禍で仕事が激減している業界があることを思えば非常にありがたい状況だ。ピンチは大チャンスというのは当てはまります。ウェブ解析のニーズは高まりウェブマーケティング全般のニーズは減ることは無く、より一般的になっている。私の仕事、研究、教育の総量は増え続けるだろう。このような場合、最重要事項は健康と体力維持。加えてインプットの勉強です。

2021年4月4日 NHKの受信料調査
休日に玄関のチャイムが鳴ったので何かと思ったらNHKの受信料調査の方が来ていた。私の部屋にはTVが無いのでその旨を伝えてお帰りいただいた。NHKの受信料は昭和から続く古い習慣の象徴だ。1軒1軒訪問して確認するアナログな手法。NHKの存在意義は年々薄くなっている気がする。学生時代はNHKが最も好きなテレビ局だったのだが、現在ではNHKの必要性を感じなくなった。それはNHKが必要だと思わせるコンテンツを提供出来なくなっているからだと思う。NHKは年配者の年収が高く、安定しているのは結構だが、そのような組織は変わることが出来ないので衰退の一途を辿るのは間違いない。

2021年4月8日 入学式も終わり

大学の入学式は素晴らしい内容だった。学長や市長の挨拶が、とても気持ちが入っていて感動的。大学生は未来そのものであり、その門出を祝福することは自然なこと。自分への祝福にも繋がる。そして授業の準備と研究=仕事などが沢山あり、全く忙しい。脳をフル回転させるため糖分不足になり易い。また時間を忘れて資料作成などしていると食事を忘れてしまうので気付くと空腹になっている。気を付けよう!健康第一です。ゾーンに突入すると時間を忘れてしまうけれども危険でもあります。ウェブ解析で、特にECサイトの売上分析をしているとデータを見るだけでターゲットのペルソナ像が浮かんできます。

この知見を大学での地域企業との共同研究にも活かせる機会があるので楽しみだ。

2021年4月21日 新学期、始まってます

大学の授業が開始されている。対面とオンラインの両方があり、私の場合はまだオンラインのみだが対面授業もこれから入ってくる。コンサルティングの仕事はコロナ禍で増加していると思う。ちょうど1年前の4月は緊急事態宣言が出た直後でコンサルティングの仕事は一時的に減少していた。ところが世の中がテレワークに慣れてくると、むしろコンサルティングの仕事は増加していったのだ。その中で地方都市が副業人材を求めるケースが相当数出てきた。世の中は明らかに変化している。ウェブ解析やウェブマーケティングの需要は伸びている。デジタルマーケティングが一般的になるまで、結構時間がかかっている。技術力は進んでも、それを人間が普通に使うまでは時間がかかる。人間側が自分で変化しようとするか否かが、進化スピードに影響するから。

2021年5月2日 ゴールデンウィークに突入

暫く更新をしていなかったら、既にGWに突入していました。昨年度はGoogleアナリティクスを駆使してコンサルティングをし、学生さんたちにはWEBサイト分析ツール(SimilarWEB、eMark+)を紹介した。今年度に入り、私は某クライアントさまからGoogle広告を実施する機会を得て運用を開始している。実際に自ら運用するのと運用会社に依頼するのでは得られる感触が全く違う。やはり自ら広告運用はしなければならない。理想は自社内での運用である。車内にデジタルマーケティング要員を育成する必要がある。しかしそのような理想的な中小企業は滅多には無いので、少しづつ理想に近づくのが良いだろう。

ウェブ解析士のニーズも今後益々上昇して行くことと思われる。

2021年5月7日 Googleアナリティクス、サーチコンソール、そしてAI

オンライン広告はAIが自動的に最適化をしてくれるので、電通時代にオンライン広告運用の実績が無い私でも現在では十分に運用が可能になっている。しかもオンライン広告とGoogleアナリティクスはスマートアシスト機能で連動しているため、運用に時間をかけず分析に時間をかけられるのも良い。しかしGoogleアナリティクスのリテラシーさえあればMAとかDMPなどは無い方が良いのではないかとさえ思ってしまう。例え大企業で商品数など規模が大きくなったとしても大がかりな装置などいらないのではないだろうか。いや、そういった装置が悪いのではない。そのような装置を入れなくても人力の方がコスパが良いのではないかという気がしている。少なくともマーケティング人材を育成するにはGoogleアナリティクスの基礎をやれば良いだけだと思うのだが、そこをすっ飛ばして高額な装置を入れて使いこなせない(あるいは外注で高い金額を支払う)のは

本末転倒のように思っている。なので自社のWEB集客向上、ECサイト売上向上をコスパ良く実施したい方々は迷わず私に連絡下さい。必ず実績を出します。

2021年5月19日 長岡1周年と、その成果

気が付けば長岡生活1周年を迎えていた。大学教員生活も1年を超えたのです。非常に有意義な1年であったし、これからもサラリーマン生活では得られなかった可能性が見えている。授業、複数のプロジェクトを同時並行で効率よくこなす術も身に付けられた。昨日は珍しくZoomではなく、Teamsによる打ち合わせが2件連続して驚いた。Googleアナリティクスの分析は実作業で体験してかなり上達することが出来ている。上級ウェブ解析士の資格を維持しておいて良かったと痛感。今年はテレビCMの威力を効率よく発揮する研究(=仕事)を実施する。SAS(Smart Ad Sales)でテレビCMを買い付け、企画、制作し、送稿まで実行したい。ここまでのワンパッケージを最適化するのが今年のミッションだと思っている。

2021年5月20日 抜歯後

東京には帰れないので、歯医者さんも長岡です。長岡駅にある歯医者さんで先週抜歯したので奥歯が無い状態。長年連れ添った奥歯とお別れをしたのです。傷口が完全に塞がってからブリッジで奥歯を再建することになります。歯が健康だと集中力が増すので重要なこと。高効率で研究、仕事をするために健康維持は必須。抜歯の時、時間とお金がかかるのではと思っていたが全くアッという間で安かったので驚きました。とても良い歯医者さんだった。暫くそこに通うことになります。ネット上で事前に評判をチェック出来るので便利です。近所に歯医者はあるものの、どこも評判が悪いので駅中で選んで正解。

2021年5月26日 ビジネス上の嘘

ビジネスにおいて嘘はあってはならないもので、1度でも「嘘」があれば信用にかかわるため絶対にあってはならないものだ。

一部上場企業や大企業では取引する相手企業の信用も調査するため、基本的に嘘を付くような人や企業、組織との付き合いは発生しない。私が転職して驚いたことの1つに、一流企業、大企業ではない会社や組織になると、割と「嘘」が存在することだった。これは晴天の霹靂で、それまで自分が生きてきた世界は「嘘」が無い世界だったのに、「嘘」を活用してビジネスしている人や組織があることは信じがたかった。自分自身が「嘘」はない人間のため、「嘘」を言ったりする人間や組織に対しては最も嫌悪感を抱く。最近だと、某一流とされる大手新聞社のオンライン無料プランの設計に悪意があり、解約を出来ないような仕組みになっていたことを発見した。一見、嘘や詐欺ではなく仕組みの不備の様に見せかけた非常に気分の悪いWEBサイトになっていた。当然、本社にクレームのメールを入れたが謝罪は一切ない。それは当然で、意図的にそのような仕組みにしているからで、実際その後もWEBサイトを改修していないのを確認している。その会社の社長がその実態を知ったらどうするのだろう。興味深い。その新聞社のためにも社長に直接お知らせした方が良いかもしれないと思う今日この頃です。

2021年6月14日 歯医者と苔玉

今日は歯医者へ行った。駅中になる非常に良心的な歯医者さんで安心出来る。その帰り道、駅中に期間限定で苔玉が売っていた。珍しくとてつもなく魅せられ、眺め入ってしまった。その場で買う気にはなれず帰宅したのだが、気持ちは苔玉に飛んで行く。心が部屋に置ける苔玉を無性に求めているようだ。癒されることは間違いない。今まで小さなサボテンをデスク周りに置いたことはあったが、苔玉は無かった。メンテナンスも簡単らしい。とっても欲しくなっている。物欲が無い私としては非常に珍しいことで自分自身笑えてしまう。

2021年6月27日 海外旅行に行ける日を想像する

そういえば海外旅行に行けなくなって、どれくらい経つだろう。2年近く行っていない状況だ。現在では国内旅行ですら出来ない。旅行はかなり気分転換になっていたのだと痛感する。移動出来ないと同じ場所で同じ日常を過ごすので鬱々としてくる。

今日の天気は曇り、暑かったり涼しくなったりと変化のある一日だ。休日らしく来週からの授業準備と研究、仕事準備をしている。今最も行きたい海外は、やはり韓国だ。馴染みの店で食事をしたいというのが真っ先に浮かぶこと。二番目に行きたい国は、台湾だろう。こちらも馴染みの店、その味を想像してしまう。鼎泰豊に行きたい!本当にコロナの終息を祈っている。

オリンピック開催よりも、個人的にはコロナ終息です。

2021年6月30日 6月最終日

受託研究、個人研究、複数のプロジェクト+極秘プロジェクトまでが連続してかなり忙しくなっている。暑さも増してきているので健康維持が第一。キャパシティを越えてしまっては本末転倒で「過ぎたるは及ばざるが如し」。自分のキャパシティを越えないでいれば研究や仕事のパフォーマンスの質は絶対的に保たれる。故に休息の確保こそ最重要課題。各種調査、取材にも時間を十分にかけたいところだ。

2021年7月3日 地球が壊れ始めている?北半球の凄まじいHeat。

カナダに知人が家族で生活しているが、途轍もない猛暑の様子をFaceBookで知らせていた。もはやオリンピックどうこうではないかもしれない。気が付けば地球が壊れてしまっていた。人生の中で猛暑の度合いが年々キツくなってきているのを体感しているし、暴風雨のレベルも増していることを痛感している。そのような中日本政府が現状のようなトンデモ政府なので自ら対策を練らねばならないだろう。自分のことだけを考える人間が多過ぎるということだ。今のうちに調査、計画をするべし。

2021年7月20日 2つの仕事(研究とコンサルティング)

私の2つの仕事はリンクしているが性質は全く違う。研究は最終的に論文などでオープンに出来るものであり、そうすべきものだが、コンサルティングは極秘であり、最終的にも極秘である。研究は研究費はかかるが利益は得ないもの。コンサルティングは基本的に時給単価で利益を得るもの。毎日2つの世界を行き来している。私の仕事は全部で3つあり、もう1つは教育だ。

しかし行き来しているのは前者の2つで、3つめの教育は行き来というよりは別領域に当たる。というのは教育対象の大学生が主体の世界なので、私はそちらに出向く感覚なのである。この絶妙な三位一体がもたらしてくれる気付きの効果は大きい。

2021年7月30日 7月が終わり、コロナは終わらず

今日のタイトルは昨年の同じ日のタイトルをコピーして西暦だけ1年足したもの。コロナは全く終息していなかった。そして昨年の今日、オリンピック開催は300%無いと書いていたが、現在オリンピックは開催されている。昨年の自分に1年後がこうだとは全く予測出来なかった。だとすると来年はどうだろうか?コロナの状況は全く予測出来ない。自分の個人的な計画は進むだろうが、コロナは分らない。そしてニュースでも言っていたが激暑で命の危険がある程の気温です。部屋の中で冷房をかけていても油断できない暑さ。コロナにも暑さにも注意を払いながら、やるべきことをやるだけです。

2021年8月3日 怪談より恐ろしい話

夏と言えば怪談。近頃は夏でなくてもyoutubeで怪談話を聴ける時代になりました。ところが私は怪談は好きなので恐いというよりもエンターテインメントと捉えています。それよりも遥かに恐ろしい世界を知っているから怪談は余興、楽しみです。

さてその恐ろしい世界とは、学術の世界です。学会に所属して学会発表を経験した者であればその深淵を垣間見たことがあるでしょう。私の学会デビューは長年のサラリーマンを経てからの遅いデビューのため、学会のルールを知らずに大いなる恥をかいた経験があります。しかもその発表、研究助成金を獲得した研究発表のため当然チェックは厳しく、私の浅い研究発表で某大学の発表場内が騒然となり、質疑応答で厳しい罵声が飛んできました。仕事では数えきれない重圧プレゼンテーションを潜り抜け、それなりの実績を上げてきた私でも学術の世界は全く勝手が違う。通用しないのです。私は新参者でしかない。学術界とはこれ程までに恐ろしいものかと。もはや立っている気力も失った私は某大学から自宅までタクシーに乗って息絶え絶えに何とか帰宅したことを憶えています。それで事は終わった訳では無く、その時は中間発表だったのでもっと大変な最終発表を控えているのです。そのタクシーの中で最終発表をどうするかを考えるだけで鬱々とした暗澹たる気持ちになりました。地獄に落ちた心持でした。そして更に怖いのは、翌週会社に出社すると普段はあまり関係のない先輩社員が私を訪れてきて、例の学会発表の件を話し切り出しました。

その内容は電通出身のOBが某大学教授として学会に参加しており、私の発表を聴いていて心配になったと。このままでは恥ずかしいのでその先輩社員に私の研究発表を見るように頼まれたとのこと。話を聞いている途中で背筋が寒くなりました。その先輩社員は私と仕事上の関係など無いのにもかかわらず発表論文の精査を手伝ってくれるとのこと。ある意味監視役です。電通という会社のメンツ、ブランドを傷付ける訳にはいかないので監視網の守護神達がお出ましになったのです。また、今ではその学会の重鎮で在られる某教授も参考となる先行研究のリストなどを送って下さりかなりの手厚いサポートをいただきました。逆に言えばそのような重鎮の方々から支えてもらわねば恰好が付かないレベルだったと言えます。重鎮教授のリストを持って会社を抜け出しては東大図書館に入り浸り何とか発表資料を作成して行きました。実は私の他に、共同研究者として名を連ねていた後輩社員が居て、彼とも入念に打ち合わせをして最終発表に備えました。もちろん先述の先輩社員も事前チェックをしてくれています。最終発表は休日にも関わらずその先輩も列席していただき、非常に恐縮しました。しかし無事に最終発表を成し遂げ、肩から重責を下ろせたのですがその後にも学会誌に論文として掲載するためにかなりの修正、やり取りを重鎮教授とさせていただくことになりました。いやー、今想い出しても冷や汗です。これ以上の恐怖と重圧を感じたことは無い。しかしそれで懲りるどころか今も複数の学会に所属して、いずれ重圧を背負うことも多々ある状況になっています。マゾですね。そうでなければやってられません。マゾっ気があるから世の中進化するのだと思います。サポートする方々も凄いですよ。そこまで分からない人に学問のためにサポートして下さるのですから。だから恐ろしいのです。それに応えなければならないのですから。

2021年8月31日 ウェブ解析とマーケティング

ウェブ解析におけるユーザー数、平均滞在時間、直帰率などは人間の健康診断で言う血圧や血中コレステロール値のようなもの。つまり健康を判断する基本的な数値と考えられる。なので企業や組織はオウンドメディアである自社WEBサイトの基本的な数値をモニターしておく必要がある。しかしこの基本が出来ていない企業、組織は非常に多いのが現状。これは3年前から言っていたが、まだまだ進んでいない。企業や組織の経営判断にオウンドメディアの診断がリンクするべき現状の理解が進んでいないのだ。逆にその理解があり、実行している企業や組織は優位に立てる。しかし言うことは簡単だが、既存のビジネススタイルからデジタルマーケティングシフトするのが難しい場合が殆どである。理由はデジタルマーケティング人材が居ないか少ないからだ。私自身がデジタルマーケティングコンサルの本格稼働を始めたのが昨年からだが、仕事が増えて行くのを感じている。本当は複数企業さまを集めて講演をして行きたいくらい。いづれそのようなことになるだろう。

2021年9月9日 恐いもの見たさ

最近自分のことで気付いたことがある。自分の仕事の最大のモチベーションが何か、ということ。「お金」ではない。「お金」は仕事の内容と自分の実力に応じて自然に返って来るもの。「お金」を気にしてする仕事に良いものは一切無い。

私は怪談が好きなのだが、実はそれと同じで「恐いもの見たさ、聴きたさ」がモチベーションになっていたと気付いた。

仕事は結果をださなければならない。それが難しければ難しいほど解決するための仕事は困難を極める。解決出来なかったらどうしようという恐怖が付きまとうのだ。研究も全く同じ。研究はもっと恐いとすら思う。何故なら誰から頼まれる訳でも無く自主的に行うものだから。それが何にもならない内容だったら自分は何をしているんだということになる。常に自分が恐怖と対峙していることを望んでいる。その恐怖を乗り越えるために武器を探し、身に付け、試している。コンサルティングも教育も研究も全て同じと言える。

2021年9月19日 後期授業準備が佳境に入る

8月から後期の授業準備はしていたのだが、いよいよ直前に入って準備を加速させている。特にマーケティングの授業は教科書が無いため全てオリジナル資料となる。と言ってもオンライン授業が基本なので授業時間全てを講義的にすると学生も教員も集中力が持たない。当然、講義スタイルと、その後の議論、質疑応答スタイルに分けられて然るべきだろう。大学におけるマーケティングの授業は私としては初めてであり、非常に望んで実施したいと思ってきたことである。非常に楽しみであり、準備が大変でもある。

2021年9月23日 授業開始準備が続いている

授業の資料を作成していると腰痛が酷くなってくる。座り続けているから当然だろう。今日は良い天気だった、と思う。あまり外出していないが。本当に腰痛が酷いので入浴剤を買い込んできた。入浴剤は腰痛にとっては気休め程度にはなる。研究やコンサルティングでは相変わらずウェブ解析が求められる場合が多い。今でもウェブ解析での新しい発見があり、毎日が勉強だ。世の中の変化が激しく、消費者の変わり身に企業(大企業も中小企業も)が着いて行くのは至難の業。しかし時には日清の合体ヌードルの様に自社製品を合体させて新商品を創るようなとんでもなく斬新なことも起きている。昔では考えられない突飛なアイデア。しかし日清独自に開発したというより、SNSで別々のカップヌードルを混ぜ合わせて食べることが話題になっていたらしい。消費者からの発想を企業が活用したのだ。良いコラボレーションだと思う。こういうクリエイティブやイノベーションは分析そのものからは出ない。別の力でジャンプしなければ出来ないことだ。

2021年10月17日 日本酒 伯楽星

お酒を殆ど飲まない最近ではあったが、初めて入った蕎麦屋で飲んだことの無い日本酒が幾つも並んでいた。直観的に美味そうだったので注文してみた。伯楽星という原料米が山田錦の日本酒が大当たり。その次に選んだ日本酒も大当たり。この蕎麦屋、日本酒のチョイスが凄まじく素晴らしい。肝心の蕎麦は普通だった。しかしまだ飲んでいない日本酒が飲んでみたいので何度も通うことになるだろう。しかし久しぶりに飲んだので、その後直ぐに寝てしまった。さて話題を変えて、私の勤務する長岡造形大学をGoogleトレンドで調べてみると「長岡造形大学 入試」での検索が750%増加している。また「長岡造形大学 偏差値」でも180%検索増加している。入試シーズンを迎えて長岡造形大学への世の中の関心が高まっているようだ。検索件数が多い都道府県はトップから新潟県、長野県、群馬県、富山県、大阪府という具合。まあ近隣の順当な結果になっている。

公立の大学は公立であることがブランドであり、その次に地理的な合理性で選択される傾向がある。そこから先は非常にパーソナルな感覚で選択されていくだろう。例えば「長岡」という言葉の響きや、土地のイメージから得られるインスピレーションなどだろう。縁や運も関係してくる。

2021年10月20日 部屋の暖房を入れた

寒くなった。今日は暖房を点けた。外は轟々と風が吹き、雨も降っている。午前中の内に大学に行くが、それまでに部屋が寒いので暖房を点けた。久しぶりの暖房は、やはり暖かく欠かせないものだ。再来週にはデジタルマーケティングEXPOが幕張メッセで実施される。最新情報を一気にインプットする良い機会だ。出張申請を出さねばならない。今週は諸々の準備が多い週である。気温が下がってきたので体調には気を付けるとしよう。

2021年10月26日 旅行申請を提出 週末幕張メッセへ!

出張申請と言わず、旅行申請と言うのは何か旅行に行くような響きで後ろめたくなってしまう。Web&デジタルマーケティングEXPOは大いなる新情報の宝庫だと思われる。授業のネタを大量に仕込むことが出来るだろう。この機会を逸してしまったら

非常に勿体ない。何とか今週末に行く予定を組むことが出来た。現在は緊急事態宣言が解かれているから行けるが、次にコロナの第6波が到来したら再び出張出来なくなる。行ける時に行くしかない。その他にもやることは沢山ある。特に毎週ある授業のために、資料を作成する毎日である。

2021年10月31日 10月最終日、寒い時期になりました

10月29日の出張での幕張メッセは久しぶりだったが、懐かしくもあった。何度も幕張メッセは行っているが毎回収穫が大量にある。今回も資料を収集するだけではなくマーケティング会社さんへのヒアリングを実施することで、最新のマーケティング事情を確認することが出来た。また各社のマーケティング上の弱点も確認することが出来た。結論から言えば、最新のマーケティングテクノロジーで情報を収集出来ても最終分析と実行判断は人間がする点である。AIが分析まで実施してくれるサービスまであるが、それを実施すべきか否かは人間の判断になる。つまりAI分析が正しいか、正しくないか、実施すべきか否かは良し悪しが分かる人間が居なければ出来ない。それが出来る人材を育てられるかがマーケティングのアキレス腱であることにどれだけの人が気付いているだろうか。そのようなことを確認しに行ってきた甲斐があった。幕張メッセの様子はコロナ禍になってから初めて見る程の大人数が繰り出していた。以前の幕張メッセと全く変わりない様子。圧巻だった。コロナはこのまま終息していくのか、またぶり返すのか?全く見当がつかない。デジタルマーケティングビジネスに関しては、どんどん加速して熱くなって行くことを確信した。

2021年11月7日 誕生日を迎えて、私が数えなくなったもの

生きていく上で、私が数えなくなったものがある。年齢とお金だ。その代わり年齢とお金以外のモノゴトを数え、計算し、分析し、設計するようになった。人生における達成すべき項目、目標値、計画、達成までの期間などだ。世の中の人々は私よりも年齢やお金のことを気にしているように感じる。年金のことや終身雇用のこと、老後資金などが話題になっているが、私にとってはそれらがとても不思議なことに感じる。何故なら長年生きてきて、それなりのスキルや実績があればそのような心配はいらない筈だから。特別高度なスキルや実績のことを言っているのではない。普通に生きていくためのスキルや実績のことを言っている。人間、生まれた時は裸一貫だが、生きていれば何かしら蓄積していく。何も心配することは無い。

今持っているモノが自分の全てだ。それを見つめて自分らしいと思えれば十分だろう。当然、持っている能力を進化させ続けるのが生きることだと思っている。

2021年11月14日 卒業研究の中間発表が終わった

年内、大学での大きな行事は、4年生の卒業研究中間発表だった。それが11/13(土)に無事終了した。その準備の大変さはかなりのものだった。当日は学生の発表を聴き、講評をしたのだが、学生の進歩、頑張りからエネルギーを貰えたと感じた。私としては学生の成長は楽しみであり、喜びである。日本の未来、将来の可能性を見せて貰っている。このような行事からだけでなく日々の授業からも学生の可能性を感じている。ありがたい人生だと思う。学生に感謝したい。それと共に、毎日お世話になっている教員の先輩の方々、同僚の方々にも本当に感謝している。会社員の時代には若者を育てることが出来なくなっていた。会社組織の限界と、資本主義経済の限界が若手の成長を阻む現実を嫌と言う程見てきたからだ。そして大学の場には可能性があると踏んで飛び込んで来たが、それは正しかった。若者達がそれを証明してくれている。私は若者達に必要とされる人材で居られるよう日々研鑽を積むのみ。学生達には自分の得たものの全てを注ぎ込み、そして共に進化して行きたいと思っている。

2021年12月4日 芥川賞作家であり、先輩の新井満さん亡くなる

まだ私が大学生の頃、電通クリエーティブ塾1期生として毎週土曜日に現役電通社員から講義を受けていた。その現役社員講師の独りに芥川賞を受賞したばかりの新井満さんが居た。塾生の皆に芥川賞でいただいた懐中時計を廻して見せてくれたことが今でもハッキリと想い出せる。その後、私が電通社員となり世田谷区に住んでいた頃は新井満さんと東急東横線で一緒だった。小柄で痩せた印象の方ではあったが、一度話し出すと声の力と意志の力が静かでとても強い。そのような独特な方だった。小説「尋ね人の時間」や「ヴェクサシオン」は共にその時代と電通を感じさせる作品だった。彼は大衆の時代から小衆、個衆の時代になると80年代から言っていたそうだが、実際それは当たっていた。バブルの時代に引き算の音楽エリックサティを紹介していたことも強烈な印象を残している。未来を予感できた人なのだろう。その新井満さんが最後に感じていた未来は、一体どのようなものだったんだろうか。新井満さん、新潟の出身である。合掌。

2021年12月8日 今年がそろそろ終わりに近づいている

雪はまだ降っていないものの、かなり寒くなった。毎日学生のアイデア、作品からエネルギーを貰っている。健全なエネルギーを毎日浴びていると身体が健康になるようだ。夜更かしなど出来ない健康体になってしまう。日々エネルギーを完全燃焼している。学生を見ていると不思議なもので私自身の学生時代を想い出す。私はかなり怠け者の学生だった。大学の手前の本屋でさんざん立ち読みをして満足し、教室には向かわず帰宅するような毎日だった。そのような私が就活の時期を迎え覚醒した。不思議な運も作動し始めた。大学の就職課に行くと1枚のポスターが貼ってあった。「電通クリエーティブ塾1期生募集」

即刻、応募して面接に呼ばれ合格。以後数カ月間、毎週土曜日に無料で現役電通社員の講義と実習を受けることになる。同時にマスコミ企業を知るために始めたテレビ東京でのアルバイトは偶然にもテレビCMのつなぎ順番が正しいか目視で確認する進行課の仕事だった。来る日も来る日もテレビCMを眺めて確認する生活。テレビ東京の子会社の社員の方と席を並べて少し雑談をしながらの仕事だった。その社員の方はYさんといって良く面倒を見て下さった。Yさんの彼氏もバイト仲間で一緒に食事などしたものだ。良い人達だった。私は毎週の電通クリエーティブ塾の課題を寝る間を惜しんで考え、締め切り直前にバイト先のテレビ東京からCMの絵コンテや商品のコピーをFAXで電通に送信していた。誰にも見つからないように送っていた。テレ東のCM進行課には電通のOさんが出入りしていた。身近にいた電通マンだったのでOB訪問させていただいたが上から目線の態度で良い印象ではなかった。バイトの大学生が受かる筈がないと思っていたのだろう。このOさんの態度は今でも忘れないものだ。若者は未来なのだ。未来を大切にしない者に未来は無い。

2021年12月15日 仕事(≒研究)が複数件決まる

10月、11月、12月が忙しいとその次の年も忙しくなるのはお決まりのパターンであるが、今年の年末もそれが加速している。これは予想通りだった。中小企業の仕事はデジタルマーケティングを必要としている。広告も必要だがそれに伴うデジタルマーケティングは必須。デジタルマーケティングは仕事で身に付けるしかないジャンルのことなので、普通の人は分らなくて当然。だから需要は伸びる一方である。そしてデジタルマーケティングは実践しなければ実力が付かない。基本的なデジタル広告の運用はその最たるものだ。どれだけ仕事(≒研究)や授業が忙しくなっても、朝3時から起きていれば全て片付く。朝3時から早朝の6時まではゾーンに入って仕事が捗るマジックタイムなのだ。それを知っていれば普通の人の倍以上の仕事が簡単にこなせるようになる。そして実は睡眠も深くなるのだ。個人の能力はカスタマイズ次第でいかようにも進化させることが出来る。

2021年12月18日 窓から富士山が見える

今日は寒い。空気が澄んでいるせいか富士山がハッキリと見える。雲一つない。今日はオペラシティホールのアートギャラリーにて「和田誠展」を観てきた。圧倒的な仕事量。80代まで現役の仕事スタイルは理想であり目標だ。展示はあくまで和田誠前仕事のほんの一部であろうが、それにしても途轍もない量の展示だった。ここまで大量の作品を観る個人の展示は初めてだった。自分の人生の55年が、和田氏の仕事期間に吞み込まれていた。どの作品も既視感があるのは、実際にリアルタイムで見た事があるからだった。本の表紙から映画のポスター、映画、エッセイ、作詞作曲、ありとあらゆる仕事を手掛けている。ここまでくると才能を感じるより運命や宿命を感じる。どのように生まれ、何をして、死んでいくか。そのような一人の人を感じた。同時にそれは、例え和田誠氏のように有名人でなくとも、皆に共通なことだ。

2021年12月26日 仕事納め。年内最終日。

年内最終日は、長岡にてイルミネーションの設営をする。よりによって豪雪の日と思いきや、それ程でもなかった。まあ年内最終日に相応しいと言える。今年も急ぎ足で駆け抜けた1年だった。得られるものは多く、サラリーマン時代は遥か昔の記憶になった。先日、新橋を散策してきたのだが大昔の感覚だった。まるで前世の記憶の様な気がした。それくらいサラリーマン時代が遥か彼方に過ぎ去ったのだ。来年の目標は研究成果を出すこと。つまり論文の生産だ。これを来年から集中してやり遂げる。ここに宣言しておこう。研究とその発表無くしては人類は発展できない。それが文系だろうと理系だろうと同じだ。特にマーケティングジャンルは学問的には未開拓過ぎる。これは仕事をしていないと研究も出来ないからなのだ。仕事をしないでマーケティングを研究するというのは、まず無理な話。従って実践的な仕事と研究は両方を同時に遂行せざるを得ない。

2021年12月27日 個人の能力と、適正時給と、可処分時間の黄金比

一般的に「幸せ」とは個人の能力を高め、それに応じた収入を得て、十分な可処分時間を保有していることである。これがサラリーマンだと毎日会社に拘束されるため可処分時間が著しく減ってしまう。そして適正年収の概念は一般的な能力を持つ人であれば雇う企業側から適正年収を判定される。一方で能力が高く自営で収入を獲得する者は自分の適性時給を知っている。そして必要な分を働いて獲得し、可処分時間を有効に活用できるのだ。日本人は歴史的にも間違った価値観や道徳観を学校で詰め込まれているため個人の適性時給を追求する考え方の人が少ない。能力を上げれば年収が上がると言うのは凡人には当てはまるが、能力の高い人は会社の内部留保に能力分が貯められるだけで搾取され続ける。従って自分の収入は自分で獲得する価値観が必要となる。また、それ以上のお金や資産を得たければ、お金を増やすための勉強を仕事以外でしなければならない。いくら仕事能力が高くても、それだけでは多くのお金を得て大きな資産を築くことはできない。せいぜい他の人と比較して少し多くを得るくらいだろう。多くの現金と資産はユトリをもたらし、下らない人間関係に怒りが湧くようなことが皆無になる。そして贅沢の源はお金ではなく「自分だけの時間」だ。私の場合、研究時間がそれに当たる。自分が求める仮説を検証するための研究をするのみ。資本主義的な利益追求の必要性は全く無い毎日となった。

2021年12月29日 2022年の香りがする

2021年が古く感じる今日この頃。今年の終盤を感じているのだ。働き方や価値観が、ここ数年で激変している。その激変に自分は適応出来ている。これが大企業のサラリーマンのままであったらあまり変化を感じていなかっただろう。人生80年以上と考えるならば、この激変を感じて変化する能力を高めておかなければビジネスマンとしては劣化するのみ。研究者としても然り。全く役に立たないことを研究しても自己満足でしかない。自己満足部分以外の真の価値を追求をしている者同士は、互いに分かる。それは仕事でも研究でも同様に分かる。最高に嬉しいのはそのような同士に出会った時だ。2021年は何人かの同士に出会え、非常に実りある1年だった。

2022年1月2日 2022年となりました

今年の抱負は昨年以上に全力疾走すること。そして今まで以上に多くを得ること。昨年は日本各地とのお仕事を相当数こなすことが出来た。今年はそれ以上に各地に貢献したい。年末年始はさいたま市でゆっくりと過ごした。幸せなひと時であった。

毎年、このような年末年始を家族で過ごせることは素晴らしく感謝すべきこと。周りの関係者の方々のお陰である。その感謝の気持ちを日本の発展、地方創生へ貢献することで返していきたい気持ちを新たにした。特に研究活動では自分にしか出来ないテーマをやり遂げる決意をした。昨年の活動から目指しているテーマは複数あるのだが、最優先テーマは絞り込めた。

後は健康維持に注力する。

2022年1月4日 仕事始め

本日から仕事の本格稼働を開始した。明日からはエンジン120%で動き出す。今日は色々なアイデアが湧き出てきた。アイデアとは勝手に沸き起こってくるものだ。何%が実現するか分からないが、実現しなかったとしてもアイデアが沸き起こったこと自体に意味がある。そしてその幾つかは有り得ないことに実現したりもする。また何年後かに実現する場合もある。仕事はいつでも緊張感を伴い、気が休まらないものではあるが一方で開始してしまえば気が晴れて乗って来る。今日は明らかにスタートした感じがする。そのせいで外出してアクティビティが上がっている。現在いつものカフェで書き込んでいる。欲しい本も複数冊書店で見つけた。この後におそらく買うだろう。とにかく良いスタートが出来た良き日である。

2022年1月29日 若者は若いだけで優秀

そう思っている。若いだけで優秀という意味を是非、若者達に分かって欲しい。この事実に気付いている人はどれだけいるだろうか。あまり聞いたことが無い話だが私の中では長年を通じた真実だ。若い人の感性、感覚、知識はその時に重要な意味を持つもので、それが数年間蓄積されて独特な価値観を形成する。年配者は経験や実績で若者を凌ぐ部分があるが、その優位性は年々少なくなり、劣化速度は加速している。年配者に求められるのは若者の感覚を出来る限りキャッチアップし、若者達とコラボレーションしたり、若者達に彼ら彼女らの素晴らしい価値を気付かせてあげることだ。先日テレビで、若者達の価値に気付き会社を起こしている頼もしい若者を紹介していた。それはギャルを大企業の会議にブチ込むというサービスだった。忖度0%のギャルたちをお堅い大企業の打ち合わせに派遣して柔軟な思考の打ち合わせを展開させるという素晴らしい内容だった。そこでは大企業社員の肩書などは関係なくギャル達からあだ名を付けられて打ち合わせがスタートするのだ。未来は限りなく明るい。

2022年1月30日 雪が降っている

寒い。雪が降り続いている一日だった。雪の風景は決して悪くないどころか、むしろ美しいと思っている。耐えられない程恐っている訳では無い。もし自分が南国の土地の大学教員になっていたらどうだっただろう。もう少し外出する生活を送っていただろうか。いや大して変わらないだろう。どこに住んでいても生活スタイルは変わらないと思う。ニュースを見ていると

北京オリンピックの話をしている。新型コロナ対策は大丈夫なのだろうか。パリオリンピックの話も出ていた。テレビの報道を観ていると支離滅裂な感じがしてしまう。

2022年1月31日 定期的なチェック

定期的に銀行口座やクレジットカードの使用状況、航空会社のマイレージなどが不正使用されていないかを確かめている。

クライアントとの取引情報も含まれるため不正アクセス、不正使用には厳しく目を光らせる必要があるのだ。すると某航空会社のマイレージのポイントが2019年に中途半端な数字で引き落とされており、しかもクアラルンプールへのチケットを購入してその後キャンセルになっていた。不審に思って某航空会社に連絡してみると、確かにWebからチケット購入し、その後電話にてキャンセルした形跡があると言う。コロナ出現の直前であるがクアラルンプールに仕事でもプライベートでも行く予定は全く思いつかなかった。そこで過去のブログを遡り、その近辺を探って思い出した。その頃、私は新規事業でスタートした子会社に出向していた。そこで急遽マレーシア出張が発生したのだが、ある理由で私は行かなくなったのだった。

2年以上前のことですっかり忘れてしまっていた。行かなくなった理由はとても想定外の事が起こって出向先から本社に戻る事となり、更には退職を決意するに至った出来事だった。それくらい当時は大ゴトだったのだが年月はそんな大ゴトすら忘れさせる。いや最近が忙し過ぎるのかもしれない。憶えておかなくて良い事は自然と忘れてしまうものらしい。

2022年2月3日 寒さ故、疲労もピーク

かなり疲れが溜まっている。疲れているから文章が出てこない。ここまで疲れているのは珍しい。尋常ではない忙しさだから仕方ないのだが、それにしても度が過ぎている。こういう時は、深呼吸をして暖かい飲み物をゆっくりと飲むのが良いだろう。このような自分の意志でコントロール出来ないようなスケジュールの2月は、自分の人生において2度と来ないと思う。

何故なら、そう思った事で2度起きた事は無いからだ。不思議だけれど。

2022年2月6日 長岡市長 磯田さんのブログで紹介される

長岡アオーレで実施中のイルミネーション事業が長岡市長の磯田氏のブログで大学紹介の流れで紹介されていた。

https://nagaoka.rulez.jp/designer-for-newworld/

色々な方々に観ていただいているようで、非常に嬉しく感じている。同時開催のフォトコンテストに関しても今後の応募が期待出来る。年度末まで実施しているので、気を抜かず、最後までベストを尽くしたい。大学でも大きなイベントである卒業研究発表をこの土日で実施している。これも大変な気合が入るものでエネルギーを使っているが同時に学生の魂からエネルギーを貰ってもいる。

2022年2月13日 卒研発表が終わり、卒展がオンライン開催

卒研の発表は一大イベントだが、それが無事に終了した。その準備の大変さはかつて味わったことが無い。複雑さと対応すべき量が半端ないのだった。オンラインでの卒展風景を動画でアップする作業も発生した。その仕事を学生達が非常に良くやってくれて感動したものだ。卒研幹事は今年までなので来年度のことを考えると何よりも先に浮かぶのは研究成果を出すこと。つまり論文を書くことだ。大学教員になってから2年間、初めてのことだらけで多忙を極めており、論文が1本も書けなかった。最終的に論文の成果に落とし込めなければ研究者としての価値はゼロのままである。一方で論文は書けなかったが学会活動はオンライン故に何度も参加することが出来、質問も良くしたものだ。そろそろ対面での学会が開催されそうで期待している。

2022年2月16日 ピンチはチャンスで、大ピンチは大チャンス

55年以上生きてきて、ピンチがチャンスだというのは痛いほど分かる。そのピンチがデカければデカいほどチャンスもデカくなる。それが分かっているから自らピンチを生み出す方へ向かうこともしてみるのだ。年齢を重ねると大抵の人はピンチに立ち向かえなくなる。守りに入って楽をしようとしてしまう。ところが実際は真逆を大いに楽しめる。年齢を重ねる程に刺激やピンチを求めてチャレンジする輩が極少数だがいるのだ。そしてそのような人生の先輩に出会うと、こんな幸せは無いと感じられる。長岡にもそのような超怒級のチャレンジャー大先輩が居ると分かったので、その方の店に近々行ってみようと決めている。その方は、とある喫茶店のマスターです。

2022年3月10日 ウクライナ、ザポロージェの記憶

ちょうど30年前のゴールデンウィークに私はウクライナに居た。私は26歳。友人を訪ねて行ったウクライナの都市はザポロージェと言う聞いたことの無い都市だった。それが現在、毎日ウクライナという名をニュースで聴き、ザポリージャの原発が攻撃されたとニュースが流れている。ザポリージャはウクライナ語であり、ザポロージェのことである。30年前の記憶は鮮明に残っている。私の知る限り、全くの別世界として理解できない程の国だったからである。滞在日数は11日程だったので、とてもその間に理解できるような文化、習慣ではなかった。そこで起きた幾つもの出来事は一生忘れられない事ばかり。一方で、まるで違う国でありながら日本人との共通点もあった。ウクライナ人達の厚過ぎるほどの義理人情、ホスピタリティは昔の日本かと思う位であった。そのウクライナがロシアに攻撃されている。今、自分があの土地に居たとしたらどうだろうと考えてみる。それが祈りのような気がしている。当時、ロシアに旅行する場合は滞在場所を指定して行かねばならなかったためモスクワ市内の国営ホテルを指定していた。モスクワのシェレメチェボ空港に到着すると友人のディアナが迎えに来ていた。ディアナ曰く、「これから電車でウクライナに行くわよ」と。私のパスポートにはウクライナのビザは無い。そのことを伝えるとディアナは私に着いてくれば良いと言い、私達は空港からタクシーに乗り戦後の上野駅の様なボロボロの駅に到着した。そこには片腕や片足の物売り達が使い古した靴や自宅から持ってきた食料などを売っていた。その時点で絵本の中の物語の様に事が進んで行き、現実感が色褪せて行った。異世界に入り込んだようだった。そして夜行列車に乗りザポロージェまで16時間の旅が始まる。私達は狭く薄暗い寝台列車のコンパートメントで向かい合い、ディアナはとりとめのない長い話をし、私はそれを延々と聴いている。夜中は寒かったが朝になり陽が昇るといくらか暖かくなってきた。更に陽が高くなると暑くなり眠気がやって来た。どれくらい経っただろう、ディアナも静かになった。すると突然、口の中に鉄の匂いがして暖かい何かが充満した。俯くと鼻から血が滴り落ちた。その時に電車の窓に見えていたのは下部が広がった巨大な円柱形の建造物が複数、つまり原子力発電所が聳え建っていたのだ。その原発は現役で稼働して湯気が出ていた。私を見たディアナは「ウクライナにはチェルノブイリがあるから私達は既に被爆している」と言う。稼働していたその原発はチェルノブイリではない別の原発だ。私は何故か、被爆の恐ろしさより放射能が国を超えて人々に影響することで地球との一体感を感じたのであった。その時の感覚を今一度、想い出している。

2022年3月17日 地震、戦争

長岡の夜中に地震が発生。その揺れ方、11年前の大地震と似ていた。当時、東京の電通本社で味わった震度5強、それと似た感覚の揺れと長さだった。震源地は福島沖、やはり11年前と同類か。ウクライナとロシアの戦争は終息に向かっているとのニュースあり。そうであることを願う。小学生の頃、テレビ画面にベトナム戦争風景が映し出されていたのを観て現実に戦争が起きていることを感じ、驚愕したものだ。それと同じ様な事が再び起きている。そしてこれだけテクノロジーが進んだ近代戦であっても現実の戦闘は古くからの地上戦がメインという不思議さ。全ては人間性ゆえ。生きている寿命の間にどれだけ人間性を高められるのか。プーチンの様な地位、財産、権力を得ても、戦争を起こしてしまうのは理解出来るものではない。

2022年3月31日 東京への出張など

年度末で忙しさは相変わらずだが、その中で東京ビッグサイトへAnime Japan2022を観に行って来た。久しぶりのリアル開催のため入場者はかなり多かった。広い会場を歩きに歩いて有益資料を獲得し、ヘトヘトになってしまった。しかしこのようなイベントは得るものが大きい。コロナ禍であってもかなり緩和されて出張が出来るのは助かる。大学での授業や研究に新しいインプットは必須だから。4月にはマーケティングEXPOがある。これも重要なイベントだ。行かねばなるまい。

2022年4月1日 過去、現在、未来

当たり前になったが世の中は途轍もなく便利になったものだと思う。そのような途轍もなく便利になったモノゴトは尋常ではない程存在している。ほんの少し事例を挙げてみる。昔は本屋があちこちにあって、本好きの私は漫画から雑誌から真面目な本まで良く立ち読みしていた。本屋に居ると2時間くらい過ぎてしまう。大学生の頃は大学までの途中に芳林堂と言う大型書店があり、そこで立ち読みして体力を使い果たし大学へは行かずに帰ることが多々あった。それが現在ではアマゾンのおかげで立ち読みという行為をするまでも無く自宅で寛いだ姿勢で試し読みが出来る。当たり前と言えば当たり前だが、本好きの私としては至福を感じてしまう。日常に潜んでいる細やかな至福、UI/UXは気が付けば沢山あるのだ。この現在が未来になれば更に便利で心地よいサービスが生まれるだろう。未来は明るいとしか思えない。そんな4月1日。春です。

2022年4月9日 出張で東京に滞在中

昨日は東京ビッグサイトでデジタルマーケティングEXPOに出張で参加してきた。予想通りに多くの出展社があり資料も大量に獲得出来て満足している。有益なマーケティングサービスがあれば、全く使い勝手の悪そうなものまであり非常に勉強になった。展示場は広大なので1時間半も歩き回りヒアリングをし、資料を貰い続けているとかなり消耗する。2時間は居られない。
これは毎度のパターンなので90分勝負になる。私のテーマであるメディアコンテンツの有効性とマーケティングツールを掛け合わせたサービスに関してはまだまだオンラインの中だけでしか出てきていない。つまりマス広告とオンラインマーケティングツールとの掛け合わせサービスは出ていないという事だ。やや似ているのはNTTデータのジオデータプラットフォームだ。

このジオデータプラットフォームはジオデータのみならず他のデータの掛け合わせも可能なのでマス広告とも連動出来る。

といった具合に非常に有益な出張だった。

2022年4月13日 履修登録

私が大学生の頃、履修登録は大量に登録して気に入った一部の授業のみ参加するスタイルを取っていた。20個登録して実際に出るのは2個。あとはレポートやテストの時だけ出るのが3、4個位だった。思い出してみればノートPCが無い時代だからレポートは手書きだったのだ。当時の教授達は手書きのレポートを見ていたから嵩張っただろうと思う。その当時の私からしたら長岡造形大学の学生は真面目で誠実極まりない。大学の課題をやり、バイトもして卒業制作をする。当たり前の事だが実際にやってみれば楽では無い事は直ぐに分かる。その価値は本人たちが生きている間に必ず帰って来るだろう。間違いない。

2022年4月18日 長岡造形大学生、君たちは凄い
私の知る長岡造形大学生の全てが性格が良くて真摯で、謙虚。それだけでも才能だと思うが、企画力、デザイン力、構想力、チームメンバーとの協調性などあらゆる面で舌を巻くほど優れている。この事実は毎日彼、彼女らを観察していなければ分からない。企業の採用担当者達が他の大学生と同じ並びで長岡造形大学生を観て、気付いてくれるだろうか?もちろん鋭い採用担当は分かってくれるだろうが。私は思うのだ。もし企業側の採用担当者が長岡造形大学生の凄さに気が付かなかったとしても気にすることは無い。学んだことや身に付けたスキル、素直な性格は誰にも奪われることのない財産だから。
それを持って、その後も磨いていれば、自分に相応しい場所や、人に出会える筈だ。私は企業側を信じるより学生達(未来)を信じている。学生達の方が企業側よりも正しい事を毎日教えてもらっている。良く聴く言葉で「長岡造形大学生は自己PRが弱い」と。私も当初はそう感じていた。が、そうではないんだと確信し始めた。本当の良い資質は簡単には伝わらないものだ。良いモノ(者)を見極めるにはそれだけ良いモノ(者)を知らなければ評価できないのだから。採用試験の自己PRで伝えられる範囲を超えた深さ、中身を長岡造形大学生達は持っている。企業側採用担当の許容範囲を超えている。この様子だと私自身がその説明のために学生と共に、彼、彼女らのために就活する日も近いかもしれない。冗談抜きで!!ただし、学生側が「先生止めて下さい!自分だけでやりますから!」と一言あれば素直に従うのみ。ああ、この私がもっと長岡造形大学生の凄さ素晴らしさ、とんでもない価値がある事を言いたいPRしたい。この気持ちで胸を焦がしている。

2022年4月19日 長岡造形大生の自己肯定感を高くしてあげたい

自己肯定感とは自己が肯定することなので、他人がどうこう出来る問題では無いのかもしれない。しかし、私は価値ある長岡造形大生に何としても自己肯定感を高く持って欲しいと思っている。長岡造形大生は外部のコンペなどに参加して受賞したりするのだが、それくらいでは自己肯定感を高く持たないくらい謙虚なのだ。私が自己肯定感を上げる催眠術を習得すれば良いかもしれない。長岡造形大生と自己肯定感の関係、これは卒研のテーマとしては十分にあり得るものだ。長岡造形大生はどんな時に自己肯定感を得るのか、あるいは失うのか非常に興味深い。これは研究しなければならないと思っている。

2022年4月23日 人の自己肯定感を高くしてあげたいと言うのはオコガマシイ事だと痛感した

上記で長岡造形大生の自己肯定感を高くしてあげたいと書いたが、とんでもない勘違いだと自分で思った。というのも学生と話していて教えてもらい気付けたことがある。それは学生はアート(デザインではなく)を志して何度も作品を考え、壊し、創り直しといった訓練、生活を送っているということ。アート作品を作る上で自己肯定感を何度も打ち壊し再生、創造を繰り返す作業が脳内のある種の構造を作っているから自己肯定感が低くなりがち。これがたまたま就活において自己PRが弱く見える現象を引き起こすが、だとしたらそれは悪いのか???一般的就活のフォーマットでは長岡造形大生の良さを浮き上がらせることができない。それは長岡造形大生が悪いのではなく、就活フォーマットにイノベーションが全く起きておらず、本当の意味での学生の資質を理解し、企業側とマッチングできるプラットフォームが無いことを意味しているのではないか?

そう感じ始めている。とはいえ、就活戦線に長岡造形大生が慣れているかと言えば慣れていない。百戦錬磨の都会の大学生の慣れ具合と比較すると厳しい局面はあると思う。戦場での場数に関して長岡造形大生は戦う回数は少なくなりがち。

2022年4月27日 人生の成功と繁栄の根っこにあるもの

就活は大学生にとってある意味、人生で初めての戦略を実行するタイミングと言っても過言ではないだろう。就活の成功とは

自分で行きたいと決めた業種、職種がある具体的な会社、組織に内定を得ること。

この社会に出る最初のスタートが非常に重要でその後の人生を大きく左右する場合が多い(もちろん例外もある)。

給与、休日、教育体制、社風、キャリアパスなどあらゆるチェック項目において得点が高く(高待遇)、自分の好みや価値観とどれだけ合致しているかを吟味する。そして自分の価値観と合致している項目が多くても、合致しない項目の内容、レベルによっては入社しない方が良い場合もある。隅から隅までチェックしておけば後悔は無いだろう。

しかし何より重要な情報は1次情報で、その会社の社員に訊くのが一番良いに決まっている。1次情報を得ることなく入社は

避けるべきだ。何故ならどのような会社も新卒大学生に対しては良い顔付をしている。戦略とは、何かを得るために何かを

失うこと。得るものと捨てるモノを決断し、覚悟を持って進む姿勢を戦略と言う。就活を続けるうちに自分の戦略が見えて

来るだろう。

2022年4月27日 就活は早ければ早いほど良い。間違いない。

就活は1年生、2年生から開始すべきだと言うのが、最近の私の持論。間違いない。痛感している。忘れないようにここに書いておく。就活は1年生、2年生から開始するのが正解。大学時代に物凄く学んで優秀な学生が、就活でその力が発揮できなければ何のための学びか本末転倒。これは私自身に言い聞かせている。学生に言っているのではない。学生が自分達でそのことに気付く筈は無い。何故なら学ぶことやバイトに懸命だから。矛盾しているが仕方ないことだ。それを飛び越えるのは運だ。

もう一つ付け加えると、縁だ。この運と縁を使うにはスキルが必要になる。このスキルは、人に頼むことができるスキル。

就活に関する依頼ごとを人にして運や縁を手繰り寄せるスキル。単独で就活を頑張っていてもこれは身に付かない。そして運と縁を使えるスキルは社会に出てから猛烈に活きる。人に頼むことをしたことが無い、あるいは人に頼みたいが頼める人が居ないという状況を突破するには執念が必要だ。慶応大学の学生は慶応大学卒でない他大学OBにどんどんOB訪問を仕掛ける伝統がある。OB訪問は自分の大学OBにするものという常識を覆している。就活に人生がかかっていることを良く知っているのだ。

しかし都会の学生と長岡造形大生を比較するのは間違っている。長岡造形大生は都会の学生とは異なる良い資質を持っているから。素朴でガツガツしていない穏やかな性格は非常に良い部分だ。そこを損なわず無理をせず良い結果を出してもらうには教員がプレッシャーをかけないようにアプローチするのが良いと思っている。

2022年5月9日 娘の名付け親である父親の気持ち

このGW、娘と父親の関係を考えることが多かった。自分が娘たちの父親であり、彼女らの名前を付けた張本人であるためか

世の娘を持つ父親たちの気持ちが分かる気がする。特に娘の名前に父親の思いが反映される。そして娘がその父親の思いをどう捉えて生きてきたかを見れば父親との関係性が理解できる。良くあるのは、その名の通り素直に育つパターン。しかしこのパターンは実は確執を残している場合が多い。父親の思いが強すぎると娘が自立する際に反動が出てくるのが常だ。父親に厳しく育てられた女子は期待に応えてそこそこの実績を作り、負けず嫌いである場合が殆ど。しかし本当に自分がしたいことを

少し抑えてきたことが自立する時期に噴出してくる。それが進学や就活のタイミングなのだ。何が言いたいかというと、自立とは自分の新解釈ということだ。自分の選択が正解なのであって、それを信じて欲しいということ。いや、私が言うまでもないだろう。世の娘たちは世の息子たちよりも、ずっと自立が早いものだ。自立が早ければその後の修正も効きやすくて良い。

2022年5月13日 学生の就活対応力

複数の学生から就活のES添削や面談対策の依頼が入ってくるようになった。ESにしてもポートフォリオにしても面談対策にしても準備すればしない場合より数段レベルアップして合格率が上がるのは間違いない。学生にアドバイスを与えると確実にレベルアップしてくるから大したものだ。長岡造形大生はやはり凄い。日頃の授業課題で鍛えられているためアドバイスを理解して反映させる能力が高いのだ。アドバイスをして期待通りに、あるいはそれ以上に返してくるのには手応えを感じる。きっと仕事をし始めたら、仕事ができるようになるんだろうと感じさせてくれるのだ。頼もしい学生達である。私のミッションはひたすら彼、彼女らに対して可能な限り有益なサポートし続けること。

2022年5月14日 就活は婚活と似ている?

世の中に男女が居るように、企業と新卒が居る。その企業と新卒のマッチングが就活だ。内定が取れる、取れた時点でマッチングが成立しパートナーを確保した状態になる。1社でも内定が取れたらまずは安心できるだろう。企業側も同様の気持ちでしょう。企業側からはミスマッチが起こらないようにインターンなどで実際に学生に働いてもらいマッチ度レベルを確認する状況を提供している。学生側が自分と企業のマッチ度を測る方法は幾つもある。まずはSNSだ。その会社の社員のSNSを調査してみると良い。どのような社員がどのような生活をおくり、どのような言動をしているかがある程度分かる筈だ。SNSには社員個人の本音が出るから非常に有効だ。ネット上にある企業の口コミサイトは書き込んでいる人の年齢や書き込んだ年度など時系列を追ってみること。会社は変化しているからかつてブラックでもホワイト化していたり、その逆もある。学生は自分の就活調査を依頼された探偵になったつもりでエントリー先企業の会社情報、社員情報を掘り下げると良いでしょう。

2022年5月19日 天の声

学生達が課題制作や卒業研究をする姿を見ていると、天の声が囁いてくる。「お前も何か作らないのか?」と。そう、その声がずっと以前から聞こえてはいたがスルーしていたのだ。ところがいよいよ天の声が大きくなってきた。「これだけ学生の頑張りを観てきて、お前は何一つ作らないのか?」と言ってくる。天の声はこうも言う「お前は美大出身ではないからなぁ」。

挑発してくるような言いぶりである。そして小学校でもらった最初の通知表の記憶を想い起させてきた。3段階評価でよくできる、できる、がんばろう、しかない評価なのだが田舎の公立小学校での私の最初の成績は図画工作と国語と社会が「よくできる」で他は全て「できる」という普通の子供。図画工作だけは最も自信があったし好きだった科目だ。そう、私の素の本質はそこにあるのだ。国語と社会というのも好きな科目で今もその名残はあると思っている。そして現在その本質が問われている。図画工作と国語と社会ができる者として何をすべきか、自分の卒業研究は何なのか?分かってきた気がしている。というか実は昨日から着手し始めた。これがやはり簡単ではない。モノを生み出すとは何と大変なことか!!広告会社時代はクリエイターを名乗り、企画をし自分の企画が世に出たりしたがそれらの全ては広告主の予算で、外部制作会社の方々に制作してもらったものだった。最終的に自らの手で作ったものではなかったのだ。この自分の卒業制作修業は避けては通れないらしい。宿命を感じている。自分の作品を世に出さねば天の声は許してくれないのだろう。

2022年5月22日 シン・ウルトラマン

テレビ番組でウルトラマンをリアルに観た世代として、映画「シン・ウルトラマン」は5点満点中5点。私にとっては鬼滅の刃の続編にすら思えた。非常に哲学的なテーマが背景にあり現代の世相も反映していて考えさせられる。Tジョイが今までで最も混んでいた。並んでいる人の言葉から鬼滅の刃の時よりも混んでいるとのこと。凄まじい人数だったがシン・ウルトラマンは事前予約をしていたため良い席を確保できた。鬼滅の刃の時は不覚にも号泣してしまった。そして今回も想定外に泣いてしまった。ウルトラマンの生き方に共感してしまったからだ。それと科学特捜隊の基地に今は解体されて無くなってしまった旧電通本社が使われていた。旧電通本社は昭和42年に完成したからウルトラマンや私と同じ世代だ。懐かしい部屋のキャビネットや屋上の風景などがノスタルジーを感じさせてくれた。不夜城の旧電通本社とウルトラマンは似合い過ぎるくらい似合っていた。ウクライナとロシア、コロナが続く中、ウルトラマンに出てくる怪獣より現在のリアルの方がフィクションのテレビ番組や映画より恐ろしい。怖がりの私は本気で毎日が恐ろしいと感じながら生きている。長年マスコミに携わり本質を知っているだけに真実を知る人間は極一部しかおらず、それを知らないのであれば自ら調べたり、直感でおかしいと感じるしかないと理解している。皆が同じ行動を取っている状況は非常に危険な状態なのだ。映画の「シン・ウルトラマン」は正しいことを言う大人が居るというメッセージが込められていたと思う。正しいことを言う大人にならなければならない。

2022年5月26日 来年度のゼミ、研究室、就活体制の準備

モノゴトは早い準備に優るものは無い。という点で来年のゼミ、研究室、就活対策を現在から準備する。長岡造形大学に来てから3年目となり、色々と分かってきた。学生の気質も少しは理解できるようになり、何が最重要かと言うと大学や教員による「早目の準備」に尽きるということ。世間の速度と長岡スピードが違うため(特に就活速度)それに追いつき、越えなければならない。業界研究は2年生の前半から開始し、インターンは2年生の後半から始めるのが良い。学生時代からデザインなど実際の仕事を自分で請け負っている学生は面接にも強い傾向があることも気付いた。つまりバイトではなくインターンでもない企業と連携した新手の就業機会を複数回(1回では足りない。何故なら1回に影響を受け過ぎる可能性が有る)学生にもたらすことが大切だと痛感した。そこで得られる実績やポートフォリオを蓄積することができれば良い。大学ではキャリア関連の委員会に所属していることから私が「早目の準備」をしなければならない。積極的に業界セミナーや広告関連業界の就活に特化したゼミの開催などを考えてみる。

2022年5月27日 学生の声から学ぶ

学生とのコミュニケーションから学ぶことが沢山ある。最初の学びは学生の質問から始まる。この質問に答えようとするところから私の学びが始まるのだ。質問はリクエストという形を取る場合もあり、これに応えられるかどうかも私の学びになる。

また学生が声を発していない無言の時にも、それを察することが学びとなる。無言の空白にもメッセージはハッキリと詰まっている。歩み寄るべきは私からであり学生は私に気を使わないで欲しい。学生は自分に懸命でさえあれば良く、自分に都合良く時間を使って私を活用すれば良いのだ。学生を理解しようとすることが私の仕事でもある。学生への理解は簡単ではない。彼、彼女らのライフスタイルを理解しなければ思考や行動の意味が分からないから。そういった話を自らしてくれる学生もいる。その話を聴く度に驚くのだ。多くの学生は表面的に見えている部分とは全く異なる内面を持っているから。それに気付くと私は全く学生のことを理解していなかったと痛感する。長岡造形大生たちは同じ空間で同じ授業を受けていることから共通点が多い人たちではあるが、個々の個性は強烈に異なっている。個性に対する理解は慎重でなければならず尊重も必要だ。私の人生の中で学生たちとの対話、議論ができることはかけがえの無い貴重な時空間。授業の合間に幸福を感じて眩暈がする瞬間が幾度もある。幸福の理由はそこにいる学生たちとの貴重な時間には限りがあり、そこでされている対話、議論に自分の生きている証を感じるからだ。

2022年5月31日 5月の終わり

5月は気持ちの変動が激しい月だった。激流と言っても過言ではない。しかし激しい月を越えれば楽になる。6月は穏やかで落ち着いた日々になると予想している。毎年6月は私にとって最も素敵な月だった。今年もそうなるだろう。あと今年の後半に期待したいのは海外旅行だ。封印されたことによってどれだけ海外旅行できることが素晴らしかったかを痛感している。また海外旅行に行けなくなり国内旅行の回数が増えたことも知らない日本を知る良い機会になった。仕事でも地方のクライアント企業の仕事が増え、これも現在進行形で非常に勉強になっている。昨年6月の日記を読み返してみると現在とは全く異なる仕事をしている。クライアント企業の顔ぶれもかなり違っていた。そこからクライアント企業数を増やしたいと考え、それは実現している。仕事上1年でかなり進歩したがその先の成長は現在とは違うステージにしなければならない。サロン形式のコンサルティングでクライアント企業数を圧倒的に増加させることが次なる目標だ。

2022年6月2日 大地震の夢

夢を見た。おそらく東京のシチュエーション。自分の住んでいるマンションとは違うマンションに住んでいて、そのマンションが地震で傾く夢。窓から見渡すと他のマンションも傾いたり倒れて行くものまであった。割とリアルな夢だった。首都圏での大地震は起こると言われて久しいが、いよいよ来るのか。何が起こっても不思議はない。心の準備は出来ている。6月は長岡に住み始めた月。今年で3年目に入る。まる2年長岡に住んでいる。6月は良い季節で散歩をするだけで気分が良くなる。今日は朝から映画を観に行く予定。既に予約済み。→そして実際に観に行って来た。最近映画館で映画を観ると泣くことが多くなってしまった。今回の「トップガンマーベリック」は今年最高の映画と言えるだろう。主人公の人生ピンチの場面で決断して取った最終行動の場面に感動して泣いてしまった。まあ他にも泣くべきポイントは数か所あるのだが自分で自分の人生を切り開く決断と行動のシーンは、その命を懸けている映像に震え上がり泣いた。映画と共に人生はあり人生は映画と共にあると言って過言ではない。壮大なスケール感と前作からの時代を超えてやってきただけの奥深い映画だった。

2022年6月3日 仕事、職種、人種

仕事が人を作り、職種によって人は見分けられる。2006年頃だったか休日にとあるカフェで銀座を歩く人々を観察していたことがあった。歩いている人の年齢、恰好、雰囲気、性別などから銀座に来た目的など一瞥して想像してみる訓練だ。企画をする人間としてはターゲットのプロファイリング能力は非常に重要なスキルでありマーケティングそのものだ。

当たっているか否かは分からないが毎週続けていると分かったような当たっているような気がしてくる。

慣れると一瞬で分かるようになる(気がする)。

ある週末の午前、いつものようにカフェで10時から12時の昼前まで大きな窓から銀座を行き交う人々を観察していた。すると前にも同じカフェで見かけた20歳前後の女性が、やはり私と同じように窓近くの席から銀座の往来を見つめている。スラッとして背が高く透明感のある横顔が見える。モデルさんか?と思ったが、モデルがここまで真剣に長時間人間観察をすることはない。自分に最も関心を払っている人種だからだ。だとするとカメラマンか?カメラのアシスタントか?それにしては若いし休日に呑気に過ごしていられないだろう。斜め後ろから見ている私からはハッキリと顔立ちは分からないがハーフにも見える。海外暮らしが長いと読み取れない場合がある。店定番の和栗モンブランを頼んでアイスコーヒーを飲んでいるのは私と一緒だった。やはり目的は人間観察で頭の回転を良くするための糖分をモンブランで取りブラックのアイスコーヒーで長時間集中力をキープしている。とても軽装で飾り気の無いファッションはこれからデートではない。もしかしたら10代かもしれないが年齢の割に間違いなく大人びている。真剣な眼差しは何か仕事をしているプロで、そのために人間観察が必要なのだろう。広告会社などのマーケッターであれば調査データからターゲットを想像するし、せっかくの休日に仕事まがいの人間観察をする筈が無い。私はと言えばクリエイターとマーケッターの珍しいハイブリッドゆえ、休日の人間観察を自らに課す40歳変人サラリーマンであった。一方その女性は20歳前後。普段はどんな音楽を聴いているのだろう、と眺めているとFayrayの「Baby if,」が聴こえてくる気がした。私からレーダー波が出ていることを察知してか女性はスッと席を立って会計を済ませると出て行った。勘も鋭いし身のこなしも素早い。クノイチの様な不思議な女性だった。それから1年くらい経ち、私はとっくに休日の人間観察は止めていた。その頃テレビで若手大物俳優の結婚報道がされていた。驚いた!テレビに映っていた若手大物俳優の結婚相手の女性が、あの時のカフェの女性だったのだ。女性は当時デビューしたての女優で既に映画出演も果たしていたが私は知らなかった。

2022年6月4日 週末の仕事場

先週末は越後湯沢に居たが今週末は東京お台場ヒルトンが週末の仕事場となる。

東京が一望できるこの場所は東京湾を航行する様々な船が目を楽しませてくれる。カラフルな水中翼船が2隻水しぶきを上げながらやって来た。あるいは大型の貨物船がゆっくりと入湾して来る。船名が判ればどの国からどのような航路でやって来たか調べることができる。ただし肉眼で船名を判別することが難しいため単眼鏡を持ってくれば良かったと思う。休息と仕事の両方を交互に実施できるこのような場所は貴重だ。テレワークが一般的になった結果、割安の週末ホテルプランも一般的になり経費での活用が進む。良いことだ。

明日は早朝散歩の後、朝食を取り一仕事する予定。世の中のニュースとしては林真理子さんの日大理事内定が気になる。

2022年6月5日 お台場ヒルトンのマーケティング的失敗2点

部屋と週末プランの値段設定は良かったが、ホスピタリティの失策が2点。これは大いに痛い点だった。この2点が修正されない限りせっかくの資産(ホテルの造り、環境)があっても宿泊候補に入らなくなる。第1に強烈に悪い印象はホテルのWifiが無く、無料でWifiを使うには登録が必要になる点だ。即座に快適な滞在を求めて来る客に対して最初に登録を促すというのはとんでもない。それは登録会員数を伸ばすノルマを持った担当者の存在を感じさせる最悪施策だ。私の場合どの場所にもポケットWifiを持参するため問題は無いがヒルトンの出会いがしらのWifi問題には驚いた。そして最後に、まあ快適だったと気持ち良く

チェックアウトを済ませた客に対してアンケートの依頼をするスタッフが待ち構えていた。その目的はタイムシェアサービス説明会への勧誘だった。満足して帰ろうとする客に対して最後にホテル都合の営業をかけるとは、これまたホスピタリティ

精神が崩壊している。このように到着直後に入口にWifi登録を促すポスターを掲示している点、最後にアンケートと称してタイムシェアサービスの勧誘を行う方針は最初と最後で最悪の印象を与える内容だった。

その2点とも担当者のノルマ達成都合によって客の時間と気持ちを奪う内容であった。素晴らしいサービスは逆に客の素晴らしい時間を増やし、その後も想い出して楽しめるものなのだ。部屋が素晴らしいだけに運営方針が酷いのは残念。ホテルのホームページから改善点としてお伝えしておこう。→何と!ホームページにメッセージを受け取る仕組みが無い!初めから聞く耳を持っていない構造になっている。ある意味納得した。顧客都合を配慮しない方針だと良く分かる。つまりホームページを見て顧客からの意見を受け付けないようになっているホテルは要注意ということだ。

あと1つ残念なことは、誰かのノルマ達成のためにタイムシェアサービスへの勧誘をする若手社員さんだ。会社の方針だからと言ってチェックアウトを済ませたお客さんに声をかけ、嫌な思いをさせてしまう役目を実行してしまっている。若手社員に間違ったことをさせる企業、組織、上司を幾つも見てきた。これは大人が未来ある若者を使って自らの立場を良くするために起こること。若手社員は自分で気が付けるだろうか?そしてそれを拒否出来るだろうか?このような勧誘は間違っていると言える若手社員になれるのだろうか?ヒルトンのように名のあるホテルや一部上場企業であっても合法的に強引な勧誘を行っている場合は多々ある。合法であれば良いのではなく「人としてしてやっていいか、否か」なのだ。これは学生が社会に出た時に出くわす壁となるだろう。会社が求めるノルマが顧客に対して「良いものか、否か」を自ら判断し、反論できるかという点。これは間違いなく新人であっても反論できなければならない。でなければ一生、誰かのノルマに従い自分もそれを繰り返す人になるだろうから。新人であっても会社に意見が言える人間は居る。実際にそのような新人も数人はいた。その人達は

タイミングを見て変わらなかった組織に見切りをつけ自ら出て行った者と、長期間会社と交渉し、粘りつつその間に社内に

見方を見つけ快適に仕事をする環境を獲得した者がいた。自分の生き方が仕事に直結し、仕事が自分の生き方を決める。

だからこそ他人(会社)のノルマを簡単に受け入れるような人間になってはいけないのだ。それが上司であれ先輩であっても、だ。自分の考えはどうなのか自分に問うてみれば、自分がどの程度の人間かハッキリする。生活するために企業から給料を貰い上司からのノルマを受け入れるのが当然だとすると、企業や上司が間違っていた場合に自分も簡単に間違ってしまう。

他人のせいにして生きている人はそれが都合良く、心地良い。悪いのは企業や上司だとして自分を振り返らずに済むから。

恐れるべきは上司や企業の指示、命令ではなく、それらに対して何も考えを持たずに従ってしまう自分なのだ。

そう、新入社員や若手社員は、自分が最も恐ろしいと気付くことが大切。出来るだけ早いうちに。

2022年6月8日 授業の課題提出作品を見て

今日はある授業の課題作品提出日で、多くの作品を見て採点を行う日だった。採点日はエネルギーをかなり消耗するが、一方でエネルギーを貰う日でもある。良い作品には魂が共鳴し、イマイチな作品であっても努力を感じられたらそれなりのエネルギーを感じることができる。そして最高点に至らなかった学生が「悔しい」と言う発言にも魂を感じて嬉しくなってしまう。

そういった学生達の態度や発言は、かつての自分を想い起させる。私が社会人20代にコピーライター、CMプランナーとして日々企画案を出してはコンテに描き、コピーを何十本も書いては没り書いては没っていた時代と重なるからである。長岡造形大の学生はそのような過酷な課題生活を大学生から存分に経験している。私は社会人になってからだったのだ。当時、何よりも欲しかったCMプランナーの肩書と仕事、それを得た私は気が狂ったように仕事をしていた。人間、最も好きなモノ、憧れのモノを手にした時、脳内限界ストッパーが完全に外れて暴走しアドレナリンが噴出する。先輩にダメ出しをされても嬉しいし、編集室で徹夜をしても嬉しいといった具合で何をしていても楽しかった。その私の充実した日々は数年間続き、テレビCMの海外ロケを体験してから突然考えが変化した。人生には突然の出来事が発生し、その後の運命が変化する時があるものだ。

あれだけ就きたかった憧れのCMプランナーの職種を5年目に自ら離れる決断をしたのだった。思えばその決断が後の人生を大きく左右するものになった。安定した道のりをそのまま進むことは私にとっては堪え難いことであり、自ら道を外れる決断をしたことが進化を促進したのは間違いない。

2022年6月10日 就活の相談

23年卒の就活が終盤に入っているのだろうが、私には新卒から中途採用まで様々な就活相談がやって来る。相談者の立場や業種も様々なため相談内容は多岐に渡る。新卒も中途にも共通して言える大事なことは、企業に媚びないこと。企業と学生(中途採用の社会人も)は対等なのだ。入れてもらう、採用してもらうという意識があってはよろしくない。強い気持ちを持って対等の立場でマッチングが正しいか否かを互いに判断することだ。内定を勝ち得た企業に対しても疑念や不信感が無い状態で入社したい。そのためには実際に勤めている2年目、3年目の社員に率直な意見を聴いてみること。更に上の年代の社員にも聴ける機会があれば聴いてみることだ。そしてSNSでの口コミを最新から2年前くらいまで遡って分析すると良い。危険なブラック企業は口コミがサクラで良い内容ばかりだったり、少人数の場合は書き込み自体が無いケースがある。自分が自分に雇われた探偵のように調べてみるのが良いだろう。内定後に重要になるのは配属先部署だ。初年度の配属先部署の仕事内容で自分の力が発揮できる場所に極力行けるよう希望を出したり、交渉すべき。配属を会社に任せっぱなしは、運命を会社任せにしていることになる。様々な研修や面談を経て会社側が決定することになっていても、人事などに自分の希望を伝えることはした方が良い。自分が後悔せず納得できるために。中途採用の場合は職務内容の確認、上司の経歴、実績、レポートラインの確認、年収、年収アップの条件、契約は文書で残しつつ交渉になるだろう。

2022年6月12日 中途採用の転職活動

数年前に私が所属していた制作会社は非常によろしくない仕事の仕方をしている会社で、その社員の質も大半がよろしくない状態だった。しかしその中で周りと全く違って明らかに優秀な若者が4人居た。その内の1人、K君が念願のゲーム会社にeSports担当として転職が決まったとの連絡をくれた。彼に出会ったのは4年前で、出会った時にeSportsの仕事をしたいと言っていた姿をハッキリと憶えている。彼は何度か転職をして第一希望のポジションを得た。韓国籍だが日本語は完璧。努力家で誠実な性格なのでやっとその資質に相応しいポジションを獲得できたことを嬉しく思う。他にもオーストラリア国籍のJ君は20代で外資系超有名ファッションブランドのCOOとなり、日本人のI君は外資系デジタルマーケティングの会社で立派に働いている。もう1人の日本人N君は独立して会社を立ち上げて儲けている。皆、転職や独立を経て最終的に自分に合った会社、合ったポジションを得ている。どんな環境に置かれようとも、皆自分を活かして生き残り成長して行くものだ。その姿を見るとこちらも元気を貰える。

2022年6月14日 6月がビュンビュン過ぎていく

早回しで毎日が飛んでいく6月。しかし週末はゆったりと過ごせている。コロナはどうなって行くのか。そろそろ夏休みが見えてくるが海外旅行も解禁気味で気になるところだ。一方でウクライナ、ロシアの戦闘は続いている。クラスター爆弾?とんでもない兵器が使われている。同じ地球なのか、同じ人間なのかと思う。大学のキャンパスの目を向けると、そこは天国のようだ。天気の良い日は特にそう感じる。芝刈り機によって刈られた芝草の香りが漂い薔薇園には何種類もの色の薔薇が咲いている。教室では自由に意見を言い交わすことができる。この風景を存分に眺められるのは、間違いなく幸せというものだろう。爆弾は落ちてこない。この日本にいつか爆弾が落ちる日が来るのだろうか。

2022年6月19日 美大生とマーケティング

経営学部などでマーケティングを専攻していない学生にとってマーケティングは難しいものに映るようだ。いや難しいと言う前に馴染が無い、薄い。1回でも社会人となって商品やサービスの販売に関わった経験があれば多少はマーケティングを感じることが出来るだろう。マーケティングを実施する担当者とそのポジションには大きな権限と予算が割り振られるため、それなりの知識、経験、実績が求められる。つまりその道に進まなければ触れにくいジャンルなのだ。しかしどの部署であれどの職種であってもマーケティングを知らずしてビジネスをするというのはナンセンス極まりない。このリアリティをマーケティング専攻でない学生に伝えるのは簡単ではない。美大におけるマーケティングのあるべき姿を模索中だが結論は出ていない。

教養としてのマーケティングであれば実施しているし、これで良いのかもしれない。就活とマーケティング知識を接続させることもかなり難しいものだ。あまり深入りすると自分を見失せてしまう可能性もある。私と学生の温度感の違いは意識しなければならないだろう。私自身マーケティングに携わり出したのが電通時代の晩年であったのを忘れてはいけない。それくらい後期に入ってからマーケティングの重要性に気付いたのだから。

2022年6月21日 ガブリエル・シャネル展(出張)

三菱1号館美術館にて「ガブリエル・シャネル展」が開催されている。そこへ出張で行ってきた。私の目的はシャネルのマーケティングがどのようなものだったか、ファッション作品から読み解くこと。そしてその目的は当時のファッション作品が多く展示されていたためとても良く分かった。経営学的に言えばシャネルの戦略は凝り固まった女性ファッション市場に革命を起こしたブルーオーシャン戦略である。

シャネル本人は当時の男性主導型の社会、ライフスタイルへのアンチテーゼから作品制作をしていたことがブルーオーシャンを切り開くことになった。驚くのはブローチ、イヤリング、ブレスレット、ネックレスなどの宝飾品が大きいこと、そしてイブニングドレスにはラメ入りの生地を使用していてかなりの煌びやかさを演出している。当時は照明が少ないとか光量が多くなかったせいか光物をインパクト出すために多用していたのだろう。他にもシャネルの多くの仕掛けを見つける楽しみがあった。時代が変わっても男性が女性のファッションを見つめる視線には変わりが無いらしく、シャネルは男性視線を誘いつつ女性の肌を直接ではなく間接的に一部見せる造作をしていて見事としか言いようがない。あくまでもエレガントな演出は男性に対して異性を感じさせるだけでなく、美を感じられるかしら?という挑発、挑戦にもなっている。女性から男性へ見せつける戦闘服が途轍もなくエレガントなドレスなのだ。一方で働く女性のスーツも素敵だった。1つだけ疑問が残ったのは、胸の大きな女性に似合う服がシャネルには無いこと。これは更なる調査に値すると思う。

2022年6月23日 シャネルが頭の中に居座っている

昨日の「ガブリエル・シャネル」展が非常に良かったせいかシャネルが頭から離れずに今も語りかけてくる。特に何点かのイブニングドレスと、仕事のスーツからはシャネルの企てがハッキリと見えた。メッセージは作品が残る限り発信され続けている。特に魅了されたのはシャネルにとってのセクシーさとは、男女間の性から独立した孤高な女性の媚びない「美」。

それを見た男性は孤高の「美」を知る女性に敬意を払う。シャネルは男性にひれ伏して欲しかった訳ではないだろう。対等に在るために設計された「美」を両性に対し、共に分かって欲しく作り続けたのだ。そしてシャネルのクールセクシーが実は最もセクシーなのでは?と時間差で解り出す。三菱一号館美術館のUI・UXも素晴らしかった。かなり暗い展示会場だったが、それはドレスをピンポイントでライティングして直接見せる場合と、鏡の様なブラックパネルに反射させて間接的に見ることを可能にするためだった。ブラックパネルに映し出されたドレスやスーツは実際にそれを着た人々がそこに佇んでいるように見える。つまり直接見るよりも間接的に見ることでリアリティが増す演出になっている。WebのUI/UX設計者は美術館の展示を参考に出来るだろう。

2022年6月26日 広告学会 関西部会@関西大(出張)

土曜日には広告学会へ出張で行ってきた。母校の東大大学院学際情報学府で教員をされていた水越伸先生の報告発表が特にタイムリーに気になるテーマで参考になった。日本マス・コミュニケーション学会が日本メディア学会に名称変更した話には、他にも名称変更した団体、組織の事例や今後も名称変更する団体、組織を考えさせられた。カンヌ国際広告祭は10年以上も前に“CANNES LIONS International Advertising Festival”から、“CANNES LIONS International Festival of Creativity”に変わっている。必要とされるクリエイティビティが広告フォーマットだけで語られるナンセンスが既に起きていた。メディアやプラットフォームが増え続けると人間の課題発見、解決能力はメディアやプラットフォームに固定された様に振舞うのではなく、流体の様に移動していく。転職もその一つだし、副業もその形態だろう。一方でクリエイティビティを必要としなかった新聞の様なメディアは流体の様に他へ染み出して行く動きをやり切れない状態にあると思う。メディア論、マーケティング論、消費者行動論といった一連のコミュニケーション論系のテーマは学問として非常に難しくなっていくと思われる。私自身それに毎日晒されており、電通社員と大学院生をしていた当時と同じような感覚を、現在の大学教員とコンサルティング業をしていて再び感じている。これは宿命なのか。そのせいか年に2、3回見る単位が取れずに大学院の学位が取れない夢を見た。目が覚めると大学院は修士は得たが博士は取れなかった事実が残っていた。

↑最近のホテルはエントランスロビーに近代アートを設置していて非常に良いと思う。

2022年6月27日 暑い、暑い!

地球が壊れかけている暑さである。地球温暖化という言葉が本当に身に染みている毎日だが、こうなる前はこうなるというリアリティが足りていなかった。暑いと判断が鈍る場合もあるが、慌てないことだ。そしてこの暑い時期にはやらないことを増やすべきである。本当にすべきことは実に少ないものだ。特に自分だけで完結するモノゴトは絶対に極少にすること。それで少しは涼しくなる。それから夏は笑顔でいること。それだけで運が良くなる。暑いからこそ、言葉を選ばなければならない。

視覚デザインとは正にそういうことなのだ。

2022年6月29日 タイパ(タイムパフォーマンス)と直感

コスパ(コストパフォーマンス)は良く聴く言葉だったが、タイパ(タイムパフォーマンス)は最近良く聴く言葉になった。

お金を基準にパフォーマンスを気にする以上に、時間を基準にパフォーマンスを気にすることがタイパである。つまりやることが多くなっている現状からタイパ重視の傾向が出現している。もっと言えばコスパを気にする時間すら無いとも言える。

理想はコスパとタイパをモノゴトに合わせて考えることで使い分けることだ。仕事では当然だが勉強や学習にとってタイパとコスパは非常に重要。そもそも何を学ぶかというテーマ設定こそが最も難しい。生きていく上で何かを学び続けなければならない。だから何を学ぶべきか見極められるようになるにはどうしたら良いか。これは直感しかない。これまでの企業の新卒

採用は総合職として採用し、様々な部署を経て専門的な部署に落ち着く形式を取ってきたがそのような人材育成が今後は非常に難しくなるだろう。企業側も若手社員側も互いにテーマ設定が難しくなるからだ。若手社員は会社に任せるだけでなく主体は自分。だから自分の直感で決めていくしかない。転職も出来る時代なのだから。

2022年7月1日 殺人的暑さ

外を歩いているだけで危険を感じる暑さだ。ペットボトルの水分を確保していなければ危ない。この暑さに日々の忙しさが混じるともう大変。なので頭を冷やすジェルマットなどを使って就寝すると良い。実際にそうしてみたら快適だった。世の中がどうなろうとも快適な暮らしを継続的に送れるようにすることだ。そのためには有益な情報の収集が必須。自分でも情報を取りに行くが、その道の達人に聴くのが最も早いだろう。そのような達人を何人知っているか、これまた重要である。暑い時ほど情報の大切さが身に染みる。

2022年7月10日 リアル広告Expo

東京ビッグサイトにてリアル広告Expoに出張(7/8)

毎回出張では最新のテクノロジー、商材、サービスを確認しているが、今回も収穫が多かった。世の中は常に進化していると実感させてもらえるのがこのような大規模展示イベントである。しかも参加費は無料。かかるコストは交通費と時間だけなのだ。ビジネスを学ぶには学ぶコストを極力下げてスピード感を持ち、仕事をしながら自然に学ぶことが重要。

そして学ぶだけでなく視野を広く考え方の柔軟性と、行動力を伴う働き方が必須となる。一つの場所やビジネスに留まっていては進化できない時代だ。転職は益々盛んになるだろう。良い会社に転職するのではなく、良い自分になるために転職する時代である。つまり自分をカスタマイズするために仕事を活用するのだ。所属する会社や組織のカスタマイズのために自分を活用している場合ではない。自分で自分の給料や時給を決められる個人にならなければ搾取され続ける人生になってしまうからだ。

今回のリアル広告Expoでの見どころは、テレビCMの民主化が進んでいたこと。まだまだテレビCMの活用方法を中小企業が理解するには時間がかかるだろうが、そのサービスを提供する側は盛んにブースを設けて説明を開始していた。おそらく2年後には一般化され始めるだろう。私の研究、仕事など実践領域もその頃には佳境に入って行くと思われる。

面白い時代になってきた。やっとテレビCM2.0時台に突入する感じになって来た。

2022年7月19日 2023年への仕込み

仕事も研究も来年を見据えて準備が必要である。この7月は特に2023年の準備をしている。新しい授業の準備や研究テーマの見直し、そしてコンサルティングの手法など全てを刷新する。最も力を入れているのは、無駄を省き生産性を更にアップさせること。新しい仕事や研究の話は常にあり、ありがたいこと。気が付けば8月も見えてきた。最近の大ニュースは安倍元首相の銃撃事件で、その実行者の生い立ちがテレビで報道されている。同じ日本で暮らしているが、確かに自分と直接関係は無くても犯人の犯行に至った気持ちは想像が出来なくはない。日常には色々な人達の様々な思惑が満ちていると考えると恐ろしいものだ。私は残りの授業を全力で実施するのみ。やり切って夏を迎えたい。

2022年7月27日 気が付けば7月末

毎回驚いてばかりだが、長岡造形大学の学生は非常に頭が良い。どういう頭の良さかと言うと、想像力(人の話を聴いて知らない事象、場面を思い浮かべて理解できる)だ。その理解力の根底、理由には意志の強さがあると学ぶことが出来た。日頃の課題への対応力から鍛えられているのだ。が、それにしても中々凄いのである。私のテーマである美大におけるマーケティングの在り方に対しても意見を持っている学生がおり、その指摘は胸を抉られるほど核心を突いていた。私としては教養としてのマーケティング授業を実施していれば良し、といったことで一応自分の正解としていた。しかしその学生の指摘は違っていた。もともとの美大生として企画力やデザイン力がある上にサブの力としてマーケティングの知識、ノウハウを得ることの重要性を分かる学生が長岡造形大学には居る筈なので、それらの学生を掘り起こして育てるのが私の役目というもの。

全くそうだと恐れ入った次第。ありがたい指摘であり感謝しています。本当に学生から学ぶことが多い。まさか、このような指摘を受けるとは想像を超えていた。大きな指摘なので忘れないように書いておこう。

2022年7月28日 究極の癒し空間とは

とある日の夜中、非常に珍しく韓国酒で酔った私は冷たい床の気持ち良さで突っ伏して寝ていた。

その夜は雨が激しく降っていてベランダの排水溝から雨水が渦を巻いて流れ落ちる音がしていた。

激しい音にも聴こえるが、水泡が砕け落ちて行く音色は案外柔らかく天国の楽団が奏でているような、もうこのまま死んでもいいと思えるような心地よいランダムなリズムがループしている。

殺し屋はやってこない。冷ややかな床から睡魔の紫煙が立ち上ってくるようで、瞬く間に眠りに落ちてしまった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夢殿:聖徳太子が経を読んだり思索に耽るために篭った場所が法隆寺にある。私は小型簡易版の「夢殿」が欲しい。

そしてそこにはノートPCもスマホも持ち込みたくない。ただひたすら瞑想に耽るのである。理想はテレパシーで誰かと会話

出来ることだ。その相手も別の夢殿に独りで居たら良いだろう。しかしテレパシーさえあれば物体の「夢殿」はいらない。

全て脳内で出来ることだ。太古の昔、人類はそのような能力を持っていたのではないだろうか。不思議なことだが、現代でも物事を深く、よく考えていると話し合っていないのに既に話したかのような既視感を覚える時がある。つまり究極の癒し空間とは気持ちの中に在るということだ。

2022年7月29日 前期の授業が終わった。

長い前期の授業が終わった。長いとは思うが振り返れば短いとも感じる。いろいろなことがあった。自分でも良く突っ走ったものだと思う。毎日は奇跡の連続で素晴らしい日々だ。本当に毎日を当たり前と思えないような価値ある毎日だ。

日々、自分のアップデートに繋がっている。再びコロナの蔓延が騒がれている。いつまで続くのだろうか?

この後の大きなイベントとしては3年ぶりの長岡花火があるのだが、私は観ることになるのだろうか?

この前期の終わりに伝えておきたいこと、伝えておくべきことがある人はそのメッセージを届けようとする。

作品もその評価の時だけではなく再び目の前に展示されて現れる時がある。

それらの作者が生きている様に課題のレポートや作品にも意思があって、また見てもらいたいとやって来る。

あるいはそのレポートや作品の存在は聞いていたがどういうものなのかと、こちらが気にしていると不思議なことにそれを

目にする機会が生まれる。頑張っている誰かの意志は、巡り巡って人づてだったり、分身のレポートや作品となって伝えに

来るものだ。そのようなことが立て続けに起きている。

2022年7月30日 分らないモノに癒されることもある

コーランの教えについては、知識が無い。しかし世界中に数多くあるオンラインラジオ局の中からコーランを歌うラジオがあると最近知った。そしてその放送は永遠とコーランを読み上げ歌っている。勿論アラビア語なのだろうが、歌い手によって非常に違いがあり、いつ誰の歌を聴いても引き込まれてしまう。意味が分からないのに惹かれるのだ。しかも夜に聴きながら寝て明け方近くの時間帯になると、歌い手の歌い方に泣きが入って来る。最初は耳を疑ったが本格的に泣きながら歌う手法があるらしくこれまた感情が篭っているのだった。このようなモノを聴いている日本人は極少数だと思うが一応アップしておく。
https://liveonlineradio.net/al-quran-live

2022年7月31日 オープンキャンパス
写真は9月に行われる「大学祭」の看板だが、現在オープンジャンパスで訪れている人たちに向けてのもの。猛烈な暑さの中、多くの高校生達やその親の方々が来てくれている。

長岡造形大学の人気が高いことを実感している。

と同時にこの大学の世の中に対する役割も感じる。

それを見ておくこと、どういう学生が何を想って受験し、

実際に入学してくるのか見届けなければならない。

今回のオープンキャンパスは対面で行われている。

私にとっては初めての対面オープンキャンパスだ。

真剣に作品を見入る学生達に未来を感じる。

暑さに負けない情熱がある。学生にも大学にも。

気が付けば7月末日。ニュースによると今日が最も暑い日らしい。

2022年8月2日 東京都現代美術館 ジャン・プルーヴェ展

20世紀初頭に活躍した建築家であり椅子のデザイナー、

ジャン・プルーヴェ。椅子を造ることと家を造ることは同じという。構造こそがデザインを決めるとのことで、私は彼を

骨の建築家と名付けたい。彼の作品も素晴らしいが東京都現代美術館も素晴らしい施設だった。途轍もなく暑い夏に

ジャン・プルーヴェに浸ることが出来た。作者が亡くなっても作品は語り続けている。思想や心構えは人々の心の中に生きて行く。会場には多くの若者が訪れていた。アートとは無くても生きていけるものだが、私にとっては無くてはならないもの。日常にはアートが必要なのだ。ゆとりや遊び、そして何よりも追及する自由と情熱が生きていく上でのエネルギーである。今日は長岡花火の日。しかし私は出張で東京だ。

それはそれで良いと思える夏の日である。

2022年8月4日 オープンキャンパスが終わって

長岡花火の話をすべきなのだろうが、私にとって多くの人々の関心事には縁が無い。案の定、東京出張が入って観れなかった。それよりも長岡造形大学のオープンキャンパスが終わって壁に掛けられていた作品達が撤去されている。

一部残っている作品もあったが、一抹の寂しさを感じてしまう。作品に人格の様な作品格を感じるため、その作品が居なくなると喪失感が湧いてくるから不思議だ。誰が創ったか分かる作品もあったが作者が誰だか分らないから知りたくなる作品も

あった。作品は作者の分身のようなもの。そして作者自身も気付いていない何かを発散していたりする。

その作者自身が気付いているような、いないような微妙なところが作品の最も素敵な部分ではないか。展示されていた場所は作品の世界になっていた。それが普通の校舎に、あっという間に戻っている。

2022年8月5日 人に対する理解、尊重

最近は学生だけでなく、教員にも気付かされることばかりだ。長岡造形大生は頭が良くシッカリ者が多いので、私は完全に彼、彼女らを一人一人の大人と見なして対等に接してきた。しかし、それも程度問題だなと感じることがあった。他の先生が最近学内で学生達とスイカ割りを楽しんだという話を聞かせてくれ、写真も見せてくれた。学生達は大人としての顔だけでなく大学生らしい青春の顔付をして写っていた。それを見た私はこう思ったのだ。彼、彼女らを一人の大人として接するのは

私が大人だから私にとっては都合が良いが、学生にとっては緊張の連続だろう。頭も常にフル回転Maxでは疲れてしまうだろう。学生を大人だと思い過ぎていた自分を反省。学生にはもっと気軽に接することも重要だと思う今日この頃。

自分自身がまだまだ変化しなければならないと痛感する。

2022年8月6日 マンガ、アニメなどコンテンツと若者の人格形成

学生と接していると彼、彼女らが日本の世界に誇る文化であるマンガやアニメの影響を多大に受けていることを強く感じる。海外からの留学生はその流暢な日本語を駆使できる理由がアニメ好きから派生した日本への興味からだ。それが嵩じて

日本での就職に繋がり日本で人生を歩むことになる。かく言う私も(というか日本人であれば多くが)小中高大学まではマンガに浸り続けていた。社会人になってからも広告クリエイターとして興味の有る無しに関わらず様々なマンガや映画、アニメ、音楽を鑑賞していたものだ。マンガの世界は映画以上に空想度合いが増すため、脳内妄想領域の活性化を促進する。

クリエイターの大半はマンガ好きであると言っても過言ではない。その妄想の天才達がマンガ家であり、その天才達を生み

出す世界一の国は間違いなく日本だろう。音楽や映画では韓国の勢いが凄まじいが、マンガに関しては断トツの世界一だ。

私自身がマンガの助けを借りながら学生時代を乗り切ったと思っているくらいだ。勿論、時代は昭和なので文学の力も借りていた。文学では川端康成などの古典文学小説を殆ど全て読んでしまった。高校生の私が川端康成というノーベル文学賞作家の小説にも俗人的なものが幾つもあり、案外理解出来るなと思ったことと、やはり大人の感覚は分からないと思ったことが懐かしい。影響を受けたマンガはブラックジャック(手塚治虫)、うる星やつら、めぞん一刻(高橋留美子)、パタリロ(魔夜峰央)、エリート狂騒曲(弓月光)など受験勉強中に大いに気晴らしになり、それどころか人格や価値観まで影響を及ぼしていたと思う。女性作家が描く女性と男性作家が描く女性のキャラクターの違いを追求したくて少女漫画誌の「りぼん」を購読していたことも今となれば笑ってしまう。ところが、牧歌的な昭和のマンガ文化は平成でとんでもなく進化し、私のマンガ好きレベルでは追いつけないくらい現実から懸け離れた空想レベル(描き方含む)の構想力肥大マンガが次々と誕生する。

もう追いつけない。衝撃的な作品を挙げればキリが無いくらいだが、寄生獣(岩明均)はマンガと知りながら現実的な恐怖を感じた。テーマの本質も深い。夏目漱石や森鴎外の古典文学を読むことの重要性、それを語り合うよりも、感性や価値観を

拡張したマンガを媒体にして人と人が語り合うことの深さを考えると気が遠くなるくらいだ。進撃の巨人(諌山創)、GANTZ(奥浩哉)、シグルイ原作:南條範夫・作画:山口貴由)、以降は追いつかなくなった。映画化された東京喰種(石田スイ)、仕事上必要だったので読んだ、働く細胞(清水茜)などなどまだあるが・・

マンガやアニメはオタクという限られた文化やコミュニティでは普通に語られるのだろうが、一般的なコミュニケーションでは他人の好みがどうなのか測りかねるので気軽に出来ない。本当は感性や価値観が違ったとしても、その違いを互いに話し合えたら、どちらにも大きな理解が生まれるのだけれど。これに気付いたのは海外の方で日本のマンガやアニメ好きの方々が気にせずオープンに、このマンガが好きですとか、推しキャラの恰好をしていたりする姿を見て私が知らなかったマンガや作者を知ることが出来たこと、海外の人々の人となりを早く理解することが出来たという経験があるからだ。外国籍の方々を日本語ペラペラにするまでの影響を与えるマンガやアニメは素晴らしい。だから今後も新しいマンガを読まなければならないと思っている。全く出来ていないが、たまには。実はこのテーマ、自分が出来ていないから放置していたが最もマーケティング的に難しい若者達、Z世代を理解するためには、マンガやアニメといったコンテンツ文化軸を2000年以降時系列的に学び、調査

することが正解だと確信している。

何故Z世代の理解が難しいか、それは*現実の消費世界をどれだけ見つめても、若者達の内面や脳内を知ることは出来ないからだ。男性誌も女性誌もアプリを介しては男女関係なく自由にアクセス出来る。マンガやアニメなど空想妄想コンテンツの世界は若者達が脳内でその世界を構築、拡張し、その中で生活することを意味する。と同時に若者達は本当の現実世界と共存することになるのだ。物理的な時間は変わらないので現実世界にだけ生きている人間と、両方を生きる若者達が現実世界でコミュニケーションしていると両者の間に価値観の歪みが生じる。このギャップは大きくなることはあれど決して小さくならない。特にデジタル世代の若者は現実世界とデジタル妄想世界の両方を行き来することが必須となるため、その調整は楽ではない。だからこそ、この歪みの存在を理解し、想像力を持って若者達とコミュニケーションして行きたいと思っている。

*このテーマは私の最大のテーマであるマーケティングと対をなす必須テーマに他ならないのでいづれ詳しく書くつもり。

2022年8月6日 愛すべき無機質のアート

最近、いつも写真を撮っておきたいと思いつつ忘れてしまうのが長岡造形大学の工事中校舎の写真。

現在工事中の姿は私にとってアート作品の様に見えている。外壁に足場を組まれ、更に安全ネットのベールを掛けられた

その姿は大事な部分を意図的に隠されたアート作品の様に見える。

酷暑の中、ベールを掛けられてしまっているにもかかわらず汗一粒流さない偉容。

研究室に入ると内側から見る窓は目隠しをされて外が見えない不自由があり、やはりアート体験の様に勝手に感じている。

夏の暑さで自分がおかしくなっているのかもしれない。いや、夏のせいではなく長岡造形大学がそうさせるのか?

本来の長岡造形大学の姿はコンクリート打ちっ放しでスッピンのようなものだ。潔い。

私のZoom背景もコンクリート打ちっ放しだ。

2022年8月7日 「花(ハナ)」の日。 花屋経営とコンサルティング

私の本業は大学教員だが、副業として所属する会社は本業が「花屋」であり、実際の店舗が東京の晴海にある。

そしてその会社の中にコンサルティング部門があって私が取締役・コンサルタントとして機能している。

人は花が無くても生きて行けるが、花がある人生はとても豊かなものだ。花は生きていて、エネルギーを持っている。

花は直接人間に話しかけてこないが、間接的な気付きを与えてくれることがある。それは花を見つめている時に感じられる。

例えば、テレワークでたまに使う公民館のミーティングルームの窓から椿の生垣が見える。そこには毎年同じ位置に遅咲きの淡いピンク色の椿が咲く。同じ角度で見える椿は、毎年同じ見え方をしてまるで知り合いのようだ。そこに黒羽に鮮やかな

ブルーグリーン筋が入ったルリタテハが必ずやって来るのだ。偶然だろうが私が椿に目をやっている時に現れる。

あたかも椿がルリタテハを呼んで来たような感覚。また今年も新しい仕事があり、それがルーティンとして廻っていることを

椿もルリタテハも喜んでいるように見える。そんな演出をしてくれるのだ。

-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

私の長女の名は、果物(花を咲かせる)から名付けたように見える。敢えて意味を持たせないために平仮名にした。

しかし深遠な意味を密かに込めた。ミハエル・エンデの名作と同じ名だ。時間泥棒から奪われた人々の時間を主人公の

少女が人々に返す物語。更にもう1つの面白い意味は私の大好きな食べ物がネパールではこう呼ぶという音になっている。

次女には日本人が最も想起する花の旧字体に子を付けた。どちらも苗字からそそがれる水が川を流れ名が受け止める形。

こうなって欲しいではなく、自由に勝手に育つイメージだ。名前には未来が宿るらしく、娘たちはそのような道のりを

勝手に猛進して私をハラハラさせ続けている。

2022年8月9日 個人におけるゲシュタルト崩壊を防ぐ方法

漢字一文字を意味の塊として捉えられている状況から、ずーっとその漢字一文字を見つめていると文字のパーツがバラバラに見え出して意味がわからなくなる現象がある。これをゲシュタルト崩壊と言うが、自分を見つめすぎると個人でもゲシュタルト崩壊が起こり得る。特に課題を課された美大生が課題に取り組む時、その作品を見つめ過ぎたり、自分の内面を見つめ過ぎると自分が何をしたいかが解らなくなる。そのような時は落ち着いて目的と手段を考えればゲシュタルト崩壊は防げる。

 

先に目的があり、それを達成するための手段を選ぶのだ。手段が目的になってしまう場合に気を付けるべきだ。

そしてその目的は本当に自分のための目的なのか?誰かや組織のための目的ではないか?と強く問い正すべきだ。

 

大学生は個人を最適化するよう人生を歩んできている。自分の成績や実績を上げることが個人の自己最適化と言えよう。

社会に出ることは個人の最適化だけでは対応出来なくなることを意味している。社会人になる意味は、個人の能力を会社など組織の全体最適に活かすステージに上がることだ。大学時代は自己最適化が個人としての全体最適化だったが、社会に出ると自己最適化は部分最適化でしかなくなる。だから常に自分と所属組織の全体像を俯瞰して見る癖をつければ良いだろう。

自分と会社組織の間には考え方や仕事のオペレーションに隙間やギャップがあるのは当然だが、自分は独りではない筈。

他の社員や同期などが居るので、誰かその隙間やギャップに対応出来る人が居る筈だ。つまりチームワークや仲間が重要になってくる。チームを組んで戦いに出かけるイメージだ。それを楽しめば良い。人生も所詮ゲームでしかないと思えば気楽だ。

五感をフルに使って生きる程に、個人も組織も戦闘能力はアップして行く。

2022年8月12日 空想力、妄想力、クリエイタータイプの理解

人は頭の中で考えている事の何%を現実世界で話しているだろうか?私自身の感覚ではせいぜい1%~3%だ。人々に話せる内容ではないもの、話しても理解されない内容が97%~99%あるという事だ。

人によっては20%とか30%の場合もあるだろう。中には考えている事の大半を話しているという人もいるかもしれない。

人とコミュニケーションを取る場合、互いに理解するために話すので、自分独自の感覚や独自の世界観を話すことは無く相手との共通領域、つまり中立地帯で話すことになる。空想力、妄想力が強いクリエイタータイプは脳内の自分領域が広大で多くの物語を持って(創って)いるため、そこでの語彙力、表現力の豊富さと、現実世界で使用する語彙や表現力にギャップが

生じる場合がある。現実世界ではマナー良く丁寧な言葉遣いであっても空想世界では乱暴な口調だったりするのは当たり前。

 

ここでクリエイターとオタクの違いを述べておこう。クリエイターはオタク要素も持っているのだが、オタクの様にオタクであることを公言してオタク同士でコミュニケーションを取ることをしない傾向がある。何故ならオタクはクリエイトされた

モノゴトを摂取する専門だがクリエイターは(有名、無名共に)作品などを創造する時間が必要で、物理的にも忙しい。

クリエイターは自分の創造世界の話をすることが自分の内面を晒すことになると感じて話さないし、話したくないのだ。

更にクリエイターは独り深夜に空想力、妄想力が炸裂するので夜は長く、睡眠時間は極端に少なくなる。

そのように内面を知ることが難しいクリエイタータイプではあるが、普段の会話の中にクリエイター自身が広大な精神世界で使用している言葉(キーワード)や口調が必ず出現してその人の本質を伝えてくれる。

 

私が勤めている長岡造形大学の学生はクリエイタータイプが殆どなので、かなりの学生が上記に該当すると思われる。

20年前後生きている彼、彼女達のコミュニケーション手法は千差万別だが、対面で話す時に得られる数%の情報でも、そこに本質が出ている事が多い。20歳前後とはいえ、その個人の内面世界の広大さはコンテンツや情報が溢れている現代に生きているだけに昭和世代とは比較にならない程広大なのだ。そして彼、彼女達にとってリアルタイムでは現実の情報処理で手いっぱいとなるのだ。その忙しい学生達を理解するには、本人の発言を良く聴く事しかない。

2022年8月13日 食べる、ということ

生きるために毎日必ずしていること、それは食べること。空気を吸うことの次だ。当たり前のことだが、毎日食べることは

毎日寝ることと同じレベルで最重要項目だ。脳は腸であり、腸は脳でもあるというくらい食と脳は連動している。思想、思考、発想は腸と脳のコラボから生まれるのだ。なるべく添加物の無いものを食するのが良い。粗食はシンプルな健康法だ。

あれこれと考えなくても良いから時間節約にもなる。私は腸の活性化を図ると運気を操作できると思っている。腹を空かせていると五感が研ぎ澄まされて非常に仕事が捗る。腹が減り過ぎると逆効果だ。また何か大きなコトを達成したい場合、その一定期間はやや空き腹にしておくと闘気が溜まってコトの達成確率をアップ出来る。全てにおいて言えることだが、満たされ過ぎていると鈍るのだ。本当の豊かさを追求するのであれば常に空きっ腹にしておくべきとすら思っている。自分は能力が鈍ったり劣化して行くことを最も嫌悪している。安定とか安心という言葉は自分の辞書には無い。やる気にさせてくれるのはいつも大学生だ。彼、彼女らは自分達が持っている武器(能力や考え方)を上手く使ったり、新しい武器を手に入れようとしている。その姿は懸命で安定とか安心したいと思っているようには見えないのだ。それに厳しい世の中になって行くのであれば、努力する若者が増え、いずれ鈍って劣化した大人が居なくなるので良いことではないか。

もう一度、食べることについて書いておこう。空きっ腹がなぜ良いのか、人は食物だけ食べるのではなく自分がまだ摂取していない知識や知恵や思考や感性を毎日食べているからだ。そのための咀嚼スペースを腸にも脳にも残しているってことだ。

自分以外の外界(敵)を知るには外界のモノを自らの体内に取り込む(食べる、摂取する)のが必須だからなのだ。
腸と脳は考えるためのスペースを必要としている。

2022年8月14日 お盆に考えること

既に来年の今頃のことを考えている。そして既に来年のあらゆる準備を進めている。環境も学生も全てが変わるのだ。

それは間違いのない事実。予言でも予測でもなく、間違く起こること。だからこそ、間違いなく起こる事実への準備は早く

始めるに越したことがない。新しい授業の準備、新しい教材の準備、新しい共創企業の仕込み、などなど。

研究室の雰囲気も変えよう。小さな変化から大きな変化まで取り入れようと思っている。学生からいろいろなことを気付か

される度に自分が鈍感だと悟った。それゆえ自分の専門科目だけでなく精神医学、心理学なども学ぶことになった。

学べば学ぶほど腑に落ちることがあり、驚きの連続。学ぶと不思議とそれを実践する場面が出現するのだ。

それは学生への理解と同時に私自身の理解でもあった。自分を省みることに年齢制限は無い。

どの年代であっても自省は必要だ。健全な自省をしていると気持ちはどんどん若返って行く。どんどん自分がアップデート

されて行くのだ。そんなことをつらつらと想い出して至福時間を過ごしている。

2022年8月16日 京都へ

年に数回は京都に行くことになるが8月のこの時期に京都に行くことは初めてだ。大阪の伊丹空港経由で入るのも初めてだ。いつになっても初めてのことはあるものだ。

幾つかの神社にご報告をしに行く。

来年への予感を得るために。

2022年8月17日 菊水

ランチは菊水。激暑の京都ではあるが驟雨の後は暑さはマイルドになり、むしろ京都らしい風景になる。広い窓から庭を眺めながら長いランチタイムを過ごす。時間、風景、食材、もてなし、会話などなど、全てを食する。特に京都はそれら全てが重要で分解できないことを解らせてくれる場所。

毎日をこのような理想形にする必要は無く、むしろ年に数回で良いだろう。その方が生きている意味、日常の幸せを感じられる。時間の流れゆくさまを眺めて過ごしている。

2022年8月18日 祇園新町の行燈

祇園新町に夜ご飯を食べに行くと、京都女子大の矢野ゼミ生による行燈が何種類も店ごとに並んでいた。期間限定の実施らしく、たまたま訪れて観ることが出来た。京都は人の気持ち、おもてなしの心が見え易い場所。町の灯りにもそれは

証明されている。

 

特に京都の食事処は東京のレベルを超えている。

東京は土地代、人件費など高くなり過ぎてサービスの質が

値段に追いついていないが、京都ではその心配が無い。

 

若いシェフ達が立派な構えの店を切り盛りしている姿を見て

ベンチャー気質があるなと感じ入った。やはり未来は若者達が創っていくもの。

年配者が長く牛耳っている世界は発展しない。

ニュースを見ていたらオリンピック収賄罪で大先輩の高橋治之さんが受託収賄容疑で逮捕されたとのこと。やはり若者へ道を譲らねばならないだろう。

2022年8月19日 外出もままならぬ暑さ

京都も暑かったが東京も暑い。長岡も暑いのに変わりはなく、日本全国暑い。普通に外出して歩くだけでもクラクラする。

気候がおかしいのもさることながら経済も危うい感じがしてならない。政治家は本気で日本の未来を考えていない。

国のトップ連中に私利私欲が跋扈している。最終的にはどのような組織であろうが親方日の丸であろうが、人による。

マスコミの報道も偏り過ぎ。操作性がありすぎる。日本は既に戦争に巻き込まれている。国対国の戦争ではない。資本家と

普通の人々との戦争だ。仕掛けている資本家は思い通りに進んでいるのを喜んでいるが、普通の人々の多くは戦争が起きていることを知らない。コロナは世界戦争なのだ。政治家達は日本を切り売りして自らの懐を潤している。完全にバレている茶番が普通に毎日テレビで報道されている。私自身は政治家になる訳でも無く、どうすることも出来ないのでそれを眺めながら、せめて健康には気を付けようと思う日々である。

2022年8月22日 緊縛拘束アート真っ最中のNID

この激暑の中、足場を組まれベールに覆われた長岡造形大学の偉容である。これをアートと言わずして何と言おう。

その建物の中、私は研究室の模様替えを粛々としている。

殺風景な研究室に少しだけ彩が添えられた。

 

その研究室で少しだけ読書の時間を作る贅沢。

久世光彦の本を読む。本を開くといきなり私の好きな

川端康成の小説「片腕」の話から始まって驚かされる。

自分の中に眠る昭和の感覚が蘇ってくる。

たまには読書で時空を巻き戻してみるのも悪くはない。

 

そんな読書をしていると緊縛拘束アートで作業をする方が

窓枠工事をされている。シュールな真夏日である。

2022年8月22日 NID 緊縛拘束アート その2

いっそのこと、NIDをこのままの姿にしておいて欲しいと思う私はやはり異常である。どれだけ自分が非日常を求めているのか自身で解ってしまう瞬間である。私が大学生の頃はありきたりの毎日にウンザリしていた。臆病なくせに大事件や大きな刺激を求めていた。しかしその珍妙な心意気と行動が

あり得ない未来の扉を開いたのであった。

あの頃も、私は学生でありながら美術館、博物館をマメに訪れていた。珍事が起きたのは東京国立博物館。私は何気なく訪れたのではない。誰かと出会う予感があって訪れたのだった。すると初老のイタリア人観光客(独り)が博物館を案内して欲しいとリクエストしてきた。私は予感通りに出現したイタリア人にガイドをした。その間の互いの問答は非常に珍妙であり最終的には博物館を出て、山谷訪問に至る道中となった。その話を留学ジャーナルの奨学金留学生募集エッセイコンテストに出したところ、私は短期語学留学奨学金を得てシアトルに旅立つこととなった。タイ国際航空TG741便にて旅立った私の生まれて初めての海外暮らしは、いきなりホームステイで始まったのである。珍事はこれだけではおさまらず、更なる訳の分からない偶然を呼び起こしていた。この話は次回へ・・・・

2022年8月23日 留学ジャーナル奨学金からの短期留学(シアトル編)

TG741便には、もう一人の奨学金獲得者が登乗していた。そうシアトル短期留学の奨学生は男女1名ずつ計2名だった。

もう1人の女子の名は園子だった。東京外語大学スペイン語科2年生で私の1個下の19歳。鹿児島県鶴丸高校出身だと言う。

奨学金に応募した理由を訊くと、幼い頃父親がシアトル大学に留学しており家族でシアトルに住んでいたとのこと。

つまり彼女にとっては懐かしのシアトルという訳だ。空港に降り立つとシアトルパシフィック大学の事務局からデイビッドウッドワード氏(最近彼の名前を想い出してFBで繋がった)が車で迎えに来てくれており私達を乗せてそれぞれの家庭に送り

届けてくれるようだった。その途中、園子の昔の知人たちがレストランでディナーをご馳走してくれるといったイベントを

挟んだのだが、これが鮮烈なアメリカンパンチだった。園子の知人たちは大人数でレストランにはものすごい数の皿とボリューミーな食事を用意してくれた。何を食べたか忘れるくらいで記憶に残るのは最後のデザートのバナナスプリットが超巨大で胃袋を完全ノックアウトされたこと。園子は知人たちだから気軽に普通に英語で話しているが、私は初のアメリカ大陸上陸で見た事のない重量級ディナー席にて10時間以上のフライト直後に知り合いでないアメリカ人たちの機関銃英会話を聴きながら適当に英語を返しながらのアップアップ状態。失神するかと思った初アメリカ大陸洗礼だった。

その後、息も絶え絶えにデイビッドにホストファミリー宅に届けてもらったが、ここでも知らない家族に初対面で自己紹介が

始まった。ホストファミリーの父親はジム、中学の教員とのこと。母親は名前を忘れてしまったが看護師のパート職に就いている方。長男はジミー、パンクロッカー。長女は家を出ているが戻ってきていて名前と何をしているかは記憶に無い。

こんな具合で脳は多くの刺激と麻痺で未だかつてないゾーンに突入!更にホストファミリー宅にはフィリピンからの留学生

フィリップが既に滞在しており、私と同じ2階部分を使っていた。しかも見た目は大学生だが彼は30歳でお金を貯めて留学しに来ていた苦学生だった。彼はその家からシアトルパシフィック大学への行き方(バスの乗り継ぎ方)をその日のうちに丁寧に

教えてくれるのだった。私はと言えば、あり得ないくらいの情報をぶち込まれたアメリカ初日、完全にグロッキー状態。

その意識朦朧の中で私はハッキリと認識したことがあった。この一般家庭の家の大きさ、豊かさ、来る途中に見えた普通の家並みの豪華さ人々のユトリ、これらは日本の戦後がいくら経済成長したと言っても追いつくものではなく第二次世界大戦を知らない私が勝利国と敗戦国を感じた強烈な日でもあった。この想いは後の私の人生に大きく影響している。日本の中だけで

日本人だけで培ってきた情報、価値観。清く正しく美しく、慎ましく和を尊ぶ日本の美徳・・・。

しかし、しかしだ!それらはあまりに狭い!小さい!大人し過ぎる!そんなに美しくあるべきか?と思っていた。

何となく感じていた自分のわだかまりの答えは外の世界にあったことを確信した。

「井の中の蛙、大海を知らず」この言葉が心に響き続けるのだ。それは現在も続いている。35年前の話は今も終わってない。

この世に生まれ落ちたからには、生きている間に与えられた殻を打ち破らねばならない運命を悟ってしまったのだ。

そうでなければ自分に恥ずかしい。他の誰かの価値観に合わせて生きて人生を終えるなど命が勿体ない。自分自身のヒーローにならなければ意味が無いのだ。当時を思い出したが今も自分が変わってないことを再認識することになった。

自分が成長していないという事か、あるいは成長し続けているという事か。おそらく両方だろう。その両方で私の世界、宇宙は広がり続けている。この数日後、園子のホストファミリーの事で驚きの事実に出くわす羽目になる。

神は何故そのようなシナリオを書いたのか・・・続く。

2022年8月24日 1987年7月のシアトル

シアトルパシフィック大学に通うにはホストファミリーの家から最寄りのバス停からバスに乗り、ある個所でバスを乗り換えて行くことになる。車社会のアメリカではあるがバス通勤の人々も結構いることに驚いた。毎朝並ぶバス停で皆「おはよう」と素晴らしい笑顔で挨拶してくれる。その横道をジョギングしている人が同じように「おはよう!」とほほ笑んでくれる。

そのような爽やかな毎朝を驚きの眼差しで眺めていた。気持ちの持ちようが軽やかに爽やかなのだ。私の固く戸惑っている

気持ちとは大違いだ。そしてバスは停車を知らせるのにボタンではなく紐を引っ張って知らせるシステムだった。何とか乗り換えも無事に済ませシアトルパシフィック大学のキャンパスに到着すると、そこはコンパクトだが緑の多い小奇麗なキャンパスだった。最初は英語のプレースメントテストで自分が入る語学クラスのレベルチェックをした。園子は帰国子女なので

私より1学年下だったがクラスは1つ上。その教室で休み時間に互いのホストファミリーの様子を話し合った。

園子は小柄な割に良く食べる子でホストファミリーの冷蔵庫を夜中に開けて好きなものを食べていたらしい。すると数日後にホストファザーのリチャード・マックリーンに怒られたらしい。

「だって好きなモノを何でも食べていいって言われたのよ!」と納得がいかない様子。

いざとなったらホストファミリーを変えてもらうと言い出した。流石アメリカ育ちだ。

しかしその話を聴きながら園子が怒られたことよりも私は気になる別のことを考えていた。

リチャード・マックリーン?聞いたことがあるな・・・・。

私の高校時代はとんでもない特殊な環境だった。私立全寮制男子校特進クラスで起床直後の早朝講座から朝食、その後隣接した高校に向かい7限目まである授業の後、寮での夕食、その後の夜間講座という激詰めスケジュールの超スパルタンスタイル。

そして少人数の特進クラス以外は通学制最底辺極道高校ワルの巣窟という漫画の様な青春時代だった。寮は校舎からやや離れた場所に隔離して建てられた鉄筋コンクリート。白山神社の林に隠された丘の上の寮は砂嵐に守られたバビルの塔の様だ。

いや、話を戻そう。その高校での夜間講座に英会話があった。1個下の学年の英会話担当が確かアメリカ人のリチャードって

言ってたよなー。そんなことを想い出していた。私が記憶を辿っているのに気付いていない園子はホストファミリーの話を

続けている。「でもね、奥さんは日本人でワカエさんといってとっても優しいのよ」

夜間講座は曜日ごとに科目が違っていた。当時私は医学部を目指していたので夜間講座の「古文」は捨てていた。内職で化学をせっせとやっていたのだ。「古文」の先生は超マジメな眼鏡をかけた女性の先生で私は何度も怒られていた。最終的には

内職で化学をやっても良いと言われて化学を勉強していたが、後に私は3年生で医学部志望をアッサリと止め文学部志望に変更していた。古文が出来ない文学部志望という捻りの入った学生に変身したのだ。

いや、話を戻そう。よく怒られていた古文の先生の下の名前は確か、ワカエさんだったよなー。
つまり高校2年生の私の夜間講座「古文」の先生がワカエ。1個下1年生の夜間講座「英会話」の先生がリチャード。

私の記憶によれば寮の玄関で1度、C.W.ニコルの様な風貌のリチャードと擦れ違っている。同じ高校の夜間講座という職場で

日本人古文講師とアメリカ人英会話講師が出会って結婚などということがあるかもしれない。で、シアトルに住んでる? 

「園子、ワカエさんって日本で何してた人?」「高校の国語教師って言ってたわよ」推測が当たっている確率が高まった。

「今度、園子の家に遊びに行ってもいい?」「えぇー?もうホームシック!つらい?」

「いや、2人とも知ってる人かもしれないから」「ん、どーゆーこと?」ここで園子に私立全寮制男子高物語を話す羽目に・・

続く。

2022年8月31日 1987年7月のシアトル、そして園子のホストファミリー

今から35年前のシアトル、20歳の私はサニーサイドアップのジミーの家2階に住んでシアトルパシフィック大学のELS(English Language Program)に通っていた。7月の土曜日、2階にいると階下からモヒカン刈りの長男ジムが私を呼ぶ声が聞こえた。

”Takeshi! There’s a call !" 当時は携帯電話やインターネットが無い時代だ。電話がかかってきたら取り次ぐシステムなのである。この頃ビルゲイツはシアトルに住んでいて既にMicrosoft Windows85を完成させていた。私はジムに” Who's calling ?"と言いながら階下に降りて行った。ジムのモヒカン頭が階段の下に見えた。" Female(女から)”と言ってジムがウインクした。

電話に出ると相手は園子だった。「うちのホストファミリーが明日来てもよいって」とのこと。翌日、私は園子のホストファミリー宅へと訪問した。今思えば、私のホストファザー、ジミーがリチャード家まで車で私を送ってくれたのだと思う。

園子のホストファミリーは間違いなく私が高校時代に出会っていた古文講師のワカエさんと英会話講師のリチャードだった!

すごい偶然というか何というか、世界は小さく、狭く、運と縁で結ばれていると強烈に感じたことを良く憶えている。

その思いは長岡造形大学に勤めている現在も同じ。出会う人々は以前もどこかで出会っていたのでは?と思うような顔立ちをしている。教職員や学生の方々の中に、知らないようで知っている様な人々がいる。人との出会いや運と縁をとても不思議に感じるのは昔も現在も変わっていない。

2022年9月1日 8月が終わり9月がやって来た

毎月最後の日は、特に悔いなく過ごそうと心掛けている。その月の最終日は今後を占う重要な日でもある。2023年のための

仕込みをずっとしていたが、その一区切りが8月31日で付いた。自分の2023年に向けての気持ちを整えることが出来た。

昨年のこのブログを見るとウェブ解析の仕事に関して書いていた。相変わらずであると共に仕事が進歩しているから良い。

9月に入ると秋の空気を感じるから冬までが近く感じる。時の流れを肌で感じると今年がもう終わるという思いが湧いてくる。毎年そうだ。夏の終わりが1年の終わり。夏までにその年のシナリオが手に入るような感覚がある。おそらく占い師や祈祷師

など霊的な職業の人はもっとそれを感じているのではないだろうか。夏の終わりまでの前半戦の動きが残りの時期に影響を

与えるというか、前半戦で大抵のことは決定しているのだ。8月31日で多くの人は何らかの区切りが付いている筈。

9月1日は翌年の香りを運んでくる。来年は今年よりも色々な意味で冷え込むだろう。それ故に着込むモノを用意しなければいけないだろう。世界のうねりに日本が絡め取られつつある中、改めて己の武器と守りの道具を準備せねば。

2022年9月3日 立教、東大、三四郎池

つい先日、まとめて用事を片付けるために雨の中、母校の立教と東大を連続で訪れた。ついでに三四郎池にも何年か振りで行ってみた。どちらも何らかの理由で年に1回は訪れることになる。2つの大学を同じ日に訪れることは今まで一度も無かったが、丸ノ内線を使うとかなり近いことに驚いた。猥雑な街だった池袋は今ではかなり綺麗な街並みになっている。しかしどこかB級感が残っているのが懐かしい。一方、本郷は勤勉な空気が漂う文京区で大学の近くまで行くとお馴染みの薬局から漢方薬の匂いが漂ってくる。全く異なる街だがどちらにも私の本質に響く要素がある街だと思う。それを言うならば長岡もそうだ。雪国に暮らしていなかった私が言うのも何だが、雪に閉ざされても粛々と我慢しながら事を達成する粘り、我慢強さが培われる場所。それは長岡だけでなく雪国には共通なのだろう。雪国出身者の決して大きな事を言わず、ひたすら不言実行を貫く姿を沢山見てきた。雪景色が美しいのはその風景には見えない(家に居る)人々の存在があるからだと思っている。

別の意味で見えない人々の存在を少し感じたのは三四郎池でのこと。雨が降っていたので足元に気を付けながら下へ下へと

降りて行くのだが、雨だろうと晴れていようと三四郎池は樹々が鬱蒼としていて薄暗いのだ。浅い谷の底に三四郎池はある。

その日は雨で誰もおらず、私独りが三四郎池を眺めていた。いつもそうなのだが2,3分は心が落ち着く。三四郎池の静寂は

心地良いのだが何故か5分以上はいられない。見えない誰かが順番待ちをしている様な感覚。直ぐに帰らなければならない気がしてくるのだ。久しぶりの今回も全く同じ。不思議だ。

2022年9月6日 長岡はまだ暑い フェーン現象らしい

9月に入っても長岡は暑い。もう慣れたがやはり暑い。誰も外を歩いていない。私は現在研究室で涼みつつ、授業準備、研究などやること山積み状態は相変わらず。この後、アオーレに打ち合わせに出かける。大学はまだ夏休みゆえ静かなものだ。学生も殆ど見かけない。平和と言えば平和。長閑と言えば長閑。退屈ではない私はこんな暑い日には研究室で少しでも涼しくなるように八神純子の「みずいろの雨」を流してみる。昭和はあまりに遠い過日。歌詞の内容に時代を感じる。歌詞の内容の

世界はもう存在しない世界。作詞家の三浦徳子は青森県の出身で昭和24年生まれだから終戦直後の生まれ。私はその歌詞を

昭和53年に聴いていたという訳だ。タイムトリップしてしまう。部屋に帰ったら早い時間に一度睡眠を取り、夜中から仕事を再開しよう。

2022年9月7日 明け方の4時に考える

諸々の仕事をしていたら、明け方4時になっていた。

外資系ハイファッションブランドのローカルヘッドに就いたJ氏から昨日メッセージが届いていた。内容は日本人の英語力と

仕事能力の低さを指摘するものだった。それはもっともな話だと思う。仕事能力の低さはDXが進まない事と、進められない

マインドにある。日本人が英語とスピードに非常に弱いのは伝統的なのだ。何十年経とうが治らないし、向いていない。

ただしZ世代以降には可能性がある。自動翻訳機が同時通訳レベルになってくるからだ。苦手なことを克服するよりもテクノロジーに頼った方が良いに決まっている。同時通訳機を毎日使うようになれば英語力は楽にアップするだろう。それくらい簡単に考えて良いのだ。

2022年9月9日 夜中の2時~朝の7時までは仕事が捗る魔法の時間帯

人間が集中出来る時間は長くても90分で、それ以上はパフォーマンスが落ちてしまう。私の経験上、45分で休憩を10分以上入れつつ3時間までは仕事(研究も含む)が集中できるが、それ以上は無理。無理に継続すると翌日に影響が出るので絶対にしない。ただし夜中の2時~7時は別。ノンストップで5時間ぶっ続けで仕事(研究含む)が可能な魔法の時間帯だ。注意しなければならないのは、この時間帯を使う場合、翌日はかなり休憩が必要になる。連日魔法の時間帯は使えない。一週間に2回までが

ベストである。ヘビー級の分析や提案が必要な仕事は、一度早い時間に寝て夜中の2時~3時に起きて開始すると7時までに一気に仕上げられる。それからまた少し眠れば良い。

今日は9月9日、重陽の節句である。大人の女性の雛祭りの意味がある。毎日の中に季節感を感じるよう心掛けている。

英国のエリザベス女王がお亡くなりになった。これからの世界は女性の時代になって行くだろう。男性は女性をサポートし

続ける世の中になる。私はそれで良いと思う。以前からずっとそう思い続けてきた。

2022年9月10日 大学祭

今日は長岡造形大学の大学祭で、私は教員の当番として事務所に詰めている。大学祭がどんなものやら分からなかったが今年は規模が小さいとはいえ、面白い。結構楽しめる。そしてマンガやイラスト、アクセサリー、Tシャツなど色々売られていて

買いたくなったものもあったので後で買おうと思っている。この大学には私が授業やゼミ、研究室で出会っていない学生が沢山いるが、そういった学生をもっと褒めたくなってしまった。皆、素晴らしいのである。授業の課題で見ているだけでは気付けない各々の素晴らしさを大学祭でも知ることが出来た。当番で詰めなくてはならないのに大学祭をずっと見て回りたいという気持ちになった。そしてもっと学生と話し込んでみたいと感じたのだ。そういえば授業以外で学生と話す機会はそれほど多くは無い。学生は大学時代の4年間、課題やバイトにも追われ、教員も学生も互いにどれだけ話が出来るだろうか。限られた時間だからこそ大切にしなければならない。2度と戻らない時間で非常に貴重だと日々感じている。大学祭は明日もあるが私は

出張で東京に行くので観られない。残念だ。過ぎ去っていくこの夏の日々の後にはすぐ秋がやってくる。寒い。既に心に寒さがやってくるようだ。

2022年9月13日 残暑と男子学生

9月も中旬になろうとしているが強烈な残暑がある。長岡も30度以上ある。大阪は35度らしい。長岡造形大学の校舎は夏の

間中、工事用のベールで覆われ息が出来ないような様子だった。しかしそれは観ようによってはアートに見え、私は気に入っていた。大学構内は基本的に夏休みは静かで閑散としている。時として何らかの理由で学生が研究室に訪れることもあるが

稀なことだ。女子の学生比率が高いので研究室に来る学生の100%が女子である。男子学生が研究室訪問してくる場合はほぼ

皆無。なので私にとって男子学生が何を考えているか理解する機会は無いのである。女子学生は自分の考えや話しを伝えることに慣れていてハッキリと言いたいことを言ってくるからその点では分かり易い。中には婉曲的に話をする女子学生もいるが言葉の間にヒントが入っていてむしろ何を言いたいのか良く分かる場合が多い。私は男子学生に対して価値のある情報や考え方を提供出来ているのだろうか?後期はここをジックリと考えてみたい。

2022年9月17日 シャネルを紡ぐ手 アンヌ デュ バンディエール 

上記の写真は9/12に出張で行ったシャネルネクサスホールでの展示。

シャネルのブランドを手掛ける各種工房の職人の手元を写した写真展である。1つのブランドを形成するのに多くの全く異なる技術を持つ職人が携わっている。ブランディングとは何かを考えると全く異なる世界を統一できる「眼力」だと思う。例えばスカートのプリーツという言葉一つに職人のジャンルがある。何気なく眺めて気に留めることの無いプリーツだが、良く見てみるとそこには職人がいる。プリーツは目的ではなく手段。何のための手段かと言えば美しさと、軽快な動きを出す機能性の2点。その美しさと機能性にも多くのプリーツによるバリエーションが在る。靴で言えば、パンプスというジャンルに職人がいる。パンプスの語源はポンプ。馬車の御者が履き口が広い靴を履いていて、その足でブレーキペダルを踏む様子が手押しポンプと似ているからだ。何故人はパンプスを履くのか?ハイヒールではなくパンプスを履いている人は何故なのか?ちなみにハイヒールはパンプスであってヒールが高くなっているだけなのだ。ファッションは哲学であって、何気ない装いにも着る人の哲学が出るもの。そこの意識がある、無いの差は確実に出る。つまりファッションとはハイコンテクストなコミュニケーションであり、見る側(読み取る側)にも高度なリテラシーを必要とする。機能重視のユニクロファッションが流行っている昨今はスピード時代に相応しい。ファッションでコミュニケーションを取れるハイコンテクストを読み取れる人々が少ないからローコンテクストで互いに理解し合う世の中になっている。一方でインスタグラムのようなハイコンテクスト(言語ではない写真ゆえ)を大量に

見て瞬間判断するメタハイコンテクスト時代でもあり、ややこしい。

*左の写真は私の好きな紀尾井町の滞在先から撮影した都心の風景。

2022年9月19日 そろそろ後期の授業が始まる

授業準備など、諸々忙しい毎日。体調管理が重要だ。台風が九州方面で暴れている。昨日は台湾で地震があったようで津波警報が出ていた。昨年の日記(このブログではない)を読み返してみると同じように後期の授業準備をしている。特に昨年の

今頃は大変な忙しさだった。初めてのマーケティング論準備は大変だった。今年はその貯金もあり少しは楽になるだろう。

しかし、少しは楽と書いたが昨年比であって普通の感覚から言えばかなり忙しい。仕事があるのはありがたいこと。

それは健康で体力があるから成立しているのだ。体力が無ければ質量高く仕事をこなせない。常にコンディションを最高に

しておかねば。秋はそれを徹底的にキープする修行の時期だと思っている。自分が以前に体調を崩したことは何度かあるが

秋が多かったように記憶している。夏から秋、秋から冬へと移る季節の谷間で健康に注意して行こうと思う。

2022年9月21日 目黒雅叙園百段階段イルミネーションアート

https://www.hotelgajoen-tokyo.com/100event/wanoakari2022

先週、目黒雅叙園に行って百段階段で催されている

「イルミネーションアート 和のあかり2022」を

観覧してきた。百段階段は、時折アートイベントを開催しており、今迄も何度か訪れているが今回も良かった。非常に涼しい館内で予約制のため混雑が全く無く、静かに観ることが出来た。次から次へとアーチストたちの作品が階段を上るごとに出現して別世界を魅せてくれる。灯りと音楽、オブジェ、そして室内の温度、全てが調和されていて百段階段を

2往復してジックリと観た。階下のショップでは展示作品が商品化されていてビジネスセンスも感じられた。雅叙園自体が起業家の細川力蔵によって創られたものだけに、ビジネスとアートが自然にマッチングしている場所だ。

2022年9月21日 健康診断

年1回受診する健康診断を朝7時に受けてきた。健康管理センターまで徒歩12分ほど。朝の6時台に歩いていると出くわすのはジョギングしている人、犬の散歩してる人、早朝から通勤の方々などである。バスの車庫ではバスの洗車が行われていた。朝の稼働前準備の光景は見ていて気持ちが良い。同じように夕暮れから深夜のビルの窓に光が灯っているのを見るのが好きだ。誰かが働いているのを感じるからだ。その誰かは知らない人であっても自分のために、そして誰かのために働いているのであって世の中が周っていると感じられるからだ。自分が世の中を廻しているなどとは思ったことは無いが皆で世の中を廻していることは実感したい。特に長岡造形大学の学生達とはそれを感じ合いたい。いつか一緒に仕事をしたいと思わせてくれる学生達で私の夢でもある。

*写真は目黒雅叙園イルミネーションアートから

2022年9月21日 大学のエントランス

入口はとても重要。建物の「顔」だから。確かにエントランスの金属の塗装が剝がれているのが気になっていた。それが綺麗に塗り直されている。相変わらずベールに覆われているNIDだが顔が化粧されていて良い感じだ。私も気分が良い。

今日から涼しくなってきた。秋の虫が鳴き始めている。

卒業研究の中間発表が終わると、2022年度が最終コーナーに差し掛かる。早い、早すぎる・・・・。

NIDも外見から変化している。誰もが変化し、旅立つのだ。

 

私も夏前と今ではアップデートされて、以前とは全く違う

自分になっている。年齢ではない。経験と実績は積み上がれば上がるほど進化する。年配者の弱点は自分が出来上がっていると思い込んで新しいチャレンジをしなくなったり、同じことを繰り返すこと。また同年代とだけ話す環境に浸っていると麻痺し劣化する。私が得たコミュニケーションスキルは若者達に負荷をかけずに学ぶことだ。負荷をかけずにとは、こちらから質問をせず、聴き側に徹すること。

若者達の方が私より優れている点が多々ある。彼、彼女らの話をしっかり聴き、良く観察して学ぶのだ。同じ日本に暮らしていても自分とは全く違う時代、文化を生きている若者達の考え方、行動の意味を理解すると、どれだけ自分より優れているか分かってくる。どれだけ過酷な道をサバイバルしていることか。そして年配者も若者の過酷な道のりと関係無い訳が無く、同じような過酷な未来を共有して行くのだ。

それはチャレンジ精神を刺激してくれる良い未来だと思う。

2022年9月23日 寒くなってくると心に灯がともる

「負けず嫌い」という言葉がある。私自身も若い頃は「負けず嫌い」だった。(主に仕事の話)しかし若い頃は負けることが多く、それでいてやはり「負けず嫌い」が増長していたと思う。年齢を重ねると戦い方にも慣れてきて戦場を選ぶようになり負けが以前より少なくなると「好戦的」な人間となった。好んで戦いに出て(チャレンジして)多少負けても勝ちが優っていればOKという発想になった。体力勝負の時代だった。更に年を重ねた現在は戦闘の場を超重要地点だけに絞り全勝する戦略。

しかし効率よく勝利出来るようになると味を占めて戦いの場に出て行ってしまう。そして体力は相変わらず必要になる。

懲りないなあと自分でも感じる。以前のような「負けず嫌い」の感情は無くなったが、その頃の姿勢が現在のエネルギー源に

なっている気がする。当時に作ったエンジンが現在も作動しているような感覚だ。「負けず嫌い」は尊い感情だと思う。

2022年9月25日 日本橋高島屋 「百貨店展」

今回の出張は、タイトルの通りだ。高島屋の中に在る資料

展示室は小さいながらも貴重なデータで溢れていた。

百貨店は登場した当時はイノベーションであり、長らく最新のテクノロジーを提供する場でもあった。屋上の遊園地へ

海外から輸入した象をクレーンで吊し上げる映像を観てとんでもないエンターテインメントを提供していたと感じる。

冷暖房完備は個人宅にはまだ無い最新テクノロジーだった。

そのように何でも置いてあって最新設備の百貨店は魔法の城の様な存在だったのだろう。自分が子供の頃にはその面影は確かに在った。屋上から徐々に降りて全階の商品を魅せるシャワー方式は現在のWebサイトのUI/UXにも通じる。映画での重要シーンでも屋上が使われ、PRもシッカリしていたようだ。古くないどころか当時の最新広報は現在でも参考になる。個人的には銀座より商人のおもてなし気質が漂う日本橋の方が、気が良くて好きだ。

2022年9月29日 授業がとても良い

私は授業が好きなのだと思う。どの授業であっても楽しみなのだ。その理由の第一は、学生が授業に関して真面目な姿勢で

取り組んでいるからだ。学生から提出される課題の作品を前日にチェックして当日の授業に臨む。全てをチェックするのに

かなりの労力が掛かるが苦にはならない。アイデアからエネルギーを貰えるからだ。今日はそういった授業だけでなく、コンサルティングの仕事が2件と、卒業アルバムの撮影があった。体力をかなり使ったので、現在22:10だが既に眠い・・・・・。

睡魔に襲われている・・・・・・・こんな時は、谷山浩子さんの「催眠レインコート」でも聴くか・・・。
https://www.youtube.com/watch?v=32yOwbog4S0

2022年10月1日 9月が終わった

アントニオ猪木さんがお亡くなりになった。私が子供の頃のヒーロー達が次第にお亡くなりになって行く。無敵の存在、アントニオ猪木でも寿命には勝てない。宇宙レベルの時間速度から比較すれば人間の一生は一瞬。80代も20代も変わりは無い。

しかし人間レベルの時間速度で考えれば、80代と20代は人生の晩年と序盤になる。でも思うのだ。結局は生きている間に

どれだけ悟れるかで、年の多い少ないではない気がする。私は年を重ねる度に年を気にしなくなっている。年齢に抗うつもりは全く無い。新しいことへの知識欲や体験欲が非常に強いので学び続けているだけだ。モノゴトは分っている気になったり、慣れて行くにつれ新鮮味が薄れて飽きる。慣れというものは良くもあるが進化にとっては気を付けるべきもの。

たまたまネットサーフィンをしていたら30年以上前にCM撮影でお仕事をさせてもらったタレントさん(現在は女優、歌手)が

昨年結婚され、しかも30年のアニバーサリーコンサートを開いていたと知った。その時の映像を観たら素晴らしく、昔と変わりない元気、パワーに満ち溢れていた。楽曲を何曲も披露しており、さぞかし準備も大変だったろうなと感激。その命を賭けている仕事っぷりを観ると魂を揺さぶられる。

2022年10月2日 円楽さんがお亡くなりになった

昨日のアントニオ猪木さんと同じ時期、円楽さんがお亡くなりになった。時は経って行く。毎日が過ぎて行く。皆、一緒に生きているし、生きて行くのだ。今日は日曜日で、長岡造形大学では総合選抜入試が実施されていた。高校生が受験しに来たが受験が終わると大学の敷地内は受験生の多くの家族が迎えに来ていた。誰にでもこのような受験体験があるもの。いつか見た風景、毎年繰り返される風景だが、いつも神聖な感じがする。初心を想い出させられる。誰もが今を走るのみだ。そして割と多くの人が今、そこそこ頑張っていると思う。入試が終わると今日の午後は気持ちの良い風が吹いていた。部屋の冷房は付けずにベランダの窓を全開に開け、樹々の葉が風に揺れる風景を眺めていると自然に美しいなと感じる。これが幸せなのだ。

2022年10月6日 Jアラートが機能しない?→茶番です

世の中のニュースは殆どが大衆操作。北朝鮮のミサイル脅威を国民に伝えて超高額防衛装置の購入を正当化している。その

莫大な資金を使う事で潤う業者、仲介者がいる。しかし、そんなことよりも大切な日常の幸せは確実に在る。そのような茶番など全く関係のない人々が沢山いて、素敵な気持ちで暮らしている。純粋な気持ちで知らないで良いことは知らず、知るべき目の前のことに集中する。それで良いのだ。日々、大学生に接していると毎日を生きることに集中する尊さを改めて感じる。

自分も日々、リセットされ翌日を迎えることが出来るから。ありがたいことです。長岡は少し寒くなってきた。昨年は10月20日に暖房を点けたので、今年も同じくらいだろう。

2022年10月10日 静嘉堂文庫美術館への出張と明治安田生命本館

丸の内にある明治安田生命本館の中に静嘉堂文庫美術館が在る。歴史的な建造物の中に展示される名宝の価値は言うまでもないが、ついでに観ることのできる明治安田生命本館のかつての執務室の数々・・。歴史を纏った空間は現在でも当時の残り香がするようだ。その歴史を残したまま、階下を見下ろすと現在のワークスペースでは休日勤務の方々(全てが女性だった)が普通に働いておられた。この空間に勤務出来るだけでも価値がありそうな職場である。近代日本を創った人々が欧米視察に

出かけその成果を具現化し、一丁ロンドンと呼ばれた丸の内界隈は三菱財閥の建造物が残る。固く朽ちることのない建造物はその偉容のままに、そしてその周辺に生きる人間の中身は大いに変化している。建物のあちこちに点在するガードマン達の

多さよ。彼らは歴史の番人の様だった。展示品から調度品に至るまで、それら全てが私が生まれる前から存在し、現在まで

大切に保存され、こうした展示により陽の目を見て出会うことが出来たモノ達。その歴史の重さに眩暈がする。

2022年10月11日 リ・ブランディングの課題

長岡造形大学には全国津々浦々から学生が来ているため、その彼、彼女たちの地元企業の商品、ブランドは多様極まりない。

55年以上生きているが、日本各地のブランドは知らないものばかりだ。学生達から地方ブランドの和菓子、日本酒などを聞いていると味わってみたくなる。それらブランドの多くは若者達に知られていないという課題を抱えている。知っている者はその素晴らしさを体験しているが、その熱量を知らない人に伝える技術、企てが必要になる。あの手この手を考え抜いてヒントを見出すのだ。ターゲットである自分と近い世代にもヒアリングするのが良いだろう。自分の脳みそを駆使しながらも他人の脳にも尋ねてみることだ。私にとっては学生達からの情報は宝物。日本の地方にあるブランドを知るだけで人生が豊かになる。しかし授業の課題が地方ブランドのリ・ブランディングだからそのようなことを知れる訳で、この課題が無ければ私は地方ブランドを知る由も無いのだ。学生同士も然り。お互いに話し合うから知ることができる。そう思うと現在のニューヨークやサンフランシスコの驚異的物価高と賃金上昇は、真逆の現象に思えてならない。人々の間に格差が生じ、それによって価値観が断絶しコミュニケーションに障害が出てくる。暴力や犯罪も増えて行くだろう。この長岡で私は思うのだ。この時の流れと、人と人が自由に学び議論する空間がかけがえのないものだと。そして日本の若者というブランドも、リ・ブランディング

の必要がある。その素晴らしさがもっともっと知られて良い筈だから。そう書きながらリ・ブランディングされたブランドを

見る前にブランドがリ・ブランディング出来る可能性を察知する能力、リテラシーも必要だと思う。誰もが伝えることに躍起になっているので自ら情報の価値を見つけて感じる野生が弱くなっているとも言える。

2022年10月12日 久しぶりに文学の力について

私の本質は経歴にも出ている。経歴は事実であり嘘をつかない。私は文学部出身なのだ。文学が好きで文学部を選んだ。裏を返せばサラリーマンになりたくない人間だった。サラリーマンや勤め人、公務員と言った職種、職業に関心が無い人間だった。しかしいざ就職する時には文章を書いて生きていける企業を選び広告会社に入ることになる。学生時代に文学は経験したことの無い世界(フィクションではあるが)を縦横無尽に行き来する楽しさに浸っていたのだが、55年以上生きていると経験したことと似たシチュエーションの文学に出会うことも多々ある。するとフィクションの文学がリアルな日常で参考となる場合がある。これが最近私が文学に対して感じていること。事実は小説よりも奇なりとは良く言ったもので、私の人生には小説よりも面白いことや不思議なことが起こり続けている。リアルライフでは解決策など浮かばない場面が出て来る。そのヒントをフィクションの小説に見出すことがある。それを今、文学で体験しているところ。もう一つ忘れないように書いておきたいのは、大学生は非常に文学的ということ。私にとって大学生の存在は理解し切れないためにフィクションと似ているのだが、実際には大学生から意見やアドバイスを貰って取り入れているからだ。そう、フィクションをリアルに活用させてもらっている。最終的に私が信じているのが文学であり大学生であるというのも共通している。

2022年10月17日 立教大学の箱根駅伝出場に想うこと

毎年、年始に箱根駅伝をテレビ中継で観ているのが唯一の正月らしいことなのだが、来年の楽しみは立教大学が箱根駅伝に

出場することだ。何と55年ぶりの快挙とのこと。私が生まれた頃に出場して以来なのだ。さ来年は立教の誕生150周年記念で

その時を狙って箱根駅伝出場の準備をしてきたようで1年前倒しになった。モノゴトは全て対策と準備で完遂できる。もちろん口で言うのは簡単だが、それを実行すればそれだけのことは必ず出来るもの。私も自分自身の至らぬ点を日々、1つずつでも改善、改良し、無いもので必要なものは学んだりしながら身に付けるようにしている。生きている限りこれらを怠ると劣化の一途を辿って行く。大学生達との対話、議論から私が修正すべき点を見出すことができる。時には大学生側から指摘あり、

これは非常にありがたいことで最重要だと認識している。常に自戒と自省をしている。

2022年10月19日 多忙を極める今日この頃

気が付いたらとてつもなく忙しい。妥協なく仕事をしているとそうなるのだが、最近少しスケジュール間違えが発生するようになった。これは危険な兆候なので注意しよう。年内の修行がピークに達しようとしている。この急勾配を乗り越えてやっと山の向こう側へ行ける。一踏ん張りせねば・・・。いや二踏ん張りは必要で、三踏ん張りまで行く可能性もある。

こんな時だからあえて読書する。時間をかけて文学に浸ると気持ちが落ち着いてくる。先人が残してくれている心の道筋が

文章で表現されている。文字と文字の間がタイムマシンへの入り口になっている。それは小説の中の時空と作者が書いている時空の二重層になっているのが見えるからだ。どんなに忙しい時も文学の時空を遊覧できると忙しさを忘れてたっぷり時間を感じれらる。また違った切り口での読書では、学生への推薦図書をどの本にするか決めるための読書がある。長岡造形大生が社会人になる前に読んでおいてもらいたい本を探す読書。これは自分の価値観と長岡造形大生の価値観で両方が当てはまる

内容だと思えるものを選出する。これが簡単ではないのだがヤリガイがある。

2022年10月20日 暖房を入れ、健康を気にかける

昨年同様のこの時期、暖房を入れ始めた。これは研究室と長岡自宅の両方で同じタイミングだ。今日の午前中の授業が終わったら午後に予定していたことがあったのだが、今年に入ってからたまに起こる胸痛が発生した。今までは20分~30分で治まっていたのだが今日は数時間続いた。立っていられないので寝込んでしまった。これで午後の予定はキャンセル。夕方になってやっと普通レベルに回復したが油断できない。明日の状態を観察することだ。明日には出張を入れていたが再検討する必要があるかもしれない。やはり健康によって全てが影響を受ける。何よりも健康が大切だと痛感させられる。これから寒くなるので要注意で暮らして行こう。

2022年10月22日 注意しようと言っていた矢先に、体調不良に!しかし今日、回復!

やはり忙しさのピークだったようで10月20日に激しい胸痛が発生、翌21日はずっと寝て、やっと午後に起き上れたため大学の

医務室に行った。熱が37.8度あり即病院へ行くことに。K病院までフラフラしながら歩いて辿り着くと、発熱患者は車で来た人だけ対応とのことで診察されず愕然となった。そのまま帰り道にあるエールホームクリニックは即座に対応してくれてPCR検査も実施。結果陰性で胸痛は大したことが無いとの診断だった。エールホームクリニックは明るい院内で勤めている人の性格の良さまで滲み出ていた。フラフラと弱っていたからこそ、その慈悲の空気を切実に感じられた。助かった・・・・。

そして本日は朝から回復している。油断はできないが。辛いことがあった後は良いことが必ずある。そう、実際にあった。

コロナで長らく連絡が取れていなかった方から久しぶりのメッセージが届いた。ありがたいことで元気をもらいました。

2022年10月24日 完全回復して感じること

体調が悪くなると独り暮らしは大変だ。今回はコロナでは無いから良かったがコロナに罹ったとしたら買い物にも行けなくなる。健康があってこそ全てが上手く行く。逆に健康が保証されなければどんな実力や強運を持っていても意味が無い。

ちょうど寒さが強まる時期でもある。21日と22日は1日に2回風呂に入って体温を調整していた。しかしこのように一度体調を悪くすると気を付けるのでまた健康に戻るのだ。体調不良の原因は多忙による疲労蓄積から免疫力が落ちたからだろう。ただ

胸痛の原因が不明。さて休息を十分に取りつつ超効率的に仕事をするとしよう。結局仕事量は変わらない。効率を更に上げるのみ。我ながら仕事が好きで仕方ないことに呆れる。原信で買い物をしていても商品チェックは自分の買い物とは関係なく

マーケティングデータとしてのものだ。だから私は買わない商品の前でその商品を異様にチェックしている。しかし毎日チェックしていると霊感の様にマーケ感が鋭くなって市場で何が起きているのか商品の並びから分かってしまうことすらある。

今迄納豆コーナーに並んでいた焼肉味のタレ納豆と、ウナギのかば焼きタレ納豆が姿を消していた。マーケティング論の授業内で不味いという情報が出ていたものだ。これは一定期間は目立って売れていたもののリピーターが付かず棚から撤退することになったと思われる。この仮説を裏付けるため原信に電話調査してみよう。→原信から連絡あり、ウナギのかば焼きタレ納豆は夏の期間限定商品で、焼肉タレ納豆はバイヤーが仕入れを止めたとのことらしい。つまり売れなくなったのだろう。

味をチェックして無かったことが悔やまれる・・・。

2022年10月27日 多幸感

頭の良い学生達、それは長岡造形大生のことである。彼、彼女達に毎日感じているのは頭が良く素直で謙虚。そのような学生達に恵まれ私は日々幸せを感じている。学生の課題に対する作品を見たり、グループディスカッションを聴いたり、学生達からの意見を聴くにつけ、発見や驚きがあり未来への示唆まで感じられる。これほどの健全な知的インスピレーションに浴していられることの多幸感たるや何事にも代えがたい宝だ。もう何もいらない。この知的環境があれば未来へ貢献できる教育、研究、地域活動に全てを捧げられると思っている。未来に対して私が出来ることは無限大にある。学生達がいる限り、私は今まで以上に私に期待しているのだ。

2022年10月30日 東京出張で得られるもの

私が東京に居る場合は出張の場合が半分くらいある。この出張が非常に重要で最先端の美術展の中でも自分が厳選し、見ておくべきものを全て観覧している。これによってアーチスト、作家達の企ての言語化、美の在りようの言語化、思想の言語化といった修行となる。偉大なる作家達の仕事を言語化するには解釈するための予備知識(逆にそれを準備しない場合もあるが)や歴史的背景など多大な教養が必須となる。なので出張前は移動時間を含めてその準備に時間がかかるものだ。先日は体調不良に陥った中でそれを実行したため非常に大変だった。アートを理解するためには体力、健康も重要なのだと痛感した。健全な精神と肉体を維持していないとアートを感じることは困難である。

2022年10月30日 弥生美術館 「楠本まき」の仕事展

東大の弥生門を出ると直ぐに弥生美術館に出会う。大学院時代には入ることがなかった弥生美術館に出張で行くことになり

初めてその中に入った。目的は同世代の漫画家、「楠本まき」の展示を観覧するため。最近特に感じていたのは繊細な線や文章を見るのに老眼がキツく観るのが厳しくなってきたということ。と同時に繊細な線や文字は若者に向けて創られた作品だと気付く。若い眼には繊細さや淡い色彩を見極めるだけの細胞と集中力があるのだ。それと同レベルに理解するには視力や集中力を落とさずに維持する必要がある。これは至難の業だ。ある年齢に達すると聞こえなくなる周波数域があるらしい。それと同じように高齢になると視力が弱くなり見えなくなることで気付けないアート感覚があるのだろう。そこには諦めも必要だ。

とはいえ、それらに抗うだけ抗って細かい線画を食い入るようにして目に焼き付けてきた。楠本まきの漫画はコマ割りの無い

体裁の本があり、独特な味わいを醸し出していた。作品の印象は繊細な線画に、考え抜かれた言葉を添えているというもの。

紙芝居に近いものを感じた。世界観を伝えるにはメディアを何にするかは重要だ。更にはそのメディアの質感、手触りまで。

本というメディアを最終形とするならば全ての要素が世界観を構成する。電子書籍とは全く異なる。NETFLIXなどがあっても

映画館に行く人々は沢山いる。それと同じで紙の本は、よりそのメディアに相応しい作品を呼び込み続けるだろう。若者達の間にレトロブームが流行るのも分かる気がする。

2022年11月1日 11月の予感

年末には予感が鋭くなる。11月に入ってから良い知らせがやって来る予感がある。それは年内にやって来る。それによって

年末年始は気持ち良く過ごせるだろう。それはそうと、研究と教育の速度を高速化しなければならないと痛感する毎日。

世の中の変化を取り入れ、即座に教育や研究に展開して行くためには自分の学習スタイルを更に高速アップデート化せねば

ならない。仕事(=研究)はリアルタイムに進行するから良いとして、10代、20代が摂取している情報と同レベルの情報摂取が最も難易度が高い。これに関しては大学生から吸収するしかなく、その手段はゼミや研究室、ホームルームになるだろう。

2022年11月6日 56回目の誕生日

上記写真は先日の出張時、銀座エルメスのアートギャラリーでの展示の様子。病み上がりでの観覧だった故、写真アップが出来ていなかった。この歳になるとハッキリ言って個人的に欲しい物質的なモノは無い。知識欲、知恵欲は旺盛にある。未来を創るために若者達と研究をしたり、学び合ったり、仕事を一緒にすることが最高の喜びだと答えは出ている。地方創生、日本の国を良くして行きたいと大きな思いが湧いてくる。この国で幸せに生きて来られたから自然にそう思うのだろう。綺麗ごとではなく本当にそう思えるようになった。それは日々、共に学び合う大学生達のお陰である。人のことを考えない人間だった私が大学教員となったことで大学生とコミュニケーションをスムーズに取れるように工夫を凝らして(現在も進行中)生きている。そこから学び得られるエネルギー、希望、未来の感触が素敵だから私が変化したのだと思う。56歳の誕生日に浮かぶ

言葉は「感謝」が相応しい。大学の教職員の方々にも感謝である。今日は天気の良い日で、私は汐留、銀座、勝どき辺りを

散策して過ごしていた。

2022年11月8日 虹が出ていた

大学に向かう途中、物凄く立派な虹が出ていた。この後、

にわか天気雨が降り研究室に到着するとリュックサックを忘れてきたことに気付き、取りに戻るという失敗があったものの良い虹だった。良いことが起きそうな気がする。

何故、人は虹を見ると良いことを思い浮かべるのだろう。

逆もあり得ると思うのだが。今日は皆既月食と冥王星食で5000年に一度の天体らしいが、虹を含めて意味があるのだろうか。やはり虹は素敵なことを予告していた。この日は

良いことが立て続けに起きた日だった。研究室メンバーからサプライズのバースデーケーキプレゼントがあり、感動!!そのようなことが人生に起こるとは思ってもいなかった。

研究室で皆でケーキをいただきました。その余韻を引っ張りながら帰宅すると良い知らせのメールが届いていた。

頑張っていると必ず良いことがやって来る。

2022年11月14日 最近気になって仕方が無いコト

それは「SHEIN」。マーケティングの最先端、SHEIN。それは絶対的に注目せざるを得ないアプリサービスなのだが、今朝のニュースでSHEINの店舗が遂に原宿に進出したとのこと!!これは出張してでも行かなければならない。マーケティング論の授業にSHEINの最新情報を届けなければならないだろう。あと些細なことで気になっているのはUQワイマックスのキャラクター、青と赤のガチャピンとムック。これが欲しくてたまらない。イオンかリバ千に行った時に、UQのブースに青と赤のガチャピン、ムックが何体も飾ってあり欲しくなったのだ。そもそも研究室にスポンジボブと仲間たちのぬいぐるみを置いたら、もっと置きたくなる衝動が沸き起こり、抑えていたが抑えきれなくなってきていた。何故抑えきれないかというと気分が上がるからである。前向きなヤル気が沸き起こること知ったからだ。おそらく好きなキャラクターぬいぐるみに囲まれていると仕事や研究のパフォーマンスが格段にアップするんだと思う。そしてテレビ番組(NHKか?)でスポンジボブのアニメが先週放映

されていたので観てしまった。相変わらず面白く、そこでもテンションが上がってしまった。それ以来テンションが上がりっぱなしなのである。早めにキャラクターのぬいぐるみを追加補充しようと思っている。

2022年11月14日 過去のコンテンツの再来と最新コンテンツの攻防

youtubeでありがたいことに大昔のアイドルの歌謡曲が沢山アップされている。それらは当時ですら知らなかったマニアックな楽曲を現在になって聴くことが出来る。特に驚いたのは誰かが編集してシングルB面だけ集めたコンテンツがあり、更に作詞家、作曲家別にもなっている。例えば高田みづえのB面は殆ど知らない曲だったが、良い曲ばかり。うーーーーん、唸る。
https://www.youtube.com/watch?v=OQNfwg9QBy4

凄い時代だ。タイムマシンである。本人だって驚いていると思う。こうなるとAIの相棒を持つ時代は直ぐそこだ。自分のAIを携えて常に最新情報をAIから仕入れ、議論し、お勧めを聴くのだ。パートナーAI、間違いなく必要になるだろう。

2022年11月17日 川崎レナさん(17歳)、国際こども平和賞

大人が諦めていることを世界に向けて「変えて見せる」と発表して国際こども平和賞を受賞した川崎レナさん。彼女の英語スピーチを見たが力強くて素晴らしい。議会で居眠りをしている年配の政治家達を糾弾していた。このような若者と一緒に仕事やプロジェクトをしていきたい。心からそう思う。生きているからには何からも諦めたくない。諦めるとは、未来がある自分や社会、世界対するハラスメントだから。大人の政治家がガッカリさせてくれることに慣れた私達だが、私達自身にも問題がある。私達が声を上げなかったからこうなったのだ。自業自得ということ。だから未来を変える力のある川崎レナさんや、

そのような若者達と一緒に仕事やプロジェクトを実施して行くべきだろう。間違いない。

2022年11月22日 月夜見さんの本「終わりなき魂を生きる」を読む

どれだけ忙しくても読書の時間は絶対に必要で、実際どれだけ忙しくても読書してしまう癖は無くならない。自宅に帰ると

予約購入していた月夜見さんの本が届いていた。一気に3分の1ほど読み込んでしまった。今までスピリチュアルな世界をここまで分かり易く言語化してくれた人はいない。その意味で発想が広がる非常にクリエイティブな本であった。人は誰でもクリエイティブな感性を持っていると思っていたが、それは魂レベルで誰もが繋がっているからだと理解出来る。あの世もこの世も無いという感覚も現在の自分では良く解る。現世の自分の過去は既に前世に感じているから。そして現在が未来に繋がっていることが「今見えている」という感覚もある。物理的な肉体や空間があるから「見えている」ことが実現するまでに時間が掛かってしまうという感覚だ。そしてその本を全て読んではいないが、途中で夢を見た。その夢の内容は私自身のカルマが

何だったのかを教えてくれるものだった。とても簡単なことだった。私は人に見返りを求めてしまうエゴがあったのだが、

そのカルマ落としは大学の教員になって未来ある大学生に少しでも役立つ人になることであった。自分のことよりも大学生達のことを考えて実行することだ。最近はそれが少しは出来るようになってきた。

2022年11月24日 サッカーワールドカップ、日本がドイツ戦に勝利

ドイツは予想通りに強かったが、日本が先制点を取られた後に粘りと急激な猛攻を見せて大逆転劇を演じてくれた。凄い。

元気と勇気を貰った。日々、大学での授業準備と来年度の授業準備が忙しく隙間あまり無い状況だが充実している。学生達からは毎日、手応えを感じている。授業の課題に対するアイデアや作品からは起業出来るレベルのものが幾つも散見される。

そこから得られる発想、刺激に対して私が大いに学んでいるのは間違いない。長岡造形大生は宝の山だ。そしてまだまだ発掘されていない埋蔵金の様な学生達が存在していると思う。毎日発掘してもし切れない程いるのである。幸せな毎日だ。

2022年11月25日 サッカーワールドカップ観戦事情(大学生編)

昨日のコマーシャル演習の授業で、私のコースの学生全9名(全て女子)に、サッカーワールドカップの「日本×ドイツ」戦を

テレビで観戦したか?という私の問いに、答えは「いいえ(全員)」だった。誰もリアルタイムで観戦していなかったのだ。

全員がツイッターなどのSNSで翌朝くらいに知ることになったようだ。テレビを観ている層は、日本全国が観戦して湧きに湧いていると思い込んでいるが、実際はそれほどでもない。テレビ信奉者、視聴率信奉者(私もそうなのだが)と大学生以下の

若者達では住む世界が全く違うことを認識しなければならないだろう。この気付きが無ければ現世の正しい理解は出来ないのだ。時折、このようなチェックをして行こうと思う。私自身、マーケティングを専門とする者として若者調査は必須である。

そもそもテレビ視聴率はテレビは設置している世帯で取ったデータを基にしているが、大学生独り暮らしではテレビさえ置いていない者が多いという事実がある。信じられないことになっていると知ることが必要なのである。

2022年11月29日 新宿駅南口から渋谷区代々木へ

先日、久しぶりに代々木に行った。私は渋谷区は若い頃から苦手で余程のことがないと行かないのだが新宿を経由して行くと

苦手感が無くなるから不思議だ。特に新宿南口から甲州街道沿いに初台へ向かって歩いて行くのは気持ちが良い。良い気の流れを感じる。歩いていると小さな公園が幾つか出現する。そして少し甲州街道を逸れると一軒家の並ぶ住宅街になる。

その日は曇りでやや寒い日だったが、想い出すと寒さも曇りも感じず、むしろ明るい印象がある。現実に見て感じた風景と

想い出した時の風景は違うのだ。長岡が雪が降る割に、想い出す時にはその印象が薄いのも似ている。自分がポジティブ思考だからだろうか?毎年11月から12月の年末まで忙しくなる。実際に今も良い意味で忙しい。疲労は眼と腰にくるので注意しておこう。平和な正月を迎えるために。その前にクリスマスもあるけれど。そして年内に京都に行かねば。

2022年12月2日 12月に入って寒くなった

寒くなると当然身体が冷える。ただでさえ忙しい中に身体が冷えてくると体調が悪くなりがちなのだ。11月から12月は要注意である。実際に疲労が蓄積して体力が落ちている。こんな時は睡眠が最も重要。仕事をこなすには昼寝や早寝を小刻みに入れることだ。現在、夜中の0:20だが21:00~23:30くらいまで寝ていた。それで少し回復できた。肩凝り腰痛が酷い。加えて眼精疲労ときている。自分も良くやるなあー。学生のためには何でもできる。学生の頑張りにエネルギーを貰っている毎日で私の方が救われている。ただ少し疲れている。

2022年12月2日 サッカーワールドカップ 日本×スペイン戦

非常に寒くなり体調がイマイチだったため、一旦早寝をして23時頃に起きてから一仕事をした。その後明け方にテレビを点けると、何と日本×スペイン戦が始まると気付き前半戦だけ観た。0-1で日本が負けていたが寝ないと体調に響くため寝た。

そして朝起きてテレビを点けると勝利に湧いていた。凄いゴールシーンを再び観ることが出来た。素晴らしい結果だ。

無敵艦隊と言われるスペインはボールキープ率こそ非常に高かったが、その戦い方は古いのかもしれない。新しい価値は若者からもたらされる。日本の若い選手たちの新しい価値、戦い方が無敵艦隊を撃破した。またも元気を貰えた。日本の代表チームから自分が今後どのように生きるかのヒントを得た。今、外を見ると雪が降っている。日本のサッカーに新しい歴史が刻まれたことは間違いがない。私自身も更に新しい時代を作って行くつもりだ。

2022年12月5日 今夜はワールドカップ、クロアチア戦

ベスト8をかけての世紀の一戦が深夜にあるのだが、私の体力、気力はかなり消耗していて何とか観ることが出来るかなー?

という感じだ。ほんの10分でも20分でも一旦寝てから観戦するとしよう。そして明日の朝の目覚ましアラームも忘れずにセットしなければならぬ。さてと、一旦就寝。そして起きて観戦。1-1の良い勝負だ。延長戦に入り、そのまま1-1。PK戦となった。結果は敗戦。しかし、しかし素晴らしい試合を見せてくれた。大満足です。ありがとう!!